8 / 27
第2章 魔帝と仔猫と栗鼠と
戦場
しおりを挟む
「……てなわけで、あとはおまえが知ってる通りだ」
朽ちた巨人の脚にもたれかかって、志門舞奈は側のトルソに乾いた笑みを向ける。
「気がついたのはレジスタンスのアジトだった。それからボーマンに話を聞いて、そこが、あたしのいた時代から20年後の世界だって知った」
言って舞奈は廃墟を眺め、
「たまげたよ。ちょっと眠ってる間に街じゅうが廃墟になってて、魔帝なんて奴が世界を牛耳って、装脚艇なんてバケモノを使って戦争やらかしてるんだからな」
苦笑しながら語る。
空を鉛色に塞がれた薄闇のはるか向こう。
天地を繋ぐ巨大な塔のシルエットが、朽ち果てたビル群を見下ろすように起立する。
魔帝軍の本拠地『アヴァロン地点』の中心にそびえ立つ、最重要拠点『魔砦』。
「それも、もうすぐ終わりさ」
「ボーマン博士の『計画』って奴か」
「ああ、ボーマンの計画が成就すれば、あたしたちは魔帝の手から全てを取りもどすことができる。……だといいけどな」
「そうだな」
少年はピンとこない様子で相槌を返し、
「なぁ、舞奈。もうひとつ教えてくれないか?」
「なんだよ?」
「話の初めでさ、おまえと、その、園香って子は何をしてたんだ……?」
「今の話を聞いて、いちばん気になるのはそこか?」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
男子中学生かよと苦笑し、年齢だけならその通りなのだと思いなおす。
「そのうち聞かせてやるよ。未成年にゃまだ早い」
「おまえだって未成年だろうが! っていうか俺より年下だろ!?」
全力でツッコミをいれるトルソを見やり、舞奈の口元に年齢相応な笑みが浮かぶ。
だが不意に、
「伏せろ!!」
叫びつつ、朽ちた装脚艇の陰へ跳びこむ。
次の瞬間、閃光と爆音が世界にあふれた。
電光が巨人の骸を揺らす。
瓦礫まみれの地面に伏せた舞奈のコートに、ツインテールに、爆風で吹き上げられた瓦礫の破片が降りそそぐ。
頬をオゾン臭いピリピリする熱風が撫でる。
背後にドサリと何かが投げ出された。
「……破壊の雨だ! 畜生!! 魔帝軍の次の目標は、このアジトか!」
瓦礫に顔をうずめながら悪態をつく。
上空から無数の光弾を降らせる破壊の雨で目標地点を蹂躙し、焼け跡に装脚艇を放って掃討する。それは魔帝軍がレジスタンスを殲滅する際の常套戦術だ。
廃墟と化した世界を支配する魔帝は、魔法と機械を駆使して生存者を狩り続ける。
1年前に突然放り出され、今ではすっかり慣れ親しんでしまった狂った世界に舌打ちし、舞奈は顔をあげる。
視界の端に伏せたトルソの頭を捉え、安堵の笑みを洩らす。
「雨がやんだら入口まで走るぞ。……どうした?」
背後に問うが、返事がない。
饒舌だった少年の不自然な沈黙に、思わず背後をふり返り、
「糞ったれ!!」
再び悪態。
少年の腰から下はなかった。
数分前まで他愛も無い会話を交わしていた少年は、瓦礫まみれの地面の上で胸像のように転がっている。直撃を受けて吹き飛ばされたのだろう。
「……未成年にゃ早いっつったろ」
喪失感から目を引き剥がすように、乾いた笑みを浮かべる。
今までだって、そうやって失う痛みを誤魔化してきたから。
そしてすぐさま平常心を取りもどす。
何かを失うのは慣れている。慣れてしまっている。
舞奈は爆音に耳を済ませてタイミングを計る。
雷撃が途絶えた隙に、死した巨人の陰から跳び出す。
瓦礫を踏みしめて走る舞奈を砲声が追いかける。
装脚艇による第2波攻撃か。
轟音が廃墟を揺るがし、鉄の守護者を砕き、打ち倒す。
廃墟に偽装されたアジトの出入口に転がりこめたのは、幸運の賜物でしかなかった。
「ボーマン! トルソがやられた!」
「舞奈!? 無事だったかい!」
出入口から転がりこんできた舞奈を、やや年のいった女性が出迎えた。
白衣を着こみ、サングラスをかけた彼女はボーマン博士。
レジスタンスを束ねるリーダーだ。
崩れかけた廃屋に機器を並べただけのアジトを、砲声と爆音が揺らす。
浮き足立ったレジスタンスたちの怒号にボーマンの指示が混じる。
部屋にいる誰にも、少年の死を悼む余裕はない。
次がこの中の誰であっても、あるいは全員であってもおかしくないからだ。
「レーダーに装脚艇の反応はなかったのか!?」
それでも舞奈は叫ぶ。
破壊の雨が降った直後に砲撃が来た。
事前に装脚艇が接近していたはずだ。
その反応をレーダーが捉え、警報を発していれば、舞奈はトルソと共に避難できた。
だがボーマンは唇を口惜しげに歪め、
「……今さっき至近距離に反応があった。数は8。たぶん全機が【偏光隠蔽】だ」
「畜生!」
苦々しいボーマンの言葉に舞奈は毒づく。
装脚艇には異能力者と同様に異能力を行使する機能がある。
多数の装脚艇を常備する魔帝軍は多岐にわたる異能力を状況に合わせて投入できる。
だから姿を隠しレーダーをも欺く【偏光隠蔽】を揃え、完璧な奇襲を実現せしめた。
「魔帝の正規軍はレベルが違うよ! まったく!」
「ボーマン博士! カリバーン1号機、2号機、3号機の出撃準備が整いました!」
オペレーターが、瓦礫の上に据え置かれた端末を見やりながら叫ぶ。
「すぐに出しな! あと見えない相手と戦うときの鉄則を忘れるなって伝えてくれ!」
「あたしも行くよ! 全員が【偏光隠蔽】ってなら、あいつらだけじゃ厳しい」
同志を守れなかったから、残された仲間を死なせたくない。だが、
「4号機はリンボ基地で修理中だ。何で出る気だい!?」
「使い慣れたこいつがあるさ」
舞奈はニヤリと笑い、グレネードランチャー装着したアサルトライフルを小突く。
愛銃と同じ砂塵の国のライフルは、激戦に耐えうる堅牢さを誇る名銃である。
だが21年前ですら旧式だった銃が、未だに使われている理由は他にもある。
鋼鉄の巨人が闊歩する瓦礫と硝煙の世界では、人間が使う銃器は進化していない。
まるで人という種が衰退し、巨人に取って代わられたとでもいうように。
「分かったよ。……あいつらを守ってやってくれ」
ボーマンの返事を待つのももどかしく、舞奈は跳びこんできたのとは別の出入り口に向かって走り出す。鋼鉄の悪鬼と砲弾と死が飛び交う死の街を目ざして。
そしてアジトの外。
廃ビルと瓦礫、硝煙と埃の臭いに覆われた廃墟の一角。
周囲に砲声が鳴り響く中、瓦礫と鉄片に覆われた地面が凹み、歪な窪みを残す。
まるで見えない金槌に打ち据えられたように。
さらに、その側にも新たな窪み。
そうやって悪魔の足跡のように続く窪みの先に、空気からにじみ出るように暗緑色の巨人が出現した。
それは2階建てのビルほど大きな重機に見えた。
あるいは角張った戦車に鋼鉄の手足を取り付けた歪な人形にも。
車輪の代りに瓦礫を踏みしめるのは、車体の下に生えた無骨な2本の脚。
車体の上の砲塔に砲はない。その代わり、両サイドに2本の腕が付いている。
砲塔のさらに上には、簡易レーダー付きの無表情なカメラ。
そんな巨人の歩みは遅い。
鉄の塊だからと言われてしまえばそれまでだが、全力疾走を嫌う怠惰な性質が機体のスペックを下げているような、まるで泥人間を思わせる緩慢な動きだ。
「ポイントD015。ソードマン1機を確認。やっぱり【偏光隠蔽】だ」
舞奈は廃ビルの陰に身を潜め、胸元の通信機に告げる。
ソードマンとは魔帝軍が多用する量産型の装脚艇の名だ。
ソードマンが瓦礫を蹴散らし、鉄骨を踏み折りながら歩み寄った先。
そこにも、もう1機のソードマン。
鋼鉄の両腕で巨大な弓を引きしぼり、砲声の如く轟音とともに矢を放つ。
火砲ではなく弓矢など用いているのは、武器を強化する異能力が砲弾には効果をもたないからだ。
「D005にもう1体。でっかいパチンコで撃ちまくってる。バーンたちはまだか?」
舞奈は焦る。
見やる鋼の巨人の胸部から声が漏れる。
『周辺の捜索は終了した。伏兵はいない』
『そうか、ならこのままゲリラどもをあぶり出し、殲滅する』
「拡声器でお話たぁ余裕だな」
漏れ聞こえるソードマンの会話に舞奈は毒づく。
『レーダーに反応! ゲリラどものカリバーン! 3機だ!』
砲声が途切れる。
弓矢を構えた1機は周囲を見渡すように砲塔を揺らす。
もう1機は砲塔に付いた腕を動かして、車体のサイドにマウントされた剣を取る。
『やぁぁぁ!!』
拡声器から響く少年の声とともに、ソードマンたちの目前に1機の巨人が踊り出る。
レジスタンスの装脚艇『カリバーン』。
その外見はソードマンと大差ない。
ただ灰色の都市迷彩を施され、魔帝軍のそれと違って希少なためかカメラ周りに端材を張り合わせて人の頭部に似せてある。
黄色い頭のカリバーンは足の無限軌道で疾走する。
そうしながら鉄材を張り合わせた巨大な盾を投げ捨て、手にした剣を両手で構える。
ソードマンより素早い。
人間で言う丹田にあたる車体部分が輝くと、手にした剣に紫電が宿る。
「……【雷霊武器】。スプラの3号機か」
ひとりごちる。
口元に乾いた笑みが浮かぶ。
年若いスプラはトルソの親友だった。
トルソは装脚艇を動かすための適正を持たなかった。
だから弟分のスプラに希望を託し、励まし勇気づけていた。
奇襲による混乱に流されるままに発進したスプラは兄貴分の末路を知らないはずだ。
そんなスプラの3号機に対峙した、2機のソードマンが動いた。
1機の剣が炎に包まれる。
もう1機は弓矢を背部のラックにかけ、車体の横にマウントされた剣に手を伸ばす。
だが次の瞬間、飛びかかった3号機の稲妻の剣に車体を貫かれた。
渾身の突きを見舞った3号機は剣を引き抜きつつ無限軌道で後退する。
同時に暗緑色の機体が幾筋もの光を放って爆発する。
装脚艇の急所は、車体に組みこまれたPKドライブだ。
人型の戦車を駆動させるための超エネルギー――魔力の源を破壊されることによって巨人は容易に自壊する。
『ゲリラ風情が!』
もう1機のソードマンは炎の剣を振るう。
カリバーンは稲妻の剣で受け止める。
『これ以上はやらせない! 止めるよ、カリバーンの運動性能でね!』
『甘ぇんだよ! ガキ!!』
不意に、ソードマンの姿が溶けるように消えた。
装脚艇が持つ異能力はひとつだけ。
だが例外はある。
操縦者が異能力者だった場合だ。
機体とあわせて2つの異能力を併用することもできる。
『消えた!? ど、どこだ……?』
拡声器から焦った声を漏らしながら、敵機を見失った3号機が砲塔を揺らす。
異能力【偏光隠蔽】は身体を透明化のフィールドで包む。
なので視覚だけでなくレーダーをも欺く。
「スプラ! 後だ!」
「えっ?」
舞奈は通信機に向かって叫ぶ。
轟音とひしゃげる瓦礫で不可視の巨人の移動を見抜いたのだ。
だが狼狽したスプラは反応が遅れる。
その隙に3号機の背後に、空気から滲み出るようにソードマンが出現した。
『隙だらけだぜガキンチョ! コックピットを串刺しにしてやる!』
叫びながら炎の剣を振り上げる。
装脚艇のコックピットは、人間でいう胸部に当たる砲塔部分に収められている。
コックピットハッチは背中側だ。
ソードマンは炎の剣を振り下ろす。
捉えるは無防備に晒されたカリバーンのもうひとつの急所。
爆音が廃墟を揺るがす。
『ぐあぁ!!』
だが拡声器から漏れた悲鳴はソードマンの男のそれだ。
暗緑色の巨人は、動かなくなった3号機の脚部から炎剣を引きぬく。
狙いはそれていた。
何故なら角張ったソードマンの背には、まとわりつく爆炎の残滓。
『グレネード? ゲリラの斥候か!!』
砲塔を旋回させてふり返ると、ビル壁の合間にコートの少女が立っていた。
舞奈である。
2階建てのビルほど大きな悪鬼を見上げる少女の双眸に恐れはない。
それどころか口元に不敵な笑みすら浮かべ、アサルトライフルを構える。
『けど残念だったな! 不意討ちに失敗したら、歩兵は装脚艇に勝てねぇんだよ!』
叫びと同時に、ソードマンの姿が再びかき消える。
だが重機が瓦礫を踏みしめる断続的な轟音は、壁を迂回するように動く。
舞奈の背後へと回りこむ。
『ガキだからって容赦はしねぇ! 焼き潰してやる!』
舞奈の背後に鋼鉄の巨人が姿をあらわした。
微妙だにしない少女を屠ろうと、装脚艇すら貫く炎の剣を振り上げる。
途端に少女は振り向き、グレネードランチャーの引鉄を引く。
すぐさま横に跳ぶ。
なびくコートの端を、灼熱する巨大なギロチンの如き炎剣が焦がす。
舞奈は瓦礫まみれのビル壁の陰に頭から転がりこむ。
次の瞬間、対装脚艇用の徹甲榴弾が巨人の下腹部を穿つ。
ソードマンの砲塔と車体の間には駆動部を兼ねた非装甲部分がある。
普通なら命がかかった戦闘中に狙って当てようなんて思わない細い細い隙間。
だが人外の射撃技術を誇る舞奈にとっては致命的な隙。
閃光。爆発。
舞奈は瓦礫の中から一挙動で跳び起きる。
「……ちったあ忍ぶ努力をしろよ」
ビル壁の隅から見やりながら、ひとりごちる。
視線の先で、ソードマンが業火の如く爆炎に包まれていた。
砲塔と車体の隙間に徹甲榴弾が突き刺さり、PKドライブを破壊したのだ。
――――――――――――――――――――
予告
戦友が遺した新たな力。
装脚艇。
銃の代わりに少女が握るは鋼鉄の巨兵の操縦桿。
剣と異能が織り成す戦場を、砲声が疾風のように吹き抜ける。
次回『巨兵』
舞奈はただ敵を撃ち抜く。
今までずっと、そうしてきた。
これからも、たぶんずっと。
朽ちた巨人の脚にもたれかかって、志門舞奈は側のトルソに乾いた笑みを向ける。
「気がついたのはレジスタンスのアジトだった。それからボーマンに話を聞いて、そこが、あたしのいた時代から20年後の世界だって知った」
言って舞奈は廃墟を眺め、
「たまげたよ。ちょっと眠ってる間に街じゅうが廃墟になってて、魔帝なんて奴が世界を牛耳って、装脚艇なんてバケモノを使って戦争やらかしてるんだからな」
苦笑しながら語る。
空を鉛色に塞がれた薄闇のはるか向こう。
天地を繋ぐ巨大な塔のシルエットが、朽ち果てたビル群を見下ろすように起立する。
魔帝軍の本拠地『アヴァロン地点』の中心にそびえ立つ、最重要拠点『魔砦』。
「それも、もうすぐ終わりさ」
「ボーマン博士の『計画』って奴か」
「ああ、ボーマンの計画が成就すれば、あたしたちは魔帝の手から全てを取りもどすことができる。……だといいけどな」
「そうだな」
少年はピンとこない様子で相槌を返し、
「なぁ、舞奈。もうひとつ教えてくれないか?」
「なんだよ?」
「話の初めでさ、おまえと、その、園香って子は何をしてたんだ……?」
「今の話を聞いて、いちばん気になるのはそこか?」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
男子中学生かよと苦笑し、年齢だけならその通りなのだと思いなおす。
「そのうち聞かせてやるよ。未成年にゃまだ早い」
「おまえだって未成年だろうが! っていうか俺より年下だろ!?」
全力でツッコミをいれるトルソを見やり、舞奈の口元に年齢相応な笑みが浮かぶ。
だが不意に、
「伏せろ!!」
叫びつつ、朽ちた装脚艇の陰へ跳びこむ。
次の瞬間、閃光と爆音が世界にあふれた。
電光が巨人の骸を揺らす。
瓦礫まみれの地面に伏せた舞奈のコートに、ツインテールに、爆風で吹き上げられた瓦礫の破片が降りそそぐ。
頬をオゾン臭いピリピリする熱風が撫でる。
背後にドサリと何かが投げ出された。
「……破壊の雨だ! 畜生!! 魔帝軍の次の目標は、このアジトか!」
瓦礫に顔をうずめながら悪態をつく。
上空から無数の光弾を降らせる破壊の雨で目標地点を蹂躙し、焼け跡に装脚艇を放って掃討する。それは魔帝軍がレジスタンスを殲滅する際の常套戦術だ。
廃墟と化した世界を支配する魔帝は、魔法と機械を駆使して生存者を狩り続ける。
1年前に突然放り出され、今ではすっかり慣れ親しんでしまった狂った世界に舌打ちし、舞奈は顔をあげる。
視界の端に伏せたトルソの頭を捉え、安堵の笑みを洩らす。
「雨がやんだら入口まで走るぞ。……どうした?」
背後に問うが、返事がない。
饒舌だった少年の不自然な沈黙に、思わず背後をふり返り、
「糞ったれ!!」
再び悪態。
少年の腰から下はなかった。
数分前まで他愛も無い会話を交わしていた少年は、瓦礫まみれの地面の上で胸像のように転がっている。直撃を受けて吹き飛ばされたのだろう。
「……未成年にゃ早いっつったろ」
喪失感から目を引き剥がすように、乾いた笑みを浮かべる。
今までだって、そうやって失う痛みを誤魔化してきたから。
そしてすぐさま平常心を取りもどす。
何かを失うのは慣れている。慣れてしまっている。
舞奈は爆音に耳を済ませてタイミングを計る。
雷撃が途絶えた隙に、死した巨人の陰から跳び出す。
瓦礫を踏みしめて走る舞奈を砲声が追いかける。
装脚艇による第2波攻撃か。
轟音が廃墟を揺るがし、鉄の守護者を砕き、打ち倒す。
廃墟に偽装されたアジトの出入口に転がりこめたのは、幸運の賜物でしかなかった。
「ボーマン! トルソがやられた!」
「舞奈!? 無事だったかい!」
出入口から転がりこんできた舞奈を、やや年のいった女性が出迎えた。
白衣を着こみ、サングラスをかけた彼女はボーマン博士。
レジスタンスを束ねるリーダーだ。
崩れかけた廃屋に機器を並べただけのアジトを、砲声と爆音が揺らす。
浮き足立ったレジスタンスたちの怒号にボーマンの指示が混じる。
部屋にいる誰にも、少年の死を悼む余裕はない。
次がこの中の誰であっても、あるいは全員であってもおかしくないからだ。
「レーダーに装脚艇の反応はなかったのか!?」
それでも舞奈は叫ぶ。
破壊の雨が降った直後に砲撃が来た。
事前に装脚艇が接近していたはずだ。
その反応をレーダーが捉え、警報を発していれば、舞奈はトルソと共に避難できた。
だがボーマンは唇を口惜しげに歪め、
「……今さっき至近距離に反応があった。数は8。たぶん全機が【偏光隠蔽】だ」
「畜生!」
苦々しいボーマンの言葉に舞奈は毒づく。
装脚艇には異能力者と同様に異能力を行使する機能がある。
多数の装脚艇を常備する魔帝軍は多岐にわたる異能力を状況に合わせて投入できる。
だから姿を隠しレーダーをも欺く【偏光隠蔽】を揃え、完璧な奇襲を実現せしめた。
「魔帝の正規軍はレベルが違うよ! まったく!」
「ボーマン博士! カリバーン1号機、2号機、3号機の出撃準備が整いました!」
オペレーターが、瓦礫の上に据え置かれた端末を見やりながら叫ぶ。
「すぐに出しな! あと見えない相手と戦うときの鉄則を忘れるなって伝えてくれ!」
「あたしも行くよ! 全員が【偏光隠蔽】ってなら、あいつらだけじゃ厳しい」
同志を守れなかったから、残された仲間を死なせたくない。だが、
「4号機はリンボ基地で修理中だ。何で出る気だい!?」
「使い慣れたこいつがあるさ」
舞奈はニヤリと笑い、グレネードランチャー装着したアサルトライフルを小突く。
愛銃と同じ砂塵の国のライフルは、激戦に耐えうる堅牢さを誇る名銃である。
だが21年前ですら旧式だった銃が、未だに使われている理由は他にもある。
鋼鉄の巨人が闊歩する瓦礫と硝煙の世界では、人間が使う銃器は進化していない。
まるで人という種が衰退し、巨人に取って代わられたとでもいうように。
「分かったよ。……あいつらを守ってやってくれ」
ボーマンの返事を待つのももどかしく、舞奈は跳びこんできたのとは別の出入り口に向かって走り出す。鋼鉄の悪鬼と砲弾と死が飛び交う死の街を目ざして。
そしてアジトの外。
廃ビルと瓦礫、硝煙と埃の臭いに覆われた廃墟の一角。
周囲に砲声が鳴り響く中、瓦礫と鉄片に覆われた地面が凹み、歪な窪みを残す。
まるで見えない金槌に打ち据えられたように。
さらに、その側にも新たな窪み。
そうやって悪魔の足跡のように続く窪みの先に、空気からにじみ出るように暗緑色の巨人が出現した。
それは2階建てのビルほど大きな重機に見えた。
あるいは角張った戦車に鋼鉄の手足を取り付けた歪な人形にも。
車輪の代りに瓦礫を踏みしめるのは、車体の下に生えた無骨な2本の脚。
車体の上の砲塔に砲はない。その代わり、両サイドに2本の腕が付いている。
砲塔のさらに上には、簡易レーダー付きの無表情なカメラ。
そんな巨人の歩みは遅い。
鉄の塊だからと言われてしまえばそれまでだが、全力疾走を嫌う怠惰な性質が機体のスペックを下げているような、まるで泥人間を思わせる緩慢な動きだ。
「ポイントD015。ソードマン1機を確認。やっぱり【偏光隠蔽】だ」
舞奈は廃ビルの陰に身を潜め、胸元の通信機に告げる。
ソードマンとは魔帝軍が多用する量産型の装脚艇の名だ。
ソードマンが瓦礫を蹴散らし、鉄骨を踏み折りながら歩み寄った先。
そこにも、もう1機のソードマン。
鋼鉄の両腕で巨大な弓を引きしぼり、砲声の如く轟音とともに矢を放つ。
火砲ではなく弓矢など用いているのは、武器を強化する異能力が砲弾には効果をもたないからだ。
「D005にもう1体。でっかいパチンコで撃ちまくってる。バーンたちはまだか?」
舞奈は焦る。
見やる鋼の巨人の胸部から声が漏れる。
『周辺の捜索は終了した。伏兵はいない』
『そうか、ならこのままゲリラどもをあぶり出し、殲滅する』
「拡声器でお話たぁ余裕だな」
漏れ聞こえるソードマンの会話に舞奈は毒づく。
『レーダーに反応! ゲリラどものカリバーン! 3機だ!』
砲声が途切れる。
弓矢を構えた1機は周囲を見渡すように砲塔を揺らす。
もう1機は砲塔に付いた腕を動かして、車体のサイドにマウントされた剣を取る。
『やぁぁぁ!!』
拡声器から響く少年の声とともに、ソードマンたちの目前に1機の巨人が踊り出る。
レジスタンスの装脚艇『カリバーン』。
その外見はソードマンと大差ない。
ただ灰色の都市迷彩を施され、魔帝軍のそれと違って希少なためかカメラ周りに端材を張り合わせて人の頭部に似せてある。
黄色い頭のカリバーンは足の無限軌道で疾走する。
そうしながら鉄材を張り合わせた巨大な盾を投げ捨て、手にした剣を両手で構える。
ソードマンより素早い。
人間で言う丹田にあたる車体部分が輝くと、手にした剣に紫電が宿る。
「……【雷霊武器】。スプラの3号機か」
ひとりごちる。
口元に乾いた笑みが浮かぶ。
年若いスプラはトルソの親友だった。
トルソは装脚艇を動かすための適正を持たなかった。
だから弟分のスプラに希望を託し、励まし勇気づけていた。
奇襲による混乱に流されるままに発進したスプラは兄貴分の末路を知らないはずだ。
そんなスプラの3号機に対峙した、2機のソードマンが動いた。
1機の剣が炎に包まれる。
もう1機は弓矢を背部のラックにかけ、車体の横にマウントされた剣に手を伸ばす。
だが次の瞬間、飛びかかった3号機の稲妻の剣に車体を貫かれた。
渾身の突きを見舞った3号機は剣を引き抜きつつ無限軌道で後退する。
同時に暗緑色の機体が幾筋もの光を放って爆発する。
装脚艇の急所は、車体に組みこまれたPKドライブだ。
人型の戦車を駆動させるための超エネルギー――魔力の源を破壊されることによって巨人は容易に自壊する。
『ゲリラ風情が!』
もう1機のソードマンは炎の剣を振るう。
カリバーンは稲妻の剣で受け止める。
『これ以上はやらせない! 止めるよ、カリバーンの運動性能でね!』
『甘ぇんだよ! ガキ!!』
不意に、ソードマンの姿が溶けるように消えた。
装脚艇が持つ異能力はひとつだけ。
だが例外はある。
操縦者が異能力者だった場合だ。
機体とあわせて2つの異能力を併用することもできる。
『消えた!? ど、どこだ……?』
拡声器から焦った声を漏らしながら、敵機を見失った3号機が砲塔を揺らす。
異能力【偏光隠蔽】は身体を透明化のフィールドで包む。
なので視覚だけでなくレーダーをも欺く。
「スプラ! 後だ!」
「えっ?」
舞奈は通信機に向かって叫ぶ。
轟音とひしゃげる瓦礫で不可視の巨人の移動を見抜いたのだ。
だが狼狽したスプラは反応が遅れる。
その隙に3号機の背後に、空気から滲み出るようにソードマンが出現した。
『隙だらけだぜガキンチョ! コックピットを串刺しにしてやる!』
叫びながら炎の剣を振り上げる。
装脚艇のコックピットは、人間でいう胸部に当たる砲塔部分に収められている。
コックピットハッチは背中側だ。
ソードマンは炎の剣を振り下ろす。
捉えるは無防備に晒されたカリバーンのもうひとつの急所。
爆音が廃墟を揺るがす。
『ぐあぁ!!』
だが拡声器から漏れた悲鳴はソードマンの男のそれだ。
暗緑色の巨人は、動かなくなった3号機の脚部から炎剣を引きぬく。
狙いはそれていた。
何故なら角張ったソードマンの背には、まとわりつく爆炎の残滓。
『グレネード? ゲリラの斥候か!!』
砲塔を旋回させてふり返ると、ビル壁の合間にコートの少女が立っていた。
舞奈である。
2階建てのビルほど大きな悪鬼を見上げる少女の双眸に恐れはない。
それどころか口元に不敵な笑みすら浮かべ、アサルトライフルを構える。
『けど残念だったな! 不意討ちに失敗したら、歩兵は装脚艇に勝てねぇんだよ!』
叫びと同時に、ソードマンの姿が再びかき消える。
だが重機が瓦礫を踏みしめる断続的な轟音は、壁を迂回するように動く。
舞奈の背後へと回りこむ。
『ガキだからって容赦はしねぇ! 焼き潰してやる!』
舞奈の背後に鋼鉄の巨人が姿をあらわした。
微妙だにしない少女を屠ろうと、装脚艇すら貫く炎の剣を振り上げる。
途端に少女は振り向き、グレネードランチャーの引鉄を引く。
すぐさま横に跳ぶ。
なびくコートの端を、灼熱する巨大なギロチンの如き炎剣が焦がす。
舞奈は瓦礫まみれのビル壁の陰に頭から転がりこむ。
次の瞬間、対装脚艇用の徹甲榴弾が巨人の下腹部を穿つ。
ソードマンの砲塔と車体の間には駆動部を兼ねた非装甲部分がある。
普通なら命がかかった戦闘中に狙って当てようなんて思わない細い細い隙間。
だが人外の射撃技術を誇る舞奈にとっては致命的な隙。
閃光。爆発。
舞奈は瓦礫の中から一挙動で跳び起きる。
「……ちったあ忍ぶ努力をしろよ」
ビル壁の隅から見やりながら、ひとりごちる。
視線の先で、ソードマンが業火の如く爆炎に包まれていた。
砲塔と車体の隙間に徹甲榴弾が突き刺さり、PKドライブを破壊したのだ。
――――――――――――――――――――
予告
戦友が遺した新たな力。
装脚艇。
銃の代わりに少女が握るは鋼鉄の巨兵の操縦桿。
剣と異能が織り成す戦場を、砲声が疾風のように吹き抜ける。
次回『巨兵』
舞奈はただ敵を撃ち抜く。
今までずっと、そうしてきた。
これからも、たぶんずっと。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる