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序章
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鉛色の空から視線を落として少女は廃墟を見渡す。
童顔の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
小柄な身体を覆うくたびれたコートが、埃っぽい風に吹かれてなびく。
立てた襟からのぞく、小さなツインテールがゆれる。
少女は眠たげなほど静かな瞳で、動くものなき廃ビルの群を見やっていた。
小柄な身体とは裏腹な武骨な手が、アサルトライフルをそっとなでる。
兵士にしては幼すぎ、子供にしては場慣れしすぎている。
そんなちぐはぐな印象を見るものに与える少女だ。
そんな彼女が腰かけているのは、そびえ立つ鉄色の小屋。
否、小屋ではない。
それは鉄と錆でできた巨人だった。
あるいは廃車を無理やりに積み上げたように不恰好な人形であった。
角張った鉄屑の巨人。
胴を穿たれ、頭を砕かれ、廃屋に背を預けるようにうずくまっている。
それはかつて、装脚艇と呼ばれていた人型兵器の残骸だ。
少女は朽ちた巨人の肩に腰かけながら、口元に乾いた笑みを浮かべる。
「見張りは退屈だろう?」
不意に下から声がかけられた。
足元を見やる。
そこには、ひとりの少年がいた。
年の頃は少女より上。言うなれば中高生ほどか。
だが廃墟の世界に学校などあるはずもない。
薄汚れた迷彩服を身にまとった少年は、手にしたアサルトライフルを手持無沙汰に弄びながら、朽ちた巨人の脚にもたれかかっている。
「トルソか。見張りってのは、そもそもヒマなもんだよ」
少女は自分より少しばかり年長の少年に軽口を返す。
そして色のない空に目を戻す。
常闇の空の向こうには、雲と廃墟を貫くように暗い影がそびえ立つ。
その塔には世界を死の色に染めた元凶が住むと言われている。
「魔帝……」
少女は闇の塔を見つめながら、ひとりごちる。
空を閉ざし世界を廃墟に変えた死の帝王。
滅亡した世界の支配者。
僅かに残された人々はそれを、魔帝と呼ぶ。
「……っと、そろそろかな」
少女はボソリとひとりごちる。
同時に、鉛色の空に何本もの光が流れた。
廃墟の一角に無数の紫電が降りそそぐ。
遠くのビルが音もなく砕かれ、崩れ去った。
「破壊の雨……」
トルソは怯えるように目を見開く。だが、
「定刻通りだ。近くじゃなくてよかったよ」
少女は口元に乾いた笑みを浮かべたまま、何食わぬ顔で時計を見やる。
年齢不相応に落ち着いた少女の言葉に少年は「そうだな」と返す。
「なぁ……」
トルソは言葉を続ける。
退屈なのは彼のほうらしい。
だが少女は無言で先をうながす。
「……20年前のこと、聞かせてくれないか」
トルソはひとりごちるように乞う。
少女は虚空から目をはがし、再びトルソを見下ろす。
中高生ほどの彼に対し、少女の背格好は小学生ほどにしか見えない。
いっそ幼いとすら表現できる小柄な少女が、20年前のことなど知るはずがない。
そう考えるのが普通だ。
だが、静かにトルソを見下ろす少女の口元には、年不相応な――いっそ戦に疲れた古強者のそれにすら見える乾いた笑みが浮かぶ。
そんな少女を羨むように見上げながら、年上のはずの少年は言葉を続ける。
「聞かせてくれよ。空が青くて、破壊の雨なんか降らなくて、魔帝も装脚艇も戦争もない世界のこと。おまえがいたっていう、平和な時代のこと」
切実な願いに、少女の口元に歪んだ笑みが少しだけ和らぐ。
自身が過去の時代からやってきた来訪者であるかのような物言いを、否定しない。
だからコートをひるがえし、音もなく鉄屑の骸から飛び下りる。
猫のようにしなやかに、場数を踏んだ兵士のように油断なく。
「だれから又聞きしたんだ? いろいろ間違ってるぞ」
童顔の口元を苦笑の形に歪める。
そうしながら自分より頭ひとつ分ほど背の高いトルソの横にもたれかかる。
「――21年前だ。あたしがこの時代に来てから1年たってる」
目前に広がる廃墟から目を背けるように視線を上げる。
でも、そこにも鉛色の雲しかなかったから目を細め、ひとりごちるように語る。
「それに、あたしが見た最後の空は夕焼けの赤だ。装脚艇はなかったが戦いはあった」
唇が、郷愁と後悔と諦観をないまぜにした笑みを形作る。
時を超えたと語る少女の瞳は、いつしか眠たげに虚空を見つめていた。
稲妻の雨に砕かれたビルを弔うかのように。
「それでもいいなら、聞かせてやるよ」
口元の笑みが苦々しげに歪み、次の瞬間にはあいまいな笑みへと戻る。
「……つまらないミスのせいで全てを失った、馬鹿な子供の話をな」
童顔の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
小柄な身体を覆うくたびれたコートが、埃っぽい風に吹かれてなびく。
立てた襟からのぞく、小さなツインテールがゆれる。
少女は眠たげなほど静かな瞳で、動くものなき廃ビルの群を見やっていた。
小柄な身体とは裏腹な武骨な手が、アサルトライフルをそっとなでる。
兵士にしては幼すぎ、子供にしては場慣れしすぎている。
そんなちぐはぐな印象を見るものに与える少女だ。
そんな彼女が腰かけているのは、そびえ立つ鉄色の小屋。
否、小屋ではない。
それは鉄と錆でできた巨人だった。
あるいは廃車を無理やりに積み上げたように不恰好な人形であった。
角張った鉄屑の巨人。
胴を穿たれ、頭を砕かれ、廃屋に背を預けるようにうずくまっている。
それはかつて、装脚艇と呼ばれていた人型兵器の残骸だ。
少女は朽ちた巨人の肩に腰かけながら、口元に乾いた笑みを浮かべる。
「見張りは退屈だろう?」
不意に下から声がかけられた。
足元を見やる。
そこには、ひとりの少年がいた。
年の頃は少女より上。言うなれば中高生ほどか。
だが廃墟の世界に学校などあるはずもない。
薄汚れた迷彩服を身にまとった少年は、手にしたアサルトライフルを手持無沙汰に弄びながら、朽ちた巨人の脚にもたれかかっている。
「トルソか。見張りってのは、そもそもヒマなもんだよ」
少女は自分より少しばかり年長の少年に軽口を返す。
そして色のない空に目を戻す。
常闇の空の向こうには、雲と廃墟を貫くように暗い影がそびえ立つ。
その塔には世界を死の色に染めた元凶が住むと言われている。
「魔帝……」
少女は闇の塔を見つめながら、ひとりごちる。
空を閉ざし世界を廃墟に変えた死の帝王。
滅亡した世界の支配者。
僅かに残された人々はそれを、魔帝と呼ぶ。
「……っと、そろそろかな」
少女はボソリとひとりごちる。
同時に、鉛色の空に何本もの光が流れた。
廃墟の一角に無数の紫電が降りそそぐ。
遠くのビルが音もなく砕かれ、崩れ去った。
「破壊の雨……」
トルソは怯えるように目を見開く。だが、
「定刻通りだ。近くじゃなくてよかったよ」
少女は口元に乾いた笑みを浮かべたまま、何食わぬ顔で時計を見やる。
年齢不相応に落ち着いた少女の言葉に少年は「そうだな」と返す。
「なぁ……」
トルソは言葉を続ける。
退屈なのは彼のほうらしい。
だが少女は無言で先をうながす。
「……20年前のこと、聞かせてくれないか」
トルソはひとりごちるように乞う。
少女は虚空から目をはがし、再びトルソを見下ろす。
中高生ほどの彼に対し、少女の背格好は小学生ほどにしか見えない。
いっそ幼いとすら表現できる小柄な少女が、20年前のことなど知るはずがない。
そう考えるのが普通だ。
だが、静かにトルソを見下ろす少女の口元には、年不相応な――いっそ戦に疲れた古強者のそれにすら見える乾いた笑みが浮かぶ。
そんな少女を羨むように見上げながら、年上のはずの少年は言葉を続ける。
「聞かせてくれよ。空が青くて、破壊の雨なんか降らなくて、魔帝も装脚艇も戦争もない世界のこと。おまえがいたっていう、平和な時代のこと」
切実な願いに、少女の口元に歪んだ笑みが少しだけ和らぐ。
自身が過去の時代からやってきた来訪者であるかのような物言いを、否定しない。
だからコートをひるがえし、音もなく鉄屑の骸から飛び下りる。
猫のようにしなやかに、場数を踏んだ兵士のように油断なく。
「だれから又聞きしたんだ? いろいろ間違ってるぞ」
童顔の口元を苦笑の形に歪める。
そうしながら自分より頭ひとつ分ほど背の高いトルソの横にもたれかかる。
「――21年前だ。あたしがこの時代に来てから1年たってる」
目前に広がる廃墟から目を背けるように視線を上げる。
でも、そこにも鉛色の雲しかなかったから目を細め、ひとりごちるように語る。
「それに、あたしが見た最後の空は夕焼けの赤だ。装脚艇はなかったが戦いはあった」
唇が、郷愁と後悔と諦観をないまぜにした笑みを形作る。
時を超えたと語る少女の瞳は、いつしか眠たげに虚空を見つめていた。
稲妻の雨に砕かれたビルを弔うかのように。
「それでもいいなら、聞かせてやるよ」
口元の笑みが苦々しげに歪み、次の瞬間にはあいまいな笑みへと戻る。
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