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夜の学校

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 夜になったら安倍さんが、おむかえに来てくれる約束をしてくれた。

 だから夕ごはんを食べおわった後、

「あのね。学校の音楽室に、ネコの声のおばけがでるんだって」
「みゃ~」
 わたしは家の2階にある自分の部屋で、ネコポチと遊んでいた。
 ネコポチっていうのは、わたしの家のネコ。
 とってもかわいい、茶トラの子ネコなんだよ。

「ネコポチと友だちになれるかな?」
「みゃ~」
 そのとき、ケータイがなった。
 ゾマからだ。

『チャビーちゃん、ごめんね。パパが夜にお出かけしたらダメって……』
「ええー!?」
 わたしはビックリした。

「それじゃあ仕方がないよね……」
『ごめんね、チャビーちゃん』
 ゾマはしょんぼりした声で言った。

 ここだけの話ね、ゾマのパパはマイのことを悪い子だって思ってるの。
 男の子みたいな話し方をするからかな?
 だからゾマのパパは、きっとゾマがマイとお出かけするのがイヤだったんだ。

 もちろん、ふつうなら、そもそも夜に子どもだけでお出かけするのがダメだ。
 あぶないもん。
 でも、あたしたちの場合はちがうんだ。なぜかっていうとね……

「チカ! お友だちがいらっしゃったわよ!」
「はーい!」
 ママがよんだ。
 安倍さんがむかえに来てくれたんだ。

「それじゃあゾマ、おばけがいたらケータイで写真をとって、おくるね」
『うん、ありがとう』
「行ってくるね、ネコポチ」
「なぁ~」
 ゾマとネコポチにあいさつして、かいだんをかけ下りた。

 げんかんの外では、安倍さんが車で待っていた。
 安倍さんの家はガードマンの会社だから、安倍さんの家の車は、マンガに出てくるみたいにゴツクて大きくて、ガードマンさんが乗ってるの。
 てっぽうでうたれてもへっちゃらなんだって!
 こんな車でお出かけするなら、夜のお出かけもあぶなくない。

「チカ、お友だちにめいわくをかけないようにね」
「わかってるよ! ママもネコポチをお願いね」
「むすめをよろしくお願いします」
「かしこまりました。チカさまを、しっかりおあずかりいたします」
 安倍さんのしつじさんはとってもれいぎ正しい。
 だから、安倍さんのことをアスカさまってよぶ。
 それに、わたしのこともチカさまってよんでくれるの。エヘヘ。

「日比野さん、ネコポチちゃんは元気?」
 言いながら安倍さんはげんかんをのぞきこむ。

「うん! 今はわたしの部屋で遊んでるよ」
「そう……」
 ひょっとしてネコポチと遊びたかったのかな?
 それじゃあ今度、安倍さんを遊びにさそわないと!

「よっ、チャビー。ちゃんと起きてられたか?」
 車にはマイが乗っていた。
 わたしもガードマンさんにドアを開けてもらって、マイのとなりにすわる。
 その後に安倍さんもすわる。
 安倍さんの車は大きいから、横に3人すわってもラクチンだ。

「あのね、ゾマがこられないって」
「ま、そんなこったろうと思った……」
 マイはゾマのおかしが食べられなくて、残念そうに言った。

「しゃーない。どろぼうをぶちのめして、とっとと帰るぞ」
「どろぼうなんていないわよ」
 安倍さんがマイをにらむ。

 そんなふうにして、車は夜の学校に向かった。

「ボス、みなさん、お待ちしてたっす」
 学校の入り口では、ガードマンさんが待っていた。

 名前はベティさん。
 丸顔でのっぽな、とっても大きな女の人だ。
 いつもニコニコ笑っている。

「学校は今夜も平和ですよ」
 むしゃむしゃ。
 ササミスティックを食べる。

 体の大きなベティさんは、マイみたいに食いしんぼうだ。
 だから、いつもササミスティックを食べている。

「それにしても、夜のシサツなんて急な話っすね」
 シサツっていうのは、会社のえらい人が、みんなが仕事してるか見回ること。
 そして安倍さんは、ガードマンの会社の社長の子だ。
 だから、ガードマンさんの仕事をシサツしたいって言えば、夜の学校にだって入れる。安倍さんってばスゴイ!

「今日はあたしひとりしかいないんで、ついて行ってあげられないんすよ」
 ガードマンさんはいつもは2人で見はりをしている。
 ベティさんも、いつもはもうひとりの人といっしょに見はりをしてる。
 でも今日は、その人はお休みみたいだ。

「けど、ボスとマイナさまがいれば、たいていのことはなんとかなるっす」
 こんなに信用されてるなんて、やっぱり安倍さんはスゴイ!

 わたしたちは本当は音楽室のおばけを調べに来たんだ。
 だから、そっちのほうがいい。
 ……けど、

「……ニコッ」
 むしゃむしゃ。
 ベティさんは、さっきから不自然なタイミングでニコッってしてから、ササミを食べている。

「何やってるんだ? あんたは」
 マイが首をかしげた。

「いやですね、生徒さんのお母さんから、あたしがこわがられてるってクレームがあったんすよ」
 えー!
 ベティさんは体は大きいけど、丸顔でいつもニコニコしてて、面白いこともたくさん言ってくれるのに!

「で、こわく見えないようにしてるっす」
「顔じゃなくて、せが高いからこわいんじゃないのか?」
「じゃ、こうすればいいっすね!」
 ベティさんは後ろを向いて、えびぞりになった。
 のっぽのベティさんがそんなことをすると、とてもおかしい。
 だから、わたしは思わず笑っちゃった。
 やっぱりベティさんはこわくなんかない。面白い。でも、

「まじめに仕事をしてください」
 安倍さんにおこられちゃった。
 でもベティさんは笑顔のままで、

「まじめに見はりしてますので、ボスは校内の見回りをお願いっす」
「はーい」
 わたしも元気に返事を返して、わたしたちは校舎に向かった。

 そして3人で、夜のろうかを歩く。
 真っ暗なろうかを、安倍さんが持ったライトの明かりが、ゆらゆら照らす。
 夜の学校はしいんと静まり返っていて、毎日来てるはずなのに、なんだか別の世界に来たみたい。暗がりから何かが飛び出してきそうでちょっとコワイ。

 まどの外で何か動いた気がして、思わずマイのうでにしがみついた。

「なんだよチャビー。歩きにくいだろ」
 マイはもんくを言ったけど、わたしにあわせてゆっくり歩いてくれた。
 見た目はスマートなマイだけど、太くてたくましいうではキン肉でカチカチだ。

「しょうがないわね」
 安倍さんも、わたしを守るみたいに反対側を歩いてくれた。
 クールでキリッとした安倍さんは、近くにいてくれると、とても安心する。
 それに、2人ともすごくやさしい。エヘヘ。でも、

 ガタッ!

「ひゃあっ!」
 いきなり大きな物音がした!
 わたしはマイのうでに思いっきりしがみつく。

 でも、マイと安倍さんは、こわがったりせずに、

「音楽室の方からだ。本当にどろぼうなんじゃないのか?」
「だとしたら、ベティとしっかり話をしないと」
「ま、つかまえてみれば、わかるさ」
 そんなことを言いながら、マイはわたしを引きはがして安倍さんにおしつける。
 そして音楽室の方に走っていった。

「マイ! まって!」
 わたしだって、いつまでもこわがってなんていられない!
 安倍さんといっしょにマイを追いかける。

 音楽室のドアはキチンとしまっている。
 まどの中は真っ暗で、何も見えない。
 だれもいないんだから、あたりまえだよね。けど、

「おまえたち! かーえーれー!!」
 おどろおどろしい声がして、いきなりまどの明かりがついた。
 まどには、大きなカイジュウみたいなかげがうつっている!

「ホントにおばけがいた!?」
 わたしはビックリして、悲鳴をあげた。
 けど、マイはぜんぜんこわがったりしないで、

「おばけの正体をあばいてやる!」
 ドアに飛びついた。
 さっすがマイ! たよりになる!
 でも……、

「……あれ、あかないぞ」
「何やってるのよ」
 安倍さんもいっしょにドアを開けようとするけど、ドアは開かない。
 まさか、おばけのしわざ!?

 でも、マイと安倍さんは、ぜんぜんこわがったりせずに、

「くそったれ! つっかえぼうかなんかで固定してやがる」
 マイはドアをガコガコ動かす。

「開けられる場所があるかもしれないわ」
 安倍さんはまどをひとつづつ調べ始めた。

 2人とも、すごくたよりになる!
 わたしもがんばらないと!
 そう思ったとたん、

「ちゃんとしまっていないまどが、ひとつあるわ。まどがこわれてて、ちゃんとしまらないのかしら?」
「おっ、ドアがちょっと開いた」
 ドアが少し開いて、すきまが空いた。
 マイってば、すごい!

「やめろ! おまえたち! かえれー!!」
 まどにうつった大きなかげはプルプルふるえながら、大声でさけぶ。
 マイと安倍さんがぜんぜんこわがらないから、はんたいビックリしたみたい。

 そんなマイと安倍さんは、いっしょにドアを引っぱる。
 すきまがどんどん大きくなる。

「チャビーも手伝ってくれ」
「うん!」
 わたしもマイと安倍さんといっしょにドアを引っぱる。

「やーめーろー!!」
 声があせった感じでさけぶ。
 そのとき、

「君たち、なにをやっとるのかね!?」
 後ろから、ゾマのパパの声がした。
 マイはビックリしてとびあがった。

「チャビーちゃん、マイちゃん、アスカちゃん。こんばんは」
「わーい、ゾマだ! でも、どうして来られたの?」
「パパとママとお話して、パパといっしょなら来てもいいって言ってもらったの」
 そっか。ゾマはいっしょうけんめい、パパと話し合ってくれたんだね。
 ゾマのパパも、しんぱいだからゾマについてきてくれたんだ。やさしいなー。

 でもゾマのパパは、マイを見つけてギロリとにらんだ。
 マイは「ひい」って首をすくめた。
 ゾマのパパはマイのことを悪い子だって思ってるんだ。

 でもゾマはニッコリ笑って、

「お夜食は、お魚のクッキーだよ」
 小さなふくろを開けた。

「ネコのおばけちゃんも食べられるように、お塩を使わないで焼いたの」
 中にはお魚の形をしたクッキーがいっぱいつまっている。

「わー! お魚の良いにおいがする!」
 あんまりにも良いにおいだから、わたしはニッコリ笑う。
 マイも安倍さんも、ゾマのパパも笑う。
 そのとき、

「にゃ~」
 ドアのすきまから子ネコがでてきた。
 黒とグレーのしましまの、ちっちゃくてかわいい子ネコだ。

「この子はアメリカンショートヘアね」
 頭の良い安倍さんが、メガネの位置をくいって直しながら言った。
 そして、

「ああっ!? ルージュ待って!」
 ドアの向こうで女の子の声がして、大きなかげはしゅんとうなだれた。
 それからドアがガタガタゆれて、

「あ!」
 ちいさな女の子が出てきた。
 子ネコは女の子のうでの中に飛びこんで、「なぁ~」と鳴いた。

「おばけの正体はあんたたちか」
 マイが言った。

 ゾマのクッキーのにおいで、おばけが子ネコと女の子になって出てきた!

 それに、この子、どこかで見た覚えが……

 あっ!
 昼間に聞きこみをしたときに、にげていった子だ!

「あなたは、3年生の、いちのせえり子ちゃんね」
 メガネをくいってしながら安倍さんが言うと、女の子はこくりとうなずいた。
 安倍さん、それ好きなんだね。

 でも安倍さんはガードマンの会社の子だ。
 だから3年生の子の名前まで知ってるんだ。すごい!

「えり子ちゃん、ネコちゃん、クッキーを食べる?」
 ゾマはふくろを差し出す。
 すると、えり子ちゃんはクッキーを2まいもらって、1まいを食べた。
 もう1まいを子ネコにさしだすと、子ネコはおいしそうにかじる。

「なぁ~」
 子ネコはえり子ちゃんを見上げて、うれしそうにないた。
 えり子ちゃんと子ネコは仲良しなんだ。

「えり子ちゃん、どうしてこんなことをしたの?」
 ゾマはやさしく問いかけた。

「それは……」
 えり子ちゃんはポツリ、ポツリと話しはじめた。

 えり子ちゃんは学校の帰りに子ネコを見つけたの。
 でも、そこは車がたくさん通るから、学校に連れてきて、音楽室でこっそりお世話をしていたの。ルージュっていうのは、えり子ちゃんがつけた子ネコの名前。

 ネコポチのときといっしょだ。
 わたしは、ふと、思いだす。

 ネコポチも、家の近くの人のいないビルで、鳴いているところを見つけて、わたしがお世話をしていたの。
 でも、ある日、いつものビルからいなくなって、いろんなところをさがしたの。

 まい子ネコのはり紙をたくさん作って、はった。
 マイや安倍さんやテックにもさがしてもらた。

 そして、やっと見つかったの。
 それから、パパとママにお願いして、家の子にしてもらった。

 でも、えり子ちゃんの家はパパがいなくてお金もないんだって。
 だからネコはかえない。
 ネコをかうには、ごはんや、すな場のすなを買わないといけない。
 それに、病気になったら病院に連れて行かないといけない。
 たくさんお金がかかるの。

 だから、えり子ちゃんは給食のパンやおかずを残して取っておいて、夕方にこっそり音楽室に来て、ネコちゃんにあげてたの。
 でも、パンくずがこぼれていたり、ネコの鳴き声を聞かれたりした。
 だから、おばけがいるってうわさになっちゃった。

 そして、わたしたちは3年生の子たちに音楽室のおばけのことをたずねた。
 わたしたちが音楽室を調べて、子ネコがいるってバレたら、ルージュが追い出されちゃうかもしれない。えり子ちゃんは、そう思ったんだ。
 だから、おばけのふりをして追い返そうとしたの。

 学校が終わってからも帰らずに、ずっと音楽室にかくれていたんだって。
 外から入ってきたわけじゃないから、ベティさんにも見つからない。

 そして、さっきのおばけはテーブルやイスを積み上げて、カーテンをかぶせて作ったの。おばけの声は音楽室の機械で作ったんだって。
 はじめて見たときはこわかったけど、あんなのを作っちゃうなんて、すごい!

 でも、このままルージュを音楽室でかうわけにはいかない。
 先生や、ほかのだれかに見つかったら、ほんとうに追い出されちゃうからだ。

 でも、でも、どうしよう?
 わたしは考える。
 そのとき、

 ガラガラガラ!

 えり子ちゃんが積み上げていたテーブルやイスが、くずれた。

 しかも大きなテーブルが、ドアから飛び出してきた!

「あっ!」
 テーブルはえり子ちゃんとゾマめがけて飛んで――

「あぶない!」
 マイがえり子ちゃんたちをかばった。

 ドスン!

 テーブルはマイのせなかにぶつかった。
 はねかえって、ズドン! って、ろうかに落ちて、ゴロゴロころがる。

「マイちゃん!」
「マイナ君!?」
「……!?」
 ゾマもゾマのパパも、えり子ちゃんも、ビックリしてマイを見た。

「イテテ。あんな大きなテーブルを、どうやって積んだんだ?」
 マイは顔をしかめながら笑った。

「マイナ君! わたしといっしょに病院に行きなさい!」
 ゾマのパパはあせって言った。

「いや、このくらい平気だよ」
「何をバカなことを言っておるんだ! ケガをしていたら大変だろう!」
 わらってヒラヒラ手をふるマイを、ゾマのパパはおこった。
 いつもはゾマにすごくやさしいのに、こんなにおこるなんて、ビックリだ。

 でも、わたしも同じ気持ちだ。
 あんなに大きなつくえがぶつかって、いたくないはずないもん。
 ゾマだって泣きそうな顔でマイを見ている。
 えり子ちゃんも、しゅんとした顔をしている。

「ここは、わたしたちで何とかします」
 安倍さんが、落ちついてそう言ってくれた。

 なので、マイとわたしとゾマは、ゾマのパパの車で病院に行った。
 ゾマは車に乗っている間、ずっとマイを心配していた。でも、

「かすりキズひとつない! テーブルがぶつかったなんて信じられん!」
 マイを見てくれたお医者さんは、ビックリしていた。

「カチカチのキン肉で、テーブルをはね返したんじゃ。なんてきたえぬかれた、鉄のような肉体じゃ! スゴイ! スゴイ!」
「マイちゃん、よかった」
 ゾマは安心して、マイにしがみついて泣いた。
 ゾマのパパも、ほっとして、お医者さんにお礼を言った。
 マイがケガしてなくて、本当に良かった!

「だから平気だって言ったろ?」
 マイはくすぐったそうに笑った。

「……むすめをかばってくれて、ありがとう」
 ゾマのパパが、小さな声でそう言った。
 マイは「そんなの当然だよ」って言って笑った。

 ゾマのパパは、マイのことを悪い子だって思ってた。
 でもマイは、ゾマを守ってくれた。
 これでゾマのパパも、マイのことを見なおしてくれたかな?

 そうしていると、ケータイに着信があった。
 安倍さんからのメールだ。

 安倍さんとベティさんとえり子ちゃんで、がんばって音楽室のつくえを元にもどしたそうだ。よかった。
 ゆかやテーブルがちょっと凹んじゃったから、明日、先生にあやまるんだって。

 ルージュちゃんは、今夜はベティさんがあずかることになった。
 えり子ちゃんは、安倍さんの家の車で家まで送ってもらった。

 だから、わたしたちも安心して家に帰った。
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