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第21章 狂える土

乱戦3 ~ 銃技&異能力vs異能力

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「野郎! ちょこまか逃げやがって!」
「鎖か何かを持ってくるべきでゴザったな!」
 薄汚い細い路地を男が駆ける。

 ひとりは薄汚れた変装の衣装こそ着ているが精悍な顔立ちをした青年。
 もうひとりは、でっぷり太った大男。
 2人が見やる先を走っているのは、汚物そのものな容姿のくわえ煙草。

 舞奈と明日香が2匹の中毒者を確保した時分より少し時間を遡る。
 埼玉の一角に位置するスラムの裏路地を、3人の男が全力疾走していた。

 先を走るひとり……正確には1匹は、逃げた薬物中毒者の狂える土。
 追っている2人はドルチェとザン。

 舞奈とは別の狂える土を追った2人も、逃げる敵の捕獲に手間取っていた。
 違法薬物で身も心もおかしくなった人型怪異が予想以上にタフだったからだ。
 そして目前の怪異が高速化の異能力【狼牙気功ビーストブレード】を持っているからだ。

 ぶちのめして回収車に運びこめばいいと、たかをくくって挑んだ事を少しばかり悔やんではみるが後の祭。
 今は全力で奴を確保して、力づくで運ぶしかない。
 この界隈で蔓延し始めた違法薬物の正体を突き止め、ゆくゆくは対処するためにも、今ここで奴を捉えて禍我愚痴支部で調査する必要がある。
 ここで奴に逃げられたら、計画はしょっぱなから暗礁に乗り上げる。
 それにも増して、志門舞奈は別の敵をひとりで追っている。
 そして首尾よく捕まえるだろう。
 対して逃げた敵を男2人で追跡して逃げられたのでは立つ瀬がない。
 これは男のプライドを賭けた追跡劇でもある。

「俺が組みついて動きを止める! 見てろよドルチェさん!」
「頼むでゴザル!」
 言いつつザンも自身の【狼牙気功ビーストブレード】で高速化して走る。

 ちなみにザンの口調はこっちが素だ。
 敬語を使うのは舞奈が相手の時だけだ。
 それまで身の回りの狭い界隈しか知らなかった彼に、常識を越えた達人がいる広い世界があると実力で思い知らせたのはドルチェでなく舞奈だからだ。
 まあ、それは良いのだが……

「……うわっ」
 敵はいきなり立ち止まって振り返り、追ってきたザンに切りつける。
 ナイフを隠し持っていたらしい。
 最近は腕を上げてきたとはいえ未熟なザンが不意をつかれて怯む。
 錆びた刃にまとわりついた稲妻が、跳び退ったザンの鼻先をかすめる。
 違法薬物によって付与された【雷霊武器サンダーサムライ】だ。

 奴らの間で流行っているという違法薬物は、忌まわしい人型怪異どもに追加の異能力をあたえるらしい。
 ひとりにひとつが原則な異能力の使い手にとっては羨ましい限りだ。
 まあ、それも良いのだが――

「――あっこの野郎!」
 追手が怯んだ隙に、敵は【狼牙気功ビーストブレード】の出力を上げて猛ダッシュ。
 2人が再び追おうとする間に角を曲がって細い路地に消えた。

「急ぐでゴザルよ! 見失ったら厄介でゴザル!」
「おうっ! 言われなくても!」
 慌てて2人して角を曲がるが……

「むむっ……!?」
 奴が入りこんだはずの路地には誰もいない。
 ドルチェは焦って通路の向こうを、物陰を探り――

「――ドルチェさん! あれ!」
 ザンが少し離れた足元を指差す。

 ゴミだらけの道路の中央に、大きな丸い穴がぽっかり口を開いていた。
 マンホールだ。
 金属製の蓋は汚物にまみれて周囲のゴミと一緒に転がっている。
 どうやら下水道に逃げこまれたらしい。

「追うでゴザルよ!」
「そう来なくっちゃ!」
 ドルチェは迷わず追いかける。
 単に逃げるのに夢中で落ちたのかもしれないが、それならそれで底まで降りて奴の生死を確認し、息があるなら『救出』して運び出す必要はあるだろう。

 なので太ましい身体を揺らせながら、足元の暗闇へと続くはしごを降りる。
 ザンも続く。

 ドルチェの異能力は【装甲硬化ナイトガード】。
 身に着けている装備品や着ている衣服を無敵の鎧にする異能だ。
 普段は多用こそしないものの、有事の際の有効性は理解している。
 つまり暗く見通しの効かない地の底に逃げた敵を、少しばかり無茶して追える。
 加えて異能力者が異能力を使う際には過剰なアドレナリンが分泌される。
 つまり普段より勇敢になって、普段より気が大きくなる。
 見た目によらず冷静沈着なドルチェも例外ではない。

 降り立ったドルチェは地の底の淀んだ空気に顔をしかめる。
 側を流れる下水から漂う汚物の臭いに混じる、焦げた糞尿のようなヤニの悪臭。
 それは追っている薬物中毒者が確かにここを通った証拠でもある。

 懐から携帯ライトを取り出す。
 明かりをつける。

 途端、長い通路の向こうに遠ざかる人影が見えた。
 幸いにも下水道は長い一本道らしい。
 そして敵との距離は、それほど離されてはいない。

「あっちでゴザル!」
 ドルチェはライトの明かりを頼りに下水道を走る。

「おう!」
 ザンも続く。
 先を行く【装甲硬化ナイトガード】を追い越さないよう気をつけて。
 だが気持ちがはやる様子が彼らしい。

 追う2人と逃げる1匹。
 その構図は裏路地での追跡劇と変わらない。
 細い分かれ道を幾つか突っ切って走る狂える土を、ドルチェとザンが追う。
 怪異と異能力者のスタミナ勝負だ。
 それでも双方のスタミナが切れて追いついた後は、数の差でこちらが有利。
 そう思っていた2人だったが……

「……むっ!? 増援でゴザルか!」
「ドルチェさん!? 横からも!」
 周囲を見やって身構える。
 ザンもうろたえて思わず叫ぶ。

 追っていた怪異と入れ替わるように、大量の狂える土があらわれた。
 加えて背後からも。
 あるいは左右の細い通路からも。

 待ち伏せだ。
 2人は逃げる1匹を夢中で追うあまり、敵の巣窟に飛びこんでしまったらしい。

 これが志門舞奈なら、周囲の気配で事前に察する事ができただろう。
 敵の動きを予期して裏の裏をかく事すらできたかもしれない。
 だが流石のドルチェもその域までは達していなかった。

「なあドルチェさん、これ全部を捕まえるのは無理じゃないか?」
「同感でゴザル。一旦、地上に戻りたいでゴザルが……」
 ドルチェは来た方向にライトを向ける。

 だが退路も怪異の集団に埋め尽くされていた。
 地上にいた同族と同じ、否、さらに不潔で忌まわしい、くわえ煙草の中毒者。
 ヤニと汚物にまみれたボロ切れのような衣服をまとった、人化に失敗したのかと思えるような異形な姿をした人型怪異の群。
 その数は、数える事が馬鹿らしく思えるくらい。
 手にした得物も鉄パイプにくわえ、錆びたナイフや日本刀もちらほら見える。
 まるで抗争に備えたヤンキーの集団だ。
 対して、こちらは2人。

 万事休すか。
 ドルチェが歯噛みした途端――

「――来やがった!」
「応戦でゴザル!」
 武装した怪異どもが一斉に襲いかかってきた。

 ドルチェは体重の乗った鉄拳を繰り出し、迫り来る1匹を叩きのめす。
 続く1匹を足払いで転倒させて蹴り飛ばす。
 汚い人型のサッカーボールが背後に続く同類を巻きこみながら、相撲取りの暴行事件か乗用車の追突くらいの勢いで飛んでいく。

 もちろん側のザンも負けてはいない。
 2本の短刀を抜いて、迫る敵に【狼牙気功ビーストブレード】の素早い動きで応戦する。
 もはや相手を捕らえるなんて言っている場合じゃない。

 幸いなのは、奴らのすべてが異能力を持っている訳ではないらしいという事。
 あるいは敵の不慣れな異能を見抜く前に倒しているのかもしれないが。
 だが、今はそれより――

「――こちらドルチェ! 面目ない! 少しばかりまずい事態になったでゴザル」
『どういう事だ?』
 敵が怯んだ隙に胸元の通信機を通話モードに。
 途端、志門舞奈の声が返ってきた。
 ドルチェは少し安堵する。
 まだ完全にツキに見放された訳ではないらしい。

「――あっ舞奈さん! 奴らの増援が山ほどあらわれて!」
「追っていた奴が逃げこんだ下水道に、中毒者が集団で巣食っていたでゴザル」
『下水道だと!? 冴子さんとフランちゃんが向かったはずだ! いるか!?』
「!? 合流はしていないでゴザル」
『……じゃあ2人か。とにかく持ちこたえてくれ! すぐ行く!』
 発信元が下水道の中だからか、通話に少しばかりノイズが混じる。
 だが要領を得ない救援要請に対する、素早い返事。
 通信の向こうで何やら叫ぶ声。駆ける音。

 とりあえず孤立無援という最悪の事態は免れた。
 じきにドルチェたちの元にも増援があらわれる。
 冴子とフランは舞奈とは別にこちらに向かっているらしい。
 だが舞奈が、冴子たちが到着するまでは自力で持ちこたえる必要がある。

「気張って持ちこたえるでゴザルよ!」
 ドルチェは体術を駆使して敵を叩きのめし、蹴り飛ばす。
 指貫きグローブとサックを【装甲硬化ナイトガード】で強化して拳を保護しつつ打力を増す。
 もちろん靴もだ。
 加えて、さばき切れない敵を小型拳銃ベレッタM1934を抜いて撃つ。

 それでも焼け石に水。
 相手の数が多すぎるし、弾丸にも限りはある。

「言われなくても!」
 ザンも【狼牙気功ビーストブレード】を駆使して両手の短刀で応戦する。

 だが多勢に無勢でじりじり追い詰められていく。
 彼は中距離の敵につぶてを放つ事を覚えたが、今この状況では意味がない。

 故に2人の異能力者は敵の数の暴力に少しずつ圧され――

「しまっ――」
「――ザン殿!?」
 体勢を崩したザンの首元めがけて、怪異の錆びた凶刃がひらめく。
 回避しようのないそれを茫然と見やるザン。
 目を剥くドルチェ。
 2人の目前で――

「――!?」
 刃が砕けた。

「――えっ?」
 ザンは目の前で根元からへし折られた日本刀を、驚愕の表情で見つめる。
 刃を振るった当の狂える土も。
 周囲の中毒者たちも。

 一拍だけ遅れて、足元のアスファルトの土手に折れた刃先が突き刺さる。
 錆びた鉄隗に映りこむ小さな人影。

「――こりゃ酷い! まんまとしてやられたじゃないか!」
「面目次第もゴザらん!」
 中毒者どもの集団の背後から声。
 次いで幾つかの断末魔。
 数匹のくわえ煙草が、背後から伸びた幅広のナイフで喉笛を裂かれたのだ。

 怪異の群が崩れ落ちた一角に、小さなツインテールを揺らせた少女が顔を出す。
 志門舞奈だ。
 彼女はギリギリのタイミングで、2人のピンチに駆けつけてくれたのだ。
 さらに舞奈の背後から、

「ドルチェ! ザン! 無事!?」
「何ですかこれ!? いったい何処から!?」
 冴子とフランの声。
 途中で合流して一緒に来たのだろうか。
 舞奈がナイフで、フランが【強い体ジスム・カウィー】を併用した打撃で喫煙者どもを蹴散らしながら、3人は瞬く間にドルチェとザンのいる場所までやってくる。

「いきなりこいつらがわらわら出てきて……」
「誘いこまれて待ち伏せされたのね」
 言い訳じみたザンの言葉に答えつつ、冴子が敵に向き直る。
 
 素早く祝詞を唱えて施術。
 5人の周囲に【氷嚢防盾ひょうのうぼうじゅん】による氷の遮蔽が舞う。
 次いで大気の砲弾【疾風はやて】を放って、近づく敵を吹き飛ばす。

 だが彼女の本来の火力を出し切れてはいない。
 高い火力を持つ【火龍かりゅう】【紫電しでん】のような手札を今の彼女は使えない。
 何故なら、それらの強力な攻撃魔法エヴォケーションは下水道のような閉所で使うには威力が高すぎる。天井や壁が崩れてきたら回避の余地なく生き埋めだ。

 フランも掌から【熱の刃サイフ・ハラーラ】による光の刃をのばし、群がる敵を焼き払う。

 それでも全体として力負けしている実情は変わらない。
 2対無数の戦況が、5対無数になっただけだ。

「……ったく、やんすからサブマシンガンスコーピオンを借りてくるんだったぜ」
「あの! これ! 何処から出てきてるんですか!?」
 舞奈がナイフで、拳銃ジェリコ941で応戦しながらひとりごち、フランが迫りくる敵を焼き斬りながら軽くキレかけ――

「――あたしに考えがある。なあ冴子さん」
「えっ?」
 ふと舞奈が問いかける。

「前に稲妻の攻撃魔法エヴォケーションを使ってたよな? 【紫電しでん】だっけ」
「ええ。明日香ちゃんの同等の術ほど威力はないけど」
「構わん。同じ系列で範囲を焼ける手札はあるか?」
「【紫電掃射しでんさうしゃ】を使えるわ。複数の【紫電しでん】を一度に放つ術よ」
「【雷嵐ブリッツ・シュトルム】みたいなもんか。そりゃ最高だ!」
 冴子の答えに舞奈は口元にニヤリと笑みを浮かべてみせる。
 そうしながら切りかかってきた1匹の頭を大口径弾45ACPで吹き飛ばす。

「そいつを、帰る方向に向かって全力でぶちかませるかい?」
「無茶っすよ舞奈さん!」
「そうですよ! そんな事をしたら通路の壁が崩れちゃいます!」
 何食わぬ顔で語る。
 ザンとフランが敵を切り刻みながら仰天する。
 というか、それができないから苦労しているのだ。
 いくら怪異どもを打尽にできても、代わりに生き埋めでは意味がない。

 だが舞奈の口元の笑みは変わらない。
 その表情で、ドルチェには舞奈の狙いがなんとなく理解できた。
 故に少しでも敵陣に隙を作ろうと、鉄槌の如く張り手で目前の敵を強打する。

「壁に当てなきゃ問題ない。来た方向は直線だし、まっすぐ撃てば敵だけ焼ける」
「けど攻撃魔法エヴォケーションの狙いをそんなに正確につけるなんて……」
「掌か杖の先にまっすぐ撃ってくれるなら、狙いはあたしがサポートできる」
 自信なさげな冴子の言葉に答えてニヤリと笑う。

 それが舞奈の狙いだ。
 通常なら不可能なはずの閉所での大規模魔法攻撃。
 だが【機関】最強のSランクの補佐で敵だけを狙えるなら状況の打開は可能。
 敵の数がどれほどだろうが一瞬で粉砕し、文字通り活路を切り開く事ができる。

「あたしの狙いは正確だぜ。人様の大魔法インヴォケーションを飛び回る完全体に当てた事もある」
「なんすか完全体って?」
 続く言葉にザンが思わず訝しむ。

 完全体という存在について、知る事ができる者は強力な怪異との戦闘を余儀なくされる一部の仕事人トラブルシューター執行人エージェントだけだ。
 これまで一般的な怪異とだけ戦ってきたザンは知らない。
 だが他の面子は知っていた。
 もちろん冴子も。
 故に、その言葉の持つ重みが理解できるのだろう。
 だから――

「拙者からもお頼み申す」
「その……グレイシャルさんならできるっす!」
「――わかったわ」
 ドルチェとザンの激励がダメ押しになって冴子も覚悟を決めたようだ。
 事情を理解した上でのドルチェの言葉より、訳もわからず言ってみただけのザンの台詞の方が響いたようだが、まあ、それは良い。

 冴子は虚空に片手を掲げて錫杖を召喚する。
 即ち【綿津見・改わたつみ・かい】。
 次元断層による戦術結界と同じ技術で物品を運送、格納する国家神術がひとつ。

 冴子は中空に出現した錫杖を手に取り、両手で構える。
 次いで符の束を取り出す。
 続く施術で、数多の符がひとりでに宙を舞って錫杖の先を漂う。
 おそらく符を起点に稲妻の雨を降らせる術なのだろう。
 そのすべてを錫杖と平行に投射すると言うのだから、施術の正確さには相応の自負があるのだとドルチェは少し思う。

「某たちはグレイシャル殿と舞奈殿をお守りするでゴザル!」
「言われなくても!」
「わかりました!」
 ドルチェの時の声に答え、ザンとフランも群がる怪異を叩きのめす。
 異能力で強化された掌底が、白刃が、光の刃がひらめく度に怪異どもが悲鳴と共に吹き飛ばされる。

「ザン! 冴子さんより前に出るなよ!」
「そりゃ流石にわかりますよ!」
 舞奈が軽口を叩き、ザンが軽妙に答える。
 その間に舞奈は錫杖の先を動かし、細い通路の奥へと狙いを定める。

 そのように皆に守られ、補佐されながら冴子は祝詞を締める。

 次の瞬間、錫杖の周囲に舞う数多の符が一斉にプラズマの砲弾と化した。
 まるで定規で引いたかのように平行に並んだ幾つもの放電する軌跡を残して一直線に放たれる。

 まばゆい閃光。
 畏怖すら感じるほどの轟音。
 ザンやドルチェはおろか、術には慣れているはずのフランまでもが目を見張る。
 それほどまでに凄まじい威力の、そして狙いすまされた一撃。

 本来は無数の雷撃を放って範囲を焼く大規模攻撃魔法を密集形態で並べる事で周囲への被害を抑えると同時に、正面への威力を爆増させたのだ。

 故に目前にいた怪異どもはひとたまりもない。
 瞬きするより早くプラズマの奔流に飲まれ、一瞬で消し炭と化す。
 同時に空気を揺るがすほどの衝撃。熱風。
 汚水が蒸発した凄まじい悪臭が、ヤニの悪臭と混ざり合って鼻を焼く。

 そしてプラズマの嵐が止んだ後には消し炭の道ができていた。
 周囲の壁や天井には……傷ひとつない!

「今のうちでゴザル!」
「走れ!」
 ドルチェの、舞奈の合図で皆が出口に向かって走る。

「ああっ!?」
 施術の疲労からか冴子が足をもつれさせ、

「おおっと!」
 ザンが支える。
 そのまま抱きかかえて走る。

「ありがとうザン、もう大丈夫よ」
「このほうが……その、早いっす!」
「ハハッ! なら身体強化をかけてやってくれ」
「魔力の強化でも構わんでゴザルよ。【狼牙気功ビーストブレード】が強化されるでゴザル」
 2人を守るように並走しながら舞奈が、ドルチェがなごやかに笑う。
 生命の危機を脱したからだ。

 追いすがろうとしてくる敵を、フランが【熱の拳カブダ・ハラーラ】を放って牽制する。
 掌から放たれたレーザー光線に1匹が焼かれ、残る怪異も怯む。

 そうするうちに、出口のはしごが見えてきた。

「そういや、はしご無事でよかったなあ。そこまで考えてなかった」
「ちょっ舞奈さん!? 怖いコト言わないでくださいよ~!」
「食い止めます! 登ってください!」
「拙者もしんがりを務めるでゴザル!」
「ありがとう」
 ザンに降ろされた冴子がはしごを登る。

「ザン! おまえも行け!」
「えっでも!」
「順番にみんな登るんだ! 外にも敵がいるかもしれん、冴子さんを頼む」
「わかったっす!」
「あと、上を見るなよ!」
「わかってますよっ!」
 舞奈の軽口に圧されるようにザンも登る。

 程なくして、何処からともなくラジコン飛行機みたいなドローンが飛来する。
 数機のレシプロ戦闘機を模したそれは、本来は偵察用の式神か。
 先に上がった冴子が【式打・改しきうち・かい】により召喚して差し向けたのだ。
 おそらく急いで召喚したからだろう、文字通りに豆鉄砲みたいな機銃掃射は迫りくる怪異どもを怯ませるくらいしかできない。
 だが、残る仲間がはしごを登るまでの時間稼ぎには十分。

「最初から式神を呼んでもいけたんじゃないのか?」
 舞奈が軽口を叩きつつも、式神に援護されながら残りの面子もはしごを登る。

 最後にドルチェがマンホールから這い出し、舞奈とフランで蓋を閉める。

 下からの抵抗は特になかった。
 地上まで追ってくる気はないようだ。

 一行は無事に逃げ延びたのだ。
 予想外のトラブルが続く中、ひとりの犠牲も出す事がなく。

「けど奴を捕まえ損ねたでゴザルよ」
「それなら問題ない。2匹こっちで確保した」
「なんでゴザルとっ!?」
 何食わぬ口調で舞奈が言って、ドルチェが仰天した途端――

『――舞奈さん、聞こえてるでやんすか?』
「お、早速か」
 胸元の通信機から連絡。

「調子はどうだ?」
『中毒者の回収車への搬入が完了したので、その連絡でやんす』
「そっか。おつかれさん」
 返ってきた答えに舞奈は笑う。

 一同も安堵する。
 捕らえた2匹の搬入を首尾よく終えたらしい。
 これで今回のドルチェたちの戦いは、まあ結果的には万事成功だ。

『大変だったでやんすよ。途中で暴れ始めたから明日香さんが車を召喚して』
「そりゃまた」
『今も回収車の中で暴れそうなんで、追加の拘束に協力してくれてるでやんす』
「……なあ。それ、あんたは何もしてないんじゃないのか?」
 続く言葉に舞奈はやれやれと苦笑する。
 他の皆も思い思いに口元をゆるめる。
 そして――

「――じゃ、あたしらも撤収しようぜ」
「そうでゴザルな」
「そうですね。ここから早く離れるべきだと思います」
 舞奈の言葉に笑顔でうなずき、一行は足早に裏路地を後にした。
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