銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第21章 狂える土

乱戦1 ~ 銃技&異能力vs異能力

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「――舞奈殿!」
「――避けるっす!」
「おっこりゃ重畳」
 ドルチェとザンが振り返りながら叫ぶ。
 ザンの手元からつぶてが飛ぶ。
 舞奈は背後から振り下ろされた鉄パイプを見もせずに避けつつ笑う。

 人型怪異に実効支配された埼玉の一角。
 調査のため違法薬物の中毒者を捕獲しようとスラムのような裏通りを歩いていた舞奈たちは、当の中毒者の襲撃を受けた。

「やんすっ?」
「何じゃ!?」
 2人の声にか襲撃にか、やんすと爺さんがビックリする。

 次の瞬間、舞奈の背後で悲鳴。
 ザンのつぶてが襲撃者の顔面を強打したのだ。
 舞奈は振り返りつつ身構える。
 すえた周囲の臭いを煮詰めたような、凄まじい悪臭が襲いかかってくる。

「こちらハカセ! ターゲットと接触したでやんす!」
『了解』
 我に返って胸元の通信機に叫ぶやんすに冴子の声が答える。

 そう。
 襲撃者の正体は、ヤニと薬物で脳をやられた狂える土だ。
 見た目は薄汚い身なりをした、彫りの深い中東系の顔立ちをした若い男。
 だが双眸をヤニで濁らせた目前の男が人じゃないのは一目瞭然。
 つまり舞奈たちが探していた違法薬物の中毒者だ。
 人に似るが人ではない邪悪な怪異は獣の言葉で叫びながら、打ち据えられた顔面を押さえ、手にした凶器を放り出してひっくり返る。
 そのまま汚物まみれの路地をのたうち回る。
 その隙を舞奈は逃さない。

「舞奈さん! 俺、やったっす!」
「ああ、流石だぜ大将!」
 ザンに笑みを返しつつ、鉄パイプより強烈な蹴りを喰らわせる。
 女児用スニーカーの爪先が捉えるは薄汚い怪異のみぞおち。
 怪異は獣のように絶叫する。

 だが舞奈は容赦しない。
 地面を転がる異形の男に追撃。
 地面に散らばるゴミを派手にまき散らしながら、くわえ煙草の怪異を砲撃の如く勢いで手近なビル壁に叩きつける。
 叫ぶ男は避けるどころか身動きすらとれない。
 そのまま叩きのめして表通りに控えた回収車に運びこめば今日の仕事は終わる。

 なので勢いのまま蹴る。蹴る。
 変装用のダウンジャケットのポケットに手を突っこんだまま。無言で。
 獣の悲鳴と重く鈍い打撃音だけが、薄汚い細い路地に何度も響く。

「いやその、舞奈さんや……」
「やんす……」
 普段は荒事には無縁なのであろう爺ちゃんの、そして自分が執行人エージェントだって事を忘れてそうなやんすのドン引きした視線も気にしない。

『捕まえられそう?』
「今、舞奈さんがボコボコにしてるでやんす……」
『そう……』
『そうですか……』
「そうだけどそうじゃねぇ! フランちゃんが誤解してるだろう」
 引き続き状況を確認しようとするバックアップ組に報告を入れるやんすと、胸元から返ってくる反応に思わず叫ぶ。

 そうしながら蹴る。蹴る。蹴る。
 ボコボコだ。

 もちろん舞奈に敵を痛めつけて喜ぶ趣味はない。
 ナイフも拳銃ジェリコ941も持っている。
 だが今日の散歩の目的は薬物中毒者の捕獲だ。
 相手を生かしたまま捕らえるためには気絶させるのが一番なのだ。

 なので力をゆるめることなく蹴る。
 解体現場でビルを壊す重機のように蹴る。
 蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。

「酷い絵面っすね」
「……気にしてる事を言うな。ハラスメントだぞ」
「えっすんません……」
 身構えながらもボソリと言ったザンを睨む。
 もちろん全力で足元の怪異を蹴り続けながら、息も切らせず。
 ザンは凹む。

 だが舞奈は訝しむ。
 この怪異、蹴っても蹴っても意識がなくならない。
 今しも途切れ途切れに悲鳴を発しながら腕で身体をかばおうとしている。
 打撃の衝撃で反撃こそできないものの、気絶とも意識の混濁ともほど遠い。
 何度か頭を蹴ってみたが、結果は同じ。
 まるで脳が別の場所にあるかと思うほどだ。

 まあ度重なる薬物の接種によって極度の興奮状態にあるのだろう。
 異能力者が異能力を使う際に高揚するのと似たような感じか。
 流石は違法薬物の中毒者と言ったところか。

「某も手伝ったほうが良いでゴザルか?」
「それはそれで酷い絵面だな……」
 ドルチェの申し出に苦笑しつつ、舞奈は――

「――それよりやんすと爺ちゃんを頼む!」
「えっ?」
「!? ……承知でゴザル!」
 鋭く叫ぶ。
 ザンは戸惑う。
 ドルチェは背後の2人をかばうように素早く動く。

 同時に近くの物陰から、別の人影が飛び出した。
 その数、4つ。
 別の狂える土どもが潜んでいて、そいつらが姿をあらわしたらしい。
 どいつも足元の襲撃者と同じ薄汚い身なりをした中東風の男に見える。

「新手!?」
「そういうこった」
 ザンが驚く。
 舞奈は笑う。

 4匹の怪異は舞奈と足元の同類を見やり、嘲るように獣の言葉で何かを叫ぶ。

 もちろん物陰から何者かがこちらをうかがっていた事には気づいていた。
 直観に頼るまでもなかった。
 ドルチェにとっても同じだったのだろう。

 何故なら、この手の輩が事を起こすなら、薄汚い仲間と徒党を組む。
 自分たちに足りていない実力と鍛錬を数の力で補おうとする。
 少なくとも今までに舞奈が出会った怪異どもはそうだった。
 なので気配を探ったら案の定。
 だが気にせず自分の作業を続けていたら、しびれを切らしたか姿をあらわした。

 最初から5匹で同時に襲ってこなかったのは、様子見のつもりだったか?

「舞奈さん!」
「見えてる! そっちにも行くぞ!」
 ザンが叫ぶ。
 舞奈は笑う。

 同時に新手のうち1匹が鉄パイプを振りかざして叫びながら跳びかかってきた。
 舞奈は跳び退って避ける。
 錆びて曲がった鉄の凶器が、舞奈と足元の怪異の間に振り下ろされる。
 一丁前に同胞をかばったつもりか。

 その隙に、ボロ雑巾のようになった怪異が立ち上がる。
 側に転がる凶器を拾い上げ、自分を散々に蹴りまくった子供を睨みつける。
 舞奈に言葉の意味はわからないが、おそらく罵倒であろう何かを叫ぶ。

 そんな様子を見やって舞奈は口元を歪める。
 別に悪口が気に入らない訳じゃない。
 あれだけ蹴りまくったのに目立ったダメージがなさげなのだ。
 衣服は汚れ、顔面にも無数の傷が刻まれているのに、効いた様子がまるでない。
 割と強めに蹴ったはずなのだが。
 そして舞奈も小学5年生とはいえ、並の脂虫なら投げたボールで首をへし折れる程度に腕っぷしには自信があったつもりなのだが。

「……聞こえてるでやんすか!? 奴らの増援があらわれたでやんす!」
『えっ? 了解よ。すぐに対処するわ』
 やんすがあわてて通信機に向かって叫ぶ。
 胸元の通信機からから冴子のビックリした声。
 こちらも増援を呼ぼうと思ったか。

 見やるとやんすと爺ちゃんをかばったドルチェの前にも2匹の狂える土。
 両手に短刀を構えたザンの前にも1匹。
 どいつも手にした鉄パイプを構え、威嚇するように獣の言葉で叫ぶ。
 やんすが凄い嫌そうな顔をしているので何か下品な罵倒なのだろう。
 フランを連れてこなくて良かったと思った。

『応援はいる?』
 舞奈の胸元からも明日香の声。

「場所がわかるなら運ぶのを手伝ってくれ。大漁だ」
『了解』
 答えつつ、目前に振り下ろされた鉄パイプを跳び退って避ける。
 連携のつもりか続けざまに振り下ろされた別の鉄パイプを身をよじって回避。
 標的を捉えそこねた凶器の端を、横から強打して叩き落そうと試みる。

 舞奈たちの胸元の通信機は発信器も兼ねているはずだ。
 何せ『機関』の備品なのだ。
 追跡する手段も、禍我愚痴支部の正式な職員で占術士ディビナーでもあるフランあたりが何がしか持っているはずだ。それを使って間もなくバックアップ組が駆けつける。
 それまでに何匹かを叩きのめして拘束しておけば、皆で運んで仕事は終了だ。

 だがボロ雑巾のような喫煙者の不気味な手は、握った得物を離さない。
 以前に単身で殲滅したグループの奴らと比べても耐久力が高い。
 こちらも薬物によって強化されているのだろうか?
 まったく。さして鍛えてる風でもなさそうなのに羨ましい限りだ。

 口元を歪める舞奈の視界の端で、やんすがだぶだぶの懐から獲物を取り出す。
 カーチェイスの時と同じサブマシンガンVz61スコーピオン

「おおい、抜くのは構わんが、考えて撃ってくれよ」
「承知でやんす!」
 敵の打撃を避けつつ苦笑する舞奈の言葉にやんすが答える。
 側の爺ちゃんは目を丸くして事態を見守っている。

 舞奈たちの目的は敵の捕獲だ。
 射殺したら元も子もない。
 というか、こんな状況で迂闊にサブマシンガンなんか撃たれたら味方に当たる。

 それでも敵の動きが少し変わった。
 具体的にはやんすに気を取られ、目前への警戒が露骨に手薄になった。

 舞奈は内心で苦笑する。
 奴らは(はわわ銃じゃ……!)みたいな顔をしている爺ちゃんとは違う。
 荒事は十八番だし、仲間は銃を密輸しようとしていた。
 乱戦中の自分たちが連射できる銃では撃たれないと察する知識はあるはずだ。

 それでも、なるほど奴ら怪異は人間と違って状況を深く考えない。
 銃を持っていれば撃つ。
 敵がいるから襲う。
 虫と同じだ。
 節度という概念そのものを持っていないから味方への被害も気にしない。
 だから相手も同じだとしか思えない。
 それ以外の判断基準がない。
 相手が銃を持ったなら、そちらを優先的に警戒する以外の術がない。
 やんすも粋な援護をしてくれる。

 ……だが喜んでばかりもいられない。

 何故なら変化した動きはそれだけじゃない。
 どちらも異能力を発動したか、先ほどまでの数倍のスピードで動き始めた。
 即ち【狼牙気功ビーストブレード】。
 2匹がかりで子供に手こずっていた2匹の怪異が、敵に銃を抜かれてようやく本気を出したらしい。

 さらに片方の鉄パイプは炎に包まれる。
 もう片方の凶器は放電する。
 こちらは各々【火霊武器ファイヤーサムライ】【雷霊武器サンダーサムライ】。
 やはり中毒者どもは追加の異能力を使うらしい。

 2匹の怪異は雄叫びをあげながら、目前の子供めがけて襲いかかる。
 先ほどまでの数倍のスピードで迫る炎と稲妻の鉄パイプ。
 だが舞奈は苦も無く避ける。
 そこは先ほどまでと変わらない。
 舞奈は鋭敏な感覚で周囲の空気の流れを読み、近距離にある肉体の動きを読む。
 故に舞奈に対する接近戦は無意味。
 それらを小5の子供は無条件に回避できる。
 少しばかり速かろうが、殺傷できる範囲が広かろうが同じだ。

 それでも舞奈は訝しむ。
 敵の動きが少し妙な気がする。
 酔ったような中毒者の動きだからというだけではない。
 あえて言うなら【火霊武器ファイヤーサムライ】の動きは速いが歪だ。
 逆に【雷霊武器サンダーサムライ】の放電は、術とは比べ物にならないにしても貧相が過ぎる。
 2つ目の異能力が、将来の異能じゃないからだろう。
 違法薬物とやらの接種によって追加された自分自身の異能に戸惑っているのだ。

 そんな様子を見やって舞奈は笑う。
 むしろ好都合だ。
 1匹の人型怪異が使う2つの異能力。
 しかも片方は不自然に未熟。
 奴らこそ、舞奈が調査したいと思っていた理想的なサンプルだ。
 こいつの頭の中身がKoboldの騎士たちと同じであれば、チップと今回の違法薬物が同じ代物だと証明できる。
 その上で調査を進めれば、それらに対する有効な対応策も見つかるだろう。
 斯様な青写真を実現するために舞奈がすべき仕事は明白。
 奴が自身の異能について知る前に叩き伏せ、回収車に運びこみ、残りの調査を禍我愚痴支部の諜報部にまかせるのだ。

 なので舞奈は敵の高速化など無関係に立ち向かう。
 異能で燃える凶器をかいくぐりながら、足払いで体勢を崩す。
 下がってきた頭にハイキックを喰らわせて向かいの壁に叩きつける。
 その隙に横から殴りかかってきた稲妻を見もせずに避ける。
 舞奈にとって、この程度は造作ない。

「――ドルチェさん! ひとり消えましたぞ!」
「後ろでやんす!」
「承知でゴザル」
 舞奈の背後で爺ちゃんとやんすが叫ぶ。
 見やった先でドルチェは笑う。

 舞奈が今しがた対峙しているような【雷霊武器サンダーサムライ】と向き合った太っちょ。
 彼の真後ろに『出現』したくわえ煙草の狂える土が、こちらも放電する鉄パイプを大きな背中めがけて振り下ろす。
 見ていたやんすが息を飲む。

 だが同時に、ドルチェの太ましい背中が手品のように動いた。
 まるで見えていたかのように。

 振り下ろされた鉄パイプは目標を見失って地を打ちつける。
 凶器を覆う稲妻が、転がるゴミに空しく放電する。

「ニンジャへの対処は心得てゴザル」
 ふくよかな顔に満面の笑みが浮かぶ。

 ドルチェは透明化からの奇襲を避けた。
 その程度は彼にとって余裕らしい。
 舞奈に迫る技量だ。

 そんな彼は、大振りを避けられてバランスを崩した敵の脇腹に鉄拳を叩きこむ。
 不自然な耐久力を持つ中毒者がたまらずのけぞる。

 なるほど、これが彼が暗器を得物にしているもうひとつの理由だ。
 繰り出す打撃に並の成人男性数人分の体重を上乗せする事で、ドルチェは接近戦では素手でも十分な打撃力を発揮できる。
 言うなれば肉体の劣化ウラン弾だ。
 投擲だけの男ではない。

 そんなドルチェは敵の手を離れた得物を奪う。
 間髪入れずソフトボールの要領でスイングし、横から殴りかかってきた別の鉄パイプを弾き飛ばす。

 ドルチェの相手の1匹は【偏光隠蔽ニンジャステルス】【雷霊武器サンダーサムライ】。
 もう1匹は【雷霊武器サンダーサムライ】【狼牙気功ビーストブレード】のようだ。

 2匹の高速化能力者を相手に、だが戦況はドルチェに有利。
 体術だけで切り抜けている。
 彼の異能力【装甲硬化ナイトガード】を使うまでもない。

 その側で、ザンも自身の異能力【狼牙気功ビーストブレード】を駆使し、両手の短刀で敵の鉄パイプをしのいでいる。
 相手は【火霊武器ファイヤーサムライ】【装甲硬化ナイトガード】と言ったところか。
 技量こそ並だが最近とみに腕を上げつつある彼にとっては丁度いい相手だ。
 この戦闘にも勝利する事で、彼は場数を踏んで以前より少しだけ強くなる。

 正直なところ、ザンが受け持った1匹は始末して構わないと思っている。
 舞奈とドルチェで1匹ずつでも確保できれば作戦は大成功だ。
 彼が無茶する必要はない。

 それにしても……

「……なんかヘルバッハの野郎を殴ってるみたいだな」
 舞奈は目前の相手を叩きのめしながら口元を歪める。

 どれほど打撃を加えても、気絶どころか効いた素振りすら見せないのだ。
 まあ異能力による高揚と似た状態にあるのだろうと納得はしていた。
 だが、それにしても異常だと流石に思い始めてきた。
 いくら気が立っているといって、並の人間なら数十回はは殴り殺せるほどの打撃を加えても普通に動いて襲ってくるのは想定外だ。

 まあヘルバッハと異なり、奴らを殺す気で撃ったり首をへし折ったりする訳にもいかないので舞奈も100%の力を出せないのは事実だ。
 なにせ舞奈たちの目的は薬物中毒どもを生け捕りにする事。
 奴らに追加の異能力をあたえている何かがチップと同じものなら、脳内に存在するそれは宿主が死ぬと僅かな隙間を残して消える。
 そうなった状態のデータは須黒での過去の作戦で十分すぎるほどとれたはずだ。
 そんなのものには意味がない。
 そう考えて口元を歪める舞奈の背後で――

「――これで仕舞でゴザルよ!」
「やったでやんす!」
 ドルチェがニヤリと笑う。
 見ていたやんすが喝采をあげる。

 その目前でドルチェと相対していた怪異の【偏光隠蔽ニンジャステルス】の方が地面を転がる。
 もちろん殺してはいない。
 地面でもがく狂える土の手足はワイヤーでグルグル巻きにされている。
 前回の戦闘で【装甲硬化ナイトガード】と併用し、ドレスの男を上下に両断したワイヤー。
 それを普通に相手に巻きつけて動けなくしたのだ。
 幾重にも巻かれた細くて強靭なワイヤーを、力まかせに千切れるものではない。

「……ああ、それもそうか」
 なるほど。
 舞奈も2本の鉄パイプを避けながら気づく。
 相手を殺さずに無力化する手段は気絶させる以外にもある。

 燃える鉄パイプを跳んで避けつつ拳銃ジェリコ941を抜く。
 パーカーの下に、普段と同様に身に着けていたそれを流れるような動作で撃つ。
 狙いは目前に迫っていた【狼牙気功ビーストブレード】【火霊武器ファイヤーサムライ】。
 その程度は造作もない。
 もちろん、その撃ち方で、目と鼻の先に迫る敵の太ももを違わず撃ち抜く事も。
 別に防護されている訳じゃないので大口径弾45ACPが命中すれば穴が開く。
 脚を貫通した激しい痛みに、流石の中毒者も絶叫する。
 だが、これなら死にはしない。

 それでも殴りかかってきた鉄パイプを――

「――おおっと!」
 避けながら反対側の脚も撃ち抜く。
 まあ気分がノッていれば、そういう事もあるだろう。
 それでも流石に両足に穴が開いたら崩れ落ちた。
 物理的に神経なり筋肉なりが負荷に耐えられなかったからだ。
 奴らは別に術者じゃないから、根性や精神力で無限の奇跡は引き起こせない。

 倒れた同類を見やって叫ぶ片割れの鉄パイプを、跳んで避けつつ笑う。
 だが……

「……これはマズいでやんすよ」
「むむっ。某の不徳でゴザル」
 やんすが戦況を見ながらひとりごちる。
 ドルチェも残った敵の鉄パイプをしのぎつつ、ふくよかな顔に渋面を作る。

「おいおい……」
 横目で見やった舞奈も思わず口元を歪める。

 ワイヤーで拘束された狂える土は、自身の手足が傷つくのも構わず暴れ続ける。
 痛覚か、自己保存本能か、あるいは両方が完全にイカれたらしい。
 明らかに単なる高揚状態などではない。
 喫煙と薬物の接種、加えて何かの影響で脳が完全にお釈迦になったようだ。
 訳のわからない何事かを叫びながら、自身の異能【偏光隠蔽ニンジャステルス】を暴走させて、バグったゲームのキャラクターみたいに点滅しながら無茶苦茶にもがく。

 そしてドルチェが目前の【雷霊武器サンダーサムライ】【狼牙気功ビーストブレード】に対処するうちに……

「……ああっ!?」
 拘束された怪異の手首と足首が引き千切られた。
 ワイヤーは容易には千切れないが、喫煙者の怪異の手足はそうじゃない。
 だからといって普通の人間にそんな事はできないが、脳に異常をきたした薬物中毒者はそれをやらかしてしまった。
 千切れた手足のつけ根から、壊れた水道管みたいにヤニ色の体液が噴き出す。
 その状態で、人型怪異は先のない手足をゾンビみたいに出鱈目に動かす。
 もう無茶苦茶だ。

 舞奈が両足を撃ち抜いた1匹も、撃たれた孔から体液を噴き出しながら暴れまくっている。
 これを運びこんでも調査する間……というか支部に着くまでもたないだろう。
 思わず舌打ちする。

 こんな事なら術で氷漬けにできる明日香か冴子を面子に加えるべきだった。
 後悔するが、今となってはどうしようもない。
 さらに――

「――あっ待ちやがれ!」
「――むっ!? 待つでゴザルよ!」
「――糞ったれ!」
 ザンが叫ぶ。
 同時にドルチェも、舞奈も叫ぶ。

 5匹の襲撃者のうち2匹が倒され流石に不利を察したのだろうか?
 残る3匹の狂える土が、一斉に背を向けて逃げだしたのだ。
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