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第20章 恐怖する騎士団
もうひとつの共闘
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午前中の『Kobold』巣黒支部ビル攻略戦とはうって変わった平和な午後。
戦場帰りの執行人や仕事人、協力者でにぎわう食堂の一角で……
「……やっぱりお腹がすきますね」
「それもそうだね」
舞奈の背後に据え置かれた冷蔵庫がドアをパタパタさせる。
横に鎮座する暖炉も火を点灯させて同意する。
そんな子供向けバラエティ番組みたいなシュールな光景に、
「電源コンセントは向こうの端だぞ」
舞奈は思わず苦笑しながら軽口を返す。
「わたしにも少しお肉を分けてください」
だが舞奈に構わず冷蔵庫は足を出し、よっこらせと立ち上がり、
「あっ馬鹿やめろここで元の姿に戻ったら……」
全裸だろうおまえ。
焦る舞奈を無視してガチャガチャと人型に変形し始める。
そして――
「――御安心を。元の姿の前段階でも動けるんですよ」
「仮にも魔術の神髄を志す者。この程度は訳ないさ」
「……その一旦ロボットに変形するギミックは必要なのか?」
冷蔵庫ロボは予備の箸と取り皿を拝借し、鍋から器用に肉や野菜をつまむ。
暖炉ロボも続く。
舞奈は苦笑しながらツッコミを入れる。
そんな異様で出鱈目な状況を、側の明日香は礼儀正しく無視して肉を食っている。
ソォナムと紅葉は舞奈と一緒に苦笑している。
楓は真似したそうに見ている。
サチと小夜子は完全にスルーしてイチャイチャしている。
隣のテーブルの酔っぱらいどもも大騒ぎしている。
その様にして、卑藤悪夢を倒した巣黒の皆が和んでいるのと同じ頃。
巣黒から遠く離れた首都圏の一角、『Kobold』本部ビルの中層階で――
「――やはり敵の占術師が倒されたというのは本当らしいな」
迫り来る騎士たちを次々に撃ち抜きながらコートの女が笑う。
公安の対魔法部門――公安零課の梵術士、猫島朱音だ。
巣黒で卑藤悪夢が倒された。
そんな吉報を受けた公安の術者たちは急きょ『Kobold』本部に突入した。
捜査令状は以前からあったが、踏みこむ機会を逃していたのだ。
だが状況が変わった。
なので朱音たち公安の術者は、法的な回避手段を失って最後の抵抗とばかりに湧いて出た騎士たちを片づけている最中だ。
怪異の組織である『Kobold』本部もまた怪異の施設。
故に『Kobold』巣黒支部と同様に、中には脂虫の騎士がひしめいている。
その凄まじい兵力そのものは所詮は支部である先方の非ではない。
受付の制止を振り切って階段を上った途端、文字通り雪崩れるような大量の騎士が襲いかかってきた。
だが公安の術者たちは怯む事も退くこともない。
彼女らの目的は2つ。
ひとつは以前から頻発していた誘拐事件の犠牲者の救出。
正直なところ失踪からそれなりに時間が経っている。
ご両親は憔悴しているし、単純に少女たちの安否も気がかりだ。
もうひとつは誘拐に『Kobold』が関与している証拠を見つける事。
もちろん奴ら怪異に人間のような罪の意識はない。
罪を糾弾しても悔いることも態度を改めることもないだろう。
だが奴らを追い詰め、警戒が許される空気になれば今後の犯行を阻止しやすい。
そして、その目的を達するタイミングは、預言によって奴らを社会的に守護していた卑藤悪夢が倒れた今をおいて他にない。
だから朱音は一心不乱に両手のリボルバー拳銃を発砲する。
撃って、撃って、撃ちまくる。
無論、今の朱音は高速化の梵術【韋駄天の健脚】の影響下にある。
故に一見すると普通のリボルバーにあるまじき、手元が見えないほどの高速連射。
なびくコートの中から実包が飛び出てシリンダーに収まる。
風を操る【風天の舞】を制御してリロードを続けているのだ。
だから手動の機関銃のように、小口径弾の雨を騎士どもに叩きつける。
あまりの連射に加熱した銃身を【大自在天の舞】で冷却する。
三面六臂の如く猛攻だ。
しかも苛烈な攻撃を加えながらカバディの足さばきで敵の間合いから逃れる。
数多の騎士たちが数多の槍を突き出すが、一突きすら朱音に届かない。
逆に止まることのない鉛の雨に、騎士たちは紙切れの如く引き裂かれる。
そんな人間戦車のように圧倒する朱音の側で、
「ええ。今回の件に関わって以来、こんなに事がスムーズに運ぶのは初めてです」
襲い来る騎士たちを錫杖で薙ぎ払いながら金髪の行者が答える。
こちらも公安の修験術士、フランシーヌ草薙。
十字路や枝道から奇襲しようとしてくる伏兵への対処は今回、彼女の役目だ。
鋼鉄製の杖の先に灯る【不動・迦具土・散華】の炎は最初の打撃で爆発する。
不意をついたつもりの敵は、問答無用で吹き飛んで燃え尽きる。
後続は【四大・須佐之男・究竟】で強化された身体能力で打ち倒す。
こちらも人間の身体から繰り出されるとは思えない猛烈な打撃。
悪鬼羅刹の如き猛打を避けられる騎士はいない。
そして凄まじい一撃をまともに食らった騎士は吹き飛んで木端微塵だ。
逃れる術はない。
そして守りは【三貴子・不動・身固】による不屈の結界によって完璧。
仏術と神術の利点を兼ね備えた不可視の障壁は、騎士たちがどれほどの数で一斉に突こうが、どれほど渾身の力をこめて突こうがビクともしない。
さながら、こちらは鉄壁の防御を誇る要塞だ。
そんな彼女ら公安は、今までも何度か『Kobold』本部に踏み入った。
だが敵の目論見を暴き、犠牲者を救出できると思われたギリギリのところで政治的な横槍が入って撤退を余儀なくされた。
だから奴らは野放しになっていた。
それが今回はない。
奴ら怪異の邪悪な企てを裏から支えていた卑藤悪夢がいなくなったせいだ。
そして2人に続く婦警スタイルのKAGE。
彼女は一見すると2人の後ろにいるだけだ。
だが知らぬ間に騎士たちが間引きされている事に2人は気づいている。
曲がり角で、税金逃れのために据え置かれた彫刻の陰で、何匹かの騎士がタコの触手に引きずり倒されて消える。あるいは巨大なイソギンチャクに捕食される。
公安の術者でありながら海外の治安維持組織のサメ女ヒーローでもあるKAGE。
だが普段のKAGEの戦い方は、シャドウ・ザ・シャークほど派手ではない。
的確な援護によって、少数精鋭のチームの戦果を確実に引き上げるのだ。
近接戦闘要員が多いディフェンダーズでは魔術による苛烈な攻め。
魔法戦闘のエキスパートを擁する公安ではサポート。
状況によって器用に戦い方を変えられるのがKAGEの強みだ。
そんな同僚に背中を守られながら、朱音のカバディが勢いを増す。
すると銃声に代わって、風など吹かぬはずの廊下で空気が軋む。
そして無数のかまいたちが騎士たちを滅多切りにする。
大気を刃と化して複数対象を切り刻む梵術【風天の多刃】。
次いで天井を走る水道管がはじけ、大量の水が噴き出す。
それが無数の刃と化して襲いかかる。
こちらは水を数多の刃と化す【水天の多刃】。
さらに廊下にあふれた水は、無数の氷の槍と化して後続の騎士たちを貫く。
重く鋭い氷刃を放つ梵術【大自在天の多刃】。
水道管からあふれる水と、強風が吹き荒れた廊下の冷気を利用したのだ。
そんな呪術の猛攻に、騎士たちに成す術はない。
まるで大人と子供。
あるいは戦車と人間の勝負だ。
数は何の意味もなさない。
ただ弱い側は蹂躙されるしかない。
それでも『Kobold』本部に彼ら以上の戦力は存在しないのも事実。
何故ならイレブンナイツに相当するリーダー格は本部にはいない。
彼らが卑藤悪夢の私兵だったからだ。
要はこの場所を守る戦力は数だけを揃えたハリボテのようなものだ。
奴らの表の顔である実質的に何の役にも立っていない女性支援活動の如く。
だから公安の術者たちの侵攻を阻める者はいない。
圧倒的な火力で騎士たちを蹴散らす。
無駄に気取った装飾が白々しい廊下を進む。
そのように速やかに、だが欠片の油断もなく、容赦もなく侵攻する最中……
「……おや、敵の動きが乱れているようですね」
KAGEがのんびりひとりごちる。
言われるまでもなく、今や敵は右往左往しながら逃げまどっているだけだ。
2人の術者に蹴散らされ、連絡要員は失踪し、命令系統も用をなさない烏合の衆だ。
だが敵の動きからKAGEは、他の2人は別の事に気づいていた。
だから、
「奴も暴れているようだな」
「ええ、そのようですね」
公安の大人たちは敵を蹴散らしながら、ニヤリと笑みを交わした。
同じ頃。
朱音たちが快進撃を続ける『Kobold』本部ビルの、さらに上の階で――
「――えい!」
ウィアードテールはステッキを振るう。
途端、廊下の隅から数多のウィアードテールが生える。
廊下の上下左右の角に沿うように、本体と同じ黒とピンクのビビットなミニドレスを着こんだ魔法少女が等間隔でにょっきり出現したのだ。
混沌魔術の使い手が得手とする角度を使った転移術の応用だ。
「なっ何だ!?」
あまりにシュールな光景に、下の階と同様に居並ぶ騎士たちは怯む。
「えっへん! どう?」
「ポーズをとってる場合じゃないでしょう?」
ずらりと並んだウィアードテールは一斉に笑う。
そして一斉に肩の上のハリネズミに小言を言われる。
極彩色のハリネズミことルビーアイ。
彼女は混沌魔術によって生み出された使い魔であるスードゥナチュラル。
そして実質的なウィアードテールの保護者だ。
そんなウィアードテールは廊下の四隅に並んだままバカ丸出しの――知らない人から見ると考えの読めない恐ろしい笑みを浮かべたまま、
「それっ!」
一斉に手にしたカードの束を投げる。
多数のウィアードテールが放った数多のカード。
無数のカードは妖しくも鮮烈な異次元の彩色に輝きながら飛ぶ。
混沌魔術で創造される分身は幻影と落とし子の中間的存在だ。
故に大量のウィアードテールが大量に投げたカードのすべてが実体を持つ。
しかも風神の魔力でカードを誘導している。
故に妖しく輝く無数のカードは、それぞれ別の軌跡を描いて騎士たちを襲う。
そんな様子を思わず目で追うだけで脳が情報を制御しきれず動きが止まる。
それ以前に、正気だとしても避けられるスピードや量ではない。
だから騎士たちは成す術もなくカードに射抜かれる。
さらに、
「そいやっ!」
ウィアードテールたちは各々が勝手気ままな動作でステッキを振り回す。
途端、虚空から何本もの槍が出現する。
虹色に輝く色彩の槍。
それらが一斉でも順番でもないランダムなタイミングで放たれる。
信じられないくらい雑な狙いの槍は明後日の方向の壁に当たる。
次の瞬間、壁が内側から爆ぜる。
あるいは何本かの槍は壁に吸いこまれるように消える。
もちろんウィアードテールたちは次から次へと槍を放つ。
だから何本かは騎士にも当たる。
槍に穿たれた騎士たちは吹っ飛び、あるいはその場に崩れ落ちたり爆発する。
混沌と狂気から生み出された色彩の槍の効果はランダムだ。
地球上のどんな化学反応とも異なる物理法則によって大爆発を引き起こしたかと思えば、次にまったく同じ状況で物質を透過したりもする。
それでも何発も喰らえばいつかは致命的な効果を引き当てる。
いわば当たりが出るまで強要されるロシアンルーレットだ。
その様に公安とはまったく無関係に、ウィアードテールも騎士たちを倒しまくる。
そうするうちに、雪崩れるように襲いかかってきた騎士たちもいなくなる。
バラバラになった甲冑とヤニ色の飛沫になって床を汚すのみだ。
だがウィアードテールは倒した敵には目をくれない。
何故なら今回、彼女の目的は戦闘じゃないからだ。
だから幻影の分身はかき消すように消えて、本体だけが残される。
「ゆっちー! みや子ー! 何処ー? いたら返事してー!」
動く者のない廊下をきょろきょろ見渡しながら呼びかける。
この施設に囚われているはずのクラスメートの名だ。
朱音たちの目的でもある誘拐事件の被害者。
彼女らはウィアードテール――美音陽子の友人でもある。
だから陽子たちは、公安とは別に独自に調査をして友人たちの居場所を突き止め、救出しようと試みた。
今までは待ち構えていたように邪魔が入って果たせなかった。
だが今回は首尾よく本部ビルへの侵入に成功した。
だから邪魔者を片づけた後に、目と耳と喉を使って友人たちを探す。
陽子はバカの陽キャだが、立派なひとりの人間だ。
友人の安否がかかっている今の状況では真剣だ。
だが、そんなウィアードテールの声に友人たちからの返事はない。代わりに……
「佐々木さーん! いないのー?」
「いませんわね……」
珍しく不安を隠し切れないウィアードテールの側の虚空から声。
次いでひとりの少女があらわれる。
首都圏の有名中学の制服を着こんだショートカットの少女。
陽子の友人でもある月瑠尼壇夜空だ。
普段は安全な場所から『夜闇はナイト』を召喚してウィアードテールをサポートするのが夜空の役目だ。
だが今回は透明化の呪術【燐光の外套】で姿を消して同行していた。
クラスメートを探すのに、少しでも人手が必要だと思ったからだ。
似た者同士とはいえ夜空は陽子――ウィアードテールより常識的で気も回る。
加えて祓魔師である彼女は魔法感知で周囲の魔力を察知できる。
今回の事件では拉致された少女たちの存在を示すものがあまりに無さすぎる。
何らかの無力化の術の影響下にある可能性が高い(とハリネズミが言った)。
だが夜空も誘拐された少女たちを見つけられない。
「こちらの感知にも反応はなしよ……」
「そんな……」
ウィアードテールの肩の上で、極彩色のハリネズミも焦る。
混沌魔術の魔法生物であるルビーアイですら見つけられない事実に夜空も焦る。
訳もわからずウィアードテールも焦る。
そんな最中――
「――やあ、君たち」
気さくに声をかけられた。
事前に気配は感じなかった。
「なあに? でもごめんね。今ちょっと忙しくて」
「気をつけてウィアードテール。ただ者じゃないわ」
ウィアードテールはスルーするがルビーアイは不審に感じて警戒する。
まあ当然だ。
だが、ただ者ならぬ長身の男は、
「安心したまえ、今は君たちと敵対するつもりはない。私は医者だ」
2人と1匹を安心させるように笑いかけつつ……
「……にしても混沌魔術の魔法少女と意思疎通が可能なスードゥナチュラルとは。この国には信じられないものが普通にいるな」
自身は面食らった様子だ。
ルビーアイも夜空も、彼が悪い人間ではないと思った。
ウィアードテールも仕方なく彼に注視する。
白衣を着こんだ壮年の男だ。
なるほど、確かに医者に見える。
ゆったりした白衣の上からの印象は長身でやせ型。
だが、よく見ると、信じられないくらい鍛えられた筋肉だと素人目にもわかる。
スポーツか筋トレを嗜んでいるか、元格闘家か?
こんな場所にいるのでなければ、そう思っただろう。
「なによ! 文句があるの?」
「いや、褒めてるんだよ。凄いなって……」
「ウィアードテール! 今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ?」
焦っているせいか喧嘩腰なウィアードテールを医者を名乗る男は律義になだめる。
ハリネズミが無軌道な主をたしなめる。
そんな謎の男の後ろから、
「ちょいと! 見つけるだけ見つけた後は人まかせってのは、どういう了見だい!」
「わたしは医者だ。医者の仕事は患者を治す事であって運ぶことではない」
「まったく……」
女がやってきた。
ベールで顔を隠したナースという胡散臭さ満点なスタイルの妙齢の女。
だが3人が注目したのはそこじゃない。
「あっ! ゆっちー! みや子! みんな!」
ウィアードテールは男の横を通り過ぎて女に駆け寄る。
夜空も続く。
正確には女の側で瓦礫の腕に運ばれていた数人の少女。
それは誘拐されたクラスメートたちだった。
「よかった。全員いますわ」
「それに怪我や目立った魔力の反応もないわ」
夜空が、ルビーアイが素早く調査する。
おそらく呪術で操られているのであろう瓦礫に抱きかかえられた少女たちは皆、意識はなくぐったりしている。
だが外傷や衣服の乱れはない。
「永続化された【失去就睡】で意識を失っていたので解呪しておいた。じきに目を覚ますだろう」
「あなたは何方ですの?」
「通りすがりの医者さ。のっぴきならない状態の患者を見つけたのでついな」
そう夜空に答え、
「では御機嫌よう、お嬢さんがた」
少女たちを残して医者と助手は立ち去る。
まるで常識人のハリネズミに追及する隙を与えまいとするように。
もちろんウィアードテールたちは特に制止もしない。
友人たちを介抱するのに全力だからだ。
ここまで少女たちを運んできた【かりそめの地の主】は解除したので、床に据え置かれた友人たちを夜空が天使を召喚して運ぶ算段をしている。
そんな少女たちの姿が2人の背中からも見えなくなったところで――
「――ありがと――! おじいちゃ――ん!」
能天気な明るい声が2人の背中に投げつけられた。
男は口元に一瞬だけ笑みを浮かべ……
「……おじいちゃんかね?」
「おじいちゃんだよ」
側を歩く妙齢の女へ尋ねたら、冷たい返事が返ってきた。
「そりゃともかく、他の組織が誘拐した子女をわざわざ救出するなんてね」
「それが何か?」
「ヴィランのする事じゃないだろうに」
「何を言っているのかね? 今の私は死神デスリーパーじゃない。ただの医者だ」
「そういう詭弁はヴィランらしいさね」
「そうだろう? それにデスリーパーはヴィランであって怪異じゃない」
そのように2人は軽口を交わし合う。
「何より、ここで少しばかり【組合】に恩を売っておくのも悪くないだろう。この国での今後の活動がやりやすくなる」
「そりゃそうだけどね」
そんな会話をしつつ廊下を歩くうち、
「やれやれ、こちらにも手が回ったようだな」
「そりゃ、そうだろうね」
2人の前にも騎士たちがあらわれた。
廊下を物理的に埋め尽くす勢いで後ろに控える無数の騎士。
まるで鎧の銀色に輝く海のようだ。
そんな様子を見やって女は肩をすくめてみせる。
老齢のヴィラン……もとい、ただの医者も苦笑する。
「全員が脂虫か。丁度いい。戦闘で少し試してみたい事があったんだ」
白衣姿のまま身構える。
武術の型だ。
あわせて各所の筋肉が盛り上がる。
ウアブ魔術【変身術】の高度な応用によって再現された究極の肉体。
武術のフォームに合わせて肉体を変化させる、言うなれば歩く攻撃魔法。
それを披露しようとしているのだ。
彼もまた、オンとオフで戦い方を変えられる人間だ。
そんな相方を見やって助手は苦笑する。
「また肉体のいじり方を変えたのかい?」
「それもあるが、件の桂木楓との共闘を踏まえて少しな」
「……絶対ロクでもない奴だろそれ。暇だから何匹かこっちでもらうよ」
「好きにしたまえ。患者は十分にいる」
「止まれ! おまえたち! ここは女性支援団体『Kobold』の――」
「――それ以上は言わんで構わん。君たちの状態はわかっている」
その様に特に緊迫感もないまま医者と助手は戦闘に突入する。
そして完璧な肉体とウアブ魔術で、あるいは呪術で騎士どもを叩きのめしながら悠々とビルを脱出した。
戦場帰りの執行人や仕事人、協力者でにぎわう食堂の一角で……
「……やっぱりお腹がすきますね」
「それもそうだね」
舞奈の背後に据え置かれた冷蔵庫がドアをパタパタさせる。
横に鎮座する暖炉も火を点灯させて同意する。
そんな子供向けバラエティ番組みたいなシュールな光景に、
「電源コンセントは向こうの端だぞ」
舞奈は思わず苦笑しながら軽口を返す。
「わたしにも少しお肉を分けてください」
だが舞奈に構わず冷蔵庫は足を出し、よっこらせと立ち上がり、
「あっ馬鹿やめろここで元の姿に戻ったら……」
全裸だろうおまえ。
焦る舞奈を無視してガチャガチャと人型に変形し始める。
そして――
「――御安心を。元の姿の前段階でも動けるんですよ」
「仮にも魔術の神髄を志す者。この程度は訳ないさ」
「……その一旦ロボットに変形するギミックは必要なのか?」
冷蔵庫ロボは予備の箸と取り皿を拝借し、鍋から器用に肉や野菜をつまむ。
暖炉ロボも続く。
舞奈は苦笑しながらツッコミを入れる。
そんな異様で出鱈目な状況を、側の明日香は礼儀正しく無視して肉を食っている。
ソォナムと紅葉は舞奈と一緒に苦笑している。
楓は真似したそうに見ている。
サチと小夜子は完全にスルーしてイチャイチャしている。
隣のテーブルの酔っぱらいどもも大騒ぎしている。
その様にして、卑藤悪夢を倒した巣黒の皆が和んでいるのと同じ頃。
巣黒から遠く離れた首都圏の一角、『Kobold』本部ビルの中層階で――
「――やはり敵の占術師が倒されたというのは本当らしいな」
迫り来る騎士たちを次々に撃ち抜きながらコートの女が笑う。
公安の対魔法部門――公安零課の梵術士、猫島朱音だ。
巣黒で卑藤悪夢が倒された。
そんな吉報を受けた公安の術者たちは急きょ『Kobold』本部に突入した。
捜査令状は以前からあったが、踏みこむ機会を逃していたのだ。
だが状況が変わった。
なので朱音たち公安の術者は、法的な回避手段を失って最後の抵抗とばかりに湧いて出た騎士たちを片づけている最中だ。
怪異の組織である『Kobold』本部もまた怪異の施設。
故に『Kobold』巣黒支部と同様に、中には脂虫の騎士がひしめいている。
その凄まじい兵力そのものは所詮は支部である先方の非ではない。
受付の制止を振り切って階段を上った途端、文字通り雪崩れるような大量の騎士が襲いかかってきた。
だが公安の術者たちは怯む事も退くこともない。
彼女らの目的は2つ。
ひとつは以前から頻発していた誘拐事件の犠牲者の救出。
正直なところ失踪からそれなりに時間が経っている。
ご両親は憔悴しているし、単純に少女たちの安否も気がかりだ。
もうひとつは誘拐に『Kobold』が関与している証拠を見つける事。
もちろん奴ら怪異に人間のような罪の意識はない。
罪を糾弾しても悔いることも態度を改めることもないだろう。
だが奴らを追い詰め、警戒が許される空気になれば今後の犯行を阻止しやすい。
そして、その目的を達するタイミングは、預言によって奴らを社会的に守護していた卑藤悪夢が倒れた今をおいて他にない。
だから朱音は一心不乱に両手のリボルバー拳銃を発砲する。
撃って、撃って、撃ちまくる。
無論、今の朱音は高速化の梵術【韋駄天の健脚】の影響下にある。
故に一見すると普通のリボルバーにあるまじき、手元が見えないほどの高速連射。
なびくコートの中から実包が飛び出てシリンダーに収まる。
風を操る【風天の舞】を制御してリロードを続けているのだ。
だから手動の機関銃のように、小口径弾の雨を騎士どもに叩きつける。
あまりの連射に加熱した銃身を【大自在天の舞】で冷却する。
三面六臂の如く猛攻だ。
しかも苛烈な攻撃を加えながらカバディの足さばきで敵の間合いから逃れる。
数多の騎士たちが数多の槍を突き出すが、一突きすら朱音に届かない。
逆に止まることのない鉛の雨に、騎士たちは紙切れの如く引き裂かれる。
そんな人間戦車のように圧倒する朱音の側で、
「ええ。今回の件に関わって以来、こんなに事がスムーズに運ぶのは初めてです」
襲い来る騎士たちを錫杖で薙ぎ払いながら金髪の行者が答える。
こちらも公安の修験術士、フランシーヌ草薙。
十字路や枝道から奇襲しようとしてくる伏兵への対処は今回、彼女の役目だ。
鋼鉄製の杖の先に灯る【不動・迦具土・散華】の炎は最初の打撃で爆発する。
不意をついたつもりの敵は、問答無用で吹き飛んで燃え尽きる。
後続は【四大・須佐之男・究竟】で強化された身体能力で打ち倒す。
こちらも人間の身体から繰り出されるとは思えない猛烈な打撃。
悪鬼羅刹の如き猛打を避けられる騎士はいない。
そして凄まじい一撃をまともに食らった騎士は吹き飛んで木端微塵だ。
逃れる術はない。
そして守りは【三貴子・不動・身固】による不屈の結界によって完璧。
仏術と神術の利点を兼ね備えた不可視の障壁は、騎士たちがどれほどの数で一斉に突こうが、どれほど渾身の力をこめて突こうがビクともしない。
さながら、こちらは鉄壁の防御を誇る要塞だ。
そんな彼女ら公安は、今までも何度か『Kobold』本部に踏み入った。
だが敵の目論見を暴き、犠牲者を救出できると思われたギリギリのところで政治的な横槍が入って撤退を余儀なくされた。
だから奴らは野放しになっていた。
それが今回はない。
奴ら怪異の邪悪な企てを裏から支えていた卑藤悪夢がいなくなったせいだ。
そして2人に続く婦警スタイルのKAGE。
彼女は一見すると2人の後ろにいるだけだ。
だが知らぬ間に騎士たちが間引きされている事に2人は気づいている。
曲がり角で、税金逃れのために据え置かれた彫刻の陰で、何匹かの騎士がタコの触手に引きずり倒されて消える。あるいは巨大なイソギンチャクに捕食される。
公安の術者でありながら海外の治安維持組織のサメ女ヒーローでもあるKAGE。
だが普段のKAGEの戦い方は、シャドウ・ザ・シャークほど派手ではない。
的確な援護によって、少数精鋭のチームの戦果を確実に引き上げるのだ。
近接戦闘要員が多いディフェンダーズでは魔術による苛烈な攻め。
魔法戦闘のエキスパートを擁する公安ではサポート。
状況によって器用に戦い方を変えられるのがKAGEの強みだ。
そんな同僚に背中を守られながら、朱音のカバディが勢いを増す。
すると銃声に代わって、風など吹かぬはずの廊下で空気が軋む。
そして無数のかまいたちが騎士たちを滅多切りにする。
大気を刃と化して複数対象を切り刻む梵術【風天の多刃】。
次いで天井を走る水道管がはじけ、大量の水が噴き出す。
それが無数の刃と化して襲いかかる。
こちらは水を数多の刃と化す【水天の多刃】。
さらに廊下にあふれた水は、無数の氷の槍と化して後続の騎士たちを貫く。
重く鋭い氷刃を放つ梵術【大自在天の多刃】。
水道管からあふれる水と、強風が吹き荒れた廊下の冷気を利用したのだ。
そんな呪術の猛攻に、騎士たちに成す術はない。
まるで大人と子供。
あるいは戦車と人間の勝負だ。
数は何の意味もなさない。
ただ弱い側は蹂躙されるしかない。
それでも『Kobold』本部に彼ら以上の戦力は存在しないのも事実。
何故ならイレブンナイツに相当するリーダー格は本部にはいない。
彼らが卑藤悪夢の私兵だったからだ。
要はこの場所を守る戦力は数だけを揃えたハリボテのようなものだ。
奴らの表の顔である実質的に何の役にも立っていない女性支援活動の如く。
だから公安の術者たちの侵攻を阻める者はいない。
圧倒的な火力で騎士たちを蹴散らす。
無駄に気取った装飾が白々しい廊下を進む。
そのように速やかに、だが欠片の油断もなく、容赦もなく侵攻する最中……
「……おや、敵の動きが乱れているようですね」
KAGEがのんびりひとりごちる。
言われるまでもなく、今や敵は右往左往しながら逃げまどっているだけだ。
2人の術者に蹴散らされ、連絡要員は失踪し、命令系統も用をなさない烏合の衆だ。
だが敵の動きからKAGEは、他の2人は別の事に気づいていた。
だから、
「奴も暴れているようだな」
「ええ、そのようですね」
公安の大人たちは敵を蹴散らしながら、ニヤリと笑みを交わした。
同じ頃。
朱音たちが快進撃を続ける『Kobold』本部ビルの、さらに上の階で――
「――えい!」
ウィアードテールはステッキを振るう。
途端、廊下の隅から数多のウィアードテールが生える。
廊下の上下左右の角に沿うように、本体と同じ黒とピンクのビビットなミニドレスを着こんだ魔法少女が等間隔でにょっきり出現したのだ。
混沌魔術の使い手が得手とする角度を使った転移術の応用だ。
「なっ何だ!?」
あまりにシュールな光景に、下の階と同様に居並ぶ騎士たちは怯む。
「えっへん! どう?」
「ポーズをとってる場合じゃないでしょう?」
ずらりと並んだウィアードテールは一斉に笑う。
そして一斉に肩の上のハリネズミに小言を言われる。
極彩色のハリネズミことルビーアイ。
彼女は混沌魔術によって生み出された使い魔であるスードゥナチュラル。
そして実質的なウィアードテールの保護者だ。
そんなウィアードテールは廊下の四隅に並んだままバカ丸出しの――知らない人から見ると考えの読めない恐ろしい笑みを浮かべたまま、
「それっ!」
一斉に手にしたカードの束を投げる。
多数のウィアードテールが放った数多のカード。
無数のカードは妖しくも鮮烈な異次元の彩色に輝きながら飛ぶ。
混沌魔術で創造される分身は幻影と落とし子の中間的存在だ。
故に大量のウィアードテールが大量に投げたカードのすべてが実体を持つ。
しかも風神の魔力でカードを誘導している。
故に妖しく輝く無数のカードは、それぞれ別の軌跡を描いて騎士たちを襲う。
そんな様子を思わず目で追うだけで脳が情報を制御しきれず動きが止まる。
それ以前に、正気だとしても避けられるスピードや量ではない。
だから騎士たちは成す術もなくカードに射抜かれる。
さらに、
「そいやっ!」
ウィアードテールたちは各々が勝手気ままな動作でステッキを振り回す。
途端、虚空から何本もの槍が出現する。
虹色に輝く色彩の槍。
それらが一斉でも順番でもないランダムなタイミングで放たれる。
信じられないくらい雑な狙いの槍は明後日の方向の壁に当たる。
次の瞬間、壁が内側から爆ぜる。
あるいは何本かの槍は壁に吸いこまれるように消える。
もちろんウィアードテールたちは次から次へと槍を放つ。
だから何本かは騎士にも当たる。
槍に穿たれた騎士たちは吹っ飛び、あるいはその場に崩れ落ちたり爆発する。
混沌と狂気から生み出された色彩の槍の効果はランダムだ。
地球上のどんな化学反応とも異なる物理法則によって大爆発を引き起こしたかと思えば、次にまったく同じ状況で物質を透過したりもする。
それでも何発も喰らえばいつかは致命的な効果を引き当てる。
いわば当たりが出るまで強要されるロシアンルーレットだ。
その様に公安とはまったく無関係に、ウィアードテールも騎士たちを倒しまくる。
そうするうちに、雪崩れるように襲いかかってきた騎士たちもいなくなる。
バラバラになった甲冑とヤニ色の飛沫になって床を汚すのみだ。
だがウィアードテールは倒した敵には目をくれない。
何故なら今回、彼女の目的は戦闘じゃないからだ。
だから幻影の分身はかき消すように消えて、本体だけが残される。
「ゆっちー! みや子ー! 何処ー? いたら返事してー!」
動く者のない廊下をきょろきょろ見渡しながら呼びかける。
この施設に囚われているはずのクラスメートの名だ。
朱音たちの目的でもある誘拐事件の被害者。
彼女らはウィアードテール――美音陽子の友人でもある。
だから陽子たちは、公安とは別に独自に調査をして友人たちの居場所を突き止め、救出しようと試みた。
今までは待ち構えていたように邪魔が入って果たせなかった。
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だから邪魔者を片づけた後に、目と耳と喉を使って友人たちを探す。
陽子はバカの陽キャだが、立派なひとりの人間だ。
友人の安否がかかっている今の状況では真剣だ。
だが、そんなウィアードテールの声に友人たちからの返事はない。代わりに……
「佐々木さーん! いないのー?」
「いませんわね……」
珍しく不安を隠し切れないウィアードテールの側の虚空から声。
次いでひとりの少女があらわれる。
首都圏の有名中学の制服を着こんだショートカットの少女。
陽子の友人でもある月瑠尼壇夜空だ。
普段は安全な場所から『夜闇はナイト』を召喚してウィアードテールをサポートするのが夜空の役目だ。
だが今回は透明化の呪術【燐光の外套】で姿を消して同行していた。
クラスメートを探すのに、少しでも人手が必要だと思ったからだ。
似た者同士とはいえ夜空は陽子――ウィアードテールより常識的で気も回る。
加えて祓魔師である彼女は魔法感知で周囲の魔力を察知できる。
今回の事件では拉致された少女たちの存在を示すものがあまりに無さすぎる。
何らかの無力化の術の影響下にある可能性が高い(とハリネズミが言った)。
だが夜空も誘拐された少女たちを見つけられない。
「こちらの感知にも反応はなしよ……」
「そんな……」
ウィアードテールの肩の上で、極彩色のハリネズミも焦る。
混沌魔術の魔法生物であるルビーアイですら見つけられない事実に夜空も焦る。
訳もわからずウィアードテールも焦る。
そんな最中――
「――やあ、君たち」
気さくに声をかけられた。
事前に気配は感じなかった。
「なあに? でもごめんね。今ちょっと忙しくて」
「気をつけてウィアードテール。ただ者じゃないわ」
ウィアードテールはスルーするがルビーアイは不審に感じて警戒する。
まあ当然だ。
だが、ただ者ならぬ長身の男は、
「安心したまえ、今は君たちと敵対するつもりはない。私は医者だ」
2人と1匹を安心させるように笑いかけつつ……
「……にしても混沌魔術の魔法少女と意思疎通が可能なスードゥナチュラルとは。この国には信じられないものが普通にいるな」
自身は面食らった様子だ。
ルビーアイも夜空も、彼が悪い人間ではないと思った。
ウィアードテールも仕方なく彼に注視する。
白衣を着こんだ壮年の男だ。
なるほど、確かに医者に見える。
ゆったりした白衣の上からの印象は長身でやせ型。
だが、よく見ると、信じられないくらい鍛えられた筋肉だと素人目にもわかる。
スポーツか筋トレを嗜んでいるか、元格闘家か?
こんな場所にいるのでなければ、そう思っただろう。
「なによ! 文句があるの?」
「いや、褒めてるんだよ。凄いなって……」
「ウィアードテール! 今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ?」
焦っているせいか喧嘩腰なウィアードテールを医者を名乗る男は律義になだめる。
ハリネズミが無軌道な主をたしなめる。
そんな謎の男の後ろから、
「ちょいと! 見つけるだけ見つけた後は人まかせってのは、どういう了見だい!」
「わたしは医者だ。医者の仕事は患者を治す事であって運ぶことではない」
「まったく……」
女がやってきた。
ベールで顔を隠したナースという胡散臭さ満点なスタイルの妙齢の女。
だが3人が注目したのはそこじゃない。
「あっ! ゆっちー! みや子! みんな!」
ウィアードテールは男の横を通り過ぎて女に駆け寄る。
夜空も続く。
正確には女の側で瓦礫の腕に運ばれていた数人の少女。
それは誘拐されたクラスメートたちだった。
「よかった。全員いますわ」
「それに怪我や目立った魔力の反応もないわ」
夜空が、ルビーアイが素早く調査する。
おそらく呪術で操られているのであろう瓦礫に抱きかかえられた少女たちは皆、意識はなくぐったりしている。
だが外傷や衣服の乱れはない。
「永続化された【失去就睡】で意識を失っていたので解呪しておいた。じきに目を覚ますだろう」
「あなたは何方ですの?」
「通りすがりの医者さ。のっぴきならない状態の患者を見つけたのでついな」
そう夜空に答え、
「では御機嫌よう、お嬢さんがた」
少女たちを残して医者と助手は立ち去る。
まるで常識人のハリネズミに追及する隙を与えまいとするように。
もちろんウィアードテールたちは特に制止もしない。
友人たちを介抱するのに全力だからだ。
ここまで少女たちを運んできた【かりそめの地の主】は解除したので、床に据え置かれた友人たちを夜空が天使を召喚して運ぶ算段をしている。
そんな少女たちの姿が2人の背中からも見えなくなったところで――
「――ありがと――! おじいちゃ――ん!」
能天気な明るい声が2人の背中に投げつけられた。
男は口元に一瞬だけ笑みを浮かべ……
「……おじいちゃんかね?」
「おじいちゃんだよ」
側を歩く妙齢の女へ尋ねたら、冷たい返事が返ってきた。
「そりゃともかく、他の組織が誘拐した子女をわざわざ救出するなんてね」
「それが何か?」
「ヴィランのする事じゃないだろうに」
「何を言っているのかね? 今の私は死神デスリーパーじゃない。ただの医者だ」
「そういう詭弁はヴィランらしいさね」
「そうだろう? それにデスリーパーはヴィランであって怪異じゃない」
そのように2人は軽口を交わし合う。
「何より、ここで少しばかり【組合】に恩を売っておくのも悪くないだろう。この国での今後の活動がやりやすくなる」
「そりゃそうだけどね」
そんな会話をしつつ廊下を歩くうち、
「やれやれ、こちらにも手が回ったようだな」
「そりゃ、そうだろうね」
2人の前にも騎士たちがあらわれた。
廊下を物理的に埋め尽くす勢いで後ろに控える無数の騎士。
まるで鎧の銀色に輝く海のようだ。
そんな様子を見やって女は肩をすくめてみせる。
老齢のヴィラン……もとい、ただの医者も苦笑する。
「全員が脂虫か。丁度いい。戦闘で少し試してみたい事があったんだ」
白衣姿のまま身構える。
武術の型だ。
あわせて各所の筋肉が盛り上がる。
ウアブ魔術【変身術】の高度な応用によって再現された究極の肉体。
武術のフォームに合わせて肉体を変化させる、言うなれば歩く攻撃魔法。
それを披露しようとしているのだ。
彼もまた、オンとオフで戦い方を変えられる人間だ。
そんな相方を見やって助手は苦笑する。
「また肉体のいじり方を変えたのかい?」
「それもあるが、件の桂木楓との共闘を踏まえて少しな」
「……絶対ロクでもない奴だろそれ。暇だから何匹かこっちでもらうよ」
「好きにしたまえ。患者は十分にいる」
「止まれ! おまえたち! ここは女性支援団体『Kobold』の――」
「――それ以上は言わんで構わん。君たちの状態はわかっている」
その様に特に緊迫感もないまま医者と助手は戦闘に突入する。
そして完璧な肉体とウアブ魔術で、あるいは呪術で騎士どもを叩きのめしながら悠々とビルを脱出した。
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