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第20章 恐怖する騎士団

優雅な土曜の午後に

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 超常的な存在である魔術師ウィザード呪術師ウォーロック妖術師ソーサラー、いわゆる術者を巡る特殊な環境や仕組みの中には、それ自体もまた常識の範疇の外にある代物も少なくない。
 そのひとつが特務有給と呼ばれる制度だ。
 条件を満たした術者であれば如何なる形の審査も承認もなしに任意かつ無制限の有給休暇を取得できるという非常にパワフルで常識を超えた制度である。

 何故なら本来、術者とは世界の根幹と密接に関わる存在だ。
 いわば世界という絶対的なインフラを支える技術者とも言える。
 故に余人には理解できない責務が課せられる事がある。
 いわゆる世界を救うための戦い。
 そこに参戦するための制度だ。
 人類存亡の危機に上司の許可を得ている場合じゃない。
 世界あっての職場だ。

 加えて術者が扱う魔力の源となるのは高潔なプラスの感情であり、制度を悪用して仕事をサボろうと考えるような人間はそもそも術者になれないという理由もある。

 そんな制度を使って、作戦当日に半ば無理やり休暇をとったソォナム。
 もちろん支部の面々に拒否する権限はない。
 そんな事をしたら【組合C∴S∴C∴】から世界を破滅させようとしている巨悪と見なされる。

 斯様なチート有給で休日出勤をボイコットしたソォナム。
 彼女はピンク色のジャケットを着こんで街に繰り出し、敗走する卑藤悪夢を待った。
 自身の預言に従って。

 何の事はない。
 ソォナムは特務有給の理念の通り【機関】の業務に囚われない形で人間社会を守ろうとしていたのだ。
 一連の事件を本当の意味で終結させるために。
 それにより、人の顔を模した怪異による人や公金への被害がなくなるように。

 ピンク色のジャケットは敵が預言を元に警戒していた、そして手を尽くして遭遇を回避しようとしていた舞奈と誤認させるためだ。
 もちろん仏術士であるソォナムは【乾闥婆護身法ガンダルヴェナ・ラクシャ】で変装できる。
 だが、あえて術を使わず舞奈に似せた。
 仮にも道士である卑藤悪夢の魔法感知を警戒したからだ。

 しかし、そちらは杞憂だったようだ。
 何故ならソォナムが予言した通り、卑藤悪夢は必死の形相で走ってきた。
 目の前のものを冷静に疑う余裕なんて失っていた。
 背後に迫る何かから全力で逃げている最中だったからだ。

 こちらも手はず通りだった。

 卑藤悪夢が舞奈たち【機関】支部の主力を『Kobold』支部ビルにおびき寄せた隙に槙村邸を襲撃すると、ソォナムは自身の預言によって知っていた。
 関係各所の協力を得て迎撃態勢も完璧に整えていた。
 もちろん奴の預言に気づかれない形で。
 なので奴は待ち構えていた【組合C∴S∴C∴】【協会S∴O∴M∴S∴】に虚を突かれ、撃退された。

 ソォナムは奴の背に符を張り【摩利支天神鞭法マリーチナ・バンダ】で無力化した。
 そして【摩利支天九字護身法マリーチナ・ラクシャ】で透明にし、そのまま車道へ突き飛ばした。
 その結果、奴は何も感知できぬまま、何も知らずに走ってきたバスに轢かれた。
 預言を元にした予防策では回避しようのない末路だった。

 もちろん事故直後のどさくさにまぎれて奴の生死も確認した。
 流石はバス。もう生死がどうこうという状態じゃなかった。
 生きている状態の卑藤悪夢もたいがい悲惨な容姿をしていたが、それに劣らぬぐちゃぐちゃな状態だった。

 そのようにして、今回の一連の事件は本当の意味で収束を迎えた。

 ……と語るソォナムに、

「……事情はわかったけど」
 いつもと変わらぬ不機嫌そうな口調で小夜子が答える。
 サチに紅葉に楓、舞奈と明日香も言葉に出さぬながらも同意する。

 何故なら6人はつい先程まで、生死を賭けた攻略作戦に身を投じていた。
 各々がイレブンナイツを倒して最上階の執務室にたどり着いた。
 だが卑藤悪夢はいなかった。
 困惑の最中、ソォナムから当の卑藤悪夢を排除したという報を受けた。
 なので6人は取り急ぎ支部に帰還した。

 そして今は、ソォナムから事情を聞いている最中だ。
 正直なところ狐につままれたような気分だ。

 だが話をしているソォナムだって心苦しくはあるのだろう。
 何故ならチベットからの留学生であるソォナムは本質的に善良だ。
 舞奈たちが討とうとしていた誰かさんと違って他者を欺くのは好きじゃない。
 だからだろう。
 初手から皆を食堂に誘って鍋を振る舞うという最終手段に出てきた。

 そういう事情で、支部に帰還した皆はソォナムと一緒に鍋を囲んでいる。
 ネギや白菜がたっぷり入ったヘルシーな鶏鍋だ。
 早朝から行われた危険で厳しい作戦とは裏腹に、すべてが終わった土曜の午後は優雅で豪華な食事から始まった。
 まったく。

「やっぱり血技を使った後にはレバーですよね。鉄分が五臓六腑に染み渡ります」
「鶏肉だぞこれ。何が染み渡ってるんだ?」
 出汁が香るやわらかいネギとモモ肉を頬張りながら口走る楓に舞奈がツッコむ。
 この鶏鍋、以前からメニューにあるのは知っていた。
 だが多人数での注文を前提にした鍋を食堂で食べた事はそう言えばない。

「血技って……まさかあれ、紅葉ちゃんに何かしたの!?」
 イレブンナイツとの戦闘で、楓が新技を繰り出して援護したとは聞いていた。
 それをサチは見ていたのだろう。
 そして古神術士でもあるサチは心優しく天然だ。
 そんな彼女につまんだ白菜を片手に割と本気で疑惑の目を向けられ、

「あ、いえ。【創命の言葉メスィ・ル・アブ】を応用して操作可能な血液を創ったんですよ……」
 楓はあわてて釈明する。
 紅葉もネギを頬張りながら「そうだよ」と苦笑する。

「そういう訳なら、まあ美味いもんなら何でも血の足しになるんだろうが……」
 舞奈も鍋から煮えた肉と白菜をつまみながら苦笑する。

 楓の言う【創命の言葉メスィ・ル・アブ】とは彼女が得意とするウアブ魔術のひとつ。
 たしか無から血肉を創造する術だったか。
 つまり魔術だ。
 操るのではなく血を創る術だ。
 必要なリソースは魔力の源たる術者の精神力だけだ。

 そのように新技をも編み出して、楓はニコニコこの上なく楽しそうだ。
 そもそも楓は脂虫をアーティスティックに殺す事を至福としている。
 一連の事件でも脂虫にありつこうとムキになって音々の護衛をしていた。
 なので事件の〆に好き放題に脂虫を殺せて満足なのだ。
 その中に卑藤悪夢が含まれていない事など些細な問題なのだろう。
 それは良いとして……

「……例の風を操る防御魔法アブジュレーションを広げて相手の動きを妨げる方法、役に立ったよ」
「ええ、こちらもよ。まだまだ集中が必要だから多用はできないけど」
 側の紅葉も小夜子と充実した表情で話している。
 小夜子も満更でもない様子だ。

 こちらも手練れの騎士との決戦を前に新技を編み出していたのだろう。
 紅葉や小夜子ら呪術師ウォーロックは自分の周囲の地水火風を操る事ができる。
 なので空気を操って敵の動きを妨害し続けていたといったところか。

 ……正直、敵の術者に使われた場合に備えて舞奈も対策を練るべきだと思った。

 にしても紅葉も楓と同様、心なしか楽しそうな表情をしている。
 彼女は彼女で、ここ数日の、事態は膠着しながらも被害だけが少しずつ増えていく状況にしびれを切らしていたのかもしれない。
 それが自分たちが働いている間に打開できて嬉しいのだ。
 スポーツマンの彼女は舞奈に似て身体を使った直接解決を好む。
 しかもチームの勝利は個人の勝利と同一じゃないと理解している。
 そうかと思うと、

「小夜子ちゃん、ここ煮えてるよ」
「ありがとう」
 サチも小夜子と、鶏肉や野菜を仲良くつつく。

 2人とも何となく楽しそうな雰囲気だ。
 鍋を楽しみながら互いに視線を交わし、意味ありげな笑みを交わす。
 たいがい仲が良かった以前より、さらに親密さが増したように感じる。
 今回の作戦で、さらに絆が深まるような何かがあったのだろうか。

「こちらは新しく導入した球体戦車クーゲルパンツァーが手練れの剣士に両断されてしまって……」
「あれ? 明日香さん、拝見した時には轢き殺していたような」
「侵攻ルートは別だったのでは?」
「いえ、管理室を占拠した際に監視モニターに映ってて」
「なるほど。その後の戦闘でです」
「過半数を倒されてると思ったら複数チームと戦ってましたか。流石です」
 明日香も楓と楽しそうに談義している。
 生真面目な彼女もまあ、大枠で作戦が成功したのだから良しとしているようだ。

 つまり今回の作戦を骨折り損だと考えているのは舞奈ひとりらしい。
 やれやれ。

 だが、まあ少なくとも舞奈は今回の戦いで何かを失った訳じゃない。
 そう考えて納得するより仕方がない。
 以前から気に入らなかった宿敵と綺麗さっぱり縁を切れてせいせいしたと。

 ちなみに持ってきた太刀とレイピアの刃は支部に帰って早々ニュットに渡した。
 明日香の言葉通り尋問したエスパダ氏の装備はこれから処分するところだったそうなので、一緒にしてもらうよう頼んでおいた。
 それで何もかもカタがついた。

 それでも、もし奴に次の生があったら、命のやり取り抜きで勝負をしたいな。
 ヤニなんか吸わせないでさ。
 そう敵を倒すたびに言っていた友人の気持ちが、少しだけ理解できた気がした。

 その様に皆が鍋を楽しむ中で……

「……ご存知の通り卑藤悪夢は預言を駆使して攻撃を回避し続けてきました。ですから彼女を倒すには彼女の預言の癖を利用するしかなかったんです」
「癖ねぇ……」
 ソォナムの言葉に舞奈は口をへの字に曲げる。

 それでも出汁のよく染みた白菜を、程よく脂身のついた鶏肉といっしょに頬張ると笑顔にならざるを得ない。
 それが彼女の狙いなのだろう。
 だが、まあ納得のいかない話を納得のいかないまま聞くよりマシだ。
 そう思って箸を片手にソォナムの次の言葉を無言でうながす。

「預言には個人差がありまして、彼女は本人が知りたいと願う範囲の未来を音のないヴィジョンとして視認するタイプだったと思われます」
「それ、色んな人が言ってるなあ」
「預言としてはメジャーなタイプなんですよ」
「なるほどな」
 茶々を入れ、帰ってきた言葉に納得する。

 そう言えば以前に鷹乃もそんな事を言っていたと思い出す。
 人間(や人型の怪異)が最も使い慣れた感覚器官が目だからだろうか?
 術で会得したビジョンの意味を解釈するというのが預言の基本形態らしい。
 敵も味方も。
 だから、そこに、つけ入る隙があった。

 おそらく卑藤悪夢は自分だけが預言でチートしているつもりだったのだろう。
 だから手下を使い捨てた結果、何もかも失くして死んだ。
 それとは逆にソォナムは敵も自分も預言で未来を見通せると理解した上で、盤上の駒を操って相手の隙を突いて攻撃した。
 同じように下々に情報を伏せたまま操るのでも真逆なやりかただ。
 舞奈の知らない場所で行われていた預言合戦は、実際には勝負ですらなかった。
 そう今では理解できる。

「預言が術者に見せる未来は、本人の人格に左右されます」
「らしいな」
「そして卑藤悪夢が見やすい未来は自分に都合のいい派手な成功と、逆に自分自身が被るわかりやすい大きな不利益です」
「……要は派手好きで馬鹿で自己愛が強いって事ね」
 ボソリと小夜子が横から口を挟んできて、

「まあ、そういう事ですね」
「そりゃ怪異らしい性格だぜ」
 ソォナムの答えに、舞奈は再び口元を歪める。

 一連の事件の主要人物である『ママ』こと卑藤悪夢。
 途中まではすべてが奴の掌の上だったらしい。
 しかも奴の側は舞奈をよく知っていて、警戒していたらしい。

 だが舞奈は結局、奴に会った事がない。
 奴の顔も言動も何も知らない。
 最初から最後まで奴の行動とその結果を人づてに聞かされただけだ。
 舞奈も騒動の中心に居たはずなのに蚊帳の外にいるような気がして釈然としない。

「――にしても、あの時のヤニカスババアの顔は思い出すだけで笑えるっすね!」
「そうそう! あのまま首をはねて飾っとこうと思いましたぜ!」
「……」
 隣のテーブルから聞こえてきた物騒なバカでかい声に、思わず舞奈は鼻白む。
 大騒ぎしているのは浅黒い長身のベティと小柄な娑だ。
 ここが【機関】の施設の中じゃなければ問題発言だと思うんだが。

 エントランスで陽動してくれていた警備員4人も役目を終えて帰還した。
 今は別のテーブルで打ち上げ気分で飲み食いしている。

「娑、そういう事を大声で言ったら駄目だよ。隣のテーブルに未成年がいるんだから言動には気をつけなきゃ」
「ハハッ! 楓さんたちの前だからもっと派手に気張らないとって事っすね!」
「娑さん、酔ってますね……」
「すいません。こいつ体積が小さいのに考えなく飲むから……」
 体積が縦にも横にも他人の倍はあるモールと、筋肉質だが普通の大きさの金髪美女のクレアが揃って苦笑する。

 大人組が別のテーブルなのは単に人数が多いからという理由もある。
 だが最大の理由は、向こうの卓にはアルコールが入っているからだろう。
 まったく。

 ちなみに食堂の隅……というか舞奈の背後には暖炉や冷蔵庫が鎮座している。
 暖炉はハニエルが変身している。
 冷蔵庫はチャムエルだ。
 この格好で音々の家に潜み、卑藤悪夢を待ち伏せして倒したらしい。

「こんなんで、よく怪しまれて逃げられなかったな……」
 ひとりごちる舞奈に、

「これで案外、気づかれないものですよ」
 冷蔵庫がドアをパタパタさせて答える。
 子供向け教育番組みたいな愉快な仕草だ。
 以前に車に変形したと思ったら今回は冷蔵庫。
 まったく自由この上ない女だ。

「ところで、鍋のお供に冷え冷えのツナサラダはいかがですか?」
「その冗談が冷え冷えだよ。得体の知れないものを喰わせようとするな」
 言いつつ冷蔵庫は、ボクの頭をお食べ的にサラダの皿を差し出す。
 ドアを開けると中に手(作業用アーム?)が入っていて、それで中のものを出したり外の人間をつかんで引きずりこんだりできるらしい。
 低学年が考えた未来の冷蔵庫みたいなギミックである。
 それは良いのだが……

「いえ、ここのメニューですよ」
「わざわざ買ったのか? いい大人が食いもので遊ぶなよ……」
 続く冷蔵庫の言葉に、仕方なくサラダの皿を受け取ってつまむ。
 シャキシャキしたキャベツの食感にツナとマヨネーズの味がからまって美味い。
 濃厚な鍋の合間に食すと、悔しいが確かにアクセントになる。
 テーブルに置いたら横から明日香もつまんできた。

「だいたいすり替わるのは構わんが、音々ん家に元からあった冷蔵庫はどうしたよ?」
 人様の冷蔵庫の中には当座の食いものが入ってるだろ?
 そんなツッコミに対する、

「すり替わったんじゃなくて、元からあった冷蔵庫の横にいましたよ?」
「それはねーよ! 冷蔵庫2つとか不審どころの騒ぎじゃねーだろ」
 冷蔵庫の返しに、さらにツッコむ。
 何の冗談だよと思った。だが、

「ですが卑藤悪夢はそうは思わなかったようですよ」
「おおい、実はバカだったのか? そいつ」
「自分たちとは違う生活をしている人間に根本的に興味がないのでしょう」
「……だから躊躇なく他者の暮らしを壊そうとすることができた」
 冗談じゃなかったらしい。
 横から明日香も口を挟んできた。

 眼鏡の口調に微かな侮蔑のニュアンスがこもっているのは、彼女も他の皆にはない権力と立場を持つ、ある意味で特別な立ち位置にいるからだろう。
 その上で明日香は皆を守ろうとしている。
 奴とは真逆に。
 舞奈たちが抗おうとしている相手は、そういう人間の名を持ち人間の姿形をしているだけで、庶民とは……人間とは共通項のないバケモノだ。
 今どきの庶民の部屋に暖炉があって、冷蔵庫が2つあっても気にしない程度には。
 だから――

「――だから預言をかいくぐって裏をかくことは可能でした」
「派手な成功を餌にして、しかもこっちの裏をかいたと思って有頂天にさせておいて事故死させたって訳か」
「簡単に言えばそうですね」
 ソォナムの言葉に今度は納得する。
 奴らは荒事や汚い活動に熟達した怪異だから、正面から挑んでも回避された。
 例えば首都圏での公安がそうだった。
 だが人間のふりをしているだけの怪異だから、隙をついて倒す事はできた。

「けどさ、奴の目的ってのは何だったんだ?」
「AV女優まきむら奈々子の身体が目的だったのではないかと。例のチップで操って何かに利用するつもりだったと思われます」
「音々のお袋さんの……か」
 舞奈は口をへの字に曲げる。

 まったく、怪異のクセに、そんなところだけが人間臭い。
 否。人間の悪い部分だけを我が物としているのだろう。
 あるいは邪悪な怪異にとって、悪徳だけが理解可能な人間らしさなのだろうか?

 けど一連の騒動の原因は、そんなつまらない代物だったのか。
 舞奈は思う。

 剣鬼やイレブンナイツたちも死んでも死にきれないだろう。
 奴らに殺された執行部の執行人エージェントたちも。

 だが、まあ、これで事件はすべて解決したんだからいいかと思うことにした。
 他に納得のしようもない。

 そして、もうひとつ。
 ソォナムが……というより【組合C∴S∴C∴】【協会S∴O∴M∴S∴】を含めて預言をよくする術者が何処まで事態を把握していたかを尋ねない事にした。

 イレブンナイツに襲撃され、殺された執行部の執行人エージェントたち。
 負傷した傭兵。
 あるいは……

 彼らの苦境を事前に察知できたはずの術者たちは、彼らを救えたのだろうか?
 あるいは彼らを決して救えない事もセットで理解したのだろうか?
 もう少し言うと、何処までを救えて何処からを切り捨てるのかを選別せざるを得なかったのだろうか?
 そう疑問に思った。

 だが、それを追及するのは舞奈の仕事じゃない。

 特務有給と同じだ。
 限定的でこそあれ未来を視られるのは彼女ら一部の術者だけなのだ。
 彼女らの善性を信じ、最善を尽くしてくれていたと思うしかない。
 何故なら我ら人間の術者が使う魔法の源はプラスの感情だ。
 そう思わせてくれる事が彼女らが術者である最大の強みのような気がした。
 だから――

「――ここはわたしの新たな姿をお披露目するしかありませんね」
「おおい食事中に勘弁してくれ。流石に蜘蛛とかになったら、つまみ出すぞ」
「ふふっご安心を。無害なかつおぶしですから」
「それなら勝手にしてくれ。……て、何故にかつおぶし?」
 楓の妄言にツッコミをいれ、

「そうそう。吉報をお伝えするのを忘れてました」
「なんだよ?」
「卑藤悪夢が排除されたことにより首都圏でも動きがあったようです」
「おっそりゃよかった」
 続くソォナムの言葉に笑顔で答え、鶏肉と野菜と一緒にご飯をかきこんだ。

 そのように戦士たちが激務の後の休息を堪能しているのと同じ頃。
 バスが人を轢いた事故現場から少し離れた駅前を――

「――騒がしいなあ」
「近くで事故があったみたいなのです」
「物騒なのー」
 萩山と小学生たちが、のんびり歩いていた。
 呑気なものである。

「そういえば萩山のおじさん、この前は学校まで送ってくれてありがとうなの」
「良いって事さ。それより、あれから体調とかは大丈夫かい?」
「うん! 桜は元気なのー」
「そりゃよかった」
「でも、やっぱり物騒なのー。ここのところ街中に怖い人たちがいっぱいなのー」
「そういう事を言ってはダメなのです。煙草を吸っていない普通の怖い人たちは安倍さんの家のガードマンなのです。学校新聞に書いてあったのです」
 続く桜の言葉に委員長がツッコみを入れる。

 そんな一行の側を微妙な表情をした男女連れ――退院したガードマンが通った。

 同じ頃。
 市民公園の一角で、

「あっ音々ちゃんだ。こんにちは。お母様もこんにちは」
「金曜日ぶりー」
「真神さんに日比野さん、こんにちは」
「あら、まあ。娘がお世話になってます」
 買い物帰りの園香とチャビーは、仲睦まじく並んで歩く槙村親子と会った。

「スーパーの帰り?」
「うん。おやつにタルトを焼こうと思って」
「わっ真神さん凄いなー」
「そんな事ないよ。音々ちゃんはお散歩?」
「ううん、その……家で騒ぎがあって、お母さんが倒れちゃって、病院で検査してもらってきたの」
「わわっ」
「でも大丈夫だよ。安倍さんの会社の人が守ってくれて、病院でも何ともないって」
「よかった」
 その様に音々は衝撃的な事実を告げる。
 だが眼鏡の彼女の表情が穏やかな事に気づいて園香も安堵する。

 音々も園香も知りようもないが、術で眠らされただけの母親に何かある訳はない。
 念のための検査だ。
 不安そうな音々に対し、医者が母親の無事と健康に太鼓判を押しただけだ。
 あと、ファンです応援してます新作が出たら絶対に買うね!! って言ってくれた。
 医者よ……。

 そのように一連の事件の渦中にあった親子もまた、すべてが終わった午後には早くも日常を取り戻していた。
 襲撃で中断された昼食は病院の近くのレストランで済ませた。
 診療費も食事代も病院まで運んでくれたダンボール箱の中の人が払ってくれた。
 なので親子としては、実質的にお昼が豪華になったくらいの事でしかない。
 流石に帰ったら家の片づけはしなきゃいけないが。

 斯様に舞奈たちや『Kobold』の面々を除く街の人々は休日を堪能していた。
 日々を堅実に暮らす庶民にとって、今日は何事もない平和な土曜日だった。

 僧かと思えば、同じ時分。
 首都圏の一角を汚す『Kobold』本部のエントランスで――

「――ここは貴様たちが来るような場所じゃないザマス!」
 醜い脂虫の受付が、コートの女に食ってかかる。
 それに対して、

「それはお前が決める事じゃない。少なくとも我々に令状がある限りはな」
 精悍な顔立ちのコートの女――公安の猫島朱音はニヤリと笑う。
 背後に控えるは、行者スタイルのフランシーヌ草薙。
 婦警コスプレの婦警ことKAGE。
 怪異と人間との戦いが、巣黒から遠く離れた首都圏でも始まろうとしていた。

 そんな悶着の横から、

「大変です!」
 別の脂虫がやって来た。

「今は取り込み中ザマス! 後にするザマス!」
「それが……ビル内にウィアードテールが侵入しました」
「何ザマスって!?」
 目前で始まった新たな悶着に、

「やれやれ、あっちも動いたか」
「そのようですね」
「別に声とかかけてないのに、若い人たちは元気ですねぇ」
 3人は口元に笑みを浮かべる。

 公安零課の術者たちが、神話怪盗ウィアードテールが、誘拐された少女を救うべく卑藤悪夢を失った『Kobold』にとどめを刺そうとしていた。
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