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第20章 恐怖する騎士団

剣の道 ~イレブンナイツvs銃技&戦闘魔術

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――話にならんな。未熟にも程がある。

――だが見こみはある。

――本当っすか!? 俺、頑張るっす!
――いつかコルテロさんや剣鬼さんみたいに強くなるっす!

 稽古の合間に煙草をくゆらせ、友と弟子と斯様に他愛ない会話をしたこともある。

 かつてない強敵との真剣勝負の最中、ふと剣鬼は弟子を想う。

 エスパダは素直な青年だった。
 技も力も未熟だが熱意があった。
 彼の前向きな言動、そして屈託のない振舞いに救われたことも何度もあった。

 だが剣鬼とコルテロと共に【機関】執行人エージェントを襲撃した前回の作戦の際、エスパダは伏兵に不意をつかれて捕らわれた。
 剣鬼は弟子を守れなかった。
 志門舞奈との勝負にかかりきりになっていたからだ。

 だから、いわば今回の戦闘はリターンマッチ。
 志門舞奈らとの戦闘の目的のひとつは騎士エスパダの救出だ。
 奴を倒し、武勲を立てると同時に捕虜の居場所を吐かせるのだ。
 そして今度こそエスパダを奪還する。
 一度は『ママ』に制止された奪還作戦。
 だが組織に仇成す強敵を討ち取った後なら『ママ』も前言を翻すやもしれぬ。

 剣鬼は必ずや弟子を救い出すと心に決めていた。
 何故なら剣鬼はエスパダの師だ。
 尊敬に足り師事に足る強者である事を証明し続けねばならぬ。

 剣鬼は弟子の信頼を失いたくなかった。

 それ以上に、彼の笑顔を失いたくなかった。

 それでもなお目前の志門舞奈との勝負が、この上ない愉悦なのも事実。
 2つの感情は剣鬼の中で両立する。

 何故なら、それほどまでに志門舞奈は強い。
 そして強者が強者である事を証明するためには敵もまた強者でなくてはならぬ。
 だから――

「――悪夢殿が警戒していたのは桂木楓ではなく貴様だったやもしれぬな!」
 太刀を袈裟斬りに振り下ろしながら剣鬼は笑う。

「いや楓さんは楓さんでヤバイからな? 警戒はしろよ」
 竜巻を巻き起こす勢いで放たれた斬を、志門舞奈は苦も無く避ける。
 そうしながら口元を歪める。
 だが剣鬼が警戒するのは童の顔や口ではない。
 手にした改造ライフルマイクロガラッツの銃口だ。
 それが向けられると直感した途端、脳内のチップの警告を待たずに動く。

 太刀筋と体裁きは互いに本物。
 一見して呑気に見える会話をしながら、一瞬の油断でどちらかが死ぬ。
 そんなヒリヒリするような空気が……途方もなく愉しい。

 この至上のひと時を、いつか弟子にも味わって欲しかった。
 何故なら彼にはその資格がある。
 熱意と、絶え間ない努力という名の強者への切符だ。
 余人は滅多に持ち得ぬものだ。
 故に――

「――ほう、貴様が言うか? 意外だな」
 剣鬼の口から洩れたのは少し驚いたような相槌。
 同時に童を両断しようと渾身の斬撃を放つ。

「あの人を良く知らなきゃ、そういう事も言えるかもな」
 対して志門舞奈はのらりくらりと避ける。
 その動きはまるで水か空気を斬ろうとしているように捉えどころがない。
 相手が生身の、異能力すら持たない子供である事を忘れそうになるほどに。
 自分が子供を斬ろうとしているなどとは考えもしないほどに。

 剣鬼からしてみれば、志門舞奈は桂木楓よりずっと強者だ。
 心も、技も、そして身体も、鍛え抜かれた志門舞奈は奴らのうちで最強だ。
 対して魔術などという怪しげな技術で武装しているだけの桂木楓の強さは偽物。
 その身ひとつで水の如く振る舞える者は、実際に水になれる者より強い。
 当然だ。
 故に志門舞奈に桂木楓を強いと評する理由はない。
 少なくとも剣鬼はそう信じて疑わない。

 だが奴自身は違うと考えているのだろうか?
 奴は剣鬼とは違うものさしを使って同僚を推し量っているのだろうか?

 ……剣鬼がエスパダを、今現在の技前ではなく熱意で評価しているように。

「……っていうか、あくむどの?」
「『Kobold』代表・卑藤悪夢の事よ」
 訝しむ童に、もうひとつの戦場から安倍明日香が口をはさんでくる。
 真剣勝負の最中に他所事に気を取られるのも、それに答えるのも無礼だとは思う。
 だが奴の無礼を咎めるに相応しいのは言葉ではなく剣だとも思う。
 剣鬼が今すべきは生意気な小娘を自らの技と力で叩きのめす事。

 だから剣鬼は鋭く突く。
 志門舞奈は僅差で避ける。
 その動きは風に圧されて拳を避ける薄紙の如く。
 対して側でコルテロと戦っているはずの安倍明日香はそんな攻防を気にもせずに、

「AV新法を成立させた死汚斑妖禍のお仲間。それでいて職を追われたアーティストを囲いこんで搾取しようとしている、一連の事件の元凶よ」
 淀みなく語る。
 剣鬼と同じレベルの剣技を誇るコルテロと戦っている最中にもかかわらず、まるで弁護士チームのような口の回りようだ。
 こちらも志門舞奈とは違った意味で傑物らしい。

 ……剣鬼にとってのコルテロと同じように。

「貴殿はゴシップが好きなようだな!? 魔術師ウィザードより記者か弁護士が向いているぞ!」
「一般常識のつもりでしたが。それとも無知と凡愚は騎士の誉れと?」
「貴っ……様!? 減らず口を!」
 安倍明日香はついでにコルテロを挑発する。
 小娘の無礼な態度に猛り狂う長身の騎士が放つ、嵐の如くレイピアの突きを――

「――おおっと、これは」
 氷の盾で受け止める。
 魔法消去の斬撃を警戒してか、複数枚の氷盾を時間差で割りこませる。
 その間に本体が準備していた雷撃を続けざまに放つ。
 コルテロは跳び退りながら避ける。
 そうやって魔術師ウィザード安倍明日香は騎士との距離を一定以上に保つ。

 もしや桂木楓も、このような巧みな戦い方をするのだろうか?
 故に志門舞奈は評価している?
 そんな事を考えながら騎士と魔術師ウィザードの戦闘から目を戻す。
 途端――

「――要は『ママ』って奴の事か? ならそう言えよ」
 志門舞奈は構えた改造ライフルマイクロガラッツを撃つ。
 口元を歪め、何食わぬ表情のままフルオート。
 コンパクトな銃身から嵐のような勢いで大口径ライフル弾7.62×51ミリ弾が吐き出される。
 もちろん銃口をピタリと剣鬼に向けたまま。

 奴にとっては敵を前に、軽口を叩くのも致命的な銃撃をするのも同じだ。
 剣鬼とは何もかも真逆な小娘の、そこだけは共通点だ。

「なんとっ!?」
 対して剣鬼は反応できない。
 切り払うには距離が近すぎる。
 それ以前に予知を利用した切り払いは多数の弾丸に対処できない。
 だが――

「――んな事だろうと思ったよ!」
 志門舞奈はヤケクソ気味に叫びながら跳び退る。
 銃弾の嵐が剣鬼の鎧に防がれたからだ。

 剣鬼の生来の異能力は【装甲硬化ナイトガード】。
 別チームの少年騎士ドゥーと同じ能力。
 その効果は身に着けた武具の強度を飛躍的に高め、実質的に無敵にする。
 この異能によって剣鬼の太刀は決して刃こぼれしない。
 だが本来の用途は身に着けた防具を強化する事による無敵化だ。
 切り払えなくても鎧で銃弾を止めれられる。
 しかも剣技だけでなく異能力をも鍛えた剣鬼の【装甲硬化ナイトガード】の前にはライフル弾すら軽石に等しい。
 貫通できなかった銃弾の勢いがストッピングパワーに変わった衝撃も同様。
 鍛え抜かれた体躯とチップの【狼牙気功ビーストブレード】で無に出来る。

 だから過去の戦闘でも、剣鬼は銃を持った相手にすら不敗だった。
 己が得物が通用せずに狼狽える自衛官や米兵を一方的に斬り伏せてきた。
 そんな相手に臆することなく冷静に対処できる志門舞奈が特別なのだ。
 まさに剣鬼の相手に相応しい強者。

 だが童は距離を取りつつ改造ライフルマイクロガラッツを構え……口元を歪める。

「弾切れか?」
 剣鬼はニヤリと笑う。
 もちろん弾倉マガジンを交換する隙など与えるつもりはない。
 奴もそれを察したか、

「……あんたも銃に詳しくなったじゃないか!」
 負け惜しみの軽口を叩きながら改造ライフルマイクロガラッツ肩紐スリングで背に戻す。
 そうしながら、吹き抜ける風の如く淀みない動作で拳銃ジェリコ941を抜く。
 奴にとって最後に頼れる得物がそれなのだろう。

 銃を使う者という色眼鏡を外して見れば、そんな些細な動作すら極限まで無駄がそぎ落とされ、研ぎ澄まされたスマートな動作だと素直に思う。
 何時の日かエスパダがこんな動きをするようになったら感無量だろう。
 もちろん剣鬼自身も見習うところがある。
 それ以前に――

「――貴様も観念して、この勝負を愉しもうではないか!」
 剣鬼は太刀を大上段に構えて斬りかかる。

 拳銃はフルオートのカービン銃よりマシな銃だと剣鬼は思う。
 機械的に無数の弾丸をばら撒く訳じゃない。
 射手自身の目で狙い、手で銃口を向け1発づつ当てなければいけない。
 ある意味で刀剣と同じだ。

 そんな得物を目前の強敵が手に取った。
 だから剣鬼は笑う。
 強敵と、最強の力と技をもって勝負するのは強者の誉れ。
 ならばこそ、その道に殉じた剣鬼は人の名を捨てた剣の鬼たりえる。
 振るう刃は鬼たりえる。
 そんな雷鳴の如く速く鋭く振り下ろされる太刀を避けながら、

「楽しかねぇよ!」
 志門舞奈は嫌そうな表情で吐き捨てる。
 その表情があまりに俗な子供のそれだったので、

「戯言を! 強者と強者が戦うのだぞ!? 心躍らずにいられぬはずだ!」
 たまらず剣鬼は吠える。
 おさまらぬ激情を裂帛の気合に変えて斬撃を放つ。

「んな訳あるか! むさ苦しいおっさんと斬り合って何が嬉しいよ!? あたしはベッドの上でカワイ子ちゃんと踊る方がいいね!」
「ほざけ! 小娘が!」
 剣鬼は斬る。
 対して志門舞奈は憎まれ口を叩きながら、のらりくらりと太刀を避ける。

 斬る。
 避ける。

 斬る。
 避ける。

 脳内のチップによる身体強化に未来予知による行動予測を加えた必中の斬撃と、おそらく反射神経と直感を駆使した完全回避がギリギリでせめぎ合う。
 まるで計算され尽くした舞踏だと、剣鬼の中の冷静な部分が悦ぶ。
 だが戦場の熱に昂ぶった剣鬼そのものはそうじゃない。

「ならば勝負に興味もない者が! 何故この戦に赴いた!?」
「世間様に迷惑をかけまくってる卑藤悪夢さんとやらに用があるだけだ! あんたと遊びに来たんじゃねぇ!」
 猛る剣鬼に応ずるように志門舞奈も叫ぶ。
 だが両者の激情の温度は真逆。
 剣鬼は熱く燃えるように。
 志門舞奈は冬の大海の如く。

 そんな志門舞奈は刃を避けつつ拳銃ジェリコ941の銃口をこちらに向ける。
 だが剣鬼も二の太刀を繰り出しながら巧みに射線を避ける。
 志門舞奈は気づいて撃たない。
 こちらもチップによる危険予測と奴の直感とのせめぎ合い。
 そんな真剣勝負を存分に味わう剣鬼に対し、

「だいたい! てめぇらが妙な悪さをしなけりゃあたしたちは平穏無事に暮らせるんだよ! 好きなヤツ同士で好きなだけやってろ! 周りに迷惑かけるな!」
 志門舞奈は軽薄な物言いとは裏腹に剣鬼ではなく虚空を睨む。
 そう言えば先ほども同じようにしていた。

 何かを思い出したのだろうか?
 戦にトラウマでもあるのか?
 それは逆に、奴が先陣を切って戦う理由なのだろうか?
 これほどの強者でありながら、戦闘を楽しむ訳でもない童が。
 剣より安易な銃など使って戦う癖に、人一倍の努力と鍛錬を積まねば到達できない高みに達した、目の前の小さな最強が。
 奴の技だけでなく、奴そのものに興味を引かれないと言えば嘘になる。

 だが志門舞奈はこれまた先ほどと同じように口元を無理やりに笑みの形に歪め、

「だいたい! あんたより強い奴は掃いて捨てるほどいるかもしれんが、あたしより強い奴は変態しかいないんだぞ!」
「言ってくれるな! 小童こわっぱよ!」
 吐き捨てるように言いながら、志門舞奈は斬撃を跳び退って避ける。
 そうしながら側の戦場を見やる。
 パートナーの黒髪を見やる。

 今度は安倍明日香は答えない。
 軽く志門舞奈を睨むのみ。
 氷盾でコルテロの刃を防ぐのに集中しているからか。

 そんな安倍明日香を、志門舞奈は自分より弱いと思っているのか?
 あるいは性格に難があると思っているのか?
 剣鬼にはわからない。

 そう訝しみながら薙いだ太刀を、奴は跳んで避けながら、

「あたしはな! 美味いメシ食って、いい女を抱ければ満足なんだ!」
 再び銃口を向ける。
 今度もまた剣鬼は避ける。

 それでも志門舞奈の口元には笑み。

 今度は剣鬼にもわかる。
 奴にも剣鬼にとってのエスパダのような誰かがいるのだろう。
 あるいは今まさに側にいるコルテロのような。

 それも道理だ。
 目の前の童は戦闘の鍛錬の他にも様々な欲望に流されている。
 スパーダたちのように愉しげに、あるいはアッシュとドゥーのように親密に。
 なればこそ慣れ合う友も多々いるのだろう。
 それでいて剣鬼と同じくらい心技体を鍛えている。

 奴がすべてを剣に捧げていれば如何ほどの高みに登れたかと、もどかしく思う。

 だが同時に、その自由な生き方が少しも羨ましくないと言えば嘘になる。
 剣だけでなく人生のすべてを極められるとしたら、それもまた誉な気がした。
 それはエスパダが時折もらしていた生き方でもある。
 彼は剣客としては未熟だが、人として至らないとは思わない。
 だから彼ともう一度、語りたかった。
 志門舞奈という強者について。

 そんな思惑を秘めた剣鬼の刃を避けながら、

「あんたの大事なエスパダ君だって、平和に生きてりゃ立派なスポーツ選手にでもなれたんじゃないのか?」
 言って口元を乾いた笑みの形に歪める。
 拳銃ジェリコ941を構えるが撃たない。
 対して剣鬼は、

「くだらぬな! 生死をかけてこそ剣士は剣士たりえる!」
 戯言を切って捨てる。

 あのエスパダがスポーツだと?
 馬鹿馬鹿しい。
 彼は見こみのある青年だ。
 スポーツなどという牙をもがれた弱者のままごとにうつつをぬかす暇などない。

「そっか! なら負けた奴がどうなろうが文句はねぇよな!?」
 そう言って童は剣鬼を睨みつけ、硬い乾いた叫びと共に、

「どういう意味だ!?」
「すぐにわかるさ」
 訝しむ剣鬼を今度は撃つ。
 だが大口径弾45ACPは避けるまでもなく明後日の方向の壁を穿つ。

 外した?
 狙いがそれた?
 奴がか!?
 剣鬼は思わず訝しむ。

 だが次の瞬間――

「――!?」
 何かが鎧の背を穿った。
 もちろん【装甲硬化ナイトガード】に阻まれ剣鬼には効かない。
 だが剣鬼は訝しむ。

「……やっぱり百発百中とはいかないか」
 奴は小さく舌打ちする。

 やはり本来の目標は外していた?
 だが術者でもない志門舞奈が、どのような手管で背後から当てたのか?
 剣鬼は一瞬だけ考え――

 ――跳弾か!

 思い当たった。
 奴は銃弾を壁に反射させて当てたのだ。
 見当違いと思われた方向に放った銃弾を壁に、床に当てて跳ね返らせ、剣鬼が思ってもみなかったタイミングと方向から当てた。
 つまり跳弾の角度を把握し、目前にいる強者の背に当たるよう計算して撃った!?

 それだけじゃない。
 剣鬼と軽口を叩いて斬り結んでいる最中から、奴は仕込みを始めていた。
 壁や床の感触を探っていたのだ。
 故に銃弾を正確無比に跳弾させる事ができた。

 そう気づき、その信じられない技量と集中力に驚愕した途端――

「――くっ!? なんだ!」
 剣鬼の脳内にノイズ。

 正確にはチップからの、有り得ない量の警告。
 そいつが濁流の如く脳内に流れこんで予知のリソースを奪っているのだ。
 内容は近い未来に訪れる生命の危機。
 速やかに対処しなければ撃たれて死ぬ、と。

 ただし、その内訳は出鱈目だ。
 あらゆる位置の、あらゆる角度が危険。
 常に危険。
 どの予知の結果も実現する可能性は五割ほど。
 まったくあてにならない!

 ……否。

 その現象の原因に、剣鬼はすぐに気づいた。

 跳弾だ。

 奴が跳弾を使って、こちらの四方八方から銃撃するつもりになったのだろう。
 そして今の奴にはそれが可能だ。
 だから、そのすべての未来が生命の危機として予知される。
 脳内のチップによりもたらされる予知の能力とは、そういうものだ。

 どの死を回避しても、しなくても、結果は五割の確率で決まる。
 まるで丁半博打だ。
 奴という人間の生き様を体現しているように、あやふやで捉えどころがない。

 それでも剣鬼は笑う。

 もはや予知は使い物にならない。
 それどころか脳を疲弊させ負担になっている。

 否、最初から予知など無意味だったのだ。
 志門舞奈の前に敵として立っている限り、常に危険なのだ。

 だが、それでこそ剣の道を究めた剣鬼の宿敵に相応しい。

 本当の勝負はこれからだ。
 そう考えて、剣鬼は油断なく太刀を構える。
 だが――

「――チェックメイトだ。あんたの負けだよ」
「なんだと?」
 言いつつ童は口元に乾いた笑みを浮かべる。
 その一方的な宣言に剣鬼は訝しむ。
 途端――

「――貴様! エスパダに何を!?」
 声と、そして不自然な寒気。
 いっそ悪寒と呼べるほど寒々しく、忌まわしく、禍々しい冷気。
 これも魔術によるものか?
 剣鬼は想わず振り返り――

「――なっ!?」
 驚愕した。

 そこにコルテロの氷像が鎮座していた。
 激情に顔を歪ませながら今まさに目前の魔術師ウィザードめがけて突きを放とうとする躍動感あふれる造形をした、剣鬼の友コルテロと寸分違わぬ氷像。

 だが像の側にいるのは安倍明日香ただひとり。
 像のモデルであるはずのコルテロがいない。

 ……否。

「な……っ!?」
 剣鬼は気づいた。
 気づかざるを得なかった。

 コルテロが氷漬けになったのだ。
 長身の騎士をそっくりに象った氷像に見えるほど完全に凍りついて。
 それが、

「ああっ!」
 剣鬼が見やる先で、ゆっくりと倒れる。
 床に当たった衝撃で氷像は粉々に砕け散る。
 悪い魔法の如く不自然なスピードで溶けた氷の破片は目に馴染んだ友の鎧の色、マントの色、そしてヤニ色をした肉の色。

 大魔法インヴォケーション、と呼ばれる手段だろう。
 剣鬼も聞きかじった知識として知っているだけだ。
 通常の攻撃魔法エヴォケーションより強力で、大量のリソースを使用する術だという。
 安倍明日香ほどの術者であれば使用も可能なのだろう。
 そんな秘術を使って、奴はあのコルテロを氷に変えてしまった。

 にわかには信じられない。
 だが、状況はそれ以外にないと告げている。
 強者だった剣鬼の友は戦闘の最中に骨の髄まで凍りつき、粉々に割れて果てた。
 もう余人から嫌味と評される憎まれ口を叩くこともない。
 冷たい笑みを浮かべる事もない。

「コルテロ……」
 剣鬼は束の間、勝負を忘れて呆然とする。

 不意にエスパダの顔を見たくなった。
 屈託のない彼ならば、剣鬼の友であるコルテロの死を悼んでくれると思った。
 強くなって仇を討とうと剣鬼を勇気づけてくれると思った。
 あるいは何時か自分がコルテロに並ぶ強者になると約束してくれる。
 彼はそういう青年だ。

 ……だが安倍明日香の手の中で、何かがゆっくりと崩れて消える。

 大魔法インヴォケーションの媒体だろう。
 剣鬼は魔術に詳しくはないので、それが何なのかわからない。
 だが、それが自分にとって大切なもののような気がして、そのまま捨て置いてはいけないもののような気がして目で追った途端……

「……!」
 衝撃。

 手にした太刀が根元からへし折れる。
 不覚!

 内心で歯噛みすると同時に――

「――!?」
 激痛。

 ゆっくりと下に目を向ける。
 鎧の隙間から流れる、どろりとしたヤニ色の体液。

 自分たちのような煙草を口にする喫煙者は人間ではない。
 体内を流れるものも赤い血ではないヤニで濁った色の何かだ。
 故に人々には身も心も畜生道に墜ちた怪異だと目され、忌み嫌われる。

 それで構わないと思った。
 敵対する者は斬ればいいのだ。
 そう思っていた。
 もっとも、剣鬼に対してそうできる人間などいないとも。

 だが今回は違った。

 そう。剣鬼は気づいた。
 鎧の隙間に銃弾を撃ちこまれたのだ。

 志門舞奈は最初からこれを狙っていた。

 なるほど【装甲硬化ナイトガード】は武具を無敵にする異能力。
 使い手の身体そのものが無敵になる訳じゃない。
 そして身体強化の異能力【狼牙気功ビーストブレード】で銃弾は防げない。
 かと言って剥き出しの顔面を狙っても予知による切り払いで対処できる。

 だからフルオートの長物を持ちだし、跳弾を駆使し、パートナーの力をも借りて剣鬼の隙を作り、鎧の隙間に致命的な1発の弾丸を撃ちこんだ。

 見事だと思った。
 流石は強者、志門舞奈だ。

 だが剣鬼は想う。

 死にたくない。

 もっと強くなりたい。
 心を、技を、身体をさらに鍛えて。

 友であるコルテロと共に。
 弟子であるエスパダと共に。

 いつか奴に勝てるように。

 これまでは、ただがむしゃらに力を求めた。
 だが、ようやく好敵手に出会えた。
 ようやく奴を越えるという目的ができたのだ。

 剣鬼の脳裏を、在りし日の友たちがよぎる……

 いつものひねくれた笑みを浮かべるコルテロ。

 屈託なく笑うエスパダ。

――言っとくが、そんな生き方じゃあんたは何も手に入れられやしないぜ?
――力で奪ったものも、押さえつけてるものも
――手をゆるめた途端に指の隙間から逃げちまう。そうやって何もかも無くすんだ

 そうか、これが奴が言っていた……

 そう考えかけた途中で剣鬼の思考は途切れた。

 だから長身で野性味あふれるスポーツマン風の顔立ちをした騎士はドウと倒れる。
 身に着けた鎧の重量で床が少し揺れる。
 それでも騎士は折れた太刀の柄を手放す事はなかった。

 その様にして、強者と強者の戦いは幕を閉じた。

 祭のような戦を終えた、見た目だけは豪華な長い一本道の廊下には舞奈と明日香、そして倒れた騎士とバラバラに散らばるヤニ色の何かだけが遺された。
 他には何もなかった。

 空気が冷たい。
 明日香が大魔法インヴォケーションとして行使した【冷波カルト・ヴェレ】のせいだ。

 前回の襲撃で捕えた騎士は尋問後に大頭に加工され、明日香の切り札になった。
 舞奈はそれに賛成も反対もしなかった。
 奴は脂虫だし、脂虫の一般的な末路は惨たらしい死だと相場が決まっている。

「……強い奴と戦えて満足だったか?」
 舞奈はひとりごちる様に言いつつ、しゃがみこむ。
 そして側に落ちていた折れた太刀の刃を拾い上げる。

「異能力者が持ってる剣は普通の剣よ?」
「知ってるよ。……そういや、尋問した騎士の持ち物ってどうなるんだっけ?」
「技術部がまとめて処分するんだと思うけど」
「……そっか。じゃ、こいつも一緒に処分してもらうか」
「はいはい」
 言いつつ明日香も凍結をまぬがれたレイピアの先端を拾い上げる。
 そんな様子を舞奈は何となく見やりながら、

「なあ明日香、そういやあさ……」
 何気ない口調を装い、明日香でも剣鬼でもない何処か虚空を睨みながら何かを語ろうとした、その時――

「――あっ舞奈ちゃんに明日香ちゃん!」
「そっちの調子はどうー?」
「……ん? 今しがた片づけたところだ」
 ふと足音と声に振り返る。
 無理やりに何食わぬ笑みを取り繕う。
 そうして目を向けると、サチと小夜子が走ってくるところだった。

「――もう終わってるね」
「流石は舞奈さん。素晴らしい手際です」
 続いて紅葉と楓もやってきた。
 皆もそれぞれの戦場で首尾よく勝利したようだ。

 舞奈は笑う。
 少なくとも舞奈の側には数多の友がいる。
 舞奈が上手くやり続ける限り、ずっと手の届く場所に居てくれる。
 そう考えられるのが素直に嬉しかった。

 だから、それ以上を望むのは度が過ぎていると思うことにした。

「数を合わせると、イレブンナイツ全員を撃破した事になりますか」
「このひとつ上の階が最上階のはずよ」
「そりゃ結構。じゃあ、とっとと仕事を終わらせようぜ!」
 言って舞奈は走りだす。
 仲間たちも続く。

 そうして6人は階段を駆け上り最上階へ。

 長い廊下の先に鎮座しているドアを舞奈が蹴り上げ、皆が跳びこむ。
 今回の作戦の最終目的、イレブンナイツを統括する『ママ』こと『Kobold』代表・卑藤悪夢が座するはずのその場所で舞奈たちが見たものは……

 ……同じ頃。

「――きゃっ!? 何!?」
「あらあら、どなた様ですか?」
 目前で眼鏡の子供と美しい母親が驚く。
 無理もない。
 こんな休日の日中に、来訪者が来るなんて予想だにしなかったはずだ。
 しかも多数の騎士を引き連れて。

 だが彼女らの運命は定められていた。
 故に彼女らは休日の日中に出かけもせずに家にいた。
 すべては預言の通り。

 符を放ち、【失去就睡シーチュィ・ジゥシュイ】の道術で母親を眠らせる。
 子供の方が母親を抱き留めながら悲鳴をあげる。
 だが捨て置く。
 年端もゆかぬ女児の手から母親の身柄を奪う事など簡単だ。

 念のために部屋を見渡す。
 目についたのは新旧2つの冷蔵庫。
 壁際には携帯ゲームの詐欺広告のように鎮座する暖炉。
 あとは逆さまに置かれた薄汚い段ボールくらいか?
 特に不審な物はない。
 ただのみすぼらしい典型的な庶民の部屋だ。

「――ネネ! 無事カ!?」
 窓から仮面の腰みのが跳びこんでくる。
 子供をかばうように素早く駆け寄り、2人の前に立ちふさがる。

 だが、それも預言によって把握済み。
 余裕をもって奴に対処できるよう数ダースの騎士を連れて来たのだ。

 多勢に無勢。
 疑う余地もない絶望と恐怖に、子供の顔が歪む。

 そう。
 すべてが預言に定められた通り。
 一連の作戦の本当の目的を果たすための最後の戦いが、これから始まるのだ。
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