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第20章 恐怖する騎士団

戦闘4 ~イレブンナイツ~vsナワリ呪術&古神術

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 装飾こそ豪華だが実用性には乏しい『Kobold』支部ビル。
 何故なら表向きの税金対策と、後ろ暗い組織ゆえの招かれざる侵入者を待ち構える処刑場を兼ねた、所詮はまっとうな用途のない施設だ。
 そんな広くて長い一本道の、侵入者を容易に逃さないための廊下で……

「……こんなに贅を尽くした場所なのに、鏡がないのは画竜点睛を欠くね」
 生白い顔をした背広姿の優男が、くねくねとポーズをとりながら口走る。
 イレブンナイツのひとり、曲刀使いのナルシスだ。
 そんな彼に、

「美しいボクの姿を、ボクだけが見れないなんて不公平だと思わないかい?」
「ヒヒッ! なら良い考えがあるぜェ! テメェの面を剥いで壁に掛けるのよ!」
「えぇ……」
 腕の長い背むしの背広が言い募る。
 けたたましい野獣の遠吠えのような暴言に、流石の優男もドン引きだ。
 特に悪気で言っている訳じゃないところがなおタチが悪い。
 こちらはクロー使いのアルティーリョ。
 前かがみの姿勢もそうだが、背広姿に兜をかぶった姿がこの上なく怪しい。
 だが『Kobold』の公式サイトでもそのスタイルで紹介されているのだから、対外的には問題はない。たぶん。そんな2人の漫才を、

「……バカバカしい」
 冷ややかに見やっているポワンを含め、3人の表の顔は弁護士だ。
 こんな奴らでも弁護士。
 否、こんな奴らだから弁護士だ。

 ポワンたちの仕事は人間の弁護士とは違う。
 別に依頼者を弁護し人権を守る訳ではないのだ。
 怪異の弁護士の仕事は依頼者の敵を社会的、精神的に痛めつけて破滅させる事。
 近年ではネットでの工作も仕事のうちだ。
 立場を利用し、あるいは隠し、相手の些細な隙をついて執拗に攻撃するのだ。
 人間らしい理性や両親は業務の妨げになる。
 故に言動が奇抜なら奇抜なほど良いし、頭もおかしければおかしいほど良い。
 まともに会話ができるだなんて思われるのは弁護士の名折れだ。

「どういう意味だァ!? ポワン!」
「どうしたアルティーリョ?」
「テメェが今、言った言葉の意味を聞いてんだよォ!」
「私が何か言ったのか? 具体的には何年何月何日の何時何秒に? 証拠は?」
「んだとォ!? 今はそっちの仕事をしてるんじゃねェ!」
「ハハ、すまん」
 突っかかってくるアルティーリョを軽くいなす。

 そう。
 今は弁護士の仕事をしているのではない。
 ポワン、ナルシス、アルティーリョの3人もまた侵入者を待ち構えていた。
 イレブンナイツの騎士として。

 だが3人に他のチームのような緊張感はない。
 何故ならポワンたちには戦う以外に仕事がある。
 弁護士として『Kobold』のような人に仇成す怪異の組織を社会的に守り、逆に人間による人間のための組織を攻撃する仕事だ。
 時には集団で個人を追い詰める仕事もする。

 いわば騎士の仕事など足掛けに過ぎない。
 肩書はたくさんあったほうが表の顔に箔がつき、他の怪異に対して優位に立てる。
 その程度のついでだ。

 そんなポワンたち3人は、身体と同じくらい預言と予知の能力を鍛えている。
 というか、そちらが本命だ。
 だから弁護士などやっていられる。
 ナルシスもアルティーリョも、こう見えて頭は良いのだ。

 だから3人ともがその能力を用いて【機関】のどのチームがどのルートを通って侵攻するかを予知し、厄介な相手を他のイレブンナイツに押しつけていた。

 まずは桂木姉妹。
 姉の桂木楓の、怪異やヴィランでも有り得ないアナーキーな言動。
 データを少し調べるだけで感じるヤバさだ。
 それに『ママ』も奴らを恐れている素振りを見せていた。
 つまり絶対禁忌のアンタッチャブル。
 だから避けた。
 絶対に奴らが通らないルートの守備についた。
 当然ながら代わりに誰かが冥府魔導から来訪した殺戮者のような恐ろしい姉妹と戦うはずだ。だが、それが自分たちでなければ問題ないとポワンは考えている。

 次いで志門舞奈と安倍明日香も嫌な予感を感じて避けた。
 小学生という、一見して組み伏せ易い相手。
 だがデータを調べる限り、重要な局面でキーパーソンになりすぎている。
 直近では海外のヴィランを率いるヘルバッハとの決戦。
 その前の作戦で別の怪異の組織のリーダー蔓見雷人を倒したのも彼女らだ。
 以前に襲撃した際にナルシスが面白おかしく吹っ飛ばされていたし、奴らにも何かとんでもない隠し玉があると考えるべきだろう。
 そういう判断ができないバカは貧乏くじを引き、最悪は死ぬ。
 だからポワンたちは彼女らが進むルートも避けた。

 最後に残ったのが如月小夜子と九杖サチ。
 彼女らも相応に強敵だ。
 だが強いだけだ。
 なんか、こう、常識を越えたヤバくてヤバイ相手ではなさそうに感じた。
 だからポワンらは彼女ら相手取るルートの守備を引き受けた。
 仲間を相手に心理戦とか、根回しとかいろいろして。

 そのようにポワンたち3人は、自分たちの知性に絶対に自信を持っていた。
 他の馬鹿どもとは頭の出来が違う、と。
 だから今回の仕事も余裕だろうとほくそ笑んだ瞬間――

「――――!?」
 世界が爆ぜた。
 ポワンたちがいる空間そのものが爆発したのだ!

 何の前触れもなかった。
 正確には一瞬だけ予知の異能力に警告があった。
 だが対処など不可能だった。

 だから瞬時に視界が紅蓮の炎の色に塗りつぶされる。
 全身が爆風になぶられる。
 圧倒的な衝撃に痛みすら感じないのに、光と熱に皮膚が焼かれるのがわかる。

 敵の呪術による攻撃だ!

 弁護士らしく情報の扱いに秀でたポワンは敵の研究にも余念がない。
 だから気づいた。
 如月小夜子が修めたナワリ呪術という流派に、そういう術があったはずだ。
 たしか【虐殺する火トレトルミクティア】と言ったか?
 気化爆発を引き起こす呪術だ。
 怪異の命を贄にしてパワーアップできる術だと聞いた。
 それを下の階の騎士どもの命を使ってフルパワーで放ったか?

 まったく無能な味方が足を引っ張る!

 だが、実のところ、その程度は対処済み。
 頭の良い弁護士チームの中でもポワンは頭ひとつ抜き出ていると自負している。

 なので如月小夜子が襲って来る方向とタイミングを把握していた。
 使ってくる手札の予想もつけていた。
 だから、さりげなく2人の陰になって爆炎の影響を受けにくい位置にいたのだ。
 脳内のチップによって授かった【狼牙気功ビーストブレード】を使えば十分に耐えられる。

 それでも地獄の業火が消えた後、あらわれた風景も地獄の一丁目だった。
 広く長い廊下の床も、壁も、天井も焼けて崩れてただれていた。
 周囲にこもる乾いた熱が肺を焼く。。
 さながら一瞬で生成された煉獄のダンジョンだ。
 贅を尽くした装飾も跡形もない。
 ズタズタに砕かれたコンクリートの合間に光る残り火だけが、焼け焦げた一本道の地獄の通路を赤く不気味に照らしている。

「ナルシス! アルティーリョ! 無事か!」
 問いかける。

「ボクの美しい肉体には傷ひとつついてないよ」
「……」
 ひとり焦げたまま返事がない。
 足元には先ほどまで雑談をしていた黒焦げのせむし男。
 まあ誰かが犠牲になるべき状況で、貧乏くじを引くのは頭の悪い奴の役目だ。

 なのでマヌケの死体を捨て置いて、ポワンとナルシスが身構えた途端――

「「――!?」」
 2人は驚愕する。

「なんとっ!?」
「なんてクレイジー!?」
 黒焦げになったアルティーリョの腹を裂いて何かが跳び出したのだ。

 これは【供物の門ネヨコリクィアウアトル】!
 離れた場所にある2つの死体を霊的に繋げてドア代わりに移動する呪術!
 こちらも如月小夜子の十八番だと聞いた。

 そんな狂ったドアから出でて、焼き砕かれた床に降り立ったのは2つの人影。
 2人の女子高生だ。
 ひとりは巫女服を身にまとい、小型のリボルバー拳銃M360J サクラを手にしている。
 もうひとりはセーラー服を着こみ、ショットガンAA-12を構える。
 これはポワンも知っている。散弾をフルオートで発射可能な軍用ショットガンだ。

 九杖サチ。そして如月小夜子。
 以前に襲撃した志門舞奈たちと同行していた2人。
 そして今回、ポワンたちが待ち構えていた相手だ。

「えっまたこいつら……」
「仕方がないわよ。相手も10人なんだから」
 如月小夜子は露骨に嫌そうな表情をする。
 九杖サチがフォロー(?)する。

 空気に熱と焦げた臭いが漂う中、普通に会話できるのは九杖サチの仕業か。
 古神術士の防御魔法アブジュレーションで熱や煙気を遮断しているのだ。
 なんと用意周到な!
 そんな小娘どもを相手に、

「以前より数が少ないな。志門舞奈と安倍明日香はいないのか?」
 まずは士気を削ごうと、ポワンは訳知り顔で挑発する。

 敵がチームに別れて侵入してきたのは承知済み。
 だが前回より頭数が少ないのを意識させ、委縮させる事には意味がある。
 そんな弁護士の策略に曝された如月小夜子は――

「――なら、そっちが2人になってる理由も聞いていい? それとも貴方たちの仲間だった騎士エスパダ氏の話をする?」
 特に感慨もなさそうに、面白くもなさそうに答える。

 向こうも初撃の戦果に気づいていたか?
 加えてエスパダとは前回の襲撃の際に捕らえられた他チームの騎士だ。
 おそらく奴らに尋問でもされたのだろう。
 こちらの情報をいくらか吐いたか?
 その事実を意識させ、疑念を抱かせようとする敵の小賢しさが気に入らない。
 イレブンナイツを差して当然のように10人とか言ってみたり!

 何より如月小夜子の態度から滲み出る敵意と憎悪、喧嘩腰。
 こちらを心の底からキモがっている表情を隠そうともしない。
 つまり最初からまともに会話するつもりがないのだ。

 おのれ! 女子高生だと思って図に乗りやがって!

「美しいボクに再会したくなったのは君たち2人だけってことだね!」
「キモっ。……サチ、下がって」
 できれば奴らが見えないところまで。みたいなニュアンスで後ろに言いつつ、

「すぐに片づけるから」
 ショットガンAA-12を左に持ち替える。
 そして空いた右手の指先から光り輝くカギ爪をのばしながら――

「――そういう訳だから死んで!」
 こちらに跳びかかってくる。
 呪術で身体を強化しているであろう猛スピードで!

 狂ってないか!? こいつ!
 奴が今しがた消し炭にしたアルティーリョと同じレベルのアナーキーさだ!

 おもわず跳び退るポワンに代わり、

「キミの相手は、この美しいボクだよ!」
 ナルシスが曲刀を振りかざしながら挑みかかる。

 同時に優男が着こんだ背広がはじけ飛ぶ。
 生白い上半身と、甲冑姿の下半身があらわになる。

 そんな様子を如月小夜子は「うわぁ……」みたいに見やる。
 九杖サチもちょっと嫌そうな表情をする。
 ちょっとしたハラスメントだ。

 要するにナルシスは目立ちたいのだ。
 なので目立つ相手と戦いたいのだ。

 対して如月小夜子はカギ爪を振りかざしながら、

「どっちが先でも結構! アクリルスタンドより薄く刻んで飾ってあげるわ!」
「えっ? ちょっ!」
 自分からナルシスに襲いかかる。
 敵が引くくらいの問答無用な殺意と共に。

 その動きは前回の襲撃の時より力強く、早い。

 単に前回は不意をついたからという理由もある。
 だがポワンは敵について調べた都合、もうひとつの理由にも気づいていた。
 繰り返すがナワリ呪術には身体強化の手札がある。
 前回の襲撃の際にも使っていたし、今も使っている。
 そしてナワリ呪術の使い手は敵の命を使って身体強化もパワーアップできる。
 下の階の騎士を使ってオーバードーズしまくっているのだろう。

 まったく! 無能な味方が……!

「君に怒った顔は似合わないよ! ほら、ボクのように笑ってごらん!」
「笑ってるわよ?」
「えっそういう風にじゃなくて……!」
 思わず防戦に回るナルシス。

 正直なところナルシスも相当の手練れだ。
 気持ちの悪いトークで相手を惑わせながら、ぬるりとした動きで振るわれる曲刀からは生半可な腕前では逃れられない。
 スピードもさることながら、相手の反応が遅れるのだ。
 だから並の執行人エージェントや警官なら一方的に虐殺できる。

 だが上には上がいる。
 物凄い剣幕で、惑わしようもなく襲いかかってくる相手には太刀打ちできない。

 そんな如月小夜子は凄惨な笑顔のまま凄いスピードで斬りかかりつつ、

「なら今すぐ顔の皮を剥いであげるから、それ見てひとりでヨガってなさいよ!」
「待って! 君みたいなベイビーが、そんな言葉を使っちゃ……」
「それならこれはどう? きっと綺麗に焼けるわよ!」
「なっ――!?」
「――貪り喰らえ、トルコ石の蛇シウコアトル!」
 叫ぶ。
 呪術の行使だ。

 何を予知したかのか顔面を蒼白にして避けたナルシスの残像が――

「――!」
 前触れもなく爆炎に包まれた。
 気化爆発だ。
 たしか【捕食する火トレトルクゥア】と言ったか。
 先ほど廊下一面を火葬場に変えた【虐殺する火トレトルミクティア】と同じ技術。
 ただし威力は常識的な反面――

「――ひぃっ!?」
 爆発に次ぐ爆破。

「待って! ぎゃあっ!」
「ハハハ! 良い笑顔ね!」
 さらに爆発。
 奴の呪術は連続行使ができるらしい。
 必死で避けるナルシスを追い詰めるように、続けざまに空間が爆ぜる。
 追加の爆発には叫ぶ必要すらないらしい。

 優男は死に物狂いで逃げまくる。
 如月小夜子は嗜虐的な笑みを浮かべながら、次々に空間を爆発させる。
 一方的に攻撃される痛みと恐怖を敵に味合わせて笑っている。
 まるで怪異だ!

 ひょっとして出会い頭のアレが、パートナーの九杖サチに色目を使った扱いになっているのだろうか?
 調べたデータでは、彼女はそんな感じの性格だとあった。
 なんと嫉妬深く恐ろしい女か!

 そんな如月小夜子を相手に、ナルシスは相応に苦戦している。

「待ってよ君! 死ぬ! 死んじゃう!」
「じゃあ止まりなさいよ! 綺麗な切り身にしてあげるから!」
 パワーアップした如月小夜子は猛獣のような剣幕でカギ爪を振りかざしながら、逃げる半裸を追い立てる。

「それとも消し炭がいい!?」
 気化爆発もほぼフルオートで連発している。
 さしもののナルシスも逃げ回るだけで手いっぱいだ。

 正直なところアルティーリョがいれば対抗できたのかもしれない。
 前回の襲撃の際もそうだった。
 だが奴は初撃で消し炭だ。

 まったく肝心な時に! これだから無能は!

 しかも如月小夜子はショットガンAA-12を手にしている。
 足を止た途端、そいつが火を噴くのだ。

「ひゃっ!?」
「避けないでよ! 当たらないでしょ?」
 平坦な怒声、恐ろしい轟音と共にフルオートでぶっ放された散弾が壁を抉る。
 まともに喰らったら一瞬でミンチだ。
 まるキ○ガイに刃物ならぬまるキ○ガイに銃火器!
 身体強化で軽減できるレベルじゃない。

 おそらくナルシスの予知のリソースは迫り来る死でいっぱいだ。
 死を避けるだけで必死のはずだ。
 しかも如月小夜子は、

「――ちっ」
「おっと、美しいボクに見とれて銃の弾が切れてしまったかい?」
 弾切れのような仕草と共に――

「お気遣いどうも。でもスペアはいくらでもあるから安心して」
 ニヤリと笑う奴の背後、焼き砕かれた床が蠢き何かを運んできた。
 ナルシスは思わずそいつを見やり、

「ひいっ!? なんと醜い!?」
「すぐに貴方も仲間になるわ!」
 驚愕する。
 そんな様子を見やって如月小夜子は嗤う。

 運ばれてきたのは騎士たちの骸だ!
 たしか岩石を操る【蠢く土トララオリニ】と言ったか。

 そいつで焼き砕かれた床を操り、下の階で全滅させた騎士たちを搬送している!
 呪術の贄にするために!
 ああ! 何たるクレイジー!

 如月小夜子はショットガンAA-12の空になったボックスマガジンを落とす。
 そして騎士の骸の腹を裂いて、大容量のドラムマガジンを取り出してセットする。

 これは【供物の蔵ネヨコリクィミリ】。
 死体を霊的なドアにして遠くの物品を呼び寄せる術!
 流石のナルシスもドン引きしている。
 そんな様子すら気に入らないのか、弾倉交換を素早く終えた如月小夜子は再び雄叫びをあげながら輝くカギ爪で半裸男を追い回す。

 そんなキ○ガイ女を相手に必死で逃げ回るナルシスには同情を禁じ得ない。
 だが、おまえが馬鹿なのが悪いとポワンは思う。
 目立つ相手に目がくらんで自ら戦いを挑んだのは他ならぬナルシス自身だ。

 その点、ポワンは抜かりない。
 2人のうち組み伏せやすい九杖サチに挑みかかっていた。
 ナルシスと同じように背広を破って屈強な上半身をさらけ出したポワンを相手に、こちらは順当に威圧されている様子。

 半裸は良い。
 剥き出しの屈強な筋肉を目の当たりにした敵は気圧されて動きが鈍る。
 すなわち殺しやすく、いたぶりやすくなる。
 目前の彼女のように!

 そんな九杖サチが修めた古神術には身体強化の手札がない。
 加えて彼女は如月小夜子と比べて性格も温厚。
 パートナーを援護されると厄介だが、分断してしまえば敵ではない。
 強力な防御魔法アブジュレーション――たしか【護身神法ごしんしんぽう】といったか――にすら対処できれば、素早く屈強なボクサースタイルの騎士に負ける要素はない。

 ポワンは猛スピードでパンチを繰り出しながら、ほくそ笑む。

 ナルシスが必死で逃げ回っている間に自分は九杖サチを倒せばいい。
 その後に2人がかりでかかれば流石の如月小夜子も敵ではない。

 結果、ナルシスは醜態を晒しながらひとり倒す。
 ポワンは悠々と2人を倒す。
 その結果『ママ』の覚えも良くなり組織での発言力も上がる。

 そうやって頭の悪い奴は汗水をたらし、頭の良い奴が利益を得る。
 怪異の世界も人間の世界も同じだ。

 そしてポワンは弁護士としての経験だけでなくボクシングの鍛錬も積んでいる。
 知性だけでなく肉体も鍛えている。
 何故なら鍛えあげられた筋肉と武術はビジネスにも役立つと考えている。
 相手を社会的、精神的に叩きのめすのも物理的に叩きのめすのも根は同じだ。
 ノウハウは共用できる。

 だから騎士としても、ポワンは知略と肉体、技術を兼ね備えた手練れだ。
 素早いボクサースタイルの攻めは、卓越した未来予知の技術とも相性がいい。
 敵の動きを先読みした鋭い拳で、ポワンはこれまでネットでの攻撃に屈しなかった人間の弁士たちを何人も葬り去ってきた。

「貴様に特に恨みはないが、討たせてもらう。仕事なのでな」
「……えっ? 会話してきた!?」
「貴様も大概に無礼だな!」
 口論で敵を油断させ、不意をついたと思った途端――

「――なっ!?」
 小型のリボルバー拳銃M360J サクラの銃口が向けられている事に気づく。

 銃声。
 あわてて避けたポワンの肩を小口径弾38Spcがかすめる。
 嫌な感触に身震いする。
 何故によりによって警察と同じ銃を使っている!?
 それに……

(……こちらの動きが読まれている?)
 ポワンは訝しむ。
 敵の動きを予知しているのはこちらのはずだ。
 なのに何故、敵の銃口は自分の動きを先読みしたように向けられる?

 まさか奴も預言をしているというのか?
 確かに古神術士は神使しんしと呼ばれる高次の意識と接触して天啓を受ける事ができる。
 それは『ママ』の預言と同じ技術なのであろう。

「かけまくもかしこき火之迦具土神ひのかぐつちのかみ――」
「ええいっ!」
 祝詞と共に飛んできた火の玉を跳んで避ける。
 着地した先に銃口を向けられ、さらに跳ぶ。

 やはり、何かおかしい。
 呪術による予知は本人の趣味嗜好に左右される。
 パートナーと比べてまっとうで穏やかな性格の九杖サチに、戦闘に役立つような情報を世界から引き出すことはできないはずだ。
 データを分析した限り、こいつはこんなに攻撃的じゃなかったはずだ。
 そんな神使しんしの使い方はできないはずだ。

 そう思った途端、九杖サチは小夜子を見やる。
 如月小夜子はサチを見やる。
 一瞬だけ視線を合わせ、笑みを交わす。

 その僅かな動作でポワンは気づいた!

 そして驚愕した!

 まさか2人が心を通じ合わせているからだとでも言うのか?
 パートナーと一心同体になって相手の思考をエミュレートできるから、本来の自分なら持ち得ない攻撃的な思考すら加味して己が予知に反映できる?

 それでは、ひとつの肉体に2人の術者がいるようなものではないか!
 自分もナルシスも一対一で戦ってる訳じゃない。
 相手はそれぞれ2人づつだ!

 それに奴が頭につけている猫耳カチューシャ!
 たしかナワリ呪術の媒体ではないのか?
 今の奴はパートナーの呪術で強化されている?
 つまりポワンと九杖サチ、互いの魔法的な強化を加味した身体能力は互角。
 この状況を見透かしたように!?

 それでもポワンが放った渾身の一撃が幸運にも奴を捉え、

「しま……っ!?」
 奴の周囲に亀裂が走る。
 そしてひび割れる。
 同時に九杖サチが左手に巻いた注連縄が千切れ飛ぶ。

 なるほど古神術は穢れに弱い。
 その上で、ある意味で穢れそのものである生贄を用いた呪術を受け入れている。
 つまり今の奴が得意とする【護身神法ごしんしんぽう】の効果も弱くなっていたのだ!

 ポワンは笑う。
 決して倒せない相手じゃない。
 だがポワンの拳が無防備な九杖サチの身体を捉えたと思った途端、

「くっ!? 何だこれは!?」
 不意に身体がこわばる。
 きっかけは敵が素早く拳銃M360Jのシリンダーを回し、空撃ちしたカチリという音。
 たしか【弦打つるうち】という名の、怪異を怯ませる術だったか。

 その隙に九杖サチは距離を取る。
 油断なく拳銃M360Jを構える。
 パートナーの如月小夜子のように派手ではないが、堅実で隙のない動き。
 しかも急場にはパートナーと心を通わせ技術を借りる事ができる。

 不覚にも、思ったより九杖サチも強敵だ。
 このままでは分が悪い。

 隣を様子をちらりと見やる。
 だがナルシスは避けるのに必死だ。
 使えない奴め!

 それでもポワンはニヤリと笑う。
 その挙動に九杖サチが訝しんだ途端――

「なっ!?」
「小夜子ちゃん!?」
 とっさに避けた如月小夜子の残像を切り裂き、何かが舞い降りた。
 その長い両腕の先にカギ爪を装備した、半裸の背むしの姿を見やって、

「えっ貴方……?」
 九杖サチが驚く。
 2人の前で半裸の背むし男が立ち上がり、

「よォ! 待たせたな如月小夜子ォォォォォォッ!」
 吠える。
 兜の奥の瞳を2人に向ける。

 それは紛れもなく、奴らが初撃で倒したはずのアルティーリョだった。

 そう。
 アルティーリョの生来の異能力は大能力。
 しかも肉体が完全に消滅しない限り復活するという相応にチートな代物だ。

 しかも奴の大能力は『ママ』と自分たち3人以外に知る者はいない。
 マヌケなエスパダが知っている情報を吐いたとしても奴らは知らないはず。

「方天画戟みたいなもの?」
「……わからない。けど、やるべき事はひとつよ」
「ええ」
 如月小夜子と九杖サチは並んで身構える。
 思ったほど驚いていないのが意外といえば意外。
 まさか、復活する相手との戦闘経験でもあるのか?

 だが、まあいい。
 ポワン、ナルシス、アルティーリョも3人で並んで身構える。

 敵の奇襲で開幕した今回の戦闘。
 だが数々の知略が功を奏し、今や3対2という有利な形で仕切り直しだ。
 悪くない。
 そう考えて、ポワンはニヤリとほくそ笑んだ。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
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お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

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