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第20章 恐怖する騎士団
幸運な三人組 ~イレブンナイツvs銃技&戦闘魔術
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「……どうやら! 追ってこないようだな!」
スパーダの言葉をきっかけに、3人の騎士は息を切らせて立ち止まる。
振り返って目を凝らし、子供の姿と大理石の床に響く足音がない事を確認する。
そうして、ようやく安堵する。
ここは『Kobold』支部ビルの上層階の一角、長い廊下の途中だ。
追手から逃げてきたにしては少しばかり不用心な場所ではある。
だが異能力を併用して全速力疾走した直後だ。もう走れない。
それに曲がり角で立ち止まると、あらぬ方向から回りこまれそうな気がした。
それほどまでに志門舞奈と安倍明日香は得体の知れない強敵だった。
大剣使いのスパーダ。
槍使いのランツェ。
弓使いのアルコ。
ビル上層部を守っていた3人のイレブンナイツは志門舞奈と安倍明日香に遭遇。
迎撃を試みたが、実力と火力の差を思い知らされただけだった。
そこをランツェの機転によって逃げ出し、九死に一生を得たのだ。
「けどさ、奴らを倒さなきゃいけないんだろう?」
大剣を背負ったスパーダが煙草に火をつけながら言って、
「それがわかっているから僕たちを逃したって事……?」
「たぶんな」
首を傾げる小柄なアルコも煙草を取り出しながら問う。
ついでに火をつけながらスパーダが答える。
冷静な眼鏡のランツェも、槍を手にして警戒しながら考える。
生きのびる事だけを考えるなら、このまま逃げるべきだろう。
階段かエレベーターで他の階に移動してもいい。
あるいは手近な部屋に隠れても良い。
この階の部屋は会議室の名目の空き部屋だ。
だが3人がここにいる理由、すなわち『ママ』からの指示は侵入者の排除だ。
その事は奴らも知っている。
何故なら奴らの目的は『ママ』の排除だ。
そして自分たちは奴らを食い止める守衛だ。
だから自分たちは早急に体勢を立て直し、再び奴らと相対しなければならない。
それでも同じように真正面から立ち向かっても結果は同じだ。
奴らを弱体化させる必要がある。
それには奴らを分断して各個撃破するのが最善手だ。
それを具体的にどうやるか?
イレブンナイツの他のチームに援護を求める……のは可能な限り避けたい。
何故なら自分たちは敵を排除できる強さを見こまれてイレブンナイツになった。
他者に助力を乞うなど自分たちの力量を自ら貶めるも同じだ。
自分たち3人だけで成し遂げなければならない。
呼吸を整えながら沈思黙考するランツェに……
「……これからどうするんだ?」
煙草を吹かしながらスパーダが問いかける。
普通の人間に対しては有毒で有害な悪臭も、脂虫である彼らにとっては芳香だ。
特に戦闘から逃げ出し、心身ともに疲弊した状況では。
「まずは管理室に連絡して奴らの位置を探らせましょう。その上で奴らを分断して叩きます。まずは安倍明日香。あの魔術師から始末するのが最善でしょう」
「いい考えだ。流石だぜ」
ランツェは眼鏡の位置を直しながら答える。
対してスパーダはニヤリと笑う。
「でも、あんな子供2人に大仰すぎないかな?」
「おまえだってガキみたいなもんじゃねーか」
「ちょっ!? そりゃないよ」
「それに奴らの異常な強さはさっき見たろ? あいつらはチートなんだ。俺たちがまともにやり合う必要はねぇ」
「ま、それもそうだね」
茶々を入れてくるアルコをスパーダが諭し、
「けど頭を使うのは俺のガラじゃないからな。頼むぜ、軍師様」
「ふふっ。おまかせください」
ニヤリとランツェに笑いかける。
ランツェも笑みを返す。
大剣使いは目先の目的が決まって少し安心したようだ。
直情傾向のあるスパーダは、いつも冷静沈着なランツェを信頼して頼ってくれる。
何故なら今までだってランツェの策で何度も危機を切り抜けてきた。
ランツェは3人のブレーンだ。
かく言うランツェ自身も、仲間たちと話しながら考えをまとめていた。
その方が、ひとりで考えるより早く案がまとまると経験則で知っている。
互いに頼り合い、支え合う。
ランツェは今の仲間と出会えた自分が幸運だと思った。
逆も然り。
自分たちは幸運な仲間同士だと、
だから自分も火を貰おうと煙草を取り出した、その時……
「……ん? 何か変な音がしないか?」
スパーダが何かに気づいた。
次いで……
「……何あれ!?」
見やったアルコが驚愕する。
ランツェも釣られて見やり、同じように驚く。
廊下を塞ぐように、ジャーマングレーの巨大な球体が近づいてきていた。
他の施設に比べて相応な広さのあるはずの支部ビルの廊下いっぱいの大きさだ。
そんな球体は何かの機械のようだ。
球体の左右が巨大な無限軌道になっているらしい。
もちろん『Kobold』の機械ではない。
3人が知らない代物だ。
それはいったい何だろうと考えて……
「……クーゲルパンツァー! 球体戦車です!」
ランツェは叫ぶ。
火をつけただけの煙草を投げ捨てる。
目の前にあらわれたのは敵だ!
大戦時にナチスドイツが開発したと言われる小型の装甲車両。
すなわち球体戦車。
それを敵は召喚したのだ!
敵の魔術師、安倍明日香は武器や兵器を召喚できる!
「あんなもの!」
アルコが弓に矢をつがえて神速で放つ。
放たれたれぞれの矢の穂先が異能力【火霊武器】で発火する。
アルコが誇る異能の火の雨が、球体戦車の前面をまんべんなく打ち据える。
だが――
「――えっ!? そんなっ!」
矢の雨はジャーマングレーの装甲にはじかれる。
落ちた火矢は大理石の床の上で燃えつきて崩れ落ちる。
肝心の球体は命中個所が僅かに焦げたのみ。
傷すらついていない。
「戦車だっつったろ!」
アルコをたしなめるスパーダも、目を見開いた表情は同じ。
今のはアルコの必殺技だ。
過去の戦闘で何人もの執行人や警官、自衛官どもを消し炭にしてきた。
だがランツェは特に不思議ではないと感じた。
廊下に収まるサイズとはいえ相手は戦車。
弓矢で倒せる相手ではない。
そういう相手は破壊不能な障害物として意図的に避けてきたのだ。今までは。
「糞っ! 逃げるぞ!」
スパーダの叫びを合図に3人は走り出す。
ジャーマングレーの巨大な球体は3人を追ってくる。
場違いなエンジン音と無限軌道の駆動音はするが、敵の声はしない。
意図して話をしないつもりか、あるいは無人なのか?
「何なんだよ! あいつは!? 何処から湧いて出やがった!」
「おそらく奴らが……安倍明日香が召喚したのでしょう!」
「ええっ!?」
「糞ったれ! あんなのチートじゃねぇか!」
3人は再び走りながら叫ぶ。
先ほど少しでも体力を回復できたのが不幸中の幸いだった。
そうランツェは思った。
やはり自分たちはギリギリのところで幸運に守られていると。
それでも背後から球体戦車が付かず離れず追ってくる。
つまりスピードは異能力による身体能力で走る3人とほぼ互角。
追いつかれることもないが、振り切るのは難しい。
さらに小型の球体戦車は廊下にすっぽりはまる大きさ。
さりとて動きを妨げるほど大きくもない。
球体なので曲がり角で引っ掛かることもない。
鋼鉄の壁が迫ってくるのと同じだ。
流石に四角い廊下を通る球体なので、廊下の四隅に隙間はある、
だが、そこをくぐって向こう側に逃れられるとは思わない。
小柄なアルコですら腕を砕かれて一巻の終わりだろう。
万事休すだ。
3人には逃げる事しかできない。
階段かエレベーターまでたどり着けば流石に追っては来れないはずだ。
だが、どちらからも相応に距離がある。
侵入者を逃すまいとした位置取りが裏目に出たか。
それに……
(……私の判断が、奴らに時間を与えてしまった?)
走りながら、ランツァの脳裏に疑惑がよぎる。
逃げた自分たちを、奴らは見失ったと思っていた。
だから地の利があるはずの自分たちは奴らを罠にかけられると。
だが奴らはチートだ。
何らかの手段で自分たちの位置を察知する事ができたのかもしれない。
自分たちを追ってこなかった余裕はそういう意味だったと思えば辻褄も合う。
安倍明日香の手札は強力無比な攻撃魔法だけじゃない。
武器や兵器を召喚する召喚魔法をも使いこなすと情報にはあった。
何という拡張性だろうか。
異能力はひとりひとつが原則で、自分たちのように追加の能力を得てすら2、3種類の異能を使いこなすのがやっとなのに。
まさにチートだ!
自分たちでさえ持ち得ない卑怯な裏技だ!
それでも狭いビルの中で戦車は呼び出せまいと無視していた。
それが、こんな手札に変える事ができるとは!
奴の手札を軽んじず、最初から作戦をたてて挑むべきだったか?
自分たちは以前の襲撃の際、椰子実つばめが数分たらずの攻防の最中に巨大な魔獣を召喚した場面を見たはずなのに!
けど、それなら自分たちはどうすれば良かったのだろう?
もう少し走って他の階に移動して完全に奴らを振り切ってから、恥を忍んで他のチームに救援を要請すべきだったのだろうか?
あるいは志門舞奈と安倍明日香から、逃げるべきではなかったのだろうか?
少しばかり無茶でも、あの場であのまま奴らを押し戻すべきだったか?
……否。それは不可能だった。
自分とスパーダの二人がかりで志門舞奈に歯が立たななかった。
奴がひとりで剣鬼と配下の騎士団をあしらったという戯言も今なら納得できる。
その上で安倍明日香は『砲撃を』してきた。
あれは戦闘なんてレベルを超えていた。戦争だ。
自分の判断は間違ってはいなかった。
そのはずだ。
だって2人とも自分の意見に賛成して逃げたじゃないか!
走りながらランツェが自己問答を繰り返す隙に――
「――うわあっ!?」
アルコの悲鳴。
思わず振り返る。
小柄な騎士は驚愕の表情のまま立ち尽くす。
動けないのだ。
何故なら彼の足は氷の茨に縫い留められていた。
不自然なほど強固に床と脚を縫い留める氷茨の枷は、チップの異能力を併用した身体能力で抵抗しても砕けるどころか微妙だにしない。
「拘束の魔術!?」
ランツェは驚く。
安倍明日香は球体戦車を盾にしながら魔術による攻撃を仕掛けてきたのだ。
戦車に乗っているのか?
あるいは奴の攻撃魔法は遮蔽越しに正確に敵を狙えるのか?
チート過ぎる!
最初から奴に魔術を使う隙を与えるべきじゃなかったのだ!
だが今さら思い直しても手遅れだ。
そうこうするうちにも不気味な球体戦車はゆっくりと迫ってくる。
小型とはいえ戦車の質量で、動けないアルコを押しつぶすつもりだ!
「糞っ! 何か手はねぇのか!?」
スパーダが叫ぶ。
「そうだ! 【火霊武器】で溶かせませんか!?」
「なるほど!」
ランツェは答える。
今度もまた、ギリギリで仲間の期待に応えることができた。
「け、けど、僕の武器は弓で……!」
「弓そのものに炎を宿らせることができるはずです!」
「うん! やってみるよ!」
アルコは集中する。
「できた!」
手にした弓に炎が宿る。
アルコは弓の腕前だけでなく、異能力者としてもちょっとしたものだ。
だからこそ自分たちと同じイレブンナイツでいられた。
そんな彼は炎の弓を足元の氷に押しつける。
ジュッという音と水蒸気と共に氷の茨が徐々に溶け……
「……えっ?」
不意に弓の炎が消えた。
「どうしたアルコ!? しっかりしろよ!」
「違います! 敵の魔法消去です!」
苛立つスパーダより蒼白な顔でランツェは叫ぶ。
異能を消し去る【魔力破壊】は、異能力の中では異彩を放つ特別な力だ。
イレブンナイツの中では別チームの斧使いアッシュの十八番。
だが……魔術師にとっては手札のひとつだ。
しかも奴らに【魔力破壊】は効かないが、奴らの消去に異能力者は抵抗不能。
これがゲームなら運営の逆鱗に触れてアカウント削除は確実だろう。
あるいは仕様だなんて言われたら、ユーザーの非難の嵐にナーフを余儀なくされるレベルの出鱈目だ。
だが、これはゲームじゃなくて現実だ。
だからアルコは再び集中する。
だが炎は弓の周囲にあらわれた途端に消える。
もう、おそらく……何をやっても無駄だ。
そうこうしている間に、クーゲルパンツァーが間近に迫る。
恐怖を煽るように無限軌道が唸り、大理石の床を踏み割りながらアルコに迫る。
いっそ床を破壊したら戦車の歩みを止められないかと思った。
だが、そんな都合のいい手札は自分たちにはない。
何故ならイレブンナイツは敵と戦い倒すための騎士だ。工兵じゃない。
「うわあっ!」
球体戦車はアルコにのしかかる。
アルコはとっさに弓を捨て、強化された身体能力を駆使して受け止める。
だが……長くは持たなそうなのは明白だ。
騎士たちが『ママ』から贈与されたチップの異能力にも限界はある。
人間が相手なら無双できた。
だが人間を越えた相手や、そもそも人間じゃない相手には通用しない。それでも、
「アルコ!」
スパーダが球体戦車に斬りかかる。
重い大剣はジャーマングレーの装甲にはじかれ、いなされる。
球体の装甲は滑って上手に斬れないのだ。
叩きつける西洋剣ならなおの事。
それにクーゲルパンツァーの装甲は通常の戦車ほど厚くはないが、人間が着て動けるような鎧と比べれば不可侵の壁と同じ。
つまり【装甲硬化】と同様だ。
それならばスパーダも同じ異能力で大剣を強化している、
だが【装甲硬化】もあくまで武具を強化する異能力だ。
別の何かに変える力じゃない。
どれほど強化しても、剣の限界は越えられない。
魔法使いの攻撃魔法のように正面から戦車を破壊するよう事はできない。
「卑怯者! 正々堂々と戦え!」
球体戦車の向こう側にいるはずの敵に向かってスパーダは叫ぶ。
だが答えはない。
当然だろうとランツェは思う。
正々堂々の勝負から先に逃げたのはこちらだ。
その上で奴らを分断して各個撃破しようとしていた。
今までだって……同じような奇策で敵を打尽にしたことが何度もある。
その時には、愚か者どもには相応しい末路だと3人でせせら笑った。
「おいランツェ! 見てねぇで手伝え!」
スパーダが叫ぶ。
ランツェは動こうとする。
だが同時に――
「――!!」
背後からも物音。
気づいて見やると、天井からシャッターが下り始めた。
防災用の防火シャッターだ。
ランツェは驚愕する。
シャッターは管理室で管理しているはず。
それが何故、自分たちの退路を阻むように?
誤作動だろうか?
あるいは、まさか、これ以上の敗退は許さないとの……?
どちらにせよ考えている暇はない。
背後でゆっくりとシャッターが下りていく。
完全に閉まりきっていないのが不幸中の……幸いだ。
そうなったら完全にアウトだ。
3人ともが戦車とシャッターに挟まれて退路を奪われ、そして……。
ランツェの口元が暗く歪む。
……アルコは先ほどの志門舞奈との戦闘で、私を撃った。
……しかもムードメーカーを気取って、ろくに頭も使わず我々の側にいた。
「スパーダ。彼を置いて行きましょう」
「そ、そんな!? 待ってよ!」
「何だと!? てめぇ!」
提案に、スパーダは本気の怒りをランツェに向ける。
直情傾向のある彼は、仲間への想いも熱く本気だ。
彼の方が【火霊武器】じゃなかったのが不思議なほどだ。
逆の状況でアルコが同じ事を言っても、同じように自分をかばってくれただろう。
それでも……。
「では他に考えはあるのですか!?」
「それは……」
彼が考える事を自分に委ねてきた事実を知りながらの卑怯な言葉。
スパーダは一瞬だけ口ごもり、
「糞ったれ!」
「えっ!? 待ってよ!? スパーダ! ランツェ――!」
アルコの悲鳴を背に聞きながら、2人は僅かになった隙間に滑りこむ。
シャッターが閉まりきる音を聞きつつ、勢いのまま立ち上がる。
「酷いよ! 裏切者! おまえたちも――」
シャッター越しのくぐもった悲鳴が、不意に途切れる。
同時に何かが潰れる音。
「アルコ!」
「糞っ! 仇はとってやる!」
ランツェは、スパーダは叫ぶ。
それでも尊い犠牲と引き換えに少しばかりの時間を稼げたと思った。
だが……
「……お、おいおい!」
凄まじい破壊音。
シャッターを突き破って球体戦車があらわれた。
自分たちは満身創痍なのに。
大事なものを失ったのに。
奴はシャッターの破片を無理やりに引きずりながら傷ひとつついていない。
先ほどとの唯一の違いは、球体の下側にこびりついた何か。
シャッターの破片じゃない鎧の色をした金属片。
それに混じる、今まで殺してきた執行人や警官や『Kobold』の利害に反した人々のそれみたいな赤色とは違う、汚物のような濁ったヤニ色をした何か。
ランツェはそれを直視できなかった。
今はそれが醜いと思った。
自分は、自分だけはああなりたくないと思った。
その気持ちはスパーダも同じだったのだろう。
「逃げましょう!」
「わかってるよ!」
2人は再び全速力で走りだす。
球体戦車は何事もなかったかのように迫り来る。
「もうすぐ十字路に差し掛かります。そこで二手に別れましょう」
「おいランツェ。……逃げる気じゃねぇだろうな?」
「心外です! 球体戦車はひとり乗り! もうひとりは後ろにいるはずです! 挟撃すれば私と貴方、どちらかが隙をつけると考えたまでですよ!」
「……そっか。スマン」
そんなやり取りをしながら、あるはずの枝道を求めて前方を見やった途端――
「――なっ!?」
後ろから砲声。
真横に閃光。
後方からの砲撃だ。
放電する熱と光の塊は幸いにも2人をそれて壁に当たる。
だが凄まじい爆発音と共に壁が砕かれ、瓦礫が廊下の半分をふさぐ。
走りながらランツェもスパーダも青ざめる。
こんなもの、スパーダの【装甲硬化】でも防ぐ事はできない。
球体戦車に砲塔は無かった。
安倍明日香の仕業だろう。
奴が球体戦車の中か後ろにいて、魔術のプラズマ砲を放っているのだ!
考える間に次弾。
今度は2人の間を通り過ぎ、目前の床を砕く。
粉砕され、まともに歩けない状態になった石床を、2人は跳び越えて走る。
球体戦車は事もなく乗り越えて追いかけてくる。
そうしながら、さらに砲撃。
砲撃のペースが速い。
ランツェの危惧通りに連射ができるようだ。
このままでは手も足も出せずになぶり殺しだ。
だが十字路はまだまだ先だ。もうしばらく一本道が続く。
まさか、誘いこまれた……?
そう思った瞬間、脳裏にビジョンが浮かんだ。
それは『ママ』からの指示とは違う。
まるで高熱にうなされながら見る悪夢のように酷く捻じ曲がったイメージだった。
だが、その、心に闇を抱えた異常者の子供が描きなぐったみたいな歪な人の形をした2つの何かがランツェとスパーダを表している事は何となくわかった。
次の瞬間、人形の片側が千切れて消える。
また次の瞬間、再び2体の人形があらわれる。
今度はもう片方の人形が引き裂かれる。
何度も。
つまり雨あられと降り注ぐプラズマの雨に飲まれてどちらかが死ぬ。
そう言いたいのだろう。
一瞬で胴を消し飛ばされ、焦げた膝下だけが残される恐ろしい末路を迎える。
それは敵が自分たちに向ける無限の殺意のようにも思えた。
まるで逃れられない呪いのように。
どこまで逃げても、おまえたちを殺してやるぞ、と。
だがランツェは気づいた。
何度ビジョンを見ても、両方の人形が一度に引き裂かれる場面は見えない。
それは2人のうち、ひとりは逃げのびることができる事を示している。
そう解釈した。
……だって彼は、いつも偉そうに3人のリーダー気取りだった。
……チームを支えていたのは私なのに。
暗い情動に駆られたランツェの腕が槍を振るう。
「えっ!?」
いきなりスパーダの足が止まった。
彼の足元も氷の茨に覆われている。
だが先ほどのそれより氷の茨は細く、【火霊武器】でなら溶かせそうだ。
今度は……敵の攻撃じゃない。
「ランツェ!? 何を!?」
「こうするしか……こうするしか無かったんです!」
ランツェは走る。
「まさか、アルコも!」
「違います! それは……違います!」
背中を斬撃の如く抉るスパーダの絶叫に答える。
そうしながら前だけを見て走る。
後ろを見ないように。聞かないように。
「ランツェ――――――!」
呪うような叫びを振り切るように走る。
そもそも彼が先走って、あの2人に勝負など挑まなければ良かったのだ。
奴らに自分たちを認識される前に仕掛けられていたなら勝機もあったはずだ。
アルコだって同じだ。
だから奴らの自業自得だ。
自分は悪くない。
そう考えた瞬間、背後の絶叫が途切れた。
プラズマの砲弾がスパーダの上半身を吹き飛ばしたのだ。
次の一瞬、プラズマの砲撃が止まる。
戦果を確認するためだろう。
球体戦車を操る安倍明日香は自分と同じ堅実な考え方をする人間なのだろう。
だから今まで志門舞奈の側で生き残ることができた。
2人のうちどちらかが生き残るというビジョンが示した意味はそれだ。
だから、その隙にランツェは走った。
生き残って、散っていった仲間たちの意思を継ぐのだと自分に言い聞かせて。
曲がり角を曲がる。
十字路や階段はまだまだ先だが、細い通路に気づいた。
改修工事の不手際でできた隙間だろう。
通路の横幅は人ひとりがギリギリ通れる程度。
ランツェは迷わず隙間に滑りこむ。
カニ歩きで奥まで進む。
ここになら球体戦車は入ってこれない。
稲妻の砲弾も、壁に接触させずに奥まで到達するのは困難だろう。
あるいは、そもそも自分がここにいると気づかれないかもしれない。
先に逃げたと思って通り過ぎてくれるかもしれない。
あとは増援を待てば……
……増援?
そんな話は聞いていない。
ランツェたち3人は『ママ』から【機関】の刺客を倒せとしか聞いていない。
イレブンナイツの全員が同じだ。
失敗したらどうする? とも聞いていない。
ただ、おまえたちならできると聞いた。
それ以上の言葉を望んではならないと暗黙の了解ができあがっていた。
そう考えて、ふと気づく。
今までランツェたちはゲームを楽しんでいたつもりでいた。
だが実際は何者かのゲームの駒だったのではないのだろうか?
そう考えると……辻褄が合ってしまう。
ショックを受けた途端につんのめりそうになる。
足元に瓦礫が落ちていたのだ。
何せ工事の不手際でできた空間だ。
通りやすいように整備されているはずもない。
カニ歩きのまま瓦礫をまたぎ越し……その先が行き止まりな事に気づいた。
今から後戻りはできない。
最悪、隙間から出た途端に球体戦車や安倍明日香本人に鉢合わせる。
だから、事が終わるまでここでこうしていようと思った。
奴らに見つからない事を祈るしかない。
スパーダもアルコもいない今、奴らに勝てる見こみはない。
そもそも奴らの目的は『ママ』で、自分たちはその妨害者に過ぎない。
逃げたなら逃げたで放っておく可能性もゼロではない。
あるいは……降伏するのも選択肢のうちだ。『Kobold』は打ち破った敵を血祭りにあげていたけれど、【機関】はそういう組織じゃない。
そもそも、そういう潔癖さが嫌で執行人への誘いを断ったのだ。
3人のブレーンだったランツェは考える。
他に出来る事は何もないから。
そうだ、煙草を吸って落ち着こう。
先ほどは2度も敵の奇襲で吸いそびれてしまっていた。
今ならそんな事もないだろう。
だが懐から取り出した煙草の箱は空だった。
そんな時、今まではアルコやスパーダに貰っていた。
そうやって3人は持ちつ持たれつでやってきた。
けどアルコもスパーダも、もういない。
今朝方は……否、つい数刻前には3人で煙草を吸いながら笑っていたのに。
狭い隙間の中で、無理やりに眼鏡の位置を直す。
自分たちは……自分はどこで間違ったのだろうか?
安倍明日香たちが来ない別の場所を受け持つべきだったのだろうか?
今回だけは任務を放棄すべきだったのだろうか?
あるいは……ここ巣黒での任務を拒否すべきだったのだろうか?
ひとりで考えても答えは出ない。
ただ自分たちは、自分は別に優秀だった訳じゃない事に気づいた。
幸運だっただけなのだ。
そして、その幸運は自分たちの手でつかんだものじゃない。
だから自分たちが知らぬ間に逃げてしまったのだろう。
そう思った途端、無限軌道が大理石の床を踏み砕く音が聞こえてきた。
ランツェは息をひそめて音が通り過ぎるのを待つ。
死と破壊の音は徐々に大きくなり……
……隙間の前でピタリと止まった。逃れられない呪いのように。
ビクリと振り向くと、球体戦車と『目』が合った。
自分はどこで間違ったのだろう?
この隙間に逃げこむべきじゃなかったのだろうか?
それともスパーダやアルコを見捨てず最後まで3人で戦うべきだった?
あるいは……イレブンナイツなんかにならずに執行人になっていれば良かったのだろうか? そうすれば、あの恐ろしい安倍明日香は味方だった。
今さらながら思い出す。
奴らにとって……まっとうな人間にとって喫煙者は敵だ。
煙草は人間と同じ姿をしているが殺しても問題ない絶対悪を見つけ出す手段だ。
だから実力云々の前に、年端もゆかない小学生が自分たちを平気で撃てた。
自分たち『Kobold』が奴らを平気で殺していたのと同じ。
奴らにとっても、自分たちは同じ人間じゃない!
殺していい、殺すべき存在だ!
「ママ! たすけて! ママ!」
恐怖に駆られて絶叫する。
だがランツェが信じていたものもまた、彼を救ってはくれなかった。
だから次の瞬間――
――ゲームみたいに、やり直せたら良かった。
球体戦車の前面に開いた小さな穴がまたたく。
マズルフラッシュの色。
連続する銃声。
それだけでランツェの身体は穴だらけの鉄板混じりミンチになった。
このように呆気なく、幸運な三人組の冒険は幕を閉じた。
そして、しばしの静寂の後……
「……おおい、壊れてるぞ」
「壊れてるんじゃなくて、止まってるのよ」
「何もないところで止まってる事を、壊れてるって言うんじゃないのか?」
隙間の前に、2人の子供がやってきた。
志門舞奈と安倍明日香だ。
2人は立ち尽くす球体戦車を見やり、明日香は後部のハッチを開け、
「ターゲットを3人とも排除したんだと思うわ。セットしておいたルーンもあらかた使って、機銃も撃ってるもの」
「跡形も残さずにか?」
「使った術を見ればわかるわ。【魔術感知・弐式】【氷棺・弐式】……」
「だいたい、こいつを召喚するのも、そのルーンの使い方も初めてなんだろ? バグってない保証はあるのか?」
「……【雷弾・弐式】に、あら【洗脳】も」
「何てもの仕込んでやがる」
「使ったって事は、その必要があったって事よ」
「どんな状況だよそりゃ」
適当な軽口を叩き合いながら……
「居た居た! 隙間の奥! こいつが3人目だ! あー逃げてるうちに隙間に入っちゃったのか。ゲームの敵キャラみたいだな……」
「焦った人間なんてそんなものよ」
「人間じゃなくて脂虫だけどな」
「はいはい」
舞奈が近くの壁に開いた隙間を覗きこみ、
「なんだ、偉いなおまえ。……犬みたいだ」
「偉いと思ったら褒めなさいよ」
細かい擦り傷ができた球体の装甲をペシペシ叩きながら笑う。
明日香は苦笑する。
「にしても、これ、余計に時間がかかったんじゃないか?」
「急がば回れよ。上にも敵はいるんだから挟撃は避けたいし、弾丸やルーンを余計に使わずに済んだでしょ? ついでに、ここに残していけば敵の増援も防げるわ」
「下から誰か来るとしたら、娑さんたちだと思うんだが」
「それなら犬みたいに挨拶する子がいたほうが良いじゃないの」
「残念しょーってか? ……それより急ぐぞ。厄介な状況かもしれん」
「何がよ?」
「来る途中で戦車がシャッターをぶち破った跡があったろ?」
「トラップによる援護に失敗したみたいね」
「さっきはな。けどビルの奴らが管理してるなら、また何かしてくるはずだ。こっちの進路を妨害をされたら面倒だ」
「それもそうね」
そんな会話をしながら2人の少女は走り去った。
……跡には小型の球体戦車と、静寂だけが残された。
スパーダの言葉をきっかけに、3人の騎士は息を切らせて立ち止まる。
振り返って目を凝らし、子供の姿と大理石の床に響く足音がない事を確認する。
そうして、ようやく安堵する。
ここは『Kobold』支部ビルの上層階の一角、長い廊下の途中だ。
追手から逃げてきたにしては少しばかり不用心な場所ではある。
だが異能力を併用して全速力疾走した直後だ。もう走れない。
それに曲がり角で立ち止まると、あらぬ方向から回りこまれそうな気がした。
それほどまでに志門舞奈と安倍明日香は得体の知れない強敵だった。
大剣使いのスパーダ。
槍使いのランツェ。
弓使いのアルコ。
ビル上層部を守っていた3人のイレブンナイツは志門舞奈と安倍明日香に遭遇。
迎撃を試みたが、実力と火力の差を思い知らされただけだった。
そこをランツェの機転によって逃げ出し、九死に一生を得たのだ。
「けどさ、奴らを倒さなきゃいけないんだろう?」
大剣を背負ったスパーダが煙草に火をつけながら言って、
「それがわかっているから僕たちを逃したって事……?」
「たぶんな」
首を傾げる小柄なアルコも煙草を取り出しながら問う。
ついでに火をつけながらスパーダが答える。
冷静な眼鏡のランツェも、槍を手にして警戒しながら考える。
生きのびる事だけを考えるなら、このまま逃げるべきだろう。
階段かエレベーターで他の階に移動してもいい。
あるいは手近な部屋に隠れても良い。
この階の部屋は会議室の名目の空き部屋だ。
だが3人がここにいる理由、すなわち『ママ』からの指示は侵入者の排除だ。
その事は奴らも知っている。
何故なら奴らの目的は『ママ』の排除だ。
そして自分たちは奴らを食い止める守衛だ。
だから自分たちは早急に体勢を立て直し、再び奴らと相対しなければならない。
それでも同じように真正面から立ち向かっても結果は同じだ。
奴らを弱体化させる必要がある。
それには奴らを分断して各個撃破するのが最善手だ。
それを具体的にどうやるか?
イレブンナイツの他のチームに援護を求める……のは可能な限り避けたい。
何故なら自分たちは敵を排除できる強さを見こまれてイレブンナイツになった。
他者に助力を乞うなど自分たちの力量を自ら貶めるも同じだ。
自分たち3人だけで成し遂げなければならない。
呼吸を整えながら沈思黙考するランツェに……
「……これからどうするんだ?」
煙草を吹かしながらスパーダが問いかける。
普通の人間に対しては有毒で有害な悪臭も、脂虫である彼らにとっては芳香だ。
特に戦闘から逃げ出し、心身ともに疲弊した状況では。
「まずは管理室に連絡して奴らの位置を探らせましょう。その上で奴らを分断して叩きます。まずは安倍明日香。あの魔術師から始末するのが最善でしょう」
「いい考えだ。流石だぜ」
ランツェは眼鏡の位置を直しながら答える。
対してスパーダはニヤリと笑う。
「でも、あんな子供2人に大仰すぎないかな?」
「おまえだってガキみたいなもんじゃねーか」
「ちょっ!? そりゃないよ」
「それに奴らの異常な強さはさっき見たろ? あいつらはチートなんだ。俺たちがまともにやり合う必要はねぇ」
「ま、それもそうだね」
茶々を入れてくるアルコをスパーダが諭し、
「けど頭を使うのは俺のガラじゃないからな。頼むぜ、軍師様」
「ふふっ。おまかせください」
ニヤリとランツェに笑いかける。
ランツェも笑みを返す。
大剣使いは目先の目的が決まって少し安心したようだ。
直情傾向のあるスパーダは、いつも冷静沈着なランツェを信頼して頼ってくれる。
何故なら今までだってランツェの策で何度も危機を切り抜けてきた。
ランツェは3人のブレーンだ。
かく言うランツェ自身も、仲間たちと話しながら考えをまとめていた。
その方が、ひとりで考えるより早く案がまとまると経験則で知っている。
互いに頼り合い、支え合う。
ランツェは今の仲間と出会えた自分が幸運だと思った。
逆も然り。
自分たちは幸運な仲間同士だと、
だから自分も火を貰おうと煙草を取り出した、その時……
「……ん? 何か変な音がしないか?」
スパーダが何かに気づいた。
次いで……
「……何あれ!?」
見やったアルコが驚愕する。
ランツェも釣られて見やり、同じように驚く。
廊下を塞ぐように、ジャーマングレーの巨大な球体が近づいてきていた。
他の施設に比べて相応な広さのあるはずの支部ビルの廊下いっぱいの大きさだ。
そんな球体は何かの機械のようだ。
球体の左右が巨大な無限軌道になっているらしい。
もちろん『Kobold』の機械ではない。
3人が知らない代物だ。
それはいったい何だろうと考えて……
「……クーゲルパンツァー! 球体戦車です!」
ランツェは叫ぶ。
火をつけただけの煙草を投げ捨てる。
目の前にあらわれたのは敵だ!
大戦時にナチスドイツが開発したと言われる小型の装甲車両。
すなわち球体戦車。
それを敵は召喚したのだ!
敵の魔術師、安倍明日香は武器や兵器を召喚できる!
「あんなもの!」
アルコが弓に矢をつがえて神速で放つ。
放たれたれぞれの矢の穂先が異能力【火霊武器】で発火する。
アルコが誇る異能の火の雨が、球体戦車の前面をまんべんなく打ち据える。
だが――
「――えっ!? そんなっ!」
矢の雨はジャーマングレーの装甲にはじかれる。
落ちた火矢は大理石の床の上で燃えつきて崩れ落ちる。
肝心の球体は命中個所が僅かに焦げたのみ。
傷すらついていない。
「戦車だっつったろ!」
アルコをたしなめるスパーダも、目を見開いた表情は同じ。
今のはアルコの必殺技だ。
過去の戦闘で何人もの執行人や警官、自衛官どもを消し炭にしてきた。
だがランツェは特に不思議ではないと感じた。
廊下に収まるサイズとはいえ相手は戦車。
弓矢で倒せる相手ではない。
そういう相手は破壊不能な障害物として意図的に避けてきたのだ。今までは。
「糞っ! 逃げるぞ!」
スパーダの叫びを合図に3人は走り出す。
ジャーマングレーの巨大な球体は3人を追ってくる。
場違いなエンジン音と無限軌道の駆動音はするが、敵の声はしない。
意図して話をしないつもりか、あるいは無人なのか?
「何なんだよ! あいつは!? 何処から湧いて出やがった!」
「おそらく奴らが……安倍明日香が召喚したのでしょう!」
「ええっ!?」
「糞ったれ! あんなのチートじゃねぇか!」
3人は再び走りながら叫ぶ。
先ほど少しでも体力を回復できたのが不幸中の幸いだった。
そうランツェは思った。
やはり自分たちはギリギリのところで幸運に守られていると。
それでも背後から球体戦車が付かず離れず追ってくる。
つまりスピードは異能力による身体能力で走る3人とほぼ互角。
追いつかれることもないが、振り切るのは難しい。
さらに小型の球体戦車は廊下にすっぽりはまる大きさ。
さりとて動きを妨げるほど大きくもない。
球体なので曲がり角で引っ掛かることもない。
鋼鉄の壁が迫ってくるのと同じだ。
流石に四角い廊下を通る球体なので、廊下の四隅に隙間はある、
だが、そこをくぐって向こう側に逃れられるとは思わない。
小柄なアルコですら腕を砕かれて一巻の終わりだろう。
万事休すだ。
3人には逃げる事しかできない。
階段かエレベーターまでたどり着けば流石に追っては来れないはずだ。
だが、どちらからも相応に距離がある。
侵入者を逃すまいとした位置取りが裏目に出たか。
それに……
(……私の判断が、奴らに時間を与えてしまった?)
走りながら、ランツァの脳裏に疑惑がよぎる。
逃げた自分たちを、奴らは見失ったと思っていた。
だから地の利があるはずの自分たちは奴らを罠にかけられると。
だが奴らはチートだ。
何らかの手段で自分たちの位置を察知する事ができたのかもしれない。
自分たちを追ってこなかった余裕はそういう意味だったと思えば辻褄も合う。
安倍明日香の手札は強力無比な攻撃魔法だけじゃない。
武器や兵器を召喚する召喚魔法をも使いこなすと情報にはあった。
何という拡張性だろうか。
異能力はひとりひとつが原則で、自分たちのように追加の能力を得てすら2、3種類の異能を使いこなすのがやっとなのに。
まさにチートだ!
自分たちでさえ持ち得ない卑怯な裏技だ!
それでも狭いビルの中で戦車は呼び出せまいと無視していた。
それが、こんな手札に変える事ができるとは!
奴の手札を軽んじず、最初から作戦をたてて挑むべきだったか?
自分たちは以前の襲撃の際、椰子実つばめが数分たらずの攻防の最中に巨大な魔獣を召喚した場面を見たはずなのに!
けど、それなら自分たちはどうすれば良かったのだろう?
もう少し走って他の階に移動して完全に奴らを振り切ってから、恥を忍んで他のチームに救援を要請すべきだったのだろうか?
あるいは志門舞奈と安倍明日香から、逃げるべきではなかったのだろうか?
少しばかり無茶でも、あの場であのまま奴らを押し戻すべきだったか?
……否。それは不可能だった。
自分とスパーダの二人がかりで志門舞奈に歯が立たななかった。
奴がひとりで剣鬼と配下の騎士団をあしらったという戯言も今なら納得できる。
その上で安倍明日香は『砲撃を』してきた。
あれは戦闘なんてレベルを超えていた。戦争だ。
自分の判断は間違ってはいなかった。
そのはずだ。
だって2人とも自分の意見に賛成して逃げたじゃないか!
走りながらランツェが自己問答を繰り返す隙に――
「――うわあっ!?」
アルコの悲鳴。
思わず振り返る。
小柄な騎士は驚愕の表情のまま立ち尽くす。
動けないのだ。
何故なら彼の足は氷の茨に縫い留められていた。
不自然なほど強固に床と脚を縫い留める氷茨の枷は、チップの異能力を併用した身体能力で抵抗しても砕けるどころか微妙だにしない。
「拘束の魔術!?」
ランツェは驚く。
安倍明日香は球体戦車を盾にしながら魔術による攻撃を仕掛けてきたのだ。
戦車に乗っているのか?
あるいは奴の攻撃魔法は遮蔽越しに正確に敵を狙えるのか?
チート過ぎる!
最初から奴に魔術を使う隙を与えるべきじゃなかったのだ!
だが今さら思い直しても手遅れだ。
そうこうするうちにも不気味な球体戦車はゆっくりと迫ってくる。
小型とはいえ戦車の質量で、動けないアルコを押しつぶすつもりだ!
「糞っ! 何か手はねぇのか!?」
スパーダが叫ぶ。
「そうだ! 【火霊武器】で溶かせませんか!?」
「なるほど!」
ランツェは答える。
今度もまた、ギリギリで仲間の期待に応えることができた。
「け、けど、僕の武器は弓で……!」
「弓そのものに炎を宿らせることができるはずです!」
「うん! やってみるよ!」
アルコは集中する。
「できた!」
手にした弓に炎が宿る。
アルコは弓の腕前だけでなく、異能力者としてもちょっとしたものだ。
だからこそ自分たちと同じイレブンナイツでいられた。
そんな彼は炎の弓を足元の氷に押しつける。
ジュッという音と水蒸気と共に氷の茨が徐々に溶け……
「……えっ?」
不意に弓の炎が消えた。
「どうしたアルコ!? しっかりしろよ!」
「違います! 敵の魔法消去です!」
苛立つスパーダより蒼白な顔でランツェは叫ぶ。
異能を消し去る【魔力破壊】は、異能力の中では異彩を放つ特別な力だ。
イレブンナイツの中では別チームの斧使いアッシュの十八番。
だが……魔術師にとっては手札のひとつだ。
しかも奴らに【魔力破壊】は効かないが、奴らの消去に異能力者は抵抗不能。
これがゲームなら運営の逆鱗に触れてアカウント削除は確実だろう。
あるいは仕様だなんて言われたら、ユーザーの非難の嵐にナーフを余儀なくされるレベルの出鱈目だ。
だが、これはゲームじゃなくて現実だ。
だからアルコは再び集中する。
だが炎は弓の周囲にあらわれた途端に消える。
もう、おそらく……何をやっても無駄だ。
そうこうしている間に、クーゲルパンツァーが間近に迫る。
恐怖を煽るように無限軌道が唸り、大理石の床を踏み割りながらアルコに迫る。
いっそ床を破壊したら戦車の歩みを止められないかと思った。
だが、そんな都合のいい手札は自分たちにはない。
何故ならイレブンナイツは敵と戦い倒すための騎士だ。工兵じゃない。
「うわあっ!」
球体戦車はアルコにのしかかる。
アルコはとっさに弓を捨て、強化された身体能力を駆使して受け止める。
だが……長くは持たなそうなのは明白だ。
騎士たちが『ママ』から贈与されたチップの異能力にも限界はある。
人間が相手なら無双できた。
だが人間を越えた相手や、そもそも人間じゃない相手には通用しない。それでも、
「アルコ!」
スパーダが球体戦車に斬りかかる。
重い大剣はジャーマングレーの装甲にはじかれ、いなされる。
球体の装甲は滑って上手に斬れないのだ。
叩きつける西洋剣ならなおの事。
それにクーゲルパンツァーの装甲は通常の戦車ほど厚くはないが、人間が着て動けるような鎧と比べれば不可侵の壁と同じ。
つまり【装甲硬化】と同様だ。
それならばスパーダも同じ異能力で大剣を強化している、
だが【装甲硬化】もあくまで武具を強化する異能力だ。
別の何かに変える力じゃない。
どれほど強化しても、剣の限界は越えられない。
魔法使いの攻撃魔法のように正面から戦車を破壊するよう事はできない。
「卑怯者! 正々堂々と戦え!」
球体戦車の向こう側にいるはずの敵に向かってスパーダは叫ぶ。
だが答えはない。
当然だろうとランツェは思う。
正々堂々の勝負から先に逃げたのはこちらだ。
その上で奴らを分断して各個撃破しようとしていた。
今までだって……同じような奇策で敵を打尽にしたことが何度もある。
その時には、愚か者どもには相応しい末路だと3人でせせら笑った。
「おいランツェ! 見てねぇで手伝え!」
スパーダが叫ぶ。
ランツェは動こうとする。
だが同時に――
「――!!」
背後からも物音。
気づいて見やると、天井からシャッターが下り始めた。
防災用の防火シャッターだ。
ランツェは驚愕する。
シャッターは管理室で管理しているはず。
それが何故、自分たちの退路を阻むように?
誤作動だろうか?
あるいは、まさか、これ以上の敗退は許さないとの……?
どちらにせよ考えている暇はない。
背後でゆっくりとシャッターが下りていく。
完全に閉まりきっていないのが不幸中の……幸いだ。
そうなったら完全にアウトだ。
3人ともが戦車とシャッターに挟まれて退路を奪われ、そして……。
ランツェの口元が暗く歪む。
……アルコは先ほどの志門舞奈との戦闘で、私を撃った。
……しかもムードメーカーを気取って、ろくに頭も使わず我々の側にいた。
「スパーダ。彼を置いて行きましょう」
「そ、そんな!? 待ってよ!」
「何だと!? てめぇ!」
提案に、スパーダは本気の怒りをランツェに向ける。
直情傾向のある彼は、仲間への想いも熱く本気だ。
彼の方が【火霊武器】じゃなかったのが不思議なほどだ。
逆の状況でアルコが同じ事を言っても、同じように自分をかばってくれただろう。
それでも……。
「では他に考えはあるのですか!?」
「それは……」
彼が考える事を自分に委ねてきた事実を知りながらの卑怯な言葉。
スパーダは一瞬だけ口ごもり、
「糞ったれ!」
「えっ!? 待ってよ!? スパーダ! ランツェ――!」
アルコの悲鳴を背に聞きながら、2人は僅かになった隙間に滑りこむ。
シャッターが閉まりきる音を聞きつつ、勢いのまま立ち上がる。
「酷いよ! 裏切者! おまえたちも――」
シャッター越しのくぐもった悲鳴が、不意に途切れる。
同時に何かが潰れる音。
「アルコ!」
「糞っ! 仇はとってやる!」
ランツェは、スパーダは叫ぶ。
それでも尊い犠牲と引き換えに少しばかりの時間を稼げたと思った。
だが……
「……お、おいおい!」
凄まじい破壊音。
シャッターを突き破って球体戦車があらわれた。
自分たちは満身創痍なのに。
大事なものを失ったのに。
奴はシャッターの破片を無理やりに引きずりながら傷ひとつついていない。
先ほどとの唯一の違いは、球体の下側にこびりついた何か。
シャッターの破片じゃない鎧の色をした金属片。
それに混じる、今まで殺してきた執行人や警官や『Kobold』の利害に反した人々のそれみたいな赤色とは違う、汚物のような濁ったヤニ色をした何か。
ランツェはそれを直視できなかった。
今はそれが醜いと思った。
自分は、自分だけはああなりたくないと思った。
その気持ちはスパーダも同じだったのだろう。
「逃げましょう!」
「わかってるよ!」
2人は再び全速力で走りだす。
球体戦車は何事もなかったかのように迫り来る。
「もうすぐ十字路に差し掛かります。そこで二手に別れましょう」
「おいランツェ。……逃げる気じゃねぇだろうな?」
「心外です! 球体戦車はひとり乗り! もうひとりは後ろにいるはずです! 挟撃すれば私と貴方、どちらかが隙をつけると考えたまでですよ!」
「……そっか。スマン」
そんなやり取りをしながら、あるはずの枝道を求めて前方を見やった途端――
「――なっ!?」
後ろから砲声。
真横に閃光。
後方からの砲撃だ。
放電する熱と光の塊は幸いにも2人をそれて壁に当たる。
だが凄まじい爆発音と共に壁が砕かれ、瓦礫が廊下の半分をふさぐ。
走りながらランツェもスパーダも青ざめる。
こんなもの、スパーダの【装甲硬化】でも防ぐ事はできない。
球体戦車に砲塔は無かった。
安倍明日香の仕業だろう。
奴が球体戦車の中か後ろにいて、魔術のプラズマ砲を放っているのだ!
考える間に次弾。
今度は2人の間を通り過ぎ、目前の床を砕く。
粉砕され、まともに歩けない状態になった石床を、2人は跳び越えて走る。
球体戦車は事もなく乗り越えて追いかけてくる。
そうしながら、さらに砲撃。
砲撃のペースが速い。
ランツェの危惧通りに連射ができるようだ。
このままでは手も足も出せずになぶり殺しだ。
だが十字路はまだまだ先だ。もうしばらく一本道が続く。
まさか、誘いこまれた……?
そう思った瞬間、脳裏にビジョンが浮かんだ。
それは『ママ』からの指示とは違う。
まるで高熱にうなされながら見る悪夢のように酷く捻じ曲がったイメージだった。
だが、その、心に闇を抱えた異常者の子供が描きなぐったみたいな歪な人の形をした2つの何かがランツェとスパーダを表している事は何となくわかった。
次の瞬間、人形の片側が千切れて消える。
また次の瞬間、再び2体の人形があらわれる。
今度はもう片方の人形が引き裂かれる。
何度も。
つまり雨あられと降り注ぐプラズマの雨に飲まれてどちらかが死ぬ。
そう言いたいのだろう。
一瞬で胴を消し飛ばされ、焦げた膝下だけが残される恐ろしい末路を迎える。
それは敵が自分たちに向ける無限の殺意のようにも思えた。
まるで逃れられない呪いのように。
どこまで逃げても、おまえたちを殺してやるぞ、と。
だがランツェは気づいた。
何度ビジョンを見ても、両方の人形が一度に引き裂かれる場面は見えない。
それは2人のうち、ひとりは逃げのびることができる事を示している。
そう解釈した。
……だって彼は、いつも偉そうに3人のリーダー気取りだった。
……チームを支えていたのは私なのに。
暗い情動に駆られたランツェの腕が槍を振るう。
「えっ!?」
いきなりスパーダの足が止まった。
彼の足元も氷の茨に覆われている。
だが先ほどのそれより氷の茨は細く、【火霊武器】でなら溶かせそうだ。
今度は……敵の攻撃じゃない。
「ランツェ!? 何を!?」
「こうするしか……こうするしか無かったんです!」
ランツェは走る。
「まさか、アルコも!」
「違います! それは……違います!」
背中を斬撃の如く抉るスパーダの絶叫に答える。
そうしながら前だけを見て走る。
後ろを見ないように。聞かないように。
「ランツェ――――――!」
呪うような叫びを振り切るように走る。
そもそも彼が先走って、あの2人に勝負など挑まなければ良かったのだ。
奴らに自分たちを認識される前に仕掛けられていたなら勝機もあったはずだ。
アルコだって同じだ。
だから奴らの自業自得だ。
自分は悪くない。
そう考えた瞬間、背後の絶叫が途切れた。
プラズマの砲弾がスパーダの上半身を吹き飛ばしたのだ。
次の一瞬、プラズマの砲撃が止まる。
戦果を確認するためだろう。
球体戦車を操る安倍明日香は自分と同じ堅実な考え方をする人間なのだろう。
だから今まで志門舞奈の側で生き残ることができた。
2人のうちどちらかが生き残るというビジョンが示した意味はそれだ。
だから、その隙にランツェは走った。
生き残って、散っていった仲間たちの意思を継ぐのだと自分に言い聞かせて。
曲がり角を曲がる。
十字路や階段はまだまだ先だが、細い通路に気づいた。
改修工事の不手際でできた隙間だろう。
通路の横幅は人ひとりがギリギリ通れる程度。
ランツェは迷わず隙間に滑りこむ。
カニ歩きで奥まで進む。
ここになら球体戦車は入ってこれない。
稲妻の砲弾も、壁に接触させずに奥まで到達するのは困難だろう。
あるいは、そもそも自分がここにいると気づかれないかもしれない。
先に逃げたと思って通り過ぎてくれるかもしれない。
あとは増援を待てば……
……増援?
そんな話は聞いていない。
ランツェたち3人は『ママ』から【機関】の刺客を倒せとしか聞いていない。
イレブンナイツの全員が同じだ。
失敗したらどうする? とも聞いていない。
ただ、おまえたちならできると聞いた。
それ以上の言葉を望んではならないと暗黙の了解ができあがっていた。
そう考えて、ふと気づく。
今までランツェたちはゲームを楽しんでいたつもりでいた。
だが実際は何者かのゲームの駒だったのではないのだろうか?
そう考えると……辻褄が合ってしまう。
ショックを受けた途端につんのめりそうになる。
足元に瓦礫が落ちていたのだ。
何せ工事の不手際でできた空間だ。
通りやすいように整備されているはずもない。
カニ歩きのまま瓦礫をまたぎ越し……その先が行き止まりな事に気づいた。
今から後戻りはできない。
最悪、隙間から出た途端に球体戦車や安倍明日香本人に鉢合わせる。
だから、事が終わるまでここでこうしていようと思った。
奴らに見つからない事を祈るしかない。
スパーダもアルコもいない今、奴らに勝てる見こみはない。
そもそも奴らの目的は『ママ』で、自分たちはその妨害者に過ぎない。
逃げたなら逃げたで放っておく可能性もゼロではない。
あるいは……降伏するのも選択肢のうちだ。『Kobold』は打ち破った敵を血祭りにあげていたけれど、【機関】はそういう組織じゃない。
そもそも、そういう潔癖さが嫌で執行人への誘いを断ったのだ。
3人のブレーンだったランツェは考える。
他に出来る事は何もないから。
そうだ、煙草を吸って落ち着こう。
先ほどは2度も敵の奇襲で吸いそびれてしまっていた。
今ならそんな事もないだろう。
だが懐から取り出した煙草の箱は空だった。
そんな時、今まではアルコやスパーダに貰っていた。
そうやって3人は持ちつ持たれつでやってきた。
けどアルコもスパーダも、もういない。
今朝方は……否、つい数刻前には3人で煙草を吸いながら笑っていたのに。
狭い隙間の中で、無理やりに眼鏡の位置を直す。
自分たちは……自分はどこで間違ったのだろうか?
安倍明日香たちが来ない別の場所を受け持つべきだったのだろうか?
今回だけは任務を放棄すべきだったのだろうか?
あるいは……ここ巣黒での任務を拒否すべきだったのだろうか?
ひとりで考えても答えは出ない。
ただ自分たちは、自分は別に優秀だった訳じゃない事に気づいた。
幸運だっただけなのだ。
そして、その幸運は自分たちの手でつかんだものじゃない。
だから自分たちが知らぬ間に逃げてしまったのだろう。
そう思った途端、無限軌道が大理石の床を踏み砕く音が聞こえてきた。
ランツェは息をひそめて音が通り過ぎるのを待つ。
死と破壊の音は徐々に大きくなり……
……隙間の前でピタリと止まった。逃れられない呪いのように。
ビクリと振り向くと、球体戦車と『目』が合った。
自分はどこで間違ったのだろう?
この隙間に逃げこむべきじゃなかったのだろうか?
それともスパーダやアルコを見捨てず最後まで3人で戦うべきだった?
あるいは……イレブンナイツなんかにならずに執行人になっていれば良かったのだろうか? そうすれば、あの恐ろしい安倍明日香は味方だった。
今さらながら思い出す。
奴らにとって……まっとうな人間にとって喫煙者は敵だ。
煙草は人間と同じ姿をしているが殺しても問題ない絶対悪を見つけ出す手段だ。
だから実力云々の前に、年端もゆかない小学生が自分たちを平気で撃てた。
自分たち『Kobold』が奴らを平気で殺していたのと同じ。
奴らにとっても、自分たちは同じ人間じゃない!
殺していい、殺すべき存在だ!
「ママ! たすけて! ママ!」
恐怖に駆られて絶叫する。
だがランツェが信じていたものもまた、彼を救ってはくれなかった。
だから次の瞬間――
――ゲームみたいに、やり直せたら良かった。
球体戦車の前面に開いた小さな穴がまたたく。
マズルフラッシュの色。
連続する銃声。
それだけでランツェの身体は穴だらけの鉄板混じりミンチになった。
このように呆気なく、幸運な三人組の冒険は幕を閉じた。
そして、しばしの静寂の後……
「……おおい、壊れてるぞ」
「壊れてるんじゃなくて、止まってるのよ」
「何もないところで止まってる事を、壊れてるって言うんじゃないのか?」
隙間の前に、2人の子供がやってきた。
志門舞奈と安倍明日香だ。
2人は立ち尽くす球体戦車を見やり、明日香は後部のハッチを開け、
「ターゲットを3人とも排除したんだと思うわ。セットしておいたルーンもあらかた使って、機銃も撃ってるもの」
「跡形も残さずにか?」
「使った術を見ればわかるわ。【魔術感知・弐式】【氷棺・弐式】……」
「だいたい、こいつを召喚するのも、そのルーンの使い方も初めてなんだろ? バグってない保証はあるのか?」
「……【雷弾・弐式】に、あら【洗脳】も」
「何てもの仕込んでやがる」
「使ったって事は、その必要があったって事よ」
「どんな状況だよそりゃ」
適当な軽口を叩き合いながら……
「居た居た! 隙間の奥! こいつが3人目だ! あー逃げてるうちに隙間に入っちゃったのか。ゲームの敵キャラみたいだな……」
「焦った人間なんてそんなものよ」
「人間じゃなくて脂虫だけどな」
「はいはい」
舞奈が近くの壁に開いた隙間を覗きこみ、
「なんだ、偉いなおまえ。……犬みたいだ」
「偉いと思ったら褒めなさいよ」
細かい擦り傷ができた球体の装甲をペシペシ叩きながら笑う。
明日香は苦笑する。
「にしても、これ、余計に時間がかかったんじゃないか?」
「急がば回れよ。上にも敵はいるんだから挟撃は避けたいし、弾丸やルーンを余計に使わずに済んだでしょ? ついでに、ここに残していけば敵の増援も防げるわ」
「下から誰か来るとしたら、娑さんたちだと思うんだが」
「それなら犬みたいに挨拶する子がいたほうが良いじゃないの」
「残念しょーってか? ……それより急ぐぞ。厄介な状況かもしれん」
「何がよ?」
「来る途中で戦車がシャッターをぶち破った跡があったろ?」
「トラップによる援護に失敗したみたいね」
「さっきはな。けどビルの奴らが管理してるなら、また何かしてくるはずだ。こっちの進路を妨害をされたら面倒だ」
「それもそうね」
そんな会話をしながら2人の少女は走り去った。
……跡には小型の球体戦車と、静寂だけが残された。
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・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。
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