銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第20章 恐怖する騎士団

戦闘2 ~イレブンナイツvs銃技&戦闘魔術

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 駅前の大通りの一角に位置する女性支援団体『Kobold』巣黒支部ビル。
 その1階エントランスで早朝から巻き起こった乱闘騒ぎ。
 死傷者すら出た混乱に乗じ、舞奈たち、楓たち、小夜子たちは上層階に侵入した。
 何故なら6人は『Kobold』支部を攻略し、一連の誘拐/襲撃/バス暴走事件のキーパーソンでもある『ママ』を排除するためにここに来た。

 そんな【機関】の攻撃部隊を待ち受けるのは脂虫の騎士たち。
 そのリーダー格でもあるイレブンナイツだ。
 前回の襲撃でメンバーがひとり欠けた10人の選抜騎士たちもまた『ママ』の命によりチームに別れ、侵入者を待ち構える。

 それはエントランスで舞奈たちの侵入を確認したランツェたち3人も同様だ。

「――管理室から連絡です。ターゲットは少数のチームに別れて上層階へ移動中」
 ランツェは通信機ごしに受け取ったばかりの情報を伝える。
 そうしながら左手で眼鏡の位置を直す。
 甲冑を着こんだ彼の右手は長くて重い金属製の槍を保持している。

「一般の騎士たちは何をやってるんだよ?」
「彼女らに倒されているようですね」
「ったく、情けねーな」
 同じ甲冑を着こんだスパーダが苦笑しながら答える。
 そうしながらクセ毛を揺らせ、手にした煙草を美味そうに吹かす。
 普通の人間にとっては糞尿に似た悪臭も、脂虫と化した彼らにとっては芳香だ。

「こっちにも来るかな?」
「そりゃそーだろう」
「ええ。ここへも1チーム来るようです」
「やった! 楽しめる相手なら良いんだけど」
 2人よりひと回り小さな鎧を着こんだアルコも続く。
 そうしながら同じように煙草を吹かす。
 3人が吸っている煙草の銘柄は同じだ。
 イレブンナイツになる前から……異能力に目覚める前からそうだった。

 彼ら3人は今しがた【機関】からの客人を見てきたばかりだ。
 女子供ばかりの刺客をその場で襲って殺さなかったのは、そうしろと『ママ』からの指示がなかったからだ。
 下の階で壊滅寸前の騎士たちの援護に向かわないのも同じ理由。
 あくまで彼らの仕事は拠点防衛。
 侵入者を『ママ』に近づかせない事だ。
 それ以外は必要ない。

 大剣使いのスパーダ。
 槍使いのランツェ。
 弓使いのアルコ。
 エントランスから移動した3人は、上層階の廊下で侵入者を待ち構えていた。

 実は【機関】の襲撃は最初から預言されていた。
 対してイレブンナイツは各チーム毎に敵を迎え撃つ手はずになっていた。
 ランツェたちが比較的のんびりしているのも、そのためだ。
 今のところ『ママ』の預言通りに事が運んでいる。

 そんなランツェたち3人の中で、彼はブレーンを兼ねた調整役だ。
 何故なら熱血漢のスパーダには直情傾向がある。
 ムードメーカーのアルコは何も考えていない。
 眼鏡をかけた容姿通りに几帳面なランツェ以外には無理な役割だ。

「楽しむったって、女子供が俺たちの相手になるのか? 小学生とかいたぞ」
「でもダース単位で詰めてるはずの騎士たちを倒してるんだよね?」
「そりゃまあ、そうだけどさ」
 ツッコむスパーダがアルコにやりこめられる。
 そんな様子を見やってランツェは笑う。
 彼もスパーダに煙草をもらって火をつける。

 3人は高校以来の友人だった。

 無鉄砲なスパーダ。
 冷静沈着なランツェ。
 お調子者のアルコ。

 3人が異能力に目覚めたのは、日常に飽き飽きしていた高校生の頃だった。
 本物の奇跡はファンタジーRPGの魔法やスキルより刺激的だった。

 そんな3人は異能力者を束ねる組織だという【機関】から勧誘された。
 だが執行人エージェントにはならなかった。
 無辜の人々を守るために影ながら戦うという【機関】の方針が、3人にとって堅苦しいものに感じたからだ。
 だから先方の申し出を突っぱねた。
 なおも食い下がった執行人エージェントを返り討ちにした。
 奴らは社会の裏側で戦っていると言った。
 ならば殺しても表の世界での法で裁くことはできないとランツェが判断した。

 そんな思惑通り、3人に殺人の嫌疑がかかることはなかった。
 というより事件そのものがなかった事になった。
 代わりに別の組織から勧誘を受けた。
 それが『Kobold』だった。
 その組織は3人にルールではなく、働きに見合う見返りを約束した。

 彼ら『Kobold』の望みは人々を守るなんて安易な代物じゃない。
 自分たちの目的に反する者たちを影ながら痛めつける事。
 あるいは消す事。

 しかも『Kobold』は3人にゲームみたいなロマン溢れる武器をくれた。
 ゲームで鍛えた戦闘センスを評価し、新たな力をくれた。
 異能力とイカした剣や槍を使って戦うための、敵もくれた。

 そして戦う目的をくれた。
 敬愛すべき絶対の女王『ママ』だ。

 スパーダは『ママ』に言われるがまま剣を振るった。
 彼の側でランツェも槍を振るった。
 アルコは弓で2人をサポートした。
 互いをコードネームで呼び合うようになったのも、この頃だ。

 3人の主な敵は【機関】の執行人エージェントだった。
 時には警官とも戦った。
 自衛隊や、沖縄の米軍と戦った事もあった。
 連戦連勝だった。
 ゲームみたいに楽しかった。
 自分たちの人生はラッキーの連続だと思った。
 もちろん3人の華々しい戦果は『Kobold』に大いに評価された。

 ついには騎士たちのリーダー格であるイレブンナイツになった。
 リーダーと言っても部下をつけられた訳じゃない。
 今までとやることは同じ、でも待遇と周りからの評価だけが変わった。

 そして今回の件で『ママ』と共に巣黒支部に派遣された。
 強敵が存在するというこの地で『ママ』には重要な仕事があるらしい。
 それは組織の利害だけでなく『ママ』個人の目的にも深く関わる事らしい。

 ランツェたちにとっては相手が誰であろうと同じだ。
 自分たち3人は幸運で、故に無敵だ。
 そう思っていた。
 今、この時までは――

「――おっ来やがった!」
 スパーダの声で我に返った。

 敵だ。

 ランツェは火をつけただけの煙草を名残惜しそうに床に落として踏み消す。
 長い廊下の、大理石の床を走り来る足音に目を向ける。
 相手は2人。

「――おっ居た居た! 糞みてぇな臭いがすると思ったら案の定だ!」
「おそらくティムと奈良坂さんが遭遇した3人だと思うわ」
 敵もこちらに気づいている。
 まあ当然だ。
 ランツェたち3人は長い廊下のど真ん中に陣取って通せんぼしているのだ。

 そんな騎士を突破しようと走ってくる2人を見やり、

「志門舞奈と安倍明日香です。気をつけて!」
 ランツェは警告する。

 小さなツインテールをなびかせたジャケットの少女、志門舞奈。
 姫カットの長い黒髪が印象的なワンピースの少女、安倍明日香。
 事前に調べた限りでは、2人ともが本当に小学生の女子らしい。
 見た目を偽っているとかじゃない。

 ランツェは口元を少し歪める。
 足元の煙草を踏み消す前に、一服でも吸っておけば良かったと思った。
 何故なら彼は敵の面子について少しは情報を集めていた。
 ゲームでも、実戦でも、攻略法を見つけるのはランツェの役目だったからだ。

 そんな彼の調べでは、敵は幼い容姿に似合わぬ数々の偉業を成し遂げたらしい。
 過去に2人で、あるいは他のチームと連携して数多の怪異を滅ぼした。
 その中には海外のヴィランや、魔獣と呼ばれる巨大な怪異も含まれている。
 怪人と呼ばれる、【機関】の意にそぐわない異能力者を何人も倒した。
 その結果が【機関】の格付けの中で最高のAランクを越えたSランク。
 これだけの情報だけで、今までに狩ってきたようなザコとは桁が違うとわかる。

 つまり自分たちと同じだ。

 そして何より『ママ』が不自然なほど警戒している。

 厄介な相手だ。
 そうランツェは思った。
 だが他の2人はそうは思わなかったようだ。

「銃使いの志門舞奈と、魔法使いの安倍明日香だっけ?」
「そうです」
 弓を構えるアルコの気楽な確認の言葉にランツェが答えると同時に、

「両方ともガキじゃねぇか! 今度こそ遅れはとらないぜ!」
 スパーダが大剣を振りかざして走る。
 単に相手が自分たちより小さく、頭数もひとり少ないからという理由もある。

 だが、それ以上に前回の襲撃の際の不手際を取り返したいのだ。
 以前に襲撃したターゲットも子供だった。
 だが前回のターゲット、椰子実つばめには逃げられてしまった。
 魔法使いが展開した氷の盾に攻めあぐねている間に、魔獣を召喚されたのだ。
 その時のリターンマッチのつもりなのだろう。

 相手が何かする前に、圧倒的なスピードで斬り伏せる。
 そうスパーダは考えているはずだ。
 ランツェにはわかる。
 彼の太刀筋に迷いなどない事も。
 その判断は、ランツェがとっさに導き出した最適解と同じだ。
 対して志門舞奈も、

「気をつけられてるぜ! おまえも気をつけろよ!」
「はいはい。そっちもね」
 連れと軽口を叩き合いながら拳銃ジェリコ941を構える。
 情報通りだ。

 敵が2人して足を止めたのは、刀剣の間合いから相応に余裕のある距離。
 だが45口径の拳銃の有効射程範囲内。
 こちらも定石通り。

 背負った長物(AKシリーズだろうか?)は使わないらしい。
 身長に合わせて銃身を切り詰めているようなので、屋内でも撃てるはずだが。
 小癪にも手札を温存しているつもりか?
 なら、その得物を二度と使わせないだけだ。
 何故なら、ここで我々が貴様らを殺す。
 そう考えながらランツェは笑う。

 ランツェは自分たちの強みがゲーム感覚な事だと理解していた。
 その不思議な無関心さは、イレイブンナイツになってからより強まっていた。
 相手は人を殺す事を無意識に躊躇っているのに、自分たちに躊躇はない。
 だから相手が警官でも容易に殺せた。
 自衛官でも米兵でも同じだった。
 子供だって同じだ。

 その上でゲーム的な感覚で、自分たちの戦闘がゲームじゃない事を知っている。
 現実の戦闘にHPはない。
 致命的な一撃をくらえば死ぬ。
 そして大剣の重さを異能力のスピードで叩きつけるスパーダの一撃は致命的だ。

 だからスパーダの目標は銃の間合いの内側。
 脳内のチップによって賦活された【狼牙気功ビーストブレード】によって加速する。

 志門舞奈が撃つ。
 外しようもない距離で、普通なら3人のうち誰かが死ぬ類のものを躊躇なく。
 そんな彼女の童顔に目だった表情はない。
 対してスパーダは笑っているとランツェにはわかる。

 そう。【狼牙気功ビーストブレード】――矢の如く加速は付与された異能力に過ぎない。
 スパーダの本来の異能力は――

「――効かない? 本来の能力は【装甲硬化ナイトガード】って訳か」
 スパーダは鎧で銃弾を防ぎながら接敵する。
 そんな様子に志門舞奈は苦笑する。
 警官や米兵みたいに驚かないのは奴が【機関】の関係者だからか。
 異能力の存在を知っているのだ。

 そう。スパーダの生来の能力は、武具を無敵かつ不可侵の何かに変える異能。
 その事実に気づいたところで、対処できなければ意味はない。

 無敵の装甲と圧倒的なスピードで有無を言わさずリーチの中に入りこむ。
 銃を持った敵に対して盤石な戦術だ。
 椰子実つばめには防がれた第一段階に、今度は彼は成功した。
 あとは間合いの内側に入りこんで得物の優位を奪った銃使いを斬り伏せるだけだ。

 スパーダは素早いだけじゃない。
 流石に剣鬼やコルテロほでではないにしても、相応の実力者。
 騎士としての経験こそ浅いものの、ゲームで鍛えた戦闘センスは相応だ。
 彼だけでなくランツェもアルコも。
 そうでなければイレブンナイツになれなかった。

「これで手も足も出ねぇな! 志門舞奈!」
 少女のツインテールの頭上から、袈裟斬りにスパーダの大剣が迫る。
 まともに避けられる速度じゃない。
 だが――

「――スパーダ!」
「――避けた!?! だと!?」
 ランツェが叫ぶと同時に、スパーダが振り下ろした大剣は宙を切る。
 神速の彼の剣を、敵は更に素早く避けたのだ。

 その結果を、一瞬だけ早くランツェは予知できた。
 それも脳内に埋めこまれたチップによって『ママ』から授かった力だ。
 それをランツェが最も上手に使いこなせる。
 その能力を使って今しがたの攻撃は何故か避けられると予知した。
 だが、その冗談みたいな天啓を信じる事も、警告する事もできなかった。

「そのおっきい剣も、別に拳銃より小回りが効いたりしないんじゃないのか?」
 だが本人にとっては特に驚くような事でもないらしい。
 志門舞奈は苦笑する。
 そうしながら避けた体勢のままひじを引き、スパーダに器用に銃口を向ける。

「このガキ!」
 至近距離から向けられた銃口にスパーダは怯む。
 ランツェが『視た』のと同じ未来を察知したのだろう。
 奴の銃口は正確無比にスパーダの鎧の隙間に向けられていた。

 偶然か?
 あるいは奴の技量がそれほど優れている?

 ランツェは困惑する。

 小学生が、剣鬼のような修練を重ねる時間などないはず。
 まさか、自分たち3人を超える戦闘センスの持ち主だとでも!?

 さらにスパーダが驚く隙に、志門舞奈は左手でジャケットの裏から何かを抜く。
 幅広のナイフだ。

「あっ!? ずりいっ!」
「何がだよ! あんただって予備のナイフくらい持てるだろう?」
 志門舞奈は素早く踏みこみながら斬りかかる。
 スパーダは跳び退いて避ける。

 ナイフなら【装甲硬化ナイトガード】で防げるはずだが、こちらも予感に駆られたらしい。
 その予感は正しいとランツェも『視た』。
 奴のナイフは正確無比に鎧の隙間を狙っていた。

「銃使いなんじゃないのか!? なんでナイフなんか持ってるんだよ!」
「てめぇはズボン穿いたらパンツ穿かねぇのか? アホも休み休み言え!」
 対格差を活かしたつもりか、騎士の足回りめがけて執拗に斬りかかる。
 対してスパーダは大剣を器用に操りブロックするだけで手いっぱいだ。

 巨大な剣とナイフの重量の差。
 しかも先ほどのような正確無比な反撃を恐れて迂闊に仕掛けられない。
 動きの差が、ナイフに対する大剣のリーチの強みを上回っている。
 無敵の鎧による優位すら消し去っている。
 まるでスパーダが銃に対して剣でそうしようとしたように。

 何より志門舞奈は単純に速い。
 動作が速いだけでなく、動き始めから速くて躊躇がない。
 まるで奴も未来を読めるかのように。

 否。たとえ未来が見えたとしても、あんなに素早く的確に動けないはずだ。

 ……普通の人間ならば。

 今回の敵は今までとは桁が違う。
 強敵だ。
 そうランツェは再確認した。
 奴らの見た目じゃない。
 調べて得ていた出鱈目な情報のほうが正しかった。

「糞! おまえ! ひょっとして魔法使いなんじゃないのか?」
「違うよ」
「いや違わねぇ! 【機関】のSランクって言う!」
「他の奴と勘違いしてないか? うちの支部に2人いるぞSランク」
 焦るスパーダに余裕な口調で答えつつ、敵はスパーダに合わせて間合いを詰める。
 大剣の間合いよりなお内側、ナイフの距離をキープする。

 銃を使う人間の動きじゃない。
 何者なのだ? 奴は。

 同じイレブンナイツの少年騎士ディーのようなヒットアンドアウェイとも違う。
 相手と自分の身体能力を完璧に把握した上での最善手だ。
 その動きはまるで……

「じゃあ何なんだよ!? てめぇは! 隙もねぇ! 銃士の矜持もねぇ!」
「キョウジなんてヤツ知らねぇよ。てめぇの彼氏か? 気持ち悪ぃ」
「んだとっ!?」
 焦ったうえに怒り狂ったスパーダをあしらいながら……

「……矜持ってプライドの事よ」
「それが何だよ?」
「貴女が銃とナイフと両方持ってるのが気に入らないんだと思うわ」
「だから! それズボンとパンツを一緒に穿くのと一緒じゃないのか? どいつもこいつも裸族かよ……!」
 背後の安倍明日香と軽口を叩いた挙句、訳のわからないキレ方をする。
 安倍明日香は、頭の悪い(年齢相応?)志門舞奈のフォロー役でもあるようだ。
 少し親近感を抱かなかったと言えば嘘になる。

 そんな魔法使い安倍明日香の目だった動きはアルコが抑えている。
 得意の素早い弓さばきで、敵が詠唱するのを防いでいるのだ。
 アルコは自分たちを挟んで安倍明日香の反対側にいるが、彼の弓の技量なら仲間の頭越しに矢の雨を射かける程度は容易い。

 だから安倍明日香は宙を舞う氷盾を展開して矢を防ぐ以外の事をしていない。
 何処からともなく取り出した小型拳銃モーゼル HScを手にしてはいるが、志門舞奈への誤射を恐れてか撃とうとする様子はない。
 だから問題は志門舞奈ただひとり。

「……この前のガキと動きが違いすぎるんだよ! 対策が水の泡だ!」
「知らねぇよ! 何であたしらがあんたの都合に合わせて動き方を変えなくちゃいけないんだ? だいたい、つばめちゃんって体裁きは素人だぞ? 何に対策するんだ?」
 スパーダが圧されている、というより完全に相手のペースなのを見やり、

「ここは2人がかりで!」
「しゃあねぇ! 頼む!」
「そっちの兄ちゃんもやる気になったか? ちょっと遅いが良い判断だ」
 ランツェも槍を構えて志門舞奈と対峙する。
 ブレーンを気取ってる場合じゃない。
 このまま手をこまねていていれば彼は敗れる。

 親友の加勢に勢いづいたスパーダが斬る。
 志門舞奈が避けたところをランツェが突く。
 彼もチップによる【狼牙気功ビーストブレード】に加えて槍の習練も積んでいる。

 剣と槍。
 異なるリーチで波状攻撃を仕掛ければ、さしものの志門舞奈も避けきれないはず。
 そして奴は鎧を着ていない。
 鋭い剣が、槍が、かすっただけで致命傷だ。
 そうランツェは判断した。だが――

「槍に関しちゃ剣鬼の奴より上だぜ! やるな兄ちゃん!」
「何を……!」
 敵は2つの刃をからかうように避けつつ銃口をランツェに向ける。

「くっ!?」
「おっと予知もか? そりゃ立派だ!」
 予知された確実な死から逃げるようにランツェは避ける。

 フォローするように振るわれたスパーダの剣を、奴も避ける。
 重く鋭い刃がツインテールの端をかすめる。
 だが奴の口元は笑みのまま。
 まるで死ぬことなど恐れていないように。
 あるいは斬撃が当たらないと知っているように。

 ランツェは早くも焦燥する。
 2人がかりでまるで手が出ない。
 予知と高速化……『ママ』から異能力を授かった騎士が2人で!

 まるで奴は、こちらの動きを察知しているかのようだ。

 調べた限り、志門舞奈にそんな異能力はないはず。
 だが、どんな報告も資料も、奴の人並外れた何かについてほのめかしていた。
 奴はあらゆる武術を極めた達人と同格だと。

 その情報のすべてが本当だとしたら……。

「何なんだよ! こいつ! 本当に生身か!?」
「そうだよ! 悪いかよ?」
「もうひとりの魔法使いが作った幻影なんじゃないのか?」
「明日香の幻影なんかと一緒にされてたまるか!」
 叫ぶスパーダの言葉に悪態を返す。
 そうしながら、斬撃と突きを幽霊のように回避、あるいは無効化する。

 2人がかりで……鎧の隙間を狙う隙を与えないだけで手いっぱいだ。

 だが、そうしながらランツェは気づいた。
 この膠着状況は、逆に敵にもそれ以上の手はないという事実の裏づけでは?

 スパーダなりランツェなりの動きを読めるなら、とどめを刺すのも容易なはず。
 だが奴はそれをしていない。
 現に先ほどもランツェを撃たなかった。

 何らかの手段で、撃っても避けられるのはわかるのだろう。
 だが、その情報を克服できるような手札はない。
 奴も今の動きを維持するだけで精いっぱいなのかもしれない。

 そう仮定すればランツェたちにも勝機はある。
 だから志門舞奈が地を這うようにスパーダの剣を避け、ランツェたちとアルコのいる位置の中ほどに転がり出たタイミングで――

「――アルコ!」
「ああっ!」
 呼びかけに応じ、安倍明日香を相手取っていたアルコが動く。
 相手の隙をつく一瞬のタイムラグ。
 直後に素早い、そして狙いすました矢をピンク色のジャケットの背中めがけて放つ。

 如何な志門舞奈でも背後からの不意打ちの射撃は避けられない。
 奴が人間ならば。
 そして防ぐ手段もない。
 だが――

「おおっと!」
 志門舞奈は見えていたかのように床を転がって避ける。
 背後から飛来した矢は床に当たって跳ね返る。
 しかもランツェすら予想もしなかったギリギリのタイミングで!

「うわっ!?」
「わっ!? ごめん!」
 勢いが死んでいない跳弾がランツェの膝に迫って、あわてて避ける。

 その隙に志門舞奈は跳ねるような一挙動で立ち上がる。
 そのままの勢いでランツェとスパーダの間を突破。
 2人を挟んでアルコの反対側、あるいは2人と安倍明日香の中ほどに移動した。
 つまり最初と同じ。
 自分たちと志門舞奈が、後衛のアルコと安倍明日香をかばうような立ち位置だ。

 志門舞奈は、自分たち2人を安倍明日香と挟撃するチャンスを手放した。
 おそらく自身が挟撃される危険を避けるためだ。

 この状態でアルコは志門舞奈を撃てない。
 撃てば先ほどのように同士討ちになる。
 そう敵は考えているはずだ。
 油断しているはずだ。だから……

「……今度は外さない!」
 アルコは次弾を放つ。
 次は矢継ぎ早に何発も。

 同時に避けた2人の騎士の間を通って、数多の矢が志門舞奈めがけて降り注ぐ。
 その程度の芸当は、3人の腕前とチームワークをもってすれば容易い。

 だが志門舞奈めがけて降りそそぐ矢の雨は、今度は避けるまでもなくはじかれた。
 氷の盾が、志門舞奈を守るように飛来したのだ。
 先ほどまで安倍明日香の周囲を旋回した4つのうちひとつだ。
 椰子実つばめが使っていたのと同じものだろう。
 もうひとりの敵、安倍明日香は魔法使いだ。

 だが氷盾の数は4つ。椰子実つばめのそれより少ない。
 つまり前回のように力技で3人をしのげるほど術に熟達していないはずだ。
 そうランツェは判断した。

「こっちに手を出すほど暇なのか?」
「他に相手いないでしょ? その子はわたしが相手してたんだから」
 軽口を叩きながら、安倍明日香のかざした手から爆光がのびる。
 放電するプラズマの砲撃だ。

 迂闊だった。
 アルコが牽制する弓の手を止めたから、奴は施術に集中できる。
 しかも奴は詠唱もなく、一瞬で攻撃魔法エヴォケーションを放てるらしい。

 だが爆音と烈光と共に放たれた砲弾はアルコの頭上をそれ、天井をえぐる。
 凄まじい威力。
 だが威力が高すぎて屋内では使いづらい?
 魔法使いの中でも、魔術師ウィザードの魔術はそういうものだと聞いたことがある。

 それでも当たれば瞬時に消し炭なのは疑いようもない。
 先程の流れ弾の一撃で天井に黒く焦げたクレーターができあがっている。
 当たったら最後。
 スパーダの【装甲硬化ナイトガード】ですら防げない……というより紙切れ同然だろう。

 だが何より恐ろしいのは、そんな代物を連射される事。

 幸いな事に、そうなる未来は『観えない』。
 今までと同じように、自分たちは幸運に守られているのだろう。

 それでも条件は整っている。
 志門舞奈が安倍明日香を守りながら今の稲妻を連射されたら、防ぎようがない。
 志門舞奈は斬撃も突きも、矢すら避ける最強の回避盾だ。
 その実力は疑いようもない。
 まるでZOCだ。
 その後ろから安倍明日香が機関砲のように稲妻を放ってきたらどうする?

 予知で危険は察知できない。
 だが状況は最悪。
 相反する2つの情報を一瞬だけ天秤に乗せ、ランツェは自分の判断を信じた。

 先に魔法使いを片づけるべきだ。
 2人を分断し、安倍明日香を3人で奇襲するのが最も安全かつ確実。
 そうすれば志門舞奈は強敵ではあるが対処不可能な相手ではない。
 そのはずだ。
 そうランツェは結論づけた。だから……

「……ここは一旦、退きましょう!」
「ちいっ! 仕方ねぇ!」
「わかったよ!」
 叫びに素早く答えが返る。
 2人とも、この場の不利は察していたのだろう。

 目前の2人は今までの敵とは違う。
 普通のやり方では倒せない。

 だが、勝てる方法は必ずある。
 ゲームと同じだ。

「そりゃ構わんが、逃げていいのか?」
 志門舞奈は身構えて、

「っていうか、逃げられるって本気で思ってるのか?」
「どうだと思う?」
 志門舞奈の挑発に、スパーダは不敵に笑ってみせる。
 その仕草に2人の子供は一瞬だけ『スパーダを』警戒する。
 チャンスだ。

 ランツェは背後のアルコに無言で合図を送る。
 アルコは再び矢を放つ。
 ただし普通の矢ではない。
 彼の生来の異能力【火霊武器ファイヤーサムライ】がこめられた炎の矢だ。

 それをランツェは槍ではたき落とす。
 こちらも、ただの一撃ではない。
 自身の渾身の【氷霊武器アイスサムライ】をこめた冷気の一撃。

 そのように群れ成す炎と激しい冷気が無理やりにぶつかって――

「――閃光手榴弾フラッシュバンだとっ!?」
 周囲が爆ぜるような水蒸気に包まれる。
 さしものの志門舞奈も、とっさには動けない様子だ。
 なにせ目前のスパーダに注視していたところに不意打ちを喰らったのだ!

「スパーダ! アルコ! 今のうちに!」
「おうっ!」
「うんっ!」
 合図に合わせて3人は走る。
 足音を確認する間もなく方向は同じ。

「野郎っ! 剣士の矜持はどうしたよ!」
「待って。深追いする必要はないわ」
「わかってるよ。……ったく」
 水蒸気の煙幕と自分たちの背中ごしに遠ざかる志門舞奈の罵声。
 安倍明日香の冷静な指摘。

 ひとまず足音が追ってこない事に安堵しながら、3人は命からがら逃げのびた。
 今回もまたランツェの機転と、そして幸運に救われて。
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 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

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