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第20章 恐怖する騎士団

依頼 ~Kobold巣黒支部ビル攻略

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 騎士たちの襲撃により奇しくも【機関】関係者を巡る状況が好転した日の翌日。
 あるいは『Kobold』が【機関】の襲撃に備える意向を固めた日の翌日。
 当然ながら、音々は明日香の装甲リムジンで普通に登校していた。

「いつもありがとうございます」
「いえいえ。音々様たちも御勉学に励んでくださいませ」
「ネネ。勉強ガンバッテ」
「はいっ!」
 リムジンから降りた音々は、大人たちに会釈して校舎に向かう。

「今日は風が気持ちいいね」
「天気が良いと心も晴れ晴れしますね」
「ですよね。今日は体育があるんですよ」
「まあそれは。音々さんは運動が得意なんですか?」
「いえ、あまり……」
「わたしもですよ。ゆっくり空を飛ぶのが精一杯です」
「えっ?」
「姉さん……」
 一緒に降りた紅葉や楓と歓談しながら歩く。
 以前は高嶺の花だった2人と、普通に世間話ができるようになったのが嬉しい。
 2人ともユーモアがあって優しくて、噂通りの素敵な姉妹だ。

 だが何より音々は、2人の晴れ晴れした様子に安堵していた。
 ここ数日は自分が襲われていないからだ。
 何故なら楓はとても心優しく責任感も強い。
 なので音々が何度も危険な目に遭っているのに、自分が駆けつけられなかったからといって落ちこんでいたのだ。

 ……と音々は思っている。

 音々は楓のご機嫌の本当の理由を知らない。
 それが先日の襲撃で捕らえた騎士からの情報のせいだなんて事は。
 それにより近々『Kobold』巣黒支部を強襲するからだなんて事は。
 近いうちに浴びるほど脂虫を殺して楽しめそうだからなんて事は。

 それでも人として最低限の良識と上面は持ち合わせた楓と、妹の紅葉と、常識的でありたいと内心から思っている音々は普通に世間話をしながら歩く。

「音々さん、皆さんも。おはようございます」
「あっ。モールさん、おはようございます」
 校舎の近くで巨大な女警備員に会ったのでお辞儀をする。

 裏門の方を見回りに来たモールさんだ。
 ここのところ警備員は3人体制で、ひとりは常に校内を巡回してくれている。
 以前に不審者がグラウンドに侵入してからずっとだ。
 なので本当は夜の当番のモールさんも予定をずらして昼間も仕事してくれている。
 大人は大変だ。

 故郷の宗教の戒律のせいで覆面をかぶった彼女は、とても大きい。
 リムジンより大きい。
 どのくらい大きくて力強いかというと、以前に音々を誘拐したバスを真正面から押さえて止めてくれたくらいだ。とても頼りになる警備員さんだ。
 そんな彼女は、

「音々さんも、もうじきに普通に登校できるようになりますね」
 落ち着いた声色でそう言った。
 大きな大きなモールさんだけど、言動が穏やかなので怖くない。
 そんな彼女の、音々の全身と同じくらい大きな脚の陰で、

「ハハッ! 音々さんのスリリングなワクワク生活も、もうすぐ終わりっすね」
 別の小柄な警備員が軽口を叩いた。
 モールさんとコンビのシャさんだ。
 音々も何度か会った事がある。
 たまに帰りが遅くなると、ベティやクレアと交代で夜の当番をしているのだ。

「校門は大丈夫なのかい? サボってたら駄目だよ」
「そっちはクレアがいるから大丈夫だよ」
「あのね娑。真面目で人の頼みを断わらない人にばかり面倒を押しつけていると、その人が疲れてチーム全体のパフォーマンスが悪くなるんだよ」
「ったく、図体がデカイくせにが頭硬いなあ」
 そんな風に2人は軽口を叩き合う。
 子供と大人くらい大きさが違う娑さんは、モールさんと仲が良い。

 大きな大きなモールさんとは真逆に、娑さんは凄く背が小さい。
 6年生くらいの背丈だ。
 なので話す時も見上げなくて済むので話しやすい。
 ベティさんとは違った意味で、あるいは友人とは真逆に冗談や軽口が大好きなので、高等部の人たちと楽しそうに話しているところもよく見かける。
 あまり口が回る方じゃない音々としては少し羨ましい。

「娑、そういう事を言うもんじゃないよ。音々さんは普通の子なんだから、変な人たちに襲われて嫌な思いや不自由な思いをしてたはずだよ」
「いえ、良いんです」
 娑をたしなめるモールに、音々は笑顔で答える。

 親しみやすい娑さんは、きっとヘルビーストさんの事を言ってるのだと思った。

 何故ならヘルビーストさんは、変な人に襲われた音々を救ってくれた。
 平凡だけれど少し退屈していた音々を何度もビックリさせてくれた。
 その日から、彼女は音々のヒーローになった。

 でも、たぶん彼女は音々を悪者から守るためにここに来た。
 そう音々は感じていた。
 だから悪者がいなくなったら帰ってしまうのだとも。

 安倍さんの会社の人らしいから、安倍さんに無理を言えば何とかなるかな?
 そんな事はできない。
 だってヘルビーストさんにだって事情がある。
 そういう周囲や大人の事情を汲んで、音々は今まで生きてきた。だから、

「モールさんや娑さんも、いろいろ気を使ってくれてありがとうございます」
「ご親切にありがとっす」
 娑さんたちにもお礼を言って、楓たちとも別れて初等部に向かった。

 そして、いつも通りに初等部校舎の階段を上がって廊下を歩き――

「――でね、小夜子さんが……」
「……そりゃよかった。おっ音々じゃないか。ちーっす」
「あっ! 音々ちゃんだ! おはよー!」
「おはよう志門さん、チャビーちゃん」
 教室に入ると舞奈とチャビーが出迎えた。
 2人とも何だか楽しそうだ。

「あのね、今朝は楓さんたちも機嫌が良さそうだったよ」
「そいつは何より。……まあ楓さんらしいよな」
 何となく話を合わせてみた途端、

「紅葉さんって格好良いよね! わたしが前にお外で倒れた時――」
「わっ!? チャビーちゃん倒れたの?」
「――紅葉さんたちが見つけて、家まで送ってくれたんだよ」
「よかった。お2人とも親切で優しいよね」
 チャビーの話に音々はビックリ。
 そのまま会話に混ざる。

 そうしながらも、もうすぐ今の少し特別な状況も終わるのだと音々は予感した。

 何故なら、最近はよく難しい表情をしていた志門さんも今は楽しそうだ。
 たぶん、音々の知らない場所で行き詰っていた何かが解決したのだろう。
 あるいは解決するのだろう。

 大人はいつもそうだ。
 大事な事を子供に内緒にして、表向きの平穏を取り繕う。
 そうやって子供には何も知らせぬまま大事な何かを終わらせる。
 でも、それは大人が子供を守ろうとしてくれているからだという事を、母の少し特殊な職業故に大人の事情を垣間見る事の多い音々は理解していた。

 たまに大人みたいな言動をする志門さんや、きっと安倍さんも同じなのだろう。
 そう思った。

 ……そんな音々の内心など露知らぬまま、何事もなく放課後。

 舞奈と明日香は早々に下校し、【機関】支部へ赴いた。
 メールで招集がかかっていたからだ。
 用件は文面にはなかったが、内容の見当はついている。

「……よっ小夜子さんにサチさん」
「こんばんは」
「あっ舞奈ちゃんに明日香ちゃん。こんばんは」
 道中で2人を見つけ、

「今朝から急に元気になったって、チャビーが喜んでたぜ」
「そんなに言われるほど表情に出してなかったつもりだけど」
「知らん。あいつがそう言ったんだよ。文句があるなら本人に言ってくれ」
 笑顔で軽口を叩き合いながら一緒に支部に向かう。

 かく言う舞奈も心境の変化を音々に見抜かれていた事に気づいていない。
 だが喉につかえた魚の小骨が取れた時なんて、誰でもそんなものだ。
 なので――

「――みんな~~いらっしゃ~~い」
 支部の受付で受付嬢が、いつも通りに愛らしく舞奈たちを出迎える。

「おや舞奈さんに皆様方。お待ちしてましたよ」
「最近の高等部、終わるの早いのか?」
「帰り際に技術担当官マイスターに会ってね、一緒に転移してきたのさ」
「【移動ベヴェーグング】と言いましたか。便利な術ですね」
「あいつにしちゃあ気前がいいな……って、それ受付の前で言って良いのか?」
 先に来ていた楓たちと共に、

「では、参りましょうか」
 まずはフィクサーの執務室へ――

「――【掃除屋】【メメント・モリ】に今回の作戦への協力を依頼する」
「ま、今さらだけどな」
「その意見には同意だ。それでも形式上とはいえ契約を交わす必要はあるのでな。4人とも、よろしく頼む」
「ええ、存分に活躍させていただきますよ」
 そのように順調すぎるくらい順調にフィクサーからの依頼を受ける。

 何故なら舞奈たち、楓たちは仕事人トラブルシューター
 いわば怪異と戦うための裏の世界の傭兵だ。
 小夜子たち【機関】の正規隊員たる執行人エージェントと異なり、動くためには必要なのは辞令ではなく契約と報酬だ。

 そして近くない時期に【機関】は『Kobold』巣黒支部を強襲する。
 それは先日のイレブンナイツの襲撃による怪我の功名でもある。
 そして、その作戦の完遂と共に一連の事件にカタがつく。
 これまではのらりくらりと追及を逃れて来た怪異どもの悪事が白日の下になる。
 その影響は遠く離れた首都圏での誘拐事件の解決の糸口にもなるはずだ。

 だから舞奈たちも意気揚々と、そのままの足で会議室に。
 こちらが今日の召集の本来の理由だ。

 立てつけの悪いドアを開ける。
 すると呼ばれた他の面子は並べられた会議机の前に揃って着席していた。
 頭数そのものは多くない。
 今回の作戦の面子は少数精鋭だ。

 まずは今しがた入ってきた舞奈と明日香。
 楓に紅葉。
 そして受付で別れてきた執行人エージェントの小夜子とサチ。

 ちなみに舞奈たちと一緒に襲撃された奈良坂やつばめはいない。
 奈良坂は、まあ、この手の作戦に参加しても何と言うか……やることがない。
 つばめは反撃の際に度が過ぎたらしく謹慎中らしい。
 街の上空にマンティコアを浮かべたのがまずかったのだそうな。
 なまじ実力がありすぎるのも問題だ。

 だが代わりに、協力者として呼ばれた警備員のクレアとベティがいる。
 ベンチみたいな専用椅子に座ったモールもいる。
 今回の一件では当初から【機関】と民間警備会社PMSC【安倍総合警備保障】は協力して生徒の警護にあたっていた。その最終局面なのだから当然か。
 終業後の学校の警備は一般の警備員にまかせてあるのだろう。
 なので4人が勢ぞろい。
 巨大なモールの隣には小柄なシャもいる。

「いやー今日は楽しい会にお呼ばれされて光栄っすよ! ね、舞奈様」
「ハハッ! 娑はこういうのいつも羨ましがってたっすからね」
「そりゃ良かった……」
 ベティと隣り合って凸凹コンビで笑う様子に苦笑する。

「今回も娑の奴が御迷惑をおかけします」
「まあ頼もしい事には違いありませんから……」
「今回は相手が相手なので、仕事さえしてくれれば後はまあ……」
 隣で大きなモールが身を屈め、金髪のクレアと黒髪の明日香が苦笑する。

 モールと凸凹コンビの娑。
 彼女は香港出身の道士だったりする。
 張と同じ流派の人だ。
 だが小柄で人好きのする一見に似合わず、とにかく彼女はヤバい奴だ。

 娑の出身は香港。
 人に扮した怪異どもの支配地域のど真ん中に位置する激戦区の住人だ。
 つまり舞奈や【機関】の面々とすら比べ物にならないほど怪異や死と隣り合わせの人生を、地域ぐるみで送ってきたという事になる。
 だから仕方のない事なのかもしれない。

 彼女も敵を殺すのが大好きなのだ。
 それも楓や小夜子みたいに脂虫への報復をライフワークにしているのとも違う。
 ランチに好物が食べられるとラッキー! くらいの軽いノリで殺すのだ。

 言うなれば、NO KILL NO LIFE

 ノリの軽さがとにかくヤバイ。
 そんな彼女が本名の代わりに勝手に名乗っている名前がシャ
 大好きなんだから仕方がない。
 現在の所属でもある【安倍総合警備保障】の社員登録もそれらしい。
 だが流石に学校の警備員が『殺さん』を名乗るのは如何なものか。
 そんなTPOをわきまえて『娑さん』と名乗っている。

 だが彼女の気遣いももそこまでだ。
 ひとたび怪異と相対すれば、そちらのTPOに十分以上な迎合をしてみせる。
 すなわち大好きな殺しを全力で満喫する。

 彼女の腕前は同じ道士でもある張の比じゃない。
 体術のみならず攻撃魔法エヴォケーションの腕前も超一流。
 しかも殺しに特化している。
 朝の挨拶くらいの気軽さで、彼女は怪異を殺しまくる。
 彼女に喧嘩を売った……否、目をつけられた怪異には、最初から存在しなかった方がまだマシだったと思えるような悲惨な運命が待ち受けている。
 彼女がメンバーに入っているという事は【機関】が本気だという証拠だ。

 そんな彼女らと一緒に着席しながら舞奈が歓談していると……

「……遅くなってすまない」
「のだ」
「よっ大将! 待ってました!」
「真打ちの登場ですね」
 フィクサーがニュットを伴い入室する。
 こちらの準備もできたようだ。
 対して場違いな歓声をあげたのが娑。
 尻馬に乗ったのが楓だ。まったく。

「で、フィクサーさん。今回の殺しはどんな感じでやるんですかい?」
「さほど難しいプランではない。参加メンバー全員で【Kobold】巣黒支部に正面から侵入、エントランスを占拠した後に上層階を順次攻略する」
「そりゃ確かに難しくないプランだ」
 気さくすぎる口調で問いかける娑に、フィクサーも特に頓着せずに概略を話す。
 立場は違うが大人同士、他にはない話し易さがあるのかもしれない。

 そんな彼女と話ながら会議机の議長席につくフィクサーに、

「けど正面から乗りこませてくれますかね?」
「おまえがいるんだから奇襲とか無理だろ」
 巨大なモールが懸念を示し、娑が軽口を叩き、

「それもあるのだが、相手は表向きは女性支援の施設なのだよ。女子供が出向いていって断わられる理由はないのだ。そこに気をてらう必要はないのだよ」
「そりゃまあそうなんだがなあ」
 ニュットの答えに舞奈を皮切りに皆して苦笑し、

「そして幸いにも『Kobold』のメンバーとして各種業務に携わっているのも全員が脂虫であると確認がとれた」
「知らずに支援を受けに来た奴にとっちゃあ幸いじゃないだろう」
「だが我々にとっては幸いなのだよ」
「ええ、まったくその通りですよ」
「やあ実に殊勝な心づくしじゃないですか」
 続く問答に、楓と娑がニヤニヤしながら割りこんでくる。
 こいつらは脂虫が殺せるのが嬉しくて仕方がないのだ。
 もちろん数は多ければ多いほど良い。

 だが、まあ舞奈的にも幸いなのは本当だ。
 臭くて邪悪な脂虫は倒すべき怪異だ。
 殴りこんだ施設の中身を選別せずに蹴散らせるというなら仕事は楽だ。

 だから側で明日香も生真面目にうなずく。

「まずはエントランスで協力者の方々が敵の注意を引きつけるのだ」
 続く言葉に、

「具体的には?」
「そりゃもう」
「ハハッ! 娑が好きそうな感じっすね!」
「うむ。派手にやってくれると後がやり易いのだ」
 娑が、ベティが、ニュットが笑う。
 これに関してはモールやクレアも同意の表情だ。
 無用な諍いを好まぬ彼女らとは言え、邪悪な怪異に立ち向かう気概はある。

「実に楽しそうで結構ですね」
 羨ましそうに口を挟む楓に、

「楓ちんたちの役割も大事なのだよ。混乱の隙に3チームに別れて各階を制圧、上層階にいると思われる『ママ』を排除するという手はずなのだ」
「内部の構造は渡した資料の通りだ」
「透視と占術で確認したものだから、鵜呑みにするのは危険なのだがな」
 ニュットとフィクサーが答える。

 占術によって『Kobold』に対する追及を回避している『ママ』が排除されれば敵は丸裸も同然だ。
 公安なり一般の警察なりが好きに悪事を暴いて裁ける。
 それが今回の作戦の目的だ。

 そんなに重要な存在なら、他県の支部に逃げるなりすればいいのにと舞奈は思う。
 だが、なまじ敵味方とも占術が使える状況だから、何らかの理由でそれが裏目に出るとわかるのだろうか?
 加えて『ママ』には独自の目的もあるらしいし。

 そんな舞奈の側で、他の面子は他の事を考えていた。

「これだけでも侵入者を惑わし効率的に迎撃しようという意図が感じ取れますね。まともな施設ではありませんが『攻略』し甲斐はありますよ」
「まったくだ」
 渡された資料を熟読しながら楓は満足そうに笑う。
 珍しく紅葉も続く。

 今回の一件では、楓も紅葉も敵とは交戦していない。
 それ故に楓はストレスをためていた。
 単に脂虫を殺せなかったからだけじゃない。
 自分の知らないところで脂虫が悪を成し、それにより誰かが害されたのが気に入らないのだ。音々然り、諜報部の執行人エージェントたちにも多大なる被害が出た。

 今にして思えば、敵は楓の何かを恐れて避けていたようにも思える。
 だが、とうとう楓という脅威に向き合わなければいけない時が来たようだ。
 そんな彼女の側で、

「つまり騎士団を相手取るって訳ね」
「罠や仕掛けにも気をつけないといけないわね」
「ええ」
 小夜子は少しばかりシリアスな表情で資料に目を落とす。
 そんな小夜子を側のサチがそっとフォローする。

 あの朝、彼女もまたイレブンナイツの襲撃を受けた。
 彼女もサチも無事だった。
 だが、その後に駆けつけた先で、あの惨劇を目の当たりにした。
 サチもショックを受け、しばらくは落ちこんでいたらしい。

 だから彼女らにとって、今回の作戦はリターンマッチだ。
 そして小夜子にとっては執行部という古巣の仲間の弔い合戦でもある。

「そういや、何で奴らが音々を狙ってるのかはわかったのか? それによっちゃあ音々の護衛も必要な気がするんだが」
「そちらは【組合C∴S∴C∴】【協会S∴O∴M∴S∴】が何かつかんでいるようなのだが……」
「おおい、頼むぜ」
「だが彼女と母親の身の安全は保障すると約束してくれたのだ」
「まあ、そういう話なら信用するが……」
 問いに対するニュットのゴニョニョした答えにひとまず矛を収める舞奈に、

「敵の本拠地に乗りこむのですから、知りたいことは誰からでも聞けるでしょう。現地で尋問が必要でしたら協力は惜しみませんよ」
「こいつは頼もしい! 【機関】には良い人材がいっぱいいますよね!」
 楓と娑がニコニコしながら軽口を叩く。
 脂虫を殺すのが好きだという2人は早くも意気投合していた。

 ……そのように一癖も二癖もある少女たちによる会合は順調に進んだ。

 それは彼女らが各々の信念を持ちながら、それでも隣人を騙すのでも利用するのでもなく利害を調整できる程度の良心は持ち合わせているからでもあった。

 だが同じ頃、『Kobold』巣黒支部ビルの一角。
 駅前の家々を見下ろせる高層ビルの上層階。
 イレブンナイツに割り当てられた喫煙室の窓際で……

「……志門舞奈、我が認めた強者よ」
 剣鬼は背負った太刀に手をかけながらひとりごちる。
 見やるは眼下に並ぶ下賤な家々。
 小賢しく往来する人や車。

 剣の道を究めた彼にとって、戦場で命を落とすのは切り捨てるべき弱者だ。
 戦場に赴くことすらしない者など切り捨てる価値もない屑だ。
 そして戦場を穢す無粋な輩は切り捨てるべき悪だ。
 自分と同じ剣の道を歩まぬ者は、彼にとって侮蔑と排除の対象だ。
 その意志や命に価値などないと考えている。だから、

「次こそは、その首を貰い受けようぞ」
 太刀の柄を握りしめたまま、呪うように言葉を吐く。

 志門舞奈。
 子供ながら、剣を極めたと自負する剣鬼を唸らせるほどの実力者。
 だが銃などという無粋な得物で戦場を穢す無礼者。
 その上に奴は剣鬼の仲間である剣士エスパダを拉致し連れ去った。
 どちらも許される事ではない。

 エスパダは未熟ながら剣鬼を師と慕い、剣の道を志した有望な若者だ。
 彼はきっと大成する。
 他の有象無象とは違う。
 大事に育てなければならない。

 そんな彼を、剣鬼としては何としても連れ戻したかった。
 奴らの本拠地に乗りこんででも。

 だが剣鬼や他のイレブンナイツを束ねる『ママ』は守りを固めろと言った。
 近々、奴らはこのビルに攻撃を仕掛けてくる。
 それを『ママ』は預言によって察知する事ができた。
 だから襲撃に備えよと言ったのだ。

 奴らが攻勢に出る前に討ち果たしては駄目なのか?
 エスパダの身柄はどうするのだ?

 疑問を呈する事はできない。
 本来なら疑念を抱くことすら許されない。

 何故なら『ママ』の言葉は絶対だ。
 その敬愛すべき貴婦人の言葉は他の何にも優先する。
 何故なら――

「――ママから奴らの襲撃の日程について預言があった」
 背後から聞こえた神経質な声。
 コルテロだ。

 剣鬼は太刀を抜いて斬りかかる。
 コルテロは抜く手も見せずに構えたレイピアで受け流す。

「おいおい、物騒だな」
 互いに太刀とレイピアを交えながら、コルテロはシニカルに笑う。
 他の面子からは不愉快と称される口調と声色も、剣鬼にとっては馴染んだ声だ。

「……知っている」
 剣鬼は仏頂面のまま答える。
 何故なら『ママ』の力は絶対だ。
 その偉大なる御力によって皆の脳内に情報を流しこむことができる。
 剣鬼も同じ言葉を聞いていた。

「――今度は騎士団の力が借りられるらしいぜ」
「それに次の戦場はこのビルの中。空を飛んだり魔獣を呼ばれる恐れはないはず」
「今度こそ前回の雪辱ができるね」
 何時の間にか入室していたのだろう。
 くわえ煙草の勝気なスパーダ、眼鏡のランツェ、小柄なアルコが口々に語る。

「そうか」
 剣鬼は太刀を収めながら答える。

 他のチームと慣れ合うつもりはない。
 面倒だ。
 自分はただ剣の道を究めたい。
 自分が相応しいと認めた、選ばれた猛者だけを友として。

 だから剣鬼もコルテロが差し出した箱から煙草を取る。
 そして同じタイミングで火をつけ、

「奴らを返り討ちにしてみせよう。さすればエスパダを取り戻すことができる」
 再び窓の外を見下ろしながら、ひとりごちる。

 普通の人間にとっては耐えがたい悪臭だが、彼ら怪異にとっては香しい煙が、彼ら意外に人のいない部屋を満たす。

 そのように、彼らもまた決戦への機運を高めていた。
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