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第19章 ティーチャーズ&クリーチャーズ
林のクモさん、ネコさん、タヌキさん
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「やれやれ、手間かけさせやがって」
舞奈は手にした虫かごの中の、極彩色の蜘蛛を見やる。
蜘蛛にしては大ぶりだったブラボーちゃん。
だが先ほどまで怪獣バトルを繰り広げ、その後にサイズが逆転した今となっては虫かごの中の小さな蜘蛛だ。
そんな蜘蛛は大きな虫かごの中を呑気に歩き回ったり踊ったりしている。
今のこいつに先ほどまでの賢く手強い魔獣の記憶はあるのだろうか?
どちらにせよ特にわだかまりはない様子なので何よりだと思う。
舞奈たちは激闘の末、巨大な蜘蛛の魔獣を倒した。
そして明日香のサポートを受けた舞奈の一撃で蜘蛛を魔獣にしていたコアを破壊。
ブラボーちゃんを虫かごの中に捕まえることができた。
「まさか本当にあれを倒しちゃうなんてねー」
声に気づくと隣にキャロルがやって来た。
園香をしっかり抱きかかえたまま、変身は解除して普段の彼女に戻っている。
短機関銃も何処かに仕舞ったようだ。
「その上ちゃっかり美味しいところは持ってっちゃうんだから、恐れ入るわよ」
「悠長に慌てふためいてる余裕とかなかったろ?」
目を見張るキャロルに大仰に苦笑してみせる。
魔獣を見たのは初めてな彼女は、当然ながら魔獣が倒される様を見るのも初めてだ。
そんな彼女に褒められて悪い気がしないのも事実だ。
特に前回の決戦で腕を認めた彼女に。
それに今回の勝利もまた、舞奈ひとりの手柄じゃない。
彼女はもちろん、明日香や梢、彼女の相棒メリルとレインの力あってこその勝利だ。
思えばネコポチの時もそんな感じだった。
巨大で強大な魔獣と相対するときは、いつもそうだ。
「――ただーいまっと」
「実は毎回それ言ってるのか?」
「こっちの言葉を勉強し始めてからね……」
氷の巨獣も溶けて消え、中から飛び出してきたメリルが隣に着地する。
今までイエティの中にいたというのに、隣にいてもわかるくらいホカホカだ。
内部が【耐冷防御】で保温されていたからだろう。
加えて獣の背に乗せていたレインを小さな身体で危なげもなく抱えているのは何らかの身体強化によるものか。
いろいろ多芸なメリルちゃんだ。
そんな幼女の腕の中で、
「も……もう終わりましたか……?」
「ああ、おかげで全部さっぱりカタがついたよ。お疲れさま」
息も絶え絶えなレインを、舞奈は安心させるように笑いかける。
特等席で観戦した怪獣バトルがよほど刺激的だったのだろう。
無事にイエティから出て来た今になっても恐怖でプルプル震えている。
それでも彼女は【戦士殺し】を絶妙のタイミングで行使してくれた。
近接攻撃を反射する大能力のおかげで、舞奈たちは巨大蜘蛛を倒すことができた。
まあ大能力は本人の意思とは関係なく発動するのだろうが。
「ちゃらららーん♪」
「ひゃっ」
「メリルはおひめさまを手に――」
「――すまんメリルちゃん、そこらへんに降ろしてやってくれないか?」
「うい」
レインを持ち上げて遊び始めたメリルに苦笑した途端、
「メリルー。こっちこっち」
聞こえてきたキャロルの声に振り返る。
何時の間にか、キャロルは梢と一緒に少し離れた巨木の麓にいた。
何処となくランチした所と似た場所だ。
比較的戦闘の余波が及んでない場所を見つけて再び休憩する気らしい。
丁度よく開けた場所にブルーシートを敷いて、園香とチャビーを寝かせている。
梢とキャロルで敷いたせいか、シートが少しよれているのは御愛嬌。
2人の隣にメリルがレインを降ろすと、仲良く昼寝でもしているように見える。
まあレインは蒼白な顔をしてうなっているが。
そんな様子を見やって笑う舞奈に……
「……これ見て」
明日香が何かを差し出した。
テックの予備携帯だ。
「そんなものもあったな……って、直ってないのか」
「ええ」
ひとりごちつつ舞奈は画面を見やる。
ステータスのひとつに赤字で表示された『No Signal』の文字。
本来ならばブラボーちゃんとの距離と位置が表示されている場所だ。
白熱の怪獣バトルのどさくさに忘れていたが、巨大蜘蛛が出現する直前からアプリに不具合が発生していた。
具体的にはブラボーちゃんの反応がロスト。
てっきりネコポチの時と同じように、魔獣になっていたから一時的に反応がなかったのだと思っていた。
だが蜘蛛が元の蜘蛛に戻ってからも途絶した反応は戻っていない。
妙な話だ。
ブラボーちゃんは今は舞奈が手にした虫かごの中にいる。
間違えて同じ種類の別の蜘蛛を捕まえたりとかも有り得ないはずだ。
そう考えて、ふと気づく。
アプリが追跡しているのは、正確に言えば蜘蛛じゃない。
蜘蛛に仕込まれているという発信機だ。
魔獣になったショックで発信機が壊れたのだろうか?
そもそも、大ぶりとはいえ蜘蛛のサイズの生きものに埋めこめるサイズの発信機なんてものを今の人間の技術力で創り得るのだろうか?
電源は?
そもそもどうやって埋めこんだ?
今のサイズなら問題なく観察できる蜘蛛の背に、手術跡らしきものは見当たらない。
疑問というなら、もうひとつ。
動物や人間が魔獣になるには強大な魔力の源が必要だ。
三剣悟はそれを異能力者の魔力を奪うことで、萩山光は儀式で脂虫を贄にして、ネコポチはピクシオンが遺した魔道具の欠片を見つけて魔獣になった。
だがブラボーちゃんを魔獣にしたものは何なのか?
ちょっと隣の新開発区で拾い食いでもしたと言われればそうかもしれない。
新開発区は怪異が湧き出る不可思議な地だ。
それでも魔獣を創造せしめるほどの魔力がほいほいそこらに落ちているほど無茶苦茶な場所だとは思えない……というか思いたくない。そこの住人としては。
そんなことを考えながら、
「あっ、ちょっと」
明日香から携帯をパクって何となく画面をタップしてみる。
単に表示が切り替わってないだけの可能性に賭けてみたのだ。
その結果……
「……あ」
4匹の蜘蛛すべての反応がロストした。
あーあ……。
「何するのよ」
「あたしが触る前から壊れてただろう」
思い切り睨んでくる明日香から目をそらしつつ、何かのはずみで直らないかくらいの雑な扱いで携帯を軽く振ってみながら、
「……なあキャロルさんよ」
「ん? どうしたのよ?」
「例の追跡アプリって、そんなに頻繁に壊れるもんなのか?」
「知らないわよ。あたしが使ってた訳じゃないし」
「そっか」
園香たちの隣でくつろぐキャロルの生返事を聞きつつ、今度は軽く小突いてみる。
再び見やった携帯に4つ並んだ『No Signal』。
完全に壊れたらしい。
舞奈は携帯を明日香に押しつけ。
「我が物顔ね……」
憤懣やるかたない表情と文句を礼儀正しく無視して自分の携帯を取り出す。
番号登録のやり方なんて知らないので、指で覚えた番号にダイヤルする。
数コールで繋がった。
「おっテックか?」
『舞奈。首尾はどう?』
「いちおう例の蜘蛛は捕まえた。いろいろさんきゅーな」
『それは何より』
挨拶しつつ、
「……トラブルか?」
電話の向こうが妙にざわついているのに気づく。
具体的には銃声や爆発音?
『レイド中だから』
「れいど?」
『ええっと、ゲームのこと。すごく大きなモンスターを皆で倒してるの』
「……最近の流行りなのか? そういうの」
『えっ?』
「いやなんでもない。楽しんでるところ邪魔してスマン」
『問題ないわ。楽しいところは乗り切ったから、あとはフレにまかせて見物中』
「そりゃ結構」
そのように少しばかり世話話をした後に、
「例の予備携帯だが、明日香が言い値で買い取ることにした」
特に断りなくそう言った。
まあ携帯に何かあったら自費で買い取ると明日香が言っていたのは事実だ。
『やっぱり何かあったの? あのアプリ』
「まあな。詳細は月曜にでも話すが……何か欲しいものでも考えておいてくれ」
『欲しいものね……』
電話の向こうでテックは少し考えて――
『――いや、フレからwisだ。そっちはそのまま押しこめば勝てるだろう?』
「!?」
急に野太い男の声で誰かに話しだした。
流石の舞奈もちょっとビックリ。
そういえばテックはゲームの中では大男の姿なのだと聞いている。
会話の相手はレイドとやらと戦っている彼女の仲間だろうか?
『スマン……じゃなかった、ゴメン』
「ははっ構わんさ。どうせならでかいゲームの城でも買わせて、仲間と遊ぶか?」
『ギルドダンジョンのこと? 楽しそうだけど、そこまで無茶な搾取は……』
(本当に買えるのか……。でもって高いのか)
冗談まじりに言ってみたら割と本気に返されて再びビックリ。
「できれば装甲車1台分くらいにまとめておいてくれると……」
『そういう無茶も言わないから安心して』
横から口を挟んできた明日香と、苦笑するテックの声を聴きつつ通話を終える。
舞奈が友人たちと何だかんだで楽しんでいた休日に、テックはテックで楽しくやっていた事実が何だか嬉しくて、思わず口元がゆるむ。
だが間近にいる明日香に見られるのが少し気恥ずかしくて、
「……ったくムクロザキの野郎、念入りにトラブルの種を仕組んでいきやがって」
意図的に口をへの字に曲げてみる。
そうするとテックに電話をかけた本来の理由を思い出してしまった。
悪い言葉が悪い現実を呼び寄せるという与太も、まんざら嘘じゃないらしい。
「おーい、梢さん」
「なに?」
添い寝のつもりかレインの隣に寝転がって金髪で遊んでいた梢に声をかけ、
「ね、ねえ、梢ちゃん。髪に虫かなんかついてる……?」
「ついてないよー?」
(レインちゃん、嫌がってるんじゃないのか?)
髪がもぞもぞ動く感触に怯えるレインに苦笑しつつ、
「あんたの所で、携帯アプリの調査はできるか?」
「ん~~。コンピュータ絡みなら、うちより巣黒の技術担当官のが詳しいと思うけど」
「あの糸目か……」
問いに対する生返事に少し考える。
この胡散臭いアプリを識者に調査してもらうべきだと舞奈の勘が告げていた。
こいつがブラボーちゃんを魔獣に変えたという訳でもないだろうが、何らかの関係を疑って調べてもバチは当たらないと思う。
その際に巨大蜘蛛を実際に見た梢にそのまま委託できれば楽だと思った。
だが、まあ技術担当官ニュットには十分すぎる貸しがある。
少しばかり面倒がられても仕事を押しつけることに負い目はない。
万が一にも巨大蜘蛛の実在を疑われたなら、ケルト魔術を極めたつばめちゃんに心を読んで証明してもらえばいい。
そんな舞奈を見やって梢は半身を起こし、
「例のアプリのこと? ムクロザキセンセに貰ったんだよね? あの人いちおう非魔法の普通の教員だし、【機関】で調べるようなもの持ってないと思うけど」
「だといいがな」
素直な感想を述べる。
「そもそも、それだって単体じゃ特に問題ない追跡アプリなんでしょ? でなきゃ向こうの平和維持組織が何がしかの手を打ってるはずだよ」
「あんた、面倒な仕事はギリギリまで後回しにするタイプだろ?」
億劫そうに調べない理由を並べたてる梢に苦笑しつつ、
「……本当に悪い奴は、表向きはルールを守って誰にも疑われないように、こっそり慎重に悪さをするんだ」
口元を歪めて舞奈は答えた。
少なくとも舞奈が今まで倒してきた悪党どもはそうだった。
滓田妖一とその一味もそうだった。
KASCの連中もそうだった。……まあ頭領の蔓見雷人はともかく。
そして、つい先日のヘルバッハもそうだった。多分。
だから今回の蜘蛛巨大化事件も何かの陰謀の発端だと決めつけるのは、いささか先走りし過ぎているとは自分でも思う。
だが、その予兆を無視して何か得られることがあるかというと、それもノーだ。
別に明日香に準ずるわけじゃないが、治にいて乱を忘れない必要は常にある。
トラブルを効率よく片付けるためだけじゃない。
避けようもない災厄から、日常を守るために。
……そうこうしているうちに、チャビーがむにゃむにゃ言いながら起きだした。
「ふぁーあ! よく寝たー」
「あれ? マイちゃんだ。それにここ……?」
すぐに園香も目を覚ます。
まあ園香が少しばかり困惑ぎみなのは仕方がない。
いきなり魔法で眠らされたのだ。
それでも2人が気持ちよさそうに起きたのは、彼女らを眠らせた梢の性格ゆえか。
明日香が芸術性を発揮した魔術の造形が悲惨なことになるのと同じだ。
梢の【安穏たる睡魔】は2人をただ眠らせるだけじゃなく心地よく安眠させた。
さて、そんな2人に、今回の一件をどう誤魔化そうかと考える舞奈の前で、
「おはようチャビーちゃん、園香ちゃん」
「わたしたち、なんで寝ちゃってたんだろう?」
「お昼ご飯を食べた後に、皆でお昼寝したんだよ。覚えてない?」
(((えっ?)))
首を傾げる園香に、本当に何食わぬ口調で梢が答えた。
舞奈や明日香、皆は驚く。
一瞬だけ梢が何を言っているのかわからなかった。
「キャロルさんが木の根の上で寝ちゃってねー」
「そりゃまあ横にはなったけど……」
「それでねー天気もいいしって、もう1回シートを敷き直して皆で寝たんだよ」
「あ、そっかー」
梢は見てきたように詳細に、調子の良い嘘を並べたてる。
チャビーは釣られて見てもいない記憶を『思い出す』。
少し復活してきたレインがあははと苦笑する。
明日香は無言だ。
なるほど、これも梢が派遣されてきた理由のひとつか……。
梢のこの性格は、支部でも知られていたのだろう。
だから彼女なら有事の際に一般市民の2人を口先三寸で誤魔化すこともできる。
そう判断されたのだと思うのが妥当だ。
小学生だと思って馬鹿にしやがってと思う気持ちは少しある。
だが梢がいなければ舞奈たちが同じように誤魔化さないといけなかったのだから、彼女を非難できる筋合いはない。
何より梢の言葉にチャビーが納得しているのだから、それでいいと思った。
山の手育ちの彼女はハイキングに行った林の中で昼寝なんて初めてなのだろう。
ちょっと嬉しそうだ。
「でもって、チャビーちゃんが寝ちゃった後に、寝てたキャロルさんの口の中にブラボーちゃんが落ちてきてね」
「ええっ!?」
「わっ」
素っ頓狂な嘘八百を無邪気に信じてチャビーはビックリ。
園香も目を丸くしてみせる。
「えー! ブラボーちゃん、食べられちゃったの?」
「大丈夫だよ。ブラボーちゃんが口の中を噛んで、キャロルさんがビックリして吐き出したんだ。それを舞奈ちゃんが捕まえてくれてね」
「……ほら、こいつだ」
「わわっ! ブラボーちゃんだ」
「マイすごーい!」
「お、おう……」
梢の寝言にはしゃぐチャビーに虫かごを渡しつつ、舞奈も、まあ笑ってみせる。
虫かごの中でわさわさ蠢く極彩色の蜘蛛を、チャビーは宝物を見るように見つめる。
それが他の誰かにとって大事なものだとチャビーは信じている。
だからチャビーにとっても大事な宝物だ。
そんな幼女の内心に気づいているのかどうかは知らないが、蜘蛛は8本の脚を器用に使って楽しそうに(?)踊ってみせる。
「おおいチャビー。あんまり手を近づけるなよ」
「はーい」
本当に噛まれたらかなわんからな。
蜘蛛は催淫作用のある毒を持つ。
不幸にも最初の犠牲者となった麗華様は公衆の面前で服を脱いだ。
それでも口元にやわらかい笑みを浮かべた舞奈に、チャビーも笑顔で答える。
今日の冒険のそもそもの始まりはチャビーの、まあ思いやりだった。
可愛がっていた蜘蛛がいなくなって可愛そうな黒崎先生の力になりたいと。
だから舞奈も面倒とは思いながらも大人探しに、蜘蛛探しに頑張ることができた。
おそらくつき合ってくれた梢たち、キャロルたちも。
だから巨大蜘蛛と相対し、辛くも倒した後に、こうして皆で笑っていられる。
そんな幼女は……
「……あ」
何かに気づいたらしい。
「それじゃあキャロルさん、ブラボーちゃんに噛まれちゃったの?」
「……そうらしいわね」
無邪気な問いに、仕方なく口裏を合わせるキャロル。
だが満更でもない様子なのは、彼女も幼女を憎からず思っているからだ。
天真爛漫な彼女らと冒険するうちに、キャロルもメリルも彼女らを好きになった。
だから巨大蜘蛛との厳しい戦いの最中、彼女らを守り抜いてくれた。
それが【組合】との契約だからという理由だけでなく。
そんな彼女らの今の気分が、魔術結社の術者たちが言うプラスの感情が賦活された状態だという事は、魔法の事なんてほとんど何も知らない舞奈にだってわかる。
そんなチャビーは、
「それじゃあキャロルさん」
続く無邪気なひと言で――
「――子供をたくさん産んじゃうの!?」
「「「!?」」」
今日見たどんな氷の魔法より見事に場を凍らせてみせた。
そんな一行を、運よく難を逃れた巨木の枝の上から1匹のヤマネコが見やっていた。
一行は猫を気にも留めない。
だが動物と意思疎通できる少数の術者は知っている。
霊格の高い猫たちが、猫同士で霊的なネットワークを形成していることを――
――ヤマネコです。先ほどは私の不適切な発言により大変な御迷惑をおかけしました
――新開発区の名もなき黒猫。まったくだ
――公園のボス。まったくだぜ
――貴婦人。本当に。子猫にはとても聞かせられないような卑猥な言葉を連呼して
――桜ちゃん家のミケだよ。ドン引きだったね
――バースト。引いたね
――ルージュ。引いた
――ネコポチ。うん、引いた
――で、でもね、あれは違うんだよ。変な蜘蛛に噛まれて頭がヘンになって……
――新開発区の名もなき黒猫。お、おう……
――弁財天。わかるわかる。形而上の姦淫の蜘蛛に噛まれたんだ
――弁財天。ボクも暴食の蜘蛛によく噛まれちゃってね
――そうじゃないんだ。極彩色の蜘蛛が本当にいて、捕まえようとして逆に噛まれて
――公園のボス。猫の名折れだな
――そいつが巨大になって、志門舞奈人間たちと戦って……
――貴婦人。言うに事欠いてそれは……
――志門舞奈人間も大きくなって、吹雪を噴いて応戦して……
――新開発区の名もなき黒猫。ねぇよ
――保健所のマンチだよ。ちょっとリアリティに欠けるね
――エース君。説得力がないね
――本当なんだ! 信じてくれー
――新開発区の名もなき黒猫。もういい。おまえセミでも食って少し休め……
と、まあ、所は変わって林の入り口。
マシエトで茂みをかき分けながら、舞奈たち一行があらわれた。
首尾よく目的を果たし、あるいは昼寝してすっかりリフレッシュした少女たちの顔に浮かぶのは満足げな笑み。
レインも帰り道で3回転んだ以外はすっかり回復していた。
「いやーなんとかなって良かったよ」
言いつつ笑う舞奈が見やる先は、チャビーが手にした虫かご。
正確には虫かごの中の極彩色の蜘蛛。
先ほどまでとはサイズの逆転した小さな蜘蛛は、広い虫かごが気に入ったらしい。
歩き回ったり、くつろいだり、下品なポーズを取ったりして遊んでいる。
まったく呑気なものだ。
「ブラボーちゃんが見つかってよかったね」
「うん! これで黒崎先生も安心だね!」
園香と笑うチャビーの側で、
「そうじゃなきゃ骨折り損だしな」
そこまで不義理されてたまるか、と舞奈は苦笑する。
皆が一様に楽しげだ。
だから贅沢にも少しだけ名残惜しそうな表情を誰ともなく浮かべる。
そんな一行の背後で、
「おおっタヌキが……!」
「んっ? おー、みんな見て見て」
メリルとキャロルの声に振り返る。
そこでは数匹のタヌキが木陰から一行を見やっていた。
「怪物をおっぱらってくれたと思ってるのかもしれないね」
「おー」
また梢が適当なことを言った。
だがメリルが嬉しそうな顔をしたので、それはそれでいいと思った。
「怪物?」
「いやそれは……蜘蛛に噛まれたキャロルさんが暴れてね! もう怪獣みたいに」
「キャロル、トラになる」
「わわっ」
エスカレートする梢の口八丁にメリルがのっかり、園香がビックリして、
「それで木がいっぱい倒れてたの?」
「そうそう! チャビーちゃん、よく見てたね」
「ちょっ!? ……あんた、あたしに恨みでもあるの?」
「あはは……」
キャロルが睨んでレインが苦笑する。
そんな様子を見やって舞奈も、明日香も笑う。
気のせいかタヌキも何だか楽しそうに(珍しい動物を見るように?)こちらを見やっている気がする。
「もりへおかえりー」
「帰るのあたしたちだけどね」
メリルが無邪気に手を振る。
「またねー」
釣られてチャビーも手を振って、虫かごが少しゆれて蜘蛛がビックリする。
そして一行は林を後にした。
こうして舞奈たちは首尾よく目的を果たし、足取りも軽く街へと向かった。
舞奈は手にした虫かごの中の、極彩色の蜘蛛を見やる。
蜘蛛にしては大ぶりだったブラボーちゃん。
だが先ほどまで怪獣バトルを繰り広げ、その後にサイズが逆転した今となっては虫かごの中の小さな蜘蛛だ。
そんな蜘蛛は大きな虫かごの中を呑気に歩き回ったり踊ったりしている。
今のこいつに先ほどまでの賢く手強い魔獣の記憶はあるのだろうか?
どちらにせよ特にわだかまりはない様子なので何よりだと思う。
舞奈たちは激闘の末、巨大な蜘蛛の魔獣を倒した。
そして明日香のサポートを受けた舞奈の一撃で蜘蛛を魔獣にしていたコアを破壊。
ブラボーちゃんを虫かごの中に捕まえることができた。
「まさか本当にあれを倒しちゃうなんてねー」
声に気づくと隣にキャロルがやって来た。
園香をしっかり抱きかかえたまま、変身は解除して普段の彼女に戻っている。
短機関銃も何処かに仕舞ったようだ。
「その上ちゃっかり美味しいところは持ってっちゃうんだから、恐れ入るわよ」
「悠長に慌てふためいてる余裕とかなかったろ?」
目を見張るキャロルに大仰に苦笑してみせる。
魔獣を見たのは初めてな彼女は、当然ながら魔獣が倒される様を見るのも初めてだ。
そんな彼女に褒められて悪い気がしないのも事実だ。
特に前回の決戦で腕を認めた彼女に。
それに今回の勝利もまた、舞奈ひとりの手柄じゃない。
彼女はもちろん、明日香や梢、彼女の相棒メリルとレインの力あってこその勝利だ。
思えばネコポチの時もそんな感じだった。
巨大で強大な魔獣と相対するときは、いつもそうだ。
「――ただーいまっと」
「実は毎回それ言ってるのか?」
「こっちの言葉を勉強し始めてからね……」
氷の巨獣も溶けて消え、中から飛び出してきたメリルが隣に着地する。
今までイエティの中にいたというのに、隣にいてもわかるくらいホカホカだ。
内部が【耐冷防御】で保温されていたからだろう。
加えて獣の背に乗せていたレインを小さな身体で危なげもなく抱えているのは何らかの身体強化によるものか。
いろいろ多芸なメリルちゃんだ。
そんな幼女の腕の中で、
「も……もう終わりましたか……?」
「ああ、おかげで全部さっぱりカタがついたよ。お疲れさま」
息も絶え絶えなレインを、舞奈は安心させるように笑いかける。
特等席で観戦した怪獣バトルがよほど刺激的だったのだろう。
無事にイエティから出て来た今になっても恐怖でプルプル震えている。
それでも彼女は【戦士殺し】を絶妙のタイミングで行使してくれた。
近接攻撃を反射する大能力のおかげで、舞奈たちは巨大蜘蛛を倒すことができた。
まあ大能力は本人の意思とは関係なく発動するのだろうが。
「ちゃらららーん♪」
「ひゃっ」
「メリルはおひめさまを手に――」
「――すまんメリルちゃん、そこらへんに降ろしてやってくれないか?」
「うい」
レインを持ち上げて遊び始めたメリルに苦笑した途端、
「メリルー。こっちこっち」
聞こえてきたキャロルの声に振り返る。
何時の間にか、キャロルは梢と一緒に少し離れた巨木の麓にいた。
何処となくランチした所と似た場所だ。
比較的戦闘の余波が及んでない場所を見つけて再び休憩する気らしい。
丁度よく開けた場所にブルーシートを敷いて、園香とチャビーを寝かせている。
梢とキャロルで敷いたせいか、シートが少しよれているのは御愛嬌。
2人の隣にメリルがレインを降ろすと、仲良く昼寝でもしているように見える。
まあレインは蒼白な顔をしてうなっているが。
そんな様子を見やって笑う舞奈に……
「……これ見て」
明日香が何かを差し出した。
テックの予備携帯だ。
「そんなものもあったな……って、直ってないのか」
「ええ」
ひとりごちつつ舞奈は画面を見やる。
ステータスのひとつに赤字で表示された『No Signal』の文字。
本来ならばブラボーちゃんとの距離と位置が表示されている場所だ。
白熱の怪獣バトルのどさくさに忘れていたが、巨大蜘蛛が出現する直前からアプリに不具合が発生していた。
具体的にはブラボーちゃんの反応がロスト。
てっきりネコポチの時と同じように、魔獣になっていたから一時的に反応がなかったのだと思っていた。
だが蜘蛛が元の蜘蛛に戻ってからも途絶した反応は戻っていない。
妙な話だ。
ブラボーちゃんは今は舞奈が手にした虫かごの中にいる。
間違えて同じ種類の別の蜘蛛を捕まえたりとかも有り得ないはずだ。
そう考えて、ふと気づく。
アプリが追跡しているのは、正確に言えば蜘蛛じゃない。
蜘蛛に仕込まれているという発信機だ。
魔獣になったショックで発信機が壊れたのだろうか?
そもそも、大ぶりとはいえ蜘蛛のサイズの生きものに埋めこめるサイズの発信機なんてものを今の人間の技術力で創り得るのだろうか?
電源は?
そもそもどうやって埋めこんだ?
今のサイズなら問題なく観察できる蜘蛛の背に、手術跡らしきものは見当たらない。
疑問というなら、もうひとつ。
動物や人間が魔獣になるには強大な魔力の源が必要だ。
三剣悟はそれを異能力者の魔力を奪うことで、萩山光は儀式で脂虫を贄にして、ネコポチはピクシオンが遺した魔道具の欠片を見つけて魔獣になった。
だがブラボーちゃんを魔獣にしたものは何なのか?
ちょっと隣の新開発区で拾い食いでもしたと言われればそうかもしれない。
新開発区は怪異が湧き出る不可思議な地だ。
それでも魔獣を創造せしめるほどの魔力がほいほいそこらに落ちているほど無茶苦茶な場所だとは思えない……というか思いたくない。そこの住人としては。
そんなことを考えながら、
「あっ、ちょっと」
明日香から携帯をパクって何となく画面をタップしてみる。
単に表示が切り替わってないだけの可能性に賭けてみたのだ。
その結果……
「……あ」
4匹の蜘蛛すべての反応がロストした。
あーあ……。
「何するのよ」
「あたしが触る前から壊れてただろう」
思い切り睨んでくる明日香から目をそらしつつ、何かのはずみで直らないかくらいの雑な扱いで携帯を軽く振ってみながら、
「……なあキャロルさんよ」
「ん? どうしたのよ?」
「例の追跡アプリって、そんなに頻繁に壊れるもんなのか?」
「知らないわよ。あたしが使ってた訳じゃないし」
「そっか」
園香たちの隣でくつろぐキャロルの生返事を聞きつつ、今度は軽く小突いてみる。
再び見やった携帯に4つ並んだ『No Signal』。
完全に壊れたらしい。
舞奈は携帯を明日香に押しつけ。
「我が物顔ね……」
憤懣やるかたない表情と文句を礼儀正しく無視して自分の携帯を取り出す。
番号登録のやり方なんて知らないので、指で覚えた番号にダイヤルする。
数コールで繋がった。
「おっテックか?」
『舞奈。首尾はどう?』
「いちおう例の蜘蛛は捕まえた。いろいろさんきゅーな」
『それは何より』
挨拶しつつ、
「……トラブルか?」
電話の向こうが妙にざわついているのに気づく。
具体的には銃声や爆発音?
『レイド中だから』
「れいど?」
『ええっと、ゲームのこと。すごく大きなモンスターを皆で倒してるの』
「……最近の流行りなのか? そういうの」
『えっ?』
「いやなんでもない。楽しんでるところ邪魔してスマン」
『問題ないわ。楽しいところは乗り切ったから、あとはフレにまかせて見物中』
「そりゃ結構」
そのように少しばかり世話話をした後に、
「例の予備携帯だが、明日香が言い値で買い取ることにした」
特に断りなくそう言った。
まあ携帯に何かあったら自費で買い取ると明日香が言っていたのは事実だ。
『やっぱり何かあったの? あのアプリ』
「まあな。詳細は月曜にでも話すが……何か欲しいものでも考えておいてくれ」
『欲しいものね……』
電話の向こうでテックは少し考えて――
『――いや、フレからwisだ。そっちはそのまま押しこめば勝てるだろう?』
「!?」
急に野太い男の声で誰かに話しだした。
流石の舞奈もちょっとビックリ。
そういえばテックはゲームの中では大男の姿なのだと聞いている。
会話の相手はレイドとやらと戦っている彼女の仲間だろうか?
『スマン……じゃなかった、ゴメン』
「ははっ構わんさ。どうせならでかいゲームの城でも買わせて、仲間と遊ぶか?」
『ギルドダンジョンのこと? 楽しそうだけど、そこまで無茶な搾取は……』
(本当に買えるのか……。でもって高いのか)
冗談まじりに言ってみたら割と本気に返されて再びビックリ。
「できれば装甲車1台分くらいにまとめておいてくれると……」
『そういう無茶も言わないから安心して』
横から口を挟んできた明日香と、苦笑するテックの声を聴きつつ通話を終える。
舞奈が友人たちと何だかんだで楽しんでいた休日に、テックはテックで楽しくやっていた事実が何だか嬉しくて、思わず口元がゆるむ。
だが間近にいる明日香に見られるのが少し気恥ずかしくて、
「……ったくムクロザキの野郎、念入りにトラブルの種を仕組んでいきやがって」
意図的に口をへの字に曲げてみる。
そうするとテックに電話をかけた本来の理由を思い出してしまった。
悪い言葉が悪い現実を呼び寄せるという与太も、まんざら嘘じゃないらしい。
「おーい、梢さん」
「なに?」
添い寝のつもりかレインの隣に寝転がって金髪で遊んでいた梢に声をかけ、
「ね、ねえ、梢ちゃん。髪に虫かなんかついてる……?」
「ついてないよー?」
(レインちゃん、嫌がってるんじゃないのか?)
髪がもぞもぞ動く感触に怯えるレインに苦笑しつつ、
「あんたの所で、携帯アプリの調査はできるか?」
「ん~~。コンピュータ絡みなら、うちより巣黒の技術担当官のが詳しいと思うけど」
「あの糸目か……」
問いに対する生返事に少し考える。
この胡散臭いアプリを識者に調査してもらうべきだと舞奈の勘が告げていた。
こいつがブラボーちゃんを魔獣に変えたという訳でもないだろうが、何らかの関係を疑って調べてもバチは当たらないと思う。
その際に巨大蜘蛛を実際に見た梢にそのまま委託できれば楽だと思った。
だが、まあ技術担当官ニュットには十分すぎる貸しがある。
少しばかり面倒がられても仕事を押しつけることに負い目はない。
万が一にも巨大蜘蛛の実在を疑われたなら、ケルト魔術を極めたつばめちゃんに心を読んで証明してもらえばいい。
そんな舞奈を見やって梢は半身を起こし、
「例のアプリのこと? ムクロザキセンセに貰ったんだよね? あの人いちおう非魔法の普通の教員だし、【機関】で調べるようなもの持ってないと思うけど」
「だといいがな」
素直な感想を述べる。
「そもそも、それだって単体じゃ特に問題ない追跡アプリなんでしょ? でなきゃ向こうの平和維持組織が何がしかの手を打ってるはずだよ」
「あんた、面倒な仕事はギリギリまで後回しにするタイプだろ?」
億劫そうに調べない理由を並べたてる梢に苦笑しつつ、
「……本当に悪い奴は、表向きはルールを守って誰にも疑われないように、こっそり慎重に悪さをするんだ」
口元を歪めて舞奈は答えた。
少なくとも舞奈が今まで倒してきた悪党どもはそうだった。
滓田妖一とその一味もそうだった。
KASCの連中もそうだった。……まあ頭領の蔓見雷人はともかく。
そして、つい先日のヘルバッハもそうだった。多分。
だから今回の蜘蛛巨大化事件も何かの陰謀の発端だと決めつけるのは、いささか先走りし過ぎているとは自分でも思う。
だが、その予兆を無視して何か得られることがあるかというと、それもノーだ。
別に明日香に準ずるわけじゃないが、治にいて乱を忘れない必要は常にある。
トラブルを効率よく片付けるためだけじゃない。
避けようもない災厄から、日常を守るために。
……そうこうしているうちに、チャビーがむにゃむにゃ言いながら起きだした。
「ふぁーあ! よく寝たー」
「あれ? マイちゃんだ。それにここ……?」
すぐに園香も目を覚ます。
まあ園香が少しばかり困惑ぎみなのは仕方がない。
いきなり魔法で眠らされたのだ。
それでも2人が気持ちよさそうに起きたのは、彼女らを眠らせた梢の性格ゆえか。
明日香が芸術性を発揮した魔術の造形が悲惨なことになるのと同じだ。
梢の【安穏たる睡魔】は2人をただ眠らせるだけじゃなく心地よく安眠させた。
さて、そんな2人に、今回の一件をどう誤魔化そうかと考える舞奈の前で、
「おはようチャビーちゃん、園香ちゃん」
「わたしたち、なんで寝ちゃってたんだろう?」
「お昼ご飯を食べた後に、皆でお昼寝したんだよ。覚えてない?」
(((えっ?)))
首を傾げる園香に、本当に何食わぬ口調で梢が答えた。
舞奈や明日香、皆は驚く。
一瞬だけ梢が何を言っているのかわからなかった。
「キャロルさんが木の根の上で寝ちゃってねー」
「そりゃまあ横にはなったけど……」
「それでねー天気もいいしって、もう1回シートを敷き直して皆で寝たんだよ」
「あ、そっかー」
梢は見てきたように詳細に、調子の良い嘘を並べたてる。
チャビーは釣られて見てもいない記憶を『思い出す』。
少し復活してきたレインがあははと苦笑する。
明日香は無言だ。
なるほど、これも梢が派遣されてきた理由のひとつか……。
梢のこの性格は、支部でも知られていたのだろう。
だから彼女なら有事の際に一般市民の2人を口先三寸で誤魔化すこともできる。
そう判断されたのだと思うのが妥当だ。
小学生だと思って馬鹿にしやがってと思う気持ちは少しある。
だが梢がいなければ舞奈たちが同じように誤魔化さないといけなかったのだから、彼女を非難できる筋合いはない。
何より梢の言葉にチャビーが納得しているのだから、それでいいと思った。
山の手育ちの彼女はハイキングに行った林の中で昼寝なんて初めてなのだろう。
ちょっと嬉しそうだ。
「でもって、チャビーちゃんが寝ちゃった後に、寝てたキャロルさんの口の中にブラボーちゃんが落ちてきてね」
「ええっ!?」
「わっ」
素っ頓狂な嘘八百を無邪気に信じてチャビーはビックリ。
園香も目を丸くしてみせる。
「えー! ブラボーちゃん、食べられちゃったの?」
「大丈夫だよ。ブラボーちゃんが口の中を噛んで、キャロルさんがビックリして吐き出したんだ。それを舞奈ちゃんが捕まえてくれてね」
「……ほら、こいつだ」
「わわっ! ブラボーちゃんだ」
「マイすごーい!」
「お、おう……」
梢の寝言にはしゃぐチャビーに虫かごを渡しつつ、舞奈も、まあ笑ってみせる。
虫かごの中でわさわさ蠢く極彩色の蜘蛛を、チャビーは宝物を見るように見つめる。
それが他の誰かにとって大事なものだとチャビーは信じている。
だからチャビーにとっても大事な宝物だ。
そんな幼女の内心に気づいているのかどうかは知らないが、蜘蛛は8本の脚を器用に使って楽しそうに(?)踊ってみせる。
「おおいチャビー。あんまり手を近づけるなよ」
「はーい」
本当に噛まれたらかなわんからな。
蜘蛛は催淫作用のある毒を持つ。
不幸にも最初の犠牲者となった麗華様は公衆の面前で服を脱いだ。
それでも口元にやわらかい笑みを浮かべた舞奈に、チャビーも笑顔で答える。
今日の冒険のそもそもの始まりはチャビーの、まあ思いやりだった。
可愛がっていた蜘蛛がいなくなって可愛そうな黒崎先生の力になりたいと。
だから舞奈も面倒とは思いながらも大人探しに、蜘蛛探しに頑張ることができた。
おそらくつき合ってくれた梢たち、キャロルたちも。
だから巨大蜘蛛と相対し、辛くも倒した後に、こうして皆で笑っていられる。
そんな幼女は……
「……あ」
何かに気づいたらしい。
「それじゃあキャロルさん、ブラボーちゃんに噛まれちゃったの?」
「……そうらしいわね」
無邪気な問いに、仕方なく口裏を合わせるキャロル。
だが満更でもない様子なのは、彼女も幼女を憎からず思っているからだ。
天真爛漫な彼女らと冒険するうちに、キャロルもメリルも彼女らを好きになった。
だから巨大蜘蛛との厳しい戦いの最中、彼女らを守り抜いてくれた。
それが【組合】との契約だからという理由だけでなく。
そんな彼女らの今の気分が、魔術結社の術者たちが言うプラスの感情が賦活された状態だという事は、魔法の事なんてほとんど何も知らない舞奈にだってわかる。
そんなチャビーは、
「それじゃあキャロルさん」
続く無邪気なひと言で――
「――子供をたくさん産んじゃうの!?」
「「「!?」」」
今日見たどんな氷の魔法より見事に場を凍らせてみせた。
そんな一行を、運よく難を逃れた巨木の枝の上から1匹のヤマネコが見やっていた。
一行は猫を気にも留めない。
だが動物と意思疎通できる少数の術者は知っている。
霊格の高い猫たちが、猫同士で霊的なネットワークを形成していることを――
――ヤマネコです。先ほどは私の不適切な発言により大変な御迷惑をおかけしました
――新開発区の名もなき黒猫。まったくだ
――公園のボス。まったくだぜ
――貴婦人。本当に。子猫にはとても聞かせられないような卑猥な言葉を連呼して
――桜ちゃん家のミケだよ。ドン引きだったね
――バースト。引いたね
――ルージュ。引いた
――ネコポチ。うん、引いた
――で、でもね、あれは違うんだよ。変な蜘蛛に噛まれて頭がヘンになって……
――新開発区の名もなき黒猫。お、おう……
――弁財天。わかるわかる。形而上の姦淫の蜘蛛に噛まれたんだ
――弁財天。ボクも暴食の蜘蛛によく噛まれちゃってね
――そうじゃないんだ。極彩色の蜘蛛が本当にいて、捕まえようとして逆に噛まれて
――公園のボス。猫の名折れだな
――そいつが巨大になって、志門舞奈人間たちと戦って……
――貴婦人。言うに事欠いてそれは……
――志門舞奈人間も大きくなって、吹雪を噴いて応戦して……
――新開発区の名もなき黒猫。ねぇよ
――保健所のマンチだよ。ちょっとリアリティに欠けるね
――エース君。説得力がないね
――本当なんだ! 信じてくれー
――新開発区の名もなき黒猫。もういい。おまえセミでも食って少し休め……
と、まあ、所は変わって林の入り口。
マシエトで茂みをかき分けながら、舞奈たち一行があらわれた。
首尾よく目的を果たし、あるいは昼寝してすっかりリフレッシュした少女たちの顔に浮かぶのは満足げな笑み。
レインも帰り道で3回転んだ以外はすっかり回復していた。
「いやーなんとかなって良かったよ」
言いつつ笑う舞奈が見やる先は、チャビーが手にした虫かご。
正確には虫かごの中の極彩色の蜘蛛。
先ほどまでとはサイズの逆転した小さな蜘蛛は、広い虫かごが気に入ったらしい。
歩き回ったり、くつろいだり、下品なポーズを取ったりして遊んでいる。
まったく呑気なものだ。
「ブラボーちゃんが見つかってよかったね」
「うん! これで黒崎先生も安心だね!」
園香と笑うチャビーの側で、
「そうじゃなきゃ骨折り損だしな」
そこまで不義理されてたまるか、と舞奈は苦笑する。
皆が一様に楽しげだ。
だから贅沢にも少しだけ名残惜しそうな表情を誰ともなく浮かべる。
そんな一行の背後で、
「おおっタヌキが……!」
「んっ? おー、みんな見て見て」
メリルとキャロルの声に振り返る。
そこでは数匹のタヌキが木陰から一行を見やっていた。
「怪物をおっぱらってくれたと思ってるのかもしれないね」
「おー」
また梢が適当なことを言った。
だがメリルが嬉しそうな顔をしたので、それはそれでいいと思った。
「怪物?」
「いやそれは……蜘蛛に噛まれたキャロルさんが暴れてね! もう怪獣みたいに」
「キャロル、トラになる」
「わわっ」
エスカレートする梢の口八丁にメリルがのっかり、園香がビックリして、
「それで木がいっぱい倒れてたの?」
「そうそう! チャビーちゃん、よく見てたね」
「ちょっ!? ……あんた、あたしに恨みでもあるの?」
「あはは……」
キャロルが睨んでレインが苦笑する。
そんな様子を見やって舞奈も、明日香も笑う。
気のせいかタヌキも何だか楽しそうに(珍しい動物を見るように?)こちらを見やっている気がする。
「もりへおかえりー」
「帰るのあたしたちだけどね」
メリルが無邪気に手を振る。
「またねー」
釣られてチャビーも手を振って、虫かごが少しゆれて蜘蛛がビックリする。
そして一行は林を後にした。
こうして舞奈たちは首尾よく目的を果たし、足取りも軽く街へと向かった。
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