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第18章 黄金色の聖槍

ヘルバッハ討伐作戦前夜

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「(バスタオルも、これだけ並ぶと壮観だな)」
「(無駄口を叩かないの。儀式の最中よ)」
「(へいへい)」
 小柄だが引き締まった身体にバスタオルをまとった舞奈が苦笑する。
 途端、隣で同じ格好をした明日香に小突かれる。

 学校の体育館に匹敵する大きな大きな大浴場。
 その両脇に、執行人エージェントや術者やヒーローたちが整列する様は中々に壮観。
 皆が貸し出された白地に紋章が描かれたバスタオル一丁だとなおさらだ。

 ヘルバッハ討伐作戦を明日に控えた、とある晩。
 参加者全員にWウィルスへの耐性を付与する儀式は、スカイフォール大使館の一角に備えられた大浴場で行われた。
 昔は王家で定期的に行われていた儀式だそうだが、近年すたれていたらしい。

 そんな儀式の進行役を務めるマーサが祝辞だか経文だかを述べる。
 性に合ってるのか割とノリノリだ。
 術者よりそっち方面が向いてそうな澄んだ声を生真面目なヒーローたちが静聴し、舞奈がバスタオル姿のマーサに見とれているうちに儀式は次のフェーズに移行する。

「それではプリンセスの入場となります」
 マーサが高らかに宣言すると同時に大扉が開く。
 むっとする熱気が周囲に立ちこめる。
 隣はサウナになっているらしい。

 次いで参加者たちの歓声に出迎えられてあらわれたのはルーシア、レナ、麗華。
 丈の長いローブのように、黒いコートをまとっている。
 ルーシアとレナは優雅に儀礼的な礼をする。
 麗華様がこっち向いて手を振って、不意をつかれたルーシアたちがビックリする。

「(……麗華の奴、リハーサルでやってないことしてやがるな)」
 舞奈はやれやれと肩をすくめる。
 だが儀式はそのまま進む。
 パフォーマンスは儀式の本質ではないからだ。

 側の明日香やデニスやジャネットが苦笑しながら見やる先。
 3人のプリンセスはマーサのアナウンスにうながされるままローブを脱ぐ。
 汗ばんだルーシアとレナの白い四肢、麗華様の健康的な肌があらわになる。
 会場はさらなる歓声につつまれる。

 ローブなど着てサウナに入っていた理由は、身体を程よく蒸らすためだ。
 Wウィルスへの耐性の元になる対抗ウィルスはプリンセスの汗にも含まれる。
 だから儀式の効果を確実なものとすべく、サウナの熱気で汗をかくのだ。

 3人は脱いだローブを側の騎士に手渡し、そのまま入浴する。

 次いで他の参加者たちも入浴する。
 こちらは体を洗ってからだ。
 プリンセスじゃない普通の人の汗や垢は、汚いだけで特別な効用はないからだ。
 広間に集った術者、ヒーローたちが、広い壁際にずらりとならんだ洗い場に並んで身を清める様はそれはそれで壮観だ。

 そして数分後……

「……まさかスカイフォールの古の儀式とやらが、温泉パーティーだったとはな」
 儀式を終えた舞奈たちヘルバッハ討伐部隊の面々は、そのまま温泉を満喫していた。

「プリンセスの持つ耐性を、作戦の参加者全員に付与するって意味では合理的だわ」
「まあな」
 隣の明日香のうんちくに、今日ばかりは笑みを返してみせる。

 明日香は眼鏡をはずし、長い黒髪を団子状に結っている。
 眼鏡はほぼ伊達なので湯気で曇るくらいならないほうがマシだからだ。
 加えて几帳面な彼女は髪が湯船に入るのが嫌いだ。
 そんな彼女は、もしゃもしゃの髪を湯につけっぱなしの舞奈を睨む。
 舞奈が視線をそらした先に……

「……風呂場で泳ぐな。お里が知れるぞ」
 陽子がアメンボみたいに泳いできた。
 ピンク色に上気した尻を、苦笑しながらペチッとはたく。
 女子中学生の形の良い尻は程よい弾力と共にプルンと揺れる。

「きゃっ何するのよもー」
 こちらも長い髪をそのままにしながら陽子はザブンと尻を湯に沈める。
 お返しとばかりに舞奈の胸をペチッとはたき、

「わっカチカチじゃない。おもしろーい」
 胸板を、二の腕をパンパン、ペチペチ叩く。
 鋼鉄のように鍛えられた舞奈の筋肉が珍しいらしい。
 無理もない。

 泳ぐし騒ぐし髪を湯につけっぱなしの2人を明日香が睨む。
 だが陽子は気にせず。

「……っていうか、あれはどうなのよ?」
 明後日の方向を指差す。
 釣られて見やる先で、

「あははルーシアさまー。ここまでお出でくださいませー」
「うふふ夜空さまー、待ってくださいませー」
 夜空が泳いでいた。
 こともあろうにルーシアと一緒にキャッキャウフフと。
 それはもう楽しそうに。

「こいつはやんごとない趣味だぜ」
 舞奈はやれやれと肩をすくめてみせる。

 だが今の舞奈にルーシアを責めることはできない。
 幾日か前の、笑顔だが何処か憂いを秘めた彼女の表情を舞奈は知っている。
 だから悩みと一緒に礼節も吹き飛んだ能天気な笑みを、祝福せずにいられない。

 それにプリンセス自身が動き回ると対抗ウィルスがよく湯に混ざるかもしれない。
 なんだかティーバッグや出汁みたいだと少し思った舞奈の側に、

「……ありがとう」
 ささやくような小さな声。
 気づくと隣にレナがいた。

「可愛いお姫様が、悲しそうにしてるのが嫌だっただけさ」
 舞奈は何食わぬ表情で笑ってみせる。

 もちろん舞奈は彼女の笑顔も守りたかった。
 ルーシアを必死で救おうとした理由も、もとはと言えばそのためだ。
 何故なら何時か見た20年後の夢の中で、レナの肌は今の彼女と同じくらい白くてすべやかだった。だからま何食わぬ表情で、

「それより、こんなでっかい風呂に園香と一緒に入れたら楽しいと思うんだが」
 言った途端、レナが本気で睨んできた。
 どさくさにまぎれて湯の中で舞奈が触ったからだ。

「許さないわよ! 志門舞奈!」
 レナが振り上げた拳、ついでに陽子のペチペチから逃げるように、その場を離れる。
 せっかくだから舞奈も皆を巡って話でもしたくなった。

 そう思った矢先に麗華とデニス、ジャネットを発見。
 長身で浅黒い肌のデニス、色白なジャネットに麗華様は湯をかけて遊んでいた。
 ジャネットが両手で水鉄砲を作って撃ち返す。
 麗華様は真似しようと試みるが、上手くいかずに水をかける。

「よっおまえらも災難だったな」
「あっ舞奈様」
「事情は説明されたンすが……うわっぷ」
「にわかには信じられない話ですね」
「まあな」
 正直なところ困惑するジャネットとデニスに、まあ仕方ないと苦笑する。

 彼女らの生い立ちも大概に波乱に満ちていると舞奈も思う。
 だが今、この街で起きている出来事の真相はその上を行くのも事実だ。
 なにせ魔法だ。
 人に化けたバケモノと、そいつらが作ったウィルスだ。
 舞奈と仲間の魔法使いたちは、これからバケモノどもの親玉を倒しに行く。

 その事実を3人に話し、守秘義務を課すだけに留めたのも、正直、麗華がプリンセスであることを鑑みた【機関】なり【組合C∴S∴C∴】なりの一種の温情だと舞奈は思う。
 だが、そんな事情も内心も知らぬ麗華様は――

「――ホホホ! 簡単ですわよ! 要するにこのわたくしの美貌と高貴な血筋を、ヴィランたちとイケメン騎士が狙っているということですわ!」
「奴の仮面の下が、今もイケメンかは知らんがな」
「志門さんたちはわたくしを守るために戦ってくださいまし!」
「へいへい」
「麗華様はぶれないンすね……」
「あはは……」
 元気な麗華に苦笑する。

 麗華様は自分が緊急事態の中心なのが楽しくて仕方ないのだ。
 なので具体的にしなくちゃいけないことがないのをいいことに、聞いた話の何割かを好き勝手な妄想に置き換えて悦に入っているのだ。
 ヘルバッハが見せた数々の魔術も、彼女にとっては水鉄砲と同じだ。
 まあ今回はそれで誰の迷惑にもならないし、本人が楽しそうなので放っておく。
 こんな彼女の笑顔も、いちおう舞奈が守りたかったもののひとつだ。

 なので舞奈は次へ向かう。
 少し離れた場所で小夜子とサチ、桂木姉妹にえり子に奈良坂が歓談していた。
 明日香もこっちに合流したらしい。

「紅葉さんや、小夜子さんたちもありがとう。よろしくな」
「こちらこそ宜しく頼むよ」
「礼を言われるようなことじゃないわ」
 紅葉が力強くうなずく。
 側で小夜子もぶっきらぼうに答える。
 よく鍛えられたスレンダーな紅葉の健康的な色合いの肩と、色白だがトレーニングは積んでるとおぼしき小夜子の肩を見やり、舞奈も口元に笑みを浮かべる。

 今回の作戦は、彼女らにとっても単なる依頼や任務じゃない。
 以前のクラフター、クイーン・ネメシスとの戦闘の延長線上にある今回の決戦は、彼女らにとっても因縁の戦いだ。

「にしても小夜子さんは何でサチさんを反対方向に追いやろうとしてるんだ……?」
「当然でしょ」
 半身が湯につかっていてすらわかるサチのふくよかな胸を目で追いながら言った舞奈に、明日香が冷たい声で答える。
 小夜子は無言で同意しつつ、何か言いたげな表情でこちらを見やる。
 セミロングの髪を結った彼女も明日香同様に生真面目だ。
 舞奈の視線がサチの胸に絡みつくのと同じくらい、湯船に髪がつかるのが嫌なのだ。

「ちぇっ」
 舞奈がちょっと不貞腐れながら見やった先で――

「――コケ~コッコ!」
「なかなか上手く浮かびませんねえ」
「でも元気のいいアヒルですよね。楓さんは凄いです」
「……」
「おまえらは何やってるんだ?」
 楓が手にしたニワトリに蹴られていた。
 隣の奈良坂が割と無責任に褒め称え、えり子が無言で見ている。
 珍しく裸眼の奈良坂は、執行部の戦闘要員のはずなのに身体の何処もかしこもやわらかく、抱きしめたら気持ちよさそうなのが色々な意味で不安を誘う。
 対して小学3年生のえり子の肩幅が狭く、全体的に細くて華奢なのは仕方ない。

「実は、えり子さんのためにアヒルを浮かばせてみようかと……むぎゅ」
「……」
「中等部まで普通に卒業したんだよな? あんた」
 楓の答えに苦笑しつつ、手の中で暴れるニワトリを見やる。
 口ぶりからすると【創神の言葉メスィ・ル・メジェド】で召喚したメジェドを成形したのだろう。
 そいつを湯船につっこもうとして抵抗されているらしい。

 メジェドに限らず魔術や呪術による召喚物は、占術で情報を呼び出すように時空の何処かしらを参照した構造データを具現化させて創るものらしい。
 なので細胞核のひとつまで正確に構造を把握していなくてもそれっぽい形になる。
 それは便利な技術なのだが、反面、よく把握していないものを召喚して粗相に扱うと顔面を蹴られて「むぎゅ」とか言う羽目になる。
 学校で噂の彼女の美貌も、髪を結いあげたうなじとナイスバディも台無しだ。

 ついでにアヒルとニワトリは別の鳥だ。
 それ以前に湯船に浮かべるアヒルは玩具であって本物じゃない。

 奈良坂は暴れるニワトリをニコニコ笑顔で見守っている。
 湯気で曇るからか眼鏡がないせいで、よく見えないのだと信じたい。
 側のえり子は……

「……こんな感じ?」
「おっ上手いじゃないか」
「流石ですえり子さん」
 はにかむように笑うえり子の前には湯に浮かぶアヒルの玩具。
 こちらは【天使の召喚アンヴァカシオン・デュヌ・アンジュ】で召喚された天使の応用か。
 微妙な間抜け面が、いつも彼女が召喚するブタの形の天使に少し似ている。

 造物魔王デミウルゴスから受信した天使の力を成形する祓魔師エクソシストの天使は、魔力で現実そのものを書き換えることによる魔術師ウィザードの召喚物に比べて格が低いとされる。
 だが出したものがTPOに合っているかどうかはそれとは関係ない。
 奈良坂の感嘆も、こちらはあながち間違ってはいない。

「素晴らしいですよえり子さん、筋が良いですね」
「トレーニングだったのか。……常識の範囲で試してくれよ」
 メジェドを消したか隠形させたかした楓がやってきた。
 対してやれやれと肩をすくめる舞奈の視界の端に、

「おっつばめちゃんじゃないか」
 見知った丸眼鏡のSランクがいた。

――お次はほら、ウミネコです。海の猫だからウミネコなんですよ。
――ほえー知りませんでした。
――猿の手……?

 再びえり子に適当な事を吹きこみ始めた楓を背に、舞奈はジャブジャブ移動する。

「おや舞奈さン」
「つばめさんに、あまり刺激の強いことは控えてくださいね」
「あんたまで……」
 にこやかなハットリとソォナムに苦笑して側を見やる。

 次いで糸目の陰に隠れるように半分沈んでいるSランクに目を向ける。
 本当に目が悪いのか、あるいは顔を隠す意図でもあるのか、実は本体か? くらいの存在感を放つ丸眼鏡は曇った様子もない。
 彼女が魔術だけでなく、ケルト呪術師としても非凡な才を誇る証拠だろう。
 才能の無駄遣いと言ってしまえばそれまでだが。

「あんたに聞きたいことがあるんだが」
「あちしだか?」
「わかるならあんたでも構わんがな」
「あ、あの、何でしょう……?」
 糸目の軽口を適当にあしらいながら、つばめを見やる。
 彼女はおずおずと怯えるような上目遣いで舞奈を見返す。
 微妙な居心地悪さに舞奈は少し困りつつも、

「あんたが知ってるケルト魔術について聞かせて欲しい」
「え、でも、そんな急に……」
 言った途端に彼女は困る。
 舞奈も困る。

 ヘルバッハとの対決に備えて相手の手札を少しでも知りたいと思ったのは本当だ。
 だが丸眼鏡の奥の目尻を下げて、細い眉を八の字に歪めて縮こまる彼女の肩幅の狭さと華奢さはえり子とタメ。
 高校生に教えを乞うというより下級生に迫るような絵面だ。なので……

「……その辺にしておいてやってくれ」
「ティムは喋るの苦手デース」
 筋骨隆々とした大女と、色白なロシア美女があらわれた。
 グルゴーガンとプロートニク。
 湯をジャブジャブかきわけてこっちに来ながら苦笑する2人に、

「あんたたちも来てくれたんだな」
 舞奈は満面の笑みを返す。

 彼女らはチャビーを取り戻すための戦いで、KASC攻略戦でも力を貸してくれた。
 今回のヴィランたちとの決戦にも付き合ってくれるつもりなのだろう。
 当日に急にあらわれてビックリさせたかったのかも知れないが、今回はWウィルスへの耐性がないとどうしようもない。
 なので前日に顔合わせだ。
 さらに……

「……久しぶり、志門舞奈」
 脱衣場のドアが開き、金色の長髪をなびかせてクラリスがあらわれた。
 後ろから同じ色の髪のエミル、長身のサーシャ、そして小柄なベリアルも続く。

 サイキック暗殺者のリンカー姉妹。
 レディ・アレクサンドラ。
 かつて舞奈たちと銃火を交えた超能力者サイキックたち。
 彼女たちもまた今回の決戦では舞奈たちの仲間だ。

 騎士団や諜報部の方面から、エミルに向かって「女の子!?」みたいな声が漏れる。
 そちらを見やってエミルが少し嫌そうな顔をしながら逃げるように湯船に跳びこむ。

「風呂に跳びこむでない」
 彼女らを統べるベリアルも格好こそ入浴のスタイルだ。
 だが顔全体を覆う仮面はそのままなので違和感が半端ない。
 仮面の彼女を見やって苦笑する舞奈の側に、

「……女の子の知り合いがまた増えたのね」
「君に会いたかったのは本当だぜ」
 クラリスがいた。
 少し拗ねた表情と、色白な肌がほんのりと上気する様子を見やって舞奈も笑う。

 彼女に会いたかったのは本当だ。
 舞奈は常に、可愛い女の子の友人たちと愉しみたい。語らいたい。
 だがクラリスは、それ以上の想いも読み取ることができる。
 何故なら彼女は【精神読解マインド・リード】で舞奈の心を読むことができる。

 舞奈がこの街で出会った少女たち。美女たち。
 彼女らとの出会いが、交流が、彼女たちだけでなく四国の一角で少しばかり傷ついた舞奈の心をも癒してくれた事実を彼女は見抜くことができる。
 その上で、その事実を喜んでくれている。
 そんなクラリスの内心を、表情と筋肉の動きから舞奈も察することができる。

 だから舞奈はクラリスの隣に並んで、白い身体を抱き寄せる。
 2度目に堪能する彼女の重さ、やわらかさ、今度は衣服越しじゃなく直に触れ合う肌の感触が最高だと心を読まれるまま彼女に伝える。

「その……そういうことすると、怒る娘がいるんじゃないの?」
「わかってくれるさ。あたしは皆の恋人だってさ」
 咎めるような口調とは裏腹に、満更でもなさそうな表情と上気した頬を見やって舞奈も笑い……

「…………」
 そんな舞奈をじーっと見る視線。
 視線を追うと貧相な体形の子供がいた。KAGEだ。まったく。
 
 クラリスの頬にキスし、彼女が照れて慌てる間に移動する。
 そうする隙に泳ぎ始めたKAGEを追って、公安の面子の所へ移動する。

 KAGEは子供の状態のままフランシーヌの乳の下に潜りこんでぶくぶく言う。
 まったく。それじゃあ先方が温まらんだろう……。
 ジト目でKAGEを見やりつつ、

「例の件、恩に着るよ」
「ふふ、お役に立てて何よりです」
 まずはフランシーヌに垢すりの件の礼を言う。
 あのおかげで、舞奈はヘルバッハへの対抗手段を得た。

「あんたたちが来てくれるなら心強いぜ」
「事の規模が規模だからな。当然だ」
 猫島朱音は不敵に笑う。

 なるほど彼女らは公安の魔道士メイジだ。
 他所の国のヴィランどもに、国内で大きな顔をさせることはできない。
 だが彼女の表情はそれだけじゃない。
 彼女もまた四国の一件で何かを失ったのだろう。
 今の舞奈にはわかる。だから、

「目にもの見せてやろうぜ、奴らにさ」
「ああ、同感だ」
 互いに剣呑な笑みを交わす。

 KAGEはフランシーヌの乳の下を出て、じゃばじゃばと泳いで行く。
 一緒に舞奈もディフェンダーズの面子の所に移動する。
 まあ彼女が公安とディフェンダーズを兼ねるのは、こういうムーブをするためだ。

「アーガスさんは一緒じゃないのか?」
「イアソンはモジモジしてあっちに行っちゃいました。何でデスかね?」
「さあな」
 すっとぼけたイリアの華奢な肩、薄い胸を見やりながら舞奈は苦笑する。

 飛び級で博士号をとった才女でも、身体が勝手に追従したりはしない。
 いつものアレなペストマスクとマントがないと、彼女も年相応の幼い少女だ。
 だがまあ、彼女らには他に言うべきことがある。

「今回の件、いろいろとありがとう」
「どういたしましてデス」
 まずはイリアに。
 スカイフォールの預言が王女たちの犠牲を必ずしも欲するものではないと判明したのも、別に舞奈ひとりの手柄じゃない。
 彼女らが地味な研究と調査を続けていてくれたからだ。

「あんたたちもだ」
「なあに! あたしたちにかかれば、あいつらなんて屁でもないさ」
「調子に乗るな。今回おまえはほとんど何もしてないだろ」
 スマッシュポーキーとタイタニアにも声をかける。
 彼女らもマーサの、レナのピンチに駆けつけてくれた。

 長身でスタイルの良いのタイタニアと、ぽっちゃり小さなポーキーは並んで湯船につかっていると肌の色が違うだけの仲の良い姉妹に見える。
 貧相な子供の姿のKAGEはタイタニアの下乳の下に収まっている。
 その場所が好きなのだろうか?

 普段はナイスバディなシャドウ・ザ・シャークの中の人。
 だが、こっちが本来の姿だ。
 それを公安の面子と同様、ディフェンダーズの仲間も受け入れている。
 そんな様子が微笑ましくて思わず笑う。

 どうせなら自分もやってみたいなと少し思う。
 頭の上に2つの乳房の重さとやわらかさを感じるのは中々に楽しそうだ。
 そんなことを考えていると、背後からクラリスの視線を感じる。
 その視線の意味に舞奈は気づき、

(もちろん、あたしはクラリスちゃんの下乳に挟まりたいと思ってるぜ!)
 強い思念をイメージと共に送ってみたら――

(――姉さんに!! 何てものを!! 志門舞奈ァァァァァァァァァァァァ!!)
 エミルの凄まじい激憤が【精神感応テレパシー】に乗って襲いかかって来た。
 少し離れた騎士団たちの所でゴードンがギョッとする。

「……というか、あんたは何やってるんだ?」
 気を取りなおして目前を見やると、KAGEは人様の乳の下で何かしていた。
 何かの魔術を使っている? ……おいおいこいつもか。

「サメとか出すなよ」
「ご安心を。そんなベタなことはしませんよ」
「ならいいが……」
 釘を刺した一言に返ってきた力強い言葉にひと安心。
 風呂場に危険生物なんか出されて騒ぎにされたらたまらん。
 皆はプリンセスの汗に宿る対抗ウィルスを摂取するために入浴しているのだ。
 自分が汗をかくためじゃない。と思った矢先に……

「……って、出してるじゃねぇか」
「サメじゃなくてハチですよ。マルハナバチです」
「種類なんかどうでもいい。ハチも出すな」
 いけしゃあしゃあと言ったKAGEにジト目を向ける。

 ウアブ魔術のメジェド神に対応する高等魔術による召喚物は大天使。
 KAGEも【血肉の大天使の召喚サモン・ザドギエル】により命を象った大天使を召喚したのだ。
 それは良いが、風呂場にハチがいても結構な騒ぎになりそうだ。
 公共の場で軽率に魔術で遊ぶのは正直、控えて欲しい。

「っていうか、魚以外も出せたんだな」
「カルフォルニアのとあるカルトでは、マルハナバチは魚だそうです」
「……あんた、今そいつらと同じ目で見られてるからな」
「冗談はともかく、我が師が虫の創造や変身に熟達していたのですよ。もちろん普通の動物にもなれますけどね」
「虫ねぇ……」
 ふと以前、メイドのマーサの危機に舞奈を誘ったセミのことを思い出す。
 あの時の術者は結局、誰だったんだろうと思い……

(……まあ、いいか)
 考えるのをやめる。

 ふと見やると、景観に彩を加える意図か浴場の中央に据え置かれた巨大なモニュメントの端で、猫か何かが水を飲んでいるのが見えた。
 王女の対抗ウィルスが入った温泉の水がそんなに美味しいのだろうか?
 猫にしてはガブガブ飲み過ぎだと思う。
 まあ、巨大な虫とかに侵入されるよりはマシだが。

「そういやあ、あんたの師匠って誰よ?」
「高等魔術を学ぶ過程で多くの師に師事と助言を乞うたのですが、最も影響を受けたのは我がディフェンダーズの影の首領、メンター・オメガです」
「そっか」
 KAGEの誇らしげな答えに笑みを返す。

 そして近くに見やった顔を見つけ、KAGEを残して移動する。

 遠目にもわかる肌色の頭は萩山だ。
 側にいるのはチャムエルと、片眼鏡のハニエル。
 こちらの印象が普段と変わらないのは、普段と同じ格好だからだ。

「ま、舞奈さん、あれはその……」
「あれはその何だ?」
 恐縮するハゲ……もとい萩山に声をかける。
 側の高等魔術師どもとは真逆に普段はフード付きパーカーで隠された彼の頭は、思った以上にツルツルだ。
 そんな彼が長身を縮こまらせる様子を見やり、

「……あんたのお手柄なんだ。もっと胸を張れ、胸を」
 笑いかける。

 彼や彼の父親が通販でパンツ買ってた事実については、まあ何も言うまい。
 舞奈も他人の趣味をとやかく言えるほど立派な生き方をしてる訳じゃない。
 だが、その行為によってプリンセスと対抗ウィルスの関係が明らかになったのは紛れもない事実だ。
 それによって、おそらく救われる命があることも。だから、

「あんたたちも手伝ってくれるんだな」
「まあ当然ですよ」
 風呂場の中でも外でも全裸の美女2人も不敵な笑みを浮かべる。

 そして舞奈はさらに移動。
 歓談していたクレアやベティ、諜報部の少年たちに挨拶しつつ……

「……いよいよだな」
 少し離れた場所でのんびりしていたアーガス氏の横に並ぶ。

「ああ。この国を蝕もうとしている悪は、もうすぐ潰える」
「ははっ頼むぜ」
「もちろんだとも。……お互いに」
 そう言って笑い合い、

「そもそも、あんたたちは、どうやって今回のことを知ったんだ?」
「メンター・オメガの偉大なる預言によって」
「なるほどな」
 問いに対して即答されて、ふむと頷く。そして……

「……にしても、あんた良い身体してるな」
「hahaha、トレーニングは欠かさないのでな」
 マッチョなヒーローの二の腕をペチペチ叩く。
 鋼鉄のような硬い筋肉をペチペチするのが面白い気持ちが何となくわかった。
 それにアーガス氏の筋肉はボリュームもある。

「君こそ、鋭く鍛え抜かれた見事な筋肉をしている」
「触ってみるか?」
「いや気持ちだけもらおう。決戦の前に起訴されてはヒーローも形無しだからな」
「そっか、あんたの国はそういうの厳しいんだっけな――」
 苦笑したその時、

「――何だ?」
 騒ぎに気づいて見やると、湯船から白い足が生えていた。
 デニスとジャネットが慌てて駆け寄っているところを見ると麗華様のようだ。

「意地でも目立ちたい心意気は認めるが、そこまで体張るこたぁないだろう」
 舞奈は苦笑しながらも仕方なく移動する。

 まあ今回の件で、麗華様は出汁をとった後に出番はない。
 だが舞奈は彼女をヘルバッハの強襲から、文字通り命がけで守ったのだ。
 直後に風呂場で溺れたりとかして欲しくない。

 舞奈は麗華めがけてばしゃばしゃ進む。
 そして立ち上がる。
 途端、周囲からほう、とため息が漏れた。
 ギャラリーたちの視線の先は、もちろん舞奈。

 濡れたくせ毛から覗く童顔に浮かぶ、精悍な表情。
 湯を滴らせた小5女子の小柄な四肢を彩る、鍛え抜かれた筋肉。
 太く屈強な二の腕。
 拳銃ジェリコ941を握り慣れた大きくてがっしりした手。
 お子様バストが貧相に見えないくらい硬くて分厚い胸板。
 引き締まった腹筋は見事に割れていて、太ももはアスリートのように硬い。

 戦闘に必要なものをすべて備え、必要ないものをそぎ落とされた究極の肉体。
 筋肉でできたコンパクトな戦闘機械。
 あるいは小さなダビデ像に命が吹きこまれたような。

 疑いようもない『最強』の身体に、戦える者も戦えぬ者も等しく見惚れる。
 そんな舞奈の前で、

「ぷはっ!」
「大丈夫ですか麗華様?」
「生きてるンす?」
 長身のデニスが麗華様の両脚をつかんで、大根みたいに引き上げる。

「げほげほったすかりましたわ」
「社会的にというか、いろいろアウトだがな……」
 周囲の視線などお構いなしに追いついた舞奈が苦笑する前で、長身のデニスは麗華様の身体を半回転させて立っている状態にして、

「麗華様、中ももにホクロなんかあったんだな」
「よくわかりますね。流石は舞奈様」
 ボソリとこぼした舞奈の言葉に、そのままさらに半回転させて逆さに戻す。
 舞奈は麗華の足の付け根を覗きこむ。
 そんな状況でも注目されると嬉しいらしい。
 上下逆さのまま麗華様はニンマリ笑って足を広げる。

 たしかに太ももの内側の上の方の、割と際どい位置に大きめのホクロがある。
 もちろん麗華様の股ぐらなんか、別にまじまじと見て嬉しいものではない。
 だが運動不足で生白い肌に黒いホクロが浮かぶ様子に何かを思い出し……

「……おや奇遇ですね。わたしも同じ場所にホクロがあるんですよ」
 マーサが言いつつ立ち上がろうとする。
 まさか無駄に注目を浴びた麗華が羨ましくなった訳でもないのだろうが。

「あんたは加減してくれ! 童貞だっているんだぞ」
 舞奈は慌てて座らせる。

 いい年をした彼女が、異性の視線に無自覚ということはないだろう。
 ということは何と言うか……男の期待に応えようとする性質なのだろうか?
 件のパンツの件といい。

 まあ、何処かで他のトラブルの元になっていないことを祈るばかりだ。
 なにせ幸か不幸か彼女の近くにいるのは、老いも若きも童貞ぞろいの騎士団だ。
 そう考えた矢先――

(――余計なお世話だ!)
 今度はゴードンの怒りの思念が飛んできた。
 やれやれと苦笑した途端――

「――うわっ!?」
 不意に横に跳んだ舞奈の残像を何かが撃ち抜いた。
 具体的には……いや、抽象的に表現すると、逆さになったままの麗華の股ぐらからビュピュッと何か水っぽいものが飛んだ。
 それを驚異的な感覚と反射神経で舞奈は避けたのだ。

「人ん家の風呂場で、信じられんことするな……」
 舞奈がジト目で見やる先で、逆さになったままの麗華様は満面のドヤ顔だ。
 不意打ちの奇行で舞奈をビックリさせたのが面白かったらしい。
 デニスとジャネットは呆れた表情で見ている。
 舞奈も同じ表情で麗華を見やる。

 惜しくも舞奈を仕損じた非魔法の水弾はポチャリと湯に落ちる。
 そんな様子を遠くの明日香が心の底から軽蔑した目で見やる。

 まあ今回の儀式の趣旨は皆でプリンセスの出汁に浸かることだ。
 麗華様の行為自体は褒められこそすれ咎められることはないだろう。

 ……いや褒められることも流石にないと信じたいが

 それはともかく今しがたのアレ、勢いが足りないと自分が悲惨な目に遭うのでは?
 ふと思った舞奈だけれど、すぐに思いなおす。
 麗華は今までもいろいろ人として大事なものが足りてなかった。
 だが勢いが足りないことだけはなかった。

 そう。
 麗華様はいつも全力だ。
 いい意味でも悪い意味でも。

 ふと見やると人様の乳の下でブクブク言ってたKAGEが真顔で湯から顔を出した。
 その様子が少し面白かったので、麗華の奇行には目をつむることにした。
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