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第18章 黄金色の聖槍
宣戦布告
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休日の朝、リコと共に訪れた旧市街地の商店街。
道中でばったり出会ったアーガス氏と共に公園を訪れ、待ち合わせていたというKAGEを探して、一旦、彼と別れて園内を散策する舞奈とリコは……
「……よっルーシアさんちーっす。麗華様も」
見知った顔を見かけて声をかける。
期せずしてKAGEより先に見つかったのは、怪しくない普通のお姫様だ。
これも無邪気なリコの人徳か。
「あら舞奈様。リコちゃんも」
「こんにちはなんだナ」
「おおサィモン・マイナー。子供連れで散歩か?」
金髪をなびかせたルーシアの側には太っちょイワンと上半身マッチョのジェイク。
「志門さん。こんな休日に奇遇ですわね」
「こんにちは舞奈様」
「子供がいるンす」
縦ロールの麗華の側には、お馴染みのデニスとジャネット
互いに仕事の最中と散歩の途中でバッタリ出くわしたと言ったところか。
イワンとジェイクは以前に麗華を誘拐したが、麗華は特に気にしていないようだ。
彼らの本当の身分がスカイフォールの騎士だと知ったからだろう。
そう言う意味では麗華様、意外に大物なのかもしれない。
「おひめさまだ!」
リコは金髪のプリンセスを見つけて走り出す。
「あら! 人を見る目がありますわね! 志門さんのところの子ですの?」
満面の笑みを浮かべる麗華様の前を通り過ぎて――
「――ふふっ、リコちゃんはお元気ですね」
「小さい頃のルーシア様に似てるんだナ」
「サィモン・マイナーの連れ子か。……なるほど動作がシュッとしてるな」
ルーシアに抱きつく。
そんな様子をイワンとジェイクがそれぞれ見やる。
「でしょうね……」
「人を見る目があるンすね……」
側のデニスが苦笑する。
ボソリと言ったジャネットを麗華様がギロリと睨む。
調子に乗ったリコはルーシア王女を放り出し、イワンの太ましい腹をポンポン叩く。
なんだか無意味に楽しそうだ。
あと珍しいらしい。
そういえば彼のような大柄な人は、リコの身近にはあまりいない。
スミスの昔の仲間キングは写真の中の人物だし(本人は今は校長をしてるけど老いてちっちゃくなってるし)、リコは張とは面識がない。
「おおいリコ、人様に悪さするんじゃない」
「ハハハ構わないんだナ。レナ様の小さい頃もこんなだったし」
「まあ確かに容赦なくグーで殴ってたなあレナ様……」
「……あんた、サーシャさんにも似たような扱いされてなかったか?」
イワンとジェイクの昔話に苦笑して、
「あしがほそい!」
「いや、それはだな……」
リコはいきなりジェイクに向かって叫ぶ。
こちらは筋肉質なのはスミスやアーガス氏やミリアム氏――クイーン・ネメシスで見慣れているが、上半身『だけ』マッチョなのは珍しいのだろう。
本人も実はちょっと気にしているようだ。
下半身にボリュームのある筋肉をつけようとすると、上半身より脚のが大変らしい。
舞奈は健康体操で型と一緒に鍛えてしまうので意識したことはないのだが。
「自由なんだナ」
「指を差すんじゃない」
苦笑するイワンと舞奈の目前で、
「しもん、ピカピカだ」
「光ってるのか? ……そりゃお姫様だからな」
「ひかってると、おひめさまなのか!?」
「いちばん強く光ってるのがそうだ」
不意にこっち向いて言ったリコに何気に答える。途端、
「じゃあ、いちばんおひめさま」
「はい」
「ようやく道理がわかりましたのね!」
リコはルーシアと麗華を指差し、
「ちょっとおひめさま。……しもんやリコとおなじくらい」
「恐縮です」
「お姫様なンすよ」
「いやだから、人を指差すんじゃない」
(こいつらも完全耐性の保持者か。麗華様の取り巻きだからか?)
デニスとジャネットを指差す。
柄にもなく照れる2人、ふむと頷く舞奈を尻目に、
「おひめさま……」
「へへっ、光栄なんだナ」
「お姫様の意味合いが我が国とこっちで違うのか……?」
2人の騎士を指差す。
イワンは何の疑いもなく破顔する。
ジェイクは困惑する。
そんな様子を見やって舞奈は考える。
プリンセスの身近にいることが、耐性を会得する条件なのだろうか?
それが必要条件なのか十分条件なのかわからないが。
それでも、プリンセスを犠牲にせずにWウィルスへ対抗するための手掛かりのように思える。そんな風に思索にふけっていると……
「ん? 雨か……?」
不意に周囲が暗くなった。
雨雲でもかかったのかと思った。だが……
「……糞ったれ!」
違った。
不自然に黒く染まった空には見覚えがある。
凄惨で忌まわしい記憶と共に。
最悪の予感を裏付けるように、周囲の人々が悲鳴をあげ、苦しみ始める。
無事なのは舞奈やリコ、困惑する麗華様や取り巻き、騎士団の面子――ウィルスへの耐性保持者のみ。すなわち……
「……W……ウィルス」
歯噛みする舞奈の側で、ルーシアが目を見開く。
舞奈たちは、この惨事を覆す方策を求めて東奔西走していた。
アーガスたちディフェンダーズのメンバーや協力者たちも。
ルーシアたちスカイフォールの面々も。
その他、おそらく舞奈の知る由もない識者たちも。
残り少ないタイムリミットを自覚しつつ、それでも誰も何も失わない結末を手にしようと必死にもがいていた。
そのタイムリミットは何の前触れもなく……今、訪れた。
同じ頃。
伊或町の一角に建つボロアパート。
萩山光が家族と暮らす一室のリビングで、
「あら……?」
ちゃぶ台の隣で寝転がってテレビを見ていた萩山母が不意に顔をしかめる。
突然めまいがしたからだ。
心なしか頭も痛い。
普段は病気とも体調不良とも無縁なトロルは、不機嫌な表情のまま立ち上がる。
そして何となく向かう先は光の部屋(半分はイリアの部屋)。
気分が悪いから難癖をつけたくなったとも、急に気分が悪くなったから同居中の息子が心配になったともつかぬ表情のまま無遠慮にドアを開けて、
「まったく、このぐうたら息子は昼間っから寝くさって!」
バーチャルギアを頭にはめたまま寝ている息子の頭を爪先で小突こうとして……
「……?」
何時の間にか頭痛もめまいもしていないことに気づく。
だが息子の頭のバーチャルギアが、微光を放っていたことには気も止めない。
自身の不調が治まったと同じタイミングで光が止んだのも。
もちろんバーチャルギアに発光するギミックなんてない。
だがトロルはファミコンの仕様なんて知らないし、知ろうとも思わない。だから……
「……このエラー、まさかWウィルスが……って、母ちゃん!? イタッ!」
不意に目覚めて驚く息子の頭を、スリッパの爪先で小突いた。
同じ頃。
商店街の一角にある花屋の2階。
「レイドボスと戦ってる最中だったのにー」
ベッドから半身を起こしたモモカが、頬を膨らませながら半身を起こす。
顔からバーチャルギアを外し、外したばかりのギアを見やって首をかしげる。
機器の内側の簡易モニターに映っているのはエラーメッセージ。
ゲーム内でいきなりあらわれたのと同じ文面だ。
モモカはゲーム中に、いきなり謎のエラーによって強制ログアウトされたのだ。
妙に暗いと思って窓の外を見やる。
すると時間は昼間なのに、空は雨雲のような黒い何かに覆われている。
「あれ? 今日、雨だっけ?」
可愛らしく小首をかしげながらベッドから降りる。
そのまま部屋を出て店舗のある1階に降りてみると、
「その可愛らしい足音はモモカちゃん! そっちは大丈夫でしたか?」
「あっバイト君。何かあったのー?」
「ええ。お客さんが揃って立ちくらみしたんで、ベンチで休んでもらってるんです」
「たいへんじゃない! ……バイト君は大丈夫?」
「僕は平気ですよ。ただ疲れたから座ってるだけで」
「そうなんだ……」
そんな会話をしながら、モモカは再び店の外を見やった。
空は先ほどと同じ、不気味な黒い雲に覆われていた……。
同じ頃。
讃原町の一角にある真神邸。
「パパ、ママ、大丈夫?」
食事の準備をしようとしていた園香が不安そうに両親を見やる。
リビングからうめき声がしたからだ、
見やるとソファに仲睦まじく並んで腰かけてテレビを見ていた両親が、頭を押さえて悶えていた。園香は慌てる。だが……
「……いや、少しめまいがな」
「でも大丈夫よ。もう治まったから」
「よかった」
両親の異変はすぐに治まったらしい。
怪訝そうながらも特に異常もない様子で娘に答える。
「おまえは何ともなかったかい?」
「うん。わたしは大丈夫だけど……」
答えながら、こちらも怪訝そうな表情で園香は窓を見やる。
両親も釣られて見やる。
窓の外には、園香が干したばかりの洗濯物が干されている。
自分のぶんも、家族のぶんも、最近はレナのぶんも。
家事が得意で大好きな園香は料理だけじゃなく掃除や洗濯も引き受けている。
だが物干し竿ではためく洗濯物の上の空を、園香と家族は不安げな表情で見上げる。
まだ昼間のはずの空は、不気味な黒い雲に覆われていた……。
そして再び公園の舞奈たち。
「糞ったれ!」
思わず舞奈は歯噛みする。
Wウィルスに対して、預言に対してどう対処するか舞奈も皆も決めかねていた。
だが時間は――敵は舞奈たちの決断を待ってはくれなかった。
そう思った途端、漆黒の空一面にビジョンが浮かんだ。
映画の宣伝か何かのような、数人の男女のバストアップ。
だが映っているのは見知った顔を含めた数人のヴィラン。
深紅のレオタードに身を包んだファイヤーボール。
フードをかぶった骸骨の死神デスリーパー。
レドーム頭の青騎士スピナーヘッドと、氷の巨人イエティ。
日本刀を手にし、顔に傾いたペイントをしたファット・ザ・ブシドー。
そして舞奈の知らない3人。うち2人は妖艶な美女だ。
使われた魔術は【幻影の像】だろう。
Sランク椰子実つばめがKASC攻略戦で双葉あずさの幻を、マンティコア戦でチャビーの幻を見せ、先日は舞奈が視た指輪の紋章を投影した幻影の魔術。
「見ない顔がいるな」
「美人はそれぞれファントムとファーレンエンジェルなんだナ」
首を傾げた舞奈に対するイワンの言葉に苦笑する。
美人というならファイヤーボールもそうだが、イワンの年齢的にそっちはカワイ子ちゃんという認識なのかもしれない。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
重要なのは、彼ら、彼女らを率いるように先頭に立つ黒衣の騎士。
仕草も容姿もスマートだが、顔全体を覆う仮面のせいで人相はわからない。
辛うじて見える口元と顎はシュッとしていて、たぶん中身は美形なのだと思う。
だが赤い仮面の色味が気に入らなくて舞奈は口元を歪める。
『我が名はヘルバッハ』
仮面の黒騎士は名乗る。
雑踏の中、過不足なくクリアに聞こえるが出所のわからない不可思議な音声。
こちらは音を奏でるケルト魔術【魔術の幻聴】か。
『この国の愚かなサルどもよ、ささやかな贈り物は喜んでいただけただろうか?』
「野郎! いい気になりやがって!」
涼やかな男の声に、舞奈は歯噛みする。
間違いない。たった今、Wウィルスを散布したのは奴だ。
市内の各家庭のバーチャルギアによる結界で被害が抑えられたのが幸いだ。
『だが私が主催する死のオリンピックはこれからが本番だ。愚かな貴様らに変革のチャンスをやろう。もうすぐ異世界の扉が開く。その奥底からあらわれる大いなる敵に、貴様らサルの力で抗ってみせろ』
虚像の中でヘルバッハは笑う。
そして次の瞬間、ヘルバッハは投影された幻の中から消えて――
「――おまえら! 下がれ!」
思わず叫んだ舞奈が見やる先。
空に浮かぶ小さな点が、黒い染みが広がるようにみるみる大きくなる。
そして数秒の後、目前に黒い男がすっくと立った。
先ほどのビジョンと瓜二つの、顔全体を仮面で隠した黒衣の騎士。
赤い仮面、ルーシアやレナと同じ色の金髪の他は、上から下まで黒一色。
左右それぞれの手に携えられた2本の剣まで漆黒だ。
今しがた上空から宣戦布告をしたヘルバッハ、その人だ。
本当に上空に転移するか何かして跳び降りてきたらしい。
なんとも派手なパフォーマンスだ。
しかも高度な魔術に裏打ちされた。
奴は魔道具に込められるほど【智慧の大門】【智慧の門】を得手とする。
加えて術者が望む位置を現実に強制する【飛翔】は、重力も慣性も無視して空を飛ぶこともできれば高高度から一瞬で落下して衝撃もなく着地することもできる。
だから舞奈は身構えながら口元を歪める。
奴は強敵だ。
「お迎えに上がりましたよ! プリンセス」
駆け寄るヘルバッハ。
「お呼びじゃねぇよ! 帰れチャバネ野郎!」
対してルーシアや麗華を守るように、舞奈が立ち塞がる。
油断なく身構えながら迫り来る黒騎士を一瞥する。
その目前で、黒騎士は左右にそれぞれ剣を構える。
両刀使いだ。
成熟していながらも若々しい身のこなしと背格好から、年頃は大学生ほど。
おそらく術で変身しているとかではない。
名前と髪の色から、失踪したスカイフォールのバッハ王子だと考えるのが妥当か。
そうすると妹にあたるルーシアには申し訳ないが、舞奈にとっては好都合だ。
そういうことなら奴の手札は知れているからだ。
奴は両刀使いなだけじゃない。
男だてらにケルト魔術を修めた魔術師でもある。
双剣の黒騎士は自身の行く先に立ちふさがる子供を見やって舌打ちする。
だが背後を見やって口元にニヤリと笑みを浮かべ、
「Please,Morgan le Fay!」
左手の剣を突きつけながら叫ぶ。
舞奈は身を屈めて射線とおぼしき剣先から逃れる。
予想通りのケルト魔術。
しかも十中八九、マーサと同じ師を持つ高速施術。
だが奴の剣先から何かが放たれた感触はない。代わりに――
「――まてしもん! そいつはみかただ!」
背後でリコが叫んだ。
舞奈は訝しみつつ背後を一瞥して――
「――おっとすまん見てなかった」
「ちいっ!」
目を離した隙を狙ったらしい斬撃を、身をかがめて避ける。
ヘルバッハは舌打ちする。
だが仮面の下の口元にはすぐに余裕の笑みが浮かぶ。
そんな舞奈とヘルバッハにリコは駆け寄ろうとして……
「……なんでみかたなんだ?」
不意に立ち止まる。
「何だと?」
ヘルバッハは口元を歪めながらリコを睨み、
「リコちゃん、どうしたんだナ?」
「だって! さっき! そいつが……」
リコはイワンの制止を振り切り再び走り出し、
「……てきっていったな」
「ああ、言ってたな」
ジェイクの前で立ち止まる。
「リコはなんで、そいつがみかただとおもったんだ……?」
「危ないからこっちに下がってるんだナ」
「そのほうがけんめいだな!」
「子供が!? 我が術を破っただと!?」
首を傾げつつ下がるリコを見やってヘルバッハは舌打ちする。
「【人間の魅了】って奴か。残念だったな!」
その隙を逃さず舞奈はハイキック。
砲弾のようなスニーカーの爪先が捉えるのは剣を持った奴の右手。
だがヘルバッハは不意に跳び退る。
物理法則を微妙に無視した挙動は【加速】による高速化か。
身体能力の上昇ではなく、素早く動くという結果を世界に強制する魔術。
それ以上にピンポイントに右手をかばうような動きが不自然だと舞奈は思った。
攻撃に気づいたというより別の何かに示唆された感じだ。
戦闘中に一瞬先の危機を情報として召喚する【戦場の奸智】。
あるいは【思考感知】で表層思考を読まれたか。
そして人の心の隙間に誤情報を流しこむことで操る【人間の魅了】。
先ほどの呪文はリコを目標にしたものだったらしい。
脂虫などの怪異と違って確たる意思を持った人間を、まとめて操ることは彼には荷が重いはずだ。だから幼いリコを狙ったのだろう。
だが目論見は外れた。
幼いが利発なリコは魔術による表層意識の改ざんに自分で気づいた。
だがヘルバッハの魔術は素早く次の目標を捉える。
「Please,Morgan le Fay! Charm Person!」
「そのお方は! わたくしを迎えに来た王子様ですわ!」
「しっかりするンす、麗華様」
「いくら人望のなさから目を背けたいにしろ、それは無理があるのでは……?」
再び使った魔術は今度は麗華を狂わせる。
だが手馴れた様子で拘束される。
麗華様は元から奇抜な言動ばかりして信用がないからだ。
「おのれ……!」
ヘルバッハの口元が歪む。
仮にもプリンセスの発言が、あそこまで周囲に何の動揺ももたらすことなく淡々と妄言として処理されたのが予想外だったのだろう。
悪い意味での麗華様の人徳が、今回ばかりは役に立った。
対する舞奈はニヤリと笑う。
奴の魔術を仲間たちが防いだから……という理由だけではない。
以前にゴードンを操って、舞奈を襲わせた何者かの正体がわかったからだ。
「残念だったな! そいつをもう少し上手く使えれば、幼女から爺さんまでより取り見取りのモテモテだったのにな!」
「減らず口を! Please,Airget-lamh――」
黒衣の騎士は両手の剣を頭上に構えて次なる呪文を行使する。
雲の魔術神アガートラムを奉ずる呪文に呼応して出現したのは見えない何か。
おそらく複数の巨大な空気の塊――【爆裂衝球】の魔術。
精神操作によって混乱させる手は無理筋と判断し、直接攻撃に切り替えたか。
「――Concussion! Concussion!」
ヘルバッハは叫びと共に双剣を振るう。
同時に舞奈は地面を転がる。
頭上を複数の不可視の何かが通り過ぎる。予想通り。
大気の砲弾は小さなツインテールを強風でなびかせるのみ。
だが一挙動で立ち上がった舞奈の背後で幾つかの悲鳴。
大気の砲弾は舞奈の代わりにデニスとジャネット、護衛たちを吹き飛ばしていた。
幸いにも怪我をした気配はない。
イワンがリコを抱きかかえてかばってくれたのが幸いだ。
「プリンセスがひとりいない? ルーシア王女と……この国のサルだけか!?」
「麗華様も、てめぇにだけは言われたくねぇだろうな! チャバネ野郎!」
施術を終えた体勢のままヘルバッハはひとりごちる
その隙に舞奈は接敵。
数メートルの距離を一瞬で詰めた勢いのまま当て身を試みる。
心や未来を読む相手なら、距離をとるより近づいて相手が情報を吟味する余裕をなくしたほうが状況は有利になる。
見たところ反応速度は舞奈の方が上だ。
できれば剣の間合いより深く入り、投げて地面に叩きつけられればベター。
(奴はここにプリンセスが3人とも集まっていることを前提に襲撃した?)
半ば脊髄反射で反応しながら舞奈は考える。
だが、この場所にはレナがいない。
占術に失敗でもしたのだろうか?
訝しむ舞奈の前で、黒衣の騎士の姿が消える。
直後に少し離れた後方に出現。短距離転移の魔術【空間跳躍】。
舞奈は舌打ちしつつ、強襲を諦め一旦、身構える。
次の瞬間――
「――Please,Merlin!」
ヘルバッハは両腕を天にかざして呪文を唱える。
あらかじめ魔道具に焼きつけておかなければ即座には使えないほど高度な魔術。
おそらく大魔法。
警戒する舞奈、【爆裂衝球】の直撃を避けたルーシアと麗華の周囲が――
「――【理想郷の召喚】か」
変容する。
先ほどまでは見慣れた公園だったその一帯。
だが今はオブジェクトの配置はそのまま、レンガ造りの西洋風の見慣れぬ景色。
騎士団やリコ、麗華の取り巻きたちはいない。
幸か不幸か結界の外に弾き出されたらしい。
――否。最初から奴は取り巻きを分断するつもりで吹き飛ばしたのだ。
何故なら洋風の広間の中央に立っているのはヘルバッハ。
相対しているのは舞奈と背後のルーシア、麗華のみ。
舞奈たち3人は仲間と分断され、敵の戦術結界に閉じこめられたのだ。
道中でばったり出会ったアーガス氏と共に公園を訪れ、待ち合わせていたというKAGEを探して、一旦、彼と別れて園内を散策する舞奈とリコは……
「……よっルーシアさんちーっす。麗華様も」
見知った顔を見かけて声をかける。
期せずしてKAGEより先に見つかったのは、怪しくない普通のお姫様だ。
これも無邪気なリコの人徳か。
「あら舞奈様。リコちゃんも」
「こんにちはなんだナ」
「おおサィモン・マイナー。子供連れで散歩か?」
金髪をなびかせたルーシアの側には太っちょイワンと上半身マッチョのジェイク。
「志門さん。こんな休日に奇遇ですわね」
「こんにちは舞奈様」
「子供がいるンす」
縦ロールの麗華の側には、お馴染みのデニスとジャネット
互いに仕事の最中と散歩の途中でバッタリ出くわしたと言ったところか。
イワンとジェイクは以前に麗華を誘拐したが、麗華は特に気にしていないようだ。
彼らの本当の身分がスカイフォールの騎士だと知ったからだろう。
そう言う意味では麗華様、意外に大物なのかもしれない。
「おひめさまだ!」
リコは金髪のプリンセスを見つけて走り出す。
「あら! 人を見る目がありますわね! 志門さんのところの子ですの?」
満面の笑みを浮かべる麗華様の前を通り過ぎて――
「――ふふっ、リコちゃんはお元気ですね」
「小さい頃のルーシア様に似てるんだナ」
「サィモン・マイナーの連れ子か。……なるほど動作がシュッとしてるな」
ルーシアに抱きつく。
そんな様子をイワンとジェイクがそれぞれ見やる。
「でしょうね……」
「人を見る目があるンすね……」
側のデニスが苦笑する。
ボソリと言ったジャネットを麗華様がギロリと睨む。
調子に乗ったリコはルーシア王女を放り出し、イワンの太ましい腹をポンポン叩く。
なんだか無意味に楽しそうだ。
あと珍しいらしい。
そういえば彼のような大柄な人は、リコの身近にはあまりいない。
スミスの昔の仲間キングは写真の中の人物だし(本人は今は校長をしてるけど老いてちっちゃくなってるし)、リコは張とは面識がない。
「おおいリコ、人様に悪さするんじゃない」
「ハハハ構わないんだナ。レナ様の小さい頃もこんなだったし」
「まあ確かに容赦なくグーで殴ってたなあレナ様……」
「……あんた、サーシャさんにも似たような扱いされてなかったか?」
イワンとジェイクの昔話に苦笑して、
「あしがほそい!」
「いや、それはだな……」
リコはいきなりジェイクに向かって叫ぶ。
こちらは筋肉質なのはスミスやアーガス氏やミリアム氏――クイーン・ネメシスで見慣れているが、上半身『だけ』マッチョなのは珍しいのだろう。
本人も実はちょっと気にしているようだ。
下半身にボリュームのある筋肉をつけようとすると、上半身より脚のが大変らしい。
舞奈は健康体操で型と一緒に鍛えてしまうので意識したことはないのだが。
「自由なんだナ」
「指を差すんじゃない」
苦笑するイワンと舞奈の目前で、
「しもん、ピカピカだ」
「光ってるのか? ……そりゃお姫様だからな」
「ひかってると、おひめさまなのか!?」
「いちばん強く光ってるのがそうだ」
不意にこっち向いて言ったリコに何気に答える。途端、
「じゃあ、いちばんおひめさま」
「はい」
「ようやく道理がわかりましたのね!」
リコはルーシアと麗華を指差し、
「ちょっとおひめさま。……しもんやリコとおなじくらい」
「恐縮です」
「お姫様なンすよ」
「いやだから、人を指差すんじゃない」
(こいつらも完全耐性の保持者か。麗華様の取り巻きだからか?)
デニスとジャネットを指差す。
柄にもなく照れる2人、ふむと頷く舞奈を尻目に、
「おひめさま……」
「へへっ、光栄なんだナ」
「お姫様の意味合いが我が国とこっちで違うのか……?」
2人の騎士を指差す。
イワンは何の疑いもなく破顔する。
ジェイクは困惑する。
そんな様子を見やって舞奈は考える。
プリンセスの身近にいることが、耐性を会得する条件なのだろうか?
それが必要条件なのか十分条件なのかわからないが。
それでも、プリンセスを犠牲にせずにWウィルスへ対抗するための手掛かりのように思える。そんな風に思索にふけっていると……
「ん? 雨か……?」
不意に周囲が暗くなった。
雨雲でもかかったのかと思った。だが……
「……糞ったれ!」
違った。
不自然に黒く染まった空には見覚えがある。
凄惨で忌まわしい記憶と共に。
最悪の予感を裏付けるように、周囲の人々が悲鳴をあげ、苦しみ始める。
無事なのは舞奈やリコ、困惑する麗華様や取り巻き、騎士団の面子――ウィルスへの耐性保持者のみ。すなわち……
「……W……ウィルス」
歯噛みする舞奈の側で、ルーシアが目を見開く。
舞奈たちは、この惨事を覆す方策を求めて東奔西走していた。
アーガスたちディフェンダーズのメンバーや協力者たちも。
ルーシアたちスカイフォールの面々も。
その他、おそらく舞奈の知る由もない識者たちも。
残り少ないタイムリミットを自覚しつつ、それでも誰も何も失わない結末を手にしようと必死にもがいていた。
そのタイムリミットは何の前触れもなく……今、訪れた。
同じ頃。
伊或町の一角に建つボロアパート。
萩山光が家族と暮らす一室のリビングで、
「あら……?」
ちゃぶ台の隣で寝転がってテレビを見ていた萩山母が不意に顔をしかめる。
突然めまいがしたからだ。
心なしか頭も痛い。
普段は病気とも体調不良とも無縁なトロルは、不機嫌な表情のまま立ち上がる。
そして何となく向かう先は光の部屋(半分はイリアの部屋)。
気分が悪いから難癖をつけたくなったとも、急に気分が悪くなったから同居中の息子が心配になったともつかぬ表情のまま無遠慮にドアを開けて、
「まったく、このぐうたら息子は昼間っから寝くさって!」
バーチャルギアを頭にはめたまま寝ている息子の頭を爪先で小突こうとして……
「……?」
何時の間にか頭痛もめまいもしていないことに気づく。
だが息子の頭のバーチャルギアが、微光を放っていたことには気も止めない。
自身の不調が治まったと同じタイミングで光が止んだのも。
もちろんバーチャルギアに発光するギミックなんてない。
だがトロルはファミコンの仕様なんて知らないし、知ろうとも思わない。だから……
「……このエラー、まさかWウィルスが……って、母ちゃん!? イタッ!」
不意に目覚めて驚く息子の頭を、スリッパの爪先で小突いた。
同じ頃。
商店街の一角にある花屋の2階。
「レイドボスと戦ってる最中だったのにー」
ベッドから半身を起こしたモモカが、頬を膨らませながら半身を起こす。
顔からバーチャルギアを外し、外したばかりのギアを見やって首をかしげる。
機器の内側の簡易モニターに映っているのはエラーメッセージ。
ゲーム内でいきなりあらわれたのと同じ文面だ。
モモカはゲーム中に、いきなり謎のエラーによって強制ログアウトされたのだ。
妙に暗いと思って窓の外を見やる。
すると時間は昼間なのに、空は雨雲のような黒い何かに覆われている。
「あれ? 今日、雨だっけ?」
可愛らしく小首をかしげながらベッドから降りる。
そのまま部屋を出て店舗のある1階に降りてみると、
「その可愛らしい足音はモモカちゃん! そっちは大丈夫でしたか?」
「あっバイト君。何かあったのー?」
「ええ。お客さんが揃って立ちくらみしたんで、ベンチで休んでもらってるんです」
「たいへんじゃない! ……バイト君は大丈夫?」
「僕は平気ですよ。ただ疲れたから座ってるだけで」
「そうなんだ……」
そんな会話をしながら、モモカは再び店の外を見やった。
空は先ほどと同じ、不気味な黒い雲に覆われていた……。
同じ頃。
讃原町の一角にある真神邸。
「パパ、ママ、大丈夫?」
食事の準備をしようとしていた園香が不安そうに両親を見やる。
リビングからうめき声がしたからだ、
見やるとソファに仲睦まじく並んで腰かけてテレビを見ていた両親が、頭を押さえて悶えていた。園香は慌てる。だが……
「……いや、少しめまいがな」
「でも大丈夫よ。もう治まったから」
「よかった」
両親の異変はすぐに治まったらしい。
怪訝そうながらも特に異常もない様子で娘に答える。
「おまえは何ともなかったかい?」
「うん。わたしは大丈夫だけど……」
答えながら、こちらも怪訝そうな表情で園香は窓を見やる。
両親も釣られて見やる。
窓の外には、園香が干したばかりの洗濯物が干されている。
自分のぶんも、家族のぶんも、最近はレナのぶんも。
家事が得意で大好きな園香は料理だけじゃなく掃除や洗濯も引き受けている。
だが物干し竿ではためく洗濯物の上の空を、園香と家族は不安げな表情で見上げる。
まだ昼間のはずの空は、不気味な黒い雲に覆われていた……。
そして再び公園の舞奈たち。
「糞ったれ!」
思わず舞奈は歯噛みする。
Wウィルスに対して、預言に対してどう対処するか舞奈も皆も決めかねていた。
だが時間は――敵は舞奈たちの決断を待ってはくれなかった。
そう思った途端、漆黒の空一面にビジョンが浮かんだ。
映画の宣伝か何かのような、数人の男女のバストアップ。
だが映っているのは見知った顔を含めた数人のヴィラン。
深紅のレオタードに身を包んだファイヤーボール。
フードをかぶった骸骨の死神デスリーパー。
レドーム頭の青騎士スピナーヘッドと、氷の巨人イエティ。
日本刀を手にし、顔に傾いたペイントをしたファット・ザ・ブシドー。
そして舞奈の知らない3人。うち2人は妖艶な美女だ。
使われた魔術は【幻影の像】だろう。
Sランク椰子実つばめがKASC攻略戦で双葉あずさの幻を、マンティコア戦でチャビーの幻を見せ、先日は舞奈が視た指輪の紋章を投影した幻影の魔術。
「見ない顔がいるな」
「美人はそれぞれファントムとファーレンエンジェルなんだナ」
首を傾げた舞奈に対するイワンの言葉に苦笑する。
美人というならファイヤーボールもそうだが、イワンの年齢的にそっちはカワイ子ちゃんという認識なのかもしれない。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
重要なのは、彼ら、彼女らを率いるように先頭に立つ黒衣の騎士。
仕草も容姿もスマートだが、顔全体を覆う仮面のせいで人相はわからない。
辛うじて見える口元と顎はシュッとしていて、たぶん中身は美形なのだと思う。
だが赤い仮面の色味が気に入らなくて舞奈は口元を歪める。
『我が名はヘルバッハ』
仮面の黒騎士は名乗る。
雑踏の中、過不足なくクリアに聞こえるが出所のわからない不可思議な音声。
こちらは音を奏でるケルト魔術【魔術の幻聴】か。
『この国の愚かなサルどもよ、ささやかな贈り物は喜んでいただけただろうか?』
「野郎! いい気になりやがって!」
涼やかな男の声に、舞奈は歯噛みする。
間違いない。たった今、Wウィルスを散布したのは奴だ。
市内の各家庭のバーチャルギアによる結界で被害が抑えられたのが幸いだ。
『だが私が主催する死のオリンピックはこれからが本番だ。愚かな貴様らに変革のチャンスをやろう。もうすぐ異世界の扉が開く。その奥底からあらわれる大いなる敵に、貴様らサルの力で抗ってみせろ』
虚像の中でヘルバッハは笑う。
そして次の瞬間、ヘルバッハは投影された幻の中から消えて――
「――おまえら! 下がれ!」
思わず叫んだ舞奈が見やる先。
空に浮かぶ小さな点が、黒い染みが広がるようにみるみる大きくなる。
そして数秒の後、目前に黒い男がすっくと立った。
先ほどのビジョンと瓜二つの、顔全体を仮面で隠した黒衣の騎士。
赤い仮面、ルーシアやレナと同じ色の金髪の他は、上から下まで黒一色。
左右それぞれの手に携えられた2本の剣まで漆黒だ。
今しがた上空から宣戦布告をしたヘルバッハ、その人だ。
本当に上空に転移するか何かして跳び降りてきたらしい。
なんとも派手なパフォーマンスだ。
しかも高度な魔術に裏打ちされた。
奴は魔道具に込められるほど【智慧の大門】【智慧の門】を得手とする。
加えて術者が望む位置を現実に強制する【飛翔】は、重力も慣性も無視して空を飛ぶこともできれば高高度から一瞬で落下して衝撃もなく着地することもできる。
だから舞奈は身構えながら口元を歪める。
奴は強敵だ。
「お迎えに上がりましたよ! プリンセス」
駆け寄るヘルバッハ。
「お呼びじゃねぇよ! 帰れチャバネ野郎!」
対してルーシアや麗華を守るように、舞奈が立ち塞がる。
油断なく身構えながら迫り来る黒騎士を一瞥する。
その目前で、黒騎士は左右にそれぞれ剣を構える。
両刀使いだ。
成熟していながらも若々しい身のこなしと背格好から、年頃は大学生ほど。
おそらく術で変身しているとかではない。
名前と髪の色から、失踪したスカイフォールのバッハ王子だと考えるのが妥当か。
そうすると妹にあたるルーシアには申し訳ないが、舞奈にとっては好都合だ。
そういうことなら奴の手札は知れているからだ。
奴は両刀使いなだけじゃない。
男だてらにケルト魔術を修めた魔術師でもある。
双剣の黒騎士は自身の行く先に立ちふさがる子供を見やって舌打ちする。
だが背後を見やって口元にニヤリと笑みを浮かべ、
「Please,Morgan le Fay!」
左手の剣を突きつけながら叫ぶ。
舞奈は身を屈めて射線とおぼしき剣先から逃れる。
予想通りのケルト魔術。
しかも十中八九、マーサと同じ師を持つ高速施術。
だが奴の剣先から何かが放たれた感触はない。代わりに――
「――まてしもん! そいつはみかただ!」
背後でリコが叫んだ。
舞奈は訝しみつつ背後を一瞥して――
「――おっとすまん見てなかった」
「ちいっ!」
目を離した隙を狙ったらしい斬撃を、身をかがめて避ける。
ヘルバッハは舌打ちする。
だが仮面の下の口元にはすぐに余裕の笑みが浮かぶ。
そんな舞奈とヘルバッハにリコは駆け寄ろうとして……
「……なんでみかたなんだ?」
不意に立ち止まる。
「何だと?」
ヘルバッハは口元を歪めながらリコを睨み、
「リコちゃん、どうしたんだナ?」
「だって! さっき! そいつが……」
リコはイワンの制止を振り切り再び走り出し、
「……てきっていったな」
「ああ、言ってたな」
ジェイクの前で立ち止まる。
「リコはなんで、そいつがみかただとおもったんだ……?」
「危ないからこっちに下がってるんだナ」
「そのほうがけんめいだな!」
「子供が!? 我が術を破っただと!?」
首を傾げつつ下がるリコを見やってヘルバッハは舌打ちする。
「【人間の魅了】って奴か。残念だったな!」
その隙を逃さず舞奈はハイキック。
砲弾のようなスニーカーの爪先が捉えるのは剣を持った奴の右手。
だがヘルバッハは不意に跳び退る。
物理法則を微妙に無視した挙動は【加速】による高速化か。
身体能力の上昇ではなく、素早く動くという結果を世界に強制する魔術。
それ以上にピンポイントに右手をかばうような動きが不自然だと舞奈は思った。
攻撃に気づいたというより別の何かに示唆された感じだ。
戦闘中に一瞬先の危機を情報として召喚する【戦場の奸智】。
あるいは【思考感知】で表層思考を読まれたか。
そして人の心の隙間に誤情報を流しこむことで操る【人間の魅了】。
先ほどの呪文はリコを目標にしたものだったらしい。
脂虫などの怪異と違って確たる意思を持った人間を、まとめて操ることは彼には荷が重いはずだ。だから幼いリコを狙ったのだろう。
だが目論見は外れた。
幼いが利発なリコは魔術による表層意識の改ざんに自分で気づいた。
だがヘルバッハの魔術は素早く次の目標を捉える。
「Please,Morgan le Fay! Charm Person!」
「そのお方は! わたくしを迎えに来た王子様ですわ!」
「しっかりするンす、麗華様」
「いくら人望のなさから目を背けたいにしろ、それは無理があるのでは……?」
再び使った魔術は今度は麗華を狂わせる。
だが手馴れた様子で拘束される。
麗華様は元から奇抜な言動ばかりして信用がないからだ。
「おのれ……!」
ヘルバッハの口元が歪む。
仮にもプリンセスの発言が、あそこまで周囲に何の動揺ももたらすことなく淡々と妄言として処理されたのが予想外だったのだろう。
悪い意味での麗華様の人徳が、今回ばかりは役に立った。
対する舞奈はニヤリと笑う。
奴の魔術を仲間たちが防いだから……という理由だけではない。
以前にゴードンを操って、舞奈を襲わせた何者かの正体がわかったからだ。
「残念だったな! そいつをもう少し上手く使えれば、幼女から爺さんまでより取り見取りのモテモテだったのにな!」
「減らず口を! Please,Airget-lamh――」
黒衣の騎士は両手の剣を頭上に構えて次なる呪文を行使する。
雲の魔術神アガートラムを奉ずる呪文に呼応して出現したのは見えない何か。
おそらく複数の巨大な空気の塊――【爆裂衝球】の魔術。
精神操作によって混乱させる手は無理筋と判断し、直接攻撃に切り替えたか。
「――Concussion! Concussion!」
ヘルバッハは叫びと共に双剣を振るう。
同時に舞奈は地面を転がる。
頭上を複数の不可視の何かが通り過ぎる。予想通り。
大気の砲弾は小さなツインテールを強風でなびかせるのみ。
だが一挙動で立ち上がった舞奈の背後で幾つかの悲鳴。
大気の砲弾は舞奈の代わりにデニスとジャネット、護衛たちを吹き飛ばしていた。
幸いにも怪我をした気配はない。
イワンがリコを抱きかかえてかばってくれたのが幸いだ。
「プリンセスがひとりいない? ルーシア王女と……この国のサルだけか!?」
「麗華様も、てめぇにだけは言われたくねぇだろうな! チャバネ野郎!」
施術を終えた体勢のままヘルバッハはひとりごちる
その隙に舞奈は接敵。
数メートルの距離を一瞬で詰めた勢いのまま当て身を試みる。
心や未来を読む相手なら、距離をとるより近づいて相手が情報を吟味する余裕をなくしたほうが状況は有利になる。
見たところ反応速度は舞奈の方が上だ。
できれば剣の間合いより深く入り、投げて地面に叩きつけられればベター。
(奴はここにプリンセスが3人とも集まっていることを前提に襲撃した?)
半ば脊髄反射で反応しながら舞奈は考える。
だが、この場所にはレナがいない。
占術に失敗でもしたのだろうか?
訝しむ舞奈の前で、黒衣の騎士の姿が消える。
直後に少し離れた後方に出現。短距離転移の魔術【空間跳躍】。
舞奈は舌打ちしつつ、強襲を諦め一旦、身構える。
次の瞬間――
「――Please,Merlin!」
ヘルバッハは両腕を天にかざして呪文を唱える。
あらかじめ魔道具に焼きつけておかなければ即座には使えないほど高度な魔術。
おそらく大魔法。
警戒する舞奈、【爆裂衝球】の直撃を避けたルーシアと麗華の周囲が――
「――【理想郷の召喚】か」
変容する。
先ほどまでは見慣れた公園だったその一帯。
だが今はオブジェクトの配置はそのまま、レンガ造りの西洋風の見慣れぬ景色。
騎士団やリコ、麗華の取り巻きたちはいない。
幸か不幸か結界の外に弾き出されたらしい。
――否。最初から奴は取り巻きを分断するつもりで吹き飛ばしたのだ。
何故なら洋風の広間の中央に立っているのはヘルバッハ。
相対しているのは舞奈と背後のルーシア、麗華のみ。
舞奈たち3人は仲間と分断され、敵の戦術結界に閉じこめられたのだ。
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