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第18章 黄金色の聖槍
狂気による洞察
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「へえ、この街にもこんな所があるのね」
「なんだか、おもちゃ箱みたいで楽しそうですわ」
「そりゃお楽しみいただけたようで何より」
舞奈は陽子と夜空を連れ、人気のない伊或町の通りを歩く。
中学生2人は物珍しげにキョロキョロしながら。
先を行く舞奈はまんざらでもない表情で。
いちおう舞奈は今でも2人の護衛の依頼を引き受けている状態だ。
なので久しぶりに呼び出しがあれば、嫌でも街歩きの付き合いをする。
今日は変わったところに行きたいと言うので伊或町を案内してみた。
桜の家、えり子や萩山が住むらしいアパートがある伊或町は、昭和の香り漂う旧市街地の中でもひときわ年季の入った下町だ。
ぱっと見では開いてるのか閉まっているかもわからない八百屋や床屋。
店だか倉庫だか民家なのかも不明な木造やトタン壁の建物。
それらが雑多に立ち並ぶ様は、駅前や山の手とは違った意味でこいつらが好きそうだとなんとなく思った。
そんな予想が見事に当たって嬉しくないと言えば嘘になる。
「わたしも猫だった頃を思い出すわ」
「ルビーアイも来た事あるの?」
「ええ、目線の高さは少し違うけれど」
「そっかあ。ハリネズミだもんね」
(いや、あんたと会う前は肩の高さじゃなかったんだろう……)
陽キャと肩に乗ったピンク色のハリネズミの会話を聞きながら苦笑する。
スードゥナチュラルと呼ばれる魔法生物。
混沌魔術の【混沌変化】【狂気による精神支配】技術によって、故人や生物を変化させて創られる落とし子の一種。
陽キャの長い髪からちょこんと顔を出したハリネズミの正体がそれだ。
生前の彼女は1匹の猫だった。
「……そういや、お前ら楓さんと知り合いなんだって?」
「そうよ! 楓さんも紅葉さんも、最初は夜空の知り合いだったの」
舞奈が何となく問いかけると、陽子はニコニコと話し出す。
紅葉もさんづけ、ということは2人は中3よりは下の学年らしい。
「けど、話してみたらすっごい楽しい人たちだったの!」
「だから今でも電話で話したり、カードのデザインを頼んだりしておりますわ」
「そうそう! ルビーアイに最初に会ったのも、楓さんたちと遊びにこの街に来た帰りだったわよね!」
「ええ。オートバイに轢かれたわたしを……」
「……がっつり知り合いなんじゃないか」
楽しそうな陽子たちの言葉に、舞奈は口をへの字に曲げる。
まあ夜空と楓がブルジョワ同士で親交があったという話は納得できる。
会ってみて、陽子と気が合うのも理解できる。
何故ならこいつと楓は似ている。主に悪い意味で。
ウィアードテールのカードのデザインも、芸術家にして元脂虫連続殺害犯の彼女が嬉々として引き受けただろうことは予想がつく。
だが、それなら楓ももう少し何か話してくれればよかったのに。
というか、今回だって街の案内くらい知人にしてもらったほうが楽しいだろうに。
ゴリラや人面猫なんて、いかにも頭の軽い陽キャが喜びそうだと思うのだが。
それでも今回、こうして3人で街を歩けたのはラッキーだと少し思う。
彼女らに尋ねてみたいことがあったからだ。
もちろん本来ならばバカの陽キャに求めるべき意見などない。
そんなことをするのは頭のアレな人間だけだ。
だが狂気を術者の益とする手段は存在する。
舞奈のかつての仲間だった美香はエイリアニストだ。
混沌魔術がどういうものかは知っている。
術者にものを見る目と自制心があれば、狂気もまた情報のひとつだ。
混沌から情報を得る手管も、狂気による洞察という技術として確立されている。
知らない仲でもないバカの陽キャに意見を求めるのも同じことだと思う。
……もっとも、すべてが気の迷いと言われてしまえば、その通りだが。
「なあ、ひとつ聞いていいか?」
「まー良いけど、何よ? ほらほら話してごらん?」
「あんたな……」
尋ねた途端にマウントとってきた陽子を思わず睨む。
いっそパンツの色でも聞いて有耶無耶にしようかとも思った。
だが気を取りなおし、
「たとえば3つのリンゴがあって、どれかを捨てなきゃならん。どのリンゴもそれぞれ違って美味そうだ。そういう状況になったら、あんたはどうする?」
「捨てないで食べるわよ。全部」
問いかけた途端に即答。
まあ、そのくらいでなければアイドル怪盗なんてやってられないのかも知れない。
「簡単に言いやがって……」
舞奈は口をへの字に曲げる。
問いの意図はルーシア王女に突きつけられた選択。
即ちルーシア自身、レナ王女、麗華のうちひとりを犠牲にしなければいけない。
ルーシアは自分自身を犠牲にしようとしている。
だが舞奈としては別の選択肢を用意したい。
だから、そのヒントでも得られればいいなと舞奈なりに事実をぼかして尋ねてみたつもりなのだが、返ってきた答えはこの通り。
「だって当たり前でしょ? おいしそうなリンゴだったら捨てる訳ないじゃない」
「卑しい奴かあんたは」
「あんたが言うから答えたのに! だいたい捨てないといけない理由って何よ?」
「理由って、そりゃおまえ……」
続く陽子の逆ギレみたいな言葉に対する返事に詰まる。
まさかWウィルスへ対処する手段がプリンセスの血肉だなんて言えるはずもない。
そういえば以前にもそんな状況がもあったと思った途端……
「……おっあいつら」
通りの向こうに、見慣れたひょろ長いフード付きパーカー姿。
萩山だ。
側にはえり子。
対面には警官らしき男が2人。
仲良くデートと言う雰囲気ではない。
「何やってるんだ?」
「あっハゲの人! おーい! ハゲの人ー!」
叫びながら駆け出す陽子。
「……人の心がねぇのかあんたは」
舞奈は口元を歪めながら追いかける。
彼女は萩山を知っているらしい。
いつの間に知り合ったのかは知らないが。
「君は……!? それに舞奈さん!?」
萩山はこっち見て驚く。
前を行く陽キャも知った顔のようだ。
「志門舞奈……」
対して側のえり子は少し面倒なものを見る目で舞奈を見やる。
だが舞奈は気にせず2人に走り寄る。
「どうしたよ?」
「――君、あの子たちとはどういう関係だね?」
舞奈の問いを遮るように、警官のうち1人が萩山を詰問する。
「えっあの……彼女たちは俺の……その、恩人で……」
「今度はあっちが恩人か?」
「怪しいな。やはり署まで来てもらおう」
「あの、ちょっ!?」
もうひとりは連行しようとする。
話のわからん陽キャに続く、傍若無人な警官の態度に舞奈は少しムッとする。
「……だから、どういう状況だよ?」
「不審者と間違われてるの」
「いや、あいつもここら辺の人間だろう?」
「あの格好でわたしと話してたから、いたずらしようとしてると思われたみたい」
(まあ、わからん話じゃないが……)
えり子から事情を聞いて納得する。
なるほど、女の子が増えたせいで疑惑が深まったらしい。
萩山が良からぬことをすることはないと舞奈にはわかる。
以前に脂虫を斬り刻んでいたが、あれも悪気でやったことじゃない。
彼が女児にいたずらするようなことはない。
むしろ悪漢からえり子や子供たちを守ったことがある。
だが捕り物が首尾よくいって意気揚々と引き上げようとしている警官たちに、どう説明しようか悩む。途端――
「いあ、いあ、にゃるらとほてぷ――」
「あっ馬鹿野郎」
陽子は何時の間にか手にしていたステッキを回しながら呪文を唱え――
「――お……オデは……何をしていたんだ?」
「署へ……帰ろう……」
警官たちは萩山を置いて、ふらふらと歩き出した。
この陽キャ、公衆の往来で躊躇なく混沌魔術を使いやがった。
「無茶苦茶しやがる」
「すぐに正気に戻るから平気よ。ハゲの人をたすけたかったんでしょ?」
「いや、そりゃそうだが……」
陽子の言葉に言い淀む。
萩山は不思議そうな表情で警官たちの背中を見送る。
夜空はニコニコ、えり子は「あーあ」みたいな表情をしている。
「やってることがヴィランと変わらんだろう」
「えーだって、あの人たち脂虫よ?」
「なんだと?」
「仕事の間だけ吸わないんだと思う。ちょっと臭かったわ」
「そう言われてみればそんな気も……」
「あと、あたしの勘! 絶対に当たるの!」
「信用できねぇ!」
言い募る陽子をジト目で見やり、
「……今回だけは信じてあげて。いくら混沌魔術とはいえ、魔道具を使った精神への介入が普通の人間に対してあそこまで易々と通用することはないわ」
「まあ、そりゃそうだがなあ」
ハリネズミの理知的なフォローに仕方なく納得する。
「じゃーこの話は『お』しまい。『あ』たしは『し』らないし、『す』ぎたことよ」
「略して『おあしす』ですわね」
「嫌なオアシスだな……」
能天気な陽子の言葉、夜空のフォローに苦笑する。
道の端を、知らない猫が「ニャーン」と横切った。
「そういえばハゲの人、」
「その呼び方、やめてやれよ」
「えーなんで? 面白いじゃない歌うと髪が生えるのよ?」
「いや、いいんですよ。彼女も俺の恩人ですし……」
「こいつが? ……何かあったのか?」
「ええ、実は……」
萩山はおずおずと説明する。
KASC攻略戦の時の事らしい。
舞奈たちを先に行かせるために屍虫どもを足止めしていた彼とチャムエル。
だがチャムエルと別行動をとった隙に、萩山は屑田灰介に襲われた。
そんな絶体絶命の危機を救ったのが陽子……というかウィアードテールらしい。
「そうだったのか。その……ありがとう」
「ま、当然のことをしたまでよ!」
「あんたなあ……」
舞奈はやれやれと苦笑する。
その流れで自己紹介と相成った。
舞奈と萩山は全員を知っている。
だからえり子に陽キャどもを紹介する。
彼女がウィアードテールの中の人だということを言おうかどうか迷っていたら、陽キャが自分からバラしやがった。まったく悩みがなくて羨ましい。そして、
「……アモリ派?」
ボソリとこぼしながら、えり子は夜空を見やる。
少し警戒した表情だ。
対して夜空はニコニコ。
なるほど祓魔師同士、互いの素性に気づいたらしい。いや夜空のほうは知らんが。
よくよく考えれば、えり子が術者だということに気づいていなければウィアードテールの正体をバラそうとした時点でハリネズミが何かして止めるだろう。
それはともかく、アモリ派とカタリ派。
どちらも造物魔王の力を借りて奇跡を成す。
だがアモリ派は聖書の一節を拡大解釈して自身を造物魔王の一部と仮定する。
対してカタリ派は造物魔王を地球を蝕む悪と見なし、浄化するために力を使う。
術者自体も前者はおおむね裕福で、後者は清貧を貫く者が多い。
なので仲が良いとは言い難い……らしい。だが、
「よろしく」
「はい。こちらこそ」
えり子が差し出した手を、夜空が目線を合わせて握る。
萩山はえり子の恩人だ。
そして陽子たちは萩山の恩人だと先ほど話したばかりだ。
加えて夜空は天然で、えり子が子供だからという理由もあるかもしれない。
流派のイデオロギーにそれほど染まっていないのだ。だから、
「つかれたー。何か飲めるところか食べれるところないー?」
陽子が突拍子もなく言い出して、
「喫茶店みたいのがなかったっけ?」
「あ。そこやってなくて……」
「ええ……」
「駄菓子屋でお菓子とジュース買って、天使の木のところで休んだらどう?」
「じゃあ、そこにしましょうか。どちらですか?」
「こっち」
えり子の案内で、皆でだらだらと駄菓子屋に向かう。
その最中、
「舞奈さん、その……すいません」
後ろを歩く萩山が、小声で言った。
「気にしないで。格好があからまなに不審者なのはあなたのせいじゃないわ」
「あんたは黙っててくれ」
舞奈は陽子を睨みつけながら、
「……どうしたよ? 藪から棒に」
ちらりと萩山を見やりながら背中で問う。
夜空がニコニコ、先頭を歩くえり子は「?」と後ろを見やる。
「あの、四国のことなんすけど……」
「……あんたもか」
「実は俺、Wウィルスへの高い抵抗力があったんです」
「ああ」
「けど【協会】の人たちに止められて……」
悔恨するような萩山の言葉は途中で途切れる。
それでも彼が言いたいことはわかる。
結界に閉ざされ、Wウィルスが充満した結界内部に突入した件の作戦。
作戦への参加者たちは舞奈らを含めてウィルスへの耐性を有していた。
対して萩山が所属する魔術結社【ミューズの探索者協会】は芸術の振興によるプラスの感情、ひいては魔力の賦活を目的とする組織だ。
その目的上、未熟な術者を危険な作戦に送り出すことはないだろう。
たとえ結界内で活動できる資格を有していたとしても。
術者でありアーティストでもある萩山は戦闘以外の任務でも組織に貢献できる。
だが、その結果、彼は知った。
自身が参加できたのにしなかった作戦で、多くの犠牲が出たことを。
舞奈と明日香が、その唯一の生き残りであることを。それでも……
「……高い抵抗力じゃない。必要だったのは完全耐性だ」
わざと軽薄な声色を作って、背中で笑ってみせる。
舞奈にとって、あの犠牲は過去だ。終わったことだ。
生き残った明日香と2人、血と憎悪に満ちた復讐によって無理やりに終わらせた。
事件のいちおうの黒幕である殴山一子を核と烈光で消し去って。
最低の、糞ったれなオアシスだ。
それに正直なところ萩山の技量では、あの激戦を生き残れなかったと舞奈は思う。
彼は有能な悪魔術師だが、戦闘の技量は今ひとつ。
加えて環境から魔力を得る呪術師の彼が、大気も地面もウィルスで汚染された結界の中で100%のパフォーマンスを発揮できた公算も低い。
そう言う意味では【協会】の判断は正しい。だから――
「――あたしと同じこと言ってるじゃない」
「うっせぇ」
陽子の軽口に雑に返し、えり子と並んで歩く。
その後は小中女学生と長身のパーカー男で馬鹿話しながら駄菓子屋へ向かう。
ちなみに駄菓子屋のある場所は、元は怪異の密売店があった場所だ。
だが人に化けた怪異の店主は【機関】の活躍によって排除、店舗も焼き払った。
替わりに入った店が、その駄菓子屋だ。
お手頃価格の素朴な菓子は、今では地元の子供にも大人気なのだそうな。
そんな目的の場所に到着。
民家に埋まるように建っている比較的に新しく、こじんまりとした店だ。
「楽しそうなところじゃない!」
「お菓子がいっぱいありますわね」
横開きのガラス戸をガラリと開いて入店した途端に、陽子も夜空もはしゃぎだす。
意外にこういう店は新鮮なのだろうか。
素朴な色合いの木箱や棚に、色とりどりの駄菓子の袋が並ぶ様は、いつか皆で行ったアクセサリ屋に通じるところがある。
「お値段はいくらなんでしょう?」
「書いてあるだろう」
「あ……これ値段なんだ」
首をかしげる夜空に舞奈が肩をすくめつつ答え、陽子がビックリしてみせる。
何の数字だと思ったんだろうか。
これだからブルジョワは。
「……店ごと買い占めるとかするなよ」
「しないわよ」
ジト目で見やる舞奈に陽子は口をとがらせ、
「これ美味いっすよ」
「あっこれキレイー!」
萩山と並んで菓子を物色する。
夜空とえり子も仲良く菓子を選んでいるようだ。
なので舞奈も腹にたまりそうなものをいくつか選ぶ。
「では、お会計をお願いします」
「……カードは使えないよ」
「えっ?」
笑顔で支払いをしようとした夜空が、レジのばあちゃんに言われて硬直する。
カードが使えない店で買い物をしたことがなかったらしい。
「お給料が入ったばかりだから」
隣でえり子がごそごそ財布を取り出し、
「……これで」
萩山がトレイに千円札と小銭を置く。
ちょっと手が震えている。
そういえば【協会】……というか魔術結社の活動に給金とかあるのだろうか?
舞奈はそんなことを考えたが、聞くのも野暮な気がして黙っていた。
そして駄菓子屋を出た一行は再び移動。
今度は天使の木のある場所にやって来た。
「……この樹、強い魔法の力を感じるわ」
陽キャの肩の上で、賢いハリネズミが見抜く。
「陰陽術の大魔法かしら?」
「ビンゴだ。【泰山府君・神木法】って術のはずだ」
舞奈も笑う。
こちらも先の駄菓子屋と同様、人に化けた怪異を焼き払った跡地だ。
奈良坂が結界を張り、鷹乃が式神を使って大魔法を投下した。
木行の大魔法は根を張り、立派な巨樹になった。
今では天使の樹として住人に親しまれているのも同じだ。
そんな巨樹の太い根に一行は並んで座り、
「現金を持ち歩いてるなんて、あんたたちもやるわね」
「あんたらと違って、こいつらのは自分で働いて稼いだ金だがな」
えり子と萩山を微妙にズレた文脈で褒める陽子に舞奈は苦笑する。
まあ評価しようと思っただけブルジョワにしちゃマシかと笑う。
そんな風になごやかな雰囲気の中、買った駄菓子を皆で開ける。
舞奈も派手で雑めなイラストが描かれた小袋を器用に開ける。
チープな味わいを堪能しつつ、ちびりちびりと小口で食む。
桜や委員長と一緒に食べるときのやりかただ。
限られた小遣いを少しでも楽しもうという心のあらわれだ。
珍しく空気を読んだか陽子と夜空も見よう見まねでちびちび食べる。
隣でえり子と萩山も慣れた調子でもしゃもしゃ食べる。
萩山も小さい頃は普通に駄菓子とか食べる子供だったのだろう。
そんな駄菓子のお供は店の表にあった自販機で買った缶ジュース。
萩山が菓子と同じようにちびりちびりと口をつけているワカメジュース、舞奈が側に置いたカツオジュースの缶を見やって陽子が「うわぁ」みたいな顔をする。
失礼な陽キャを「人が何飲んでようが勝手だろう?」と睨み、
「でも、不思議よね」
「えっ何がっすか?」
陽キャが側の萩山を見やる。
女子中学生の陽子からは、大学生でも長身な部類な萩山の頭は見上げる位置にある。
ラーメン菓子をつまみながら少しどぎまぎした様子の萩山の頭頂に向かって、
「ほんとうにツルッツルなのね」
「……ナチュラルに失礼だなあんた」
言い放った。
舞奈は思わずジト目で見やる。
フードを取った萩山の頭には綺麗さっぱり髪がない。
髪量が少ないとか薄いじゃなく、ない。
バカの陽キャでもひと目でわかるくらいツルツルのピッカピカだ。
そもそも彼が舞奈と出会った理由は、ハゲに悩んだ彼がデーモンのカツラを作るために脂虫を刻んでしていた儀式を【機関】が問題視したからだ。
サングラスもはずした彼の涙目を、反対側の隣のえり子が心配そうに見やる。
「だいたい、こいつだって好き好んで禿げ散らかしてる訳じゃないんだ。抜けちゃったものは仕方がないだろう?」
「抜けるのがおかしいんじゃなくて、生えてこないのが不思議なの!」
「どう違うんだよ?」
舞奈に言い返されたのが気に入らないのかムキになる陽キャにツッコみ、
「人間の髪は定期的に抜けて生え変わるんですのよ」
「そうなのか?」
「1日にひとりでに100本くらい抜けて、同じだけ生えてくるんですわ」
「それで床や洗面台に毛がたまるのね」
「なるほど……」
おっとりと語る夜空にちょっと感心する。
名家の令嬢だという夜空は、陽キャな友人より知識も良識はあるらしい。
物腰とタイミングのせいかうんちくの披露も明日香ほどこれ見よがしには見えない。
まあ、例の『ずらスコンブ』のハゲの形をした台紙から楽しそうに酢昆布を剥ぎながらのせいでいろいろ台無しだが。
あと、えり子も家で掃除とか手伝ってそうな口ぶりだ。こちらも偉い。
そして舞奈は、ふと思った。
給食や調理実習の際にマスクをつけるだけじゃなく三角巾もかぶるのは、ひとりでに抜ける毛が飯に入らないためだったということか。
だがノーマスクの麗華様は、飯の準備の時も縦ロールの髪を出したままだ。
セットが崩れるのが嫌だかららしいが、思えば不衛生なことこの上ない。
このことに潔癖症気味なテックが気づいていないといいのだが。
やれやれと肩をすくめた舞奈の側で、
「あの、髪の話はそのくらいで……」
えり子がおずおずと声をかける。
その側の萩山が割と本気で泣きそうになっていた。
彼にあまり悲しい思いをさせるのも気の毒なで他の話題を探そうとした舞奈は、
「そういやあんた、さっきのこと聞けばいいじゃない」
「何をだよ? ……ああ」
ハゲの痛みを気にも留めない人非人に言われて思い出す。
「聞きたいことって何?」
「いやね、こいつがさっき言ってたのよ」
「あっナニ勝手に話してやがる」
小袋の端からはみ出たカツレツを食みつつ首をかしげるえり子に陽キャが答え、
「リンゴが……ええっと、何だっけ?」
「しかも覚えてねぇのかよ」
言いたいことだけ言ってラムネ菓子を口に放りこむ。
そんな陽キャの隣で夜空はニコニコ。
舞奈はやれやれと苦笑する。
そうして仕方なく、先ほど彼女らにした質問を繰り返す。
曰く、3つのリンゴのうちひとつを捨てなきゃいけないとしたら、どうする?
だが、えり子と萩山は顔を見合わせた後……
「……貴女がそういうこと聞くの、意外ね」
「そうっすね。舞奈さんなら、そういう状況も実力でねじ伏せるような気が」
「おまえら、あたしを何だと思ってやがる……」
返って来た2人の言葉に舞奈は口をへの字に曲げる。
それでも、舞奈は思い出した。
以前に似たシチュエーションがあったと思っていた。
あれは張の店でクイーン・ネメシスと話した時のことだった。
世界の危機を救うために親しい人間を犠牲にするか?
あるいは見知らぬ人間を犠牲にするか?
そう奴が言ったのだ。
対して舞奈は答えた。どちらでもない、と。
先ほどの陽子と同じように。
そんな状況を演出した何者かをぶちのめす。
舞奈はそうやって生きてきた。
そんな舞奈を見やってクイーン・ネメシスは笑った。
だから舞奈はニヤリと笑う。
今回だって同じことだ。
Wウィルスがこの街を危機に陥れるまでまだ少し時間があるはずだ。
それまでにスカイフォール王国に伝わる預言とやらの真相を突き止める。
レナも、ルーシアも、麗華も犠牲にならない道を選び取るために。
もう2度と……大事な何かを失わないために。
舞奈は不敵な笑みのまま、手にしたさきイカをダイナミックに喰い千切った。
「なんだか、おもちゃ箱みたいで楽しそうですわ」
「そりゃお楽しみいただけたようで何より」
舞奈は陽子と夜空を連れ、人気のない伊或町の通りを歩く。
中学生2人は物珍しげにキョロキョロしながら。
先を行く舞奈はまんざらでもない表情で。
いちおう舞奈は今でも2人の護衛の依頼を引き受けている状態だ。
なので久しぶりに呼び出しがあれば、嫌でも街歩きの付き合いをする。
今日は変わったところに行きたいと言うので伊或町を案内してみた。
桜の家、えり子や萩山が住むらしいアパートがある伊或町は、昭和の香り漂う旧市街地の中でもひときわ年季の入った下町だ。
ぱっと見では開いてるのか閉まっているかもわからない八百屋や床屋。
店だか倉庫だか民家なのかも不明な木造やトタン壁の建物。
それらが雑多に立ち並ぶ様は、駅前や山の手とは違った意味でこいつらが好きそうだとなんとなく思った。
そんな予想が見事に当たって嬉しくないと言えば嘘になる。
「わたしも猫だった頃を思い出すわ」
「ルビーアイも来た事あるの?」
「ええ、目線の高さは少し違うけれど」
「そっかあ。ハリネズミだもんね」
(いや、あんたと会う前は肩の高さじゃなかったんだろう……)
陽キャと肩に乗ったピンク色のハリネズミの会話を聞きながら苦笑する。
スードゥナチュラルと呼ばれる魔法生物。
混沌魔術の【混沌変化】【狂気による精神支配】技術によって、故人や生物を変化させて創られる落とし子の一種。
陽キャの長い髪からちょこんと顔を出したハリネズミの正体がそれだ。
生前の彼女は1匹の猫だった。
「……そういや、お前ら楓さんと知り合いなんだって?」
「そうよ! 楓さんも紅葉さんも、最初は夜空の知り合いだったの」
舞奈が何となく問いかけると、陽子はニコニコと話し出す。
紅葉もさんづけ、ということは2人は中3よりは下の学年らしい。
「けど、話してみたらすっごい楽しい人たちだったの!」
「だから今でも電話で話したり、カードのデザインを頼んだりしておりますわ」
「そうそう! ルビーアイに最初に会ったのも、楓さんたちと遊びにこの街に来た帰りだったわよね!」
「ええ。オートバイに轢かれたわたしを……」
「……がっつり知り合いなんじゃないか」
楽しそうな陽子たちの言葉に、舞奈は口をへの字に曲げる。
まあ夜空と楓がブルジョワ同士で親交があったという話は納得できる。
会ってみて、陽子と気が合うのも理解できる。
何故ならこいつと楓は似ている。主に悪い意味で。
ウィアードテールのカードのデザインも、芸術家にして元脂虫連続殺害犯の彼女が嬉々として引き受けただろうことは予想がつく。
だが、それなら楓ももう少し何か話してくれればよかったのに。
というか、今回だって街の案内くらい知人にしてもらったほうが楽しいだろうに。
ゴリラや人面猫なんて、いかにも頭の軽い陽キャが喜びそうだと思うのだが。
それでも今回、こうして3人で街を歩けたのはラッキーだと少し思う。
彼女らに尋ねてみたいことがあったからだ。
もちろん本来ならばバカの陽キャに求めるべき意見などない。
そんなことをするのは頭のアレな人間だけだ。
だが狂気を術者の益とする手段は存在する。
舞奈のかつての仲間だった美香はエイリアニストだ。
混沌魔術がどういうものかは知っている。
術者にものを見る目と自制心があれば、狂気もまた情報のひとつだ。
混沌から情報を得る手管も、狂気による洞察という技術として確立されている。
知らない仲でもないバカの陽キャに意見を求めるのも同じことだと思う。
……もっとも、すべてが気の迷いと言われてしまえば、その通りだが。
「なあ、ひとつ聞いていいか?」
「まー良いけど、何よ? ほらほら話してごらん?」
「あんたな……」
尋ねた途端にマウントとってきた陽子を思わず睨む。
いっそパンツの色でも聞いて有耶無耶にしようかとも思った。
だが気を取りなおし、
「たとえば3つのリンゴがあって、どれかを捨てなきゃならん。どのリンゴもそれぞれ違って美味そうだ。そういう状況になったら、あんたはどうする?」
「捨てないで食べるわよ。全部」
問いかけた途端に即答。
まあ、そのくらいでなければアイドル怪盗なんてやってられないのかも知れない。
「簡単に言いやがって……」
舞奈は口をへの字に曲げる。
問いの意図はルーシア王女に突きつけられた選択。
即ちルーシア自身、レナ王女、麗華のうちひとりを犠牲にしなければいけない。
ルーシアは自分自身を犠牲にしようとしている。
だが舞奈としては別の選択肢を用意したい。
だから、そのヒントでも得られればいいなと舞奈なりに事実をぼかして尋ねてみたつもりなのだが、返ってきた答えはこの通り。
「だって当たり前でしょ? おいしそうなリンゴだったら捨てる訳ないじゃない」
「卑しい奴かあんたは」
「あんたが言うから答えたのに! だいたい捨てないといけない理由って何よ?」
「理由って、そりゃおまえ……」
続く陽子の逆ギレみたいな言葉に対する返事に詰まる。
まさかWウィルスへ対処する手段がプリンセスの血肉だなんて言えるはずもない。
そういえば以前にもそんな状況がもあったと思った途端……
「……おっあいつら」
通りの向こうに、見慣れたひょろ長いフード付きパーカー姿。
萩山だ。
側にはえり子。
対面には警官らしき男が2人。
仲良くデートと言う雰囲気ではない。
「何やってるんだ?」
「あっハゲの人! おーい! ハゲの人ー!」
叫びながら駆け出す陽子。
「……人の心がねぇのかあんたは」
舞奈は口元を歪めながら追いかける。
彼女は萩山を知っているらしい。
いつの間に知り合ったのかは知らないが。
「君は……!? それに舞奈さん!?」
萩山はこっち見て驚く。
前を行く陽キャも知った顔のようだ。
「志門舞奈……」
対して側のえり子は少し面倒なものを見る目で舞奈を見やる。
だが舞奈は気にせず2人に走り寄る。
「どうしたよ?」
「――君、あの子たちとはどういう関係だね?」
舞奈の問いを遮るように、警官のうち1人が萩山を詰問する。
「えっあの……彼女たちは俺の……その、恩人で……」
「今度はあっちが恩人か?」
「怪しいな。やはり署まで来てもらおう」
「あの、ちょっ!?」
もうひとりは連行しようとする。
話のわからん陽キャに続く、傍若無人な警官の態度に舞奈は少しムッとする。
「……だから、どういう状況だよ?」
「不審者と間違われてるの」
「いや、あいつもここら辺の人間だろう?」
「あの格好でわたしと話してたから、いたずらしようとしてると思われたみたい」
(まあ、わからん話じゃないが……)
えり子から事情を聞いて納得する。
なるほど、女の子が増えたせいで疑惑が深まったらしい。
萩山が良からぬことをすることはないと舞奈にはわかる。
以前に脂虫を斬り刻んでいたが、あれも悪気でやったことじゃない。
彼が女児にいたずらするようなことはない。
むしろ悪漢からえり子や子供たちを守ったことがある。
だが捕り物が首尾よくいって意気揚々と引き上げようとしている警官たちに、どう説明しようか悩む。途端――
「いあ、いあ、にゃるらとほてぷ――」
「あっ馬鹿野郎」
陽子は何時の間にか手にしていたステッキを回しながら呪文を唱え――
「――お……オデは……何をしていたんだ?」
「署へ……帰ろう……」
警官たちは萩山を置いて、ふらふらと歩き出した。
この陽キャ、公衆の往来で躊躇なく混沌魔術を使いやがった。
「無茶苦茶しやがる」
「すぐに正気に戻るから平気よ。ハゲの人をたすけたかったんでしょ?」
「いや、そりゃそうだが……」
陽子の言葉に言い淀む。
萩山は不思議そうな表情で警官たちの背中を見送る。
夜空はニコニコ、えり子は「あーあ」みたいな表情をしている。
「やってることがヴィランと変わらんだろう」
「えーだって、あの人たち脂虫よ?」
「なんだと?」
「仕事の間だけ吸わないんだと思う。ちょっと臭かったわ」
「そう言われてみればそんな気も……」
「あと、あたしの勘! 絶対に当たるの!」
「信用できねぇ!」
言い募る陽子をジト目で見やり、
「……今回だけは信じてあげて。いくら混沌魔術とはいえ、魔道具を使った精神への介入が普通の人間に対してあそこまで易々と通用することはないわ」
「まあ、そりゃそうだがなあ」
ハリネズミの理知的なフォローに仕方なく納得する。
「じゃーこの話は『お』しまい。『あ』たしは『し』らないし、『す』ぎたことよ」
「略して『おあしす』ですわね」
「嫌なオアシスだな……」
能天気な陽子の言葉、夜空のフォローに苦笑する。
道の端を、知らない猫が「ニャーン」と横切った。
「そういえばハゲの人、」
「その呼び方、やめてやれよ」
「えーなんで? 面白いじゃない歌うと髪が生えるのよ?」
「いや、いいんですよ。彼女も俺の恩人ですし……」
「こいつが? ……何かあったのか?」
「ええ、実は……」
萩山はおずおずと説明する。
KASC攻略戦の時の事らしい。
舞奈たちを先に行かせるために屍虫どもを足止めしていた彼とチャムエル。
だがチャムエルと別行動をとった隙に、萩山は屑田灰介に襲われた。
そんな絶体絶命の危機を救ったのが陽子……というかウィアードテールらしい。
「そうだったのか。その……ありがとう」
「ま、当然のことをしたまでよ!」
「あんたなあ……」
舞奈はやれやれと苦笑する。
その流れで自己紹介と相成った。
舞奈と萩山は全員を知っている。
だからえり子に陽キャどもを紹介する。
彼女がウィアードテールの中の人だということを言おうかどうか迷っていたら、陽キャが自分からバラしやがった。まったく悩みがなくて羨ましい。そして、
「……アモリ派?」
ボソリとこぼしながら、えり子は夜空を見やる。
少し警戒した表情だ。
対して夜空はニコニコ。
なるほど祓魔師同士、互いの素性に気づいたらしい。いや夜空のほうは知らんが。
よくよく考えれば、えり子が術者だということに気づいていなければウィアードテールの正体をバラそうとした時点でハリネズミが何かして止めるだろう。
それはともかく、アモリ派とカタリ派。
どちらも造物魔王の力を借りて奇跡を成す。
だがアモリ派は聖書の一節を拡大解釈して自身を造物魔王の一部と仮定する。
対してカタリ派は造物魔王を地球を蝕む悪と見なし、浄化するために力を使う。
術者自体も前者はおおむね裕福で、後者は清貧を貫く者が多い。
なので仲が良いとは言い難い……らしい。だが、
「よろしく」
「はい。こちらこそ」
えり子が差し出した手を、夜空が目線を合わせて握る。
萩山はえり子の恩人だ。
そして陽子たちは萩山の恩人だと先ほど話したばかりだ。
加えて夜空は天然で、えり子が子供だからという理由もあるかもしれない。
流派のイデオロギーにそれほど染まっていないのだ。だから、
「つかれたー。何か飲めるところか食べれるところないー?」
陽子が突拍子もなく言い出して、
「喫茶店みたいのがなかったっけ?」
「あ。そこやってなくて……」
「ええ……」
「駄菓子屋でお菓子とジュース買って、天使の木のところで休んだらどう?」
「じゃあ、そこにしましょうか。どちらですか?」
「こっち」
えり子の案内で、皆でだらだらと駄菓子屋に向かう。
その最中、
「舞奈さん、その……すいません」
後ろを歩く萩山が、小声で言った。
「気にしないで。格好があからまなに不審者なのはあなたのせいじゃないわ」
「あんたは黙っててくれ」
舞奈は陽子を睨みつけながら、
「……どうしたよ? 藪から棒に」
ちらりと萩山を見やりながら背中で問う。
夜空がニコニコ、先頭を歩くえり子は「?」と後ろを見やる。
「あの、四国のことなんすけど……」
「……あんたもか」
「実は俺、Wウィルスへの高い抵抗力があったんです」
「ああ」
「けど【協会】の人たちに止められて……」
悔恨するような萩山の言葉は途中で途切れる。
それでも彼が言いたいことはわかる。
結界に閉ざされ、Wウィルスが充満した結界内部に突入した件の作戦。
作戦への参加者たちは舞奈らを含めてウィルスへの耐性を有していた。
対して萩山が所属する魔術結社【ミューズの探索者協会】は芸術の振興によるプラスの感情、ひいては魔力の賦活を目的とする組織だ。
その目的上、未熟な術者を危険な作戦に送り出すことはないだろう。
たとえ結界内で活動できる資格を有していたとしても。
術者でありアーティストでもある萩山は戦闘以外の任務でも組織に貢献できる。
だが、その結果、彼は知った。
自身が参加できたのにしなかった作戦で、多くの犠牲が出たことを。
舞奈と明日香が、その唯一の生き残りであることを。それでも……
「……高い抵抗力じゃない。必要だったのは完全耐性だ」
わざと軽薄な声色を作って、背中で笑ってみせる。
舞奈にとって、あの犠牲は過去だ。終わったことだ。
生き残った明日香と2人、血と憎悪に満ちた復讐によって無理やりに終わらせた。
事件のいちおうの黒幕である殴山一子を核と烈光で消し去って。
最低の、糞ったれなオアシスだ。
それに正直なところ萩山の技量では、あの激戦を生き残れなかったと舞奈は思う。
彼は有能な悪魔術師だが、戦闘の技量は今ひとつ。
加えて環境から魔力を得る呪術師の彼が、大気も地面もウィルスで汚染された結界の中で100%のパフォーマンスを発揮できた公算も低い。
そう言う意味では【協会】の判断は正しい。だから――
「――あたしと同じこと言ってるじゃない」
「うっせぇ」
陽子の軽口に雑に返し、えり子と並んで歩く。
その後は小中女学生と長身のパーカー男で馬鹿話しながら駄菓子屋へ向かう。
ちなみに駄菓子屋のある場所は、元は怪異の密売店があった場所だ。
だが人に化けた怪異の店主は【機関】の活躍によって排除、店舗も焼き払った。
替わりに入った店が、その駄菓子屋だ。
お手頃価格の素朴な菓子は、今では地元の子供にも大人気なのだそうな。
そんな目的の場所に到着。
民家に埋まるように建っている比較的に新しく、こじんまりとした店だ。
「楽しそうなところじゃない!」
「お菓子がいっぱいありますわね」
横開きのガラス戸をガラリと開いて入店した途端に、陽子も夜空もはしゃぎだす。
意外にこういう店は新鮮なのだろうか。
素朴な色合いの木箱や棚に、色とりどりの駄菓子の袋が並ぶ様は、いつか皆で行ったアクセサリ屋に通じるところがある。
「お値段はいくらなんでしょう?」
「書いてあるだろう」
「あ……これ値段なんだ」
首をかしげる夜空に舞奈が肩をすくめつつ答え、陽子がビックリしてみせる。
何の数字だと思ったんだろうか。
これだからブルジョワは。
「……店ごと買い占めるとかするなよ」
「しないわよ」
ジト目で見やる舞奈に陽子は口をとがらせ、
「これ美味いっすよ」
「あっこれキレイー!」
萩山と並んで菓子を物色する。
夜空とえり子も仲良く菓子を選んでいるようだ。
なので舞奈も腹にたまりそうなものをいくつか選ぶ。
「では、お会計をお願いします」
「……カードは使えないよ」
「えっ?」
笑顔で支払いをしようとした夜空が、レジのばあちゃんに言われて硬直する。
カードが使えない店で買い物をしたことがなかったらしい。
「お給料が入ったばかりだから」
隣でえり子がごそごそ財布を取り出し、
「……これで」
萩山がトレイに千円札と小銭を置く。
ちょっと手が震えている。
そういえば【協会】……というか魔術結社の活動に給金とかあるのだろうか?
舞奈はそんなことを考えたが、聞くのも野暮な気がして黙っていた。
そして駄菓子屋を出た一行は再び移動。
今度は天使の木のある場所にやって来た。
「……この樹、強い魔法の力を感じるわ」
陽キャの肩の上で、賢いハリネズミが見抜く。
「陰陽術の大魔法かしら?」
「ビンゴだ。【泰山府君・神木法】って術のはずだ」
舞奈も笑う。
こちらも先の駄菓子屋と同様、人に化けた怪異を焼き払った跡地だ。
奈良坂が結界を張り、鷹乃が式神を使って大魔法を投下した。
木行の大魔法は根を張り、立派な巨樹になった。
今では天使の樹として住人に親しまれているのも同じだ。
そんな巨樹の太い根に一行は並んで座り、
「現金を持ち歩いてるなんて、あんたたちもやるわね」
「あんたらと違って、こいつらのは自分で働いて稼いだ金だがな」
えり子と萩山を微妙にズレた文脈で褒める陽子に舞奈は苦笑する。
まあ評価しようと思っただけブルジョワにしちゃマシかと笑う。
そんな風になごやかな雰囲気の中、買った駄菓子を皆で開ける。
舞奈も派手で雑めなイラストが描かれた小袋を器用に開ける。
チープな味わいを堪能しつつ、ちびりちびりと小口で食む。
桜や委員長と一緒に食べるときのやりかただ。
限られた小遣いを少しでも楽しもうという心のあらわれだ。
珍しく空気を読んだか陽子と夜空も見よう見まねでちびちび食べる。
隣でえり子と萩山も慣れた調子でもしゃもしゃ食べる。
萩山も小さい頃は普通に駄菓子とか食べる子供だったのだろう。
そんな駄菓子のお供は店の表にあった自販機で買った缶ジュース。
萩山が菓子と同じようにちびりちびりと口をつけているワカメジュース、舞奈が側に置いたカツオジュースの缶を見やって陽子が「うわぁ」みたいな顔をする。
失礼な陽キャを「人が何飲んでようが勝手だろう?」と睨み、
「でも、不思議よね」
「えっ何がっすか?」
陽キャが側の萩山を見やる。
女子中学生の陽子からは、大学生でも長身な部類な萩山の頭は見上げる位置にある。
ラーメン菓子をつまみながら少しどぎまぎした様子の萩山の頭頂に向かって、
「ほんとうにツルッツルなのね」
「……ナチュラルに失礼だなあんた」
言い放った。
舞奈は思わずジト目で見やる。
フードを取った萩山の頭には綺麗さっぱり髪がない。
髪量が少ないとか薄いじゃなく、ない。
バカの陽キャでもひと目でわかるくらいツルツルのピッカピカだ。
そもそも彼が舞奈と出会った理由は、ハゲに悩んだ彼がデーモンのカツラを作るために脂虫を刻んでしていた儀式を【機関】が問題視したからだ。
サングラスもはずした彼の涙目を、反対側の隣のえり子が心配そうに見やる。
「だいたい、こいつだって好き好んで禿げ散らかしてる訳じゃないんだ。抜けちゃったものは仕方がないだろう?」
「抜けるのがおかしいんじゃなくて、生えてこないのが不思議なの!」
「どう違うんだよ?」
舞奈に言い返されたのが気に入らないのかムキになる陽キャにツッコみ、
「人間の髪は定期的に抜けて生え変わるんですのよ」
「そうなのか?」
「1日にひとりでに100本くらい抜けて、同じだけ生えてくるんですわ」
「それで床や洗面台に毛がたまるのね」
「なるほど……」
おっとりと語る夜空にちょっと感心する。
名家の令嬢だという夜空は、陽キャな友人より知識も良識はあるらしい。
物腰とタイミングのせいかうんちくの披露も明日香ほどこれ見よがしには見えない。
まあ、例の『ずらスコンブ』のハゲの形をした台紙から楽しそうに酢昆布を剥ぎながらのせいでいろいろ台無しだが。
あと、えり子も家で掃除とか手伝ってそうな口ぶりだ。こちらも偉い。
そして舞奈は、ふと思った。
給食や調理実習の際にマスクをつけるだけじゃなく三角巾もかぶるのは、ひとりでに抜ける毛が飯に入らないためだったということか。
だがノーマスクの麗華様は、飯の準備の時も縦ロールの髪を出したままだ。
セットが崩れるのが嫌だかららしいが、思えば不衛生なことこの上ない。
このことに潔癖症気味なテックが気づいていないといいのだが。
やれやれと肩をすくめた舞奈の側で、
「あの、髪の話はそのくらいで……」
えり子がおずおずと声をかける。
その側の萩山が割と本気で泣きそうになっていた。
彼にあまり悲しい思いをさせるのも気の毒なで他の話題を探そうとした舞奈は、
「そういやあんた、さっきのこと聞けばいいじゃない」
「何をだよ? ……ああ」
ハゲの痛みを気にも留めない人非人に言われて思い出す。
「聞きたいことって何?」
「いやね、こいつがさっき言ってたのよ」
「あっナニ勝手に話してやがる」
小袋の端からはみ出たカツレツを食みつつ首をかしげるえり子に陽キャが答え、
「リンゴが……ええっと、何だっけ?」
「しかも覚えてねぇのかよ」
言いたいことだけ言ってラムネ菓子を口に放りこむ。
そんな陽キャの隣で夜空はニコニコ。
舞奈はやれやれと苦笑する。
そうして仕方なく、先ほど彼女らにした質問を繰り返す。
曰く、3つのリンゴのうちひとつを捨てなきゃいけないとしたら、どうする?
だが、えり子と萩山は顔を見合わせた後……
「……貴女がそういうこと聞くの、意外ね」
「そうっすね。舞奈さんなら、そういう状況も実力でねじ伏せるような気が」
「おまえら、あたしを何だと思ってやがる……」
返って来た2人の言葉に舞奈は口をへの字に曲げる。
それでも、舞奈は思い出した。
以前に似たシチュエーションがあったと思っていた。
あれは張の店でクイーン・ネメシスと話した時のことだった。
世界の危機を救うために親しい人間を犠牲にするか?
あるいは見知らぬ人間を犠牲にするか?
そう奴が言ったのだ。
対して舞奈は答えた。どちらでもない、と。
先ほどの陽子と同じように。
そんな状況を演出した何者かをぶちのめす。
舞奈はそうやって生きてきた。
そんな舞奈を見やってクイーン・ネメシスは笑った。
だから舞奈はニヤリと笑う。
今回だって同じことだ。
Wウィルスがこの街を危機に陥れるまでまだ少し時間があるはずだ。
それまでにスカイフォール王国に伝わる預言とやらの真相を突き止める。
レナも、ルーシアも、麗華も犠牲にならない道を選び取るために。
もう2度と……大事な何かを失わないために。
舞奈は不敵な笑みのまま、手にしたさきイカをダイナミックに喰い千切った。
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