399 / 549
第18章 黄金色の聖槍
ヴィラン強襲3-2 ~銃技vs超能力
しおりを挟む
「な……んだと!?」
根元からへし折られた剣を、スピナーヘッドは驚愕の表情で見つめる。
頭のレドームが困惑と苛立ちをあらわすように不安定に回る。
そんな騎士の足元に、折れた刃が突き刺さる。
不吉なデザインの鉄隗に、すっくと立つ2つの人影が映りこむ。
「ほら見ろ、ビンゴじゃねぇか!」
ひとりはピンク色のジャケットを着こんだ少女。
片手で構えた拳銃の銃口からは硝煙。
「うるさいわね! ……マーサ、無事!?」
もうひとりは、まばゆい金色をした長いツインテールをなびかせた少女。
「レナ様! それに……!」
マーサの口元が安堵にゆるむ。
閉ざされたはずの空間にあらわれたのはレナと舞奈だ。
腕の立つルーン魔術師であるレナにかかれば結界に穴を開ける程度は可能。
「この結界、ケルト魔術の結界に見えるんだが」
油断なく拳銃を構えながら舞奈は訝しみ、
「よくわかるわね!【理想郷の召喚】よ」
「それじゃあ入るのに穴を開ける必要はなかったんじゃないのか?」
「マーサの結界じゃないわよ」
レナと軽口を叩き合う。
「ええ、わたくしは大魔法を使えませんので」
「なるほどな」
控え目に補足するマーサを舞奈は一瞥する。
舞奈は今回の騒動に複数のケルト魔術師が関与しているとふんでいた。
ひとりはマーサ。
もうひとりは、この結界を創造した何者か。
そして最後のひとりは、セミを操ってマーサの居場所を教えた何者か。
舞奈たちが追っていたセミは人気のない倉庫街の一角で消えた。
その近くにあからさまに展開された戦術結界を見つけ、突入したのだ。
あのセミは舞奈たちを、危機に陥っているマーサのところに誘っていた。
マーサと後の2人は別人だと判明した。
なので関与しているケルト魔術師は少なくとも3人。
結界が敵対的な意図で創造されたのなら、うちひとりは確実に敵。
それでも舞奈の口元には笑みが浮かぶ。
背後で短杖を構えた妙齢の美女は、額に汗こそ滲ませているが怪我はない様子。
ひとまず美女のピンチに間に合ったのだから、舞奈にとって不都合はない。
「あんたがマーサさんかい? こりゃあ聞いてた以上のべっぴんさんだ」
「本当に節操ないわね志門舞奈! 園ちゃんに申し訳ないと思わないの!?」
「ってことは、園香との仲は公認って事でいいのか?」
「いい訳ないでしょ!」
軽口に、レナが目をつり上げて激怒し、
「貴女が志門舞奈様……」
マーサはあらためて舞奈を見やる。
舞奈はレナと並んで油断なく身構える。
「まあいいや。……とすると、結界はあいつの仕業ってことか」
言いつつ目前の甲冑を見やる。
この結界を創造したのがマーサじゃないとすれば奴だろう。
だが奴が【理想郷の召喚】をどうやって行使したのかが気になる。
奴自身はどう見ても術者じゃない。
そう考えつつも、それよりスピナーヘッドの指に見覚えのある指輪を探す。
お馴染みの【智慧の大門】の指輪。だが……
「……指輪をつけてないな」
青い甲冑の指に指輪はない。
まあガントレットの下につけていれば見えないだろう。
どちらにせよ、奴はピンチになれば長距離転移で逃げるはずだ。
奥の手がわかっているのだから対応策を取りたいとも思う。
首尾よくヴィランのひとりを拿捕できれば、ファイヤーボールが言っていた『ボス』とやらについて詳しく聞くこともできるかもしれない。
だが舞奈には昔の仲間、果心一樹と違って敵の指輪を腕ごと奪うような手札はない。
だから……
「……とりあえず叩きのめすか」
スピナーヘッドに自ら接敵する。
数メートルの距離を一瞬で詰める程度は造作ない。
「そんな余裕をぶっかましてて良いのかなァ! 小娘ェ!」
叫びながらスピナーヘッドは折れた剣の柄を捨て、盾の裏から新たな剣を抜く。
先ほどの剣と同じ不吉なデザインの剣だ。
「スペアあるのか!? 準備いいなあんた!」
軽く驚く舞奈めがけて、
「真っ二つにしてやるぜェェェ!」
スピナーヘッドは剣を一閃。
「おおっと!」
横薙ぎの斬撃を、舞奈は身を屈めて避ける。
そのまま流れるような動作で拳銃を構えて撃つ。
先日のファイヤーボールに対しては撃たなかった舞奈だが、こいつ相手になら派手にやらかしても大丈夫だと判断。
正直、少し痛い目を見せてもよさそうな感じがしたのも多分にある。
それより奴らの仲間にデスリーパーがいると聞いた。
そいつは腕のいいウアブ魔術師だとも聞いたし、多少の銃創なら対処可能だろう。
もちろん盾で防がれるようなヘマはしない。
奴が反応して身構えるより銃弾のほうが速い。
それでも肩口を捉えた大口径弾は、
「ハハッ! 効かないなァ!」
青い甲冑にはじかれる。
「……だろうな。【要塞化】って奴か」
奴の得意技は映画で見た。
だから舞奈も口元に笑みを浮かべながら、素早く跳び退く。
再度、撃つ。
今度は甲冑の隙間に狙いを定めて。
接近戦の最中に鎧の細い隙間を狙うなど、並みの射手には無理な芸当。
それでも舞奈の集中力と動体視力があればは可能。だが――
「――何っ!?」
大口径弾は再び鎧にはじかれる。
外したのではない。
撃つ瞬間に敵が動いた。
僅かだが明らかに不自然な機動。
まるで舞奈の目論見を知っていたかのように。
見抜いた訳ではないはずだ。
銃弾が鎧に弾かれたからと言って、鎧の隙間を正確無比に撃ち抜こうとするなんて初見で気づいたりはしないだろう。
しかも的確に対処したりは。
奴は体勢を少しずらす最小限の動きで大口径弾を止めた。
まるで、そうすれば被害をゼロにできると知っていたかのように。
「【精神読解】か?」
「ご注意を! 奴は【戦闘予知】に【加速能力】、【能力消去】まで使います」
「……先に言ってくれ」
マーサの叫びに苦笑する。
次いで後方から2条の粒子ビームが飛来する。
レナの【雷弾】だ。
だがスピナーヘッドはビームを避ける。
まるでビームの軌道を知っていたみたいに。
背後でレナが舌打ちする。
なるほど敵が【戦闘予知】を使うというのは本当のようだ。
術者の思考は【精神読解】では読めない。
だが戦闘中の一瞬先の未来を見通す超能力を使えば、こちらの手札を、目論見を見抜いて対処することができる。十分な距離があれば攻撃魔法を避けることも。
舞奈は体勢を立て直しながら舌打ちする。
奴は予想していたよりはるかに多芸だ。
映画の中での奴はレドームを使ってジャミングの真似事をしていたくらいだ。
だがまあ実際のヴィランが映画より多彩な手札を持っていることくらいは予想済み。
それでも若い男が多数の超能力を使いこなすのが不自然だと思った。
目前の騎士はミスター・イアソンほど齢を経ている訳でなく……なんというか真面目にトレーニングとかしなさそうに見える。
だが、まあ多種の超能力を使うというなら使うのだろう。
今しなければならないのは、敵の手札を疑うことではない。
対処するのだ。
「脅かしやがって! ガキどもがァ!」
スピナーヘッドは剣を振り上げて走り来る。
舞奈たちの攻撃を、ひととおり無力化できたとふんだのだろう。
なるほど普通に撃っても【要塞化】で防御可能。
鎧の隙間を狙っても【戦闘予知】で対処可能。
レナの攻撃魔法も回避できるし、そもそも巻き添えを恐れて思ったように撃てない。
だが今の状況では、奴の選択は舞奈にとっても好都合。
「まずは貴様から斬り刻んでやらァ!」
スピナーヘッドは嵐のように突きを、斬撃を放つ。
「ハハッ! できるといいな!」
対する舞奈はのらりくらりと避ける。
なるほど、これが奴の【加速能力】かと口元には笑み。
鋭い感覚で空気の流れを、空気を動かす肉体の動きを、筋肉の動きすら読み取って驚異的な動体視力と身体能力で回避する舞奈に対して近接攻撃は無力。
未来を読んで小細工されても、それに対して反応できる。
なにより先日、舞奈は奴より素早くキレのいい猛打の嵐を凌いだばかりだ。
確かに奴の加速そのものはファイヤーボールのそれより上。
どんな手品を使っているやら奴の周囲の空気の流れも何処か異様で回避し辛い。
だが繰り返される奴の斬撃はファイヤーボールのラッシュより遅い。
まるで三下が偶然に手に入れたチート能力を持て余しているかのように。
だから回避の合間に、至近距離から拳銃の銃口を甲冑の隙間に向け――
――撃てない。
完璧に狙いが定まった一瞬、引鉄を引こうとした瞬間に敵が動く。
先ほどと同じだ。
偶然ではない。
気配や舞奈の動きを見て避けているのとも少し違う。
まるで一瞬後に自身が撃たれることを、何者かから知らされたような不自然な挙動。
(【戦闘予知】って、こんな厄介な能力だっけ?)
敵の斬撃を回避しながら訝しむ。
そもそも未来予知と言っても、【戦闘予知】でしているのは予測と分析。
本人の洞察力を高めて一瞬先の未来に備えるのだ。
預言のように本人が知りようもない運命を知ることはできないはずだ。
なのに奴は舞奈の目論見を見透かしたように対処する。
その割に足払いのような単純なひっかけにあっさりかかってつんのめる。
動きの派手さや大きさではなく、結果の大きさで察して避けている。
不自然な事この上ない。
よしんば【精神読解】を併用していたとすると、その精度はリンカー姉弟以上。
舞奈は無意識に、思いついたように致命打を繰り出すから心を読んでいても対処しずらいと、クラリスからも、ゴードンからも言われていた。
正直こいつが? という感じではある。
そう考えると奴の動きそのものも不自然だ。
筋力が強化された等で物理的に素早いのとは、空気の流れや挙動が微妙に異なる。
まるで奴の周囲だけ物理法則が歪んでいるかのような不自然な感触。
この感覚、どこかで……
「……ちょこまかちょこまか逃げやがってェ! メスガキがァ!」
「そっちこそフニャフニャ避けやがって! 青チン野郎!」
罵倒を交わしながら、舞奈は不意に跳び退く。
敵は剣を一閃する。
不吉な剣の切っ先が、舞奈の頬に紅い糸を引く。
その動きで舞奈は確信した。
「何やってるのよ!? 必要なら銃に【燃手】をかけるわ!」
「いらん! 銃が壊れる」
続く斬撃を避けながら、叫ぶレナを一瞥する。
魔術師たちは、敵の目論見通り巻き添えを恐れて動けなかったらしい。
しかも舞奈が圧されて焦ったようだ。
ついでに罵声の品のなさのせいでレナが軽くイラついている。
だが銃にかける付与魔法には欠点がある。
銃を通して弾頭に魔力を付与すると、発射薬が活性化されて威力が上がる。
その強すぎる威力に薬室が耐えられない。
例外は魔力を銃そのものではなく弾倉の中の1発の実包、その先端に位置する弾頭のみに収束させる、得物にかけるタイプの信管付き攻撃魔法だけだ。
例えば明日香の【炎榴弾】、イアソンの【念力撃】。
あるいは銃に手を加える手段もなくはない。
だが薬室を強化した改造拳銃を、舞奈は今は持っていない。だから代わりに、
「それよりレナ、マーサさんも」
「何よ!?」
「奴の魔法を探れるか? 持ってる魔道具を知りたい」
「了解しました」
「わかったわ!」
要請に応じ、
「Dear,Merlin.Detect Magic!」
「知神!」
2人が同時に施術する。
マーサが使った魔術は【魔法感知】。
周囲あるいは対象の魔力を調べる、いわゆる魔法感知だ。
一方でレナが使った魔術は【天啓】。
たしか【武具と戦士の召喚】技術により時空の彼方から情報を召喚する魔術だ。
十分な設備と時間を使って正式な施術をすれば占術や預言として機能する。
だが簡単な答え合わせに使うくらいならルーンひとつと魔術語で十分。
マーサと同じ術を使っても無駄だとの判断だろう。
それは同時に、メイドの施術を信頼している証でもある。
実は明日香の手札にも【呪的参謀】と呼ばれる同等の術が存在するらしい。
だが成功しているところを見たことがない。
生真面目な彼女が裏づけのない情報を信用しないためだ。
そんな彼女よりは柔軟なレナは、奴の異能力の秘密に気づいたらしい、
「その頭の回ってる奴! 多種の魔術がこめられた魔道具よ!」
「そういうことか!」
舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
奴の魔道具は指輪じゃなかった。頭のレドームだ。
「……なるほど。ならば!」
さらにマーサも2人のやりとりで何かに気づいたらしい。
「Dear,Ceridwen.Come on Fox’s cunning!」
新たに預言の探知魔法【奸智】を行使し、
「……彼の兜にこめられているのはケルト魔術です!」
「だろうな!」
その答えに舞奈は笑う。
つまり奴が使っていたのは超能力ではなかったのだ。
予知は【戦闘予知】ではなく、預言と同じく情報を召喚する【戦場の奸智】。
高速化も【加速能力】ではなく空間そのものを歪める【加速】。
魔法消去も【能力消去】ではなく【魔法消散】だったのだろう。
あくまで術者の心身を強化する超能力とは違う。
より高度な技術であるケルト魔術だったのだ。
だから超能力者を相手取るつもりで戦うと調子が狂う。
だがタネがわかれば対処は楽だ。
何故なら舞奈はケルト魔術によって強化された三下との戦いには慣れている。
3年前、エンペラーの手下どもの猛攻から幼い舞奈は生きのびた。だから、
「レナ、マーサさん、2人で攻撃魔法を撃ちまくってくれ! 狙いは雑でいい」
「避けられるわよ?」
「限度ってものがあるさ。奴は術者じゃない」
「わかったわ!」
「承りました。Dear,Ildanach――――」
返事と一瞬の間の直後、
「野牛!」
「――Lightning bolt!」
粒子ビームと稲妻の猛攻。
ルーン魔術【雷弾】。
ケルト魔術【稲妻】。
まばゆい光とプラズマが、束になってスピナーヘッドめがけて飛来する。
「糞がァ!」
スピナーヘッドは悪態をつきつつ回避する。
頭のレドームが焦るように高速で回る。
2人が攻撃魔法を連射する速度はそれなりに早い。
元よりルーンを消費する代わりに施術の早いレナはもとより、ほとんど数語の施術で稲妻を放つマーサの速射もなかなか。速度に特化しているらしい。
スピナーヘッドは【戦場の奸智】と【加速】の合わせ技で猛打を避ける。
魔道具をフル活用した必死の回避だ。
魔術師の砲撃に等しい攻撃魔法をまともにくらえば、自分の【要塞化】では防げないことくらい予測するまでもなくわかる。
だから舞奈は閃光の合間を縫って、必死に回避するスピナーヘッドに接敵し――
「――!?」
銃声。
一瞬遅れて攻撃魔法の掃射が止む。
「ちょっと! いきなり跳び出したりして何考えてるのよ!」
背後でレナが怒鳴る。
舞奈が粒子ビームと稲妻の前に身を投げ出したように見えたらしい。無理もない。
だが素早い連射とは言いつつも魔術の雨ほどじゃない。
三下が魔道具を使って回避できる程度の猛攻ならば、舞奈なら余裕で避けられる。
ついでに予知と機動のリソースを使い切った相手に一撃を喰らわせることも。
だから……
「……っ!?」
スピナーヘッドは脇腹を押さえてうめく。
青い鎧の隙間を捉えた正確無比な大口径弾を、今度は奴は防げなかった。
「――撃ち抜かれる未来しか見えなかったろ?」
舞奈の口元には笑み。
片手で構えた拳銃の銃口からは硝煙。さらに――
「それとも未来に目をやる余裕もなかったか?」
「――なんだい終わってるじゃないか! 大した事ないなスピナーヘッド!」
「――そうじゃない。戦った相手が悪かったんだ」
屋根の上に2つの影があらわれた。
目をやる余裕のある舞奈とレナ、マーサが振り返って見やる。
ひとりは両手に円形盾を構えた、小太りなタイツの少女。
もうひとりは、ビキニアーマーを着こんだ浅黒い肌の3メートル近い巨女。
レナが開けた結界の穴を通って来たのだろう。
「くッ……スマッシュポーキーにタイタニアかァ!」
スピナーヘッドが狼狽える。
「転移で逃げるはずだ! 捕らえられるか?」
「シャドウ・ザ・シャークがいてくれればよかったが……」
「スマッシュすれば問題ないさ!」
舞奈の要請にヒーローたちが動き出した瞬間――
「――!」
不意に舞奈は跳び退る。
次の刹那――
「――スマンガ、ソレハ無理ダ」
うめく甲冑をかばうように、目前に氷の巨人があらわれた。
否、人の形をした巨大な氷の塊と言ったほうが適切か。
出現と同時に周囲を支配する寒気。
たちまち地面に霜が張る。
「イエティかっ!?」
舞奈は叫ぶ。
もちろん直前まで気配はなかった。
「気安く転移してきやがって!」
毒づいた次の瞬間、イエティは身を屈めて氷の口を大きく開く。
そこから凄まじいみぞれ交じりの突風が吹きだした。
「野郎……っ!」
顔をかばいながら舞奈は再び毒づく。
例えるなら【冷気放射】に似た凍てつく風に舞奈は一瞬、動きを止める。
背後のレナも同様。
「例の手段で逃げる気だ!」
「またかよ! 待ちやがれってんだチキン野郎!」
タイタニアとスマッシュポーキーが屋根から跳び降り――
「――Dispel Magic!」
「あっ馬鹿!」
マーサが【魔法消散】を行使する。
魔法消去の魔術。
だが大魔法を相手に生半可な消去が通じる訳もない。
「ああっ!?」
手にした短杖が砕け散る。
そんなマーサを尻目に、
「でっかいママが迎えに来たからお帰りか!? 青チン野郎!」
舞奈は顔をかばいながら叫ぶ。
「なんだとガキがァ!?」
霧の中から怒声が返る。
こちらも思った通り。
実力に不相応な魔道具で身を固めたスピナーヘッドはプライドも高く挑発に弱い。
撤退を阻止できないのなら、少しでも歌わせて情報を得たい。
「映画で観たときも思ったが、あんたの人生、逃げてばっかりだな!」
「図に乗りやがって! じきにボスが異世界への扉を開いて『力』を手に入れる! そうしたらテメェなんざァ!」
「異世界!? なんだそりゃ?」
「喋リスギダ! 馬鹿者!」
思わずオウム返しに問いを返す舞奈の目前。
霧の中から聞こえるイエティの焦った声。
吹雪を噴いているのと同じ口で喋っているなら、少しは勢いが弱まるはず。
声の出元を頼りに拳銃で撃てば転移を妨害できる可能性がある。
そう考えた、だが次の瞬間――
「――Please,Merlin!」
声と共に気配が消えた。
そして凍てつく霧が晴れ、視界が回復した後、そこにヴィランはいなかった。
周囲の景色も元の街並みに戻っていた。
結界を生み出していた魔道具がなくなったからだ。
もちろん消去によって破壊されたからじゃない。
使用者ごと【智慧の大門】の魔術で長距離転移したからだ。
「あいつ! 弱いクセに逃げ足だけは速いな!」
人気のない路地に向かってスマッシュポーキーが地団太を踏む。
「……やれやれ。協力に感謝するぜ」
「何もしていないがな」
笑いかける舞奈に、タイタニアが苦笑する。
まあ、その言葉に嘘はない。
だが今回の戦闘は、そもそもマーサの身柄を守れれば良かったのだ。
彼女が無事なのだから御の字。
それに敵を逃すことにメリットがない訳じゃない。
後片付けの必要がないのだ。
なのでヒーローたちの登場に感謝こそすれど、文句を言う筋合いはない。
それに彼女ら2人は数日前に麗華の危機を救ってくれた。
「にしても、おまえがシモンか。この国の人間は猛者でもみんな子供に見える」
「安心してくれ本当に子供だ」
「……するとシャドウ・ザ・シャークも本当は子供なのか?」
「いや、あいつは大人だ(少なくとも社会的にはな)」
「やっぱり区別がつかないな……」
巨漢のタイタニアが舞奈を見やりながら首をひねり、
「あたしだって同じくらいの背丈だよ」
「シモンが超能力すら使わずにスピナーヘッドを圧倒したのを見てなかったのか? おまえみたいに威勢がいいだけじゃない。シャドウの魔術と同じくらい凄い」
「なんだと! このデカブツ!」
仲間同士で軽口を交わし、小柄なポーキーがタイタニアの足元を蹴り上げる。
こちらも映画で見たようなやり取りに、舞奈も思わず口元を緩め、
「挨拶が遅れたな。わたしはディフェンダーズのタイタニア」
「あたしはスマッシュポーキーさ! よろしくな!」
「志門舞奈だ。会えて嬉しいよ」
挨拶と握手を交わす。
「でもって後ろの彼女らが――」
「――レナ・ウォーダン・スカイフォールよ」
「メイドのマーサです」
「王女殿下と御一行の話も聞いている」
「ヴィランどもには、あんたたちに指一本触れさせないよ!」
「期待してるわ。けど、のんびりしてるとわたしが貴女たちの仕事を奪うわよ?」
「これは頼もしい護衛対象だ」
ヒーローたちはレナたちとも親交を深める。
そして少しばかり情報を交換した後、2人のヒーローは去って行った。
舞奈たちもマーサを連れて帰路を急ぐ。
「マーサさん、杖は大丈夫なのか?」
「ええ、大使館にストックがたくさんありますし」
(それであんな雑な消去したのか)
そんな会話をしながら真神邸へと戻ると、
「おお、舞奈君、レナちゃん。大丈夫かね?」
「マイちゃん! レナちゃん! よかった! マーサさんまで」
園香父に園香が出迎えた。
いきなり走り去った舞奈たちを心配していてくれたらしい。
皆の無事な姿を見やって安堵の笑みを浮かべた。
根元からへし折られた剣を、スピナーヘッドは驚愕の表情で見つめる。
頭のレドームが困惑と苛立ちをあらわすように不安定に回る。
そんな騎士の足元に、折れた刃が突き刺さる。
不吉なデザインの鉄隗に、すっくと立つ2つの人影が映りこむ。
「ほら見ろ、ビンゴじゃねぇか!」
ひとりはピンク色のジャケットを着こんだ少女。
片手で構えた拳銃の銃口からは硝煙。
「うるさいわね! ……マーサ、無事!?」
もうひとりは、まばゆい金色をした長いツインテールをなびかせた少女。
「レナ様! それに……!」
マーサの口元が安堵にゆるむ。
閉ざされたはずの空間にあらわれたのはレナと舞奈だ。
腕の立つルーン魔術師であるレナにかかれば結界に穴を開ける程度は可能。
「この結界、ケルト魔術の結界に見えるんだが」
油断なく拳銃を構えながら舞奈は訝しみ、
「よくわかるわね!【理想郷の召喚】よ」
「それじゃあ入るのに穴を開ける必要はなかったんじゃないのか?」
「マーサの結界じゃないわよ」
レナと軽口を叩き合う。
「ええ、わたくしは大魔法を使えませんので」
「なるほどな」
控え目に補足するマーサを舞奈は一瞥する。
舞奈は今回の騒動に複数のケルト魔術師が関与しているとふんでいた。
ひとりはマーサ。
もうひとりは、この結界を創造した何者か。
そして最後のひとりは、セミを操ってマーサの居場所を教えた何者か。
舞奈たちが追っていたセミは人気のない倉庫街の一角で消えた。
その近くにあからさまに展開された戦術結界を見つけ、突入したのだ。
あのセミは舞奈たちを、危機に陥っているマーサのところに誘っていた。
マーサと後の2人は別人だと判明した。
なので関与しているケルト魔術師は少なくとも3人。
結界が敵対的な意図で創造されたのなら、うちひとりは確実に敵。
それでも舞奈の口元には笑みが浮かぶ。
背後で短杖を構えた妙齢の美女は、額に汗こそ滲ませているが怪我はない様子。
ひとまず美女のピンチに間に合ったのだから、舞奈にとって不都合はない。
「あんたがマーサさんかい? こりゃあ聞いてた以上のべっぴんさんだ」
「本当に節操ないわね志門舞奈! 園ちゃんに申し訳ないと思わないの!?」
「ってことは、園香との仲は公認って事でいいのか?」
「いい訳ないでしょ!」
軽口に、レナが目をつり上げて激怒し、
「貴女が志門舞奈様……」
マーサはあらためて舞奈を見やる。
舞奈はレナと並んで油断なく身構える。
「まあいいや。……とすると、結界はあいつの仕業ってことか」
言いつつ目前の甲冑を見やる。
この結界を創造したのがマーサじゃないとすれば奴だろう。
だが奴が【理想郷の召喚】をどうやって行使したのかが気になる。
奴自身はどう見ても術者じゃない。
そう考えつつも、それよりスピナーヘッドの指に見覚えのある指輪を探す。
お馴染みの【智慧の大門】の指輪。だが……
「……指輪をつけてないな」
青い甲冑の指に指輪はない。
まあガントレットの下につけていれば見えないだろう。
どちらにせよ、奴はピンチになれば長距離転移で逃げるはずだ。
奥の手がわかっているのだから対応策を取りたいとも思う。
首尾よくヴィランのひとりを拿捕できれば、ファイヤーボールが言っていた『ボス』とやらについて詳しく聞くこともできるかもしれない。
だが舞奈には昔の仲間、果心一樹と違って敵の指輪を腕ごと奪うような手札はない。
だから……
「……とりあえず叩きのめすか」
スピナーヘッドに自ら接敵する。
数メートルの距離を一瞬で詰める程度は造作ない。
「そんな余裕をぶっかましてて良いのかなァ! 小娘ェ!」
叫びながらスピナーヘッドは折れた剣の柄を捨て、盾の裏から新たな剣を抜く。
先ほどの剣と同じ不吉なデザインの剣だ。
「スペアあるのか!? 準備いいなあんた!」
軽く驚く舞奈めがけて、
「真っ二つにしてやるぜェェェ!」
スピナーヘッドは剣を一閃。
「おおっと!」
横薙ぎの斬撃を、舞奈は身を屈めて避ける。
そのまま流れるような動作で拳銃を構えて撃つ。
先日のファイヤーボールに対しては撃たなかった舞奈だが、こいつ相手になら派手にやらかしても大丈夫だと判断。
正直、少し痛い目を見せてもよさそうな感じがしたのも多分にある。
それより奴らの仲間にデスリーパーがいると聞いた。
そいつは腕のいいウアブ魔術師だとも聞いたし、多少の銃創なら対処可能だろう。
もちろん盾で防がれるようなヘマはしない。
奴が反応して身構えるより銃弾のほうが速い。
それでも肩口を捉えた大口径弾は、
「ハハッ! 効かないなァ!」
青い甲冑にはじかれる。
「……だろうな。【要塞化】って奴か」
奴の得意技は映画で見た。
だから舞奈も口元に笑みを浮かべながら、素早く跳び退く。
再度、撃つ。
今度は甲冑の隙間に狙いを定めて。
接近戦の最中に鎧の細い隙間を狙うなど、並みの射手には無理な芸当。
それでも舞奈の集中力と動体視力があればは可能。だが――
「――何っ!?」
大口径弾は再び鎧にはじかれる。
外したのではない。
撃つ瞬間に敵が動いた。
僅かだが明らかに不自然な機動。
まるで舞奈の目論見を知っていたかのように。
見抜いた訳ではないはずだ。
銃弾が鎧に弾かれたからと言って、鎧の隙間を正確無比に撃ち抜こうとするなんて初見で気づいたりはしないだろう。
しかも的確に対処したりは。
奴は体勢を少しずらす最小限の動きで大口径弾を止めた。
まるで、そうすれば被害をゼロにできると知っていたかのように。
「【精神読解】か?」
「ご注意を! 奴は【戦闘予知】に【加速能力】、【能力消去】まで使います」
「……先に言ってくれ」
マーサの叫びに苦笑する。
次いで後方から2条の粒子ビームが飛来する。
レナの【雷弾】だ。
だがスピナーヘッドはビームを避ける。
まるでビームの軌道を知っていたみたいに。
背後でレナが舌打ちする。
なるほど敵が【戦闘予知】を使うというのは本当のようだ。
術者の思考は【精神読解】では読めない。
だが戦闘中の一瞬先の未来を見通す超能力を使えば、こちらの手札を、目論見を見抜いて対処することができる。十分な距離があれば攻撃魔法を避けることも。
舞奈は体勢を立て直しながら舌打ちする。
奴は予想していたよりはるかに多芸だ。
映画の中での奴はレドームを使ってジャミングの真似事をしていたくらいだ。
だがまあ実際のヴィランが映画より多彩な手札を持っていることくらいは予想済み。
それでも若い男が多数の超能力を使いこなすのが不自然だと思った。
目前の騎士はミスター・イアソンほど齢を経ている訳でなく……なんというか真面目にトレーニングとかしなさそうに見える。
だが、まあ多種の超能力を使うというなら使うのだろう。
今しなければならないのは、敵の手札を疑うことではない。
対処するのだ。
「脅かしやがって! ガキどもがァ!」
スピナーヘッドは剣を振り上げて走り来る。
舞奈たちの攻撃を、ひととおり無力化できたとふんだのだろう。
なるほど普通に撃っても【要塞化】で防御可能。
鎧の隙間を狙っても【戦闘予知】で対処可能。
レナの攻撃魔法も回避できるし、そもそも巻き添えを恐れて思ったように撃てない。
だが今の状況では、奴の選択は舞奈にとっても好都合。
「まずは貴様から斬り刻んでやらァ!」
スピナーヘッドは嵐のように突きを、斬撃を放つ。
「ハハッ! できるといいな!」
対する舞奈はのらりくらりと避ける。
なるほど、これが奴の【加速能力】かと口元には笑み。
鋭い感覚で空気の流れを、空気を動かす肉体の動きを、筋肉の動きすら読み取って驚異的な動体視力と身体能力で回避する舞奈に対して近接攻撃は無力。
未来を読んで小細工されても、それに対して反応できる。
なにより先日、舞奈は奴より素早くキレのいい猛打の嵐を凌いだばかりだ。
確かに奴の加速そのものはファイヤーボールのそれより上。
どんな手品を使っているやら奴の周囲の空気の流れも何処か異様で回避し辛い。
だが繰り返される奴の斬撃はファイヤーボールのラッシュより遅い。
まるで三下が偶然に手に入れたチート能力を持て余しているかのように。
だから回避の合間に、至近距離から拳銃の銃口を甲冑の隙間に向け――
――撃てない。
完璧に狙いが定まった一瞬、引鉄を引こうとした瞬間に敵が動く。
先ほどと同じだ。
偶然ではない。
気配や舞奈の動きを見て避けているのとも少し違う。
まるで一瞬後に自身が撃たれることを、何者かから知らされたような不自然な挙動。
(【戦闘予知】って、こんな厄介な能力だっけ?)
敵の斬撃を回避しながら訝しむ。
そもそも未来予知と言っても、【戦闘予知】でしているのは予測と分析。
本人の洞察力を高めて一瞬先の未来に備えるのだ。
預言のように本人が知りようもない運命を知ることはできないはずだ。
なのに奴は舞奈の目論見を見透かしたように対処する。
その割に足払いのような単純なひっかけにあっさりかかってつんのめる。
動きの派手さや大きさではなく、結果の大きさで察して避けている。
不自然な事この上ない。
よしんば【精神読解】を併用していたとすると、その精度はリンカー姉弟以上。
舞奈は無意識に、思いついたように致命打を繰り出すから心を読んでいても対処しずらいと、クラリスからも、ゴードンからも言われていた。
正直こいつが? という感じではある。
そう考えると奴の動きそのものも不自然だ。
筋力が強化された等で物理的に素早いのとは、空気の流れや挙動が微妙に異なる。
まるで奴の周囲だけ物理法則が歪んでいるかのような不自然な感触。
この感覚、どこかで……
「……ちょこまかちょこまか逃げやがってェ! メスガキがァ!」
「そっちこそフニャフニャ避けやがって! 青チン野郎!」
罵倒を交わしながら、舞奈は不意に跳び退く。
敵は剣を一閃する。
不吉な剣の切っ先が、舞奈の頬に紅い糸を引く。
その動きで舞奈は確信した。
「何やってるのよ!? 必要なら銃に【燃手】をかけるわ!」
「いらん! 銃が壊れる」
続く斬撃を避けながら、叫ぶレナを一瞥する。
魔術師たちは、敵の目論見通り巻き添えを恐れて動けなかったらしい。
しかも舞奈が圧されて焦ったようだ。
ついでに罵声の品のなさのせいでレナが軽くイラついている。
だが銃にかける付与魔法には欠点がある。
銃を通して弾頭に魔力を付与すると、発射薬が活性化されて威力が上がる。
その強すぎる威力に薬室が耐えられない。
例外は魔力を銃そのものではなく弾倉の中の1発の実包、その先端に位置する弾頭のみに収束させる、得物にかけるタイプの信管付き攻撃魔法だけだ。
例えば明日香の【炎榴弾】、イアソンの【念力撃】。
あるいは銃に手を加える手段もなくはない。
だが薬室を強化した改造拳銃を、舞奈は今は持っていない。だから代わりに、
「それよりレナ、マーサさんも」
「何よ!?」
「奴の魔法を探れるか? 持ってる魔道具を知りたい」
「了解しました」
「わかったわ!」
要請に応じ、
「Dear,Merlin.Detect Magic!」
「知神!」
2人が同時に施術する。
マーサが使った魔術は【魔法感知】。
周囲あるいは対象の魔力を調べる、いわゆる魔法感知だ。
一方でレナが使った魔術は【天啓】。
たしか【武具と戦士の召喚】技術により時空の彼方から情報を召喚する魔術だ。
十分な設備と時間を使って正式な施術をすれば占術や預言として機能する。
だが簡単な答え合わせに使うくらいならルーンひとつと魔術語で十分。
マーサと同じ術を使っても無駄だとの判断だろう。
それは同時に、メイドの施術を信頼している証でもある。
実は明日香の手札にも【呪的参謀】と呼ばれる同等の術が存在するらしい。
だが成功しているところを見たことがない。
生真面目な彼女が裏づけのない情報を信用しないためだ。
そんな彼女よりは柔軟なレナは、奴の異能力の秘密に気づいたらしい、
「その頭の回ってる奴! 多種の魔術がこめられた魔道具よ!」
「そういうことか!」
舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
奴の魔道具は指輪じゃなかった。頭のレドームだ。
「……なるほど。ならば!」
さらにマーサも2人のやりとりで何かに気づいたらしい。
「Dear,Ceridwen.Come on Fox’s cunning!」
新たに預言の探知魔法【奸智】を行使し、
「……彼の兜にこめられているのはケルト魔術です!」
「だろうな!」
その答えに舞奈は笑う。
つまり奴が使っていたのは超能力ではなかったのだ。
予知は【戦闘予知】ではなく、預言と同じく情報を召喚する【戦場の奸智】。
高速化も【加速能力】ではなく空間そのものを歪める【加速】。
魔法消去も【能力消去】ではなく【魔法消散】だったのだろう。
あくまで術者の心身を強化する超能力とは違う。
より高度な技術であるケルト魔術だったのだ。
だから超能力者を相手取るつもりで戦うと調子が狂う。
だがタネがわかれば対処は楽だ。
何故なら舞奈はケルト魔術によって強化された三下との戦いには慣れている。
3年前、エンペラーの手下どもの猛攻から幼い舞奈は生きのびた。だから、
「レナ、マーサさん、2人で攻撃魔法を撃ちまくってくれ! 狙いは雑でいい」
「避けられるわよ?」
「限度ってものがあるさ。奴は術者じゃない」
「わかったわ!」
「承りました。Dear,Ildanach――――」
返事と一瞬の間の直後、
「野牛!」
「――Lightning bolt!」
粒子ビームと稲妻の猛攻。
ルーン魔術【雷弾】。
ケルト魔術【稲妻】。
まばゆい光とプラズマが、束になってスピナーヘッドめがけて飛来する。
「糞がァ!」
スピナーヘッドは悪態をつきつつ回避する。
頭のレドームが焦るように高速で回る。
2人が攻撃魔法を連射する速度はそれなりに早い。
元よりルーンを消費する代わりに施術の早いレナはもとより、ほとんど数語の施術で稲妻を放つマーサの速射もなかなか。速度に特化しているらしい。
スピナーヘッドは【戦場の奸智】と【加速】の合わせ技で猛打を避ける。
魔道具をフル活用した必死の回避だ。
魔術師の砲撃に等しい攻撃魔法をまともにくらえば、自分の【要塞化】では防げないことくらい予測するまでもなくわかる。
だから舞奈は閃光の合間を縫って、必死に回避するスピナーヘッドに接敵し――
「――!?」
銃声。
一瞬遅れて攻撃魔法の掃射が止む。
「ちょっと! いきなり跳び出したりして何考えてるのよ!」
背後でレナが怒鳴る。
舞奈が粒子ビームと稲妻の前に身を投げ出したように見えたらしい。無理もない。
だが素早い連射とは言いつつも魔術の雨ほどじゃない。
三下が魔道具を使って回避できる程度の猛攻ならば、舞奈なら余裕で避けられる。
ついでに予知と機動のリソースを使い切った相手に一撃を喰らわせることも。
だから……
「……っ!?」
スピナーヘッドは脇腹を押さえてうめく。
青い鎧の隙間を捉えた正確無比な大口径弾を、今度は奴は防げなかった。
「――撃ち抜かれる未来しか見えなかったろ?」
舞奈の口元には笑み。
片手で構えた拳銃の銃口からは硝煙。さらに――
「それとも未来に目をやる余裕もなかったか?」
「――なんだい終わってるじゃないか! 大した事ないなスピナーヘッド!」
「――そうじゃない。戦った相手が悪かったんだ」
屋根の上に2つの影があらわれた。
目をやる余裕のある舞奈とレナ、マーサが振り返って見やる。
ひとりは両手に円形盾を構えた、小太りなタイツの少女。
もうひとりは、ビキニアーマーを着こんだ浅黒い肌の3メートル近い巨女。
レナが開けた結界の穴を通って来たのだろう。
「くッ……スマッシュポーキーにタイタニアかァ!」
スピナーヘッドが狼狽える。
「転移で逃げるはずだ! 捕らえられるか?」
「シャドウ・ザ・シャークがいてくれればよかったが……」
「スマッシュすれば問題ないさ!」
舞奈の要請にヒーローたちが動き出した瞬間――
「――!」
不意に舞奈は跳び退る。
次の刹那――
「――スマンガ、ソレハ無理ダ」
うめく甲冑をかばうように、目前に氷の巨人があらわれた。
否、人の形をした巨大な氷の塊と言ったほうが適切か。
出現と同時に周囲を支配する寒気。
たちまち地面に霜が張る。
「イエティかっ!?」
舞奈は叫ぶ。
もちろん直前まで気配はなかった。
「気安く転移してきやがって!」
毒づいた次の瞬間、イエティは身を屈めて氷の口を大きく開く。
そこから凄まじいみぞれ交じりの突風が吹きだした。
「野郎……っ!」
顔をかばいながら舞奈は再び毒づく。
例えるなら【冷気放射】に似た凍てつく風に舞奈は一瞬、動きを止める。
背後のレナも同様。
「例の手段で逃げる気だ!」
「またかよ! 待ちやがれってんだチキン野郎!」
タイタニアとスマッシュポーキーが屋根から跳び降り――
「――Dispel Magic!」
「あっ馬鹿!」
マーサが【魔法消散】を行使する。
魔法消去の魔術。
だが大魔法を相手に生半可な消去が通じる訳もない。
「ああっ!?」
手にした短杖が砕け散る。
そんなマーサを尻目に、
「でっかいママが迎えに来たからお帰りか!? 青チン野郎!」
舞奈は顔をかばいながら叫ぶ。
「なんだとガキがァ!?」
霧の中から怒声が返る。
こちらも思った通り。
実力に不相応な魔道具で身を固めたスピナーヘッドはプライドも高く挑発に弱い。
撤退を阻止できないのなら、少しでも歌わせて情報を得たい。
「映画で観たときも思ったが、あんたの人生、逃げてばっかりだな!」
「図に乗りやがって! じきにボスが異世界への扉を開いて『力』を手に入れる! そうしたらテメェなんざァ!」
「異世界!? なんだそりゃ?」
「喋リスギダ! 馬鹿者!」
思わずオウム返しに問いを返す舞奈の目前。
霧の中から聞こえるイエティの焦った声。
吹雪を噴いているのと同じ口で喋っているなら、少しは勢いが弱まるはず。
声の出元を頼りに拳銃で撃てば転移を妨害できる可能性がある。
そう考えた、だが次の瞬間――
「――Please,Merlin!」
声と共に気配が消えた。
そして凍てつく霧が晴れ、視界が回復した後、そこにヴィランはいなかった。
周囲の景色も元の街並みに戻っていた。
結界を生み出していた魔道具がなくなったからだ。
もちろん消去によって破壊されたからじゃない。
使用者ごと【智慧の大門】の魔術で長距離転移したからだ。
「あいつ! 弱いクセに逃げ足だけは速いな!」
人気のない路地に向かってスマッシュポーキーが地団太を踏む。
「……やれやれ。協力に感謝するぜ」
「何もしていないがな」
笑いかける舞奈に、タイタニアが苦笑する。
まあ、その言葉に嘘はない。
だが今回の戦闘は、そもそもマーサの身柄を守れれば良かったのだ。
彼女が無事なのだから御の字。
それに敵を逃すことにメリットがない訳じゃない。
後片付けの必要がないのだ。
なのでヒーローたちの登場に感謝こそすれど、文句を言う筋合いはない。
それに彼女ら2人は数日前に麗華の危機を救ってくれた。
「にしても、おまえがシモンか。この国の人間は猛者でもみんな子供に見える」
「安心してくれ本当に子供だ」
「……するとシャドウ・ザ・シャークも本当は子供なのか?」
「いや、あいつは大人だ(少なくとも社会的にはな)」
「やっぱり区別がつかないな……」
巨漢のタイタニアが舞奈を見やりながら首をひねり、
「あたしだって同じくらいの背丈だよ」
「シモンが超能力すら使わずにスピナーヘッドを圧倒したのを見てなかったのか? おまえみたいに威勢がいいだけじゃない。シャドウの魔術と同じくらい凄い」
「なんだと! このデカブツ!」
仲間同士で軽口を交わし、小柄なポーキーがタイタニアの足元を蹴り上げる。
こちらも映画で見たようなやり取りに、舞奈も思わず口元を緩め、
「挨拶が遅れたな。わたしはディフェンダーズのタイタニア」
「あたしはスマッシュポーキーさ! よろしくな!」
「志門舞奈だ。会えて嬉しいよ」
挨拶と握手を交わす。
「でもって後ろの彼女らが――」
「――レナ・ウォーダン・スカイフォールよ」
「メイドのマーサです」
「王女殿下と御一行の話も聞いている」
「ヴィランどもには、あんたたちに指一本触れさせないよ!」
「期待してるわ。けど、のんびりしてるとわたしが貴女たちの仕事を奪うわよ?」
「これは頼もしい護衛対象だ」
ヒーローたちはレナたちとも親交を深める。
そして少しばかり情報を交換した後、2人のヒーローは去って行った。
舞奈たちもマーサを連れて帰路を急ぐ。
「マーサさん、杖は大丈夫なのか?」
「ええ、大使館にストックがたくさんありますし」
(それであんな雑な消去したのか)
そんな会話をしながら真神邸へと戻ると、
「おお、舞奈君、レナちゃん。大丈夫かね?」
「マイちゃん! レナちゃん! よかった! マーサさんまで」
園香父に園香が出迎えた。
いきなり走り去った舞奈たちを心配していてくれたらしい。
皆の無事な姿を見やって安堵の笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説



断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる