銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第18章 黄金色の聖槍

調査2

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 今日も今日とて平和な学校の授業中。
 初等部校舎の一角にある舞奈たちのクラスで、

「じゃあ、この問題がわかる者は手を挙げてくれ」
 サングラスをかけた小太りな担任が、黒板にチョークで数式を板書する。
 隣で地味な色のスーツを着こんだ副担任がニコニコしている。
 そんな2人が見やる先、

「はいはい!」
「はーい!」
 数人の生徒が挙手しながら声をあげ、

「じゃあ日比野。答えてみろ」
「チャビーちゃん、がんばって」
「うん!」
 チャビーが園香に見送られながら黒板に向かう。
 ちっちゃな小5は背伸びしながらカツカツと黒板にチョークを走らせ、

「お、よくできたな日比野」
「えへへ!」
 見事に正解。
 担任に褒められて笑う。

「立派ですよ日比野さん。算数は苦手だと聞いていたのですが」
「わからないところは安倍さんに教えてもらったんだよ!」
「あら、いいお友達を持ちましたね。素晴らしい」
 副担任の鹿田先生もニッコリ笑う。
 チャビーも笑う。
 送り出した園香もニコニコ笑う。

 そんな様子を、舞奈は傍から微妙な表情で見やる。

 新任教師の鹿田先生。
 美人で気さくで、着任初日からクラスの人気者だ。
 加えて御覧の通りにケアも万全。
 着任後数日でクラス全員の情報を把握したらしく、的確に褒めたり相手している。
 わりと教師の鏡ではある。

 だがなんと言うか……格好が全身タイツなのは昨日と同じ。
 ホームルームで最初に見たときは地味な色のスーツ姿だった。
 だが昨日と同様、その姿に不信を持った途端に彼女の姿はタイツに変わった。
 園香曰く、昨日のとは別のお洒落なブランド物のスーツらしい。
 認識阻害を毎日かけ直しているのだろう。

 彼女が魔術師ウィザードだと見なす理由がいくつか増えた。
 ひとつは認識阻害をアレンジしながらかけなおせる柔軟性。
 もうひとつは生徒の情報を短期間で頭に叩きこむ記憶力。知性。
 その力量で生徒を的確に褒めるという行為も、他者のプラスの感情を鼓舞して魔力の源を生み出そうとする魔術師ウィザード的な性向だと考えれば納得はできる。

 すると彼女は少なくとも敵ではない?

 だが、安易にそう考えるのも危険な気がする。
 魔術師ウィザードがすべからく自分たちに益すると見なすのは都合のいい考え方だ。
 そして舞奈の力の及ばない所で、状況が都合よく動いた試しはない。
 むしろ逆だ。
 ならば舞奈は彼女に対し、どう振る舞うのが最良なのか?
 そんなことをつらつらと考えていると――

「――志門さん、先生のことが気になりますか?」
 黄緑色のトンガリ頭がこっち見て笑っていた。
 迂闊にも考えごとの最中、新任教師を凝視していたらしい。
 クラス中の視線が舞奈に集中する。

 思考に沈む中で急に話しかけられた驚き。
 教卓の横に立ったトンガリ頭を真正面から見てしまった衝撃。
 思いがけず注目を浴びてしまった焦り。
 それらの動揺を戦場の集中力を駆使して抑え、

「センセがすっごく素敵だから、ファンになっちゃったんだ」
「あら嬉しい。ふふ、志門さんも聞いていた通りにユニークな方ですね」
「よく言われるよ。それよりもっとセンセのことが知りたいなあ。この後ヒマ?」
「ふふ、ごめんなさいね。授業後は明日の準備をしないといけないの」
「……志門、今は授業中なんだが」
「ですよね。ごめんなさい……」
 誤魔化そうとして、何となく上手くいかなかった。

 そんなこんなで一見すると平和な平日の放課後……

「……あの後、園香の視線が心なしか冷たかった気がするんだが」
 舞奈は統零とうれ町のはずれをとぼとぼ歩く。

「気のせいだよな……?」
 情けない声色でひとりごちる舞奈を、新開発区と大差ない無人の家屋の屋根から、新開発区から抜け出してきたロシアンブルーの猫が無言で見やる。

 検問へ向かう道から少し離れた通りを歩き、向かう先は教会だ。
 もちろん目当てはシスターからの情報。
 今日も今日とて黄緑色だった全身タイツの正体を確認するためだ。

 なので特に事件もなく到着した教会で、

「よぅシスター、相変わらずべっぴんだなあ」
「ふふ、舞奈さんもお元気そうで何よりです」
 舞奈はフランクに挨拶しつつ、シスターの豊かな胸を見やって笑う。
 痩身巨乳のシスターも、普段通りのにこやかな笑みを返す。

 もちろん彼女は術者ではない。
 認識阻害を使う術者の正体を問われても困るだろう。

 だが彼女は、この街の情報に通じている。
 表の世界の常識ではありえないような来訪者や事件について、何か情報かヒントを小耳にはさんでいるかもしれない。

 加えてディフェンダーズの面子と連絡を取れたらいいと思った。
 実は舞奈はアーガス氏の連絡先を聞いていない。
 ニュットあたりなら知っているはずだが、それは最後の手段にしたい。
 ドクター・プリヤことペストマスク女のイリアちゃんは萩山が御両親と住んでるアパートにホームステイしているらしいが、そちらも住所は知らない。
 KAGEの居場所はまったくもって不明。
 公安刑事でもある彼女が今も巣黒にいるかも不明。

 なので情報通なシスターが、彼ら、彼女らの居場所を知っていることを期待した。
 あるいは舞奈とは逆に地元の情報を求めて訪れた彼らと鉢合わせることを。
 そんな彼女は……

「舞奈さん、先日は大変なご苦労をされたようですね」
「……知ってたのか」
 いたわるように声をかけつつ舞奈を抱きしめた。
 女子小学生の顔が、修道服を着こんだ大人の女性のふくよかな胸に埋まる。

 情報通な彼女はどのようにしてか、四国の一角を巡る【機関】の作戦に舞奈が関わっていたことを知っていたらしい。おそらくはその顛末も。
 そして生き残った者が何を失ったかを察し、慰めようとしている。
 何故なら彼女は人生経験が豊富で、賢明で心優しい。だが――

「――大丈夫だよ」
 舞奈は頬を包みこむやわらかな感触から顔を引きはがす。
 そして口元に不敵な笑みを浮かべてみせる。

 舞奈だって昔のような子供じゃない。
 美佳や一樹のいない世界でべそをかいていた頃より成長している。

 もちろん年の頃は未だ小学5年生。
 それでも幾多の修羅場を潜ってポーカーフェイスも少しは上手になったつもりだ。
 母親のような慰めの抱擁を前に、強がりを言えるくらいに。だから、

「舞奈さんは、本当にお強くなられましたね」
「……そんなんじゃないよ」
 微笑む彼女を笑顔で見上げる。

「アーガスさんかその友達に連絡を取りたいんだが、あいつら最近、来たか?」
 舞奈は何食わぬ表情のまま尋ね、

「いえ、あの方たちもお忙しいようでして……」
「そりゃあそうだろうな」
 シスターの答えに肩をすくめる。
 まったく舞奈の身辺はいつもこんな感じだ。
 運任せの諸々が上手くいった試しがない。

 小学生の視点から大人の顔を見上げると、ふくよかな胸が目の前に迫る。
 だから雰囲気のまま再び顔を埋めようとする。
 シスターはさりげなく避ける。ちぇっ!

 ちなみに明日香は今日は別行動したいと言い出した。
 まあ当てのないない調査なのだから、手分けしたほうが効率的なのかもしれない。
 こちらが空振りしたことで、向こうで何かわかる可能性が増え……たらいいなあ。
 舞奈はやれやれと肩をすくめ、

「ふふ、代わりと言っては何ですが」
「代わり?」
 シスターはにこやかに微笑む。
 舞奈は訝しみつつ視線を追って……

「……よっ!」
「うわっなんでおまえがここにいるんだ!?」
 教会の建物から出て来た金髪の子供2人がビックリする。

 年の頃はどちらも中学生ほど。
 ひとりはつば付き帽子をかぶった少年……に見せかけて女の子。
 エミール――エミル・リンカー。

 もうひとりは普通に長い金髪をなびかせた美少女。
 舞奈に気づいてちょこんとおじぎする。
 こちらはエミルの姉であるクラリス・リンカーだ。

「なんであんたたちより、あたしのほうが先に気づくんだ?」
「平時に【戦闘予知コンバット・センス】なんか使ってる訳ないだろ! 超能力者サイキックを何だと思ってる!」
「治において乱を忘れずって、あたしの国のことわざにあるんだが」
「うるさい!」
 相変わらずのエミルと軽口を交わしながら、思わず口元をゆるめる。

 彼女とクラリスは、読心と瞬間移動を得意とするサイキック暗殺者。
 舞奈と明日香との戦闘に敗れ、今はベリアルの部下として労働奉仕をしている。
 男装してエミールを名乗っていたエミルだが、素の言動も男子っぽい。

 舞奈は先日の作戦で、たくさんの友人を亡くしたばかりだ。
 だから今は久しぶりに見た知った顔が嬉しかった。
 彼女の言う【戦闘予知コンバット・センス】というのは超感覚で奇襲や攻撃を察知する超能力サイオンだ。

「……おまえ、僕たちが【精神読解マインド・リード】も使えるってことを忘れてるだろう?」
「別に知られて困ることでもないからな。だいたい心を読むのに抵抗なんてできないんだから、隠そうとするだけ無駄だよ」
 何かを誤魔化すようなエミルに軽口を返す。
 すると彼女は満面の笑みを浮かべ、

「表層意識を読むだけなんだから、無理にでも別のこと考えればいいだろう?」
 得意げに言い放つ。

「考えないようにするんじゃ駄目なのか?」
「『何を』考えないようにする気だ? そう考えた時点で筒抜けだ」
「なるほどな」
 舞奈の反応にエミルは笑う。
 知識でマウントを取れたと思ったらしい。
 だが特に彼女に勝ちたいと思っていない舞奈にとっては有り難い指南だ。

「けど、いいのか? 自分の手の内を明かすような真似して」
「別に、おまえなんかと戦うことはもうないだろうからな」
「そいつは重畳」
 エミルの言葉に思わず笑う。
 それは彼女が、舞奈たちとは戦いたくないと思ってくれているということだ。
 そんな気持ちを素直に心に満たすと、

「だから隠せって言ってるだろ!」
 エミルはそっぽを向いてしまった。
 だから舞奈は側のクラリスを見やり、

「あんたにも、会えてうれしいよ」
 満面の笑みを浮かべてみせる。
 もちろん心の中にも。途端、

「うん、あの……わたしも」
 クラリスも花が咲き乱れるように笑う。
 もちろん心の中から……という気がする。心を読めなくてもわかる。

「そっちは大変じゃないかい?」
「大丈夫。ベリアルは甘くはないけど無茶な仕事を要求しないわ」
「そいつは良かった」
 照れたようなクラリスの答えに、口元の笑みをさらにゆるめる。
 彼女の表情からも、その言葉が嘘ではないことがわかる。
 だから舞奈は問いかける。

「ところで聞きたいんだが、超能力者サイキックを【精神感応テレパシー】で操ることは可能なのか?」
「――そいつのことなら、僕たちのせいじゃないぞ」
 先回りして答えたのはエミルだ。
 例によって【精神読解マインド・リード】で舞奈の心を読んだのだ。

 先日の電車の中で、舞奈に襲いかかったゴードンの様子。
 彼が何者かに操られていたという舞奈の確信。
 それらを話す前に理解してくれるのは、まあ話が早くて楽ではある。

「本当よ。そもそもベリアルが許さないわ」
「そんなことしてる余裕もなかったしな」
「ま、それもそうか」
 クラリスも言い募り、2人の言葉に舞奈はうなずく。

 まあ確かに今の彼女らはベリアルの監視下にある。
 超能力者サイキックで悪さをできたとは考えにくい。

 なにより彼女らの表情が、その言葉が嘘ではないと語っている。
 クラリスもエミルも、そういうポーカーフェイスができるほど大人じゃない。
 そう言う意味では彼女らの超能力サイオンの効果範囲内は魔法使いと正直者しかいない平和な世界ということになりはしないか?
 そんな舞奈の思考を読んでエミルが面白くなさそうな表情をする。
 だが事実なんだから仕方ない。苦笑する舞奈に、

「……でも気をつけて」
 クラリスは言葉を選びながら、

「この国にヴィランたちが集まって来ている」
「……だろうな」
 舞奈の返しに逆に彼女は驚く。
 予想しているとは思わなかったようだ。
 ただのポーカーフェイスや虚勢でないのは心を読めばわかる。
 そして彼女の表情から、そのヴィランというのが彼女の仲間のことじゃないと察したこともわかるはずだ。

「クイーン・ネメシスやクラフターから、そいつらについて何か聞いてなかったか?」
「ううん、具体的には何も……」
「Mumはやるべきことは教えてくれたけど、目的までは言わなかったから……」
「ま、そりゃそうか」
 彼女らの答えに、舞奈は何食わぬ笑みを返す。

 舞奈たちがクイーン・ネメシスを倒すまで、リンカー姉弟はMum――クイーン・ネメシスの指示通りに要人暗殺を繰り返していた。

 だがクイーン・ネメシスは、この国を蝕もうとしているヴィランとは別物だ。
 舞奈はそう確信している。
 それどころか同じカテゴリの超能力者サイキックたちの悪しき野望を食い止めようとしている可能性すらある。
 現に姉弟が暗殺していたのは人の皮をかぶった喫煙者――脂虫だけだ。
 彼女らの立場はヴィランだが、Mumとその一派は世間一般で言われているような冷酷無比なならず者では決してない。
 そんな思惑を彼女らの【精神読解マインド・リード】に乗せる。

「やさしいのね」
「そういうのとは少し違うがな」
 クラリスが微笑む。
 舞奈は誤魔化しきれないとはわかっていながら口調だけは何食わぬ風を取り繕う。

「けど、ごめんなさい。Mumが今、何をしているかはわからないの」
「知ってるさ」
 続く申し訳なさげな言葉にも涼しい口調で答える。
 クイーン・ネメシスがそういうつもりなら、現在の居場所や状況を子供たちに伝えたりはしないだろう。
 自分たちだけで――あるいは自分だけで事を成そうとするはずだ。

「貴女が考えているようなことも、あり得ると思う。ヴィラン同士の仲は悪いから」
「そっか、そりゃ大変だ」
 クラリスは言葉を続ける。
 少しでも舞奈の知りたい答えへのヒントになりたいと思ってくれているのだろうか?
 もし、そうなら有り難い。
 そんなことを考えた途端にクラリスは少し笑い、けどすぐに表情を引き締め、

「それに、対抗するためにヒーローたちも集まってきてる」
 少し硬い声色で語る。

 なるほど、この界隈で次に引き起こされるのは、ヒーローチームと複数のヴィランチームが入り乱れた最終戦争だという可能性は多分にある。
 ベリアルの指示の下で彼女らが今している任務も、無関係ではないはずだ。
 そんな中、手始めに舞奈が知りたいことはひとつ。

「黄緑色の全身タイツを着た奴はどっちだかわかるか?」
「えっ? ううん、知らない人……」
 問いかけつつ、きみどりおばさんを脳裏に想い浮かべる。
 クラリスは申し訳なさげに答える。
 だが、その口ぶりに躊躇うような響きを感じて訝しんだ途端、

「乳や尻を強調しすぎなんだよ!」
 エミルに睨まれた。
 言われてみれば頬が赤い。クラリスも……エミルも。

「ははっすまん。クラリスちゃんのお胸やお尻も綺麗だよ」
「――!?」
 言いつつ頭の中を触りたい気持ちでいっぱいにする。
 普通に会話できる距離で感じられる彼女の匂いと温度が好ましいものだと念ずる。
 それは舞奈の混じりけのない本当の気持ちだったから……

「……お姫様が困ってるだろう」
 クラリスがひょいと誰かに抱き去られた。
 抱き上げた逞しい長身はサーシャだ。
 彼女もまた界隈で悶着を起こし、リンカー姉妹同様にベリアルの指揮下にある。

「あんたも元気そうでなによりだ」
「貴様もな」
 クラリスを小脇に抱えた長躯のロシア美女。
 小柄な舞奈。
 互いに変わらぬ笑みを交わす。

 サーシャの笑みが何時かと変わらず不敵なのは、彼女に心を読む手札がないからか。
 クラリスやエミルは、四国の一角での出来事を舞奈の記憶から垣間見た。
 だが彼女は違う。
 あるいはロシア人の彼女にとって、あの程度の修羅場は日常茶飯事かもしれないが。

「ベリアルが貴様に用がある」
 何食わぬ表情で長躯は告げる。

 舞奈は最大出力でおっぱいの弾力ややわらかさのことを考える。
 クラリスの顔が爆ぜるように赤くなった隙に、サーシャは反対の腕でエミルも抱え、

「ちょ……!? 自分で歩けるよ!」
 両の小脇に金髪少女を抱えて去って行く。

 ベリアルの名を聞いて脳裏に浮かんだ記憶、感情。
 それらを上手に誤魔化せたかなと思いながら、そう考えると心を読む相手は案外やりずらいのかと苦笑しつつ――

「――みんな元気そうじゃないか」
「気づいておったか」
「いや、その反応も今さらだろう」
 側に立った気配と軽口を交わす。
 彼女に心を読む手段はないはずだ。

 見やると側に、変哲のないコートを着こんだ少女がいた。
 だが舞奈の前で、少女の衣装が仮面をかぶったローブ姿のそれへと変わる。
 カバラ魔術による認識阻害【虚無の外套ベゲド・ヘベル】だ。
 あからさまに術者っぽいが普通の格好を、そうでない普通の格好に見せかける。
 まあ、こういうのが認識阻害の本来の使い方なのだろう。
 だが舞奈の感覚的には全裸や全身タイツのイメージが強く、

「ぷぷっ、あんたもそういうことするんだな」
「……言っておくが、彼女らの身柄を借り受けてからいちばん教育に悪いと思った出来事は、先ほどそなたの頭の中を読んだことだからな」
「別にあんたが、いい上司だって話を疑ってる訳じゃないよ」
 軽薄に笑いながら、サーシャたちが去って行った方向に目を向ける。
 彼女らが【精神読解マインド・リード】の範囲外と思われる距離まで遠ざかったのを見やりり――

「――こいつはあんたに返すよ」
 懐から何かを取り出して手渡す。
 くたびれたポウチと弾倉マガジンだ。

 今のベリアルと、サーシャとリンカー姉妹。
 彼女らに、舞奈は四国での旅の仲間の姿を重ねていた。

 一行のリーダーでもあった【装甲硬化ナイトガード】のトルソは太刀と拳銃CZ75の使い手だった。
 彼は舞奈に予備弾薬をポウチごと貸し渡した。
 自身の師がベリアルであると語った。
 そして……逝った。

「それ、トルソさんから借りたんだ。ぜんぶ使い切って来ようと思ったんだけど、マガジン1個分だけ残っちゃった」
「あ奴め、まだこいつを使っておったのか」
 言いつつベリアルは弾倉を見つめる。
 やはり彼が使っていた古い型のCZ75は、師であるベリアル所縁のものらしい。
 舞奈は軽薄な表情を続けようとして、上手くいかなくて、

「……すまない。あいつを守れなかった」
 ボソリと言った。

 脂虫や屍虫の集団に追われながら禍川支部を目指す過酷な旅の中、舞奈たちは彼と切丸と分断された。
 そして再開した切丸は敵の僕になっていた。
 トルソは亡骸になっていた。
 その事実は、後の調査により結果だけでも彼女の知るところとなっているはずだ。
 ベリアルは仮面で表情を隠したまま、

「年の差を考えてやってくれ。状況が逆なら我が奴を縊り殺してやるところだ」
 何かを取り繕うように厳しい口調で答える。

「扱いが厳しくないか?」
「奴には丁度いい。あ奴め、口を開けば生意気なことばかり言いおったであろう?」
「……いや、会った印象とずいぶん違うんだが」
 首をかしげる舞奈。
 そんな舞奈を怪訝そうに見やるベリアル。
 そんな彼女を舞奈は見やり、

「大太刀とCZ75を使う【装甲硬化ナイトガード】で間違いないよな? 背が高くてガタイも良くて、作戦中は作業着を着て手袋はめてる」
「ああ、そ奴だ」
 確認しようと言葉を重ねる。
 ベリアルはうなずく。

「あんたの話より大人だったがなあ。落ち着いてて判断力もあって、リーダーとして皆をまとめてた」
「なんだと?」
 舞奈の話にベリアルは少し驚く。

 少なくとも舞奈の記憶の中のトルソは、一行の中で一番の大人だった。
 個性的な異能力者たちをまとめ、的確に指示を出し、あるいは気弱なピアースを励まし異能力を開花させるきっかけとなり、身勝手な切丸を諭した立派なリーダーだ。
 だが、それは師の知る彼の姿とは少し違ったらしい。

「我が知っておるトルソは、どうしようもなく増長したチンピラだった」
「なんだと?」
 今度はベリアルの昔話に舞奈が驚く。

「もともと腕っぷしが強く、その上で堅牢な【装甲硬化ナイトガード】に目覚めてイキリ散らしておった。その挙句に怪人に認定され、当時は別の支部にいた我が倒した」
 何食わぬ、それでも少し郷愁を帯びた声色でベリアルは語る。

「我が配下となってからも、奴には苦労をかけられっぱなしだった。事あるごとに自身の力を誇示したがると思えば、我の魔道具アーティファクトを寄越せとわめきおる」
「ええ……」
「奴より強い奴など数多いるということを、教えこむのに苦労させられた」
「……切丸みたいな奴だったのか」
 舞奈は苦笑する。

 だからトルソは、我がまま勝手な切丸に寛容だった。
 押さえつけるのでなく諭そうとした。
 あの切丸も経験を積めば、いつか自身のように思慮を身に着けることができる。
 そう確信していた。

 だから自身か切丸か、どちらかしか生き残れないと選択を突きつけられたとき、彼は切丸を生かす道を選んだ。

「奴がそのような男になっていたというなら、一度、会ってみたかった」
「そうだな」
 彼の師の言葉に、ひとりごちるように答える。
 彼女の仮面から目をそらしながら。

 そういうことなら舞奈も、奴が過去を知る師と話すところを見てみたかった。
 おそらく狼狽えるであろう彼を見て、切丸が何を想うか知りたかった。
 だが、その望みは叶わない。
 彼らのすべては、もう終わってしまったから。

 ……否。

「この街で何が起きようとしている?」
 何食わぬ、けれど意図したより感情のない口調で問う。

 トルソや皆を死に追いやった一連の事件だけが、まだ終わっていない。
 そう舞奈は確信している。
 クラリスの言葉もそれを裏づけるものだ。

 たしかに殴山一子は光の中に消えた。
 だが奴の背後にいた黒幕は次なる災いを引き起こそうと画策している。
 集結しつつあるというヴィランも、その一環だ。だから、

巣黒すぐろ市で、というより我が国でと言ったほうが正しいだろう」
「ずいぶんスケールが大きいな」
「然り。だからこそ【組合C∴S∴C∴】にも【機関】にも全貌は把握できていない」
 ベリアルも感傷抜きの冷徹な口調を取り戻す。

 先日のレナやルーシアへの問いの答えは、実は現状を正確に言い表していた。

 敵が何者かはわからない。
 わからないほど……容易に全貌を把握できないほど強大な相手だということだ。
 だが確かに舞奈たちの近くにいて、喉元に手を伸ばす機会を見計らっている。

「志門舞奈よ。注意し、警戒せよ」
 ベリアルは仮面の奥から厳粛に告げる。
 舞奈も何食わぬ表情でうなずく。
 心の準備はずっと前からできていた。

「この国に少しずつ潜りこんだ他国の怪異や怪人どもは、機が熟せば……あるいは我らが隙を見せれば一斉に牙をむく。我らはそれを防がねばならん」
「ああ」
 舞奈は何食わぬ口調で答える。
 だが確たる意思がこもった口調で。
 そして不敵に笑う。

 今度こそ守り通してみせる。
 大事なものを、何も失うことなく。

 今日の調査もまた、具体的なことはなにもわからなかった。
 だが予感していた脅威が確かに存在すると確認できただけでも前進だ。
 そう思うことにした。
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