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第18章 黄金色の聖槍
きみどりおばさん
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舞奈が久しぶりの平和を楽しみ、ゴードン氏との感動の再開を果たした日曜日。
あるいは明日香が義理堅い他支部の執行人と邂逅したうららかな午後。
そんな充実した休日から一夜が明けた月曜日。
ホームルーム前の教室で――
「――そこで不審者は言ったんですの! そなたが志門舞奈殿でござるかーって!」
「いやそれ凄いのは志門なんじゃ……」
「普通は不審者がいたら防犯ブザー鳴らすだろう……」
例によって麗華様のワンマンショーが開催されていた。
盟友モモカの花屋で優雅な買い物を済ませた麗華。
突如としてあらわれた、見るからに不審者風な不審者。
デニスとジャネットの迎撃をかわし、だが自身にうやうやしくひざまづいた男のことは、麗華の中では武勇伝の新たな1ページと化していた。
相も変わらず平和で呑気な麗華様である。
だが毎度ガセくさい自慢話を聞かされている男子は最初から揚げ足取りモード。
デニスとジャネットも少し離れた場所で苦笑しながら見ている。
ちょっと不憫な麗華様でもある。
そんな話をテックが自席でニュースサイトを見るついでに聞いていると――
「――麗華様はまた何かあったのか」
「あ、舞奈」
登校してきた舞奈が状況を見やって苦笑した。
テックはタブレット端末から顔を上げ、
「モモカの家の近くで不審者に会ったんですって」
「おおい、またか」
「そうじゃなくて実は――」
かいつまんで状況を説明する。
テックも昨日の同刻は、舞奈たちと一緒に楽しい小旅行の最中だった。
だが幸いにも今しがたの話をいちおう最初から聞いていた。
「――その人が麗華のことを舞奈だと思ったらしいわ」
「いや似てないだろう」
続く解説に苦笑して、
「――背格好だけで判断するなら、どっちも標準体型の女子小学生よ」
「なんだよ明日香。珍しく早いな」
声に見やると、黒髪にワンピースが苦笑していた。
こちらも登校してきた明日香だ。
「真神さんとの旅行は楽しかった?」
「まあな。久しぶりに優雅で平和な休日だった」
問いに何気に返し、
「舞奈はいつも通りに楽しんでたみたいだけど」
「そっちも何かあったの?」
「不審者っていうには年喰ってたけどな」
「それはお楽しみようで」
明日香はやれやれと苦笑する。
そんな彼女に、テックを交えて昨日の経緯を軽く話す。
帰りの電車で脂虫と出くわし、普段通りに対処した。
その後に興奮状態のゴードン氏があらわれ、こちらも普段通りに無力化した。
彼の悲しい過去については割愛した。
生え際も後退する年頃の彼は、何かを失ったのではなく最初から持ってなかった。
だが、まあ、そういう生き方があっていいんじゃないかと舞奈は思う。
当事者は忘れがちなのだろうが超能力者にして魔法の国の騎士というのは、それだけで余人には及びもつかないようなスペシャルな生き方だと舞奈は思う。
そんなことを考えて苦笑するうちに――
「――今度は安倍明日香があらわれたんですの!」
「不審者の次は安倍って、ネタがなくなって相手がショボくなってないか?」
「あらわれたって……」
「麗華様の言うことに、いちいち目くじら立てるなよ」
不審者と同列な扱いに口をとがらせる明日香を舞奈は見やり、
「お前も大概じゃねぇか」
先ほどの意匠返しにニヤニヤ笑ってみせる。
「本当の話?」
テックも見上げつつ麗華を指差す。
「そう見えるのは否定しないけど、【機関】の執行人だったわよ」
明日香も遠目に麗華を見やりながら苦笑する。
そしてガセくさい自慢話の続きをかいつまんで話す。
彼は明日香に、心からの感謝の気持ちをあらわした。
そして自身と仲間の状況を話し、例のポスターの写真を撮って去って行った。
彼もテックと同じゲームをしているらしい。
「――で、自分の足で巡礼に来たそうよ。貴女にもよろしくって言ってたわ」
「生き残りがいたのか」
続く言葉に舞奈は口元をゆるめる。
そういえば他のチームのことを聞いていなかったので、全滅したと思いこんでいた。
だから、そうでもないとわかるのは悪い気はしない。
側のテックの普段通りに乏しい表情は読めない。
同じ作戦に参加した彼女の友人は、生き残ることができなかった。
そんな彼女は「あからさまに不審者に見える不審者……」とひとりごちて、
「……その人、海老反りダッシュが得意で、匂いを嗅ぐ癖があったのね?」
「え、ええ、わたしが見た限りでは」
ボソリと明日香に問いかける。
明日香は珍しく困惑気味に答え、
「クンクンって口で言った?」
「いえ、そこまでは流石に……」
「それもそうね。アニメのTシャツのキャラクターはわかる?」
「日曜日の朝にやってる魔女っ子戦隊アニメの……たしか黄色の子」
「……パラリシス。自分のアバターは女の子って言ったのよね?」
「ええ。ゲームの知人だったのなら今からでも【機関】経由で連絡は取れるけど」
交わされた会話で明日香は気づいたらしい。
舞奈も。
そして口元に笑みを浮かべる。
つまりテックと同じゲームをしていた他の友人が、生き残っていたということだ。
ならば、これを機にリアルでも友人になれば、彼女も今回の一件で自分がただ失っただけではないと信じることができる。だが……
「……いいわ。そういうことなら彼女とはリアルで接点がない方がいいと思うし」
「そう。ならいいけど」
「『彼女』か……」
表情の読めないテックの答えに2人は困惑しながらも納得しようとする。
スーパーハッカーの友人が嗜むネットゲームの世界というのは、自分には想像できないくらい深くて複雑なものなのかもしれないと舞奈は思うことにした。
「――そして、その外国の王女というのは、なんと、わたくしの従姉妹!」
「お、おう……」
「王女様の友達がいて安倍はすげーなー」
「お待ちなさい! そうじゃありませんでしょう!!」
麗華様のトークは野次にも負けずに雑草のように続く。
「……ルーシアさんのこと?」
「ええ、まあ……」
テックは再び麗華を指差す。
明日香は微妙な表情でうなずき、
「つまり、麗華もその……スカイフォールの王女様?」
「まあ彼女の言葉が本当なら血縁関係にはなるわ。爵位は別の話でしょうけど」
「そう……」
「あいつががレナちゃんやルーシアさんと……」
続く言葉に、テックと舞奈も微妙な表情で答える。
幼いながら魔法の国の王女としての自覚と、おそらく実力を持つレナ。ルーシア。
対して目前の麗華。
この3人が血縁者だと言われると違和感があるのも事実だ。
だが血の繋がりだけで人となりや覚悟が似通ったりはしないだろうと思いなおす。
そうこうしている間に麗華の話もネタが尽きたようだ。
けっこう重大な事実が明らかになったのに男子どもは気にせずトークショーは解散。
麗華様は八つ当たりに明日香を睨みつけてきた。
そうこうするうち、
「よかった! 間に合った!」
「マイちゃん、みんな、おはよう」
少し遅めに園香とチャビーが登校してきた。
「逆におまえらがギリギリに来るのも珍しいな」
「うん。実は朝からレナちゃんがね――」
そのように朝の事、昨日の事を2人を交えて話していると、チャイムが鳴った。
皆は手早く自席につく。
なんとかして注目を集めたいとごねる麗華をデニスとジャネットが席に連行する。
まあ、いつものホームルーム前の平和なひとときだ。
そして普段通りにガラリとドアを開けて担任が入ってくる。
舞奈のクラスの担任は、スーツ姿の小太りな男だ。
室内なのにサングラスをかけた彼も、いつも通りに教卓の後ろに立って――
「――?」
もうひとり、若い女性が入って来て担任の隣に立った。
クラスの皆が困惑する中、
「突然ですまんが、短期で先生の仕事を手伝ってくれる副担任の先生を紹介する」
「ほんとに突然だな……」
担任が唐突に告げた。
舞奈はやれやれと苦笑する。
クラスの皆は騒然とする。
役職がらクラスの情報は早いはずの委員長まで驚いている。
無理もない。
かく言う担任のサングラスの下も、少しばかり戸惑っているのがわかる。
正直なところ彼としても急な話だったのだろう。
事前に何の連絡もないのもやむなしか。
そんな皆の様子には構わず、
「短い間ですが副担任を務めることになりました、鹿田と申します」
担任の隣にちょこんと立った女の先生が挨拶する。
スタイルの良い妙齢の女性だ。
クラスの皆がざわざわしている様子を見やり、鹿田先生はニコニコ笑う。
「あらあら、皆さん元気ですね。榊先生から聞いていた通り楽しそうなクラスで良かったです。皆さん仲良くしてくださいね」
「はーい!」
ちょっと高学年に対するのとは違う感じの挨拶に、チャビーが元気に返事する。
舞奈もそこまでいかないまでも、新たな出会いを笑顔で迎える。
何故なら新任教師の薄化粧の顔立ちはすっきりしていて、ありていに言うと美人だ。
かといって冷たい感じはなく、少し童顔めいた可愛らしい雰囲気も感じられる。
お胸は心持ち大きめで、グラマー体形の部類に入る。
それでもきっちり着こなした地味な色のスーツに好感が持てる。
園香もにこやかな笑みを返す。
時期的な唐突さを誰より訝しんでいた明日香も、まあ歓迎ムードな表情だ。
テックは彼女にしては珍しく露骨に笑顔だ。
優しそうな女教師が気に入ったらしい。いいことだ。
委員長は生真面目な表情でちょっと会釈する。
桜やモモカはワクワクした表情で先生を見やる。
麗華様も女教師の人気に嫉妬する風も見せずにニコニコしている。
デニスとジャネットは言わずもがな。
新任教師は物腰もやわらかく、男子のみならず女子からも好かれているようだ。
そんな中、舞奈は……
(……どんな風に話を聞いてたんだ?)
先ほどの台詞に苦笑しつ担任を見やる。
サングラスで隠されてはいるが舞奈にはまるわかりな視線を思わず追ってみると……
「…………!!」
教室の後ろでみゃー子が踊っているようだ。
元気で楽しそうな皆さんという台詞は、みゃー子を見ながら言ったらしい。
舞奈は内心、苦笑する。
クラス全員がああだと思われたらたまらん。
先生も何の仕事をしに来てるんだかわからんくなるだろうに。
どういうつもりかみゃー子の奴は無言で身体をくねらせているようだ。
なので他のクラスメートは気づいていない。
舞奈も見えないので、具体的にどんな奇行をしでかしているのかはわからない。
空気の流れすら読み取る鋭敏な感覚を研ぎ澄ませば認識はできる。
だが、そんなことに無駄な労力は使いたくない。
なので続けて担任が伝える連絡事項に集中しようとする。
ちなみに昨日の一件の後、ゴードン氏は迎えに来た騎士団に引き取られた。
怪人認定とか施設への移送は今回はなかった。
何故なら舞奈とじゃれ合って電車の床をBB弾まみれにした以外に被害はなし。
それどころか隠密裏に超能力を使って脂虫の脅威から民間人を守った。
そう舞奈が主張したからだ。
今回の件で彼に落ち度はない……おそらく異能力者の心を惑わせ、本人がそれと気づかぬまま操ることのできる何者かがいる、と。
騎士団を率いるレナは訝しみながらも舞奈の言葉を受け入れた。
彼女は舞奈に当たりが強いが、それ以上に道理のわかる人物だ。
それを舞奈は知っている。
加えて、おそらく彼女らは舞奈の知らない事情を知っている。
だから生え際が派手に後退したゴードン氏は、今後は騎士団の一員として行動することになった。よかったよかった。
……と、まあ、そんな風にホームルームは平和につつがなく進む。
連絡事項は何ら頭に入ってこない。
担任と副担任の挙動から、察しの良い何人かがみゃー子に気づいたらしい。
舞奈は意識して教室の後ろを気にしないようにする。
なんか気にしたら負けな気がしたからだ。
なので無意識に研ぎ澄まされた感覚を抑えこもうとするうちに――
「――?」
ふと違和感。
思わず2度、まばたきをする。
途端――
「――!?」
驚愕する。
副担任の姿が、一瞬前と違っていた。
小柄で人好きのする美人なのは変わらない。
だが着ているのは、地味な色のスーツではなかった。
全身タイツ風の謎衣装だった。
反射的に叫びそうになる衝動にギリギリで耐える。
幸い他に気づいて騒ぎ出す生徒はいない。
だから舞奈も戦場の集中力を総動員して状況を整理する。
こう言う現象を舞奈は知っている。
認識阻害だ。
目の前で施術されたのではない。
認識阻害によるごまかしが破れた感じだ。
過去にハニエルやチャムエル、KAGEの全裸を見破った時と感触が似ている。
つまり非常に遺憾ながら、こっちが彼女の本来の格好だ。
舞奈は虚空を睨みつける。
あーあ。教室にまで不審者(痴女?)が来たじゃねぇか。
その責任を警備員たちに求めるのは酷だろうとわかってはいるが……。
にしても、彼女は術者だろうか?
全裸よりマシだと思うと悪い意味で冷静になれた。
それでも例えようもなく珍妙な彼女の格好を、感情を殺しながら観察する。
上半身はピッチリした全身タイツ。
色は目にも鮮やかな黄緑色。
変わらぬ大きな胸のラインが良く見えるので舞奈的にはまあ、歓迎だ……。
タイツの細い両腕の袖はラッパのように広がっている。
ラッパの中から飛び出ているのはタイツと同じ黄緑色の手袋。
下半身はタイツとシームレスにつながった丈の長いスカート。
本当に冗談みたいに丈が長い。
あまりに長すぎて裾が床を引きずっている。
だが、何より珍妙なのは全身タイツの頭だ。
顔だけ出して他の部分をすっぽり覆うフード状になっている。
その頭頂が……とんがっているのだ。
何とも反応に困る格好である。
化粧も認識阻害だったのか童顔っぽさも薄れ、
――きみどりおばさん
そんなフレーズが脳裏に浮かんだ。
戦場で鍛えた集中力を総動員し、声や表情に出すのも防ぐ。
そのようにして授業の内容がろくすっぽ頭に入らぬまま1時限目が終わり……
「……なあ、明日香さんよ」
舞奈は明日香の席へと赴き、空いていた隣の椅子に座る。
少し普段と違う思いつめたような雰囲気の舞奈が露骨に明日香に接触したので、小2の頃に同じクラスだった男子がビクつく。
だが舞奈はそれどころじゃない。そして、
「みなまで言わなくていいわ」
明日香も同じ調子で答えた。
どうやら彼女にも、副担任の本当の姿が見えていたようだ。
まあ彼女も熟達した術者なのだから当然だ。
認識阻害を自身にかけられた攻撃的な魔法と見なす場合、成否は術者と対象が扱える魔力と技量の差で決する。
すると不幸中の幸いにも、後の話が多少は楽だ。
教員に変装して堂々と学校にまぎれこんだ術者の目的は?
正体は?
奴について話し合わなければならないことは山ほどある。
舞奈たちは奴に対してどう対処するのが正解なのだろうか?
格好からしてヒーローかヴィランのような気もする。
だが以前にひと通り流し見たディフェンダーズの映画にはいなかった顔だ。
奴の正体と目的が何にせよ、クラスメイトを巻きこむ訳にはいかない。
戦闘にも、そして全身タイツにも。いかがわしい撮影会じゃないんだから。
そのように決意を固める舞奈と明日香に……
「……ねえねえ、マイ。安倍さん」
チャビーが話しかけてきた。
こちらも遠慮がちな口調が普段とは違う。
それに妙なところで察しの良いチャビーは、舞奈と明日香が顔を突き合わせて真面目な話をしているところに話しかけてくることは今までなかった。
だが今回ばかりは……
「新しい先生、すごくフシギな格好をしてた……ね?」
「あ、ああ、そうだな……」
当たり障りない答えを意識しながらも、舞奈は内心、頭を抱える。
チャビーも奴の本当の姿を見抜いていたらしい。
まったく教育に悪いことはなはだしい。
認識阻害を単に魔力を用いた欺瞞と見なす場合、見抜くのに必要なのは心の力だ。
舞奈は優れた直感と、空気の流れが伝えてくれる衣服の形と目に映る服装の差異に気づいて訝しむことで気づいた。
チャビーは……お子様だからだろうか?
常識に囚われないピュアな精神性もまた、既成概念をフックにした魔法的欺瞞を見破る重要なファクターに成り得る。
だから大人と比較し、子供は認識阻害を見抜きやすいとされている。
それを知るはずの魔術師が、認識阻害で変化して初等部に乗りこんでくるとは、一体どういうつもりなのだろうか?
それでも相手が高学年なら精神性は大人と変わらないと思ったか?
自身の技量を過信したか?
あるいは――
「――みんな、集まってどうしたの?」
「園香……」
園香がやってきた。
もういろいろ終わったと舞奈は思った。
これ、もうクラスの大半に見破られてるんじゃないのか?
男子がニコニコしてたのって、先生がいい人そうだからというより変態タイツを見て喜んでたんじゃないのか? と。
だが、そんな舞奈の思惑には構わず、
「あ、ああ、新しい先生のことを話してたんだ」
「うんうん! 鹿田先生のお洋服がすごく――」
「――センスが良いよね。たぶん外国のブランドのスーツだよ」
「!?」
園香はにこやかに健全に微笑む。
どうやら彼女は気づいていないらしい。
「へ、へえ、そりゃあ知らなかった。そういうの詳しいのか?」
「……日比野さんちょっと」
「えっ?」
舞奈が誤魔化す隙に、困惑するチャビーを明日香が引っ張っていく。
――そういえば、前にもヘンなことがあったんだよ
――マイと一緒にいたお友達? がね、目をそらした隙にスッポンポンに……
優れた聴覚が、少し離れた場所にいるチャビーの声を舞奈に伝える。
そして舞奈は気づいた。
おそらく先日、KAGEの全裸を先に見抜いたのもチャビーだったのだろう。
なるほど認識阻害を破る力は心の力だ。
つまり舞奈のように熟達した観察と不信の力。
あるいはチャビーのように無邪気に感じたものを受け入れる力。
園香のように相手の意図を汲むタイプには破れない。というか破らない。
だが、お子様の言葉によって不信が芽生えたなら話は別だ。
そうやって以前、園香はKAGEの全裸に気づいた。
今回も、このままチャビーが正直に話せば奴の謎衣装に気づく。
そして園香に知られると後がひたすらややこしくなるのも事実だ。
お子様チャビーと違って、園香を誤魔化すのは難しい。
加えて今は、親父さんを経由して話がレナちゃんに伝わって彼女の不信を深めることにもなりかねない。
もちろん新任教師が全身タイツ風の謎衣装を着ているのは舞奈のせいじゃない。
だが、今までだって舞奈の苦労の原因が舞奈自身だったことなんてほとんどない。
だから――
――人様の格好をとやかく言うのが行儀が良いとは思えないわ
――そうだよね……
――それに、ほら、光の加減でそう見えることもあるのかも知れないし
――そうなんだ。安倍さん、頭いい!
そんなんで納得するのか。
去って行った2人の会話を聞きながら、
「マイちゃん、どうしたの?」
「いや何でもない」
渾身のポーカーフェイスで園香を誤魔化す。
「それよりレナちゃんは元気かい?」
「うん。昼間はお姉さんと一緒にお仕事があるって言って出かけてるよ。レナちゃんたちも、わたしたちと同じ年なのに大変だ」
「まったくだ」
(プリンセスの仕事か……)
話題をそらすための何気ない話題に対する答えに苦笑する。
この街に……というか、この国にレナが来た理由は幼馴染に会うためだけではない。
タイミングからしてそうだと思った。
クイーン・ネメシスが立ち向かおうとしていた敵。
殴山一子の背後にいた真の黒幕。
ゴードン氏を操り、襲わせた何者か。
さらに教室に襲来したきみどりおばさんも、少なくとも今の段階では不安要素だ。
それらは互いに関わり合っているのだろうか?
あるいは、それぞれが別のトラブルに繋がっているのだろうか?
そんな厄介な状況の中、魔道士の国スカイフォールの王女の仕事とは何か?
そう考えると、嘘偽りなくまったく大変だと舞奈も思う。
ふと、少し離れたテックを見やる。
血色の悪い彼女は舞奈たちの様子には構わず、私物のタブレットを見ていた。
つまり新任教師の正体には気づいていない。
それもそうだ。
そもそもテックに認識阻害を破る手札はない。
彼女はもちろん術者じゃない。
加えて頭脳明晰ではあるが、常識人でもある故に新任教師の服装が仮の姿で実は全身タイツ風ローブだなんて気づきにくい……と信じたい。
だから今回は、彼女に余計な気苦労をかけないでおきたいと思った。
何故なら禍川支部を巡る一件で、テックは舞奈たちに協力してくれた。
スーパーハッカーである彼女の情報は舞奈たちの命を何度も救った。
その代償に、という訳でもないのだろうが、彼女もまた大事なものを失った。
だから今回くらいは裏の世界の厄介事なんて気にせずに安穏を享受していて欲しい。
それに先ほど、テックは珍しく美人の新任教師を気に入っていた様子。
そんな彼女に「奴の本当の姿はきみどりおばさんだ!」とか言いたくなかった。
そんなことを考えながら、もうひとりのスーパーハッカーを見やると――
「――ツクツクボーシ! ツクツクボーシ!」
みゃー子は壁に張りついてセミの物まねをしていた。
やれやれ、元気なこった。
まあ、ある意味でこいつの平常運転。
新任教師の正体に気づいているのかいないのか、まったくもって不明。
というか彼女自身が意味不明だ。
だから、まあある意味で毒気を抜かれ、
「カナカナカナカナカナカナカナカナカナ!」
「……楽しそうで何よりだ」
舞奈は教室の壁に張りついた大きなセミを見やって肩をすくめた。
あるいは明日香が義理堅い他支部の執行人と邂逅したうららかな午後。
そんな充実した休日から一夜が明けた月曜日。
ホームルーム前の教室で――
「――そこで不審者は言ったんですの! そなたが志門舞奈殿でござるかーって!」
「いやそれ凄いのは志門なんじゃ……」
「普通は不審者がいたら防犯ブザー鳴らすだろう……」
例によって麗華様のワンマンショーが開催されていた。
盟友モモカの花屋で優雅な買い物を済ませた麗華。
突如としてあらわれた、見るからに不審者風な不審者。
デニスとジャネットの迎撃をかわし、だが自身にうやうやしくひざまづいた男のことは、麗華の中では武勇伝の新たな1ページと化していた。
相も変わらず平和で呑気な麗華様である。
だが毎度ガセくさい自慢話を聞かされている男子は最初から揚げ足取りモード。
デニスとジャネットも少し離れた場所で苦笑しながら見ている。
ちょっと不憫な麗華様でもある。
そんな話をテックが自席でニュースサイトを見るついでに聞いていると――
「――麗華様はまた何かあったのか」
「あ、舞奈」
登校してきた舞奈が状況を見やって苦笑した。
テックはタブレット端末から顔を上げ、
「モモカの家の近くで不審者に会ったんですって」
「おおい、またか」
「そうじゃなくて実は――」
かいつまんで状況を説明する。
テックも昨日の同刻は、舞奈たちと一緒に楽しい小旅行の最中だった。
だが幸いにも今しがたの話をいちおう最初から聞いていた。
「――その人が麗華のことを舞奈だと思ったらしいわ」
「いや似てないだろう」
続く解説に苦笑して、
「――背格好だけで判断するなら、どっちも標準体型の女子小学生よ」
「なんだよ明日香。珍しく早いな」
声に見やると、黒髪にワンピースが苦笑していた。
こちらも登校してきた明日香だ。
「真神さんとの旅行は楽しかった?」
「まあな。久しぶりに優雅で平和な休日だった」
問いに何気に返し、
「舞奈はいつも通りに楽しんでたみたいだけど」
「そっちも何かあったの?」
「不審者っていうには年喰ってたけどな」
「それはお楽しみようで」
明日香はやれやれと苦笑する。
そんな彼女に、テックを交えて昨日の経緯を軽く話す。
帰りの電車で脂虫と出くわし、普段通りに対処した。
その後に興奮状態のゴードン氏があらわれ、こちらも普段通りに無力化した。
彼の悲しい過去については割愛した。
生え際も後退する年頃の彼は、何かを失ったのではなく最初から持ってなかった。
だが、まあ、そういう生き方があっていいんじゃないかと舞奈は思う。
当事者は忘れがちなのだろうが超能力者にして魔法の国の騎士というのは、それだけで余人には及びもつかないようなスペシャルな生き方だと舞奈は思う。
そんなことを考えて苦笑するうちに――
「――今度は安倍明日香があらわれたんですの!」
「不審者の次は安倍って、ネタがなくなって相手がショボくなってないか?」
「あらわれたって……」
「麗華様の言うことに、いちいち目くじら立てるなよ」
不審者と同列な扱いに口をとがらせる明日香を舞奈は見やり、
「お前も大概じゃねぇか」
先ほどの意匠返しにニヤニヤ笑ってみせる。
「本当の話?」
テックも見上げつつ麗華を指差す。
「そう見えるのは否定しないけど、【機関】の執行人だったわよ」
明日香も遠目に麗華を見やりながら苦笑する。
そしてガセくさい自慢話の続きをかいつまんで話す。
彼は明日香に、心からの感謝の気持ちをあらわした。
そして自身と仲間の状況を話し、例のポスターの写真を撮って去って行った。
彼もテックと同じゲームをしているらしい。
「――で、自分の足で巡礼に来たそうよ。貴女にもよろしくって言ってたわ」
「生き残りがいたのか」
続く言葉に舞奈は口元をゆるめる。
そういえば他のチームのことを聞いていなかったので、全滅したと思いこんでいた。
だから、そうでもないとわかるのは悪い気はしない。
側のテックの普段通りに乏しい表情は読めない。
同じ作戦に参加した彼女の友人は、生き残ることができなかった。
そんな彼女は「あからさまに不審者に見える不審者……」とひとりごちて、
「……その人、海老反りダッシュが得意で、匂いを嗅ぐ癖があったのね?」
「え、ええ、わたしが見た限りでは」
ボソリと明日香に問いかける。
明日香は珍しく困惑気味に答え、
「クンクンって口で言った?」
「いえ、そこまでは流石に……」
「それもそうね。アニメのTシャツのキャラクターはわかる?」
「日曜日の朝にやってる魔女っ子戦隊アニメの……たしか黄色の子」
「……パラリシス。自分のアバターは女の子って言ったのよね?」
「ええ。ゲームの知人だったのなら今からでも【機関】経由で連絡は取れるけど」
交わされた会話で明日香は気づいたらしい。
舞奈も。
そして口元に笑みを浮かべる。
つまりテックと同じゲームをしていた他の友人が、生き残っていたということだ。
ならば、これを機にリアルでも友人になれば、彼女も今回の一件で自分がただ失っただけではないと信じることができる。だが……
「……いいわ。そういうことなら彼女とはリアルで接点がない方がいいと思うし」
「そう。ならいいけど」
「『彼女』か……」
表情の読めないテックの答えに2人は困惑しながらも納得しようとする。
スーパーハッカーの友人が嗜むネットゲームの世界というのは、自分には想像できないくらい深くて複雑なものなのかもしれないと舞奈は思うことにした。
「――そして、その外国の王女というのは、なんと、わたくしの従姉妹!」
「お、おう……」
「王女様の友達がいて安倍はすげーなー」
「お待ちなさい! そうじゃありませんでしょう!!」
麗華様のトークは野次にも負けずに雑草のように続く。
「……ルーシアさんのこと?」
「ええ、まあ……」
テックは再び麗華を指差す。
明日香は微妙な表情でうなずき、
「つまり、麗華もその……スカイフォールの王女様?」
「まあ彼女の言葉が本当なら血縁関係にはなるわ。爵位は別の話でしょうけど」
「そう……」
「あいつががレナちゃんやルーシアさんと……」
続く言葉に、テックと舞奈も微妙な表情で答える。
幼いながら魔法の国の王女としての自覚と、おそらく実力を持つレナ。ルーシア。
対して目前の麗華。
この3人が血縁者だと言われると違和感があるのも事実だ。
だが血の繋がりだけで人となりや覚悟が似通ったりはしないだろうと思いなおす。
そうこうしている間に麗華の話もネタが尽きたようだ。
けっこう重大な事実が明らかになったのに男子どもは気にせずトークショーは解散。
麗華様は八つ当たりに明日香を睨みつけてきた。
そうこうするうち、
「よかった! 間に合った!」
「マイちゃん、みんな、おはよう」
少し遅めに園香とチャビーが登校してきた。
「逆におまえらがギリギリに来るのも珍しいな」
「うん。実は朝からレナちゃんがね――」
そのように朝の事、昨日の事を2人を交えて話していると、チャイムが鳴った。
皆は手早く自席につく。
なんとかして注目を集めたいとごねる麗華をデニスとジャネットが席に連行する。
まあ、いつものホームルーム前の平和なひとときだ。
そして普段通りにガラリとドアを開けて担任が入ってくる。
舞奈のクラスの担任は、スーツ姿の小太りな男だ。
室内なのにサングラスをかけた彼も、いつも通りに教卓の後ろに立って――
「――?」
もうひとり、若い女性が入って来て担任の隣に立った。
クラスの皆が困惑する中、
「突然ですまんが、短期で先生の仕事を手伝ってくれる副担任の先生を紹介する」
「ほんとに突然だな……」
担任が唐突に告げた。
舞奈はやれやれと苦笑する。
クラスの皆は騒然とする。
役職がらクラスの情報は早いはずの委員長まで驚いている。
無理もない。
かく言う担任のサングラスの下も、少しばかり戸惑っているのがわかる。
正直なところ彼としても急な話だったのだろう。
事前に何の連絡もないのもやむなしか。
そんな皆の様子には構わず、
「短い間ですが副担任を務めることになりました、鹿田と申します」
担任の隣にちょこんと立った女の先生が挨拶する。
スタイルの良い妙齢の女性だ。
クラスの皆がざわざわしている様子を見やり、鹿田先生はニコニコ笑う。
「あらあら、皆さん元気ですね。榊先生から聞いていた通り楽しそうなクラスで良かったです。皆さん仲良くしてくださいね」
「はーい!」
ちょっと高学年に対するのとは違う感じの挨拶に、チャビーが元気に返事する。
舞奈もそこまでいかないまでも、新たな出会いを笑顔で迎える。
何故なら新任教師の薄化粧の顔立ちはすっきりしていて、ありていに言うと美人だ。
かといって冷たい感じはなく、少し童顔めいた可愛らしい雰囲気も感じられる。
お胸は心持ち大きめで、グラマー体形の部類に入る。
それでもきっちり着こなした地味な色のスーツに好感が持てる。
園香もにこやかな笑みを返す。
時期的な唐突さを誰より訝しんでいた明日香も、まあ歓迎ムードな表情だ。
テックは彼女にしては珍しく露骨に笑顔だ。
優しそうな女教師が気に入ったらしい。いいことだ。
委員長は生真面目な表情でちょっと会釈する。
桜やモモカはワクワクした表情で先生を見やる。
麗華様も女教師の人気に嫉妬する風も見せずにニコニコしている。
デニスとジャネットは言わずもがな。
新任教師は物腰もやわらかく、男子のみならず女子からも好かれているようだ。
そんな中、舞奈は……
(……どんな風に話を聞いてたんだ?)
先ほどの台詞に苦笑しつ担任を見やる。
サングラスで隠されてはいるが舞奈にはまるわかりな視線を思わず追ってみると……
「…………!!」
教室の後ろでみゃー子が踊っているようだ。
元気で楽しそうな皆さんという台詞は、みゃー子を見ながら言ったらしい。
舞奈は内心、苦笑する。
クラス全員がああだと思われたらたまらん。
先生も何の仕事をしに来てるんだかわからんくなるだろうに。
どういうつもりかみゃー子の奴は無言で身体をくねらせているようだ。
なので他のクラスメートは気づいていない。
舞奈も見えないので、具体的にどんな奇行をしでかしているのかはわからない。
空気の流れすら読み取る鋭敏な感覚を研ぎ澄ませば認識はできる。
だが、そんなことに無駄な労力は使いたくない。
なので続けて担任が伝える連絡事項に集中しようとする。
ちなみに昨日の一件の後、ゴードン氏は迎えに来た騎士団に引き取られた。
怪人認定とか施設への移送は今回はなかった。
何故なら舞奈とじゃれ合って電車の床をBB弾まみれにした以外に被害はなし。
それどころか隠密裏に超能力を使って脂虫の脅威から民間人を守った。
そう舞奈が主張したからだ。
今回の件で彼に落ち度はない……おそらく異能力者の心を惑わせ、本人がそれと気づかぬまま操ることのできる何者かがいる、と。
騎士団を率いるレナは訝しみながらも舞奈の言葉を受け入れた。
彼女は舞奈に当たりが強いが、それ以上に道理のわかる人物だ。
それを舞奈は知っている。
加えて、おそらく彼女らは舞奈の知らない事情を知っている。
だから生え際が派手に後退したゴードン氏は、今後は騎士団の一員として行動することになった。よかったよかった。
……と、まあ、そんな風にホームルームは平和につつがなく進む。
連絡事項は何ら頭に入ってこない。
担任と副担任の挙動から、察しの良い何人かがみゃー子に気づいたらしい。
舞奈は意識して教室の後ろを気にしないようにする。
なんか気にしたら負けな気がしたからだ。
なので無意識に研ぎ澄まされた感覚を抑えこもうとするうちに――
「――?」
ふと違和感。
思わず2度、まばたきをする。
途端――
「――!?」
驚愕する。
副担任の姿が、一瞬前と違っていた。
小柄で人好きのする美人なのは変わらない。
だが着ているのは、地味な色のスーツではなかった。
全身タイツ風の謎衣装だった。
反射的に叫びそうになる衝動にギリギリで耐える。
幸い他に気づいて騒ぎ出す生徒はいない。
だから舞奈も戦場の集中力を総動員して状況を整理する。
こう言う現象を舞奈は知っている。
認識阻害だ。
目の前で施術されたのではない。
認識阻害によるごまかしが破れた感じだ。
過去にハニエルやチャムエル、KAGEの全裸を見破った時と感触が似ている。
つまり非常に遺憾ながら、こっちが彼女の本来の格好だ。
舞奈は虚空を睨みつける。
あーあ。教室にまで不審者(痴女?)が来たじゃねぇか。
その責任を警備員たちに求めるのは酷だろうとわかってはいるが……。
にしても、彼女は術者だろうか?
全裸よりマシだと思うと悪い意味で冷静になれた。
それでも例えようもなく珍妙な彼女の格好を、感情を殺しながら観察する。
上半身はピッチリした全身タイツ。
色は目にも鮮やかな黄緑色。
変わらぬ大きな胸のラインが良く見えるので舞奈的にはまあ、歓迎だ……。
タイツの細い両腕の袖はラッパのように広がっている。
ラッパの中から飛び出ているのはタイツと同じ黄緑色の手袋。
下半身はタイツとシームレスにつながった丈の長いスカート。
本当に冗談みたいに丈が長い。
あまりに長すぎて裾が床を引きずっている。
だが、何より珍妙なのは全身タイツの頭だ。
顔だけ出して他の部分をすっぽり覆うフード状になっている。
その頭頂が……とんがっているのだ。
何とも反応に困る格好である。
化粧も認識阻害だったのか童顔っぽさも薄れ、
――きみどりおばさん
そんなフレーズが脳裏に浮かんだ。
戦場で鍛えた集中力を総動員し、声や表情に出すのも防ぐ。
そのようにして授業の内容がろくすっぽ頭に入らぬまま1時限目が終わり……
「……なあ、明日香さんよ」
舞奈は明日香の席へと赴き、空いていた隣の椅子に座る。
少し普段と違う思いつめたような雰囲気の舞奈が露骨に明日香に接触したので、小2の頃に同じクラスだった男子がビクつく。
だが舞奈はそれどころじゃない。そして、
「みなまで言わなくていいわ」
明日香も同じ調子で答えた。
どうやら彼女にも、副担任の本当の姿が見えていたようだ。
まあ彼女も熟達した術者なのだから当然だ。
認識阻害を自身にかけられた攻撃的な魔法と見なす場合、成否は術者と対象が扱える魔力と技量の差で決する。
すると不幸中の幸いにも、後の話が多少は楽だ。
教員に変装して堂々と学校にまぎれこんだ術者の目的は?
正体は?
奴について話し合わなければならないことは山ほどある。
舞奈たちは奴に対してどう対処するのが正解なのだろうか?
格好からしてヒーローかヴィランのような気もする。
だが以前にひと通り流し見たディフェンダーズの映画にはいなかった顔だ。
奴の正体と目的が何にせよ、クラスメイトを巻きこむ訳にはいかない。
戦闘にも、そして全身タイツにも。いかがわしい撮影会じゃないんだから。
そのように決意を固める舞奈と明日香に……
「……ねえねえ、マイ。安倍さん」
チャビーが話しかけてきた。
こちらも遠慮がちな口調が普段とは違う。
それに妙なところで察しの良いチャビーは、舞奈と明日香が顔を突き合わせて真面目な話をしているところに話しかけてくることは今までなかった。
だが今回ばかりは……
「新しい先生、すごくフシギな格好をしてた……ね?」
「あ、ああ、そうだな……」
当たり障りない答えを意識しながらも、舞奈は内心、頭を抱える。
チャビーも奴の本当の姿を見抜いていたらしい。
まったく教育に悪いことはなはだしい。
認識阻害を単に魔力を用いた欺瞞と見なす場合、見抜くのに必要なのは心の力だ。
舞奈は優れた直感と、空気の流れが伝えてくれる衣服の形と目に映る服装の差異に気づいて訝しむことで気づいた。
チャビーは……お子様だからだろうか?
常識に囚われないピュアな精神性もまた、既成概念をフックにした魔法的欺瞞を見破る重要なファクターに成り得る。
だから大人と比較し、子供は認識阻害を見抜きやすいとされている。
それを知るはずの魔術師が、認識阻害で変化して初等部に乗りこんでくるとは、一体どういうつもりなのだろうか?
それでも相手が高学年なら精神性は大人と変わらないと思ったか?
自身の技量を過信したか?
あるいは――
「――みんな、集まってどうしたの?」
「園香……」
園香がやってきた。
もういろいろ終わったと舞奈は思った。
これ、もうクラスの大半に見破られてるんじゃないのか?
男子がニコニコしてたのって、先生がいい人そうだからというより変態タイツを見て喜んでたんじゃないのか? と。
だが、そんな舞奈の思惑には構わず、
「あ、ああ、新しい先生のことを話してたんだ」
「うんうん! 鹿田先生のお洋服がすごく――」
「――センスが良いよね。たぶん外国のブランドのスーツだよ」
「!?」
園香はにこやかに健全に微笑む。
どうやら彼女は気づいていないらしい。
「へ、へえ、そりゃあ知らなかった。そういうの詳しいのか?」
「……日比野さんちょっと」
「えっ?」
舞奈が誤魔化す隙に、困惑するチャビーを明日香が引っ張っていく。
――そういえば、前にもヘンなことがあったんだよ
――マイと一緒にいたお友達? がね、目をそらした隙にスッポンポンに……
優れた聴覚が、少し離れた場所にいるチャビーの声を舞奈に伝える。
そして舞奈は気づいた。
おそらく先日、KAGEの全裸を先に見抜いたのもチャビーだったのだろう。
なるほど認識阻害を破る力は心の力だ。
つまり舞奈のように熟達した観察と不信の力。
あるいはチャビーのように無邪気に感じたものを受け入れる力。
園香のように相手の意図を汲むタイプには破れない。というか破らない。
だが、お子様の言葉によって不信が芽生えたなら話は別だ。
そうやって以前、園香はKAGEの全裸に気づいた。
今回も、このままチャビーが正直に話せば奴の謎衣装に気づく。
そして園香に知られると後がひたすらややこしくなるのも事実だ。
お子様チャビーと違って、園香を誤魔化すのは難しい。
加えて今は、親父さんを経由して話がレナちゃんに伝わって彼女の不信を深めることにもなりかねない。
もちろん新任教師が全身タイツ風の謎衣装を着ているのは舞奈のせいじゃない。
だが、今までだって舞奈の苦労の原因が舞奈自身だったことなんてほとんどない。
だから――
――人様の格好をとやかく言うのが行儀が良いとは思えないわ
――そうだよね……
――それに、ほら、光の加減でそう見えることもあるのかも知れないし
――そうなんだ。安倍さん、頭いい!
そんなんで納得するのか。
去って行った2人の会話を聞きながら、
「マイちゃん、どうしたの?」
「いや何でもない」
渾身のポーカーフェイスで園香を誤魔化す。
「それよりレナちゃんは元気かい?」
「うん。昼間はお姉さんと一緒にお仕事があるって言って出かけてるよ。レナちゃんたちも、わたしたちと同じ年なのに大変だ」
「まったくだ」
(プリンセスの仕事か……)
話題をそらすための何気ない話題に対する答えに苦笑する。
この街に……というか、この国にレナが来た理由は幼馴染に会うためだけではない。
タイミングからしてそうだと思った。
クイーン・ネメシスが立ち向かおうとしていた敵。
殴山一子の背後にいた真の黒幕。
ゴードン氏を操り、襲わせた何者か。
さらに教室に襲来したきみどりおばさんも、少なくとも今の段階では不安要素だ。
それらは互いに関わり合っているのだろうか?
あるいは、それぞれが別のトラブルに繋がっているのだろうか?
そんな厄介な状況の中、魔道士の国スカイフォールの王女の仕事とは何か?
そう考えると、嘘偽りなくまったく大変だと舞奈も思う。
ふと、少し離れたテックを見やる。
血色の悪い彼女は舞奈たちの様子には構わず、私物のタブレットを見ていた。
つまり新任教師の正体には気づいていない。
それもそうだ。
そもそもテックに認識阻害を破る手札はない。
彼女はもちろん術者じゃない。
加えて頭脳明晰ではあるが、常識人でもある故に新任教師の服装が仮の姿で実は全身タイツ風ローブだなんて気づきにくい……と信じたい。
だから今回は、彼女に余計な気苦労をかけないでおきたいと思った。
何故なら禍川支部を巡る一件で、テックは舞奈たちに協力してくれた。
スーパーハッカーである彼女の情報は舞奈たちの命を何度も救った。
その代償に、という訳でもないのだろうが、彼女もまた大事なものを失った。
だから今回くらいは裏の世界の厄介事なんて気にせずに安穏を享受していて欲しい。
それに先ほど、テックは珍しく美人の新任教師を気に入っていた様子。
そんな彼女に「奴の本当の姿はきみどりおばさんだ!」とか言いたくなかった。
そんなことを考えながら、もうひとりのスーパーハッカーを見やると――
「――ツクツクボーシ! ツクツクボーシ!」
みゃー子は壁に張りついてセミの物まねをしていた。
やれやれ、元気なこった。
まあ、ある意味でこいつの平常運転。
新任教師の正体に気づいているのかいないのか、まったくもって不明。
というか彼女自身が意味不明だ。
だから、まあある意味で毒気を抜かれ、
「カナカナカナカナカナカナカナカナカナ!」
「……楽しそうで何よりだ」
舞奈は教室の壁に張りついた大きなセミを見やって肩をすくめた。
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