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第17章 GAMING GIRL
戦闘1 ~銃技&戦闘魔術vs歩行屍俑
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死酷人糞舎を攻略した舞奈と明日香。
だが最上階がいきなり爆発。
2人は明日香の【反応的移動】で屋外へと転移した。
そんな2人の前に、歪なビルの上層階をぶち破って降り立ったもの。
それは朽ちかけた鋼鉄でできた巨人だった。
あるい朽ちた戦車の残骸に、戯れに手足を取り付けたようにも見える。
車輪の代りに車体の下に生えているのは2本の脚。
腐った車体の上の砲塔には、砲の代わりに両サイドの2本の腕。
腕の先は、人間のそれをそのまま大きくしたような手。
巨大な手には、相応しいサイズの日本刀が握られている。
その巨躯は巨大屍虫よりなお大きく、側のビルの3階まで達するほど。
「装脚艇!?」
舞奈は驚愕しつつも近くのビルの陰に転がりこむ。
明日香も続く。
幸い敵も着地したばかりで2人を追うどころじゃなかったらしい。
舞奈たち2人には状況を把握し、態勢を立て直す時間が少しだけある。だから、
「……それを何処で聞いたのよ?」
「みゃー子からだよ」
「あっそう」
続く明日香の問いに軽口を返す。
今、目前に出現したあれを何日か前に夢で見たと、素直に話す気分じゃなかった。
そもそも、この街に来る前に、あの花屋で見た20年後の夢の話をみゃー子から吹きこまれた与太だと決めつけてきたのは明日香だ。
そう。
ビルを突き破ってあらわれた、朽ちかけた鋼鉄の巨人。
それは、あの長い夢の中で見慣れた20年後のロボット兵器と酷似していた。
「まあいいわ。装脚艇って言うのは大型怪異に対抗するための魔道具よ。魔術で召喚された基幹部品で、機械的に製造された各部を動かすの」
「魔法で動く戦車みたいなものか?」
「ええ。動力の効率的な活用を追求した結果、人型になったけど」
「なるほどな」
普段と変わらぬ明日香のうんちくを流し聞きつつビルの陰から様子をうかがう。
新手は装脚艇のゾンビのような巨人が1機のみ。
舞奈の知る装脚艇は人が乗って動かす機械だ。
同様に、あの巨人には殴山一子が乗っているのだろう。
幸い、奴は舞奈たちを追う素振りは見せずに周囲を警戒している。
やはり舞奈たちを見失ってくれたようだ。
あるいは先ほどの奇襲で舞奈たちを屠った気で、死体でも探しているか。
「……大型の怪異ってのは巨大屍虫や、このまえの大怪鳥みたいな奴ってことか?」
「ええ。特定アジア近辺に出現する大型怪異に対処するべく、ヨーロッパの魔術結社が開発してアジア各国が使ってるの。……実は実家が開発とテストに絡んでるのよ」
「そいつは初耳だな」
「本来は機密なのよ。装脚艇も、特定アジアの大型怪異も」
なるほど、それで情報の出所を気にしていたのか。
続くうんちくを聞くとはなしに耳を傾ける。
「じゃあ奴は装脚艇なのか? それとも怪異なのか?」
「あえて言うなら両方。怪異が同族を材料に作り上げた一種の宝貝よ。たしか歩行屍俑って名前だったはず」
「まったく、奴ららしいぜ」
問いに対する答えに、口元を歪めながら軽口を返す。
再び歩行屍俑とやらを見やり、素早く各部を観察しながら、
「構造は装脚艇と同じなのか?」
「ええ」
「なら弱点も同じだな!」
「あっ! ちょっと!」
明日香の制止を背にビル陰から跳び出す。
あまり長居していると、ビルを片っ端から破壊すればいいことに奴が気づく。
少なくとも舞奈の知る装脚艇にはそれができた。
もし屍虫や脂虫との戦いで散った仲間たちが生き残っていたら、この戦いで何ができただろうか? そんな考えが脳裏をよぎる。
舞奈はピアースに、夢の中の巨人のことを話せただろうか?
トルソやスプラやバーンに有効な戦術を伝えられただろうか?
……だが舞奈は20年後の夢の中でも誰も救えなかった。
だから余計なIFを振り払う。
舞奈がしなければいけないのは悔恨じゃない。
どうせ誰も救えないのなら、せめて元凶を完膚なきまで叩きのめす。
明日香と2人で、目の前の歩行屍俑とやらを、その中にいる殴山一子を倒す。
それが今の2人にできる唯一のことだ。
『見つけたザマス!』
気づいた歩行屍俑が殴山一子の声で叫ぶ。
拡声器のような情報伝達手段が設えられているのも装脚艇と同じだ。
あるいは似ているだけの怪異の器官か?
「目の前に出て来たんだから当然だろう!」
嘲りながら、舞奈は素早く巨人に肉薄。
数メートルの距離を一気に詰める程度は舞奈にとって造作ない。
敵の足元に潜りこみ、素早く短機関銃《マイクロガリル》を構える。
歩行屍俑の、それ自体が小屋くらいある巨大な脚めがけて掃射する。だが、
『ハハハ! 無駄ザマス!』
「やっぱりライフル弾じゃ駄目か」
至近距離から掃射された小口径ライフル弾は傷すらつけられずに地に落ちる。
腐った岩みたいな外見は一見すると脆そうなのに、戦車や装甲車並みの装甲だ。
……だがまあ、この仕様も装脚艇と同様だ。
ライフル弾は人間や人型の怪異を瞬時に引き裂く。
だが戦車に等しい鋼鉄の装甲の前には豆鉄砲に等しい。
そんな装甲で銃弾を防いで気が大きくなったか、
『喰らうザマス!』
「おおっと!」
歩行屍俑は巨大な日本刀を振り下ろす。
舞奈はひょいと横に跳んで避ける。
それでも凄まじい風圧。
何かが破裂したみたいな風切り音。
ギロチンの如く巨大な刃が、側のアスファルトを斬り裂いて瓦礫を飛ばす。
「おいおい刀が壊れるぞ! それに元議員が率先して街を壊していいのか?」
舞奈は思わず軽口を叩く。
正直、トルソが見たら憤慨しそうな雑な斬撃だった。
狙いも何もあったものじゃない。
そんな歩行屍俑は、
『避けるな! なぜ避けるザマスか!』
拡声器からダミ声を吐きつつ、巨大な刀を無理やりに持ち上げる。
「避けなきゃ当たるだろ! 馬鹿だろうおまえ!? ……おおっと!」
振り下ろす。
凄まじい勢いの、だが狙いの雑な斬撃を舞奈は軽々と避ける。
敵は意地でも舞奈を叩き潰そうと、何度も刀を振り上げ、振り下ろす。
まあ確かに生身の女子小学生が、そんなものを喰らったらひとたまりもない。
刃が重くて大きすぎて、斬られるというより粉砕される。
だが舞奈に対して刀剣による攻撃は無意味。
そもそも決して当たることはない。
空気の流れを読んで動ける舞奈を接近戦で剋することは不可能。
人の形をした敵からの、あらゆる攻撃を半ば自動的に、完全に回避するからだ。
それ以前に目前の歩行屍俑の動きは単調すぎる。
あんな大きな図体なのに、敵は足元の子供を蹴ったりせずに刀を振り回す。
しかも本体の全長ほどもある巨大な刀をだ。
奴が――操作している殴山一子が戦闘のイロハすら知らないからだ。
先ほどの建物の中の面子を見る限り、参謀役もいない様子。
街中の脂虫や屍虫への支持も、奴が直接やっていたのだろう。
こんな奴の為にトルソが、バーンが、スプラが逝ったと思うだけで腹が立つ。
だからこそ……口元に笑みを浮かべる。
邪悪で醜悪な怪異どもは、美しいもの、可愛らしいものを忌み嫌う。
この街を訪れる直前に、バーンがそう言っていた。
年若い少女の容姿は、その最たるものだ。
だから女子小学生である舞奈の笑みが、人ならぬ身勝手な衝動に突き動かされる怪異に対する何よりの障害になると舞奈は理解している。
まあ姿をくらませた明日香と違って眼鏡はかけていないが。だから、
『ガキがあっ! 口答えする生意気なメスガキが!』
歩行屍俑は殴山一子の声で激昂する。
激情でますます雑になった動きで、地面に刺さった刀を抜いて、
『大人に逆らうなガキが!』
だが振り上げずに横に薙ぐ。
「ははっ! 考えたなババァ!」
それでも舞奈は跳んで避ける。
驚異的な瞬発力と脚力をもってすれば造作ない。
足元を凄いスピードで鉄塊が通り抜ける。
そういえば、この街に泥人間はいなかった。
奴の材料が怪異というなら、そのの巨躯を形作っているのはこの街の脂虫か。
何せ、この街には意のままになる脂虫が大量に居る。
怪異の魔力を秘めたWウィルスで満ちている。
それに屍虫の身体で工作するくらいはクラフターもやっていた。
奴は空飛ぶ船まで作っていたというし、怪異同士ならこんなこともできるのだろう。
「楓さんの魔道具は……まだ駄目そうか」
身を低くして着地しつつ、手にした短機関銃《マイクロガリル》にマウントされた小箱を見やる。
金色の小箱はリソース切れとのアナウンスを最後に沈黙を続けたままだ。
今の舞奈の最大の火力は短機関銃《マイクロガリル》のみ。
巣黒支部から失敬したアサルトライフルや軽機関銃を、半装軌車といっしょにロストしたのが悔やまれる。
もちろん舞奈は夢の中の20年後で、鋼鉄の巨人の弱点を何カ所か見つけた。
装甲の隙間から、意外に脆いジェネレーターを破壊する手管も知っている。
だが、それは奥の手だ。
敵を確実に屠れる算段がつくまで取っておきたい。
20年後でも、生身でコンスタントに装脚艇を狩れたのは舞奈ではなく、パートナーとなったルーン魔術師の彼女だ。
だから現実の世界でも、奴の装甲を貫くには明日香の攻撃魔法が必要だ。
だが、そんな彼女の姿は見えない。
少し探っただけでは気配も感じない。
例によって二重の隠形術で身を潜めているのだろう。そうしながら――
『――ひっ!?』
何処からか飛来したプラズマの砲弾が2発、歩行屍俑の脚を打つ。
1発は直撃。
もう1発も足元をえぐる。
どちらも砲撃の如く凄まじい光と衝撃。
術者から離れた場所から行使された【雷弾・弐式】。
明日香が強大な敵を相手するためによくやる戦術だ。
過去にはウィアードテールが化けた魔獣、クイーン・ネメシスとの戦闘でも用いた。
おそらく基準は敵の攻撃を【氷壁・弐式】で防ぎきる自信があるか否か。
『何ザマス!? 何処から攻撃してきたザマス!?』
歩行屍俑は攻撃の手を止めて怯む。
術者を――自身に刃向かう力を持った誰かと相対するのは初めてらしい。
刀を手にして巨大な手足を縮こまらせる姿は、巨大な赤子のようにも見える。
まるで成長することなく大人の身体と権力を手に入れた、大きな我儘な子供だ。
そんな様子に、舞奈は侮蔑の笑みを浮かべる。
殴山一子は手下を操り圧倒的な数や力で他者を追い詰めるのには慣れている。
怪異のウィルスを散布して皆殺しにするのも、お手の物だ。
だが反撃されることには慣れていない。
しかも見えない場所から。
あるいは攻撃が当たらない敵に。
普段から自分がしていたやりかたを敵にされ、奴は怯え、混乱している。
理不尽な敵の物量に押し潰された侵入者たちのように、訳もわからずウィルスに命を奪われた無辜の人々のように、自身を捕食できる敵を恐れている。
Sランクとそのパートナーに恐怖している。
それでも明日香が放った雷撃は腐った巨人の脚部装甲を焦がすのみ。
二重の隠形術を併用しつつ、離れた場所から攻撃魔法を行使しているからか。
『アテクシは夢を見たザマス!』
殴山一子のダミ声とともに、歩行屍俑は再び舞奈めがけて巨大な刀を振り下ろす。
姿も気配も探れぬ明日香を探しても無駄だと早々に判断したか。
あるいは本格的に痛い目を見ないと状況への対処ができない性分か。
「夢だと?」
鉄塊の如き巨刃を何食わぬ表情で避けつつ舞奈は訝しむ。
急に関係ない話を始めたのは、話題を変えれば状況が変わると思っているからか。
殴山一子のような奴には度々見られる傾向だ。
自分の我儘や癇癪で他者を意のままに支配してきた過去の経験がそうさせる。
だが、対する明日香からの追撃はなし。
こちらも散発的な砲撃では効果がないと早々に見切り、他の算段を準備中か。
それとも最初から挑発か試し撃ちのつもりだったか?
大頭で大魔法と化せば車体に風穴を開けるなり手足をもぐなりできるはずだ。
あるいは奴の戯言を聞く気になったか?
知識に貪欲な明日香の性格を、奴が見抜いたとも思えないが。
『アテクシの夢! アテクシの望みがすべて叶う世界!』
拡声器が音割れするほどの殴山一子の絶叫。
同時に歩行屍俑は巨躯を少し屈め、腐った全身のハッチを開く。
腫瘍がはじけるような見苦しい光景に舞奈は警戒する。
どんな状況になっても――狙撃されても避けられるよう神経を研ぎ澄ませ――
『――権力と美貌を手にしたアテクシにすべてがひれ伏す世界!』
「美貌!?」
身勝手な怒声とともに、腐ったハッチから無数の何かが放たれる。
見た目は連装ミサイル。
だが実際は道術に使う符だ。
『アテクシに逆らうものは消えてなくなる世界! イイイィィィィィィィィ!!』
耳障りな殴山一子の叫びに続く、嘯。
途端、数多の符は一斉にコンクリートの刃になって、舞奈めがけて降り注ぐ。
おそらく多数の矢を放つ【土行・多石矢】の要領で、【土行・石刃】による岩石の巨刃を一斉掃射したのだろう。
そんな刃の雨を見やって舞奈は舌打ちする。
本来、道術に砲撃レベルの攻撃魔法を連続発射する手札はない。
似た手札が【大裳・勾陣・刃嵐法】として陰陽術には存在するが、道術にはない。
術者の身体に宿った魔力を術と成す妖術師の一派である道術の限界を、莫大な魔力を用いるそうした術は超えているからだ。
だが殴山一子は歩行屍俑の魔力を使って大規模攻撃魔法を実現せしめた。
そういえば20年後の夢でも装脚艇はジェネレーターの出力を異能力や術に上乗せできた。舞奈には関係なかったが舞奈の敵は多用してきた。
奴の――歩行屍俑の動力源は何だろうか?
そんなことを考えつつも、岩刃の雨は舞奈に当たらない。
舞奈が空気の微細な動きすら正確に察知し、卓越した反射神経で避けるからだ。
無数のコンクリートの巨刃は、避ける舞奈の残像をすり抜けるのみ。
側の地面を次々に砕き、符に戻って燃え尽きる。
なまじ術の精度が低いために地を打った巨刃はたちまち砕け、積み上がって他の刃を防ぐことはない。だが、そんなものはなくても舞奈は難なくすべてを回避する。
だが、そんな舞奈の様子に構わず殴山一子は叫ぶ。
『あの赤い石が見せてくれた輝かしい夢! 真実の世界でアテクシは自分の成すべきことを知ったザマス! そう! 真実を知ったザマス!』
「安っぽい真実だな! あんたらしいぜ!」
(赤い石だと?)
軽口を返しつつ、頭の片隅に過去の様々な出来事が蘇る。
赤い石、という言葉で思い出した。
以前に新開発区で【グングニル】と共闘して泥人間どもを殲滅し、その後にあらわれた泥人間の道士が持っていた2つの赤い石。
その存在を思い出した途端――
「――おおっと!」
目前に棒が降って来た。
グレネードランチャーだ。
直前に重力操作っぽい感じがしたので、明日香が転移させてきたと判断。
「おまえにしちゃあ珍しいチョイスだな」
『禍川支部の倉庫から拝借したのよ! 使って!』
「サンキュ! さっすが明日香様だ!」
胸元の通信機から聞こえる答え合わせに思わず笑う。
巨大な刀を地を転がって避けつつグレネードランチャーを拾い上げる。
一挙動で立ち上がりながら構えて撃つ。
すぐさま再び横に跳ぶ。
なびくコートの端を、再び振り下ろされた巨大なギロチンの如き刀が斬り裂く。
舞奈はビル壁の陰に頭から転がりこむ。
歩行屍俑の――装脚艇の装甲の前には流石のグレネードも一撃必殺とはいかない。
もとよりグレネード弾に、戦車の前面装甲を貫くほどの威力はない。
だが装脚艇の砲塔と車体の間には駆動部を兼ねた非装甲部分がある。
歩行屍俑も同様だ。
普通なら命がかかった戦闘中に狙って当てようなんて思わない細い細い隙間。
だが人外の射撃技術を誇る舞奈にとっては致命的な隙。
20年後の夢の中で、舞奈は何機もの装脚艇をこの方法で屠った。
だから次の瞬間、榴弾が巨人の下腹部を穿って爆発し――
「――野郎! 【虎気功】で機体を守ってやがる」
舞奈は一挙動で立ち上がりつつ舌打ちする。
異能力者はヴィークルを自身の現身や、得物や武具と見なして異能力を使える。
術者も同じだ。
自分の身体を強化する術で、機体を強化することができる。
そうやって奴は自身が繰る歩行屍俑の内側を守った。
そして自分語りを続ける。
『アテクシは赤い石が見せてくれた夢の世界から知識と技術を持ち帰ったザマス! それを使って現世で新たな友を得たザマス!』
「友人ってのは特亜の怪異どものことか」
『十中八九、そうでしょうね』
巨大な斬撃を避けつつ殴山一子のダミ声と、胸元からの明日香の声に口元を歪める。
『そして息子タンを教育し直し、アテクシの手足となって戦うアップデートされた息子タンに作り替えることに成功したザマス!』
「まさか、そいつがそのデクノボウってことか?」
『……みたいね』
ダミ声と、明日香の答えに舌打ちする。
殴山一子は怪異と接触する手段や道術の知識と同様に、装脚艇に似た腐った巨人を作り出して操作する方法も赤い宝石から得たのだろう。
その犠牲者のひとりが奴自身の息子だった。
おそらく切丸みたいに怪異にされてから、さらに変化させられたのだろう。
親ガチャに致命的失敗した彼は、ゲームに夢中で母親を無視した咎で怪異にされた。
息子タンとやらで作った歩行屍俑に乗った目前の下衆女が、切丸や先ほど死酷人糞舎の内にいた少年たちを怪異に変えたのもその延長ということか。
『あの真実の石が見せてくれた輝かしい夢を現実のものにするために、アテクシは努力を続けたザマス! そうして手に入れた力をふるうことの何が悪いザマス!?』
「奇遇だな! あたしも夢をみたよ!」
舞奈も負けじと吠え返す。
巨大な刀をしゃがんで避けつつ、口元を歪める。
花屋で転んで気を失って、その時に見た夢。
舞奈はあの夢の原因がバーチャルギアだと思っていた。
だが違った。
舞奈を20年後の戦場に誘ったのは、泥人間が持っていた赤い石だった。
新開発区で【グングニル】の犠牲の後にあらわれた泥人間の道士。
奴を倒した後に遺された2つの赤い石。
それを舞奈と明日香は1つづつ懐に入れた。
そういえば1年前、滓田妖一を巡る事件の引き金となったのも、彼自身の依頼によって泥人間から奪取した赤い石だった。
奴も赤い石から道術と、異能力者を生贄にして力を奪う手段を得た。
舞奈も同じように、鋼鉄の巨人の扱い方と倒し方を学んだ。
たぶん、あれは、そういう種類の夢だったのだろう。だから――
「――あたしひとりが最強で、他の奴らはどんどんいなくなってった!」
鋭く機動しながら舞奈は叫ぶ。
やりきれない何かを振り払おうとするかのように。
「そんな世界は嫌だって駄々をこねたら、夢から醒めてた!」
続けざまに振るわれる巨大な刀を避けながら、声の限りに叫ぶ。
すべてが気にいらなかった。
20年後の夢も、今も。
あの辛く悲惨な夢の中でも、舞奈には仲間がいた。
彼らの名も、現実の世界で出会った仲間と同じトルソ、バーン、ピアース、スプラ。
そして夢の中でも現実と同じように、舞奈は彼らを救えなかった。
再び側に転がり出たグレネードランチャーを拾って撃つ。
狙い違わず装甲の隙間を穿つ榴弾。
だが身体強化に阻まれ、内部を傷つけられぬまま爆ぜる。
「そんな世界にしたくなくて頑張ったけど……駄目だったよ!」
叫びながら、口元に浮かぶのは乾いた笑み。
巨大な刃を苦もなく避ける類まれな戦闘センス、身体能力。
だが、そんな力をもってしても、舞奈は彼らを救えなかった。
20年後の夢の中でも。
現実でも。
地面を転がり、足元に出現した3つめのグレネードランチャーを拾って撃つ。
だが、ふと気づく。
明日香は【戦術的移動】を応用した短距離転移で得物を跳ばしている。
そう思っていた。
だが、それにしては、ずいぶん気楽に使ってくれる。
たしか【反応的移動】と共通で3回までの制限があるのではなかったか?
それだと死酷人糞舎の最上階から表に出てきた分を加味して回数を超過している。
そんな疑念のせいでもないのだろうが、榴弾は岩壁に阻まれて爆ぜる。
敵の目前にいきなり出現したのだ。
こちらは【土行・岩盾】を歩行屍俑の魔力で強化したものか。
舌打ちする舞奈の胸元から――
『――わたしも少し話があるのだけど』
不意に声。
明日香から。
「手短に頼む」
『わたしの【戦術的移動】に、触媒としての4枚のルーンは必ずしも必要じゃなかったみたいなの。……あれから少し調べ直して気づいたわ』
通信機ごしの、少し硬い声色。
その理由に想いを巡らせる。
まあ確かに生真面目な明日香は、一度、学んだ常識を覆されるのは苦手だ。
特に自身が頼り、使いこなしてきた魔術に関することで。
まあ正直、舞奈も少し驚いた。
クイーン・ネメシスからそれらしい示唆をされていたが、まさか本当に今までの制限がなくてもいいものだったとは。
それでも舞奈は油断なく身構え、次なる敵の攻撃に備えながら、
『あれは【反応的移動】を自動的に発動させるためのものだった』
「そいつは何よりだ」
何食わぬ表情で答える。
歩行屍俑の単調だが致命的な斬撃を避けながら。
それよりも、その話を明日香が今ここでする意味とは何か?
彼女は無意味なことが無意味だからという理由で嫌いだ。
他人がするのも、自分がするのも。
その問いへの答えになるのは新たな問いだ。
それは明日香自身の気づきなのだろうか?
それとも、あの時2人で分け合った、もうひとつの赤い石に教わったのだろうか?
舞奈が20年後の夢で装脚艇について知ったように。
滓田妖一が1年前に怪異の知識を得たように。
あるいは殴山一子が怪異を操り、歩行屍俑を創造する術を得たように。
なるほど先ほどからグレネードランチャーを転移させていたのもそのためか。
自身が【戦術的移動】を本来のやり方で使いこなしている確認、ないしデモンストレーションがしたかったのだ。
明日香は3回の制限を無視して転移ができる。
それでもなお、明日香の言葉は続く。
『けどルーンを使用した【戦術的移動】も間違いではなかった。応用が効かない代わりに術者――使用者の技量と関係なく確実に転移する方法よ。ドッグタグに術をこめて自動発動するの。簡易的な魔道具みたいに』
その口調は淀みなく、核心に満ち溢れている。
なぜなら――
『――つまり術者でなくても転移ができるわ。ただし術をこめた術者が使う場合と違って1回が限界だけど』
「そいつは重畳!」
明日香の言葉に思わず笑う。
彼女が舞奈に求めていることがわかったからだ。
再度、足元にグレネードランチャー。
4発目、通算で5回目の転移だ。もう本当に何度でもいけるのだろう。
舞奈は口元に笑みを浮かべつつ拾って撃つ。
同時に虚空からプラズマの砲弾が2発、歩行屍俑めがけて飛ぶ。
3発の砲弾は鋼鉄の巨人の装甲に当たって爆ぜる。
舞奈も無駄なので無理に急所は狙わなかった。
だが全方位からの攻撃に歩行屍俑は――乗っている殴山一子は怯む。
状況判断ができないからだ。
自身に効く攻撃と、防げる攻撃の区別がつかない。
だから歩行屍俑は居場所の知れた舞奈を振り返る。
正確には舞奈がいたはずの場所。
なぜなら舞奈はそこにはいない。
その頃、舞奈は巨人の背中に張りついていた。
左手にはめたグローブの金具を操作し、ワイヤーを切り離す。
殴山一子が怯んだ隙に爆炎に紛れ、ワイヤーショットを使って跳びついていたのだ。
舞奈の知る装脚艇のコックピットハッチは背後にある。
だいたい同じ挙動をする歩行屍俑も弱点は同じ場所だとふんだ。
そもそも装脚艇も歩行屍俑も大きいとはいえ、人と同じ動きをする機構が組み込まれていることを考えれば構造に余裕はないはずだ。
そんなに変な場所に人(型の怪異)が出入りできる場所は作れない。
一方、少し離れた十字路に明日香があらわれる。
もはや隠れる必要はないと判断したか。
歩行屍俑の目の前で施術。
真言と魔術語から、虚空から得物を取り出す【工廠】だと舞奈は見抜く。
転移と同じく重力操作を応用した空間湾曲による物品取り寄せの魔術。
だが明日香は同じ術をクロークに焼きつけているはずだ。
こちらは回数制限もないし、普段はそちらを使って彼女は多種の得物を使い分ける。
なのに何故に施術を?
訝しんだ舞奈の視界の端で、明日香の周囲に出現する無数の得物。
鋭く剣呑な音をたてて次々に地面に突き刺さる。
その内訳は木刀や鉄パイプ等々、種々様々。
禍川支部ビル内部に転がっていた【禍川総会】のヤンキーたちの得物だ。
そして舞奈が見やる先で、得物が次々とへし折れる。
その度に手元の歩行屍俑の背のハッチが弾かれるように震える。
舞奈の口元に笑み。
明日香は大量の得物を使い潰し、連続で魔法消去を試みているのだ。
魔法消去の魔術【対抗魔術・弐式】は抵抗されると得物が砕ける。
だから前回のクイーン・ネメシスとの戦闘で、明日香は2本の剣を使い潰した。
不要な得物で反撃覚悟の消去を試み、波状攻撃で魔道具を損傷させた。
今回のも同じだ。
しかもヤンキーたちが遺していった得物をあらかた持ってきたらしい。
その数は無数。
いわば道理のわからない怪異のババアをヤンキーたちが囲むようなものか。
たまらず歩行屍俑のハッチが歪む。
舞奈は飛んできた何かの破片をキャッチし、歪んだハッチの隙間にねじ込む。
全身をバネにして、力づくでハッチをこじ開ける。
20年後で馴染んだ装脚艇と同じように、ハッチの中にはコックピットがあった。
中で殴山一子が振り向く。
「なんザマス!?」
「よぅババア! 予想以上に酷い面だな! まるで便所虫だ!」
舞奈は何食わぬ表情で笑う。
同時に懐の改造拳銃から熱。
(……ったく、やりたい放題しやがって)
舞奈は口元を楽しげに歪める。
本日2度目の【滅光榴弾】。
流石はヤンキーたちの大頭を使いまくれるだけはある。
明日香はこいつを敵の急所にぶちこませるつもりで転移の手段を託したらしい。
以前2回は自分で転移して舞奈を回収し、核爆発の範囲内から逃れた。
だが暴れる歩行屍俑の背中は不安定すぎると判断した。
明日香は自身の技量をも冷徹に推し量って行動の可否を判断できる。
だから舞奈は慣れた調子で短機関銃《マイクロガリル》を掃射する。
無数の小口径ライフル弾がコックピット内部に降り注ぎ、心なしか見覚えはあるものの不気味に錆びて腐ったようなコンソールを穴だらけにする。だが、
「馬鹿な小娘! 無駄ザマス!」
殴山一子は無傷。
とっさに【土行・岩盾】を行使して凌いだのだ。
それでも舞奈は何食わぬ調子で笑う
その目前で、用を果たした岩盾が符に戻って燃え尽きて――
――銃声。
「――!?」
抜き撃ちした改造拳銃から放たれた小口径弾が殴山一子の額に埋まる。
自身も【虎気功】の影響下にあるらしくザクロみたいにはじけたりはしない。
だが核爆発のエネルギーを秘めた輝く弾丸は、煙草を唇に癒着させた便所虫みたいな下衆女の額にしっかりとめりこんでいる。
さらに舞奈は残り全弾を顔面にぶちこんで、
「ハハッ! さっきより美人になったぜ! 跳べ!」
間髪入れずにベルトに念じて瞬間移動。
魔道具の使い方にも慣れたつもりだ。
言葉と、それにより喚起され増幅された意思とイメージを相手に伝えるのだ。
気心の知れた術者に頼みごとをするのと変わらない。
だから次の瞬間、舞奈は堅牢な造りのビルの裏、明日香の隣にいた。
「よっ! ただいま」
「おかえり。早かったわね」
「そりゃ一瞬だからな」
空間の抜け道から転がり出た体勢のまま軽口を交わす。
直後に轟音。背後から。
同時にビルの向こうを埋め尽くす閃光。
殴山一子を乗せた歩行屍俑が、内側から大爆発したのだ。
だが最上階がいきなり爆発。
2人は明日香の【反応的移動】で屋外へと転移した。
そんな2人の前に、歪なビルの上層階をぶち破って降り立ったもの。
それは朽ちかけた鋼鉄でできた巨人だった。
あるい朽ちた戦車の残骸に、戯れに手足を取り付けたようにも見える。
車輪の代りに車体の下に生えているのは2本の脚。
腐った車体の上の砲塔には、砲の代わりに両サイドの2本の腕。
腕の先は、人間のそれをそのまま大きくしたような手。
巨大な手には、相応しいサイズの日本刀が握られている。
その巨躯は巨大屍虫よりなお大きく、側のビルの3階まで達するほど。
「装脚艇!?」
舞奈は驚愕しつつも近くのビルの陰に転がりこむ。
明日香も続く。
幸い敵も着地したばかりで2人を追うどころじゃなかったらしい。
舞奈たち2人には状況を把握し、態勢を立て直す時間が少しだけある。だから、
「……それを何処で聞いたのよ?」
「みゃー子からだよ」
「あっそう」
続く明日香の問いに軽口を返す。
今、目前に出現したあれを何日か前に夢で見たと、素直に話す気分じゃなかった。
そもそも、この街に来る前に、あの花屋で見た20年後の夢の話をみゃー子から吹きこまれた与太だと決めつけてきたのは明日香だ。
そう。
ビルを突き破ってあらわれた、朽ちかけた鋼鉄の巨人。
それは、あの長い夢の中で見慣れた20年後のロボット兵器と酷似していた。
「まあいいわ。装脚艇って言うのは大型怪異に対抗するための魔道具よ。魔術で召喚された基幹部品で、機械的に製造された各部を動かすの」
「魔法で動く戦車みたいなものか?」
「ええ。動力の効率的な活用を追求した結果、人型になったけど」
「なるほどな」
普段と変わらぬ明日香のうんちくを流し聞きつつビルの陰から様子をうかがう。
新手は装脚艇のゾンビのような巨人が1機のみ。
舞奈の知る装脚艇は人が乗って動かす機械だ。
同様に、あの巨人には殴山一子が乗っているのだろう。
幸い、奴は舞奈たちを追う素振りは見せずに周囲を警戒している。
やはり舞奈たちを見失ってくれたようだ。
あるいは先ほどの奇襲で舞奈たちを屠った気で、死体でも探しているか。
「……大型の怪異ってのは巨大屍虫や、このまえの大怪鳥みたいな奴ってことか?」
「ええ。特定アジア近辺に出現する大型怪異に対処するべく、ヨーロッパの魔術結社が開発してアジア各国が使ってるの。……実は実家が開発とテストに絡んでるのよ」
「そいつは初耳だな」
「本来は機密なのよ。装脚艇も、特定アジアの大型怪異も」
なるほど、それで情報の出所を気にしていたのか。
続くうんちくを聞くとはなしに耳を傾ける。
「じゃあ奴は装脚艇なのか? それとも怪異なのか?」
「あえて言うなら両方。怪異が同族を材料に作り上げた一種の宝貝よ。たしか歩行屍俑って名前だったはず」
「まったく、奴ららしいぜ」
問いに対する答えに、口元を歪めながら軽口を返す。
再び歩行屍俑とやらを見やり、素早く各部を観察しながら、
「構造は装脚艇と同じなのか?」
「ええ」
「なら弱点も同じだな!」
「あっ! ちょっと!」
明日香の制止を背にビル陰から跳び出す。
あまり長居していると、ビルを片っ端から破壊すればいいことに奴が気づく。
少なくとも舞奈の知る装脚艇にはそれができた。
もし屍虫や脂虫との戦いで散った仲間たちが生き残っていたら、この戦いで何ができただろうか? そんな考えが脳裏をよぎる。
舞奈はピアースに、夢の中の巨人のことを話せただろうか?
トルソやスプラやバーンに有効な戦術を伝えられただろうか?
……だが舞奈は20年後の夢の中でも誰も救えなかった。
だから余計なIFを振り払う。
舞奈がしなければいけないのは悔恨じゃない。
どうせ誰も救えないのなら、せめて元凶を完膚なきまで叩きのめす。
明日香と2人で、目の前の歩行屍俑とやらを、その中にいる殴山一子を倒す。
それが今の2人にできる唯一のことだ。
『見つけたザマス!』
気づいた歩行屍俑が殴山一子の声で叫ぶ。
拡声器のような情報伝達手段が設えられているのも装脚艇と同じだ。
あるいは似ているだけの怪異の器官か?
「目の前に出て来たんだから当然だろう!」
嘲りながら、舞奈は素早く巨人に肉薄。
数メートルの距離を一気に詰める程度は舞奈にとって造作ない。
敵の足元に潜りこみ、素早く短機関銃《マイクロガリル》を構える。
歩行屍俑の、それ自体が小屋くらいある巨大な脚めがけて掃射する。だが、
『ハハハ! 無駄ザマス!』
「やっぱりライフル弾じゃ駄目か」
至近距離から掃射された小口径ライフル弾は傷すらつけられずに地に落ちる。
腐った岩みたいな外見は一見すると脆そうなのに、戦車や装甲車並みの装甲だ。
……だがまあ、この仕様も装脚艇と同様だ。
ライフル弾は人間や人型の怪異を瞬時に引き裂く。
だが戦車に等しい鋼鉄の装甲の前には豆鉄砲に等しい。
そんな装甲で銃弾を防いで気が大きくなったか、
『喰らうザマス!』
「おおっと!」
歩行屍俑は巨大な日本刀を振り下ろす。
舞奈はひょいと横に跳んで避ける。
それでも凄まじい風圧。
何かが破裂したみたいな風切り音。
ギロチンの如く巨大な刃が、側のアスファルトを斬り裂いて瓦礫を飛ばす。
「おいおい刀が壊れるぞ! それに元議員が率先して街を壊していいのか?」
舞奈は思わず軽口を叩く。
正直、トルソが見たら憤慨しそうな雑な斬撃だった。
狙いも何もあったものじゃない。
そんな歩行屍俑は、
『避けるな! なぜ避けるザマスか!』
拡声器からダミ声を吐きつつ、巨大な刀を無理やりに持ち上げる。
「避けなきゃ当たるだろ! 馬鹿だろうおまえ!? ……おおっと!」
振り下ろす。
凄まじい勢いの、だが狙いの雑な斬撃を舞奈は軽々と避ける。
敵は意地でも舞奈を叩き潰そうと、何度も刀を振り上げ、振り下ろす。
まあ確かに生身の女子小学生が、そんなものを喰らったらひとたまりもない。
刃が重くて大きすぎて、斬られるというより粉砕される。
だが舞奈に対して刀剣による攻撃は無意味。
そもそも決して当たることはない。
空気の流れを読んで動ける舞奈を接近戦で剋することは不可能。
人の形をした敵からの、あらゆる攻撃を半ば自動的に、完全に回避するからだ。
それ以前に目前の歩行屍俑の動きは単調すぎる。
あんな大きな図体なのに、敵は足元の子供を蹴ったりせずに刀を振り回す。
しかも本体の全長ほどもある巨大な刀をだ。
奴が――操作している殴山一子が戦闘のイロハすら知らないからだ。
先ほどの建物の中の面子を見る限り、参謀役もいない様子。
街中の脂虫や屍虫への支持も、奴が直接やっていたのだろう。
こんな奴の為にトルソが、バーンが、スプラが逝ったと思うだけで腹が立つ。
だからこそ……口元に笑みを浮かべる。
邪悪で醜悪な怪異どもは、美しいもの、可愛らしいものを忌み嫌う。
この街を訪れる直前に、バーンがそう言っていた。
年若い少女の容姿は、その最たるものだ。
だから女子小学生である舞奈の笑みが、人ならぬ身勝手な衝動に突き動かされる怪異に対する何よりの障害になると舞奈は理解している。
まあ姿をくらませた明日香と違って眼鏡はかけていないが。だから、
『ガキがあっ! 口答えする生意気なメスガキが!』
歩行屍俑は殴山一子の声で激昂する。
激情でますます雑になった動きで、地面に刺さった刀を抜いて、
『大人に逆らうなガキが!』
だが振り上げずに横に薙ぐ。
「ははっ! 考えたなババァ!」
それでも舞奈は跳んで避ける。
驚異的な瞬発力と脚力をもってすれば造作ない。
足元を凄いスピードで鉄塊が通り抜ける。
そういえば、この街に泥人間はいなかった。
奴の材料が怪異というなら、そのの巨躯を形作っているのはこの街の脂虫か。
何せ、この街には意のままになる脂虫が大量に居る。
怪異の魔力を秘めたWウィルスで満ちている。
それに屍虫の身体で工作するくらいはクラフターもやっていた。
奴は空飛ぶ船まで作っていたというし、怪異同士ならこんなこともできるのだろう。
「楓さんの魔道具は……まだ駄目そうか」
身を低くして着地しつつ、手にした短機関銃《マイクロガリル》にマウントされた小箱を見やる。
金色の小箱はリソース切れとのアナウンスを最後に沈黙を続けたままだ。
今の舞奈の最大の火力は短機関銃《マイクロガリル》のみ。
巣黒支部から失敬したアサルトライフルや軽機関銃を、半装軌車といっしょにロストしたのが悔やまれる。
もちろん舞奈は夢の中の20年後で、鋼鉄の巨人の弱点を何カ所か見つけた。
装甲の隙間から、意外に脆いジェネレーターを破壊する手管も知っている。
だが、それは奥の手だ。
敵を確実に屠れる算段がつくまで取っておきたい。
20年後でも、生身でコンスタントに装脚艇を狩れたのは舞奈ではなく、パートナーとなったルーン魔術師の彼女だ。
だから現実の世界でも、奴の装甲を貫くには明日香の攻撃魔法が必要だ。
だが、そんな彼女の姿は見えない。
少し探っただけでは気配も感じない。
例によって二重の隠形術で身を潜めているのだろう。そうしながら――
『――ひっ!?』
何処からか飛来したプラズマの砲弾が2発、歩行屍俑の脚を打つ。
1発は直撃。
もう1発も足元をえぐる。
どちらも砲撃の如く凄まじい光と衝撃。
術者から離れた場所から行使された【雷弾・弐式】。
明日香が強大な敵を相手するためによくやる戦術だ。
過去にはウィアードテールが化けた魔獣、クイーン・ネメシスとの戦闘でも用いた。
おそらく基準は敵の攻撃を【氷壁・弐式】で防ぎきる自信があるか否か。
『何ザマス!? 何処から攻撃してきたザマス!?』
歩行屍俑は攻撃の手を止めて怯む。
術者を――自身に刃向かう力を持った誰かと相対するのは初めてらしい。
刀を手にして巨大な手足を縮こまらせる姿は、巨大な赤子のようにも見える。
まるで成長することなく大人の身体と権力を手に入れた、大きな我儘な子供だ。
そんな様子に、舞奈は侮蔑の笑みを浮かべる。
殴山一子は手下を操り圧倒的な数や力で他者を追い詰めるのには慣れている。
怪異のウィルスを散布して皆殺しにするのも、お手の物だ。
だが反撃されることには慣れていない。
しかも見えない場所から。
あるいは攻撃が当たらない敵に。
普段から自分がしていたやりかたを敵にされ、奴は怯え、混乱している。
理不尽な敵の物量に押し潰された侵入者たちのように、訳もわからずウィルスに命を奪われた無辜の人々のように、自身を捕食できる敵を恐れている。
Sランクとそのパートナーに恐怖している。
それでも明日香が放った雷撃は腐った巨人の脚部装甲を焦がすのみ。
二重の隠形術を併用しつつ、離れた場所から攻撃魔法を行使しているからか。
『アテクシは夢を見たザマス!』
殴山一子のダミ声とともに、歩行屍俑は再び舞奈めがけて巨大な刀を振り下ろす。
姿も気配も探れぬ明日香を探しても無駄だと早々に判断したか。
あるいは本格的に痛い目を見ないと状況への対処ができない性分か。
「夢だと?」
鉄塊の如き巨刃を何食わぬ表情で避けつつ舞奈は訝しむ。
急に関係ない話を始めたのは、話題を変えれば状況が変わると思っているからか。
殴山一子のような奴には度々見られる傾向だ。
自分の我儘や癇癪で他者を意のままに支配してきた過去の経験がそうさせる。
だが、対する明日香からの追撃はなし。
こちらも散発的な砲撃では効果がないと早々に見切り、他の算段を準備中か。
それとも最初から挑発か試し撃ちのつもりだったか?
大頭で大魔法と化せば車体に風穴を開けるなり手足をもぐなりできるはずだ。
あるいは奴の戯言を聞く気になったか?
知識に貪欲な明日香の性格を、奴が見抜いたとも思えないが。
『アテクシの夢! アテクシの望みがすべて叶う世界!』
拡声器が音割れするほどの殴山一子の絶叫。
同時に歩行屍俑は巨躯を少し屈め、腐った全身のハッチを開く。
腫瘍がはじけるような見苦しい光景に舞奈は警戒する。
どんな状況になっても――狙撃されても避けられるよう神経を研ぎ澄ませ――
『――権力と美貌を手にしたアテクシにすべてがひれ伏す世界!』
「美貌!?」
身勝手な怒声とともに、腐ったハッチから無数の何かが放たれる。
見た目は連装ミサイル。
だが実際は道術に使う符だ。
『アテクシに逆らうものは消えてなくなる世界! イイイィィィィィィィィ!!』
耳障りな殴山一子の叫びに続く、嘯。
途端、数多の符は一斉にコンクリートの刃になって、舞奈めがけて降り注ぐ。
おそらく多数の矢を放つ【土行・多石矢】の要領で、【土行・石刃】による岩石の巨刃を一斉掃射したのだろう。
そんな刃の雨を見やって舞奈は舌打ちする。
本来、道術に砲撃レベルの攻撃魔法を連続発射する手札はない。
似た手札が【大裳・勾陣・刃嵐法】として陰陽術には存在するが、道術にはない。
術者の身体に宿った魔力を術と成す妖術師の一派である道術の限界を、莫大な魔力を用いるそうした術は超えているからだ。
だが殴山一子は歩行屍俑の魔力を使って大規模攻撃魔法を実現せしめた。
そういえば20年後の夢でも装脚艇はジェネレーターの出力を異能力や術に上乗せできた。舞奈には関係なかったが舞奈の敵は多用してきた。
奴の――歩行屍俑の動力源は何だろうか?
そんなことを考えつつも、岩刃の雨は舞奈に当たらない。
舞奈が空気の微細な動きすら正確に察知し、卓越した反射神経で避けるからだ。
無数のコンクリートの巨刃は、避ける舞奈の残像をすり抜けるのみ。
側の地面を次々に砕き、符に戻って燃え尽きる。
なまじ術の精度が低いために地を打った巨刃はたちまち砕け、積み上がって他の刃を防ぐことはない。だが、そんなものはなくても舞奈は難なくすべてを回避する。
だが、そんな舞奈の様子に構わず殴山一子は叫ぶ。
『あの赤い石が見せてくれた輝かしい夢! 真実の世界でアテクシは自分の成すべきことを知ったザマス! そう! 真実を知ったザマス!』
「安っぽい真実だな! あんたらしいぜ!」
(赤い石だと?)
軽口を返しつつ、頭の片隅に過去の様々な出来事が蘇る。
赤い石、という言葉で思い出した。
以前に新開発区で【グングニル】と共闘して泥人間どもを殲滅し、その後にあらわれた泥人間の道士が持っていた2つの赤い石。
その存在を思い出した途端――
「――おおっと!」
目前に棒が降って来た。
グレネードランチャーだ。
直前に重力操作っぽい感じがしたので、明日香が転移させてきたと判断。
「おまえにしちゃあ珍しいチョイスだな」
『禍川支部の倉庫から拝借したのよ! 使って!』
「サンキュ! さっすが明日香様だ!」
胸元の通信機から聞こえる答え合わせに思わず笑う。
巨大な刀を地を転がって避けつつグレネードランチャーを拾い上げる。
一挙動で立ち上がりながら構えて撃つ。
すぐさま再び横に跳ぶ。
なびくコートの端を、再び振り下ろされた巨大なギロチンの如き刀が斬り裂く。
舞奈はビル壁の陰に頭から転がりこむ。
歩行屍俑の――装脚艇の装甲の前には流石のグレネードも一撃必殺とはいかない。
もとよりグレネード弾に、戦車の前面装甲を貫くほどの威力はない。
だが装脚艇の砲塔と車体の間には駆動部を兼ねた非装甲部分がある。
歩行屍俑も同様だ。
普通なら命がかかった戦闘中に狙って当てようなんて思わない細い細い隙間。
だが人外の射撃技術を誇る舞奈にとっては致命的な隙。
20年後の夢の中で、舞奈は何機もの装脚艇をこの方法で屠った。
だから次の瞬間、榴弾が巨人の下腹部を穿って爆発し――
「――野郎! 【虎気功】で機体を守ってやがる」
舞奈は一挙動で立ち上がりつつ舌打ちする。
異能力者はヴィークルを自身の現身や、得物や武具と見なして異能力を使える。
術者も同じだ。
自分の身体を強化する術で、機体を強化することができる。
そうやって奴は自身が繰る歩行屍俑の内側を守った。
そして自分語りを続ける。
『アテクシは赤い石が見せてくれた夢の世界から知識と技術を持ち帰ったザマス! それを使って現世で新たな友を得たザマス!』
「友人ってのは特亜の怪異どものことか」
『十中八九、そうでしょうね』
巨大な斬撃を避けつつ殴山一子のダミ声と、胸元からの明日香の声に口元を歪める。
『そして息子タンを教育し直し、アテクシの手足となって戦うアップデートされた息子タンに作り替えることに成功したザマス!』
「まさか、そいつがそのデクノボウってことか?」
『……みたいね』
ダミ声と、明日香の答えに舌打ちする。
殴山一子は怪異と接触する手段や道術の知識と同様に、装脚艇に似た腐った巨人を作り出して操作する方法も赤い宝石から得たのだろう。
その犠牲者のひとりが奴自身の息子だった。
おそらく切丸みたいに怪異にされてから、さらに変化させられたのだろう。
親ガチャに致命的失敗した彼は、ゲームに夢中で母親を無視した咎で怪異にされた。
息子タンとやらで作った歩行屍俑に乗った目前の下衆女が、切丸や先ほど死酷人糞舎の内にいた少年たちを怪異に変えたのもその延長ということか。
『あの真実の石が見せてくれた輝かしい夢を現実のものにするために、アテクシは努力を続けたザマス! そうして手に入れた力をふるうことの何が悪いザマス!?』
「奇遇だな! あたしも夢をみたよ!」
舞奈も負けじと吠え返す。
巨大な刀をしゃがんで避けつつ、口元を歪める。
花屋で転んで気を失って、その時に見た夢。
舞奈はあの夢の原因がバーチャルギアだと思っていた。
だが違った。
舞奈を20年後の戦場に誘ったのは、泥人間が持っていた赤い石だった。
新開発区で【グングニル】の犠牲の後にあらわれた泥人間の道士。
奴を倒した後に遺された2つの赤い石。
それを舞奈と明日香は1つづつ懐に入れた。
そういえば1年前、滓田妖一を巡る事件の引き金となったのも、彼自身の依頼によって泥人間から奪取した赤い石だった。
奴も赤い石から道術と、異能力者を生贄にして力を奪う手段を得た。
舞奈も同じように、鋼鉄の巨人の扱い方と倒し方を学んだ。
たぶん、あれは、そういう種類の夢だったのだろう。だから――
「――あたしひとりが最強で、他の奴らはどんどんいなくなってった!」
鋭く機動しながら舞奈は叫ぶ。
やりきれない何かを振り払おうとするかのように。
「そんな世界は嫌だって駄々をこねたら、夢から醒めてた!」
続けざまに振るわれる巨大な刀を避けながら、声の限りに叫ぶ。
すべてが気にいらなかった。
20年後の夢も、今も。
あの辛く悲惨な夢の中でも、舞奈には仲間がいた。
彼らの名も、現実の世界で出会った仲間と同じトルソ、バーン、ピアース、スプラ。
そして夢の中でも現実と同じように、舞奈は彼らを救えなかった。
再び側に転がり出たグレネードランチャーを拾って撃つ。
狙い違わず装甲の隙間を穿つ榴弾。
だが身体強化に阻まれ、内部を傷つけられぬまま爆ぜる。
「そんな世界にしたくなくて頑張ったけど……駄目だったよ!」
叫びながら、口元に浮かぶのは乾いた笑み。
巨大な刃を苦もなく避ける類まれな戦闘センス、身体能力。
だが、そんな力をもってしても、舞奈は彼らを救えなかった。
20年後の夢の中でも。
現実でも。
地面を転がり、足元に出現した3つめのグレネードランチャーを拾って撃つ。
だが、ふと気づく。
明日香は【戦術的移動】を応用した短距離転移で得物を跳ばしている。
そう思っていた。
だが、それにしては、ずいぶん気楽に使ってくれる。
たしか【反応的移動】と共通で3回までの制限があるのではなかったか?
それだと死酷人糞舎の最上階から表に出てきた分を加味して回数を超過している。
そんな疑念のせいでもないのだろうが、榴弾は岩壁に阻まれて爆ぜる。
敵の目前にいきなり出現したのだ。
こちらは【土行・岩盾】を歩行屍俑の魔力で強化したものか。
舌打ちする舞奈の胸元から――
『――わたしも少し話があるのだけど』
不意に声。
明日香から。
「手短に頼む」
『わたしの【戦術的移動】に、触媒としての4枚のルーンは必ずしも必要じゃなかったみたいなの。……あれから少し調べ直して気づいたわ』
通信機ごしの、少し硬い声色。
その理由に想いを巡らせる。
まあ確かに生真面目な明日香は、一度、学んだ常識を覆されるのは苦手だ。
特に自身が頼り、使いこなしてきた魔術に関することで。
まあ正直、舞奈も少し驚いた。
クイーン・ネメシスからそれらしい示唆をされていたが、まさか本当に今までの制限がなくてもいいものだったとは。
それでも舞奈は油断なく身構え、次なる敵の攻撃に備えながら、
『あれは【反応的移動】を自動的に発動させるためのものだった』
「そいつは何よりだ」
何食わぬ表情で答える。
歩行屍俑の単調だが致命的な斬撃を避けながら。
それよりも、その話を明日香が今ここでする意味とは何か?
彼女は無意味なことが無意味だからという理由で嫌いだ。
他人がするのも、自分がするのも。
その問いへの答えになるのは新たな問いだ。
それは明日香自身の気づきなのだろうか?
それとも、あの時2人で分け合った、もうひとつの赤い石に教わったのだろうか?
舞奈が20年後の夢で装脚艇について知ったように。
滓田妖一が1年前に怪異の知識を得たように。
あるいは殴山一子が怪異を操り、歩行屍俑を創造する術を得たように。
なるほど先ほどからグレネードランチャーを転移させていたのもそのためか。
自身が【戦術的移動】を本来のやり方で使いこなしている確認、ないしデモンストレーションがしたかったのだ。
明日香は3回の制限を無視して転移ができる。
それでもなお、明日香の言葉は続く。
『けどルーンを使用した【戦術的移動】も間違いではなかった。応用が効かない代わりに術者――使用者の技量と関係なく確実に転移する方法よ。ドッグタグに術をこめて自動発動するの。簡易的な魔道具みたいに』
その口調は淀みなく、核心に満ち溢れている。
なぜなら――
『――つまり術者でなくても転移ができるわ。ただし術をこめた術者が使う場合と違って1回が限界だけど』
「そいつは重畳!」
明日香の言葉に思わず笑う。
彼女が舞奈に求めていることがわかったからだ。
再度、足元にグレネードランチャー。
4発目、通算で5回目の転移だ。もう本当に何度でもいけるのだろう。
舞奈は口元に笑みを浮かべつつ拾って撃つ。
同時に虚空からプラズマの砲弾が2発、歩行屍俑めがけて飛ぶ。
3発の砲弾は鋼鉄の巨人の装甲に当たって爆ぜる。
舞奈も無駄なので無理に急所は狙わなかった。
だが全方位からの攻撃に歩行屍俑は――乗っている殴山一子は怯む。
状況判断ができないからだ。
自身に効く攻撃と、防げる攻撃の区別がつかない。
だから歩行屍俑は居場所の知れた舞奈を振り返る。
正確には舞奈がいたはずの場所。
なぜなら舞奈はそこにはいない。
その頃、舞奈は巨人の背中に張りついていた。
左手にはめたグローブの金具を操作し、ワイヤーを切り離す。
殴山一子が怯んだ隙に爆炎に紛れ、ワイヤーショットを使って跳びついていたのだ。
舞奈の知る装脚艇のコックピットハッチは背後にある。
だいたい同じ挙動をする歩行屍俑も弱点は同じ場所だとふんだ。
そもそも装脚艇も歩行屍俑も大きいとはいえ、人と同じ動きをする機構が組み込まれていることを考えれば構造に余裕はないはずだ。
そんなに変な場所に人(型の怪異)が出入りできる場所は作れない。
一方、少し離れた十字路に明日香があらわれる。
もはや隠れる必要はないと判断したか。
歩行屍俑の目の前で施術。
真言と魔術語から、虚空から得物を取り出す【工廠】だと舞奈は見抜く。
転移と同じく重力操作を応用した空間湾曲による物品取り寄せの魔術。
だが明日香は同じ術をクロークに焼きつけているはずだ。
こちらは回数制限もないし、普段はそちらを使って彼女は多種の得物を使い分ける。
なのに何故に施術を?
訝しんだ舞奈の視界の端で、明日香の周囲に出現する無数の得物。
鋭く剣呑な音をたてて次々に地面に突き刺さる。
その内訳は木刀や鉄パイプ等々、種々様々。
禍川支部ビル内部に転がっていた【禍川総会】のヤンキーたちの得物だ。
そして舞奈が見やる先で、得物が次々とへし折れる。
その度に手元の歩行屍俑の背のハッチが弾かれるように震える。
舞奈の口元に笑み。
明日香は大量の得物を使い潰し、連続で魔法消去を試みているのだ。
魔法消去の魔術【対抗魔術・弐式】は抵抗されると得物が砕ける。
だから前回のクイーン・ネメシスとの戦闘で、明日香は2本の剣を使い潰した。
不要な得物で反撃覚悟の消去を試み、波状攻撃で魔道具を損傷させた。
今回のも同じだ。
しかもヤンキーたちが遺していった得物をあらかた持ってきたらしい。
その数は無数。
いわば道理のわからない怪異のババアをヤンキーたちが囲むようなものか。
たまらず歩行屍俑のハッチが歪む。
舞奈は飛んできた何かの破片をキャッチし、歪んだハッチの隙間にねじ込む。
全身をバネにして、力づくでハッチをこじ開ける。
20年後で馴染んだ装脚艇と同じように、ハッチの中にはコックピットがあった。
中で殴山一子が振り向く。
「なんザマス!?」
「よぅババア! 予想以上に酷い面だな! まるで便所虫だ!」
舞奈は何食わぬ表情で笑う。
同時に懐の改造拳銃から熱。
(……ったく、やりたい放題しやがって)
舞奈は口元を楽しげに歪める。
本日2度目の【滅光榴弾】。
流石はヤンキーたちの大頭を使いまくれるだけはある。
明日香はこいつを敵の急所にぶちこませるつもりで転移の手段を託したらしい。
以前2回は自分で転移して舞奈を回収し、核爆発の範囲内から逃れた。
だが暴れる歩行屍俑の背中は不安定すぎると判断した。
明日香は自身の技量をも冷徹に推し量って行動の可否を判断できる。
だから舞奈は慣れた調子で短機関銃《マイクロガリル》を掃射する。
無数の小口径ライフル弾がコックピット内部に降り注ぎ、心なしか見覚えはあるものの不気味に錆びて腐ったようなコンソールを穴だらけにする。だが、
「馬鹿な小娘! 無駄ザマス!」
殴山一子は無傷。
とっさに【土行・岩盾】を行使して凌いだのだ。
それでも舞奈は何食わぬ調子で笑う
その目前で、用を果たした岩盾が符に戻って燃え尽きて――
――銃声。
「――!?」
抜き撃ちした改造拳銃から放たれた小口径弾が殴山一子の額に埋まる。
自身も【虎気功】の影響下にあるらしくザクロみたいにはじけたりはしない。
だが核爆発のエネルギーを秘めた輝く弾丸は、煙草を唇に癒着させた便所虫みたいな下衆女の額にしっかりとめりこんでいる。
さらに舞奈は残り全弾を顔面にぶちこんで、
「ハハッ! さっきより美人になったぜ! 跳べ!」
間髪入れずにベルトに念じて瞬間移動。
魔道具の使い方にも慣れたつもりだ。
言葉と、それにより喚起され増幅された意思とイメージを相手に伝えるのだ。
気心の知れた術者に頼みごとをするのと変わらない。
だから次の瞬間、舞奈は堅牢な造りのビルの裏、明日香の隣にいた。
「よっ! ただいま」
「おかえり。早かったわね」
「そりゃ一瞬だからな」
空間の抜け道から転がり出た体勢のまま軽口を交わす。
直後に轟音。背後から。
同時にビルの向こうを埋め尽くす閃光。
殴山一子を乗せた歩行屍俑が、内側から大爆発したのだ。
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