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第17章 GAMING GIRL
禍川支部突入前夜
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「ここが俺ん家だよ」
ピアースが取り出した鍵で錠を開ける。
舞奈たちは明日香の半装軌車を乗り継ぎ、ピアースの家にやって来た。
今夜は禍川支部ビルに近い彼の家におじゃまして一夜をしのぐ算段だ。
日が暮れる前にたどり着けたのは幸いだ。
どす黒い雲に覆われた街は昼間でも陰鬱で薄暗いが、夜になると完全な暗闇になる。
「ただいまー」
少し間の抜けた声とともに、ピアースは変哲のない民家の玄関ドアを開く。
表札の名前を確認しようとしたが、うっかり見落とした。
だがまあ本名なんて事が終わって落ち着いてから聞けばいい。
「舞奈ちゃんも明日香ちゃんも、上がってよ」
「おじゃまします」
「ちーっす」
促されるまま靴を脱ぎ、スリッパ入れにあった来客用のスリッパを履いて上がる。
彼は園香やチャビーと同じくらいの山の手に住む坊ちゃんだったらしい。
チャビーの家の玄関と少し造りが似ていると思ったが、気のせいだと思いなおす。
ちっちゃいクラスメートの家を最初に訪れたのは、彼女の兄に連れられてだった。
「こっちだよ」
そのままダイニングに案内される。
家主が電気のスイッチをつけると明かりがついた。
幸いにも発電所や変電所はまだ動いているようだ。
「父さんと母さんはいないのか。……市民ホールに避難に行くんだって」
「そりゃ何よりだ」
テーブルの書置きを見やるピアースに何気に返す。
空が黒く染まり、県外と連絡不能、しかも街中の喫煙者がおかしくなって徘徊し始めた異常事態を、他の普通の市民たちは災害の一種と見なしたらしい。
なるほど街で姿を見かけないと思ったら、何処かに避難していたのだ。
移動してきた街中には屍虫に襲われた市民らしき遺体も見かけなかった。
舞奈たちからしたら好都合だ。
脂虫どもに追われる市民を逐一守ったりせず任務に専念できる。
遊びに行った息子が戻って来ても困らないよう書置きを残していったのも親心か。
まさか結界に穴を開けて強行突破してくるとは思ってなかっただろうが。
逆に言えば脂虫どもは市民を無視し、侵入者を選んで襲ってきたことになる。
だが、そちらの杞憂は今さらだ。
街中の脂虫、屍虫どもは奴らを束ねる何者かの意思に従ってい動いている。
そいつの名もわかった。
殴山一子。元県議会議長。今は死酷人糞舎という場所にいるらしい。
その事実に、多すぎる犠牲を払って気づいた。
「うどんの買い置きもなくなってるや。母さん……」
冷蔵庫を開けながらピアースが口をとがらせ、
「机の上に積んであるのはカップ麺だろう? いい親御さんじゃないか」
見やった舞奈は苦笑する。
数日間は食い繋げそうな量が積んであるのも親心だろう。
ケトルを借りて湯を沸かし、それぞれカップ麺を選んでごちそうになる。
湯を注ぐ前にカップに手を突っこんで、麺をバリバリかじったら昨晩と同じように何か楽しい話ができるかもと思ったが、みっともないからやめた。
どうやら敵はライフラインを破壊するつもりはないらしい。
なのでガスはともかく、電気と水は使わせてもらうことにした。
昨日【火霊武器】で飲料水を破裂させた奴のことも意識して考えないようにした。
同じ理由で交代でシャワーを借りることになった。
まずは明日香からだ。
その間、舞奈はピアースと彼の部屋で時間を潰すことにする。
「男の子の部屋って感じだな」
「へへ、そうかなあ」
視界の端で何故か照れるピアースに苦笑する。
部屋の端にはしっかりした造りのタンスやベッド。
デスクの上にはパソコンとモニター。
ハンガーにかかっている学生服。
そこは以前にちらりと見た男子高生の部屋と少し似ていた。
もちろん今は亡き彼が妹のために作っていた千羽鶴なんてここにはない。
代わりに壁には大きな双葉あずさのポスター。
ファンだというのは本当らしい。
そして違いはもうひとつ。
壁際のショーケースに、見覚えのあるフィギアがいくつか並んでいる。
ミスター・イアソンにシャドウ・ザ・シャーク。
側にはクイーン・ネメシスにレディ・アレクサンドラ、クラフター。
ディフェンダーズとヴィランの面々を象ったアクションフィギュアが各々の決めポーズをとって、所狭しと並んでいる。
ヒーローとヴィランが並ぶ様も、部屋の主の人となりをあらわしている気がする。
「こういうのも好きなのか?」
「そうなんだ。その……子供っぽいかな」
「いんや、大の大人でもやってる知人はいる」
本人とかな。
舞奈は苦笑する。
ディフェンダーズのヒーローたち、ヴィランたちは実在する。
舞奈は双方に知人がいる。
彼ら、彼女らと一緒に【機関】の任務に携わったこともある。
だが舞奈は何も言わずにショーケースを見やるだけに留める。
その事実を今ここで彼に伝えることが、人脈自慢になる気がしたからだ。
それでも、すべてが終わったら……何処か他県に行きたいと言っていた彼を連れて巣黒に赴き、アーガス氏にでも会わせたら驚いてくれるかもしれない。
そのくらいの役得が、彼にあっても良いはずだと思った。
ピアースはデスクの前の椅子に腰かける。
舞奈は勝手にベッドに座る。
この部屋に男女7人で詰めると手狭だなあと無意識に考え、口元を歪める。
それを今、考える必要はない。
明日香と3人で見張りを立てて交代で寝る話は既にまとまってる。
男子高生ひとり女子小学生2人が3交代で寝るには十分以上の広さだ。
「あれ? ここらへんにあったはずなのに」
「どうしたよ?」
「いやね、あずさのCDがあったからかけようと思ったんだけ、なくて」
困った様子のピアースに思わず苦笑する。
そうしながら無意識に窓の外を……舞奈たちが来た方向を見やる。
今朝の下水道で、スプラが気晴らしに聞きたいと言っていた双葉あずさ。
皆も名前は知っていたし、割と好きではあったようだ。
その後にあんなことになると知っていたら、あの時に皆で聞いても良かったんじゃないかと今は思う。
……いや、それはそれで、お別れ会みたいで嫌か。
つまらない思索を脳裏から締め出すように側を見やる。
バーベルが置いてあった。
彼も少しは身体を鍛えたいと思っていたようだが、このバーベルは新品同然だ。
まあ確かに、こんな軽石みたいな重さのものを振り回しても退屈だろう。
そう思いながらひょいと持ち上げた途端――
「――!?」
彼に目を丸くして驚かれた。
ええ……。
まあ言われてみれば彼が槍を振る勢いの弱々しさは技術不足だけのものじゃない。
「やっぱり凄いな、舞奈ちゃんは」
ピアースは、そんな舞奈を見やって寂しそうに笑い、
「俺……さ」
唐突に語りだす。
彼がそういう風に話をするのを聞くのは昨晩と同じだ。だから、
「……俺にもさ、尊敬してる人がいるんだ」
らしいな、という言葉を飲みこむ。
彼の言葉を遮りたくなかった。
「俺がやってるゲームのフレンドなんだけどね」
「だがゲームの向こうに本当にいるんだろ? そいつのその……プレイヤーってのが」
「ああ、そうさ」
舞奈の言葉に彼は破顔する。
無垢な高校生の笑顔を見やり、舞奈も口元に笑みを浮かべる。
「俺が始めたときから一緒にいるメディックなんだ」
「メディック……って衛生兵って意味だっけ?」
「ああ、そっか。技術系の回復職なんだ」
「……いやわからん言葉をわからん言葉で説明されても」
彼の説明に苦笑する。
ピアースはそんな舞奈の様子に気づく様子もなく言葉を続ける。
「右手にガリルARM――」
「――あたしがいつも使ってる奴だ」
知っている名前が出てきて思わず反応し、
「そうなの!? スゴイ!」
「地元に置いてきたけどな。……あ、でも今回のマイクロガリルはそいつの短い奴だ」
「えっ? その……ちょっと持ってみたりは……」
「スマンが銃器携帯/発砲許可証を持ってたらな」
「ですよね……」
ピアースの答えに苦笑する。
「でもって左手に……ええっと何だっけ同じメーカーの軽機関銃を……」
「IWIのネゲヴか?」
「ああ、それ。その2丁を両手に持って撃ちまくるんだ。そいつが凄くて攻撃職も顔負けで、その上で補助も回復も完璧にこなすんだ」
「そっか、凄い奴なんだな」
「そうなんだよ!」
舞奈の相槌にピアースは満面の笑顔でうなずく。
正直なところゲームの用語でされた説明を正確に理解できた自信はない。
だが彼が、そのゲームのフレンドを尊敬し、憧れていることはわかる。
それは切丸がトルソに向けていた感情と同じなのかなと、ふと思う。
彼が道を踏み外さなければ、彼自身をもっと強く立派な存在へと押し上げていたかもしれない感情。
ピアースが違うのは、彼が素直なこと。自身の弱さを自覚していること。
もちろん脂虫になどなる要素もない。
ある意味で、幼い舞奈と似ていると思った。
だから今の気持ちを忘れずにいてくれたなら、案外いつの日か彼も……
「すっごく大人なんだ。ガタイも大きくて……スキンヘッドで立派な髭を生やしてて」
「ははっそりゃあ大人だ」
彼が楽しそうに語るフレンドの話に舞奈は笑う。
「見た目だけじゃないんだ。俺と一緒でよく野良でパーティ組むんだけど、あの人はどんなクエストでも事前にきっちり下調べして、完璧な攻略法を考えてくるんだ」
「なるほどな」
彼の言葉にうなずく。
あの人とやらの几帳面さは、明日香に似ていると思った。
あるいはテック。
そんな舞奈の思惑には気づかず、
「それにさ、俺の個人的な悩みのことも一緒になって考えてくれて」
「いい奴なんだな」
「ああ! 俺の最高のフレンドさ!」
舞奈の相槌に、ピアースは力強くうなずく。
人生相談なら舞奈も今まさにつき合わされているのだが。
それでも、それが不快に思わないのも彼の素直な人となりのせいだろうか。
見知らぬゲームのベテランとやらに、そこだけは共感できる気がした。
そんな舞奈を見やり、
「だから俺もさ、この任務が終わった後も、この街に残ろうと思うんだ」
ピアースは少し遠い目をしながら言った。
「気が変わったのか?」
「まあね。……そりゃ、バーチャルギアが使えないのは嫌だけど」
舞奈の問いに、もごもごと返す。
まあ、この街の有様を見てからゲームしたさに他県へ引っ越すと言い張るのは逆に相当のメンタルが必要だと舞奈は思う。
彼には良くも悪くも、そういった方向での我の強さはない。
「このままこの街を出るのが後ろめたいって言うか、スプラさんやバーンさん、トルソさんに申し訳ない気がして……」
「そっか」
舞奈は何食わぬ口調で答える。
彼がそう考えた事実もまた、彼自身の善性を示すものだ。
失われた高潔な魂に、何か報いたいと思っているのだ。
かつて舞奈が日比野陽介の魂に報いるために、彼の仇である滓田妖一と息子たちを討ったのと同じ理屈だ。
「……その、切丸くんにもね」
「ああ、そうだな」
付け加えられた台詞に苦笑する。
切丸の名前なんて出したのは、彼の中に自分と同じ何かを見出していたのだろうか?
あるいは単に同じ場所で飯を食った仲間だと思っているからだろうか?
舞奈も切丸を100%憎んでいるかというと違う気がする。
もちろん彼に対してやりすぎたとは思っていない。
もう一度、彼が目の前にあらわれたとしても同じ判断を下すだろう。
彼は自身の意思で脂虫になった。
だが、彼が脂虫にならずに済む方法は本当になかったのか?
トルソと共に生きのびる道はなかったのか?
そう考えずにはいられない。
だから、そんな迷いを誤魔化すように、
「てことは、【禍川総会】ってのに入るのか?」
冗談めかして問いかけてみる。
確か彼の話では、件のチームは元ヤンキーの集まりだとか。
目前の青年が特攻服を着こんでも、なんだか様にならない気がした。それでも、
「正直、まだ、あの人たちのことは怖いって思ってる。それでもさ、今ならその理由もわかる気がするんだ。執行人は強くなくちゃいけない。強くなくちゃ――」
そこで一旦、言葉を切り。
「――大事な誰かを守れない」
静かに語る。
その言葉が彼の口から出たという事実が少し意外だった。
だが悪い気分ではない。
彼は守られるだけの頼りない青年ではいたくないと思った。
守る側になりたいと願った。
その気持ちを忘れなければ、遠い将来、彼は強くなれると舞奈も思う。
そうであって欲しいと願う。
スプラやバーン、トルソの遺志を継いで。
あるいは切丸からも何かを得て。
もし、そうなったら、逝った彼らの犠牲は無駄じゃなくなる。
現にピアースは作戦前より【重力武器】を上手く扱えるようになった。だから、
「あんたにならなれるさ。その【禍川総会】の一番えらい奴にだってさ」
言いつつ口元が笑みを形作る。
意識して作ったものではない自然な笑みを。
「一番えらいって……総長ってこと!? 流石にそれは……」
「ハハッわからんぞ? 高ランクの術者は他県に移動とかあるらしいからな」
「俺より強い人が全員いなくなったら支部が大変なんじゃあ……」
「いや、そこはあんたも頑張ってくれよ。次期総長」
戸惑う彼に軽口を叩く。
この街で背負ってしまったもののいくばかかを彼に引き受けてもらうことで、少し気持ちが楽になった気がした。
それも彼の人徳なのだろうか?
そうだとしたら案外、本当に……
「……そうだよね。そのほうがテックさんに胸を張って会えるし」
ひとりごちた言葉に思わず彼を見やる。
そんな舞奈の様子に気づかぬ様子で、彼は胸に提げたメダルを手に取り、見やる。
彼がゲームの友人と一緒に手に入れたものだ。
ゲームのイベントで入手すると、リアルで同じものが貰えるのだったか。
バーンが感激して褒め称えていいたのを覚えている。
彼がテックと呼ぶフレンドは、舞奈の知っているテックと同じ人物なのだろうか?
それをこの場で確かめるべきか、そうするなら彼に何を確認するのが良いのだろうかと舞奈が少し考えた途端――
「――つまり、ヤンキーにハブられていた俺が異能力【重力武器】で総長の座に君臨しながら悠々自適なスローライフハーレム……」
「……それはもういいから」
つまらない台詞をかぶせながらドアを開けた明日香を露骨に睨む。
そんな2人を見やってピアースは笑う。
釣られるように舞奈も、明日香も笑う。
……別にネタが面白くて笑ったわけじゃないということを、明日香には後でしっかり言い含めておく必要があると思った。
「それに、この県に残ってもゲームはできるでしょうし」
「えっ?」
首をかしげるピアースに、
「そもそも今回の騒動の遠因のひとつが特定地域からバーチャルギアを排除したゲーム規制だという事実を、流石に【機関】【組合】ともに認識しています」
「……つまり【機関】は全力でその規制を解除させるってことか」
「ええ。必要なら諜報部が動くかもしれません」
明日香がニヤリと笑いながら説明してみせる。
ふと気づいて舞奈も笑い、
「よかったじゃないか。あんたの【禍川総会】での初仕事は、ゲーム規制とやらを押しつけた張本人のつるし上げかもしれないぞ」
「ははっ、そうなったら全力でいかないとね」
舞奈の言葉にピアースも笑う。
隣の明日香がまた妙なフレーズを口走りそうになっていたので睨んで止める。
その後、舞奈もシャワーを借りた。
戻って部屋で明日香と馬鹿話をしているうちに、ピアースも汗を流して来た。
そして最後に最終目的地である禍川支部ビルの場所を確認した後、3人は交代で見張りを立てて寝た。
じゃんけんで決めた見張りの最初は舞奈だった。
2人が寝たのを確認してから、舞奈は何となく外を見ながら色々なことを考えた。
スプラのこと。
バーンのこと。
トルソのこと。切丸のこと。
舞奈が守れなかった彼らの意思を、使命を、明日、残された3人で完遂する。
そうして禍川支部が解放された後に、舞奈たちはどうするのだろう?
まあピアースは禍川支部に残るだろう。
彼は自分の身の丈を越えた偉大な使命を終えるのだ。
修復された魔道具でやってきた術者と交代して一旦、他県に退避してもいい。
今の彼には激戦の疲れを癒す休息が必要だ。
あるいは、その場で【禍川総会】に入隊を申し入れる気かもしれない。
元ヤンキーの戦闘集団も、偉大な使命を果たした彼を流石に快く向かえるだろう。
そうじゃなかったら舞奈が腕試しがてら奴らに何か言ってやればいい。
その結果……することは術者の受け入れなりの雑事のような気がするが。
ならば舞奈と明日香はどうするだろう?
まあ妥当に行けば、術者に仕事を引き継いで巣黒に帰ることになるのだろう。
舞奈たちが引き受けた依頼もまた、支部の奪還と魔道具の修復までだ。
だが舞奈は……【組合】の術者たちと、もうひと仕事するのも悪くないと思う。
術者たちの目的は容易に予測できる。
怪異の結界の解除、県全体の安全確保、そして事件の元凶である殴山一子の排除。
奴の名を【組合】が把握していなくても舞奈が知っている。
だから舞奈は、その新たな戦いに協力したい。
正確には、この手で殴山一子とやらを叩きのめしたい。
死酷人糞舎とやらに居を構えた黒幕はトルソを殺し、切丸を脂虫に仕立て上げた。
脂虫や屍虫を操って仲間たちをも亡き者にした。
だから奴にも相応の報いを与えてやりたい。
滓田妖一にそうしたように。
それに舞奈の力の及ばぬ場所で、事態が舞奈の願う通りになったことはない。
おそらく巧妙で、強敵でもある殴山一子を、術者たちは取り逃がすかもしれない。
返り討ちにあうかもしれない。
あるいは、ないとは思うが何らかの取引によって奴を見逃すかもしれない。
だが、まあ後のことを考えるのは目先の仕事を片付けた後だ。
そんなことを考えているうちに、交代の時間になった。
ピアースを叩き起こして代わりに横になる。
そして眠りにつこうとした舞奈はかすかな筋音を聞いた。
加えて「……っ」と声を抑えたピアースのうめき。
どうやら先ほどのバーベルを持ち上げようとしているらしい。
舞奈は寝返りに見せかけて彼に背を向け苦笑して……
「むにゃむにゃ。筋肉痛になったりせんでくれよ。むにゃむにゃ……」
「!? ……なんだ寝言か」
余計な世話だとは思いながら言ってみた。
そして良い気分でそのまま本物の眠りに落ちた。
その後……舞奈は夢を見た。
まあ正確には例の花屋で見た夢を、脳が勝手に反すうしていた――
――鋼鉄の巨人が闊歩する20年後の戦場。
舞奈は激戦の中、ひとりの少女と絆を結んだ。
そして仲間を次々に失った舞奈は、彼女と2人で敵の本拠地に乗りこんだ。
その世界で舞奈と彼女は唯一無二のパートナー同士になった。
息の合った連携で敵の幹部を倒した。
だが彼女もまた命を散らした。
倒したと思った幹部の不意打ちから舞奈をかばって逝ったのだ。
愛機を残して文字通りすべてを失った舞奈は、単身で敵の首領に挑んだ。
そして愛機をも犠牲に首領を倒した舞奈は、彼女が遺した過去への道しるべを見つけ出した。彼女の遺志を継いで、20年前へと続く遡行の魔術を発動させて――
――夢から醒めた。
ピアースが取り出した鍵で錠を開ける。
舞奈たちは明日香の半装軌車を乗り継ぎ、ピアースの家にやって来た。
今夜は禍川支部ビルに近い彼の家におじゃまして一夜をしのぐ算段だ。
日が暮れる前にたどり着けたのは幸いだ。
どす黒い雲に覆われた街は昼間でも陰鬱で薄暗いが、夜になると完全な暗闇になる。
「ただいまー」
少し間の抜けた声とともに、ピアースは変哲のない民家の玄関ドアを開く。
表札の名前を確認しようとしたが、うっかり見落とした。
だがまあ本名なんて事が終わって落ち着いてから聞けばいい。
「舞奈ちゃんも明日香ちゃんも、上がってよ」
「おじゃまします」
「ちーっす」
促されるまま靴を脱ぎ、スリッパ入れにあった来客用のスリッパを履いて上がる。
彼は園香やチャビーと同じくらいの山の手に住む坊ちゃんだったらしい。
チャビーの家の玄関と少し造りが似ていると思ったが、気のせいだと思いなおす。
ちっちゃいクラスメートの家を最初に訪れたのは、彼女の兄に連れられてだった。
「こっちだよ」
そのままダイニングに案内される。
家主が電気のスイッチをつけると明かりがついた。
幸いにも発電所や変電所はまだ動いているようだ。
「父さんと母さんはいないのか。……市民ホールに避難に行くんだって」
「そりゃ何よりだ」
テーブルの書置きを見やるピアースに何気に返す。
空が黒く染まり、県外と連絡不能、しかも街中の喫煙者がおかしくなって徘徊し始めた異常事態を、他の普通の市民たちは災害の一種と見なしたらしい。
なるほど街で姿を見かけないと思ったら、何処かに避難していたのだ。
移動してきた街中には屍虫に襲われた市民らしき遺体も見かけなかった。
舞奈たちからしたら好都合だ。
脂虫どもに追われる市民を逐一守ったりせず任務に専念できる。
遊びに行った息子が戻って来ても困らないよう書置きを残していったのも親心か。
まさか結界に穴を開けて強行突破してくるとは思ってなかっただろうが。
逆に言えば脂虫どもは市民を無視し、侵入者を選んで襲ってきたことになる。
だが、そちらの杞憂は今さらだ。
街中の脂虫、屍虫どもは奴らを束ねる何者かの意思に従ってい動いている。
そいつの名もわかった。
殴山一子。元県議会議長。今は死酷人糞舎という場所にいるらしい。
その事実に、多すぎる犠牲を払って気づいた。
「うどんの買い置きもなくなってるや。母さん……」
冷蔵庫を開けながらピアースが口をとがらせ、
「机の上に積んであるのはカップ麺だろう? いい親御さんじゃないか」
見やった舞奈は苦笑する。
数日間は食い繋げそうな量が積んであるのも親心だろう。
ケトルを借りて湯を沸かし、それぞれカップ麺を選んでごちそうになる。
湯を注ぐ前にカップに手を突っこんで、麺をバリバリかじったら昨晩と同じように何か楽しい話ができるかもと思ったが、みっともないからやめた。
どうやら敵はライフラインを破壊するつもりはないらしい。
なのでガスはともかく、電気と水は使わせてもらうことにした。
昨日【火霊武器】で飲料水を破裂させた奴のことも意識して考えないようにした。
同じ理由で交代でシャワーを借りることになった。
まずは明日香からだ。
その間、舞奈はピアースと彼の部屋で時間を潰すことにする。
「男の子の部屋って感じだな」
「へへ、そうかなあ」
視界の端で何故か照れるピアースに苦笑する。
部屋の端にはしっかりした造りのタンスやベッド。
デスクの上にはパソコンとモニター。
ハンガーにかかっている学生服。
そこは以前にちらりと見た男子高生の部屋と少し似ていた。
もちろん今は亡き彼が妹のために作っていた千羽鶴なんてここにはない。
代わりに壁には大きな双葉あずさのポスター。
ファンだというのは本当らしい。
そして違いはもうひとつ。
壁際のショーケースに、見覚えのあるフィギアがいくつか並んでいる。
ミスター・イアソンにシャドウ・ザ・シャーク。
側にはクイーン・ネメシスにレディ・アレクサンドラ、クラフター。
ディフェンダーズとヴィランの面々を象ったアクションフィギュアが各々の決めポーズをとって、所狭しと並んでいる。
ヒーローとヴィランが並ぶ様も、部屋の主の人となりをあらわしている気がする。
「こういうのも好きなのか?」
「そうなんだ。その……子供っぽいかな」
「いんや、大の大人でもやってる知人はいる」
本人とかな。
舞奈は苦笑する。
ディフェンダーズのヒーローたち、ヴィランたちは実在する。
舞奈は双方に知人がいる。
彼ら、彼女らと一緒に【機関】の任務に携わったこともある。
だが舞奈は何も言わずにショーケースを見やるだけに留める。
その事実を今ここで彼に伝えることが、人脈自慢になる気がしたからだ。
それでも、すべてが終わったら……何処か他県に行きたいと言っていた彼を連れて巣黒に赴き、アーガス氏にでも会わせたら驚いてくれるかもしれない。
そのくらいの役得が、彼にあっても良いはずだと思った。
ピアースはデスクの前の椅子に腰かける。
舞奈は勝手にベッドに座る。
この部屋に男女7人で詰めると手狭だなあと無意識に考え、口元を歪める。
それを今、考える必要はない。
明日香と3人で見張りを立てて交代で寝る話は既にまとまってる。
男子高生ひとり女子小学生2人が3交代で寝るには十分以上の広さだ。
「あれ? ここらへんにあったはずなのに」
「どうしたよ?」
「いやね、あずさのCDがあったからかけようと思ったんだけ、なくて」
困った様子のピアースに思わず苦笑する。
そうしながら無意識に窓の外を……舞奈たちが来た方向を見やる。
今朝の下水道で、スプラが気晴らしに聞きたいと言っていた双葉あずさ。
皆も名前は知っていたし、割と好きではあったようだ。
その後にあんなことになると知っていたら、あの時に皆で聞いても良かったんじゃないかと今は思う。
……いや、それはそれで、お別れ会みたいで嫌か。
つまらない思索を脳裏から締め出すように側を見やる。
バーベルが置いてあった。
彼も少しは身体を鍛えたいと思っていたようだが、このバーベルは新品同然だ。
まあ確かに、こんな軽石みたいな重さのものを振り回しても退屈だろう。
そう思いながらひょいと持ち上げた途端――
「――!?」
彼に目を丸くして驚かれた。
ええ……。
まあ言われてみれば彼が槍を振る勢いの弱々しさは技術不足だけのものじゃない。
「やっぱり凄いな、舞奈ちゃんは」
ピアースは、そんな舞奈を見やって寂しそうに笑い、
「俺……さ」
唐突に語りだす。
彼がそういう風に話をするのを聞くのは昨晩と同じだ。だから、
「……俺にもさ、尊敬してる人がいるんだ」
らしいな、という言葉を飲みこむ。
彼の言葉を遮りたくなかった。
「俺がやってるゲームのフレンドなんだけどね」
「だがゲームの向こうに本当にいるんだろ? そいつのその……プレイヤーってのが」
「ああ、そうさ」
舞奈の言葉に彼は破顔する。
無垢な高校生の笑顔を見やり、舞奈も口元に笑みを浮かべる。
「俺が始めたときから一緒にいるメディックなんだ」
「メディック……って衛生兵って意味だっけ?」
「ああ、そっか。技術系の回復職なんだ」
「……いやわからん言葉をわからん言葉で説明されても」
彼の説明に苦笑する。
ピアースはそんな舞奈の様子に気づく様子もなく言葉を続ける。
「右手にガリルARM――」
「――あたしがいつも使ってる奴だ」
知っている名前が出てきて思わず反応し、
「そうなの!? スゴイ!」
「地元に置いてきたけどな。……あ、でも今回のマイクロガリルはそいつの短い奴だ」
「えっ? その……ちょっと持ってみたりは……」
「スマンが銃器携帯/発砲許可証を持ってたらな」
「ですよね……」
ピアースの答えに苦笑する。
「でもって左手に……ええっと何だっけ同じメーカーの軽機関銃を……」
「IWIのネゲヴか?」
「ああ、それ。その2丁を両手に持って撃ちまくるんだ。そいつが凄くて攻撃職も顔負けで、その上で補助も回復も完璧にこなすんだ」
「そっか、凄い奴なんだな」
「そうなんだよ!」
舞奈の相槌にピアースは満面の笑顔でうなずく。
正直なところゲームの用語でされた説明を正確に理解できた自信はない。
だが彼が、そのゲームのフレンドを尊敬し、憧れていることはわかる。
それは切丸がトルソに向けていた感情と同じなのかなと、ふと思う。
彼が道を踏み外さなければ、彼自身をもっと強く立派な存在へと押し上げていたかもしれない感情。
ピアースが違うのは、彼が素直なこと。自身の弱さを自覚していること。
もちろん脂虫になどなる要素もない。
ある意味で、幼い舞奈と似ていると思った。
だから今の気持ちを忘れずにいてくれたなら、案外いつの日か彼も……
「すっごく大人なんだ。ガタイも大きくて……スキンヘッドで立派な髭を生やしてて」
「ははっそりゃあ大人だ」
彼が楽しそうに語るフレンドの話に舞奈は笑う。
「見た目だけじゃないんだ。俺と一緒でよく野良でパーティ組むんだけど、あの人はどんなクエストでも事前にきっちり下調べして、完璧な攻略法を考えてくるんだ」
「なるほどな」
彼の言葉にうなずく。
あの人とやらの几帳面さは、明日香に似ていると思った。
あるいはテック。
そんな舞奈の思惑には気づかず、
「それにさ、俺の個人的な悩みのことも一緒になって考えてくれて」
「いい奴なんだな」
「ああ! 俺の最高のフレンドさ!」
舞奈の相槌に、ピアースは力強くうなずく。
人生相談なら舞奈も今まさにつき合わされているのだが。
それでも、それが不快に思わないのも彼の素直な人となりのせいだろうか。
見知らぬゲームのベテランとやらに、そこだけは共感できる気がした。
そんな舞奈を見やり、
「だから俺もさ、この任務が終わった後も、この街に残ろうと思うんだ」
ピアースは少し遠い目をしながら言った。
「気が変わったのか?」
「まあね。……そりゃ、バーチャルギアが使えないのは嫌だけど」
舞奈の問いに、もごもごと返す。
まあ、この街の有様を見てからゲームしたさに他県へ引っ越すと言い張るのは逆に相当のメンタルが必要だと舞奈は思う。
彼には良くも悪くも、そういった方向での我の強さはない。
「このままこの街を出るのが後ろめたいって言うか、スプラさんやバーンさん、トルソさんに申し訳ない気がして……」
「そっか」
舞奈は何食わぬ口調で答える。
彼がそう考えた事実もまた、彼自身の善性を示すものだ。
失われた高潔な魂に、何か報いたいと思っているのだ。
かつて舞奈が日比野陽介の魂に報いるために、彼の仇である滓田妖一と息子たちを討ったのと同じ理屈だ。
「……その、切丸くんにもね」
「ああ、そうだな」
付け加えられた台詞に苦笑する。
切丸の名前なんて出したのは、彼の中に自分と同じ何かを見出していたのだろうか?
あるいは単に同じ場所で飯を食った仲間だと思っているからだろうか?
舞奈も切丸を100%憎んでいるかというと違う気がする。
もちろん彼に対してやりすぎたとは思っていない。
もう一度、彼が目の前にあらわれたとしても同じ判断を下すだろう。
彼は自身の意思で脂虫になった。
だが、彼が脂虫にならずに済む方法は本当になかったのか?
トルソと共に生きのびる道はなかったのか?
そう考えずにはいられない。
だから、そんな迷いを誤魔化すように、
「てことは、【禍川総会】ってのに入るのか?」
冗談めかして問いかけてみる。
確か彼の話では、件のチームは元ヤンキーの集まりだとか。
目前の青年が特攻服を着こんでも、なんだか様にならない気がした。それでも、
「正直、まだ、あの人たちのことは怖いって思ってる。それでもさ、今ならその理由もわかる気がするんだ。執行人は強くなくちゃいけない。強くなくちゃ――」
そこで一旦、言葉を切り。
「――大事な誰かを守れない」
静かに語る。
その言葉が彼の口から出たという事実が少し意外だった。
だが悪い気分ではない。
彼は守られるだけの頼りない青年ではいたくないと思った。
守る側になりたいと願った。
その気持ちを忘れなければ、遠い将来、彼は強くなれると舞奈も思う。
そうであって欲しいと願う。
スプラやバーン、トルソの遺志を継いで。
あるいは切丸からも何かを得て。
もし、そうなったら、逝った彼らの犠牲は無駄じゃなくなる。
現にピアースは作戦前より【重力武器】を上手く扱えるようになった。だから、
「あんたにならなれるさ。その【禍川総会】の一番えらい奴にだってさ」
言いつつ口元が笑みを形作る。
意識して作ったものではない自然な笑みを。
「一番えらいって……総長ってこと!? 流石にそれは……」
「ハハッわからんぞ? 高ランクの術者は他県に移動とかあるらしいからな」
「俺より強い人が全員いなくなったら支部が大変なんじゃあ……」
「いや、そこはあんたも頑張ってくれよ。次期総長」
戸惑う彼に軽口を叩く。
この街で背負ってしまったもののいくばかかを彼に引き受けてもらうことで、少し気持ちが楽になった気がした。
それも彼の人徳なのだろうか?
そうだとしたら案外、本当に……
「……そうだよね。そのほうがテックさんに胸を張って会えるし」
ひとりごちた言葉に思わず彼を見やる。
そんな舞奈の様子に気づかぬ様子で、彼は胸に提げたメダルを手に取り、見やる。
彼がゲームの友人と一緒に手に入れたものだ。
ゲームのイベントで入手すると、リアルで同じものが貰えるのだったか。
バーンが感激して褒め称えていいたのを覚えている。
彼がテックと呼ぶフレンドは、舞奈の知っているテックと同じ人物なのだろうか?
それをこの場で確かめるべきか、そうするなら彼に何を確認するのが良いのだろうかと舞奈が少し考えた途端――
「――つまり、ヤンキーにハブられていた俺が異能力【重力武器】で総長の座に君臨しながら悠々自適なスローライフハーレム……」
「……それはもういいから」
つまらない台詞をかぶせながらドアを開けた明日香を露骨に睨む。
そんな2人を見やってピアースは笑う。
釣られるように舞奈も、明日香も笑う。
……別にネタが面白くて笑ったわけじゃないということを、明日香には後でしっかり言い含めておく必要があると思った。
「それに、この県に残ってもゲームはできるでしょうし」
「えっ?」
首をかしげるピアースに、
「そもそも今回の騒動の遠因のひとつが特定地域からバーチャルギアを排除したゲーム規制だという事実を、流石に【機関】【組合】ともに認識しています」
「……つまり【機関】は全力でその規制を解除させるってことか」
「ええ。必要なら諜報部が動くかもしれません」
明日香がニヤリと笑いながら説明してみせる。
ふと気づいて舞奈も笑い、
「よかったじゃないか。あんたの【禍川総会】での初仕事は、ゲーム規制とやらを押しつけた張本人のつるし上げかもしれないぞ」
「ははっ、そうなったら全力でいかないとね」
舞奈の言葉にピアースも笑う。
隣の明日香がまた妙なフレーズを口走りそうになっていたので睨んで止める。
その後、舞奈もシャワーを借りた。
戻って部屋で明日香と馬鹿話をしているうちに、ピアースも汗を流して来た。
そして最後に最終目的地である禍川支部ビルの場所を確認した後、3人は交代で見張りを立てて寝た。
じゃんけんで決めた見張りの最初は舞奈だった。
2人が寝たのを確認してから、舞奈は何となく外を見ながら色々なことを考えた。
スプラのこと。
バーンのこと。
トルソのこと。切丸のこと。
舞奈が守れなかった彼らの意思を、使命を、明日、残された3人で完遂する。
そうして禍川支部が解放された後に、舞奈たちはどうするのだろう?
まあピアースは禍川支部に残るだろう。
彼は自分の身の丈を越えた偉大な使命を終えるのだ。
修復された魔道具でやってきた術者と交代して一旦、他県に退避してもいい。
今の彼には激戦の疲れを癒す休息が必要だ。
あるいは、その場で【禍川総会】に入隊を申し入れる気かもしれない。
元ヤンキーの戦闘集団も、偉大な使命を果たした彼を流石に快く向かえるだろう。
そうじゃなかったら舞奈が腕試しがてら奴らに何か言ってやればいい。
その結果……することは術者の受け入れなりの雑事のような気がするが。
ならば舞奈と明日香はどうするだろう?
まあ妥当に行けば、術者に仕事を引き継いで巣黒に帰ることになるのだろう。
舞奈たちが引き受けた依頼もまた、支部の奪還と魔道具の修復までだ。
だが舞奈は……【組合】の術者たちと、もうひと仕事するのも悪くないと思う。
術者たちの目的は容易に予測できる。
怪異の結界の解除、県全体の安全確保、そして事件の元凶である殴山一子の排除。
奴の名を【組合】が把握していなくても舞奈が知っている。
だから舞奈は、その新たな戦いに協力したい。
正確には、この手で殴山一子とやらを叩きのめしたい。
死酷人糞舎とやらに居を構えた黒幕はトルソを殺し、切丸を脂虫に仕立て上げた。
脂虫や屍虫を操って仲間たちをも亡き者にした。
だから奴にも相応の報いを与えてやりたい。
滓田妖一にそうしたように。
それに舞奈の力の及ばぬ場所で、事態が舞奈の願う通りになったことはない。
おそらく巧妙で、強敵でもある殴山一子を、術者たちは取り逃がすかもしれない。
返り討ちにあうかもしれない。
あるいは、ないとは思うが何らかの取引によって奴を見逃すかもしれない。
だが、まあ後のことを考えるのは目先の仕事を片付けた後だ。
そんなことを考えているうちに、交代の時間になった。
ピアースを叩き起こして代わりに横になる。
そして眠りにつこうとした舞奈はかすかな筋音を聞いた。
加えて「……っ」と声を抑えたピアースのうめき。
どうやら先ほどのバーベルを持ち上げようとしているらしい。
舞奈は寝返りに見せかけて彼に背を向け苦笑して……
「むにゃむにゃ。筋肉痛になったりせんでくれよ。むにゃむにゃ……」
「!? ……なんだ寝言か」
余計な世話だとは思いながら言ってみた。
そして良い気分でそのまま本物の眠りに落ちた。
その後……舞奈は夢を見た。
まあ正確には例の花屋で見た夢を、脳が勝手に反すうしていた――
――鋼鉄の巨人が闊歩する20年後の戦場。
舞奈は激戦の中、ひとりの少女と絆を結んだ。
そして仲間を次々に失った舞奈は、彼女と2人で敵の本拠地に乗りこんだ。
その世界で舞奈と彼女は唯一無二のパートナー同士になった。
息の合った連携で敵の幹部を倒した。
だが彼女もまた命を散らした。
倒したと思った幹部の不意打ちから舞奈をかばって逝ったのだ。
愛機を残して文字通りすべてを失った舞奈は、単身で敵の首領に挑んだ。
そして愛機をも犠牲に首領を倒した舞奈は、彼女が遺した過去への道しるべを見つけ出した。彼女の遺志を継いで、20年前へと続く遡行の魔術を発動させて――
――夢から醒めた。
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