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第17章 GAMING GIRL

作戦会議

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「これが普通のバーチャルギアか」
「見たことなかったの?」
「実物はな」
 舞奈は明日香から手渡された黒いゲーム機を手に取り、まじまじと見やる。
 幾度か見た拘束用バーチャルギアより少しばかり威圧感の少ないスマートなデザインの、だが同じように黒いゴーグル状のゲーム機だ。

 ホームセンターの片隅に位置するフードコートを兼ねた休憩所。
 そのまた一角を、一行は今夜の寝床に決めた。
 売り物の布団をベンチに乗せた簡易ベッドは床で寝るより快適だとの判断からだ。
 しかも位置的に店の外から何かしようにも比較的に死角になり、各売り場や搬入口にも近くて動きやすい。
 背の高い什器をバリケード代わりに周囲に積んで、有事の備えもばっちりだ。

 そうした準備と安全の確保を済ませた後。
 一行は向かい合わせのベンチに座って作戦会議をしていた。
 まずは店内を調べていた明日香たちの報告からだ。

「こいつが屍虫どもの侵入を防いでるって訳か」
「あくまで予想だけど」
 ひとりごちつつゲーム機を返し、左手のチキンラーメン塊をバリバリかじる。
 明日香が(湯、沸いてるわよ?)と睨んでくるのをスルーする。
 別に食えるんだから気にしない。

 一行は食料品売り場から食べられるものを適当に持ってきて食べていた。
 腹が減っては戦はできない。
 会計する店員はいないが、什器や売り物で勝手に工事している手前、今さらだ。
 被害は後でまとめて国なり【機関】関連団体なりから補填されるから、無銭飲食で店が困ることはないと先ほど皆でピアースを説得した。
 そんな彼は明日香からゲーム機を受け取り。

「へえ、バーチャルギアがあったんだ」
 慣れた調子で眺めつつ、思わぬ出会いに少し驚いてみせる。
 ちなみに彼、腹を決めた後はカップのきつねうどんを麺の食感に文句言いながら食していた。よほどうどんが食いたかったのだろう。
 バーチャルギアを明日香に返し、再びうどんにとりかかる。
 湯は明日香が【熱波ヒッツェ・ヴェレ】で沸かした。
 インフラが破壊されてはいないものの、この状況で店舗のガスコンロを好んで使いたいとは思わないし、バーンはペットボトルを爆発させるからだ。

「へへっ! 倉庫の奥に、新品が山のように積んであったぜ」
 得意満面な笑みを返すのは、同じくゲーマーのバーン。
 お得意の【火霊武器ファイヤーサムライ】でペットボトルを加熱しようとしてお湯まみれになったほかほかジャケットをものともせず、袋入りのピーナッツをボリボリ食っている。

 彼の赤いジャケットは嫌いじゃない。
 一樹がいつも着ていた深紅のコートを思い出すから。

「でも何でこんなものがここに……?」
 対して切丸は、さきいかをむしゃむしゃしながら訝しげに反応する。
 中坊のくせに渋い趣味だ。
 刀なんか使ってるからだろうかと少し思う。

 それはともかく、彼の疑問はもっともだと舞奈も思う。
 バーチャルギアはこの県にはないはずだ。
 そうでなければ、そもそも今回の騒動は未然に防がれていた。
 バーチャルギアは防御魔法アブジュレーション回復魔法ネクロロジーで人が住む地域を守っていた。
 条例によってバーチャルギアが一般家庭から撤去されたから、この街はWウィルスへの防護を失った。

「入荷したのが販売も返品もできなくなって、デッドストックになってたんじゃ?」
 情報通を気取りたいらしいスプラが答える。
 ここぞとばかりに贈答用の高そうなクッキー缶を開けているあたりが彼らしい。

「だが、そのおかげで命拾いしたのは事実だ。密集した状態で放置されたバーチャルギアが怪異を委縮させる結界を創り出したのだろう」
 トルソの分析に、なるほどと皆もうなずく。

 結界や場にかける魔法は何もなければ球状、施設内なら家屋単位でかかる。
 後者は結界化と呼ばれることもある。
 魔道具アーティファクトから意図せず行使された場合も同じらしい。
 だから屍虫どもはホームセンターの建物の中に入ってこられない。
 ショーウィンドウの外の屍虫たちの様子を見る限り、物理的な遮断効果に加えて認識阻害のような効果をももたらしているようだ。
 入れない以前にそもそも入ろうとしてこない。

 ちなみにトルソも手にした袋からさきいかをつまんで食っている。
 切丸のは彼のおすそ分けらしい。仲が良くてなによりだ。

 ともあれ、そういったことが理解できる程度の前提知識が皆にあるのは幸いだ。
 そんな皆を見やり、

「ところで君ちゃん、県内で環境省の看板を見たことはあるかい?」
「あっ俺ですか?」
 出し抜けにクッキー缶が問いかけ、きつねうどんが戸惑い、

「環境省って、イマちゃんミライちゃんのか?」
「そそ」
 チキンラーメン塊が補足する。

「あのポスターか……。地元でなら見たことあるが」
「僕も知ってはいるけど……」
 さきいか組も反応する。
 そういうのとは縁遠そうなトルソや切丸が知っていたのは意外だった。
 まあ、あの可愛らしいアニメチックな女の子たちが、男女問わずに人気があると言われれれば納得はできる。

「そういえば街中で見たことないや。隣の県には普通にあったのに、なんでだろ?」
「まあ確かに、こっちに来てから急に見なくなったな」
 ピアースも、バーンも首をかしげる。
 こちらの2人はゲーマーだから話はわかる。
 例の看板はゲームとタイアップしていたから、あれば当然、気づくだろう。
 舞奈も、そういえば見てないなとカーチェイス中の記憶を思い出す。そして、

「無かったですよ。ただのひとつも」
「探してたのかよ?」
「当然よ。あと地域猫を1匹も見なかった」
 明日香はバランス栄養食のスティックをかじりながら即答する。
 非常時の食い物の選択すら生真面目な彼女らしい。

 そんな彼女も、あの看板を気にしてはいたのだ。
 もちろん単に好きだとかゲーム関連だからとかよりもっと生真面目な理由で。

 あの可愛らしい看板が、美を憎む怪異に対する牽制になる。
 そう以前に彼女は言っていた。
 何故なら人に仇成す怪異は可愛らしいもの、美しいものを嫌う。
 特にアニメ調の看板やポスターは奴らの天敵だ。お胸の大きい娘もいたし。

 そして奴らは猫も嫌う。
 可愛らしい愛玩用動物の中でも特に愛らしく霊格も高い猫は、古来より鼠を捕り衛生面に寄与してきたのと同様に容姿で人間を和ませ、邪悪な怪異を祓ってきた。

「おそらく、意図的に撤去されていたのでしょう」
「一体、何のためにそんなことを?」
「私見ですが、脂虫が集まりやすい、ないし屍虫に進行しやすい環境を整えるためではないかと。あと猫も……」
 明日香の言葉に皆が気づいたらしい。

「俺ちゃんも気づいてたのよ?」
 アピールするスプラを礼儀正しく無視する。

 怪異はプラスの感情の礎となる美しいものを嫌う。
 それらが意図的に排除されたのだ。
 Wウィルスの散布に先立ち、この街を怪異の住処とするために。
 あるいは怪異に対抗し得る強いプラスの感情を持った若者たちを遠ざけるために。

 そうさせた奴の見当もつく。
 街中から特定種類の看板をすべて撤去するなんて、相応の権力がなければ不可能だ。
 あと猫も。

「だがまあ、俺たちの仕事は変わらん」
「ああ、その通りだ!」
 トルソの言葉に切丸がいきり立ち、

「それに関して皆さんに確認したいことがあるのですが」
 明日香がおずおずと話し始める。

「結界内に侵入してから異能力の発動は普段通りにできていますか?」
「……おまえは勝手が違うのか?」
「ええ、魔力を創造する端から減衰するのよ。常に消去を受けている感じ。さっき放った偵察用の式神も、いつもの半分も持たずに消えたわ」
「ウィルスのせいでってことか」
「十中八九、それが原因だと思うわ」
 明日香の言葉に、舞奈は口元を歪める。
 だが皆は目を見開いて驚愕する。

「あの威力で……本調子じゃないってことか!?」
「おチビちゃん、そりゃいくらなんでも吹かしすぎなんじゃ……」
「い、いや、彼女は魔術師ウィザードだ。」
「そう言われれば、まあ……」
 トルソとスプラも顔を見合わせながら納得する。

 彼らのうち大半は経験を積んだ執行人エージェントだ。
 魔法について知識はあるはずだ。
 とはいえ自身が異能力者であることには違いない。
 魔道士メイジの……魔術師ウィザードが本気でぶちかました火力の凄まじさを、先ほどまでの戦いで初めて間近で見たのだろう。彼らの明日香を見る目でわかる。
 それが本調子じゃないと知って、さらに驚くのも無理はない。そんな中、

「でも俺は普段と変わらない気が……」
「まあ僕も別に、いつも通りだ」
 ピアースの言葉を皮切りに、男子は口々に異常なしを訴える。
 明日香は皆の様子にうなずき、

「おそらく耐性を持つ異能力者の身体に宿った魔力はウィルスの疑似的な魔法消去に対する抵抗力があるのだと思います」
「じゃあ俺たちには関係ないのか。不幸中の幸いだね」
 言いつつピアースは、手にした槍の先に斥力場を発生させてみせる。
 彼はむしろ以前より使い方が上手くなっているんじゃないかと舞奈は思う。
 以前はどれほどポンコツだったのやら。

 かくいう舞奈は魔法も異能力も使えないので他人事だ。
 でもまあ原理は理解できる気がする。

 異能力者の異能力は、妖術師ソーサラーの魔力と同じく使用者の身体に宿る。
 だから常に魔法感知に反応するし、使い手がWウィルスへの耐性を持っているのなら異能力にも反映される。

 だが魔術師ウィザードは魔術を使う度に魔力を無から創造する。
 だから術者の身体に宿る耐性を付与したりはできない。
 そういうことをするには、シャドウ・ザ・シャークと同じようにWウィルスそのものを理解して耐性のある魔力を創らなければならない。魔術とはそういうものだ。

「じゃあ作戦が成功して、なんつったっけ、魔法使いの組織――」
「【組合C∴S∴C∴】ですか?」
「そうそう。そいつらのウィルスへの対抗結界が完成すれば、明日香ちゃんの本調子の魔法が見れるってことかい?」
「ええ、まあそうなりますね」
 はしゃいだ様子のバーンの問いに、明日香は少し困惑気味に答え、

「そっか。ゲームのエレメンタルマスターみたいな魔法が本当に見れるんだ」
「そうそう! セレスティアルパニッシャーって!」
「高等魔術の【大天使の聖なる断罪光メタトロンズ・セレスティアルパニッシャー】ですか? 【断罪光パニッシャー・レイ】の上位に相当する」
「おおっ!? 本当にあるのか! なあ、あんたも使えるのか?」
「ええまあ、同等の術は使えますが」
「「おおおおっ!」」
 引き気味な明日香と真逆に、バーンとピアースは盛り上がり、

「まあ、そのためにも皆で禍川支部を奪還しなければな」
 少し戸惑いながらも総括したトルソの言葉に皆はうなずき、

「へへっ! 俺ちゃんは弓矢を貰ってきたぜ」
「ええっスプラさんそれも売り物なんじゃ……」
 売り場から勝手に持ってきたアーチェリーの矢筒を片手にスプラが笑う。
 ピアースが少し咎めるような表情で見やり、

「かてぇこと言うなよって、後で返すよ」
「街中の屍虫どもを追い払った後でってか? そいつはいいぜ!」
 バーンが豪快に笑う。

「まあ弾丸の補充が容易なのは弓矢の強みだ」
「けどスプラさん、魔術が焼きつけられた矢を別途、使っていましたよね?」
 トルソのフォローと明日香の問いに、

「まあな。うちの支部の技術部の魔道士メイジが、ちょっとばかり優秀でさ」
「へえ、術者に作ってもらってるのか」
「そういうこと。まー受付も兼ねてる少しばかり愛想のない女なんだけどさー、腕の方は確かで……」
 スプラは饒舌に話し始める。

 どうやら国家神術の使い手に術を焼きつけてもらっっているらしい。
 先ほど表で使った【屠龍とりゅう】は、水球を創造して攻撃する魔術だ。
 魔術で作った真水は電気を通さないから意図的に混ぜ物をしているらしい。
 確かに有能な術者だと明日香が評価していた。

 それより舞奈は、彼がする愛想のない女とやらの話に必要以上に熱がこもっているように思えた。
 こんな彼にも想っている……そして多分、想われている相手がいるらしい。
 舞奈も巣黒に残してきた園香や皆の顔が脳裏に浮かんだ。
 だから、今回の任務を成功させようと改めて心に誓う。
 今度こそ誰ひとり犠牲者を出さないように。

 そんな様子を眺めながら、

「舞奈、さっきはジェリコ941を撃ってたみたいだが」
「ああ」
「使う弾薬たまは9パラで良かったか?」
「いんや。銃身バレルを替えて45ACPを撃ってる」
 トルソの問いに答える。
 音で気づいた訳じゃないのかと少し思った。
 だがメインで銃を使わなければそんなものかと思い直し、

「……まあ予備のジェリコは9パラだがな」
「2丁持ってるのか。なら、こいつも使ってくれ」
 補足する舞奈に向かってトルソはポウチを投げ渡す。
 受け取った舞奈は思いのほかずっしりした感触に思わず蓋を開け、

「いいのか?」
「ああ。予備弾薬だ。俺よりおまえが持っていたほうが役に立つ」
 問答しながら中身をひとつ取り出す。

 妙に重いと思ったら、中身はCz75の弾倉マガジンだ。
 彼も長丁場に備えて弾丸を多めに持ってきたのだろう。
 だが彼が最も得手とする戦い方は太刀を駆使した肉弾戦。
 拳銃Cz75はサイドアームだ。
 仲間に射手がいて、しかもSランクだというのなら援護射撃を一任したいと思うのは合理的な考え方だと舞奈は思う。
 なにせ並の手練れが斉射するより舞奈が1発撃った方が効果的なのだ。
 先ほどまでの戦闘で、舞奈自身がそれを証明してみせた。

 ちなみに舞奈が使うイスラエル製のジェリコ941は、もともとチェコ製のCz75のコピー拳銃だ。Cz75の弾倉はジェリコに刺さる(逆はダメだが)。なので、

「さんきゅ。有効に活用させてもらうぜ。残りは後で返す」
「ああ、そうしてくれ」
 幾つかをコートの裏のポケットに刺しこみ、残りを腰に取りつける。

「で、今後の進路だが」
 言いつつトルソは机上に地図を広げる。
 こちらも売り場から拝借してきたらしい。

「俺たちがいるのはここ。で、支部がある保健所はここですね」
「おっ。あんがい近いじゃないの」
 蛍光ペンで丸をつけるピアースにスプラが歓声をあげる。

「車でなら半日もかからないな」
「今から行くかい? そうすれば僕たちが一番槍になれるかもだよ?」
 身を乗り出す切丸に、

「いや、やめたほうがいい。もうすぐ日が落ちる」
「だいたい停めてきた車の周りは脂虫どもでいっぱいだぜ? しかもバーンの車は動くかどうか」
「じゃあ明日の朝まで様子見か」
 トルソとスプラが苦笑し、バーンが肩をすくめる。

 だがまあ、判断は間違っていないと舞奈は思う。
 統計的に昼より夜の方が怪異の動きは活発になる。
 明日の朝になったら屍虫の数が減っている公算も低くはない。

 まあ結界に守られているとはいえ怪異に囲まれた建物で一泊するのも賭けではある。
 だが夜中に飛び出すよりは分の良い賭けだ。
 夜のドライブには怪異以外にも危険が満ちている。

「じゃあ見張りを立てて順番にお休みか」
「特に問題なければ3交代にしようと思うが」
 特に反対意見もなかったので、トルソが仕切って見張りの順番が決まった。

 最初の見張りは舞奈と明日香、ピアース。
 夜中はトルソと、ぶーたれるスプラ。
 朝方はバーンと切丸だ。

 どうやらトルソは子供に優しいらしい。
 あとスプラに少し当たりがキツイ。軟派なのが気に入らないのかもしれない。

 ともあれ明日に備えて、舞奈たち3人を残して皆は眠りについた。
 そして……

「……舞奈ちゃん、いつもそんなことやってるの?」
「まあな」
 いつもはもうちょっと本格的だがな。
 舞奈は横向きに横になって、片腕で腕立て伏せをしながらピアースを見やる。
 視界の端で彼が横向きに揺れる様子がちょっと面白い。

 今は建物の外を怪異に囲まれた特殊な状況だ。
 いつもの健康体操で余計な体力を使うのもどうかと思う。
 それにトレーニングに相当する機動も労働も昼間に十分にやった。

「見張りなんだから、外の様子にも気を配ってよ」
「へいへい、わかってるよ」
 明日香の小言を笑顔で聞き流す。

 ショーウィンドウの外は視界の端で見えている。
 そもそも舞奈の鋭敏な感覚を誤魔化すことはできない。
 むしろ心配なのは、舞奈や明日香が寝ている間だ。
 正直、魔法感知できる明日香は舞奈とは別に見張りをするべきだったと舞奈は思う。
 それほど術者は、魔法や怪異に関わる特異で危険な修羅場を幾つも潜った舞奈は特別だという自負はある。だからこそのSランクだ。

「すごいな、舞奈ちゃんたちは……」
 ピアースはひとりごちるように、羨むように2人の子供を見やる。
 舞奈は「そりゃな」と返しながら、片腕で身体を跳ね上げて起き上がりこぼしのように反対向きの横向きになって腕立てを再開しつつ、無言で話の続きをうながす。
 明日香も特に世話話に反対するつもりもないらしい。だから、

「……俺さ、この街から逃げようと思って今回の作戦に志願したんだ」
 青年は静かに語り始める。
 そんな自分語りを今、自分たちにするのが修羅場に慣れない素人臭いと思った。
 だが遮る気にもなれない。
 そう思わせる何かを彼は持っていた。

「正直【総会】の人たちとも上手くやれてなかったし、規制でバーチャルギアも取り上げられてゲームもできなくなって、他の県に引っ越したいと思ってた」
「そんなところに、今回の事件って訳か」
「そうなんだ。実は給金をはたいて隣県のネットカフェに何度も足を運んで、頼みこんで、ようやくバーチャルギアを設置してもらったんだ」
「そりゃあマメなこった」
「うん。だから遊ぼうと思ってやってきた矢先に隣県の支部から連絡があって……」
 ……自分の県が、結界に閉じこめられたと知った。
 少し困ったような彼の表情で事情を察する。
 だが、そのとき彼が何を思ったのかまでは想像できない。

 彼のような男がヤンキーあがりの戦闘集団と折り合いが悪いことには納得できる。
 舞奈が知る同様のグループ【雷徒人愚】も短慮で粗暴で弱者に厳しい奴らだった。
 彼らにも彼らなりの考え方があるのだと気づけたのも、舞奈が彼らより圧倒的に強くて余裕があったからだ。
 ピアースのような繊細で戦闘に不向きな執行人エージェントは、嫌な目にもあったはずだ。
 あるいは少しばかり怖い目にもあったかもしれない。

 そんな彼にも楽しみがあった。
 ゲームだ。
 バーチャルギアを使ったリアルだが安全な冒険は、彼の心の支えにもなっていたのだろう。だが条例は気弱な彼からそれすら奪った。

「だからさ、俺、チャンスだと思ったんだ。今回の任務で手柄を立てて、条例のない他県の支部への移動願いを出そうってさ」
「なるほどな」
 腕立てをしながら舞奈は口元をゆるめる。

 ただゲームをしたいがために、地元の存亡をかけた任務を利用する。
 そんな彼の生き方を、身勝手だと非難したいとは思わなかった。
 舞奈だって、別に見知らぬ土地の人々への義信だけで作戦へ参加した訳じゃない。
 明日香だって、たぶん他の面子だって同じだろう。
 自分の中の何か譲れない大事なもののために、作戦への参加を決めた。
 そんなことを思う舞奈の側で、

「……それなら任務を拒否して事態を静観する選択肢もあったのでは? パッチテストで好反応を得たからと言って強制参加ではなかったはずですし」
「おまえなあ」
 明日香が身もふたもないことを言った。
 舞奈は思わず鼻白む。

 だが言っていることそのものは正論ではある。
 今回、作戦成功の可否を担いそうな舞奈や明日香ですら拒否する選択肢はあった。
 だから正直なところ、彼が参加を拒否しても誰も怒ったりしないだろう。
 彼程度の耐性保持者がひとりくらい参加しなくても別に誰も困らないからだ。
 現に彼も志願したと言っていた。
 ひょっとしたら逆に、行ったら死ぬぞと止められたかもしれない……。

 加えて彼がゲームができる場所に行きたいだけなら既に目的は果たされている。
 少なくとも禍川支部は音信不通。下手をすれば壊滅だ。
 県そのものも封鎖され、作戦がどう転んでも復旧は先のことになるだろう。
 だから難民として、妙な条例のない隣県に移り住んでしまえばいいのだ。
 給金を使い果たしていなければ生活費にも困らないはずだ。だから――

「――あんたは逃げた訳じゃないよ」
 一挙動で身体を起してそのままベンチに座りつつ舞奈は笑う。
 良い感じに身体もほぐれて気分が良いのは確かだ。

 彼が作戦に志願した本当の理由は舞奈と同じなのかもしれないと少し思う。
 滅びゆく故郷をただ残して立ち去ることに躊躇いがあったのだ。
 だから最後に出来ることをしていこうと思ったのだろう。
 たとえ彼自身は意識ししていなくても。
 何故なら彼は善良な青年だ。

「あんたは皆を救うために命をかけることを、あんた自身の意思で選んだんだ」
「あえて戦果を残して去るのも一興かもしれませんね。『ヤンキーにハブられていた俺が県を救った英雄に。今さらチームに入れと言われてももう遅い』みたいな」
「……いくら古典を読破したからって、もう少し趣味の良い他の読み物はないのか?」
 良い台詞にロクでもないフレーズをかぶせてきやがった明日香を横目で睨む。

 けれど再び見やったピアースは口元に笑みを浮かべていた。
 先ほどまでの少し迷いのある表情とは違う。
 何かが吹っ切れたようだ。
 まあ、悩みなんてものは他人に話すとどうでもよくなるものだと聞く。

 そして、その後は他愛もない話をしながら時間をつぶした。
 ピアースはゲームで仲の良い友人がいるらしい。
 頼れる大人の友人のことを、今度は笑顔で話してくれた。

 幸いにも店の外の屍虫たちは大人しくしていてくれた。
 だから見張りの終わった舞奈たちはトルソとスプラを叩き起こした。
 そして、ぐちぐちと鬱陶しいスプラの愚痴をBGMに、良い気分で眠りについた。

 そして舞奈は夢を見た。
 正確には、いつか花屋で見た20年後のことを再び夢に見た。
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