銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第16章 つぼみになりたい

コンサートが終わった後に

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 廃墟の街の一角。
 廃ビルを無理やり組み合わされた歪なコンクリートのオブジェの前で、

「終ワッタ……様ダナ……」
 早期警戒機E-2Cを模した人間サイズのドローンがゆっくりと地に落ちる。

 攻撃部隊に参加したメンバーのうち、鷹乃だけは転移を免れた。
 式神にリンクしていて術者本人は離れた場所にいたから、プリドゥエンの守護珠による転移の対象から漏れたのだ。

 それでも一時的に式神とのリンクが切れた。
 鷹乃は急きょ儀式を執り行ってリンクを再確立させた。
 だが復帰したヴィラン拠点付近に仲間たちはいなかった。

 鷹乃とて一介の陰陽師として魔道具アーティファクトの知識はある。
 皆がどういう状況に陥ったのか察しはついた。

 だから自分以外に誰もいない敵拠点の側で、コンサートの放送を再開した。
 音色によって皆に拠点の位置を知らしめるためだ。
 そのほうが拠点内部に単身で突入するより目的を果たせる可能性が高い。
 熟達した陰陽師が召喚した式神はリンク切れの間に消えることはなかったものの、魔力の供給を絶たれたせいで、まともに戦闘できる状態ではない。

 だが内心は、ただ会場から送信されるコンサートを聴いていたかった。
 作戦のために観ることができなかった友人の晴れ舞台。
 だから、せめて呪術と魔術を経由して放送し続けたかった。

 そんなコンサートも、先ほど無事に終了した。
 最高の舞台だった。
 トリを飾るナンバーは、今回の舞台の目玉でもあるお披露目曲。
 少し切ないながらも明日への希望を抱かずにはいられない、梓や美穂の人となりをそのままメロディーに乗せたような曲だった。

 もちろんライブの間、拠点内部で魔法戦が行われていたことにも気づいていた。
 リンクが一時的に切断されている間に誰かが拠点に潜入したのだろう。
 反応は2ヵ所。
 1ヵ所は超能力サイオンのみの反応。
 もう1ヵ所は超能力サイオンに加え、安倍明日香の戦闘魔術カンプフ・マギーの反応。
 魔法感知への反応から、どちらの戦闘も歌と同時に終わったらしい。

 式神にリンクしたまま鷹乃は笑う。
 その条件の戦闘で、勝者がどちらかは感知の結果を検分するまでもなくわかる。
 そんな鷹乃の視界の端から、

「おお、辿り着きましたね」
「流石は紅葉ちゃん。聴覚が鋭いわ」
「シャークさんと姉さんが案内してくれたおかげだよ」
 かしましい集団があらわれた。
 先頭はモノクロな全身タイツのシャドウ・ザ・シャーク。
 次いでサチ、桂木姉妹、そして小夜子が続く。

 クラフターを倒した(逃がした)一行は、皆で魔法感知を行って拠点を探した。
 何せ5人全員が術者だ。
 中でも魔術師ウィザード2人が式神である鷹乃を魔力源として察知した。
 そんな感知の結果を目印にして、途中からは歌も頼りにここに辿り着いたのだ。

「オオ、其方ラカ。無事デナニヨリダ」
「おや鷹乃さん。そちらも無事なようで」
 瓦礫の山に斜めに停まった鷹乃の言葉に楓が答える。

「こちらはクラフターと遭遇しましたが、何とか退けました」
「……逃げられたけどね」
 不機嫌そうに小夜子が続ける。
 彼女はクラフターに逃げられたのが不満でならないらしい。

「あとは別の場所に跳ばされた人たちを待ってから突入ですかね」
「否。最早ソノ必要ハナイ」
「それはどういう……まさか!?」
 シャドウ・ザ・シャークに対する鷹乃の答えに、皆は思わず拠点を見やる。
 途端、歪なオブジェに似た敵拠点の正面のドアのない通用口から、

「おっ皆も来てたのか。こっちは終わったぜ」
 小さな人影があらわれた。

 小さなツインテールとジャケットをなびかせ、口元に笑みを浮かべている。
 言わずと知れた志門舞奈だ。

 両腕に、ウェーブのかかった金髪を揺らせたワンピースの少女を抱えている。
 リンカー姉弟の片割れであるクラリスだ。
 年の頃は中学生ほどのクラリスを、平均的な小5の舞奈が危なげもなく抱きかかえているのは舞奈が鍛えられているからだ。

「舞奈ちゃん……」
「相変わらずだね……」
 小夜子と紅葉が、何か言いたげに舞奈を見やる。

 だが気持ちは皆が同じだ。
 皆に先んじて拠点を攻略したという意味でも。
 敵だったはずの少女を何故かお姫様抱っこしているという意味でも。
 何と言うか、いっそ清々しいほど普段通りの舞奈だ。

 クラリスは抱えられたまま居辛そうに縮こまる。
 そうしていると普通の気弱な少女に見える。
 そんな2人に続いて、

「皆さん、無事で何よりです」
 つば付き三角帽子をかぶり、留め金付きのクロークを羽織った明日香。

 そんな彼女の側には、長い金髪をなびかせたエミール――否、エミルが並ぶ。
 帽子は半ズボンのポケットにねじ込まれている。
 姉と同じ色の、だがストレートの髪が新開発区の風に吹かれてなびく。

「……えっ女の子だったの?」
「悪いか、糞ったれ」
「ちょっと。言葉遣い」
 エミルは口をとがらせてサチを見やり、隣の明日香がたしなめる。
 口の悪さは変わらない。
 そんな4人の後から……

「……おっ! おっ! おっ!」
 ふりふりワンピースの少女が飛び跳ねながらあらわれた。
 みゃー子である。

「ナ……ッ!?」
「ええっ!? なぜ君が!?」
 鷹乃と紅葉は露骨に動揺する。
 両者とも以前にみゃー子と遭遇し、それぞれ割とロクでもない目にあっていた。
 そんな2人を見やって、

「その、なんだ……。友達が世話かけてスマン」
 舞奈は苦笑する。

 麗華の代わりにリンカー姉妹に誘拐されたのはみゃー子だった。
 姉妹の話では、襲いかかった麗華をかばうように前触れもなくあらわれたらしい。
 いわば皆が協力してくれた今回の作戦の目的の半分は、みゃー子の奪還だった。

 正直なところ、みゃー子が何故そんなことをしたのかはわからない。
 みゃー子が考えてることがわかる奴なんて何処にもいない。
 エミルが【精神読解マインド・リード】で心を読もうとして、割と洒落にならない事態になりかけたらしい。本当にロクなことをしないなあ、こいつは。

 みゃー子は足元でエイリアンの物まね(?)をしながら飛び跳ねている。
 そんな彼女を皆は困惑した面持ちで、舞奈と明日香はジト目で見やる。
 そんな一行の側に――

「――!?」
 不意に複数の人影が出現した。

「【智慧の大門マス・アーケインゲート】だと!?」
「しかも術者が使っている!?」
 驚くエミルとクラリス。
 他の皆も知ってはいるが、いきなりだったので少しビックリしている。

「……この術、何時の間にかメジャーな術になってるな」
 気配ではなく胸騒ぎで察したおかげで特に驚きもせず苦笑する舞奈の前に、歩み出て一礼したのは小柄なセーラー服の少女。
 魔術と呪術を共に極めた【機関】秘蔵のもうひとりのSランクだ。

 側には仮面をかぶった小柄な少女と、長身のロシア美女。
 ベリアルとサーシャだ。
 Sランクが【智慧の大門マス・アーケインゲート】によって皆を転移させてきたらしい。
 まったく大層なお出迎えだ。
 苦笑する舞奈、そして明日香の前に、

「直に会うのは初めてだな」
「そういやあ、そうだったかな」
 仮面で顔を隠したベリアルが立つ。

 舞奈は彼女に借りがある。
 彼女は以前に蘇った滓田妖一との決戦に際して舞奈に武器を貸与した。
 先日のKASC攻略戦では式神を駆って援護してくれた。

 そんな彼女を実際に見かけたのは、この前の麗華が誘拐された日曜だ。
 明日香の歌で瀕死状態のサーシャや白人男どもを執行人エージェントたちが拘束する際に居合わたのだ。だがまあ舞奈も似たような状態だったので特に挨拶とかはしなかった。
 だから直に話すのは初めてだ。
 そんな彼女の仮面を見やり、そして彼女の背後を見やり、

「あんたも久しぶりだな」
「ああ、貴様も元気そうでなによりだ」
 舞奈はサーシャと笑みを交わす。
 少し前に麗華を巡って戦った長身のロシア美女は、まあ元気でやっているらしい。
 察するにベリアルの部下にでもなったか。
 そんな彼女は、

「そっちのおまえは、まさか……」
 側の明日香を見やって恐れおののく。
 その動揺っぷりは隣のベリアルがちょっと不審がるほどだ。

 対して明日香は意識して感情を出さないように、長身の彼女を見上げる。
 あえて言うならバツが悪そうな表情だ。

 以前に廃工場でサーシャと戦った際、明日香は放送室に忍びこんで、こともあろうに自身の酷い歌を放送したのだ。
 その結果はこの世の地獄だった。
 彼女の雇い主だった白人男の異能力者たちを含め、工場内にいたほぼ全員が気絶。
 強力な超能力者サイキックであるサーシャすら戦わずして戦闘不能に陥った。
 本当に、本当にロクなものじゃない。

 側のクラリスとエミルは困惑した表情で両者を、そして舞奈を見やる。
 舞奈の思考を読んで納得したか、クラリスは舞奈にしがみつく。
 気持ちはわかる。
 だから安心させるように彼女の手を握る。

 エミルもギョッとした表情で明日香を見やる。
 なにせ、つい先ほどまで明日香と戦っていたのだ。
 衣服の汚れから相応にしてやられたらしいことは察していた。
 だが流石の明日香も戦闘中に歌ったりはしなかったのだろう。

「そっちのおまえはエミール・リンカーか。まさか……奴と戦ったのか?」
「あ、ああ。その……僕と戦った時は普通に攻撃魔法エヴォケーション防御魔法アブジュレーションを使っていた」
「そうか。そうか……無事で何よりだ」
「それでも強かったけどな。僕では……とうてい太刀打ちできなかった」
「そうであったか……」
 サーシャの問いに、エミルは口惜しげに答える。
 それでも口元に浮かんだ笑みが、明日香との戦闘が彼女にもたらしたものが敗北だけではないとわかる。

 そんな4人を見やるベリアルの口元にもまた笑みが浮かぶ。
 だが次の瞬間、不可思議で厳粛な造形の仮面を舞奈と明日香に向ける。

「志門舞奈、安倍明日香。敵ヴィランの拠点を2人で攻略した手腕、実に見事だ」
「残ってたのも2人だけだったからな」
 賛辞に何食わぬ口調で答える。
 そうしながらベリアルの堅い声色の意味を察する。

 2人が倒したリンカー姉弟……否、姉妹。
 彼女らはヴィランだ。
 しかも一般人の誘拐に関与することで【機関】からも怪人に認定されている。

 それを言ったら萩山光や桂木楓はそこら辺の人を捕らえて殺しまくった。
 後者は今でも定期的にしている。
 だが彼女らは脂虫――人に似て人ではなく、人に仇成す喫煙者を選んで殺していた。
 リンカー姉妹は違う。だから、

「安心せよ。こ奴らは術者だ。我とて【組合C∴S∴C∴】の管轄下で非道はできぬ」
「……そういうことを心配してたわけじゃないよ」
 彼女の言葉にうそぶくように答える。
 仮面から少し目をそらした舞奈をクラリスが笑顔で見上げる。

 ベリアルはローブの懐から大きめのゴーグルを取り出す。
 黒くて分厚くて少しメカニカルな雰囲気の、携帯かタブレット端末に似た代物。
 拘束用バーチャルギアだ。

 心を読んで自身の処遇を察したか、クラリスの身体が少しだけ強張る。
 舞奈はその手を安心させるように握りしめる。

 ベリアルはクラリスの目元にバーチャルギアを設置する。
 途端、クラリスの身体から力が抜けた。
 舞奈は一瞬、怯む。

 それでも彼女の呼吸と表情が、勉強中に居眠りするチャビーと似ていると気づく。
 バーチャルギアは機械の皮こそ被っているが、魔法的に作られた幻覚の中に対象を閉じこめる技術らしい。
 その幻は少なくとも今は、彼女にとって好ましいものなのだろう。
 だから舞奈も一瞬の後、意識して口元を緩める。

 少女の身柄をベリアルに託す。
 熟睡している少女の身体を、ベリアルは気遣うように受け取る。
 安全に抱きかかえるべく術で身体強化でもしているようだ。
 彼女のそんな気遣いに少しだけ安堵する。

 側では同じようにサーシャがエミルを抱きかかえていた。
 こちらは大人を普通に担げそうな細マッチョが危なげもなく抱えている。
 クラリスと同じ髪の色をした妹の額にも、姉と同じ拘束用バーチャルギア。

 宣言通り、ベリアルたちは幼いヴィランを雑に扱ったりはしないはずだ。
 少なくとも舞奈にそう信じさせるよう最大限の努力をしている。
 以前に同じように捕らえたサーシャを同行させているのも、そのためだろう。
 だから舞奈としては、罪を償った姉妹と再会できる日を待つしかない。

 そしてSランクが一礼してから再び施術する。
 するとヴィランを連れた3人は、来た時と同じように一瞬で消えた。
 流石はケルトの魔術と呪術を共に極めた大魔道士アークメイジ
 大魔法インヴォケーションと思えないほどのスムーズな施術だ。

 そうやってベリアルたちを見送った後。
 ただ乾いた風が吹き抜ける廃墟の街並みを見やりながら、

「……バーチャルギアって、ゲームとかもできるんだっけ」
「まあ、一般用のはそうだけど」
 何食わぬ表情で舞奈は明日香に問いかける。

 そういえばテックもそいつで遊んでいると聞いたことがある。
 以前に萩山も訓練に使っていると言っていた。

 正直なところ舞奈的には何が楽しいのかわからなかった。
 だが、今は少し興味があるのも事実だ。
 そんなことを考えながら、ベリアルたちが去って行った虚空を見やった瞬間――

「――あ、支部から通信だ」
 紅葉の胸元の通信機が呼び出し音を鳴らした。
 なぜ紅葉に? と訝しむ舞奈や皆の前で、

『お疲れ様です。紅葉さんに御友人の方からどうしてもと連絡があったのですが』
 通信機から聞こえてきたのは支部でバックアップを務めるソォナムの声。

「誰だろう? 繋いでください」
『はい、かしこまりました』
『紅葉ちゃん! こっちはコンサートが終わったよ! そっちはバイト終わった?』
「う、うん。今ちょうど終わったところだよ……」
 まあ嘘ではないが……。
 苦笑する舞奈や皆の前で、紅葉も少し動揺気味に返事をする。
 電話の相手はバスケ部のマネージャーをしていた眼鏡の彼女らしい。
 おおかた一緒にコンサートを見に行く約束をしていた紅葉がドタキャンでもしたのだろう。まあ状況は舞奈たちと同じだ。

『そういえば紅葉ちゃん! 大丈夫!?』
「な、何が……?」
『さっき電話を繋いでくれた人も若い女の人だったけど……!』
「いや、別にバイト先で女の子を見るたびにそういうことをしている訳じゃ……」
 電話の相手は紅葉ひとりと話しているつもりのようだが、作戦に使う無線を使っているので声はスピーカーで全員に丸聞こえだ。
 対する紅葉は少し腰が引けた様子。
 普段は凛とした彼女が、そういう挙動をするのは少し珍しい。

「(なんで紅葉さん、こっち見るんだ?)」
「(決まってるでしょ)」
「(ちぇっ)」
 舞奈は小声で明日香にツッコまれてむくれる。

 そんな舞奈と明日香を尻目に、電話の向こうの彼女は舞台の感想をまくしたてる。
 紅葉は少しおどおどしながらも、彼女の話に相槌を打つ。
 たぶん、それが舞奈が今まで知らなかった、紅葉と友人の日常なのだろう。

 それにコンサートは盛況のうちに終わったらしい。
 なによりだと舞奈は思った。

 同じ頃、ライブハウス『Joker』の客席の片隅。
 すごい剣幕で携帯をかけている眼鏡の女子中学生から少し離れた場所で、

「すっごいステージだったねっ!」
「そうだよね。衣装も可愛いかったし、新曲もとっても素敵だった」
 チャビーと園香もステージの余韻に浸っていた。

「それに委員長の曲もすごかった」
「うんうん! 今度は桜もいっしょに頑張るのー」
 園香の感想に釣られて桜がはしゃぐ。
 さらに隣でテックがうなずく。
 桜の妄言にも今回はあえて誰もツッコまない。
 そんな和気あいあいとした小学生たちとは別の一角で、

「散々に世話かけやがって……。最高のステージだったじゃねぇか」
 長いツインテールの女子中学生も余韻に浸りつつ、幕の降りたステージを見やる。
 委員長が出演を決めるきっけになった彼女も今日は客席にいた。

 彼女が望んでいた歌。ギター。ロックンロール。
 それを委員長は軽々と超えてきた。
 本番の3日前まで出演の是非を迷ってたにもかかわらず!
 あらためて思い知らされた。あの三つ編み眼鏡が天性のアーティストだと。

 自分も早くギターを弾きたくなった。
 バイトで稼いだ金は今日の観劇で少し減ってしまった。
 入場料を融通してくれるという委員長の申し出を断ったからだ。
 音楽に関することで、もう二度とズルはしたくないから。
 というか金持ちの小学生に奢ってもらうというのが気にいらない!

 いつか自分のギターを買えたら、あの時の意匠返しに奴のライブに割って入れたら楽しいかもしれないと思った。
 そして、また並んでギターを弾けたら。

 ちなみにメインの双葉あずさのステージも彼女的に最高だった。
 自分には全く無縁の無垢さと可愛らしさが、それ故に愛おしい。
 こう、客席の後から響いていたヤバイ感じおっさんの「あずさー!」コールに何故だか同調できる気がした。
 そんな彼女の側でも、

「「飯屋の店主に勧められた双葉あずさのコンサート!」」
「「誠に最高のステージだった!」」
 マッチョな中学生たちが感動に打ち震えていた。

 間一髪をクラフターに救われた他県のバスケ部員たち。
 その後、彼らは『太賢飯店』にお邪魔して、舞奈にもらった食券も使ってマッチョな運動部員の胃袋を満たしに満たした。
 その際、店主と仲良くなった流れでコンサートのチケットをもらった。
 なので今日も他県はるばるやってきたのだ。
 もちろん電車賃と入場料は自腹。
 割と付き合いの良いマッチョであった。

 そんな年若い客たちをにこやかに見やりながら……

「……やれやれ、なんとか無事に終わったようだな」
 ステージの袖で、ひょろ長い大学生が胸をなでおろす。
 目元をサングラスで隠し、パーカーのフードで禿を隠した不審者ルック。
 萩山光である。

 そんな彼は、ヴィラン拠点攻略チームに委員長の歌を届ける役目を担っていた。
 だが、その後のことは指示されてなかった。
 なので歌に感動した流れでコンサートを最後まで送信した。
 その思いつきが舞奈たちとリンカー姉弟の戦闘に少しばかりの影響を与え、鷹乃の救いになったことを彼自身は知らない。
 だから、ひと仕事を無事にやり遂げた清々しい気分で客席を見やり、

「あ……」
 思わず口をあんぐり開いた萩山の視線の先。
 客席の隅に設えられたカウンターで――

「――今日のあずさのステージ! 何時にも増して最高でした!」
「そ、そうかい。いつも応援ありがとう……」
 頭頂を禿げ散らかしたおっさんが、居合わせたオーナー相手に熱弁を振るっていた。
 萩山父である。
 大学生の子供のいる彼は自身の歳など気にせぬ様子で感動に打ち震えつつ、

「場繋ぎに歌ってた彼女は誰ですかな?」
「ま、まあ、アーティストの卵っていったところかね」
「なるほど、それで情報がなかったんですね! もちろん彼女も応援してますよ! 彼女の歌には魂が籠っている! 将来、もっともっとビッグになりますよ!」
「そ、そりゃあどうも……」
 ドン引くオーナーにひとしきり熱弁を振るう。
 そして次のライブも必ず来ると約束しながら去っていった。

 まあ正直、アイドル本人にはポジティブな声かけ以外に何もしないし、物販にも相当の金を落としていってくれるので良いお客様ではある。
 そんな彼の背中を呆然と見送った後……

「……あんたも来てたのかい」
「社員割引を設定した手前、自分でも聞きに来ないとな」
 あらわれたのは、頭頂以外は先ほどの彼とは真逆な洗礼された紳士。
 委員長の父親こと梨崎蔵人だ。
 かつては伝説のロックバンドのリーダーにして、今は運輸会社の社長を務める古い友人は、老いてなおスマートな仕草でカウンターの椅子に座る。

「社長に割引は適用されないんじゃなかったかい?」
「それ以上に貰ってるさ。ここにな」
「……そういうところは昔から変わらないね」
 キザな言い回しに苦笑する。
 そうしながら特に注文もないのにドリンクを準備しつつ、

「で、あんたの感想はどうだった?」
 問いかける。

「ああ、最高だったさ」
「どっちが?」
「両方さ」
 蔵人はグラスを片手に笑う。

「アイドルのことは良くわからんが、若いのにダンスも音程もしっかりしてる。歌もポップで今向きだ。何より彼女は客を見ている」
 言いつつグラスをあおる蔵人を、オーナーは苦笑しながら見やる。

 実の娘を褒めるのが照れ臭いのだ。
 伝説のロックバンドの生真面目なロッカーだった頃から、彼は意外に口下手だった。
 ロマンチストで理想主義的な自分を、どこか抑えているからだ。
 そんな彼は内心を誤魔化すように、

「さっきの彼もファンなのか? 幅広い層に人気というのは本当だな」
「いや、彼はね……」
 オーナーは口ごもってから、

「昔はジョーカーのファンだったのさ」
「梓依香の!? そうか。そうか……」
「……いや、あんたが思ってるようなのとは違うよ」
 2人は先ほどの男(萩山父)が去って行った方向を見やる。
 蔵人は輝かしい日々に思いをはせるように遠い目をして。
 オーナーはその、まあ……

 かつてはバンドのアイドルだった仲間のファンで、今は年若いアイドルのファン。
 加えて亡き母から歌を継いだ娘も高く評価している様子。
 そんな自分たちと同年代の男を見やる、蔵人とオーナーの視線の温度は真逆。
 一度は音楽から距離を置いたロマンチストな彼と、アーティストから業界関係者に転身した現実主義者な彼女の、それは認識の差であった。

 そんな2人を、カウンターの陰から短足猫のマンチカンが見上げていた。
 役割は萩山光の保険だ。
 デーモンを用いた彼の送信が失敗した場合、代わりに以前のようにSランクが委員長のライブを中継する手はずになっていた。
 だが萩山は仕事をやりきったので、猫はただライブを聴いていた。だから、

「ナァ~~」
「おおい猫がいるぞ。飲食がある店で大丈夫なのか?」
「心配ないさ。知人の飼い猫さね」
 虚空の一点を見やりながら、気持ちよく鳴いた。

 異能や魔法と縁のない一般人の彼と彼女は知る由もないが、霊格の高い猫たちは魔法的なネットワークを形成して遠くの仲間と会話する――

――保健所のマンチだよ。お仕事しゅーりゅーニャ!

――バースト。おつかれー
――弁財天。おつかれさまだナ
――ルージュ。お仕事は魔法使いのお手伝いだっけ?
――ネコポチ。いいなー
――「「だからネコポチ、おまえが言うなよ」」

――新開発区の名もなき黒猫。魔法と言えば、クラフター人間から挨拶があったぞ
――貴婦人。なんて?
――新開発区の名もなき黒猫。しばらく山に籠るから、来られなくなるって
――ネコポチ。そっかー自分の国に帰っちゃうのかな
――新開発区の名もなき黒猫。山に籠るって言ってたがな

――さみしくなるね。クラフター人間は猫に優しかったのに

――桜ちゃん家のミケだよ。悪い人間をどこかに連れて行ってくれたりね
――弁財天。クラフター人間って、バーストの家の人間が探してなかったかナ? 
――バースト。会えたらしい
――ルージュ。よかった。
――ネコポチ。用が済んだから帰るのかな
――新開発区の名もなき黒猫。……山にな

――エース君。ジャジャーン! 猫の会議にハリネズミ登場!
――公園のボス。そう言えばマンチ、仕事の調子はどうだった?

――綺麗なお歌を聴いて、オーナー人間からイワシをもらって食べた

――「「「仕事!?」」」

――ネコポチ。いいなー
――公園のボス。……まあ、その暮らしは確かに羨ましいな

 と、まあ、そんな様々な出来事があった晩。
 伊或いある町の一角にあるボロアパートの一室。
 台所を兼ねたダイニングで、

「そういえば光、まだロックはやってるのか?」
 頭頂が見事に禿げ上がった赤ら顔の父が、とっくり片手に問いかける。
 昼間は【協会S∴O∴M∴S∴】の術者としての使命を果たした萩山は、夜には普通のこどおじ候補の大学生として親父の晩酌に付きあっていた。
 幸いトロルに似た母親は外で井戸端会議の真っ最中だ。

「たまたまコンサートで見かけたんだが、新人のロッカーに可愛い子がいるな。調べても情報が出てこないんだが、おまえ何か知ってるか?」
「さ、さあ、俺も調べてわかる以上のことは知らないから……」
「そうか……」
 父の問いに、萩山光は適当な返事を返しつつ口ごもる。

 委員長――梨崎紗羅については【機関】や【協会S∴O∴M∴S∴】が情報を消している。
 何故なら、少なくとも今回の件に関しては彼女は裏の世界の戦いのために協力してくれた一般のアーティストだからだ。
 そして【協会S∴O∴M∴S∴】はアーティストやその卵を守る組織だ。
 彼女が今はデビューには時期早々だと判断すれば、その意を最大限に尊重する。
 そうした事情を【協会S∴O∴M∴S∴】の一員である萩山もまた知ってはいる。
 それを一般人である父に話すことはできない。
 だが、それ以上に……

「イリアちゃんもそうだが、最近の若者は立派だなあ。将来が楽しみだ」
 一見すると若者に理解のある大人のような発言。
 だが気心の知れた息子の前だからか、のびきった鼻の下を隠そうともしない。
 そんな父親を見やり、

(もういいよ親父……)
 萩山光は思わず苦笑した。
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