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第16章 つぼみになりたい
戦闘2-3 ~銃技&戦闘魔術vs超能力
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ミスター・イアソンはクイーン・ネメシスに戦いを挑み、倒された。
舞奈と明日香は屈強なヴィランに立ち向かう。
凄まじい打撃のラッシュを避けつつ舞奈は敵に真意を問う。
明日香は二重の隠形環境下から雷弾で奇襲。だが効果はなかった。
「じゃあ、やっぱり、おまえから片付けるしかねぇってことだな!」
クイーン・ネメシスは再び舞奈に襲いかかる。
紫色の巨躯から繰り出される砲弾のような鉄拳。蹴り。
それらに【炎熱剣】【氷結剣】を併用した致命打の猛撃。
巨漢のヴィランは凄まじいパワーと【加速能力】による超スピードで圧倒する。
「最初と状況、変わんないけどな!」
対して舞奈は周囲の空気を通して相手の動きを読み、すべからく打撃を避ける。
互いに手札は知れている。
対抗策もある。
打撃を避けつつ跳び退る舞奈。
追うクイーン・ネメシス。
ミスか疲労で致命的な隙を見せた方が負ける。
あるいは再び行方をくらましたまま、どう動くかわからない明日香の出方次第。
言っとくが今のお前の立場、普段のみゃー子と同じだからな!
生真面目な友人へ内心で叫んだ直後、不意にヴィランは跳び退る。
予感に急かされ舞奈も横に跳んだ途端――
「――おおっと!」
側に飛んできた何かが爆ぜた。
コンマ数秒ほど後、無意識に跳ぶ先の候補から除外した虚空の数か所でも破裂。
いずれもピリピリする放電とオゾン臭をまとわせた爆発。
明日香の【雷弾・弐式】に似ているが微妙に異なる。
奴の【放電撃】だ。
直前のおかしな空気の揺らぎからすると【誘引能力】か【念動】で瓦礫を手元に呼び寄せ、術をこめて指弾で放ったか。
「……ほう、こいつも避けるか」
「さっきも見たからな」
「ちいっ! 気づいていたか」
何事もなかったように距離を詰めつつ打撃のラッシュを再開しつつ、ネメシスのマスクの口元が苦々しく歪む。舞奈は笑う。
先ほどのイアソンとの戦闘中、奴は明日香の【雷弾・弐式】を同じ手段で迎撃し、あまつさえ残りを投げて反撃してきた。
その仕組みを見抜かれていないと思っていたのだろう。
あるいは咄嗟に仲間の援護と混同するかと少し期待したのかもしれない。
なにせ、どちらもプラズマの砲弾だ。
だが魔術師の強大な魔力に裏付けされた雷球と、ヴィランの鋭い指弾では飛んでくる印象も異なる。
そんなヴィランが次いで繰り出される拳に、蹴りに宿るも鮮烈な紫電。
先ほどまでのような炎と冷気ではない。
こちらは【放電剣】。
放電が前髪の先をかすめた拍子にピリリと痺れる。
なるほど魔法の雷撃は術そのものに指向性を付与しやすい性質がある。
銃砲に慣れた明日香が多用する理由だ。
同じ原理で四肢にこめた魔雷を加速に使えば打撃はさらに鋭くなる。
なりふり構わず当てようとするなら、炎や冷気より都合がいい。それでもなお、
「やっぱ、おまえ感知不能な魔法かなんかだろ? こいつはチンピラの群れをまとめてハンバーグにしたことある奴だぞ?」
苦笑する屈強なヴィランの前で、雷拳は避けた舞奈の残像を射抜いて虚空を裂く。
舞奈が素早すぎるからだ。
そして肉体や肉体と繋がった打撃の回避に熟達しているからだ。
いかなる近接打撃も舞奈に対しては無力。
少しばかり対策をしたところで同じ。だから、
「ハンバーグってあんた。まさか普通の人間を相手にか?」
「映画ではな。だが実際は殺る前に全員がCarrierなのを確認した」
「おっそりゃ結構。……っていうか意外に善人なんだなあんたら」
雷打の猛攻を涼しい顔で避けつつ互いに軽口を叩き合う。
紫電を帯びた拳を、蹴りを繰り出すヴィランの口元には笑み。
通電した鉄鎚のような猛撃を、人の形をした生物がまともに喰らえば一撃でミンチになりながら焼かれるだろうことは理解できる。
だがCarrier――脂虫は人類すべての仇敵だ。
悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者どもは、ヴィランにとっても相容れない敵らしい。
まあ当然だと舞奈は思う。
ヒーローとヴィランは敵同士だが、ヴィランは人類そのものの敵ではない。
だからクイーン・ネメシスは一瞬だけ真顔になり、
「……わたしたちと組まないか?」
激しく拳を繰り出しながら、口元に危険な笑みを浮かべる。
対して舞奈は何食わぬ表情で打撃を避けながら、
「そういう柔軟性があるなら、弟さんや世間様とも仲良くしろよ」
「あいつらじゃ無理だ。『奴』を止められるのは悠長な友達ごっこじゃねぇ。本当の強者だけで結成された精鋭部隊だ」
「目的は、夢のドリームチームの結成ってことか?」
「夢とドリームって、意味いっしょだぞ」
「知ってるよ!」
軽口を交わす。互いに激しく機動しながら。
その間にヴィランは姿の見えないもうひとりを探して周囲に目を配らせる。
対して明日香が動く気配はなし。
まるで相手の……否、舞奈の出方をうかがっているかのように。
奴が想い描く夢のチームは奴自身とクラフター、舞奈と明日香といったところか。
正直なところ、その提案に魅力がないと言えば嘘になる。
強者だけで結成された精鋭部隊。
それは3年前、ピクシオンが置かれていた立場と同じだ。
彼女らはたった3人でエンペラーの手下を蹴散らし、奴の野望を挫いた。
美佳と一樹が【機関】の執行人や【組合】の術者に比べて圧倒的に強者で、そして特別だったのは事実だ。
するとリンカー姉弟は幼い舞奈の立ち位置か? 悪くない。
だがヴィランは更に言葉を続ける。
「クラフターから聞いた。2年前、この場所に信じられないくらい強くて有能な子供がいたってな。そいつはたった2人でFiendの群れを蹴散らし、クラフター・シップを破壊して奴を妨害した。そういう人外レベルの仲間が必要なんだ」
「仲間、ねぇ……」
「ああ」
「フィーンドってのは泥人間のことか? 人に化けて倒すと溶ける」
「ああ、そうだ」
クイーン・ネメシスと舞奈。
両者は放電する拳と改造ライフルを構えて笑みを浮かべ合う。
なるほど2年前に麗華を誘拐したのは彼女たち(というかクラフター?)だった。
そしてヴィランたちの今回の目的は再び麗華を奪取することだけじゃない。
あの時に計画を無にした幼い強者たちをスカウトするつもりだったのだ。
それが舞奈たちだと調べた……あるいは気づいた。
謎めいた彼女らの目的には力が必要なのだろう。
彼女の言う『奴』が何者なのかはわからないが、それがエンペラーのような通常の超法規的な枠組みでは対処できない相手だと考えれば一応の辻褄は合う。だが――
「――もう一度だけ問おう。わたしたちの仲間にならないか?」
「スマンが話には乗れないな。別の仲間と先約があるんだ」
言うと同時に改造ライフルを構え、跳び退りつつ撃つ。三点射撃。
3発の大口径ライフル弾が【念力盾】に弾かれ地に落ちる。
虚を突かれた表情のネメシス。
対する舞奈の口元には笑み。
今の舞奈の仲間は【機関】の友人たち、そして協力者たちだ。
今回の作戦に参加してくれた桂木姉妹に小夜子、サチ。
その間に別の場所で戦ってくれた奈良坂やハットリ。
協力してくれたミスター・イアソン、シャドウ・ザ・シャーク。委員長。
まあニュットも。
舞奈の事情を察して快く送り出してくれた園香たち。スミス。
他にも舞奈の知らない場所で動いてくれた大勢の人たち。
彼女ら、彼らは美佳や一樹とは違う。
その大半の力量は、正直なところ舞奈の水準には遠く及ばない。
だが美佳と一樹を失った舞奈が代わりを見つけようと死に物狂いであがく中、ようやく結ぶことができた絆だ。
ただ弱いからという理由で皆を否定することは、舞奈の3年間を否定することだ。
だから口元に会心の笑みを浮かべる舞奈の、
「そうかい!」
「おっと!」
足元の瓦礫が一斉に吹き上がる。
辛うじて避けた舞奈を包む微弱な【力盾】が小さな破片を弾く。
念動力で周囲の物体をぶつける【念動弾】を、舞奈の足元から放ったのだ。
以前にミスター・イアソンが使っていた。
「ほう! こいつも避けるか!」
仁王立ちになって集中していたポーズのままクイーン・ネメシスは叫ぶ。
驚いているか、怒っているか、あるいは両方か。
「そいつの使い方だけは、弟の方が上手かったぜ」
対する舞奈は、同じ術による追撃を警戒しながら軽口を叩く。
言った言葉は本当だ。
多数の瓦礫を動かす術の威力はともかく、岩石弾が飛来する鋭さと精度は弟のイアソンがクラフターへの牽制に使った時の方が上だった。
おそらく彼が【エネルギーの生成】がそれほど得意じゃないからだ。
彼は姉のように炎や冷気、稲妻を自在に操ることはできない。
だから【念力と身体強化】技術の成果である【念動力】【念動】及びその派生を使いこなして戦うしかなかったのだ。
数多の術者に囲まれながら、術を使えぬ舞奈のように。
そんな最強の無能力者の目前に、
「……敗れた仲間の良かった探しか?」
唐突にネメシスが出現する。毎度の【転移能力】。
だが口調と動きに余裕がない。
誘いを蹴られたのが気に入らないか、見えているのに一向に捉えられぬ舞奈に苛立っているか、煽りが予想以上に刺さったか、あるいはそのすべてか。
マスクの口元が、常人なら見ただけで失神しそうなほど凶悪に歪む。
恐るべきヴィランの面目如実だ。
そんなヴィランは屈強な肉体から勢いのまま鉄拳を放つ。
舞奈は横に跳んで避ける。
ネメシスは【加速能力】を操り、【念動力】と見分けがつかないくらい慣性も物理法則も無視した無理やりな機動で態勢を立て直しつつ追撃の蹴りを放つ。
「おまえたちの国の奴らは、いつもそうやって根性論だ! 大戦中からそうだった!」
「第二次世界大戦か? あんたがそこまで年喰ってるようには見えんが!」
叫びつつ、再び炎と冷気がこもった拳と蹴りの猛ラッシュ。
対して舞奈は茶化しつつ、のらりくらりと回避する。
そうしながらもクイーン・ネメシスの身体に宿る超能力の量に嘆息する。
先ほどイアソンと全力で戦った直後だというの尽きる気配もない。
そんな超能力でサポートしているからか、息のあがった様子すらない。
屈強な超能力者である弟を完全に超える姉を見やり、舞奈の口元がへの字に歪む。
そんな舞奈をネメシスは見やり、
「おまえだって他人事じゃあないんだよ!」
叫びながら渾身の打撃。
舞奈が構えた改造ライフルを見やり、
「わたしの国に生まれていれば、そんな豆鉄砲に頼る必要などなかった!」
先ほどまでより更に鋭い銃弾のような雷拳。
それすら舞奈は余裕で避けつつ、
「今のおまえの技術とわたしの超能力を併せ持った、真の最強におまえはなれた!」
「余計なお世話だ!」
思わず叫ぶ。
戦場で鍛え抜かれた身体は敵の攻撃に対して即座に冷徹に反応する。
だが明日香ほど達観したつもりのない舞奈の心は別物だ。だから、
「あたしは今の自分が気に入ってるんだよ!」
激情に突き動かされるまま撃つ。
辛うじて自制して三点射撃。
3発の大口径ライフル弾は当然のように【念力盾】で防がれる。
まあネメシスの言葉に納得できる要素がない訳でもない。
彼女は不条理が許せないのだ。
上手く行くはずの計画が不条理に瓦解することが。
見こみのある子供が不条理に学びを得る機会から遠ざけられることが。
比較的に治安の良い国内ですら、そういう場面を目にしたことはある。
何もかもが大きい彼女らの国では、もっと酷い状況も多々あったのだろう。
リンカー姉弟も、いわばそうした犠牲者なのかもしれない。
そんな姉弟を彼女は愛している。
大元の彼女は子供好きな善良な人間なのだ。
彼女のリンカー姉弟に対する言動を、表情を見ていればわかる。
彼女が憎んでいるのは不条理だ。子供たちの苦悩と不幸だ。
その善良な想いが強すぎて、不条理を内包する社会から彼女は逸脱した。
ヒーローと敵対するヴィランになった。
彼女は悪ではない。いわば危険なほど強大な善だ。
彼女も生真面目な弟と同じ。ただ超能力も想いも強かっただけだ。それでも、
「あんたにあたしの何がわかるよ!?」
舞奈も負けじと叫ぶ。
素早く的確に機動し拳を、蹴りを避けながら、それでも激情をぶつけるように猛る。
効かぬ銃弾の代わりに射るように睨む。
舞奈にだって許せないことがある。
今の自分のスタイルを否定されたくない。
自分がつかみ取ってきたものを、今この手につかんでいるものを、頭ごなしに否定されて心穏やかにいられる訳がない。
何故なら舞奈も仲間が好きだから。
銃の打ち方を教えてくれた美佳。
戦い方を教えてくれた一樹。
最高の銃を用意してくれるスミス。
術を使えぬ最強を、それでも頼り、時には力を貸してくれる友人たち。
昔の仲間も、今の仲間も、大事な舞奈の一部だ。
だから舞奈も敵の激情に応じるように、
「あんたは自分じゃあ革新的な生き方をしてるつもりなのかもしれんがな!」
叫ぶ。
「そいつが大事な何かを安く切り売りしてるだけじゃないって、言いきれるのか!?」
「ったく、ガキの台詞じゃねぇだろ! 畜生!」
「ああ! よく言われるよ!」
叫びながら接敵する。
極限まで小型化された改造ライフルでギリギリ狙える距離。
残りの大口径ライフル弾を全部ぶちまければ【念力盾】を撃ち抜ける可能性のある至近距離へ。
タイミングを合わせるように、得物に魔法が注がれる。
舞奈が無意識に付与魔法を受け入れる相手は明日香だけだ。
再び姿をくらましたまま様子をうかがっていたパートナーが動いたのだ。
激情で血が上った頭が、不自然な銃の熱で瞬時に冷えた。
そのままクイーン・ネメシスの土手っ腹に銃口を向ける。
敵が反応するより早く残弾をぶちこむ。
短銃身から大口径ライフル弾が掃射される凄まじい反動を、鍛え抜かれた筋肉と体裁きで抑えこむ。
それでも大口径ライフル弾は【念力盾】に阻まれて地に落ちる。
掌をかざして超能力の障壁を維持しながらヴィランは笑う。
次いで跳び退りながら撃ちこんだ最後の1発が、手榴弾のように爆発する。
最後の1発に【炎榴弾】がこめられていたらしい。
銃ではなく1発の弾丸を媒体にした、ものにかける攻撃魔法。
敵の油断を誘って【念力盾】を突破する算段か。
流石は明日香様。戦闘中に考えることはえげつない。
だから舞奈は弾切れした改造ライフルを肩紐のまま肩に戻す。
次いで改造拳銃を抜きつつ乱射。
硝煙に混じったオゾン臭とともに、パチパチと輝く銃弾が放たれる。
こちらには【衝弾】がこめられていたらしい。
付与魔法されただけの拳銃なのに、砲撃みたいな無茶な反動。
それでも両手で握把を握りしめて耐えながら撃つ。撃つ。
不可視の障壁が激しく揺れる。
だが3発目は虚空を撃ち抜く。
目前にクイーン・ネメシスの姿はない。
障壁の限界を察して【転移能力】で回避したのだ。
乱射の途中でタイミングを見計らって転移する動体視力は見事。
だが舞奈は振り向きざまに左手を突き出す。
手袋の甲に仕込まれた金具の横にのびる引鉄を、銃底で押さえるように引く。
途端、軽い銃声とともに小口径弾の勢いでフックに引かれたワイヤーが飛び出し、
「Wha……t!?」
次の瞬間、あらわれたクイーン・ネメシスの身体に当たる。
フックは屈強な肉体に当然ように弾かれるが、ワイヤーは遠心力で巨躯に巻きつく。
先の戦闘で、舞奈は【転移能力】【念力盾】を同時に使えないと見抜いた。
超能力で作った障壁が空間の抜け道に引っかかるためだろう。
だが彼女は【転移能力】直後に【念力盾】を使って機動力と防護を両立した。
それでも今の一瞬、抜け道の出口にワイヤーが引っかかって微妙に転移を阻害した。
故にネメシスは転移先でよろめき、対応が遅れた。
舞奈は笑う。
もちろん敵の転移に気づいた直後に転移先の当たりをつけて、瞬間移動を邪魔するようにワイヤーショットを撃つ程度のことは造作ない。
別に底意地の悪い明日香の同類になったつもりはない。
だが、その程度の戦術を使わなければ逆に相手に失礼だ。
「味な真似を! ……だがな!」
鋼鉄製のワイヤーを、ネメシスは【念動】と力こぶで無理やりにを引き千切る。
凄まじい超能力。凄まじい肉体。
だが次の瞬間、内側から圧を伴う熱を感じた得物はホルスターの中の拳銃。
明日香が繰り出した次なる手札はこれだ。
「!? こいつは大丈夫なんだろうな……?」
流石の舞奈もギョッとする。
威力のある改造ライフル。
付与魔法をかけるために調整された改造拳銃。
次いで明日香は、舞奈が最も慣れた拳銃にも魔法をかけた。
以前にこの圧迫感を感じたのは、蔓見雷人との決戦のときだ。
その意味を察して苦笑する舞奈の――
「――って、おい!?」
頭上にまたたく無数の光。
ついに明日香本人も本格的に仕掛けたのだ。
舞奈は思わず声をあげる。
「大規模攻撃魔法か!?」
流石のクイーン・ネメシスも驚愕する。
雷撃の雨【雷嵐】。
それをよりによって、ネメシスを中心に舞奈を巻きこむ形で放ったのだ。
血迷ったか!?
活路を探す舞奈の頭上に、4枚の氷盾が出現する。
即ち【氷盾《アイゼス・シュルツェン》】。
4枚の盾が折り重なって生まれた子供ひとり分の安全地帯に舞奈は辛くも滑りこむ。
直後、雷撃の雨は氷盾にはばまれて舞奈だけを避け、それ以外のすべてを焼き払う。
もちろんネメシスも。
「ったく! 人の命を計算づくで玩具にしやがって」
舞奈は苦笑する。だが――
「――!?」
「――わたしは魔術師じゃないが 攻撃魔法や防御魔法の遠距離発動が至難の技術だってことは知ってるぞ。そう遠くからだと、ここまで正確には撃てんはずだ」
声に振り向く。
近くの瓦礫の陰で、ネメシスが放電する剣で明日香を貫いていた。
長剣のようにのばした【放電剣】だ。
雷の雨の降らせ方と【氷盾《アイゼス・シュルツェン》】の位置から術者の位置を割り出されたか。
流石は熟達したヴィランだ。
加えて氷盾は舞奈の頭上にあるので、明日香自身を守る手立てはない。だから――
「――そういうことか畜生!」
叫びつつ拳銃を抜く。
ネメシスは銃撃に備えて受け止めるべく左の掌をかざし、
「……?」
訝しみつつ右手の放電剣を見やり、
「転移だと!?」
その先にいたはずの明日香はいない。
代わりに焼け焦げた4枚のドッグタグが地に落ちる。
即ち【反応的移動】。
被弾に反応して自動的に転移する魔術だ。
だが通常の短距離転移【戦術的移動】に使用するのと同じドッグタグを消費するために回数が限られた、いわば明日香の生命線。
つまりネメシスが貫いたと思っていたのは残像だ。
加えて次の瞬間、
「!? Fuckin!」
不意にのびた氷の茨がヴィランの足元を縛める。
即ち【氷棺・弐式】。
明日香は被弾回避の置き土産として拘束の魔術を仕掛けていたらしい。
美佳が多用した戦術だ。
あるいはウィアードテールの真似か?
「小細工を!?」
クイーン・ネメシスは【加熱能力】で燃え上がり、拘束から一瞬で脱する。
だが、その一瞬の隙を舞奈は見逃さない。
だから次の瞬間、屈強なヴィランの腹に、
「……っ!?」
輝く銃弾が埋まっていた。
自身の紫色のタイツがピチピチになるくらい見事に割れた腹筋に、まばゆく剣呑な光を放つ弾頭がめりこむ様を見やったヴィランの口元が驚愕に歪む。
そして次の瞬間、彼女を中心に光があふれた。
守護珠による転移の光ともまるで違う。
眼窩をえぐるような暴力的な光の色が視界を塗りつぶす。
同時に明日香に胸ぐらをつかまれて舞奈は転移する。
そして目もくらむような光が止んだ後、
「と……んでもねぇことしやがるな」
満身創痍で身動きすらままならないネメシスは力なく笑う。
否、正確にはミリアム氏と呼ぶべきか。
今の彼女はよれたシャツとジーンズという普段の姿だ。
マスクもなく、紫色の全身タイツも消えているのは防護のために超能力を使い果たしたからだ。
彼女の周囲は巨大なクレーターになっていた。
初打で自身が繰り出した【炎熱撃】による陥没が小さな穴ぼこに見える規模のクレーターができるほどの核攻撃を、ネメシスはまともに喰らったのだ。そんな彼女を、
「手加減して勝てる相手じゃありませんから」
明日香は歩み寄りながら無言で見下ろす。
怒っているようにも笑っているようにも見えないが、あえていうならバツが悪そうな表情に思える。
そう。こともあろうに明日香は舞奈の拳銃に【滅光榴弾】をかけたのだ。
つまり先の戦闘で完全体を含む状況すべてを一撃で葬った核攻撃をだ。
「すまん。こいつ、いつもなんだ」
「そりゃ本当に酷い」
続く舞奈に対し、ミリアムは精魂尽き果てた様子で、それでも楽しげに答える。
彼女は戦いが好きだから。
圧倒的な超能力で叩きのめすのも、更なる魔力でやりこめられるのも。
「しかも【念力盾】越しに付与魔法を破壊して、本体は無事とかな。核を微調整して撃つ奴なんて初めて見たよ。haha……」
苦笑する。
プラスの感情から生まれた、超能力を含む魔力は消える間際にすら善を成す。
だから術者が身にまとった付与魔法を破壊すると術者は衰弱し、代わりに本体への損傷は不自然なほど軽微に抑えられる。
そんな特性によって生き永らえたヴィランを見やって舞奈も笑う。
舞奈にとって、これまで結んできた絆は宝だ。
だからクイーン・ネメシスの誘いを蹴った。
だが、そんなネメシス――ミリアム氏も、絆を結んだ友人だ。あの火曜日の夜に、明日香とリンカー姉弟と5人で同じカウンターに並んで飯を食ったから。
友人のひとまずの無事が嬉しくない訳がない。
その想いは明日香も同じなのだろうと舞奈は思う。
そう。黒髪の友人が戦闘中に度々していた奇襲は単なる嫌がらせではなかった。
核攻撃を手加減するべく、相手が術にこめている魔力の量を量っていたのだ。
生真面目な魔術師は計算に計算を重ねて万全を期して無茶をする。
そんな明日香を見やり、
「詳しい事情を説明していただけますか?」
「……おまえ、【転移能力】は苦手なのか? 不意をつくために温存していたにしちゃあ徹底しすぎな気がするんだが」
問いをはぐらかすように、ミリアム氏は問いかける。
生真面目な黒髪の魔術師は一瞬だけ逡巡し、ヴィランの表情を見やり、
「少し特殊な流派の魔術なので、転移の度にルーンを消費するんです」
答える。
「いや、おまえが普通に使ってた【誘引能力】と基礎技術は同じだぞ」
ヴィランは反射的に反論し、その後に少し考えてから……
「……そのルーンってのは、何かに反応して転移するための自動化に使ってるんじゃないのか? 普通の短距離転移ならなくてもできるはずだ」
「斥力場による空間湾曲の制御に要するのだと理解していましたが」
「いや、それはそこまで難しい技術じゃない。わたしも超能力で空間を歪めて跳んでるし、高等魔術師もたいていやってる。少なくとも核攻撃の峰打ちよりは単純だぞ」
「……後で資料を調べなおしてみます」
「ああ、それが良い」
明日香の返事に満足げに笑う。
そんなヴィランに対して、
「……どういうつもりだ?」
舞奈は問う。
そりゃまあ【戦術的移動】が無限に行使できれば明日香の生存能力と戦術の幅は飛躍的に増大する。その益はパートナーである舞奈にも及ぶ。
だが今しがた倒されたばかりのヴィランにメリットはない。それでも、
「気に入らねぇんだ。子供の未熟さを知ってて、だんまり決めこんで利用するのがな」
屈強なヴィランは今度は舞奈を見やって笑う。
その言葉に嘘はないと思った。
たぶん、それこそが屈強な女ヴィランがサイキック暗殺者の姉弟に慕われる理由だ。
そんなヴィランは姉弟とは別の子供2人組――舞奈と明日香を交互に見やりながら、
「……あいつらにさ、『プリドゥエンの守護珠』で本土に帰れって言ってあるのさ」
語る。
口元にかすかな笑みを浮かべて。
「あいつら、あと1回しか使えない魔道具を使って帰るかな?」
「さあ、どうだろうな」
口元を歪めつつ、舞奈はヴィランに背を向ける。明日香も。
たぶん彼女は取引を持ちかけたつもりなのだろう。
年若い魔術師へのコーチングと引き換えに、子供たちの身の安全を保障させようと。
だが彼女の思惑は少し的外れだと思った。
もとより舞奈は2人をどうこうするつもりはない。連れ去られた少女が戻ればそれでいい。明日香も【組合】の管轄下で術者に何かしたいとは思わないだろう。
でもまあ、ヴィランの世界では子供を守るために駆け引きが必要なのかもしれない。
それに、何より子供たちが指示を守っていれば舞奈たちが何かすることはできない。
けれど――否、だから舞奈はふと、振り返り……
「……シィーユゥー」
『SEE YOU』
適当な発音で別れの挨拶をして、礼の如く発音を矯正される。
そして互いに微かな笑みを浮かべたまま、再び2人はミリアム氏に背を向ける。
そのまま歩き出す。
遠目にそびえるヴィランの拠点に向かって。
彼女の言葉の是非を確かめるために。
そして自分の、彼女の、守りたいものを守り抜くために。
もし、できるなら彼女と交わした約束を果たすために。
……そんな2人の背中を、巨大なクレーターの中心からミリアム氏は見送る。
口元に清々しい笑みを浮かべ、けれど笑みは少しだけ口惜しげに歪む。
懐からチェーンに吊られた小さな何かを取り出し、見やる。
どんぶりに盛られたラーメンを模した小さなキーホルダーだ。
そして視界の端に映った、人間サイズの大穴が開いた廃ビルを見やり……
「……味噌の奴も買っとけば良かったかな」
ひとりごち、そして休息により超能力を回復させるべく目を閉じた。
舞奈と明日香は屈強なヴィランに立ち向かう。
凄まじい打撃のラッシュを避けつつ舞奈は敵に真意を問う。
明日香は二重の隠形環境下から雷弾で奇襲。だが効果はなかった。
「じゃあ、やっぱり、おまえから片付けるしかねぇってことだな!」
クイーン・ネメシスは再び舞奈に襲いかかる。
紫色の巨躯から繰り出される砲弾のような鉄拳。蹴り。
それらに【炎熱剣】【氷結剣】を併用した致命打の猛撃。
巨漢のヴィランは凄まじいパワーと【加速能力】による超スピードで圧倒する。
「最初と状況、変わんないけどな!」
対して舞奈は周囲の空気を通して相手の動きを読み、すべからく打撃を避ける。
互いに手札は知れている。
対抗策もある。
打撃を避けつつ跳び退る舞奈。
追うクイーン・ネメシス。
ミスか疲労で致命的な隙を見せた方が負ける。
あるいは再び行方をくらましたまま、どう動くかわからない明日香の出方次第。
言っとくが今のお前の立場、普段のみゃー子と同じだからな!
生真面目な友人へ内心で叫んだ直後、不意にヴィランは跳び退る。
予感に急かされ舞奈も横に跳んだ途端――
「――おおっと!」
側に飛んできた何かが爆ぜた。
コンマ数秒ほど後、無意識に跳ぶ先の候補から除外した虚空の数か所でも破裂。
いずれもピリピリする放電とオゾン臭をまとわせた爆発。
明日香の【雷弾・弐式】に似ているが微妙に異なる。
奴の【放電撃】だ。
直前のおかしな空気の揺らぎからすると【誘引能力】か【念動】で瓦礫を手元に呼び寄せ、術をこめて指弾で放ったか。
「……ほう、こいつも避けるか」
「さっきも見たからな」
「ちいっ! 気づいていたか」
何事もなかったように距離を詰めつつ打撃のラッシュを再開しつつ、ネメシスのマスクの口元が苦々しく歪む。舞奈は笑う。
先ほどのイアソンとの戦闘中、奴は明日香の【雷弾・弐式】を同じ手段で迎撃し、あまつさえ残りを投げて反撃してきた。
その仕組みを見抜かれていないと思っていたのだろう。
あるいは咄嗟に仲間の援護と混同するかと少し期待したのかもしれない。
なにせ、どちらもプラズマの砲弾だ。
だが魔術師の強大な魔力に裏付けされた雷球と、ヴィランの鋭い指弾では飛んでくる印象も異なる。
そんなヴィランが次いで繰り出される拳に、蹴りに宿るも鮮烈な紫電。
先ほどまでのような炎と冷気ではない。
こちらは【放電剣】。
放電が前髪の先をかすめた拍子にピリリと痺れる。
なるほど魔法の雷撃は術そのものに指向性を付与しやすい性質がある。
銃砲に慣れた明日香が多用する理由だ。
同じ原理で四肢にこめた魔雷を加速に使えば打撃はさらに鋭くなる。
なりふり構わず当てようとするなら、炎や冷気より都合がいい。それでもなお、
「やっぱ、おまえ感知不能な魔法かなんかだろ? こいつはチンピラの群れをまとめてハンバーグにしたことある奴だぞ?」
苦笑する屈強なヴィランの前で、雷拳は避けた舞奈の残像を射抜いて虚空を裂く。
舞奈が素早すぎるからだ。
そして肉体や肉体と繋がった打撃の回避に熟達しているからだ。
いかなる近接打撃も舞奈に対しては無力。
少しばかり対策をしたところで同じ。だから、
「ハンバーグってあんた。まさか普通の人間を相手にか?」
「映画ではな。だが実際は殺る前に全員がCarrierなのを確認した」
「おっそりゃ結構。……っていうか意外に善人なんだなあんたら」
雷打の猛攻を涼しい顔で避けつつ互いに軽口を叩き合う。
紫電を帯びた拳を、蹴りを繰り出すヴィランの口元には笑み。
通電した鉄鎚のような猛撃を、人の形をした生物がまともに喰らえば一撃でミンチになりながら焼かれるだろうことは理解できる。
だがCarrier――脂虫は人類すべての仇敵だ。
悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者どもは、ヴィランにとっても相容れない敵らしい。
まあ当然だと舞奈は思う。
ヒーローとヴィランは敵同士だが、ヴィランは人類そのものの敵ではない。
だからクイーン・ネメシスは一瞬だけ真顔になり、
「……わたしたちと組まないか?」
激しく拳を繰り出しながら、口元に危険な笑みを浮かべる。
対して舞奈は何食わぬ表情で打撃を避けながら、
「そういう柔軟性があるなら、弟さんや世間様とも仲良くしろよ」
「あいつらじゃ無理だ。『奴』を止められるのは悠長な友達ごっこじゃねぇ。本当の強者だけで結成された精鋭部隊だ」
「目的は、夢のドリームチームの結成ってことか?」
「夢とドリームって、意味いっしょだぞ」
「知ってるよ!」
軽口を交わす。互いに激しく機動しながら。
その間にヴィランは姿の見えないもうひとりを探して周囲に目を配らせる。
対して明日香が動く気配はなし。
まるで相手の……否、舞奈の出方をうかがっているかのように。
奴が想い描く夢のチームは奴自身とクラフター、舞奈と明日香といったところか。
正直なところ、その提案に魅力がないと言えば嘘になる。
強者だけで結成された精鋭部隊。
それは3年前、ピクシオンが置かれていた立場と同じだ。
彼女らはたった3人でエンペラーの手下を蹴散らし、奴の野望を挫いた。
美佳と一樹が【機関】の執行人や【組合】の術者に比べて圧倒的に強者で、そして特別だったのは事実だ。
するとリンカー姉弟は幼い舞奈の立ち位置か? 悪くない。
だがヴィランは更に言葉を続ける。
「クラフターから聞いた。2年前、この場所に信じられないくらい強くて有能な子供がいたってな。そいつはたった2人でFiendの群れを蹴散らし、クラフター・シップを破壊して奴を妨害した。そういう人外レベルの仲間が必要なんだ」
「仲間、ねぇ……」
「ああ」
「フィーンドってのは泥人間のことか? 人に化けて倒すと溶ける」
「ああ、そうだ」
クイーン・ネメシスと舞奈。
両者は放電する拳と改造ライフルを構えて笑みを浮かべ合う。
なるほど2年前に麗華を誘拐したのは彼女たち(というかクラフター?)だった。
そしてヴィランたちの今回の目的は再び麗華を奪取することだけじゃない。
あの時に計画を無にした幼い強者たちをスカウトするつもりだったのだ。
それが舞奈たちだと調べた……あるいは気づいた。
謎めいた彼女らの目的には力が必要なのだろう。
彼女の言う『奴』が何者なのかはわからないが、それがエンペラーのような通常の超法規的な枠組みでは対処できない相手だと考えれば一応の辻褄は合う。だが――
「――もう一度だけ問おう。わたしたちの仲間にならないか?」
「スマンが話には乗れないな。別の仲間と先約があるんだ」
言うと同時に改造ライフルを構え、跳び退りつつ撃つ。三点射撃。
3発の大口径ライフル弾が【念力盾】に弾かれ地に落ちる。
虚を突かれた表情のネメシス。
対する舞奈の口元には笑み。
今の舞奈の仲間は【機関】の友人たち、そして協力者たちだ。
今回の作戦に参加してくれた桂木姉妹に小夜子、サチ。
その間に別の場所で戦ってくれた奈良坂やハットリ。
協力してくれたミスター・イアソン、シャドウ・ザ・シャーク。委員長。
まあニュットも。
舞奈の事情を察して快く送り出してくれた園香たち。スミス。
他にも舞奈の知らない場所で動いてくれた大勢の人たち。
彼女ら、彼らは美佳や一樹とは違う。
その大半の力量は、正直なところ舞奈の水準には遠く及ばない。
だが美佳と一樹を失った舞奈が代わりを見つけようと死に物狂いであがく中、ようやく結ぶことができた絆だ。
ただ弱いからという理由で皆を否定することは、舞奈の3年間を否定することだ。
だから口元に会心の笑みを浮かべる舞奈の、
「そうかい!」
「おっと!」
足元の瓦礫が一斉に吹き上がる。
辛うじて避けた舞奈を包む微弱な【力盾】が小さな破片を弾く。
念動力で周囲の物体をぶつける【念動弾】を、舞奈の足元から放ったのだ。
以前にミスター・イアソンが使っていた。
「ほう! こいつも避けるか!」
仁王立ちになって集中していたポーズのままクイーン・ネメシスは叫ぶ。
驚いているか、怒っているか、あるいは両方か。
「そいつの使い方だけは、弟の方が上手かったぜ」
対する舞奈は、同じ術による追撃を警戒しながら軽口を叩く。
言った言葉は本当だ。
多数の瓦礫を動かす術の威力はともかく、岩石弾が飛来する鋭さと精度は弟のイアソンがクラフターへの牽制に使った時の方が上だった。
おそらく彼が【エネルギーの生成】がそれほど得意じゃないからだ。
彼は姉のように炎や冷気、稲妻を自在に操ることはできない。
だから【念力と身体強化】技術の成果である【念動力】【念動】及びその派生を使いこなして戦うしかなかったのだ。
数多の術者に囲まれながら、術を使えぬ舞奈のように。
そんな最強の無能力者の目前に、
「……敗れた仲間の良かった探しか?」
唐突にネメシスが出現する。毎度の【転移能力】。
だが口調と動きに余裕がない。
誘いを蹴られたのが気に入らないか、見えているのに一向に捉えられぬ舞奈に苛立っているか、煽りが予想以上に刺さったか、あるいはそのすべてか。
マスクの口元が、常人なら見ただけで失神しそうなほど凶悪に歪む。
恐るべきヴィランの面目如実だ。
そんなヴィランは屈強な肉体から勢いのまま鉄拳を放つ。
舞奈は横に跳んで避ける。
ネメシスは【加速能力】を操り、【念動力】と見分けがつかないくらい慣性も物理法則も無視した無理やりな機動で態勢を立て直しつつ追撃の蹴りを放つ。
「おまえたちの国の奴らは、いつもそうやって根性論だ! 大戦中からそうだった!」
「第二次世界大戦か? あんたがそこまで年喰ってるようには見えんが!」
叫びつつ、再び炎と冷気がこもった拳と蹴りの猛ラッシュ。
対して舞奈は茶化しつつ、のらりくらりと回避する。
そうしながらもクイーン・ネメシスの身体に宿る超能力の量に嘆息する。
先ほどイアソンと全力で戦った直後だというの尽きる気配もない。
そんな超能力でサポートしているからか、息のあがった様子すらない。
屈強な超能力者である弟を完全に超える姉を見やり、舞奈の口元がへの字に歪む。
そんな舞奈をネメシスは見やり、
「おまえだって他人事じゃあないんだよ!」
叫びながら渾身の打撃。
舞奈が構えた改造ライフルを見やり、
「わたしの国に生まれていれば、そんな豆鉄砲に頼る必要などなかった!」
先ほどまでより更に鋭い銃弾のような雷拳。
それすら舞奈は余裕で避けつつ、
「今のおまえの技術とわたしの超能力を併せ持った、真の最強におまえはなれた!」
「余計なお世話だ!」
思わず叫ぶ。
戦場で鍛え抜かれた身体は敵の攻撃に対して即座に冷徹に反応する。
だが明日香ほど達観したつもりのない舞奈の心は別物だ。だから、
「あたしは今の自分が気に入ってるんだよ!」
激情に突き動かされるまま撃つ。
辛うじて自制して三点射撃。
3発の大口径ライフル弾は当然のように【念力盾】で防がれる。
まあネメシスの言葉に納得できる要素がない訳でもない。
彼女は不条理が許せないのだ。
上手く行くはずの計画が不条理に瓦解することが。
見こみのある子供が不条理に学びを得る機会から遠ざけられることが。
比較的に治安の良い国内ですら、そういう場面を目にしたことはある。
何もかもが大きい彼女らの国では、もっと酷い状況も多々あったのだろう。
リンカー姉弟も、いわばそうした犠牲者なのかもしれない。
そんな姉弟を彼女は愛している。
大元の彼女は子供好きな善良な人間なのだ。
彼女のリンカー姉弟に対する言動を、表情を見ていればわかる。
彼女が憎んでいるのは不条理だ。子供たちの苦悩と不幸だ。
その善良な想いが強すぎて、不条理を内包する社会から彼女は逸脱した。
ヒーローと敵対するヴィランになった。
彼女は悪ではない。いわば危険なほど強大な善だ。
彼女も生真面目な弟と同じ。ただ超能力も想いも強かっただけだ。それでも、
「あんたにあたしの何がわかるよ!?」
舞奈も負けじと叫ぶ。
素早く的確に機動し拳を、蹴りを避けながら、それでも激情をぶつけるように猛る。
効かぬ銃弾の代わりに射るように睨む。
舞奈にだって許せないことがある。
今の自分のスタイルを否定されたくない。
自分がつかみ取ってきたものを、今この手につかんでいるものを、頭ごなしに否定されて心穏やかにいられる訳がない。
何故なら舞奈も仲間が好きだから。
銃の打ち方を教えてくれた美佳。
戦い方を教えてくれた一樹。
最高の銃を用意してくれるスミス。
術を使えぬ最強を、それでも頼り、時には力を貸してくれる友人たち。
昔の仲間も、今の仲間も、大事な舞奈の一部だ。
だから舞奈も敵の激情に応じるように、
「あんたは自分じゃあ革新的な生き方をしてるつもりなのかもしれんがな!」
叫ぶ。
「そいつが大事な何かを安く切り売りしてるだけじゃないって、言いきれるのか!?」
「ったく、ガキの台詞じゃねぇだろ! 畜生!」
「ああ! よく言われるよ!」
叫びながら接敵する。
極限まで小型化された改造ライフルでギリギリ狙える距離。
残りの大口径ライフル弾を全部ぶちまければ【念力盾】を撃ち抜ける可能性のある至近距離へ。
タイミングを合わせるように、得物に魔法が注がれる。
舞奈が無意識に付与魔法を受け入れる相手は明日香だけだ。
再び姿をくらましたまま様子をうかがっていたパートナーが動いたのだ。
激情で血が上った頭が、不自然な銃の熱で瞬時に冷えた。
そのままクイーン・ネメシスの土手っ腹に銃口を向ける。
敵が反応するより早く残弾をぶちこむ。
短銃身から大口径ライフル弾が掃射される凄まじい反動を、鍛え抜かれた筋肉と体裁きで抑えこむ。
それでも大口径ライフル弾は【念力盾】に阻まれて地に落ちる。
掌をかざして超能力の障壁を維持しながらヴィランは笑う。
次いで跳び退りながら撃ちこんだ最後の1発が、手榴弾のように爆発する。
最後の1発に【炎榴弾】がこめられていたらしい。
銃ではなく1発の弾丸を媒体にした、ものにかける攻撃魔法。
敵の油断を誘って【念力盾】を突破する算段か。
流石は明日香様。戦闘中に考えることはえげつない。
だから舞奈は弾切れした改造ライフルを肩紐のまま肩に戻す。
次いで改造拳銃を抜きつつ乱射。
硝煙に混じったオゾン臭とともに、パチパチと輝く銃弾が放たれる。
こちらには【衝弾】がこめられていたらしい。
付与魔法されただけの拳銃なのに、砲撃みたいな無茶な反動。
それでも両手で握把を握りしめて耐えながら撃つ。撃つ。
不可視の障壁が激しく揺れる。
だが3発目は虚空を撃ち抜く。
目前にクイーン・ネメシスの姿はない。
障壁の限界を察して【転移能力】で回避したのだ。
乱射の途中でタイミングを見計らって転移する動体視力は見事。
だが舞奈は振り向きざまに左手を突き出す。
手袋の甲に仕込まれた金具の横にのびる引鉄を、銃底で押さえるように引く。
途端、軽い銃声とともに小口径弾の勢いでフックに引かれたワイヤーが飛び出し、
「Wha……t!?」
次の瞬間、あらわれたクイーン・ネメシスの身体に当たる。
フックは屈強な肉体に当然ように弾かれるが、ワイヤーは遠心力で巨躯に巻きつく。
先の戦闘で、舞奈は【転移能力】【念力盾】を同時に使えないと見抜いた。
超能力で作った障壁が空間の抜け道に引っかかるためだろう。
だが彼女は【転移能力】直後に【念力盾】を使って機動力と防護を両立した。
それでも今の一瞬、抜け道の出口にワイヤーが引っかかって微妙に転移を阻害した。
故にネメシスは転移先でよろめき、対応が遅れた。
舞奈は笑う。
もちろん敵の転移に気づいた直後に転移先の当たりをつけて、瞬間移動を邪魔するようにワイヤーショットを撃つ程度のことは造作ない。
別に底意地の悪い明日香の同類になったつもりはない。
だが、その程度の戦術を使わなければ逆に相手に失礼だ。
「味な真似を! ……だがな!」
鋼鉄製のワイヤーを、ネメシスは【念動】と力こぶで無理やりにを引き千切る。
凄まじい超能力。凄まじい肉体。
だが次の瞬間、内側から圧を伴う熱を感じた得物はホルスターの中の拳銃。
明日香が繰り出した次なる手札はこれだ。
「!? こいつは大丈夫なんだろうな……?」
流石の舞奈もギョッとする。
威力のある改造ライフル。
付与魔法をかけるために調整された改造拳銃。
次いで明日香は、舞奈が最も慣れた拳銃にも魔法をかけた。
以前にこの圧迫感を感じたのは、蔓見雷人との決戦のときだ。
その意味を察して苦笑する舞奈の――
「――って、おい!?」
頭上にまたたく無数の光。
ついに明日香本人も本格的に仕掛けたのだ。
舞奈は思わず声をあげる。
「大規模攻撃魔法か!?」
流石のクイーン・ネメシスも驚愕する。
雷撃の雨【雷嵐】。
それをよりによって、ネメシスを中心に舞奈を巻きこむ形で放ったのだ。
血迷ったか!?
活路を探す舞奈の頭上に、4枚の氷盾が出現する。
即ち【氷盾《アイゼス・シュルツェン》】。
4枚の盾が折り重なって生まれた子供ひとり分の安全地帯に舞奈は辛くも滑りこむ。
直後、雷撃の雨は氷盾にはばまれて舞奈だけを避け、それ以外のすべてを焼き払う。
もちろんネメシスも。
「ったく! 人の命を計算づくで玩具にしやがって」
舞奈は苦笑する。だが――
「――!?」
「――わたしは魔術師じゃないが 攻撃魔法や防御魔法の遠距離発動が至難の技術だってことは知ってるぞ。そう遠くからだと、ここまで正確には撃てんはずだ」
声に振り向く。
近くの瓦礫の陰で、ネメシスが放電する剣で明日香を貫いていた。
長剣のようにのばした【放電剣】だ。
雷の雨の降らせ方と【氷盾《アイゼス・シュルツェン》】の位置から術者の位置を割り出されたか。
流石は熟達したヴィランだ。
加えて氷盾は舞奈の頭上にあるので、明日香自身を守る手立てはない。だから――
「――そういうことか畜生!」
叫びつつ拳銃を抜く。
ネメシスは銃撃に備えて受け止めるべく左の掌をかざし、
「……?」
訝しみつつ右手の放電剣を見やり、
「転移だと!?」
その先にいたはずの明日香はいない。
代わりに焼け焦げた4枚のドッグタグが地に落ちる。
即ち【反応的移動】。
被弾に反応して自動的に転移する魔術だ。
だが通常の短距離転移【戦術的移動】に使用するのと同じドッグタグを消費するために回数が限られた、いわば明日香の生命線。
つまりネメシスが貫いたと思っていたのは残像だ。
加えて次の瞬間、
「!? Fuckin!」
不意にのびた氷の茨がヴィランの足元を縛める。
即ち【氷棺・弐式】。
明日香は被弾回避の置き土産として拘束の魔術を仕掛けていたらしい。
美佳が多用した戦術だ。
あるいはウィアードテールの真似か?
「小細工を!?」
クイーン・ネメシスは【加熱能力】で燃え上がり、拘束から一瞬で脱する。
だが、その一瞬の隙を舞奈は見逃さない。
だから次の瞬間、屈強なヴィランの腹に、
「……っ!?」
輝く銃弾が埋まっていた。
自身の紫色のタイツがピチピチになるくらい見事に割れた腹筋に、まばゆく剣呑な光を放つ弾頭がめりこむ様を見やったヴィランの口元が驚愕に歪む。
そして次の瞬間、彼女を中心に光があふれた。
守護珠による転移の光ともまるで違う。
眼窩をえぐるような暴力的な光の色が視界を塗りつぶす。
同時に明日香に胸ぐらをつかまれて舞奈は転移する。
そして目もくらむような光が止んだ後、
「と……んでもねぇことしやがるな」
満身創痍で身動きすらままならないネメシスは力なく笑う。
否、正確にはミリアム氏と呼ぶべきか。
今の彼女はよれたシャツとジーンズという普段の姿だ。
マスクもなく、紫色の全身タイツも消えているのは防護のために超能力を使い果たしたからだ。
彼女の周囲は巨大なクレーターになっていた。
初打で自身が繰り出した【炎熱撃】による陥没が小さな穴ぼこに見える規模のクレーターができるほどの核攻撃を、ネメシスはまともに喰らったのだ。そんな彼女を、
「手加減して勝てる相手じゃありませんから」
明日香は歩み寄りながら無言で見下ろす。
怒っているようにも笑っているようにも見えないが、あえていうならバツが悪そうな表情に思える。
そう。こともあろうに明日香は舞奈の拳銃に【滅光榴弾】をかけたのだ。
つまり先の戦闘で完全体を含む状況すべてを一撃で葬った核攻撃をだ。
「すまん。こいつ、いつもなんだ」
「そりゃ本当に酷い」
続く舞奈に対し、ミリアムは精魂尽き果てた様子で、それでも楽しげに答える。
彼女は戦いが好きだから。
圧倒的な超能力で叩きのめすのも、更なる魔力でやりこめられるのも。
「しかも【念力盾】越しに付与魔法を破壊して、本体は無事とかな。核を微調整して撃つ奴なんて初めて見たよ。haha……」
苦笑する。
プラスの感情から生まれた、超能力を含む魔力は消える間際にすら善を成す。
だから術者が身にまとった付与魔法を破壊すると術者は衰弱し、代わりに本体への損傷は不自然なほど軽微に抑えられる。
そんな特性によって生き永らえたヴィランを見やって舞奈も笑う。
舞奈にとって、これまで結んできた絆は宝だ。
だからクイーン・ネメシスの誘いを蹴った。
だが、そんなネメシス――ミリアム氏も、絆を結んだ友人だ。あの火曜日の夜に、明日香とリンカー姉弟と5人で同じカウンターに並んで飯を食ったから。
友人のひとまずの無事が嬉しくない訳がない。
その想いは明日香も同じなのだろうと舞奈は思う。
そう。黒髪の友人が戦闘中に度々していた奇襲は単なる嫌がらせではなかった。
核攻撃を手加減するべく、相手が術にこめている魔力の量を量っていたのだ。
生真面目な魔術師は計算に計算を重ねて万全を期して無茶をする。
そんな明日香を見やり、
「詳しい事情を説明していただけますか?」
「……おまえ、【転移能力】は苦手なのか? 不意をつくために温存していたにしちゃあ徹底しすぎな気がするんだが」
問いをはぐらかすように、ミリアム氏は問いかける。
生真面目な黒髪の魔術師は一瞬だけ逡巡し、ヴィランの表情を見やり、
「少し特殊な流派の魔術なので、転移の度にルーンを消費するんです」
答える。
「いや、おまえが普通に使ってた【誘引能力】と基礎技術は同じだぞ」
ヴィランは反射的に反論し、その後に少し考えてから……
「……そのルーンってのは、何かに反応して転移するための自動化に使ってるんじゃないのか? 普通の短距離転移ならなくてもできるはずだ」
「斥力場による空間湾曲の制御に要するのだと理解していましたが」
「いや、それはそこまで難しい技術じゃない。わたしも超能力で空間を歪めて跳んでるし、高等魔術師もたいていやってる。少なくとも核攻撃の峰打ちよりは単純だぞ」
「……後で資料を調べなおしてみます」
「ああ、それが良い」
明日香の返事に満足げに笑う。
そんなヴィランに対して、
「……どういうつもりだ?」
舞奈は問う。
そりゃまあ【戦術的移動】が無限に行使できれば明日香の生存能力と戦術の幅は飛躍的に増大する。その益はパートナーである舞奈にも及ぶ。
だが今しがた倒されたばかりのヴィランにメリットはない。それでも、
「気に入らねぇんだ。子供の未熟さを知ってて、だんまり決めこんで利用するのがな」
屈強なヴィランは今度は舞奈を見やって笑う。
その言葉に嘘はないと思った。
たぶん、それこそが屈強な女ヴィランがサイキック暗殺者の姉弟に慕われる理由だ。
そんなヴィランは姉弟とは別の子供2人組――舞奈と明日香を交互に見やりながら、
「……あいつらにさ、『プリドゥエンの守護珠』で本土に帰れって言ってあるのさ」
語る。
口元にかすかな笑みを浮かべて。
「あいつら、あと1回しか使えない魔道具を使って帰るかな?」
「さあ、どうだろうな」
口元を歪めつつ、舞奈はヴィランに背を向ける。明日香も。
たぶん彼女は取引を持ちかけたつもりなのだろう。
年若い魔術師へのコーチングと引き換えに、子供たちの身の安全を保障させようと。
だが彼女の思惑は少し的外れだと思った。
もとより舞奈は2人をどうこうするつもりはない。連れ去られた少女が戻ればそれでいい。明日香も【組合】の管轄下で術者に何かしたいとは思わないだろう。
でもまあ、ヴィランの世界では子供を守るために駆け引きが必要なのかもしれない。
それに、何より子供たちが指示を守っていれば舞奈たちが何かすることはできない。
けれど――否、だから舞奈はふと、振り返り……
「……シィーユゥー」
『SEE YOU』
適当な発音で別れの挨拶をして、礼の如く発音を矯正される。
そして互いに微かな笑みを浮かべたまま、再び2人はミリアム氏に背を向ける。
そのまま歩き出す。
遠目にそびえるヴィランの拠点に向かって。
彼女の言葉の是非を確かめるために。
そして自分の、彼女の、守りたいものを守り抜くために。
もし、できるなら彼女と交わした約束を果たすために。
……そんな2人の背中を、巨大なクレーターの中心からミリアム氏は見送る。
口元に清々しい笑みを浮かべ、けれど笑みは少しだけ口惜しげに歪む。
懐からチェーンに吊られた小さな何かを取り出し、見やる。
どんぶりに盛られたラーメンを模した小さなキーホルダーだ。
そして視界の端に映った、人間サイズの大穴が開いた廃ビルを見やり……
「……味噌の奴も買っとけば良かったかな」
ひとりごち、そして休息により超能力を回復させるべく目を閉じた。
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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