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第16章 つぼみになりたい

戦闘2-2 ~銃技&戦闘魔術vs超能力

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 転移の魔道具アーティファクト『プリドゥエンの守護珠』によって分断された合同攻撃部隊。
 舞奈と明日香、ミスター・イアソンの前に、クイーン・ネメシスが立ちはだかる。
 2人の援護を受けつつネメシスに空中での格闘戦を挑むイアソンだが――

「――こりゃ派手に吹っ飛んだな」
 舞奈は背後の廃ビルを見やる。

 崩れかけた高層ビルの中ほどには巨大な穴が開いている。
 殴り飛ばされたミスター・イアソンがすごい勢いで激突した痕だ。
 元より老朽化が激しいとはいえ尋常な威力ではない。
 それでも派手に大穴が開いたということは、貫通して飛んでいったミスター・イアソン本人のダメージはビルほどじゃない。

 もっとも戦線に復帰するのも無理だろう。
 だから舞奈は明日香をかばうように、クイーン・ネメシスに相対する。

「まだやるか?」
「やめる理由はないだろ?」
 油断なく改造ライフルマイクロガラッツを構えつつ、舞奈は自身の倍ほど上背のある屈強な女ヴィランを見上げながら不敵な笑みを返してみせる。
 側で明日香も小型拳銃モーゼル HScを構える。

「そうかい」
 対するクイーン・ネメシスの凶悪なマスクの口元にも、不敵な笑みが浮かぶ。

 舞奈はトラブルの元凶になったことはないつもりだ。
 だが関わったトラブルは常に真正面から叩き伏せてきた。
 その生き方を今さら変えるつもりはない。

 それに今は、彼女を倒して前へと進む理由がある。
 リンカー姉弟が麗華の代わりに連れて行ったらしい少女の奪還だ。
 知人かどうかすらわからぬ彼女を、だが見捨てる選択肢など舞奈にはない。
 だから次の瞬間――

「――なら死なない程度に加減はしてやる!」
「そりゃどうも!」
 笑みを交わすと同時にクイーン・ネメシスの姿が消える。
 舞奈は跳ぶ。

 刹那、一瞬前まで舞奈がいた場所が爆発した。
 背後で轟音。
 地面を転がるジャケットの背中を熱風が炙る。

「こりゃおっかねぇ! 手加減なしかよ」
 一挙動で跳び起きながら口元を歪める。
 一瞥した爆心地には見事なクレーターができていた。

 要は【炎熱撃パイロ・ブラスト】だ。
 だが何かを投げてきた訳じゃない。
 クイーン・ネメシスは【転移能力テレポーテーション】で舞奈の近くに短距離転移。続けざまに先ほどミスター・イアソンを吹き飛ばした必殺の超能力サイオンをぶちかましたのだ。
 いわば人間ファイアボール。
 否、瞬間移動したことを考慮すれば小夜子の気化爆発【捕食する火トレトルクゥア】に近い。
 Sランクの直感と身体能力を持つ舞奈でなければ瞬殺だった。

 そんな殺意溢れる初打を見舞ったクイーン・ネメシス本人は、広く焼きえぐられた地面の中心で立ち上がる。そして周囲の惨状など気にせぬ様子で、

「加減はすると言ったが、手加減して勝てる相手じゃないだろ?」
「そりゃ高く買われたものだな!」
 口元にサメのような笑みを浮かべる。

 直後、舞奈めがけて疾駆。
 高速化の超能力サイオン加速能力アクセラレート】を活用した予備動作のない超加速。
 数メートルの距離が一瞬で無になる。

 常人の目には転移と見分けのつかない超スピードから間髪入れずに繰り出される燃える拳。凍える蹴り。それらを舞奈は辛くも避ける。
 それぞれ【炎熱剣パイロ・ソード】【氷結剣クリオ・ソード】。
 どちらも喰らえば火傷や凍傷じゃ済まない威力だ。
 先ほどと同様に容赦はない。

 舞奈はいちおう明日香から借りた【力盾クラフト・シュルツェン】で防護されている。
 だが屈強な肉体から繰り出される砲撃の如く元素の打撃をまともに喰らえば無力。
 微弱な斥力場障壁は攻撃を逸らすだけで、受け止めるような効果はない。

 しかも先ほど彼女は至近距離にいきなり転移してきた訳でも無かった。
 少し離れた場所に跳んで【加速能力アクセラレート】で距離を詰めた。
 術を使えぬ舞奈が、それでも転移を阻害する手段を持つ可能性を警戒したのだ。
 その程度の読みを、熟練のヴィランは普通にしてのける。
 油断を誘って倒せるような生ぬるい相手じゃない。

 現に舞奈は明日香から借りた【力盾クラフト・シュルツェン】のドッグタグを所持している。
 強力な打撃を防ぐ役には立たないが、空間の抜け道を歪めることはできる。
 馬鹿正直に転移してくれたら大きな隙を作ることができたはずだ。
 だがクイーン・ネメシスは容姿に似合わぬ堅実な振舞いで無様な失態を回避した。

 そんな熟練の女ヴィランは激しいラッシュの最中、舞奈を油断なく見据えながらも、

「……もうひとりがいない?」
 ひとりごちつつ周囲を警戒する。

 先ほどから明日香の姿が見えないことに気づいたのだ。
 集中の仕方からすると【能力感知サイ・センス】も使っているらしい。
 だが見つからないのだろう。
 光学迷彩と認識阻害、二重の隠形術を併用した魔術師ウィザードの姿を捉えるのは熟練のヴィランですら至難だ。

「あいつは、いつもああなんだよ」
 少し勢いの減じた拳を、蹴りを避けつつ舞奈は軽口めかして答える。

 まあ嘘は言っていない。
 舞奈と明日香が最初に組んだ2年前もそうだった。
 明日香は泥人間を舞奈に押しつけて戦闘を離脱した。
 脳裏をよぎる過去に苦笑する舞奈に、

「そうかい!」
 ネメシスも口元に笑みを浮かべて【加速能力アクセラレート】による超加速のまま殴りかかる。
 拳と蹴りが砲撃のような勢いを取り戻す。
 どうやら一旦、明日香は捨て置いて舞奈との戦闘に専念する気になったか。
 その判断力、切り替えの早さは流石、熟練のヴィランである。

 クイーン・ネメシスの判断は間違っていない。
 生身の舞奈をぶちのめすのに【強化能力リインフォース】ほどの強化は不要という意味でも。
 舞奈を捉えるには【強化能力リインフォース】では遅すぎるという意味でも。
 そして舞奈さえ倒してしまえば、明日香が如何に姿を隠していても見つけ出して倒せるだろうという意味でも。

 それに舞奈は改造ライフルマイクロガラッツを手にしている。
 銃口が切り詰められて小回りが利くのは見ればわかるはずだ。
 だが、ほどほどに距離があるより近づかれた方が狙いにくいことには違いはない。

 加えて行方をくらませた明日香の奇襲を防ぐ意図もあるのだろう。
 一旦、捨て置くということは影響を度外視することと同義ではない。
 だが魔術師ウィザードが得手とする強力な攻撃魔法エヴォケーションを、下手に撃つと舞奈に当たる。
 現に先ほども空中でイアソンと殴り合う彼女に対し、明日香は攻めあぐねていた。

 そういう判断が咄嗟にできるからこそ彼女は今までヴィランを続けてこれた。

 だが、そんなことよりネメシスの楽しげな口元と、肉体の動きでわかる。
 紫色の全身タイツがはち切れそうな筋肉という筋肉が、喜び勇むように躍動する。
 鍛え抜かれた筋肉が唸る至近距離は、彼女が最も得意な距離だ。

 誰かを守るために戦うミスター・イアソンとは違う。
 クイーン・ネメシスは超能力サイオンと肉体を用いた戦闘そのものを楽しんでいる。
 それがヒーローとヴィランの違いか。

 だから舞奈もクイーン・ネメシスの拳を、蹴りを、口元に笑みを浮かべて避ける。
 打撃に【炎熱剣パイロ・ソード】【氷結剣クリオ・ソード】を乗せる戦法はサーシャやクラフターと同じ。
 威力の底上げという意味だけではない。
 術者の意思で手足の大きさが自在に変わるようなもので、非常に回避し辛い。だが、

「こりゃ酷い! お前は本当に人間か? 水か空気を殴ってる気分なんだが」
「ああ、よく言われるよ!」
 ヴィランのマスクの口元を歪めるネメシスに、舞奈は避けつつ軽口を返す。

 それでも舞奈には当たらないのも同じ。
 舞奈は周囲の空気の流れを通じて敵の肉体の動きを読んで回避する。
 そんな相手に対し、そもそも格闘戦を挑むこと自体が無意味だ。
 鍛え抜かれた巨躯を誇るのならなおのこと。
 巨漢の全身で躍動する筋肉は周囲の空気を揺らし、その豊満な巨躯に相応しい荒々しい熱風に、冷風になって打撃の直前、舞奈に吹きつける。
 舞奈にとっては『超危険』のアラートが心のレーダーに表示されるようなものだ。

 加えて彼女は弟と違って【戦闘予知コンバット・センス】で敵の動きを読めるらしい。
 だが、それも実は落とし穴。

 妖術師ソーサラーとしては一般的な探知の術は、占術や預言の類ではない。
 自身の感覚を超能力サイオンによって研ぎ澄ます一種の超感覚だ。
 言うなれば舞奈と同じような感覚を限定的に得るようなものか。

 そこで生来の超感覚の保持者から言わせてもらうと、子供の動きは大人より読みづらい。体力の衰えをカバーするために効率化された大人の動作と比べて子供の動きには無駄が多く、無理に把握しようとすると膨大なノイズに悩まされるのだ。

 例えばクラフターの【英雄化インビンシブル】で強化された打撃に対処するのは割と容易だった。
 いくら狂人キャラとはいえ、相手の動きには意図がある。
 だがガチでアレなみゃー子の挙動に対応するのは舞奈でも苦労する。
 奴は虫と同じくらい何を考えてるか、何を仕出かすかわからないからだ。

 それはネメシスにとっても同じなのだろう。
 弛まぬ鍛錬と研究によって効率化された弟の動きを読むのは容易い。
 だが舞奈は単に器用で素早いだけじゃない。
 無意識に子供特有の読み辛い動きをしている自覚くらいはある。
 なまじ正式な訓練を受けていないから、特に不都合のない動作の最適化はしてない。

 いわばネメシスにとっての舞奈は、舞奈にとってのみゃー子……

 ……いや考えるのはやめよう。
 そもそも【戦闘予知コンバット・センス】は仏術の【孔雀経法マハーマーユーリナ・ラクシャ】と同様、奇襲を察知するための術だと聞いている。戦闘中に相手の動きを読むためのものでは本来はない。

 口元を歪める舞奈の小さなツインテールの先端を、拳に宿る炎や冷気がかすめる。
 髪がボサボサになるのが不満といえば不満だが、それだけだ。

 対して舞奈も改造ライフルマイクロガラッツの銃口を何度かクイーン・ネメシスに向ける。
 だが撃たない。
 無駄弾になることが明白だからだ。
 少なくとも敵が【転移能力テレポーテーション】で回避できないタイミングを計る必要がある。
 加えて【念力盾サイオニック・シールド】による防護が緩んだ瞬間でなければ意味はない。
 先ほどミスター・イアソンと戦っているときにグレネードで奇襲したのが気に障ったのか、転移の瞬間にすぐさま障壁を展開するので隙をつくのは絶望的だ。

 左手の手袋に仕込まれたワイヤーショットも同様。
 相手の【転移能力テレポーテーション】は空間の抜け道を使った転移技術だ
 なのでフック付きワイヤーを引っかけるか絡ませるかすれば転移で脱出されることはない。ワイヤーの強度もそれなりにあるので引き千切るのも困難だ。
 だが【念力盾サイオニック・シールド】を相手に小口径弾22LRで押し出されるフックは無力。
 加えて左手を構えてから右手で撃つので改造ライフルマイクロガラッツ以上の隙ができる。

 だから互いに拳で、銃口で相手を捉えては避けながら、

「プリンセスとやらを手に入れて、あんたたちは何を企んでる?」
 舞奈は何食わぬ表情で真意を問う。

 ある意味で火曜日の続きだ。
 彼女らの真意を聞きだすことができれば両者が戦う理由はそもそもなくなる。
 相手はヴィランだ。
 脂虫や泥人間のような怪異ではない。
 互いの利害の落としどころが必ず何処かにあるはずだ。だが、

「話すわけにはいかんな。子供には関係ない話だ」
「そうかい……おおっと!」
 跳び退った前髪の先を炎拳が炙る。

 相手の答えも火曜と同じ。
 一見すると取り付く島もないように思える。
 だが苦々しい口元から、のっぴきならない事情があることだけはわかる。

「言っとくが、そっちの子供2人が連れてったのは別人だぞ?」
「何だと?」
 拳を避けつつ口走った事実にネメシスは驚く。
 反応のタイミングからして【精神読解マインド・リード】――心を読んではいないようだ。

「……あいつら、帰れっつったのに無茶してドジりやがって」
 舌打ちしつつも、ネメシスの口元に浮かぶのは母親のような笑み。

 指示を無視した独断専行。加えてミス。
 悪党同士の功利主義的な間柄で、それは見切られても不思議じゃない行為だと思う。
 なのに屈強で凶悪な戦闘中のヴィランの口元は、あの姉弟のことに触れられるだけで一瞬だけ、あたたかくやわらかいそれに変わる。

 クラリス・リンカー。
 エミール・リンカー。

 2人のサイキック暗殺者に、たぶん彼女は愛情を抱いている。
 母親のように。
 ……3年前に美佳が舞奈にそうしてくれたように。
 もっとも、ネメシスに指摘しても強く否定されるのだろうが。

「……って言うか、プリンセスが誰だか知ってたんだな」
「まあな」
 互いが跳び退ったタイミングで巨漢は何食わぬ表情でひとりごちる。
 舞奈も特にこだわることもなく相槌を返す。

 まあ麗華に護衛がついていたことには流石に気づいていたはずだ。
 その理由に合点がいったというところか。

「別のヴィランにも狙われてたんだよ」
 特に隠す必要もないので素直に答えながら改造ライフルマイクロガラッツの銃口を向ける。
 だがネメシスは素早く跳んで射線から逃れ、そのまま消える。
 もはや御馴染みの【転移能力テレポーテーション】だ。

 前回のずさんな誘拐事件のおかげで、今回は麗華を守ることができた。
 ということは、サーシャや白人男たちには感謝しなければならないのだろうか?

 そう思って苦笑した直後、振り向く。
 目前に炎の拳。
 だが舞奈は拳に繋がる逞しい腕を横から強打。反動で無理やりに避ける。
 狙いを外した拳が背後のコンクリート壁を木端微塵に焼き砕く様子を見やりながら、

「だいたい何で麗華様なんだよ?」
 再開された氷炎拳のラッシュをいなしながら舞奈は問う。
 丸太のような腕や脚の先の、煮えたぎる処刑器具のような炎や霜など気にも留めずにヴィランのマスクの双眸を見やる。
 相手の表情は口元でわかるが、舞奈は目で話す国の人間だ。

「あいつは頭と性格が悪いだけの普通の小学生だぞ」
「酷いこと言ってやるなよ。プライマリースクールの友達なんじゃないのか?」
 苦笑しつつ、ネメシスはナイフのように鋭い拳を繰り出す。
 舞奈は苦も無く跳んで避ける。
 ついでに向けた銃口からネメシスは体裁きだけで逃れつつ、すぐに口元を歪め、

「それを言うなら、エミールやクラリスだって礼儀がなってないだけの普通の子供だ」
「いや帽子のじょう……いや坊主はともかく、クラリスちゃんは普通な気がするが」
「坊主っておまえなあ。あとクラリスも目だった騒ぎをおこさないだけで、将来が心配なくらいにはコミュ障だぞ」
「そっか。あんたの国ではああいうのは厳しいんだっけな」
 あとコミュ障とか、マニアックな日本語を覚えやがって。
 燃える、凍てつく拳を避けながら、舞奈はやれやれと苦笑する。
 機銃の如く氷炎の拳を、蹴りを繰り出しながら、ネメシスのマスクの口元にも笑み。

 互いに命のやり取りに慣れすぎている。
 だから真剣勝負の最中に、自然に軽口など叩いてしまう。

 加えて彼女と舞奈の、何というか知人に対するスタンスは似ていると思った。
 相手の短所を残らず把握して、それを長所と一緒にそのまま受け入れる。
 側に仲間が――友人がいるという事実そのものが楽しく、尊いものだと知っている。
 舞奈は一度、失ったから。
 彼女はどうしてなのだろうか?

 どちらにせよ普段は割と世話がかかるらしい子供たちのことを、口にするネメシスは理由もなく楽しそうだ。だからこそ、

「だが麗華様には異能力もないぞ! 見てたんなら気づいただろ? 普通の人間としての能力すら不安なんだ」
「……いや、そこまで言ってやるこたぁないだろう」
 ネメシスは苦笑し、

「じゃあお姫様は、なんでお姫様呼ばわりされて可愛がられてるんだと思う?」
 言いつつ鋭い鉄拳。
 炎も冷気も宿っていない、ただ真っすぐな拳。
 何食わぬ口調で語られてはいるが、拳とそこに乗った肉体の熱でわかる。

 それこそが彼女らが麗華を狙う目的だ。
 麗華が何かしたわけではなく、彼女が彼女であるという事実に秘められた何か。
 それが海外から望まれざる客人を次々に呼び寄せている。

 そう舞奈が結論づけ、ネメシスが拳を繰り出した途端――

「――!?」
 何の前触れもなくネメシスの背中が『爆ぜた』。
 放電とオゾンの臭いを伴う超常的な爆発。
 至近距離からプラズマの砲弾【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】をぶちかまされたのだ。

 思わず吹き飛ぶネメシスの側に幾つかの像が出現し、集まって少女の形を成す。
 クロークを羽織り、つば付き三角帽子をかぶった明日香だ。

 光学迷彩【迷彩タルヌンク】。
 認識阻害の【隠形タルンカッペ】。
 多重の隠形環境下から、彼女は攻撃魔法エヴォケーションによる奇襲を試みたのだ。

 姿をくらませてから今まで、明日香は狙撃手のように相手の隙を伺っていた。
 そして大事な話で気が緩んだ隙に必殺の奇襲を決行した。
 舞奈を巻きこまぬよう【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】1発で勝負を決めようとしたのだろう。
 そのせいで惜しくも【念力盾サイオニック・シールド】に防がれたが。

 話の続きが気になるのは明日香も同じだったはずだ。
 麗華はいちおう彼女にとっても友人ではある。
 なにより明日香は貪欲に知識を求める魔術師ウィザードだ。
 それでも倒してしまえば後でいくらでも尋問できると思ったのだろう。
 そういう冷徹な思い切りの良さは、良くも悪くも舞奈にはない明日香の長所だ。

 そんな明日香に、ネメシスは体勢を立て直しつつ向き直る。
 こちらも舞奈に劣らず厄介で危険な相手だと気づいたのだろう。
 だが改造ライフルマイクロガラッツを構えた舞奈を無視できないのも事実。

 逡巡したネメシスの四方から数多の火球が襲いかかる。
 即ち【火球・弐式フォイヤークーゲル・ツヴァイ】。

「ちょっ!?」
 舞奈は慌てて跳び退る。

 ネメシスは【念力盾サイオニック・シールド】に追加の超能力サイオンを注ぎこんで爆発に備える。
 そして爆発。大爆発。
 まるで収束手榴弾でもぶつけたような数多の爆炎が轟音と共にヴィランを覆う。
 跳んで少し離れた場所で顔をかばった舞奈にまで熱風が吹きつける。
 その熱量はネメシスの【炎熱撃パイロ・ブラスト】以上。
 初打からあれは如何なものかと思ったが、明日香の無茶も大概だ。

 だが、そこまでやらかした火球の乱舞の真の目的は目くらまし。
 爆炎と爆煙が晴れ、ネメシスがあらわれた時には明日香は再び姿を消していた。

「……いつもこうなんだ。酷い奴だろ?」
「ああ、まったくだ!」
 舞奈は少し焦げた前髪を嫌そうに見やって苦笑する。
 対してネメシスは油断なく身構えながら、口元を同じ形に歪め……

「……いないか」
 再び周囲を警戒しつつ、集中。
 だが二重の隠形術で姿を消した明日香は見つからない。

 まあ圧倒的なパワーとスピードを誇るヴィランを相手に、姿すら見せずにヒットアンドアウェイに徹するという判断は的確だと思う。
 冷静、冷徹で思慮深く、おまけに底意地の悪い明日香には最適な戦法だ。

 彼女は【氷壁・弐式アイゼスヴァント・ツヴァイ】や【雷壁ヴァント・デス・ブリッツ】といった防御魔法アブジュレーションを使いこなす。
 だが堅実な彼女は防御魔法アブジュレーションを突破される可能性を常に警戒している。

 無論、ネメシスも本気を出せば流石に探知可能なのだろう。
 だが舞奈と戦いながらでは無理だ。

 だからヴィランは跳び退って距離を取りつつ虚空から何かを取り出す。
 用いた超能力サイオンは【誘引能力アポーツ】。【転移能力テレポーテーション】を応用した物品の取り寄せ。
 取り出したものは、ひとふりの剣。そして次の瞬間、

「せいっ!」
 剣の切っ先を地面に向ける。
 同時に周囲を音も形もない何らかの波動が満たす。

 そして次の瞬間、ネメシスの剣が……砕け散った。

「……流石に魔術師ウィザード相手じゃ無駄か」
 口元を歪めつつ、何食わぬ様子で折れた剣の柄を放る。

 その言動で、今しがたの波動が【能力消去アンチ・サイ】だと気づいた。
 ネメシスは周囲一帯に超能力サイオンによる魔法消去を試みたのだ。
 だが明日香に抵抗され、剣は折れた。
 魔法消去は抵抗されると得物や使用者が破壊される。

 対して明日香からの反撃はなし。
 実は防ぐので精いっぱいだったのか。
 あるいはネメシスがもっと致命的な隙を見せるのを待つことにしたか。
 生真面目なのに戦闘での敵への底意地の悪さだけは半端ない魔術師ウィザードの思惑を、舞奈もネメシスも予測することすらできない。
 だから巨漢のヴィランは再び舞奈に向き直り、

「じゃあ、やっぱり、おまえから片付けるしかねぇってことだな!」
「最初と状況、変わんないけどな!」
 互いに笑みを交わした。
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