342 / 537
第16章 つぼみになりたい
戦闘2-2 ~銃技&戦闘魔術vs超能力
しおりを挟む
転移の魔道具『プリドゥエンの守護珠』によって分断された合同攻撃部隊。
舞奈と明日香、ミスター・イアソンの前に、クイーン・ネメシスが立ちはだかる。
2人の援護を受けつつネメシスに空中での格闘戦を挑むイアソンだが――
「――こりゃ派手に吹っ飛んだな」
舞奈は背後の廃ビルを見やる。
崩れかけた高層ビルの中ほどには巨大な穴が開いている。
殴り飛ばされたミスター・イアソンがすごい勢いで激突した痕だ。
元より老朽化が激しいとはいえ尋常な威力ではない。
それでも派手に大穴が開いたということは、貫通して飛んでいったミスター・イアソン本人のダメージはビルほどじゃない。
もっとも戦線に復帰するのも無理だろう。
だから舞奈は明日香をかばうように、クイーン・ネメシスに相対する。
「まだやるか?」
「やめる理由はないだろ?」
油断なく改造ライフルを構えつつ、舞奈は自身の倍ほど上背のある屈強な女ヴィランを見上げながら不敵な笑みを返してみせる。
側で明日香も小型拳銃を構える。
「そうかい」
対するクイーン・ネメシスの凶悪なマスクの口元にも、不敵な笑みが浮かぶ。
舞奈はトラブルの元凶になったことはないつもりだ。
だが関わったトラブルは常に真正面から叩き伏せてきた。
その生き方を今さら変えるつもりはない。
それに今は、彼女を倒して前へと進む理由がある。
リンカー姉弟が麗華の代わりに連れて行ったらしい少女の奪還だ。
知人かどうかすらわからぬ彼女を、だが見捨てる選択肢など舞奈にはない。
だから次の瞬間――
「――なら死なない程度に加減はしてやる!」
「そりゃどうも!」
笑みを交わすと同時にクイーン・ネメシスの姿が消える。
舞奈は跳ぶ。
刹那、一瞬前まで舞奈がいた場所が爆発した。
背後で轟音。
地面を転がるジャケットの背中を熱風が炙る。
「こりゃおっかねぇ! 手加減なしかよ」
一挙動で跳び起きながら口元を歪める。
一瞥した爆心地には見事なクレーターができていた。
要は【炎熱撃】だ。
だが何かを投げてきた訳じゃない。
クイーン・ネメシスは【転移能力】で舞奈の近くに短距離転移。続けざまに先ほどミスター・イアソンを吹き飛ばした必殺の超能力をぶちかましたのだ。
いわば人間ファイアボール。
否、瞬間移動したことを考慮すれば小夜子の気化爆発【捕食する火】に近い。
Sランクの直感と身体能力を持つ舞奈でなければ瞬殺だった。
そんな殺意溢れる初打を見舞ったクイーン・ネメシス本人は、広く焼きえぐられた地面の中心で立ち上がる。そして周囲の惨状など気にせぬ様子で、
「加減はすると言ったが、手加減して勝てる相手じゃないだろ?」
「そりゃ高く買われたものだな!」
口元にサメのような笑みを浮かべる。
直後、舞奈めがけて疾駆。
高速化の超能力【加速能力】を活用した予備動作のない超加速。
数メートルの距離が一瞬で無になる。
常人の目には転移と見分けのつかない超スピードから間髪入れずに繰り出される燃える拳。凍える蹴り。それらを舞奈は辛くも避ける。
それぞれ【炎熱剣】【氷結剣】。
どちらも喰らえば火傷や凍傷じゃ済まない威力だ。
先ほどと同様に容赦はない。
舞奈はいちおう明日香から借りた【力盾】で防護されている。
だが屈強な肉体から繰り出される砲撃の如く元素の打撃をまともに喰らえば無力。
微弱な斥力場障壁は攻撃を逸らすだけで、受け止めるような効果はない。
しかも先ほど彼女は至近距離にいきなり転移してきた訳でも無かった。
少し離れた場所に跳んで【加速能力】で距離を詰めた。
術を使えぬ舞奈が、それでも転移を阻害する手段を持つ可能性を警戒したのだ。
その程度の読みを、熟練のヴィランは普通にしてのける。
油断を誘って倒せるような生ぬるい相手じゃない。
現に舞奈は明日香から借りた【力盾】のドッグタグを所持している。
強力な打撃を防ぐ役には立たないが、空間の抜け道を歪めることはできる。
馬鹿正直に転移してくれたら大きな隙を作ることができたはずだ。
だがクイーン・ネメシスは容姿に似合わぬ堅実な振舞いで無様な失態を回避した。
そんな熟練の女ヴィランは激しいラッシュの最中、舞奈を油断なく見据えながらも、
「……もうひとりがいない?」
ひとりごちつつ周囲を警戒する。
先ほどから明日香の姿が見えないことに気づいたのだ。
集中の仕方からすると【能力感知】も使っているらしい。
だが見つからないのだろう。
光学迷彩と認識阻害、二重の隠形術を併用した魔術師の姿を捉えるのは熟練のヴィランですら至難だ。
「あいつは、いつもああなんだよ」
少し勢いの減じた拳を、蹴りを避けつつ舞奈は軽口めかして答える。
まあ嘘は言っていない。
舞奈と明日香が最初に組んだ2年前もそうだった。
明日香は泥人間を舞奈に押しつけて戦闘を離脱した。
脳裏をよぎる過去に苦笑する舞奈に、
「そうかい!」
ネメシスも口元に笑みを浮かべて【加速能力】による超加速のまま殴りかかる。
拳と蹴りが砲撃のような勢いを取り戻す。
どうやら一旦、明日香は捨て置いて舞奈との戦闘に専念する気になったか。
その判断力、切り替えの早さは流石、熟練のヴィランである。
クイーン・ネメシスの判断は間違っていない。
生身の舞奈をぶちのめすのに【強化能力】ほどの強化は不要という意味でも。
舞奈を捉えるには【強化能力】では遅すぎるという意味でも。
そして舞奈さえ倒してしまえば、明日香が如何に姿を隠していても見つけ出して倒せるだろうという意味でも。
それに舞奈は改造ライフルを手にしている。
銃口が切り詰められて小回りが利くのは見ればわかるはずだ。
だが、ほどほどに距離があるより近づかれた方が狙いにくいことには違いはない。
加えて行方をくらませた明日香の奇襲を防ぐ意図もあるのだろう。
一旦、捨て置くということは影響を度外視することと同義ではない。
だが魔術師が得手とする強力な攻撃魔法を、下手に撃つと舞奈に当たる。
現に先ほども空中でイアソンと殴り合う彼女に対し、明日香は攻めあぐねていた。
そういう判断が咄嗟にできるからこそ彼女は今までヴィランを続けてこれた。
だが、そんなことよりネメシスの楽しげな口元と、肉体の動きでわかる。
紫色の全身タイツがはち切れそうな筋肉という筋肉が、喜び勇むように躍動する。
鍛え抜かれた筋肉が唸る至近距離は、彼女が最も得意な距離だ。
誰かを守るために戦うミスター・イアソンとは違う。
クイーン・ネメシスは超能力と肉体を用いた戦闘そのものを楽しんでいる。
それがヒーローとヴィランの違いか。
だから舞奈もクイーン・ネメシスの拳を、蹴りを、口元に笑みを浮かべて避ける。
打撃に【炎熱剣】【氷結剣】を乗せる戦法はサーシャやクラフターと同じ。
威力の底上げという意味だけではない。
術者の意思で手足の大きさが自在に変わるようなもので、非常に回避し辛い。だが、
「こりゃ酷い! お前は本当に人間か? 水か空気を殴ってる気分なんだが」
「ああ、よく言われるよ!」
ヴィランのマスクの口元を歪めるネメシスに、舞奈は避けつつ軽口を返す。
それでも舞奈には当たらないのも同じ。
舞奈は周囲の空気の流れを通じて敵の肉体の動きを読んで回避する。
そんな相手に対し、そもそも格闘戦を挑むこと自体が無意味だ。
鍛え抜かれた巨躯を誇るのならなおのこと。
巨漢の全身で躍動する筋肉は周囲の空気を揺らし、その豊満な巨躯に相応しい荒々しい熱風に、冷風になって打撃の直前、舞奈に吹きつける。
舞奈にとっては『超危険』のアラートが心のレーダーに表示されるようなものだ。
加えて彼女は弟と違って【戦闘予知】で敵の動きを読めるらしい。
だが、それも実は落とし穴。
妖術師としては一般的な探知の術は、占術や預言の類ではない。
自身の感覚を超能力によって研ぎ澄ます一種の超感覚だ。
言うなれば舞奈と同じような感覚を限定的に得るようなものか。
そこで生来の超感覚の保持者から言わせてもらうと、子供の動きは大人より読みづらい。体力の衰えをカバーするために効率化された大人の動作と比べて子供の動きには無駄が多く、無理に把握しようとすると膨大なノイズに悩まされるのだ。
例えばクラフターの【英雄化】で強化された打撃に対処するのは割と容易だった。
いくら狂人キャラとはいえ、相手の動きには意図がある。
だがガチでアレなみゃー子の挙動に対応するのは舞奈でも苦労する。
奴は虫と同じくらい何を考えてるか、何を仕出かすかわからないからだ。
それはネメシスにとっても同じなのだろう。
弛まぬ鍛錬と研究によって効率化された弟の動きを読むのは容易い。
だが舞奈は単に器用で素早いだけじゃない。
無意識に子供特有の読み辛い動きをしている自覚くらいはある。
なまじ正式な訓練を受けていないから、特に不都合のない動作の最適化はしてない。
いわばネメシスにとっての舞奈は、舞奈にとってのみゃー子……
……いや考えるのはやめよう。
そもそも【戦闘予知】は仏術の【孔雀経法】と同様、奇襲を察知するための術だと聞いている。戦闘中に相手の動きを読むためのものでは本来はない。
口元を歪める舞奈の小さなツインテールの先端を、拳に宿る炎や冷気がかすめる。
髪がボサボサになるのが不満といえば不満だが、それだけだ。
対して舞奈も改造ライフルの銃口を何度かクイーン・ネメシスに向ける。
だが撃たない。
無駄弾になることが明白だからだ。
少なくとも敵が【転移能力】で回避できないタイミングを計る必要がある。
加えて【念力盾】による防護が緩んだ瞬間でなければ意味はない。
先ほどミスター・イアソンと戦っているときにグレネードで奇襲したのが気に障ったのか、転移の瞬間にすぐさま障壁を展開するので隙をつくのは絶望的だ。
左手の手袋に仕込まれたワイヤーショットも同様。
相手の【転移能力】は空間の抜け道を使った転移技術だ
なのでフック付きワイヤーを引っかけるか絡ませるかすれば転移で脱出されることはない。ワイヤーの強度もそれなりにあるので引き千切るのも困難だ。
だが【念力盾】を相手に小口径弾で押し出されるフックは無力。
加えて左手を構えてから右手で撃つので改造ライフル以上の隙ができる。
だから互いに拳で、銃口で相手を捉えては避けながら、
「プリンセスとやらを手に入れて、あんたたちは何を企んでる?」
舞奈は何食わぬ表情で真意を問う。
ある意味で火曜日の続きだ。
彼女らの真意を聞きだすことができれば両者が戦う理由はそもそもなくなる。
相手はヴィランだ。
脂虫や泥人間のような怪異ではない。
互いの利害の落としどころが必ず何処かにあるはずだ。だが、
「話すわけにはいかんな。子供には関係ない話だ」
「そうかい……おおっと!」
跳び退った前髪の先を炎拳が炙る。
相手の答えも火曜と同じ。
一見すると取り付く島もないように思える。
だが苦々しい口元から、のっぴきならない事情があることだけはわかる。
「言っとくが、そっちの子供2人が連れてったのは別人だぞ?」
「何だと?」
拳を避けつつ口走った事実にネメシスは驚く。
反応のタイミングからして【精神読解】――心を読んではいないようだ。
「……あいつら、帰れっつったのに無茶してドジりやがって」
舌打ちしつつも、ネメシスの口元に浮かぶのは母親のような笑み。
指示を無視した独断専行。加えてミス。
悪党同士の功利主義的な間柄で、それは見切られても不思議じゃない行為だと思う。
なのに屈強で凶悪な戦闘中のヴィランの口元は、あの姉弟のことに触れられるだけで一瞬だけ、あたたかくやわらかいそれに変わる。
クラリス・リンカー。
エミール・リンカー。
2人のサイキック暗殺者に、たぶん彼女は愛情を抱いている。
母親のように。
……3年前に美佳が舞奈にそうしてくれたように。
もっとも、ネメシスに指摘しても強く否定されるのだろうが。
「……って言うか、プリンセスが誰だか知ってたんだな」
「まあな」
互いが跳び退ったタイミングで巨漢は何食わぬ表情でひとりごちる。
舞奈も特にこだわることもなく相槌を返す。
まあ麗華に護衛がついていたことには流石に気づいていたはずだ。
その理由に合点がいったというところか。
「別のヴィランにも狙われてたんだよ」
特に隠す必要もないので素直に答えながら改造ライフルの銃口を向ける。
だがネメシスは素早く跳んで射線から逃れ、そのまま消える。
もはや御馴染みの【転移能力】だ。
前回のずさんな誘拐事件のおかげで、今回は麗華を守ることができた。
ということは、サーシャや白人男たちには感謝しなければならないのだろうか?
そう思って苦笑した直後、振り向く。
目前に炎の拳。
だが舞奈は拳に繋がる逞しい腕を横から強打。反動で無理やりに避ける。
狙いを外した拳が背後のコンクリート壁を木端微塵に焼き砕く様子を見やりながら、
「だいたい何で麗華様なんだよ?」
再開された氷炎拳のラッシュをいなしながら舞奈は問う。
丸太のような腕や脚の先の、煮えたぎる処刑器具のような炎や霜など気にも留めずにヴィランのマスクの双眸を見やる。
相手の表情は口元でわかるが、舞奈は目で話す国の人間だ。
「あいつは頭と性格が悪いだけの普通の小学生だぞ」
「酷いこと言ってやるなよ。プライマリースクールの友達なんじゃないのか?」
苦笑しつつ、ネメシスはナイフのように鋭い拳を繰り出す。
舞奈は苦も無く跳んで避ける。
ついでに向けた銃口からネメシスは体裁きだけで逃れつつ、すぐに口元を歪め、
「それを言うなら、エミールやクラリスだって礼儀がなってないだけの普通の子供だ」
「いや帽子のじょう……いや坊主はともかく、クラリスちゃんは普通な気がするが」
「坊主っておまえなあ。あとクラリスも目だった騒ぎをおこさないだけで、将来が心配なくらいにはコミュ障だぞ」
「そっか。あんたの国ではああいうのは厳しいんだっけな」
あとコミュ障とか、マニアックな日本語を覚えやがって。
燃える、凍てつく拳を避けながら、舞奈はやれやれと苦笑する。
機銃の如く氷炎の拳を、蹴りを繰り出しながら、ネメシスのマスクの口元にも笑み。
互いに命のやり取りに慣れすぎている。
だから真剣勝負の最中に、自然に軽口など叩いてしまう。
加えて彼女と舞奈の、何というか知人に対するスタンスは似ていると思った。
相手の短所を残らず把握して、それを長所と一緒にそのまま受け入れる。
側に仲間が――友人がいるという事実そのものが楽しく、尊いものだと知っている。
舞奈は一度、失ったから。
彼女はどうしてなのだろうか?
どちらにせよ普段は割と世話がかかるらしい子供たちのことを、口にするネメシスは理由もなく楽しそうだ。だからこそ、
「だが麗華様には異能力もないぞ! 見てたんなら気づいただろ? 普通の人間としての能力すら不安なんだ」
「……いや、そこまで言ってやるこたぁないだろう」
ネメシスは苦笑し、
「じゃあお姫様は、なんでお姫様呼ばわりされて可愛がられてるんだと思う?」
言いつつ鋭い鉄拳。
炎も冷気も宿っていない、ただ真っすぐな拳。
何食わぬ口調で語られてはいるが、拳とそこに乗った肉体の熱でわかる。
それこそが彼女らが麗華を狙う目的だ。
麗華が何かしたわけではなく、彼女が彼女であるという事実に秘められた何か。
それが海外から望まれざる客人を次々に呼び寄せている。
そう舞奈が結論づけ、ネメシスが拳を繰り出した途端――
「――!?」
何の前触れもなくネメシスの背中が『爆ぜた』。
放電とオゾンの臭いを伴う超常的な爆発。
至近距離からプラズマの砲弾【雷弾・弐式】をぶちかまされたのだ。
思わず吹き飛ぶネメシスの側に幾つかの像が出現し、集まって少女の形を成す。
クロークを羽織り、つば付き三角帽子をかぶった明日香だ。
光学迷彩【迷彩】。
認識阻害の【隠形】。
多重の隠形環境下から、彼女は攻撃魔法による奇襲を試みたのだ。
姿をくらませてから今まで、明日香は狙撃手のように相手の隙を伺っていた。
そして大事な話で気が緩んだ隙に必殺の奇襲を決行した。
舞奈を巻きこまぬよう【雷弾・弐式】1発で勝負を決めようとしたのだろう。
そのせいで惜しくも【念力盾】に防がれたが。
話の続きが気になるのは明日香も同じだったはずだ。
麗華はいちおう彼女にとっても友人ではある。
なにより明日香は貪欲に知識を求める魔術師だ。
それでも倒してしまえば後でいくらでも尋問できると思ったのだろう。
そういう冷徹な思い切りの良さは、良くも悪くも舞奈にはない明日香の長所だ。
そんな明日香に、ネメシスは体勢を立て直しつつ向き直る。
こちらも舞奈に劣らず厄介で危険な相手だと気づいたのだろう。
だが改造ライフルを構えた舞奈を無視できないのも事実。
逡巡したネメシスの四方から数多の火球が襲いかかる。
即ち【火球・弐式】。
「ちょっ!?」
舞奈は慌てて跳び退る。
ネメシスは【念力盾】に追加の超能力を注ぎこんで爆発に備える。
そして爆発。大爆発。
まるで収束手榴弾でもぶつけたような数多の爆炎が轟音と共にヴィランを覆う。
跳んで少し離れた場所で顔をかばった舞奈にまで熱風が吹きつける。
その熱量はネメシスの【炎熱撃】以上。
初打からあれは如何なものかと思ったが、明日香の無茶も大概だ。
だが、そこまでやらかした火球の乱舞の真の目的は目くらまし。
爆炎と爆煙が晴れ、ネメシスがあらわれた時には明日香は再び姿を消していた。
「……いつもこうなんだ。酷い奴だろ?」
「ああ、まったくだ!」
舞奈は少し焦げた前髪を嫌そうに見やって苦笑する。
対してネメシスは油断なく身構えながら、口元を同じ形に歪め……
「……いないか」
再び周囲を警戒しつつ、集中。
だが二重の隠形術で姿を消した明日香は見つからない。
まあ圧倒的なパワーとスピードを誇るヴィランを相手に、姿すら見せずにヒットアンドアウェイに徹するという判断は的確だと思う。
冷静、冷徹で思慮深く、おまけに底意地の悪い明日香には最適な戦法だ。
彼女は【氷壁・弐式】や【雷壁】といった防御魔法を使いこなす。
だが堅実な彼女は防御魔法を突破される可能性を常に警戒している。
無論、ネメシスも本気を出せば流石に探知可能なのだろう。
だが舞奈と戦いながらでは無理だ。
だからヴィランは跳び退って距離を取りつつ虚空から何かを取り出す。
用いた超能力は【誘引能力】。【転移能力】を応用した物品の取り寄せ。
取り出したものは、ひとふりの剣。そして次の瞬間、
「せいっ!」
剣の切っ先を地面に向ける。
同時に周囲を音も形もない何らかの波動が満たす。
そして次の瞬間、ネメシスの剣が……砕け散った。
「……流石に魔術師相手じゃ無駄か」
口元を歪めつつ、何食わぬ様子で折れた剣の柄を放る。
その言動で、今しがたの波動が【能力消去】だと気づいた。
ネメシスは周囲一帯に超能力による魔法消去を試みたのだ。
だが明日香に抵抗され、剣は折れた。
魔法消去は抵抗されると得物や使用者が破壊される。
対して明日香からの反撃はなし。
実は防ぐので精いっぱいだったのか。
あるいはネメシスがもっと致命的な隙を見せるのを待つことにしたか。
生真面目なのに戦闘での敵への底意地の悪さだけは半端ない魔術師の思惑を、舞奈もネメシスも予測することすらできない。
だから巨漢のヴィランは再び舞奈に向き直り、
「じゃあ、やっぱり、おまえから片付けるしかねぇってことだな!」
「最初と状況、変わんないけどな!」
互いに笑みを交わした。
舞奈と明日香、ミスター・イアソンの前に、クイーン・ネメシスが立ちはだかる。
2人の援護を受けつつネメシスに空中での格闘戦を挑むイアソンだが――
「――こりゃ派手に吹っ飛んだな」
舞奈は背後の廃ビルを見やる。
崩れかけた高層ビルの中ほどには巨大な穴が開いている。
殴り飛ばされたミスター・イアソンがすごい勢いで激突した痕だ。
元より老朽化が激しいとはいえ尋常な威力ではない。
それでも派手に大穴が開いたということは、貫通して飛んでいったミスター・イアソン本人のダメージはビルほどじゃない。
もっとも戦線に復帰するのも無理だろう。
だから舞奈は明日香をかばうように、クイーン・ネメシスに相対する。
「まだやるか?」
「やめる理由はないだろ?」
油断なく改造ライフルを構えつつ、舞奈は自身の倍ほど上背のある屈強な女ヴィランを見上げながら不敵な笑みを返してみせる。
側で明日香も小型拳銃を構える。
「そうかい」
対するクイーン・ネメシスの凶悪なマスクの口元にも、不敵な笑みが浮かぶ。
舞奈はトラブルの元凶になったことはないつもりだ。
だが関わったトラブルは常に真正面から叩き伏せてきた。
その生き方を今さら変えるつもりはない。
それに今は、彼女を倒して前へと進む理由がある。
リンカー姉弟が麗華の代わりに連れて行ったらしい少女の奪還だ。
知人かどうかすらわからぬ彼女を、だが見捨てる選択肢など舞奈にはない。
だから次の瞬間――
「――なら死なない程度に加減はしてやる!」
「そりゃどうも!」
笑みを交わすと同時にクイーン・ネメシスの姿が消える。
舞奈は跳ぶ。
刹那、一瞬前まで舞奈がいた場所が爆発した。
背後で轟音。
地面を転がるジャケットの背中を熱風が炙る。
「こりゃおっかねぇ! 手加減なしかよ」
一挙動で跳び起きながら口元を歪める。
一瞥した爆心地には見事なクレーターができていた。
要は【炎熱撃】だ。
だが何かを投げてきた訳じゃない。
クイーン・ネメシスは【転移能力】で舞奈の近くに短距離転移。続けざまに先ほどミスター・イアソンを吹き飛ばした必殺の超能力をぶちかましたのだ。
いわば人間ファイアボール。
否、瞬間移動したことを考慮すれば小夜子の気化爆発【捕食する火】に近い。
Sランクの直感と身体能力を持つ舞奈でなければ瞬殺だった。
そんな殺意溢れる初打を見舞ったクイーン・ネメシス本人は、広く焼きえぐられた地面の中心で立ち上がる。そして周囲の惨状など気にせぬ様子で、
「加減はすると言ったが、手加減して勝てる相手じゃないだろ?」
「そりゃ高く買われたものだな!」
口元にサメのような笑みを浮かべる。
直後、舞奈めがけて疾駆。
高速化の超能力【加速能力】を活用した予備動作のない超加速。
数メートルの距離が一瞬で無になる。
常人の目には転移と見分けのつかない超スピードから間髪入れずに繰り出される燃える拳。凍える蹴り。それらを舞奈は辛くも避ける。
それぞれ【炎熱剣】【氷結剣】。
どちらも喰らえば火傷や凍傷じゃ済まない威力だ。
先ほどと同様に容赦はない。
舞奈はいちおう明日香から借りた【力盾】で防護されている。
だが屈強な肉体から繰り出される砲撃の如く元素の打撃をまともに喰らえば無力。
微弱な斥力場障壁は攻撃を逸らすだけで、受け止めるような効果はない。
しかも先ほど彼女は至近距離にいきなり転移してきた訳でも無かった。
少し離れた場所に跳んで【加速能力】で距離を詰めた。
術を使えぬ舞奈が、それでも転移を阻害する手段を持つ可能性を警戒したのだ。
その程度の読みを、熟練のヴィランは普通にしてのける。
油断を誘って倒せるような生ぬるい相手じゃない。
現に舞奈は明日香から借りた【力盾】のドッグタグを所持している。
強力な打撃を防ぐ役には立たないが、空間の抜け道を歪めることはできる。
馬鹿正直に転移してくれたら大きな隙を作ることができたはずだ。
だがクイーン・ネメシスは容姿に似合わぬ堅実な振舞いで無様な失態を回避した。
そんな熟練の女ヴィランは激しいラッシュの最中、舞奈を油断なく見据えながらも、
「……もうひとりがいない?」
ひとりごちつつ周囲を警戒する。
先ほどから明日香の姿が見えないことに気づいたのだ。
集中の仕方からすると【能力感知】も使っているらしい。
だが見つからないのだろう。
光学迷彩と認識阻害、二重の隠形術を併用した魔術師の姿を捉えるのは熟練のヴィランですら至難だ。
「あいつは、いつもああなんだよ」
少し勢いの減じた拳を、蹴りを避けつつ舞奈は軽口めかして答える。
まあ嘘は言っていない。
舞奈と明日香が最初に組んだ2年前もそうだった。
明日香は泥人間を舞奈に押しつけて戦闘を離脱した。
脳裏をよぎる過去に苦笑する舞奈に、
「そうかい!」
ネメシスも口元に笑みを浮かべて【加速能力】による超加速のまま殴りかかる。
拳と蹴りが砲撃のような勢いを取り戻す。
どうやら一旦、明日香は捨て置いて舞奈との戦闘に専念する気になったか。
その判断力、切り替えの早さは流石、熟練のヴィランである。
クイーン・ネメシスの判断は間違っていない。
生身の舞奈をぶちのめすのに【強化能力】ほどの強化は不要という意味でも。
舞奈を捉えるには【強化能力】では遅すぎるという意味でも。
そして舞奈さえ倒してしまえば、明日香が如何に姿を隠していても見つけ出して倒せるだろうという意味でも。
それに舞奈は改造ライフルを手にしている。
銃口が切り詰められて小回りが利くのは見ればわかるはずだ。
だが、ほどほどに距離があるより近づかれた方が狙いにくいことには違いはない。
加えて行方をくらませた明日香の奇襲を防ぐ意図もあるのだろう。
一旦、捨て置くということは影響を度外視することと同義ではない。
だが魔術師が得手とする強力な攻撃魔法を、下手に撃つと舞奈に当たる。
現に先ほども空中でイアソンと殴り合う彼女に対し、明日香は攻めあぐねていた。
そういう判断が咄嗟にできるからこそ彼女は今までヴィランを続けてこれた。
だが、そんなことよりネメシスの楽しげな口元と、肉体の動きでわかる。
紫色の全身タイツがはち切れそうな筋肉という筋肉が、喜び勇むように躍動する。
鍛え抜かれた筋肉が唸る至近距離は、彼女が最も得意な距離だ。
誰かを守るために戦うミスター・イアソンとは違う。
クイーン・ネメシスは超能力と肉体を用いた戦闘そのものを楽しんでいる。
それがヒーローとヴィランの違いか。
だから舞奈もクイーン・ネメシスの拳を、蹴りを、口元に笑みを浮かべて避ける。
打撃に【炎熱剣】【氷結剣】を乗せる戦法はサーシャやクラフターと同じ。
威力の底上げという意味だけではない。
術者の意思で手足の大きさが自在に変わるようなもので、非常に回避し辛い。だが、
「こりゃ酷い! お前は本当に人間か? 水か空気を殴ってる気分なんだが」
「ああ、よく言われるよ!」
ヴィランのマスクの口元を歪めるネメシスに、舞奈は避けつつ軽口を返す。
それでも舞奈には当たらないのも同じ。
舞奈は周囲の空気の流れを通じて敵の肉体の動きを読んで回避する。
そんな相手に対し、そもそも格闘戦を挑むこと自体が無意味だ。
鍛え抜かれた巨躯を誇るのならなおのこと。
巨漢の全身で躍動する筋肉は周囲の空気を揺らし、その豊満な巨躯に相応しい荒々しい熱風に、冷風になって打撃の直前、舞奈に吹きつける。
舞奈にとっては『超危険』のアラートが心のレーダーに表示されるようなものだ。
加えて彼女は弟と違って【戦闘予知】で敵の動きを読めるらしい。
だが、それも実は落とし穴。
妖術師としては一般的な探知の術は、占術や預言の類ではない。
自身の感覚を超能力によって研ぎ澄ます一種の超感覚だ。
言うなれば舞奈と同じような感覚を限定的に得るようなものか。
そこで生来の超感覚の保持者から言わせてもらうと、子供の動きは大人より読みづらい。体力の衰えをカバーするために効率化された大人の動作と比べて子供の動きには無駄が多く、無理に把握しようとすると膨大なノイズに悩まされるのだ。
例えばクラフターの【英雄化】で強化された打撃に対処するのは割と容易だった。
いくら狂人キャラとはいえ、相手の動きには意図がある。
だがガチでアレなみゃー子の挙動に対応するのは舞奈でも苦労する。
奴は虫と同じくらい何を考えてるか、何を仕出かすかわからないからだ。
それはネメシスにとっても同じなのだろう。
弛まぬ鍛錬と研究によって効率化された弟の動きを読むのは容易い。
だが舞奈は単に器用で素早いだけじゃない。
無意識に子供特有の読み辛い動きをしている自覚くらいはある。
なまじ正式な訓練を受けていないから、特に不都合のない動作の最適化はしてない。
いわばネメシスにとっての舞奈は、舞奈にとってのみゃー子……
……いや考えるのはやめよう。
そもそも【戦闘予知】は仏術の【孔雀経法】と同様、奇襲を察知するための術だと聞いている。戦闘中に相手の動きを読むためのものでは本来はない。
口元を歪める舞奈の小さなツインテールの先端を、拳に宿る炎や冷気がかすめる。
髪がボサボサになるのが不満といえば不満だが、それだけだ。
対して舞奈も改造ライフルの銃口を何度かクイーン・ネメシスに向ける。
だが撃たない。
無駄弾になることが明白だからだ。
少なくとも敵が【転移能力】で回避できないタイミングを計る必要がある。
加えて【念力盾】による防護が緩んだ瞬間でなければ意味はない。
先ほどミスター・イアソンと戦っているときにグレネードで奇襲したのが気に障ったのか、転移の瞬間にすぐさま障壁を展開するので隙をつくのは絶望的だ。
左手の手袋に仕込まれたワイヤーショットも同様。
相手の【転移能力】は空間の抜け道を使った転移技術だ
なのでフック付きワイヤーを引っかけるか絡ませるかすれば転移で脱出されることはない。ワイヤーの強度もそれなりにあるので引き千切るのも困難だ。
だが【念力盾】を相手に小口径弾で押し出されるフックは無力。
加えて左手を構えてから右手で撃つので改造ライフル以上の隙ができる。
だから互いに拳で、銃口で相手を捉えては避けながら、
「プリンセスとやらを手に入れて、あんたたちは何を企んでる?」
舞奈は何食わぬ表情で真意を問う。
ある意味で火曜日の続きだ。
彼女らの真意を聞きだすことができれば両者が戦う理由はそもそもなくなる。
相手はヴィランだ。
脂虫や泥人間のような怪異ではない。
互いの利害の落としどころが必ず何処かにあるはずだ。だが、
「話すわけにはいかんな。子供には関係ない話だ」
「そうかい……おおっと!」
跳び退った前髪の先を炎拳が炙る。
相手の答えも火曜と同じ。
一見すると取り付く島もないように思える。
だが苦々しい口元から、のっぴきならない事情があることだけはわかる。
「言っとくが、そっちの子供2人が連れてったのは別人だぞ?」
「何だと?」
拳を避けつつ口走った事実にネメシスは驚く。
反応のタイミングからして【精神読解】――心を読んではいないようだ。
「……あいつら、帰れっつったのに無茶してドジりやがって」
舌打ちしつつも、ネメシスの口元に浮かぶのは母親のような笑み。
指示を無視した独断専行。加えてミス。
悪党同士の功利主義的な間柄で、それは見切られても不思議じゃない行為だと思う。
なのに屈強で凶悪な戦闘中のヴィランの口元は、あの姉弟のことに触れられるだけで一瞬だけ、あたたかくやわらかいそれに変わる。
クラリス・リンカー。
エミール・リンカー。
2人のサイキック暗殺者に、たぶん彼女は愛情を抱いている。
母親のように。
……3年前に美佳が舞奈にそうしてくれたように。
もっとも、ネメシスに指摘しても強く否定されるのだろうが。
「……って言うか、プリンセスが誰だか知ってたんだな」
「まあな」
互いが跳び退ったタイミングで巨漢は何食わぬ表情でひとりごちる。
舞奈も特にこだわることもなく相槌を返す。
まあ麗華に護衛がついていたことには流石に気づいていたはずだ。
その理由に合点がいったというところか。
「別のヴィランにも狙われてたんだよ」
特に隠す必要もないので素直に答えながら改造ライフルの銃口を向ける。
だがネメシスは素早く跳んで射線から逃れ、そのまま消える。
もはや御馴染みの【転移能力】だ。
前回のずさんな誘拐事件のおかげで、今回は麗華を守ることができた。
ということは、サーシャや白人男たちには感謝しなければならないのだろうか?
そう思って苦笑した直後、振り向く。
目前に炎の拳。
だが舞奈は拳に繋がる逞しい腕を横から強打。反動で無理やりに避ける。
狙いを外した拳が背後のコンクリート壁を木端微塵に焼き砕く様子を見やりながら、
「だいたい何で麗華様なんだよ?」
再開された氷炎拳のラッシュをいなしながら舞奈は問う。
丸太のような腕や脚の先の、煮えたぎる処刑器具のような炎や霜など気にも留めずにヴィランのマスクの双眸を見やる。
相手の表情は口元でわかるが、舞奈は目で話す国の人間だ。
「あいつは頭と性格が悪いだけの普通の小学生だぞ」
「酷いこと言ってやるなよ。プライマリースクールの友達なんじゃないのか?」
苦笑しつつ、ネメシスはナイフのように鋭い拳を繰り出す。
舞奈は苦も無く跳んで避ける。
ついでに向けた銃口からネメシスは体裁きだけで逃れつつ、すぐに口元を歪め、
「それを言うなら、エミールやクラリスだって礼儀がなってないだけの普通の子供だ」
「いや帽子のじょう……いや坊主はともかく、クラリスちゃんは普通な気がするが」
「坊主っておまえなあ。あとクラリスも目だった騒ぎをおこさないだけで、将来が心配なくらいにはコミュ障だぞ」
「そっか。あんたの国ではああいうのは厳しいんだっけな」
あとコミュ障とか、マニアックな日本語を覚えやがって。
燃える、凍てつく拳を避けながら、舞奈はやれやれと苦笑する。
機銃の如く氷炎の拳を、蹴りを繰り出しながら、ネメシスのマスクの口元にも笑み。
互いに命のやり取りに慣れすぎている。
だから真剣勝負の最中に、自然に軽口など叩いてしまう。
加えて彼女と舞奈の、何というか知人に対するスタンスは似ていると思った。
相手の短所を残らず把握して、それを長所と一緒にそのまま受け入れる。
側に仲間が――友人がいるという事実そのものが楽しく、尊いものだと知っている。
舞奈は一度、失ったから。
彼女はどうしてなのだろうか?
どちらにせよ普段は割と世話がかかるらしい子供たちのことを、口にするネメシスは理由もなく楽しそうだ。だからこそ、
「だが麗華様には異能力もないぞ! 見てたんなら気づいただろ? 普通の人間としての能力すら不安なんだ」
「……いや、そこまで言ってやるこたぁないだろう」
ネメシスは苦笑し、
「じゃあお姫様は、なんでお姫様呼ばわりされて可愛がられてるんだと思う?」
言いつつ鋭い鉄拳。
炎も冷気も宿っていない、ただ真っすぐな拳。
何食わぬ口調で語られてはいるが、拳とそこに乗った肉体の熱でわかる。
それこそが彼女らが麗華を狙う目的だ。
麗華が何かしたわけではなく、彼女が彼女であるという事実に秘められた何か。
それが海外から望まれざる客人を次々に呼び寄せている。
そう舞奈が結論づけ、ネメシスが拳を繰り出した途端――
「――!?」
何の前触れもなくネメシスの背中が『爆ぜた』。
放電とオゾンの臭いを伴う超常的な爆発。
至近距離からプラズマの砲弾【雷弾・弐式】をぶちかまされたのだ。
思わず吹き飛ぶネメシスの側に幾つかの像が出現し、集まって少女の形を成す。
クロークを羽織り、つば付き三角帽子をかぶった明日香だ。
光学迷彩【迷彩】。
認識阻害の【隠形】。
多重の隠形環境下から、彼女は攻撃魔法による奇襲を試みたのだ。
姿をくらませてから今まで、明日香は狙撃手のように相手の隙を伺っていた。
そして大事な話で気が緩んだ隙に必殺の奇襲を決行した。
舞奈を巻きこまぬよう【雷弾・弐式】1発で勝負を決めようとしたのだろう。
そのせいで惜しくも【念力盾】に防がれたが。
話の続きが気になるのは明日香も同じだったはずだ。
麗華はいちおう彼女にとっても友人ではある。
なにより明日香は貪欲に知識を求める魔術師だ。
それでも倒してしまえば後でいくらでも尋問できると思ったのだろう。
そういう冷徹な思い切りの良さは、良くも悪くも舞奈にはない明日香の長所だ。
そんな明日香に、ネメシスは体勢を立て直しつつ向き直る。
こちらも舞奈に劣らず厄介で危険な相手だと気づいたのだろう。
だが改造ライフルを構えた舞奈を無視できないのも事実。
逡巡したネメシスの四方から数多の火球が襲いかかる。
即ち【火球・弐式】。
「ちょっ!?」
舞奈は慌てて跳び退る。
ネメシスは【念力盾】に追加の超能力を注ぎこんで爆発に備える。
そして爆発。大爆発。
まるで収束手榴弾でもぶつけたような数多の爆炎が轟音と共にヴィランを覆う。
跳んで少し離れた場所で顔をかばった舞奈にまで熱風が吹きつける。
その熱量はネメシスの【炎熱撃】以上。
初打からあれは如何なものかと思ったが、明日香の無茶も大概だ。
だが、そこまでやらかした火球の乱舞の真の目的は目くらまし。
爆炎と爆煙が晴れ、ネメシスがあらわれた時には明日香は再び姿を消していた。
「……いつもこうなんだ。酷い奴だろ?」
「ああ、まったくだ!」
舞奈は少し焦げた前髪を嫌そうに見やって苦笑する。
対してネメシスは油断なく身構えながら、口元を同じ形に歪め……
「……いないか」
再び周囲を警戒しつつ、集中。
だが二重の隠形術で姿を消した明日香は見つからない。
まあ圧倒的なパワーとスピードを誇るヴィランを相手に、姿すら見せずにヒットアンドアウェイに徹するという判断は的確だと思う。
冷静、冷徹で思慮深く、おまけに底意地の悪い明日香には最適な戦法だ。
彼女は【氷壁・弐式】や【雷壁】といった防御魔法を使いこなす。
だが堅実な彼女は防御魔法を突破される可能性を常に警戒している。
無論、ネメシスも本気を出せば流石に探知可能なのだろう。
だが舞奈と戦いながらでは無理だ。
だからヴィランは跳び退って距離を取りつつ虚空から何かを取り出す。
用いた超能力は【誘引能力】。【転移能力】を応用した物品の取り寄せ。
取り出したものは、ひとふりの剣。そして次の瞬間、
「せいっ!」
剣の切っ先を地面に向ける。
同時に周囲を音も形もない何らかの波動が満たす。
そして次の瞬間、ネメシスの剣が……砕け散った。
「……流石に魔術師相手じゃ無駄か」
口元を歪めつつ、何食わぬ様子で折れた剣の柄を放る。
その言動で、今しがたの波動が【能力消去】だと気づいた。
ネメシスは周囲一帯に超能力による魔法消去を試みたのだ。
だが明日香に抵抗され、剣は折れた。
魔法消去は抵抗されると得物や使用者が破壊される。
対して明日香からの反撃はなし。
実は防ぐので精いっぱいだったのか。
あるいはネメシスがもっと致命的な隙を見せるのを待つことにしたか。
生真面目なのに戦闘での敵への底意地の悪さだけは半端ない魔術師の思惑を、舞奈もネメシスも予測することすらできない。
だから巨漢のヴィランは再び舞奈に向き直り、
「じゃあ、やっぱり、おまえから片付けるしかねぇってことだな!」
「最初と状況、変わんないけどな!」
互いに笑みを交わした。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
魔法少女になれたなら【完結済み】
M・A・J・O
ファンタジー
【第5回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】
【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】
【第9回ネット小説大賞、一次選考突破!】
とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。
そこから少女の生活は一変する。
なんとその本は魔法のステッキで?
魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。
異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。
これは人間の願いの物語。
愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに――
謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。
・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、青春学園物語。
ほんのりと百合の香るお話です。
ごく稀に男子が出てくることもありますが、男女の恋愛に発展することは一切ありませんのでご安心ください。
イラストはtojo様。「リアルなDカップ」を始め、たくさんの要望にパーフェクトにお応えいただきました。
★Kindle情報★
1巻:第1話~第12話、番外編『帰宅部活動』、書き下ろしを収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:第13話~第19話に、書き下ろしを2本、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:第20話~第28話、番外編『チェアリング』、書き下ろしを4本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:第29話~第40話、番外編『芝居』、書き下ろし2本、挿絵と1P漫画を収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:第41話~第49話、番外編2本、書き下ろし2本、イラスト2枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:第50話~第55話、番外編2本、書き下ろし1本、イラスト1枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
Chit-Chat!1:1話25本のネタを30話750本と、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
★第1話『アイス』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
★番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
★Chit-Chat!1★
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる