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第16章 つぼみになりたい
威力偵察2 ~合同偵察部隊vsケルト呪術
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新開発区の奥地へと威力偵察に赴いた【機関】とディフェンダーズの合同部隊。
そんな一行の前に、銃で武装した脂虫の群があらわれた。
群れを圧倒的な攻撃魔法によって殲滅した一行の前に、黒衣の少女があらわれる。
「Beauuutifuuuuul!」
黒いマントをなびかせ、同じ色のレオタードを着こんだ妖精のような少女は叫ぶ。
死霊使いクラフター。
ディフェンダーズと敵対するヴィランのひとりだ。
「我がCarrierの軍団を一瞬で灰塵と化したEvocation! まさにFantasy! まさにArrrt!」
感極まったような口調は狂人キャラの演技なのか地なのか。
圧倒される一行を尻目に、真っ先に動いたのはシャドウ・ザ・シャーク。
グラマラスな白黒タイツが妙なポーズでかざした掌の先に何かが出現する。
魚だ。
パッと見は変哲のないカレイかヒラメに見える。
それをシャドウ・ザ・シャークはつかみ取り、クラフターめがけて投げる。
フォーム自体は美しいが飛距離は伸びなさそうな投てき。
だが魚はピチピチ生き良く跳ねながら、不自然な軌跡を描いてクラフターを追う。
スピードもけっこう速い。
魚を生み出した魔術は生物を創造する【大天使の血肉の召喚】。
投てきに用いた術は【操命弾】だ。
高等魔術師が誇る魔術と疑似呪術の合わせ技は術者の高い技術のせいか、ふざけた見た目によらず恐るべき威力を誇る。
華麗なステップで避けられたヒラメは側のコンクリート壁に喰らいついて粉砕する。
まるで誘導する砲撃だ。対して、
「Hey,Taranis!」
避けたクラフターは指を鳴らす。
途端、背後の脂虫バイク――クラフター・モービルが爆発した。
ド派手な閃光と爆音が周囲を満たす。
明日香の【雷弾・弐式】をいくつか重ねたような凄まじいプラズマの奔流。
即ちケルト呪術のひとつ【贄の火】。
ケルトの古の雷神タラニスのイメージにより脂虫の血肉をプラズマ手榴弾と化す。
そいつをバイクを構成する数匹分すべてを使って行使したのだ。
まばゆい爆光に一行が目を覆った一瞬の隙に、クラフターは駆けつつ何かを投げる。 音もなく飛来した数本の氷のナイフが【護身神法】に阻まれ砕けて消える。
即ち【鋭氷の短剣】。
対してシャドウ・ザ・シャークは今度は両手に魚を生んで続けざまに投げる。
次いで敵の動きに気づいた紅葉と小夜子の素早い施術。
2人の足元からコンクリートの欠片や瓦礫が石弾となって飛ぶ。
ゲブ神のイメージによる紅葉のウアブ呪術【地の矢】。
山の心臓の名を借りたナワリ呪術【砕く石】。
鋭い石の弾丸が、施術にあわせて矢継ぎ早に放たれる。
こちらは誘導こそできないが、まるで機関銃による弾幕だ。
「Gggggreat! Beautifuuul! 数多の魔術を、呪術を重ね合わせた美麗なるHaaarmonyyyyy!」
だがクラフターはくねくねと妙な動きをしながら魔法の砲弾を、弾幕を避ける。
脂虫どもを焼き払った気化爆発の残り火が赤く輝く瓦礫の上でそうする様は、まるでステージの上での舞踏。
一見すると舞奈にすら匹敵する身体能力は【英雄化】によるものか。
天地に満ちる根源的な力を己が身体に宿らせる呪術だ。
容易く討ち取らせてはくれないらしい。
それでも見たところ脂虫ではなさそうな彼女を殺さず捕らえるつもりなら好都合。
だからか紅葉は金色の短機関銃を、小夜子はアサルトライフルを掃射する。
容赦はない。
小口径高速弾が、小口径ライフル弾が今度は銃弾の雨と化して襲いかかる。
加えて残り火が凝固し火球となって足元からクラフターを襲う。
こちりはサチの【狐火法】。
普段の彼女に似合わぬ人間相手へのアグレッシブな攻勢は小夜子の影響か?
上空にはファラオが装飾された巨大な棺が出現し、黒マントめがけて落下する。
楓の魔術による【石の巨槌】だ。
本来は岩石の塊を創造してぶつける術だが、芸術家の楓がアレンジしたらしい。
だが、そのすべてを、
「hahaha! 素晴らしいHarmony! 鮮烈なArt!」
黒衣のヴィランはことごとく避ける。
面妖だが的確な体捌きによってだけではない。
避けきれない何発かは瞬間移動で回避する。
ケルト呪術による短距離転移【妖精の舞踏】。
直後にニュットが投げたルーンが見えざる刃と化して跳ぶ。
即ち【斥力刃】。
敵が最も避けにくいタイミングで放たれた不可視の斥力刃は、まるで術者のいやらしい性格が形になったように卑怯卑劣に目標に迫る。
同時にクラフターの真横から不可視の砲弾。
明日香の【力砲】だ。
糸目とは別の角度から、形の違う力場の弾丸を放てば避け辛いとの判断か。
こちらも敵を前にした底意地の悪さは大概だ。
同じタイミングで舞奈も撃つ。
別に2人の同類という訳でなく、最適な一撃を見舞おうとすると結果的にそうなる。
だがクラフターは舞踏しながら姿を歪ませ、あろうことか4人に増えた。
4人のヴィランが左手にはめた4つの指輪がそれぞれに煌めく。
同時に転移による回避すら許さぬ致命的な斥力刃がひとりを切断し、斥力場の砲弾がひとりを粉砕し、正確無比な小口径ライフル弾がひとりの胴を撃ち抜く。
だが粉砕された3人のクラフターは光の粉になってかき消える。
どうやら3人とも魔法で作られた偽物をつかまされたらしい。
「おのれ【鏡像分身】の魔術なのだよ」
ニュットは思わず歯噛みする。
そういえば分身して如何なる被弾をも無にする魔術があると聞いたことがある。
「魔術だと? 大魔道士には見えんが……魔道具か?」
糸目の側で舞奈も口元を歪ませる。
3年前、エンペラーも幹部に幾つもの魔道具を持たせていた。
自身の強大な魔術の幾ばくかを貸し与えるために。
ウアブ同様に魔術師と呪術師の双方を擁するケルトの術者の流儀だろうか。
どちらにせよ彼女自身はケルト呪術師だが、魔道具の力を借りて大魔道士とほぼ同等の戦術をとることも可能だ。加えて体術の腕前も相応。
死霊使いクラフター。確かに皆が危惧した通り厄介な相手だ。
「素晴らしいArtistたちに、これはわたしからのPresentsさ!」
クラフターは先ほどとは別の指の指輪に口づけし、
「Please,Merlin!」
叫んだ途端、一行を囲むように幾つもの人影があらわれた。
脂虫だ。
何処かかにストックしていた追加の脂虫を転移させたのだ。
「【智慧の大門】とな!?」
「糞ったれ! いつからそんなメジャーな術になったんだ?」
驚くニュット。
口元をへの字に曲げてひとりごちる舞奈の目前で、さらにクラフターは両手を広げ、
「Hey prestooooo,Zombies!!」
更に激しく叫ぶとともに、脂虫どもの様子が変わった。
指先から鋭いカギ爪がのびる。
双眸は狂気に輝き、ヤニで歪んだ口元が獣のように開かれる。
そして一斉にわけのわからない雄叫びをあげる。
「進行したわ!」
驚くサチや皆の目前で、薄汚い群成す脂虫どもが一斉に屍虫へと進行した。
即ち【不死の大呪詛】の呪術。
ケルト呪術が内包する【動植物との同調と魔力付与】技術を負の方向に作用させ、脂虫を屍虫へと進行させる。
忌まわしい怪異が使う道術【僵尸変化】と同等の効果を、多数に与える術だ。
おそらく彼女の十八番。
死霊使いなどと呼ばれる所以だ。
屍虫どもは一行めがけて拳銃を構えて発砲する。
厄介なことに、奴らは進行しても銃を撃つことができるらしい。
しかも先ほど建てた魔法の壁は一行の前に向けられている。
周囲を囲む屍虫に対して有効な形に設置しなおす余裕はない。それでも、
「……片づける。それしかないわ」
一行は各々の得物で応戦する。
まずは小夜子がアサルトライフルで屍虫の群を薙ぎ払う。
次いで明日香の【鎖雷】が数匹の怪異を串刺しにして焼き払う。
楓が行使した【大水球】により、神々を象った水塊が群に襲いかかる。
そこから紅葉の【水の斬撃】が飛び出し、屍虫どもを斬り刻む。
ニュットは4人に分身し、近づいてくる屍虫を短機関銃の掃射で蜂の巣にする。
そのうちひとりを1発の弾丸が穿つが、糸目の女子高生は光の粉になって消える。
本体は無傷だ。
ルーン魔術のひとつ【鏡像】。
先ほど散々に嫌な顔をした【鏡像分身】と同等の術を、しれっと行使しているあたりが彼女の人となりだ。
それ以前に、そもそも皆はサチの【護身神法】によって守られている。
通常の拳銃弾やライフル弾程度でどうこうなることはない。だから、
「なら本丸は、あたしが相手してやるぜ!」
舞奈はアサルトライフルを構えてクラフターに肉薄する。
身体強化に劣らぬ疾駆。
瓦礫が転がる廃墟の通りで、高みの見物を決めこむつもりだった彼女との数メートルの距離を一瞬で詰める。
相手は呪術と限定的ながら魔術を操る。
だが接敵するなり直接対決に持ちこめば大技を自由には使えないはず。
それに奴を倒さなければ新たな屍虫の群を呼ばれるだけだ。
そんな思惑を秘めた舞奈の前に、
「私も加勢しよう!」
ミスター・イアソンの派手な色のマントが躍り出る。
マッチョな我らのヒーローは、そのまま躊躇なく黒い少女に挑みかかる。
マッシブな巨躯からは想像もつかぬ猛スピードの拳、蹴り。
熟達した【加速能力】による超高速化だ。
しかも突き出す拳からは不可視の刃が突き出される。
こちらも彼が得手とする【念力剣】。
先の廃工場での戦いでサーシャ=レディ・アレクサンドラがしたように、リソースの大半を精神へのダメージ割り振った念動力で相手を気絶させようとの算段だろう。
自身が得手とする近距離で、拘束用の手札を素早く繰り出す。
流石はヒーロー。素早い相手への対処も万全――
――否。
「おおっと流石はミスター・イアソン!」
「何だと!?」
クラフターは素早く身をよじり、跳び退って【妖精の舞踏】で回避する。
まるで相手の動きを読んだかのように。
「Hey presto,Icicle!」
続けざまの施術によってミスター・イアソンの足元から巨大な氷の刃が飛び出す。
即ち【鋭氷の斬刃】。
瓦礫の下の地面に浸透する冷気と水分を使った氷刃の呪術。
ミスター・イアソンは強化した身体能力にまかせて跳ぶ。
彼を象ったデーモン同様の超機動だ。
鋭い氷刃は宙を斬る。だが、
「避けろ! 罠だ!」
叫びながら舞奈は撃つ。三点射撃
「Wow!」
クラフターは小口径ライフル弾を、踊るような【妖精の舞踏】で避ける。
銃弾の微かなずれが、敵の転移技術が念力と同等のパワーを使ったものだと告げる。
ケルト呪術師は【妖精の召使】等の術を用いて世界そのものと密接した何かを操る。
同魔術の【空間跳躍】に用いる時空そのものの操作とは異なるが、似た何か。
それは超能力による念力と同じ種類の不可思議な力だ。
一方、着地しようとしたミスター・イアソンの足元からは、
「Two,Icicle!」
「何ッ!?」
氷刃の追撃。
避ける余裕もない巨漢はまともに激突する。
彼を守護する【護身神法】の御力か、射撃を回避した敵の集中が削がれたせいか氷刃の先端が脆くも砕け散る。
それでも勢いのついた氷塊に突き飛ばされた巨漢は障壁ごと吹き飛ぶ。
「イアソン、無事か?」
「……ああ! 大したことはない」
見やりもせずに問うた舞奈に答えるミスター・イアソンの力強い叫び。
だが背後にマッチョなヒーローはいない。
目前のクラフターの真上から、必殺のキックを放とうとしていた。
吹き飛ばされた瞬間に【転移能力】を行使し、逆に敵の頭上に転移したのだ。
人間の視界は上下の動きを追うのにあまり向いてない。
それは術者も同様。
呪術の連続行使の隙に奇襲する算段だ。
だが如何な手段で察したか、クラフターは後に跳びつつ姿を消して避ける。
空気に滲むような消え方ではなく、一瞬でかき消える。
透明化のような光学的欺瞞ではなく空間を歪めることで本当に消失しているからだ。
「Oops!」
必殺の奇襲を避けられたイアソンは瓦礫の山を砕いて埋まる。
だがクラフターは再出現しない。
次の瞬間、舞奈は撃つ。
銃口が捉えるのは少し離れた何もない虚空――否。
「Wha……t!?」
何もないはずの虚空に何かが出現する。
消えた時と同じように、唐突にあらわれたそれは黒マントの少女。
クラフターだ。
驚愕に目を見開いて、射点である舞奈を見やっている。
3年前、エンペラーの刺客は転移による奇襲や撤退を多用した。
そんな一見すると対処不能な相手を、だが美佳や一樹は普通に狩っていた。
その恐ろしい戦いを、幼い舞奈は当事者として見ていた。
だから舞奈も生きのびるために、短距離転移をよくする相手の動きの癖を必死で見抜き、見極め、やがて普通に対処できるようになった。それでも、
「……野郎、防御も万全って訳か」
舌打ちする。
クラフターの黒いレオタードの腹――付与魔法を破壊された余波が致命傷になりにくい部位の手前で、だが狙いすました小口径ライフル弾は止まっていた。
舞奈が見やる前で地に落ちる。
まあ超能力にも【念力盾】という障壁展開の能力がある。
それと似た力を用いる彼女らに同等の手札があっても不思議じゃない。
だが、それ以上に舞奈にとって重要なのは、クラフターが回避の技量に慢心して防御を怠ることがなかったということだ。
容姿も言動もエキセントリックなくせに、彼女は用意周到だ。
もっとも、そのくらいでなくては複数のヒーローや術者を翻弄することなど無理だ。
イアソンやシャドウ・ザ・シャークの反応からすると、彼女はいつもこんならしい。
それでもクラフターが舞奈を見やる視線にこもる驚愕、畏怖。
念には念を入れて行使していた防護手段を、使うとは思っていなかったのだろう。
加えて今しがたの研ぎ澄まされた一撃が偶然の産物じゃないことにも気づいた。
魔法感知で舞奈が術者じゃないのは一目瞭然だ。
なのに並み居る魔道士たちにすらできない芸当を、してのける舞奈を恐れる。
ある意味で超自然の御業を修めた術者だからこその畏怖。
それすら使わず奇跡を起こす舞奈という存在が、普通の人間が魔法や怪異を見るように信じられないのだ。
「Hey presto,Lightning!」
叫びながら飛び退く。
同時に舞奈も横に跳ぶ。
途端、先ほどまでクラフター自身と舞奈がいた場所に雷が落ちた。
轟音と閃光、雨の臭いに口元を歪める。
即ち【召雷】。
古神術の【鳴神法】、ヴードゥーの【雷の術】に相当する落雷の呪術。
通常の呪術は施術に神の御名とイメージを用いるが、彼女らケルト呪術師は一部の施術を除いて冷気や雷といった元素そのものに呼びかけて術と成す。
それが可能なほどに、ケルト呪術師は魔法そのものと近しい存在だ。
悪霊の血を引くという彼女の触れこみも、あながち吹かしだけではないのだろう。
だからこそ貸し与えられた力すら自在に操る。
そして自身の呪術は物理法則の限界を容易く超える。
そんな必殺の落雷を、彼女は同時に2ヵ所に施術した。
逃げた自身に距離を詰めても、様子を見ても雷撃の餌食という算段だったのだろう。
強力な施術で【護身神法】すら貫く自信があったかもしれない。
だが舞奈は正しく避けた。
その程度の判断ができなければ今まで生きてこられなかった。
続けざまに跳び退りつつ低く身をかがめた舞奈の目前にクラフター。
スラリと形の良い横薙ぎの蹴りを繰り出したポーズのまま。
施術の直後に不発を悟り、避けた舞奈の目前に転移したのだ。
小さなツインテールの上、【護身神法】の障壁すれすれを風が薙ぐ。
背後の崩れかけたコンクリート壁が斜めに両断されて崩れ落ちる。
黒いブーツのつま先に展開された不可視の刃は【刃の疾風】。
空気で刃を形作る呪術だ。
長物を手にした舞奈を相手に、撃ち合いより接近戦の方が有利と判断したか。
だが妖精のように優美で怪しい唇は驚愕に歪む。目元は見えない。
対して舞奈は笑う。
クラフターは先ほどのイアソン同様に必殺の奇襲を試みたのだろう。
だが舞奈は避けた。術すら使わず。
それでもクラフターは素早く体勢を立て直し、拳に風をまとわせて突く。
即ち【微風の手】。
得物の代わりに呪術の武具を手にしたヴィランは無数の拳を、蹴りを放つ。
もちろん【英雄化】による身体強化を維持しながら。
さらに卓越したケルト呪術師は怒涛のラッシュの最中にも付与魔法を組み替える。
稲妻のように輝く鉄拳【痺れる手】。
凍てつく掌底【凍る手】。
冷気で押し出した熱をつま先に集めた【燃える手】。
数多の打撃を繰り出しながら【妖精の舞踏】で舞奈の背後に転移する。
そのすべてを、舞奈は笑みすら浮かべながら回避する。
対するクラフターは無言。
パフォーマンスの余裕もなくなったらしい。
そもそも舞奈に対して接近戦は無意味だ。
何故なら舞奈は卓越した身体能力と感覚を誇り、空気の流れを通じて敵の身体の動きを把握し対処する。
そんな舞奈がジャケットの裏から拳銃を抜こうと身構えた瞬間、
「シモン君! 避けたまえ!」
声より先に地を転がる。
間髪入れず、無数の何かがクラフターを中心にした周囲一面に降り注ぐ。
周囲に転がっていた瓦礫や鉄屑やコンクリート片だ。
後方からの支援ではない。
「……外したか」
「あんたも無茶苦茶するな」
一挙動で立ち上がった舞奈の背後。
少し離れた場所で、ミスター・イアソンがこちらに掌をかざしていた。
即ち【念動弾】。【念動】で小さな物体を投げつける攻撃手段。
先ほど埋まった瓦礫を跳ね飛ばして復活しがてら、いくつか飛ばしたのだ。
数少ない遠距離攻撃の手札を使って舞奈の援護するために。
そんな奇襲を辛くも転移で回避して、クラフターは並ぶ舞奈とイアソンを見やる。
「……Simon minor?」
舞奈を見やり、答え合わせのように問いかける。
その口元に浮かんだ表情に、もはや登場時のような余裕はない。
彼女も噂に聞いてはいたのだろう。『最強』の存在を。
だが信じられなかった。実際に相対するまでは。
そう言った手合いに、ここのところ舞奈は立て続けに出会ってきた。だから、
「イエェーッス!」
奴らの発音を雑に真似て答え、
「Jesus(イエス・キリストの意)? Are you Jesus!?」
「……発音が悪くてすまんな」
思わぬ反応に口元をへの字に曲げる。
そんな舞奈と、その側で油断なく身構えるミスター・イアソンの脳裏に――
『――hahaha! 下がれクラフター』
女の声が聞こえた。
「Why!?」
『おまえじゃ奴には勝てん。今のでわかったろう? それにZombieどもも、じきに奴の仲間が片づけるところだ。見事な手際じゃあないか』
「広範囲への【精神感応】だ」
「ああ、わかってる」
側のイアソンの解説を聞き流し、クラフターのいる場所の更に向こうを見やる。
バリケードで封鎖されていた路地の、さらに奥。
そこに巨大な何かが隠れている。
新開発区を吹き抜ける乾いた風の揺らぎがそう告げていた。
「それでは勇敢なヒーローたちよ! see you!」
「あっ!? 野郎!」
言い残しつつクラフターは消える。
手段そのものは先ほどから使っていた【妖精の舞踏】。
背後から誰かが放った魔弾が、一瞬前にヴィランがいた虚空を斬り裂く。
その先で、何かに当たって弾ける。
同時にバリケードがあった場所より更に奥に、輝く何かがあらわれた。
否、最初からずっとそこで姿を隠していたものが出現した。
燐光を発する超巨大なドームだ。
その巨大さは新開発区の奥地を占拠しようとするほど。
例えようもなく大きく、そして眩しい。
「結界か?」
「……ああ。【念砦】の能力だ」
苦々しいミスター・イアソンの声。
これが話に聞いた、超能力を用いて戦術結界を創造する大魔法らしい。
舞奈は巨大な結界を見上げる。
文様だろうか、構造力学的に強度を高める意図か、光り輝く人間サイズの六角形が無数に敷き詰められた巨大な結界。
そして並の戦術結界を遥かに超えるアメリカンサイズのドームの上方には、人影。
巨大なドームの外側からではその表情はわからない。
だがシルエットだけでわかる。
側のミスター・イアソンに匹敵する巨躯を、ピッチリした紫色のスーツに包んだ女。
「……あんたがクイーン・ネメシスだったのか」
舞奈はドームを見上げて不敵に笑う。
何故なら彼女の厳つい口元が、半透明の壁の向こうで同じ表情を浮かべている。
そうとしか思えなかった。
あの日、スミスの店で会った女マッチョ。
彼女はヴィランたちのリーダー、クイーン・ネメシスだった。
そして、この結界を維持する超強力な超能力者でもある。
だがまあ、驚きはするが意外とは思わない。
あれほど屈強で威風堂々とした女の超能力者が2人いると考えるより、そう考える方が自然だからだ。
なるほど近くでの用事と言うのは、新開発区での施設の建造だったという訳だ。
『わたしも驚いたよ。あんたがそうだったとはな』
脳内の声も楽しげに答える。
強力な超能力者である彼女が舞奈の表情を視認しているかはわからない。
だが思念から感じられる感情の色は、驚愕ではない。
納得。少し興奮。舞奈と同様に。
その時、舞奈を頭上から照らしつつ、轟音と共にプラズマ弾の奔流が飛翔する。
明日香の【雷嵐】だ。
激しくまたたく雷撃の奔流は結界を打ち据え、爆発する。
だが光り輝く六角形の群は微妙だにしない。
次いで舞奈とイアソンの左右にレーザー光の軌跡が描かれる。
数々の戦闘で多くの難敵を葬ってきた小夜子の【太陽の嘴】。
小夜子とともに完全体と化した疣豚潤子を討ったサチの【十言神咒】。
同じく完全体キムを、死塚不幸三を破壊した楓の【光条の杖】。
そしてルーン魔術師であるニュットの【光線《ラーザー・シュトラール》】。
幾重もの目もくらむような光束が結界に突き刺さり、焼き貫こうと食らいつく。
それでもなお半透明の結界は揺るぎすらしない。
研ぎ澄まされた舞奈の目が、結界の奥に佇む廃ビルではない建造物を捉える。
だが、それだけだった。
「皆の者、撤収するのだよ]
「しかし……!!」
意図的に感情を抑えたニュットの指示。
口惜しげにウアス杖を構えたままの楓を横目に、
「力不足なのは我々も同じなのだよ。作戦を練り直すのだ。小夜子ちん!」
「……了解」
小夜子は素早く施術する。
すると廃墟の一角に、巨大な屍肉の門があらわれる。
即ち【供物の門】。
彼女らが先ほど殲滅した海外からの屍虫たちの群の中に、使える状態のものがいくつかあったのだろう。それを使って施術したのだ。
そして紅葉に促されながら楓が、小夜子とサチは互いを気遣いながら、ニュットと明日香は冷静に転移の門の中へと消える。そして舞奈も、
「シィーユゥー!」
『SEE YOU』
「へいへい!」
軽口めかして言った途端、発音を矯正する如く噛んで含めるような思念を返されて口元を歪める。そうしながら躊躇なく門へと跳びこんだ。
言った言葉は本当だ。
舞奈たちは近いうちに彼女らと再会する――
――否、そうせざるを得ない。
そんな一行の前に、銃で武装した脂虫の群があらわれた。
群れを圧倒的な攻撃魔法によって殲滅した一行の前に、黒衣の少女があらわれる。
「Beauuutifuuuuul!」
黒いマントをなびかせ、同じ色のレオタードを着こんだ妖精のような少女は叫ぶ。
死霊使いクラフター。
ディフェンダーズと敵対するヴィランのひとりだ。
「我がCarrierの軍団を一瞬で灰塵と化したEvocation! まさにFantasy! まさにArrrt!」
感極まったような口調は狂人キャラの演技なのか地なのか。
圧倒される一行を尻目に、真っ先に動いたのはシャドウ・ザ・シャーク。
グラマラスな白黒タイツが妙なポーズでかざした掌の先に何かが出現する。
魚だ。
パッと見は変哲のないカレイかヒラメに見える。
それをシャドウ・ザ・シャークはつかみ取り、クラフターめがけて投げる。
フォーム自体は美しいが飛距離は伸びなさそうな投てき。
だが魚はピチピチ生き良く跳ねながら、不自然な軌跡を描いてクラフターを追う。
スピードもけっこう速い。
魚を生み出した魔術は生物を創造する【大天使の血肉の召喚】。
投てきに用いた術は【操命弾】だ。
高等魔術師が誇る魔術と疑似呪術の合わせ技は術者の高い技術のせいか、ふざけた見た目によらず恐るべき威力を誇る。
華麗なステップで避けられたヒラメは側のコンクリート壁に喰らいついて粉砕する。
まるで誘導する砲撃だ。対して、
「Hey,Taranis!」
避けたクラフターは指を鳴らす。
途端、背後の脂虫バイク――クラフター・モービルが爆発した。
ド派手な閃光と爆音が周囲を満たす。
明日香の【雷弾・弐式】をいくつか重ねたような凄まじいプラズマの奔流。
即ちケルト呪術のひとつ【贄の火】。
ケルトの古の雷神タラニスのイメージにより脂虫の血肉をプラズマ手榴弾と化す。
そいつをバイクを構成する数匹分すべてを使って行使したのだ。
まばゆい爆光に一行が目を覆った一瞬の隙に、クラフターは駆けつつ何かを投げる。 音もなく飛来した数本の氷のナイフが【護身神法】に阻まれ砕けて消える。
即ち【鋭氷の短剣】。
対してシャドウ・ザ・シャークは今度は両手に魚を生んで続けざまに投げる。
次いで敵の動きに気づいた紅葉と小夜子の素早い施術。
2人の足元からコンクリートの欠片や瓦礫が石弾となって飛ぶ。
ゲブ神のイメージによる紅葉のウアブ呪術【地の矢】。
山の心臓の名を借りたナワリ呪術【砕く石】。
鋭い石の弾丸が、施術にあわせて矢継ぎ早に放たれる。
こちらは誘導こそできないが、まるで機関銃による弾幕だ。
「Gggggreat! Beautifuuul! 数多の魔術を、呪術を重ね合わせた美麗なるHaaarmonyyyyy!」
だがクラフターはくねくねと妙な動きをしながら魔法の砲弾を、弾幕を避ける。
脂虫どもを焼き払った気化爆発の残り火が赤く輝く瓦礫の上でそうする様は、まるでステージの上での舞踏。
一見すると舞奈にすら匹敵する身体能力は【英雄化】によるものか。
天地に満ちる根源的な力を己が身体に宿らせる呪術だ。
容易く討ち取らせてはくれないらしい。
それでも見たところ脂虫ではなさそうな彼女を殺さず捕らえるつもりなら好都合。
だからか紅葉は金色の短機関銃を、小夜子はアサルトライフルを掃射する。
容赦はない。
小口径高速弾が、小口径ライフル弾が今度は銃弾の雨と化して襲いかかる。
加えて残り火が凝固し火球となって足元からクラフターを襲う。
こちりはサチの【狐火法】。
普段の彼女に似合わぬ人間相手へのアグレッシブな攻勢は小夜子の影響か?
上空にはファラオが装飾された巨大な棺が出現し、黒マントめがけて落下する。
楓の魔術による【石の巨槌】だ。
本来は岩石の塊を創造してぶつける術だが、芸術家の楓がアレンジしたらしい。
だが、そのすべてを、
「hahaha! 素晴らしいHarmony! 鮮烈なArt!」
黒衣のヴィランはことごとく避ける。
面妖だが的確な体捌きによってだけではない。
避けきれない何発かは瞬間移動で回避する。
ケルト呪術による短距離転移【妖精の舞踏】。
直後にニュットが投げたルーンが見えざる刃と化して跳ぶ。
即ち【斥力刃】。
敵が最も避けにくいタイミングで放たれた不可視の斥力刃は、まるで術者のいやらしい性格が形になったように卑怯卑劣に目標に迫る。
同時にクラフターの真横から不可視の砲弾。
明日香の【力砲】だ。
糸目とは別の角度から、形の違う力場の弾丸を放てば避け辛いとの判断か。
こちらも敵を前にした底意地の悪さは大概だ。
同じタイミングで舞奈も撃つ。
別に2人の同類という訳でなく、最適な一撃を見舞おうとすると結果的にそうなる。
だがクラフターは舞踏しながら姿を歪ませ、あろうことか4人に増えた。
4人のヴィランが左手にはめた4つの指輪がそれぞれに煌めく。
同時に転移による回避すら許さぬ致命的な斥力刃がひとりを切断し、斥力場の砲弾がひとりを粉砕し、正確無比な小口径ライフル弾がひとりの胴を撃ち抜く。
だが粉砕された3人のクラフターは光の粉になってかき消える。
どうやら3人とも魔法で作られた偽物をつかまされたらしい。
「おのれ【鏡像分身】の魔術なのだよ」
ニュットは思わず歯噛みする。
そういえば分身して如何なる被弾をも無にする魔術があると聞いたことがある。
「魔術だと? 大魔道士には見えんが……魔道具か?」
糸目の側で舞奈も口元を歪ませる。
3年前、エンペラーも幹部に幾つもの魔道具を持たせていた。
自身の強大な魔術の幾ばくかを貸し与えるために。
ウアブ同様に魔術師と呪術師の双方を擁するケルトの術者の流儀だろうか。
どちらにせよ彼女自身はケルト呪術師だが、魔道具の力を借りて大魔道士とほぼ同等の戦術をとることも可能だ。加えて体術の腕前も相応。
死霊使いクラフター。確かに皆が危惧した通り厄介な相手だ。
「素晴らしいArtistたちに、これはわたしからのPresentsさ!」
クラフターは先ほどとは別の指の指輪に口づけし、
「Please,Merlin!」
叫んだ途端、一行を囲むように幾つもの人影があらわれた。
脂虫だ。
何処かかにストックしていた追加の脂虫を転移させたのだ。
「【智慧の大門】とな!?」
「糞ったれ! いつからそんなメジャーな術になったんだ?」
驚くニュット。
口元をへの字に曲げてひとりごちる舞奈の目前で、さらにクラフターは両手を広げ、
「Hey prestooooo,Zombies!!」
更に激しく叫ぶとともに、脂虫どもの様子が変わった。
指先から鋭いカギ爪がのびる。
双眸は狂気に輝き、ヤニで歪んだ口元が獣のように開かれる。
そして一斉にわけのわからない雄叫びをあげる。
「進行したわ!」
驚くサチや皆の目前で、薄汚い群成す脂虫どもが一斉に屍虫へと進行した。
即ち【不死の大呪詛】の呪術。
ケルト呪術が内包する【動植物との同調と魔力付与】技術を負の方向に作用させ、脂虫を屍虫へと進行させる。
忌まわしい怪異が使う道術【僵尸変化】と同等の効果を、多数に与える術だ。
おそらく彼女の十八番。
死霊使いなどと呼ばれる所以だ。
屍虫どもは一行めがけて拳銃を構えて発砲する。
厄介なことに、奴らは進行しても銃を撃つことができるらしい。
しかも先ほど建てた魔法の壁は一行の前に向けられている。
周囲を囲む屍虫に対して有効な形に設置しなおす余裕はない。それでも、
「……片づける。それしかないわ」
一行は各々の得物で応戦する。
まずは小夜子がアサルトライフルで屍虫の群を薙ぎ払う。
次いで明日香の【鎖雷】が数匹の怪異を串刺しにして焼き払う。
楓が行使した【大水球】により、神々を象った水塊が群に襲いかかる。
そこから紅葉の【水の斬撃】が飛び出し、屍虫どもを斬り刻む。
ニュットは4人に分身し、近づいてくる屍虫を短機関銃の掃射で蜂の巣にする。
そのうちひとりを1発の弾丸が穿つが、糸目の女子高生は光の粉になって消える。
本体は無傷だ。
ルーン魔術のひとつ【鏡像】。
先ほど散々に嫌な顔をした【鏡像分身】と同等の術を、しれっと行使しているあたりが彼女の人となりだ。
それ以前に、そもそも皆はサチの【護身神法】によって守られている。
通常の拳銃弾やライフル弾程度でどうこうなることはない。だから、
「なら本丸は、あたしが相手してやるぜ!」
舞奈はアサルトライフルを構えてクラフターに肉薄する。
身体強化に劣らぬ疾駆。
瓦礫が転がる廃墟の通りで、高みの見物を決めこむつもりだった彼女との数メートルの距離を一瞬で詰める。
相手は呪術と限定的ながら魔術を操る。
だが接敵するなり直接対決に持ちこめば大技を自由には使えないはず。
それに奴を倒さなければ新たな屍虫の群を呼ばれるだけだ。
そんな思惑を秘めた舞奈の前に、
「私も加勢しよう!」
ミスター・イアソンの派手な色のマントが躍り出る。
マッチョな我らのヒーローは、そのまま躊躇なく黒い少女に挑みかかる。
マッシブな巨躯からは想像もつかぬ猛スピードの拳、蹴り。
熟達した【加速能力】による超高速化だ。
しかも突き出す拳からは不可視の刃が突き出される。
こちらも彼が得手とする【念力剣】。
先の廃工場での戦いでサーシャ=レディ・アレクサンドラがしたように、リソースの大半を精神へのダメージ割り振った念動力で相手を気絶させようとの算段だろう。
自身が得手とする近距離で、拘束用の手札を素早く繰り出す。
流石はヒーロー。素早い相手への対処も万全――
――否。
「おおっと流石はミスター・イアソン!」
「何だと!?」
クラフターは素早く身をよじり、跳び退って【妖精の舞踏】で回避する。
まるで相手の動きを読んだかのように。
「Hey presto,Icicle!」
続けざまの施術によってミスター・イアソンの足元から巨大な氷の刃が飛び出す。
即ち【鋭氷の斬刃】。
瓦礫の下の地面に浸透する冷気と水分を使った氷刃の呪術。
ミスター・イアソンは強化した身体能力にまかせて跳ぶ。
彼を象ったデーモン同様の超機動だ。
鋭い氷刃は宙を斬る。だが、
「避けろ! 罠だ!」
叫びながら舞奈は撃つ。三点射撃
「Wow!」
クラフターは小口径ライフル弾を、踊るような【妖精の舞踏】で避ける。
銃弾の微かなずれが、敵の転移技術が念力と同等のパワーを使ったものだと告げる。
ケルト呪術師は【妖精の召使】等の術を用いて世界そのものと密接した何かを操る。
同魔術の【空間跳躍】に用いる時空そのものの操作とは異なるが、似た何か。
それは超能力による念力と同じ種類の不可思議な力だ。
一方、着地しようとしたミスター・イアソンの足元からは、
「Two,Icicle!」
「何ッ!?」
氷刃の追撃。
避ける余裕もない巨漢はまともに激突する。
彼を守護する【護身神法】の御力か、射撃を回避した敵の集中が削がれたせいか氷刃の先端が脆くも砕け散る。
それでも勢いのついた氷塊に突き飛ばされた巨漢は障壁ごと吹き飛ぶ。
「イアソン、無事か?」
「……ああ! 大したことはない」
見やりもせずに問うた舞奈に答えるミスター・イアソンの力強い叫び。
だが背後にマッチョなヒーローはいない。
目前のクラフターの真上から、必殺のキックを放とうとしていた。
吹き飛ばされた瞬間に【転移能力】を行使し、逆に敵の頭上に転移したのだ。
人間の視界は上下の動きを追うのにあまり向いてない。
それは術者も同様。
呪術の連続行使の隙に奇襲する算段だ。
だが如何な手段で察したか、クラフターは後に跳びつつ姿を消して避ける。
空気に滲むような消え方ではなく、一瞬でかき消える。
透明化のような光学的欺瞞ではなく空間を歪めることで本当に消失しているからだ。
「Oops!」
必殺の奇襲を避けられたイアソンは瓦礫の山を砕いて埋まる。
だがクラフターは再出現しない。
次の瞬間、舞奈は撃つ。
銃口が捉えるのは少し離れた何もない虚空――否。
「Wha……t!?」
何もないはずの虚空に何かが出現する。
消えた時と同じように、唐突にあらわれたそれは黒マントの少女。
クラフターだ。
驚愕に目を見開いて、射点である舞奈を見やっている。
3年前、エンペラーの刺客は転移による奇襲や撤退を多用した。
そんな一見すると対処不能な相手を、だが美佳や一樹は普通に狩っていた。
その恐ろしい戦いを、幼い舞奈は当事者として見ていた。
だから舞奈も生きのびるために、短距離転移をよくする相手の動きの癖を必死で見抜き、見極め、やがて普通に対処できるようになった。それでも、
「……野郎、防御も万全って訳か」
舌打ちする。
クラフターの黒いレオタードの腹――付与魔法を破壊された余波が致命傷になりにくい部位の手前で、だが狙いすました小口径ライフル弾は止まっていた。
舞奈が見やる前で地に落ちる。
まあ超能力にも【念力盾】という障壁展開の能力がある。
それと似た力を用いる彼女らに同等の手札があっても不思議じゃない。
だが、それ以上に舞奈にとって重要なのは、クラフターが回避の技量に慢心して防御を怠ることがなかったということだ。
容姿も言動もエキセントリックなくせに、彼女は用意周到だ。
もっとも、そのくらいでなくては複数のヒーローや術者を翻弄することなど無理だ。
イアソンやシャドウ・ザ・シャークの反応からすると、彼女はいつもこんならしい。
それでもクラフターが舞奈を見やる視線にこもる驚愕、畏怖。
念には念を入れて行使していた防護手段を、使うとは思っていなかったのだろう。
加えて今しがたの研ぎ澄まされた一撃が偶然の産物じゃないことにも気づいた。
魔法感知で舞奈が術者じゃないのは一目瞭然だ。
なのに並み居る魔道士たちにすらできない芸当を、してのける舞奈を恐れる。
ある意味で超自然の御業を修めた術者だからこその畏怖。
それすら使わず奇跡を起こす舞奈という存在が、普通の人間が魔法や怪異を見るように信じられないのだ。
「Hey presto,Lightning!」
叫びながら飛び退く。
同時に舞奈も横に跳ぶ。
途端、先ほどまでクラフター自身と舞奈がいた場所に雷が落ちた。
轟音と閃光、雨の臭いに口元を歪める。
即ち【召雷】。
古神術の【鳴神法】、ヴードゥーの【雷の術】に相当する落雷の呪術。
通常の呪術は施術に神の御名とイメージを用いるが、彼女らケルト呪術師は一部の施術を除いて冷気や雷といった元素そのものに呼びかけて術と成す。
それが可能なほどに、ケルト呪術師は魔法そのものと近しい存在だ。
悪霊の血を引くという彼女の触れこみも、あながち吹かしだけではないのだろう。
だからこそ貸し与えられた力すら自在に操る。
そして自身の呪術は物理法則の限界を容易く超える。
そんな必殺の落雷を、彼女は同時に2ヵ所に施術した。
逃げた自身に距離を詰めても、様子を見ても雷撃の餌食という算段だったのだろう。
強力な施術で【護身神法】すら貫く自信があったかもしれない。
だが舞奈は正しく避けた。
その程度の判断ができなければ今まで生きてこられなかった。
続けざまに跳び退りつつ低く身をかがめた舞奈の目前にクラフター。
スラリと形の良い横薙ぎの蹴りを繰り出したポーズのまま。
施術の直後に不発を悟り、避けた舞奈の目前に転移したのだ。
小さなツインテールの上、【護身神法】の障壁すれすれを風が薙ぐ。
背後の崩れかけたコンクリート壁が斜めに両断されて崩れ落ちる。
黒いブーツのつま先に展開された不可視の刃は【刃の疾風】。
空気で刃を形作る呪術だ。
長物を手にした舞奈を相手に、撃ち合いより接近戦の方が有利と判断したか。
だが妖精のように優美で怪しい唇は驚愕に歪む。目元は見えない。
対して舞奈は笑う。
クラフターは先ほどのイアソン同様に必殺の奇襲を試みたのだろう。
だが舞奈は避けた。術すら使わず。
それでもクラフターは素早く体勢を立て直し、拳に風をまとわせて突く。
即ち【微風の手】。
得物の代わりに呪術の武具を手にしたヴィランは無数の拳を、蹴りを放つ。
もちろん【英雄化】による身体強化を維持しながら。
さらに卓越したケルト呪術師は怒涛のラッシュの最中にも付与魔法を組み替える。
稲妻のように輝く鉄拳【痺れる手】。
凍てつく掌底【凍る手】。
冷気で押し出した熱をつま先に集めた【燃える手】。
数多の打撃を繰り出しながら【妖精の舞踏】で舞奈の背後に転移する。
そのすべてを、舞奈は笑みすら浮かべながら回避する。
対するクラフターは無言。
パフォーマンスの余裕もなくなったらしい。
そもそも舞奈に対して接近戦は無意味だ。
何故なら舞奈は卓越した身体能力と感覚を誇り、空気の流れを通じて敵の身体の動きを把握し対処する。
そんな舞奈がジャケットの裏から拳銃を抜こうと身構えた瞬間、
「シモン君! 避けたまえ!」
声より先に地を転がる。
間髪入れず、無数の何かがクラフターを中心にした周囲一面に降り注ぐ。
周囲に転がっていた瓦礫や鉄屑やコンクリート片だ。
後方からの支援ではない。
「……外したか」
「あんたも無茶苦茶するな」
一挙動で立ち上がった舞奈の背後。
少し離れた場所で、ミスター・イアソンがこちらに掌をかざしていた。
即ち【念動弾】。【念動】で小さな物体を投げつける攻撃手段。
先ほど埋まった瓦礫を跳ね飛ばして復活しがてら、いくつか飛ばしたのだ。
数少ない遠距離攻撃の手札を使って舞奈の援護するために。
そんな奇襲を辛くも転移で回避して、クラフターは並ぶ舞奈とイアソンを見やる。
「……Simon minor?」
舞奈を見やり、答え合わせのように問いかける。
その口元に浮かんだ表情に、もはや登場時のような余裕はない。
彼女も噂に聞いてはいたのだろう。『最強』の存在を。
だが信じられなかった。実際に相対するまでは。
そう言った手合いに、ここのところ舞奈は立て続けに出会ってきた。だから、
「イエェーッス!」
奴らの発音を雑に真似て答え、
「Jesus(イエス・キリストの意)? Are you Jesus!?」
「……発音が悪くてすまんな」
思わぬ反応に口元をへの字に曲げる。
そんな舞奈と、その側で油断なく身構えるミスター・イアソンの脳裏に――
『――hahaha! 下がれクラフター』
女の声が聞こえた。
「Why!?」
『おまえじゃ奴には勝てん。今のでわかったろう? それにZombieどもも、じきに奴の仲間が片づけるところだ。見事な手際じゃあないか』
「広範囲への【精神感応】だ」
「ああ、わかってる」
側のイアソンの解説を聞き流し、クラフターのいる場所の更に向こうを見やる。
バリケードで封鎖されていた路地の、さらに奥。
そこに巨大な何かが隠れている。
新開発区を吹き抜ける乾いた風の揺らぎがそう告げていた。
「それでは勇敢なヒーローたちよ! see you!」
「あっ!? 野郎!」
言い残しつつクラフターは消える。
手段そのものは先ほどから使っていた【妖精の舞踏】。
背後から誰かが放った魔弾が、一瞬前にヴィランがいた虚空を斬り裂く。
その先で、何かに当たって弾ける。
同時にバリケードがあった場所より更に奥に、輝く何かがあらわれた。
否、最初からずっとそこで姿を隠していたものが出現した。
燐光を発する超巨大なドームだ。
その巨大さは新開発区の奥地を占拠しようとするほど。
例えようもなく大きく、そして眩しい。
「結界か?」
「……ああ。【念砦】の能力だ」
苦々しいミスター・イアソンの声。
これが話に聞いた、超能力を用いて戦術結界を創造する大魔法らしい。
舞奈は巨大な結界を見上げる。
文様だろうか、構造力学的に強度を高める意図か、光り輝く人間サイズの六角形が無数に敷き詰められた巨大な結界。
そして並の戦術結界を遥かに超えるアメリカンサイズのドームの上方には、人影。
巨大なドームの外側からではその表情はわからない。
だがシルエットだけでわかる。
側のミスター・イアソンに匹敵する巨躯を、ピッチリした紫色のスーツに包んだ女。
「……あんたがクイーン・ネメシスだったのか」
舞奈はドームを見上げて不敵に笑う。
何故なら彼女の厳つい口元が、半透明の壁の向こうで同じ表情を浮かべている。
そうとしか思えなかった。
あの日、スミスの店で会った女マッチョ。
彼女はヴィランたちのリーダー、クイーン・ネメシスだった。
そして、この結界を維持する超強力な超能力者でもある。
だがまあ、驚きはするが意外とは思わない。
あれほど屈強で威風堂々とした女の超能力者が2人いると考えるより、そう考える方が自然だからだ。
なるほど近くでの用事と言うのは、新開発区での施設の建造だったという訳だ。
『わたしも驚いたよ。あんたがそうだったとはな』
脳内の声も楽しげに答える。
強力な超能力者である彼女が舞奈の表情を視認しているかはわからない。
だが思念から感じられる感情の色は、驚愕ではない。
納得。少し興奮。舞奈と同様に。
その時、舞奈を頭上から照らしつつ、轟音と共にプラズマ弾の奔流が飛翔する。
明日香の【雷嵐】だ。
激しくまたたく雷撃の奔流は結界を打ち据え、爆発する。
だが光り輝く六角形の群は微妙だにしない。
次いで舞奈とイアソンの左右にレーザー光の軌跡が描かれる。
数々の戦闘で多くの難敵を葬ってきた小夜子の【太陽の嘴】。
小夜子とともに完全体と化した疣豚潤子を討ったサチの【十言神咒】。
同じく完全体キムを、死塚不幸三を破壊した楓の【光条の杖】。
そしてルーン魔術師であるニュットの【光線《ラーザー・シュトラール》】。
幾重もの目もくらむような光束が結界に突き刺さり、焼き貫こうと食らいつく。
それでもなお半透明の結界は揺るぎすらしない。
研ぎ澄まされた舞奈の目が、結界の奥に佇む廃ビルではない建造物を捉える。
だが、それだけだった。
「皆の者、撤収するのだよ]
「しかし……!!」
意図的に感情を抑えたニュットの指示。
口惜しげにウアス杖を構えたままの楓を横目に、
「力不足なのは我々も同じなのだよ。作戦を練り直すのだ。小夜子ちん!」
「……了解」
小夜子は素早く施術する。
すると廃墟の一角に、巨大な屍肉の門があらわれる。
即ち【供物の門】。
彼女らが先ほど殲滅した海外からの屍虫たちの群の中に、使える状態のものがいくつかあったのだろう。それを使って施術したのだ。
そして紅葉に促されながら楓が、小夜子とサチは互いを気遣いながら、ニュットと明日香は冷静に転移の門の中へと消える。そして舞奈も、
「シィーユゥー!」
『SEE YOU』
「へいへい!」
軽口めかして言った途端、発音を矯正する如く噛んで含めるような思念を返されて口元を歪める。そうしながら躊躇なく門へと跳びこんだ。
言った言葉は本当だ。
舞奈たちは近いうちに彼女らと再会する――
――否、そうせざるを得ない。
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