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第15章 舞奈の長い日曜日
戦闘2-2 ~銃技vsサイコトロニクス
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「アレを……使うしかないか」
「まだ何かあるのか? あんた見た目と違って奥の手多いな!」
「【機械の体】を!」
サーシャの長身がまばゆい光に包まれる。
舞奈は、麗華は、白人男たちは思わず目をかばう。
そして目もくらむような魔法の光が止んだ後、
「……!?」
そこには銀色と青で配色されたメカニカルな騎士がいた。
長身のロシア美女が、超能力によって姿を変えたのだ。
チャムエルの【機械の装甲】に似た金属の装甲。
あるいはニュットが修めたルーン魔術【強身】の如く機械化による身体強化。
「センセイの奥義! 変身能力だ!」
「これならサィモン・マイナーだって!」
周囲の取り巻きたちが歓声を送る。
「あんたみたいのをヴィランっていうんだっけ?」
「……如何にも。この姿ではレディ・アレクサンドラと呼ばれている」
機械の騎士と化したサーシャ……レディ・アレクサンドラは、フルフェイスの兜から露出した口元に精悍な笑みを浮かべる。
「レディ・アレクサンドラ……」
背後の麗華は呆然としている。
それはそうだ。
彼女は本来。異能力とも魔法とも無縁な一般人なのだ。
後のフォローはどうするんだよ……と舞奈は内心で頭を抱える。
だがまあ、それは当面の危機が去った後だ。
「行くぞシモン・マイナ! 我が全力で貴様を倒す!」
「そいつが本当に全力だといいんだがね!」
レディ・アレクサンドラは真っすぐ舞奈に襲い来る。
舞奈も真正面に見据えて構え、
「おおっと!」
横に跳んだ舞奈の残像を機械騎士の拳が貫く……というか押し潰す。
床を転がる舞奈を風が押す。
相当に跳んで距離をとったはずなのに。
その突進の凄まじさに、舞奈の背後で麗華が、周囲で白人男たちまでもが息を飲む。
「こいつは酷い。トラックかよ」
舞奈は一挙動で立ち上がって身構えながら軽口を叩く。
直線的な攻めは小手調べと言ったところか。
凄まじい勢いなのは傍目にも瞭然だ。
身体強化を併用していた先程までよりなお速く、そして力強い。
まさに機械の身体。
トラックや重機の突進だ。
その凄まじさは、パワーだけなら魔法少女のドレスにすら匹敵する。
次いでアレクサンドラは舞奈の前に躍り出て、機械の拳を、蹴りを放つ。
人体の限界を遥かに超えた鋼鉄の打撃。
それを機械のパワーとスピードで次々と繰り出す、いわば致命打の量産工場だ。
いくつかの魔術で用いられる【物品と機械装置の操作と魔力付与】技術。
通常は兵器を象った式神の召喚、金属部品や機械の操作に用いられる。
その技術を超能力――妖術の手札として用いると、このようになるらしい。
そんな暴れまわる重機のような拳を、蹴りを、
「当たれ! せめて一撃でも当たれば!」
「そりゃまあ、ひとたまりもないだろうがな」
舞奈は軽口を叩きながら、右に左に避ける。
機械のパワーとスピードを得た代償か、今の彼女の動きはひどく単調だ。
加えて細やかでも正確でもない。
彼女が修めた格闘術が、人間の身体能力を凌駕する機械の身体を扱うためのものではないからだという理由も少しはあるのだろう。
打撃は放たれた銃弾のように一直線にしか進まない。
そのクセに機械の強烈なパワーは周囲の空気を派手に揺るがす。
強く、大きく、避けやすい、格闘技の欠点を推し進めたような状態だ。
その自覚があるのか突進してくる比率も多く、闘牛士になった気分になってくる。
舞奈にとって、むしろ今の彼女は変身前より組み伏せやすい相手だ。
そうやって何度か交差した後、レディ・アレクサンドラは距離を取って向き直る。
対して舞奈は低く構えて警戒する。
先程までと様子が違う。何か大技を仕掛けてくる。
そう見抜いた次の瞬間、
「……!!」
銀色の騎士が先ほどを超える猛スピードで迫る。
舞奈はとっさに横に跳んで避ける。
警戒していなければ食らっていたであろう砲弾の如く突進――否、
「男子が好きそうな奴だな……」
苦笑しながら振り返る。
視界に映ったレディ・アレクサンドラの機械の背中。
その肩甲骨のあたりと、肩、脚。
数か所に超能力の稲妻がまたたいていた。
それが今しがたの超加速の正体。
背で複数の【紫電の拳】を爆発させて推力にしたのだろう。
如くと言うより、文字通り人間ロケットになって飛んできたのだ。
以前にチャムエルが背後に【光噴射】を放って突撃していたが、あれの基数を増やして強化したようなものか。
自身の強化と付与魔法を得手とする妖術師ならではの猛突撃。
そんな奥の手すら避けられたレディ・アレクサンドラは、
「くっ……! これでも当たらぬか! 何故だ!?」
銀色のマスクから覗く口元を歪めて歯噛みする。
舞奈は笑う。
だが熟練の超能力者は悔恨に時間を割かない。
レディ・アレクサンドラはすぐさま膝をつき、両の掌を舞奈に向かって突きつける。
何か別の超能力を使うつもりか?
舞奈が再び身構えた瞬間、
「おおっと!」
今度は左右の手首から何かが放たれた。
小さなプラズマの弾丸だ。
機械的に発射される何か(空気の弾丸?)に【紫電の拳】を付与したのだろう。
こちらは明日香の【衝弾】と似た使い方か。
放電する弾丸のひとつが、横に跳んだ舞奈の小さなツインテールの端をかすめる。
ピリッとして顔をしかめる舞奈の背後のコンテナを焦がす。
もうひとつは避けた舞奈を大きく逸れて、
「Oops!」
イワンの土手っ腹に当たって消えた。
どうやら超能力の弾丸は、狙いはそこまでよくはないらしい。
加えて魔術師のそれに比べて威力も高くはないようだ。
それでも【不屈の鎧】に守られていたはずのイワンは痺れて動けない。
ぽっちゃり顔を引きつらせたまま固まっている。
防護すらない舞奈が食らえば一巻の終わりだ。
なるほど蹴りも拳も猛スピードの突撃をも避ける相手に対し、飛び道具で動きを止めようとするのは賢明な判断ではある。
ただ舞奈の反射神経と身体能力、踏んできた場数は彼女の予想を超えていた。
そんな舞奈を見やってレディ・アレクサンドラは口元を驚愕に歪め、
「避けただと!?」
「まあ、そのくらいはな」
驚く騎士に苦笑しながら舞奈は体勢を立て直す。
稲妻を避ける訓練なら普段から嫌というほどやっている。
雷術を得手とする明日香が、舞奈が避けること前提でプラズマの砲弾を撃つからだ。
加えてアレクサンドラの稲妻は弾体の限界なのか、飛来するスピードは拳銃以下――弓矢より遅い――ちょっと速い投石程度。
舞奈なら見てから十分に避けられる。
その上さらに、腕が向いた方向にしか飛ばないから射線も予測できる。
そんな舞奈の余裕の笑みに、それでも銀色の騎士は不敵な笑みを返し、
「ならば! これならどうだ!」
「……!」
叫ぶと同時に左右の手首から無数の魔弾を撃ちまくる。
先程と同じ放電する電気の弾丸に加え、【氷河の拳】をこめたのだろう氷の塊がシャワーのように舞奈の周囲に降り注ぐ。
いわば魔弾の機関砲だ。
精度の低下を手数で補うことにしたか。
「無茶苦茶しやがる! 映画じゃねぇんだ!」
舞奈は踊るように魔弾を避けつつ、手近にあった小さなコンテナの陰に転がりこむ。
稲妻の一発がコンテナに当たって音を立てる。
身をかがめた舞奈の頭上で、雷光と氷塊が星のようにまたたく。
かつて公安の猫島朱音が使ったのと同じ、一発でも当たれば拘束される魔弾の掃射。
そんな魔弾の雨は、だが呪術師のそれに比べれば弾速も密度も低い。
それは遠距離への施術が不得手な妖術師の限界でもある。
だから舞奈なら特に対策なしでの回避も可能だ。
目標を捉え損ねた小さな電撃は、氷の魔弾はしゃがみこんだ白人男たちの頭上をかすめ、奥に積んであったコンテナを焦がし、倒れたイワンの尻に当たって凍らせる。
麗華の足元にも1発の氷弾が当たって凍らせる。
麗華は驚いて尻餅をつく。
「おいおい、麗華様に当てんでくれよ」
苦笑しつつ舞奈はコンテナを跳び出し、飛んできた紫電を転がって避け、
「ハハッ! もう少しで当たる! 撃ち続ければいつかな!」
「だと良いがね!」
勢いのままレディ・アレクサンドラに肉薄する。
機械の身体になっても長身な彼女が、低い位置を狙いにくいのは瞭然。
加えて撃っている様子を見やるに上下射角をとるのは苦手らしい。
それが真っすぐな彼女の射撃の癖なのか、機械化の超能力【機械の体】で再現した発射装置の限界なのかはわからないが。
「な……!?」
「へへっ!」
驚くレディ・アレクサンドラに、笑う舞奈。
懐に転がりこんだ勢いのまま彼女と同じように膝をつく。
そして逞しい腹筋を象った腹に拳銃の銃口を突きつける。
他の部位よりは装甲の薄そうな、故に機械化の理念から逆算して付与魔法を破壊されたオーバーダメージが致命傷になりにくい場所。そこに躊躇なく、
「……!!」
撃つ。
銀色の騎士は思わず吹き飛ぶ。
低級怪異の頭を吹き飛ばす威力を持つ大口径弾。
それを至近距離から撃ちこまれ――
「――つつ。やってくれたな。流石に油断したか」
「おいおい」
レディ・アレクサンドラは口元を歪めつつも態勢を整える。
効いた様子はない。
遠距離への施術が不得手な妖術師の強みは、近距離ないし自分自身の強化。
だからイワンが使っているような【不屈の鎧】を彼女も行使したのだろう。
あるいは【鋼の衣服】……上記を【物品と機械装置の操作と魔力付与】で強化した非常に強力な、【大陰・鉄装法】【金行・硬衣】と同様の防御魔法か。
熟練の超能力は単一の能力だけでなく、複数の高度な術を使いこなす。
それは礎となる理論が超心理学でも、超精神工学であっても同じ。
「無傷かよ……」
舞奈は思わず苦笑する。その時、
「……!?」
不意に背後を何かが通り過ぎた……気がする。
まるで舞奈と同じくらいの背丈の子供が駆け抜けるように空気が揺らいだ。
なのに男たちや麗華はともかく、レディ・アレクサンドラまでもが気づいていない。
それでも確かに感じる胸騒ぎに似た妙な感覚は……認識阻害?
それも超能力の探知能力を上回る隠身技術による。
あるいは舞奈の気のせいか?
これもレディ・アレクサンドラの仕業なのだろうか?
気配を偽装するような超能力がある?
舞奈の意識が逸れた隙に、
「……!?」
レディ・アレクサンドラは不意に掌を虚空に向ける。
同時に舞奈も頭上を見やる。
2人の攻防を見やって呆気にとられる麗華の頭上。
そこから先ほどと同じように錆び落ちたダクトが迫っていた!
だが舞奈が動くより早くアレクサンドラの手首から砲火。
先程まで連射していた雷弾よりまばゆく激しい稲妻は【紫電の打撃】。
麗華が驚き見上げる前でダクトを射抜き、向かいの壁まで押し飛ばす。
壁に当たったダクトは雷鳴のような轟音をあげて砕け、錆びた破片を床に散らす。
レディ・アレクサンドラは剥き出しの口元に笑みを浮かべる。
先ほど舞奈に雇い主を救われた借りを返したということなのだろう。
舞奈も彼女に笑みを返す。
だが、すぐに口元を歪める。
彼女の付与魔法を破壊するには【鋼の衣服】を貫通させなければならない。
しかも機械化された全身に行使された。
それには攻撃魔法か、銃で無理やりにと言うなら長物が要る。
どんなに口径が大きくても拳銃では無理だ。
現に彼女は接射のダメージをゼロに抑えた。
まあ装甲に覆われていない部分もあるが、舞奈に女の顔を撃つ趣味はない。
対して舞奈は空気の流れを読んで肉体の動きを察し、卓越した身体能力で避ける。
機械の凄まじいスピードにすら対処可能。
故に身体を使った打撃が舞奈に達することはない。
肉体と繋がった超能力も同じ。
つまり舞奈の攻撃はレディ・アレクサンドラに効かない。
彼女の打撃は舞奈に当たらない。
千日手だ。
そう考えて口元を歪める。
「やはり貴様との勝負は拳でつける必要があるようだ!」
「こっちの手札じゃあんたに効かんだろう。勝負っていうのか? それ」
再び殴りかかってくるレディ・アレクサンドラから距離を取る。
そうしながら、この状況をどう切り抜けようか思案する。
だが次の瞬間、
「センセイ!! あれを!」
「jesus!」
「ちょっ!? 待って!」
大騒ぎする白人男たちの視線を追って壁を見やる。
壁際に後付けで設えたらしい、錆びて崩れかけた鉄製の階段。
あえて登りたいとは思わない危なっかしいそれが、
「おいおい」
呆然とする皆の前でゆっくりと傾き――
――――――――――!!
倒壊した。
砂煙が舞い上がり、金属が砕ける轟音が工場内に響き渡る。
舞奈は麗華の前に立ちふさがり、腕で顔を庇いながら周囲を見回す。
幸いにも階段は誰もいない方向に倒れてくれたらしい。
巻きこまれた者はいないようだ。イワンも無事だ。
これも迷惑な錆食い虫の仕業だろうか――?
――否。
舞奈は気づいた。気づいてしまった!
「階段の上の部屋には何がある!?」
「たしか放送施設があったはずだが……?」
「放送だと!? 糞ったれ!」
叫ぶような舞奈の問いに、呆然としていたレディ・アレクサンドラは思わず答える。
そうしながら態度を急変させた舞奈を訝しむ。
だが舞奈はそれどころではない!
「お前ら! 早く2階に行くんだ! 他の階段とかあるだろ?」
「えっボクたち!?」
「命令するな。奴らはわたしの雇い主だ」
「それどころじゃない! 2階にヤバイ奴が行ったんだ! 止めないと!!」
「この面々の中で一番ヤバイのは貴様だ」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
柄にもなく焦りをあらわに、辿り着く手段を失った2階の、開かれたドアを見やる。
広間に来た際に一瞥したときにはドアは閉まっていなかったか?
実は先ほど落ちてきたダクトの吹き飛びかたも少し妙だと思っていた。
具体的には雷弾と同時に、見えざる何かに突き飛ばされたような。
加えて、その前に感じた不審な気配。
舞奈は並の腕前では探知不可能な認識阻害を使える術者を知っている。
そいつが二段構えの隠形術を維持したまま斥力場の弾丸を撃つところも見た。
そして舞奈の知る彼女が放送施設でやるようなことといえば、ひとつしかない。
舞奈には彼女の思惑がわかる。
彼女がやろうとしていることなら何だってわかる。悪い意味で!
それが勘違いだったらいいのにと舞奈は思った。
あるいは施設の古い機材が使えなくなっているかもしれないと。
だが舞奈のこれまでの人生で、その手の神頼みが首尾よくいった試しはない。
だから……
「……♪」
天井の四隅に設置されたスピーカーが、無情にも何かを奏でる。
レディ・アレクサンドラが、白人男たちが訝しむ。
だが舞奈の瞳は絶望に見開かれて――
――数年前、舞奈たちが通う蔵乃巣学園の今の校歌を作ったのは校長だ。
はるか昔に地元の小中学校と高校が合併した小中高一貫校。
実は数年前まで、学校全体の校歌というものはなかったのだ。
そんな状況を憂い、生徒たちの連帯感と愛校心、何より音楽を楽しむ心を育むための新たな校歌を作曲したのが元ミュージシャンでもある現校長。
なにせ彼は伝説のロックグループ『ファイブカード』の屋台骨だった男だ。
彼が生み出した新たな歌は、今は無き小中高等学校の校歌すべての面影を残す、各々のOBすべてが不思議と懐かしさを覚える名曲だった。
それだけではない。
初等部の低学年でも歌えるほど簡素で、なのに特徴的で覚えやすいメロディライン。
それでいて高等部の生徒には歌いごたえのある技巧を凝らした個所もある。
いつまでも古びず、さりとて新しすぎず。
小中高の12年、生徒に寄り添うように優しく、楽しく、勇気づけるような歌。
そんな歌を生み出せたのは、校長が今でも歌を、そして生徒を愛しているからだ。
一方、今その歌を歌っている彼女は、麗華を救うためにやってきた。
それ以外に寂れた廃工場を訪れる目的はない。
彼女はクラスメートが誘拐された報を受け、誰より早くこの場所に辿り着いた。
海外のヒーローよりも、生徒の安全を守るべく派遣されたであろう警備員よりも。
そして異能力とも魔法とも無縁な麗華が、舞奈と超能力者たちとの戦闘を前にして恐れおののいている様を見た。
麗華は彼女を目の敵にしているが、彼女にとっては些細なことだ。
だから彼女は一計を案じた。
彼女には魔術師である以上に今の状況の打開に適した手札がある。
異能とは無縁だが、この場にいる術者も異能力者も一網打尽にできる最凶の手札が。
しかも『それ』には蔵乃巣学園初等部5年の特定クラスの生徒は耐性を持つ。
庇護対象以外のすべての者の精神に根深く致命的な効果をもたらす『それ』。
彼女は『それ』を用いるために隠身して放送施設に向かった。
その途中に麗華の上に落ちてきたダクトに気づき、斥力場の砲弾で撃ち落とした。
ほぼ同じタイミングで雷弾もダクトを射抜いたのは偶然だろうか?
その際に自身の存在に気づかれたやもと思って階段を駆け上がった。
そのせいで朽ちかけた階段が崩れた。
そして辛くも放送室に辿り着いた彼女は、歌った。
麗華を救うために。
舞奈と麗華以外の全員を無力化するために。
いわば、それも愛だった。
愛から生まれ、愛によって運用された彼女の歌が――
「――ahhhhhhh!」
「my……go……d……」
「mam……mam……mam…….help my mam……」
白人男たちの脳を破壊し、蹂躙していた。
大きな図体をした男たちが、悲鳴をあげつつ床をのたうち回っている。
本当に酷い有様だった。
「糞ったれ! 明日香の奴、いい気分で歌いやがって……」
舞奈も頭を押さえて精神的なダメージに耐える。
たしかに明日香の歌は音楽の時間に聞き続けているので耐性はある。
だが平気になった訳じゃない。
「くっ……こんな……」
レディ・アレクサンドラも、舞奈と同じように頭を押さえて苦痛にうめく。
だが舞奈と違って心構えができていないので精神へのダメージは深刻だ。
先ほどの攻防で、彼女は威力の大半を精神へと割り振った【思念の打撃】を放った。
だが今のはそれすら超えるほど暴力的で、しかも持続する精神攻撃。
いわば自身が放った渾身のフックを、アッパーを、ストレートを、威力を増して四方八方から殴られ続けているのに等しい状態だ。酷いなんてものじゃない。
音楽の時間の彼女の歌に鍛えられた舞奈たちだけが耐性を持つ、精神的な断頭台。
地獄への道は善意で舗装されているという。
舞奈の目前に広がった光景は善意に善意をかけ合わせた、正に地獄絵図だった。
そして明日香が気持ちよく歌い終わった後。
立っているのは舞奈とレディ・アレクサンドラの2人だけだった――
――否。
「こ……んな……ことが……」
銀色の騎士にして屈強な超能力者は、ガックリと膝をつく。
その口元は蒼白だ。
戦闘を続けるどころか意識を保つだけで精いっぱいの様子だ。気持ちはわかる。
そんな彼女は周囲を見渡す。
白人男たちがひとり残らず泡を吹いて倒れているのを確認し、
「貴様はこれにすら……耐えると言うのか?」
舞奈を見やって驚愕する。
「……慣れてるからな」
対して舞奈は苦笑する。
そう言う舞奈も頭が少しくらくらするものの、立っていられないほどではない。
まあ、普段から聞いているだけあって気の持ちようでダメージは軽減できる。
学校の音楽の授業が実戦で役に立った稀有な例だ。
もちろん悪い意味で。
次いで隣で上下の口から泡水を吹きながら痙攣している麗華を見やり、
「麗華様も、いつもはすぐに回復するんだが」
「いつもだと……?」
舞奈の言葉にレディ・アレクサンドラは目を見開き、
「貴様たちは……プリンセスはこのような非人道的な超能力実験を日常的に……!?」
「いやまあ、酷い歌なのは同意するが……」
あんまりな反応に思わず苦笑する。
でもまあ気持ちはわからなくもない。
それはともかく……プリンセス?
そういえば彼女らが麗華を誘拐した理由を聞いていないなと気づいた。
だが今は頭が痛いので追及は別の機会にしたいとも思った、その時、
「待たせたな!」
開け放たれた搬入口の向こうに、派手なタイツを着こんだマッチョがあらわれた。
ミスター・イアソンである。
その隣には大きなホオジロザメがたゆたっている。
こちらはシャドウ・ザ・シャークか。
さらに横では白黒セットの警備員ことクレアとベティが不敵な笑みを浮かべる。
次いでメジェド神を従えた楓と紅葉。
側には小夜子とサチもいる。
小夜子は両手に何かの頭蓋骨を手にし、アステカの壁画みたいなポーズをしている。
テックが連絡してくれた皆が到着したのだ。
だが正直なところ、今さら来てもらっても彼らの仕事はもう終わった。
明日香の歌が終わらせたのだ。
すべてを蹂躙し、ぶち壊し、敵味方全員の心をへし折って。
だから、すべてが終わった後に颯爽とあらわれたヒーローたちを、舞奈の脳は頼もしい援軍ではなく社会的ノイズに分類した。
今はもう、ひたすら頭痛が痛い。
脳が疲れた。
キャラの濃い仲間たちを相手する精神的な余裕がない。
なので舞奈は隣で疲労困憊していたレディ・アレクサンドラと仲良く並んで、
「Oh,crazy……」
「ああ、クレイジーだな……」
疲れ切った声でひとりごちた。
「まだ何かあるのか? あんた見た目と違って奥の手多いな!」
「【機械の体】を!」
サーシャの長身がまばゆい光に包まれる。
舞奈は、麗華は、白人男たちは思わず目をかばう。
そして目もくらむような魔法の光が止んだ後、
「……!?」
そこには銀色と青で配色されたメカニカルな騎士がいた。
長身のロシア美女が、超能力によって姿を変えたのだ。
チャムエルの【機械の装甲】に似た金属の装甲。
あるいはニュットが修めたルーン魔術【強身】の如く機械化による身体強化。
「センセイの奥義! 変身能力だ!」
「これならサィモン・マイナーだって!」
周囲の取り巻きたちが歓声を送る。
「あんたみたいのをヴィランっていうんだっけ?」
「……如何にも。この姿ではレディ・アレクサンドラと呼ばれている」
機械の騎士と化したサーシャ……レディ・アレクサンドラは、フルフェイスの兜から露出した口元に精悍な笑みを浮かべる。
「レディ・アレクサンドラ……」
背後の麗華は呆然としている。
それはそうだ。
彼女は本来。異能力とも魔法とも無縁な一般人なのだ。
後のフォローはどうするんだよ……と舞奈は内心で頭を抱える。
だがまあ、それは当面の危機が去った後だ。
「行くぞシモン・マイナ! 我が全力で貴様を倒す!」
「そいつが本当に全力だといいんだがね!」
レディ・アレクサンドラは真っすぐ舞奈に襲い来る。
舞奈も真正面に見据えて構え、
「おおっと!」
横に跳んだ舞奈の残像を機械騎士の拳が貫く……というか押し潰す。
床を転がる舞奈を風が押す。
相当に跳んで距離をとったはずなのに。
その突進の凄まじさに、舞奈の背後で麗華が、周囲で白人男たちまでもが息を飲む。
「こいつは酷い。トラックかよ」
舞奈は一挙動で立ち上がって身構えながら軽口を叩く。
直線的な攻めは小手調べと言ったところか。
凄まじい勢いなのは傍目にも瞭然だ。
身体強化を併用していた先程までよりなお速く、そして力強い。
まさに機械の身体。
トラックや重機の突進だ。
その凄まじさは、パワーだけなら魔法少女のドレスにすら匹敵する。
次いでアレクサンドラは舞奈の前に躍り出て、機械の拳を、蹴りを放つ。
人体の限界を遥かに超えた鋼鉄の打撃。
それを機械のパワーとスピードで次々と繰り出す、いわば致命打の量産工場だ。
いくつかの魔術で用いられる【物品と機械装置の操作と魔力付与】技術。
通常は兵器を象った式神の召喚、金属部品や機械の操作に用いられる。
その技術を超能力――妖術の手札として用いると、このようになるらしい。
そんな暴れまわる重機のような拳を、蹴りを、
「当たれ! せめて一撃でも当たれば!」
「そりゃまあ、ひとたまりもないだろうがな」
舞奈は軽口を叩きながら、右に左に避ける。
機械のパワーとスピードを得た代償か、今の彼女の動きはひどく単調だ。
加えて細やかでも正確でもない。
彼女が修めた格闘術が、人間の身体能力を凌駕する機械の身体を扱うためのものではないからだという理由も少しはあるのだろう。
打撃は放たれた銃弾のように一直線にしか進まない。
そのクセに機械の強烈なパワーは周囲の空気を派手に揺るがす。
強く、大きく、避けやすい、格闘技の欠点を推し進めたような状態だ。
その自覚があるのか突進してくる比率も多く、闘牛士になった気分になってくる。
舞奈にとって、むしろ今の彼女は変身前より組み伏せやすい相手だ。
そうやって何度か交差した後、レディ・アレクサンドラは距離を取って向き直る。
対して舞奈は低く構えて警戒する。
先程までと様子が違う。何か大技を仕掛けてくる。
そう見抜いた次の瞬間、
「……!!」
銀色の騎士が先ほどを超える猛スピードで迫る。
舞奈はとっさに横に跳んで避ける。
警戒していなければ食らっていたであろう砲弾の如く突進――否、
「男子が好きそうな奴だな……」
苦笑しながら振り返る。
視界に映ったレディ・アレクサンドラの機械の背中。
その肩甲骨のあたりと、肩、脚。
数か所に超能力の稲妻がまたたいていた。
それが今しがたの超加速の正体。
背で複数の【紫電の拳】を爆発させて推力にしたのだろう。
如くと言うより、文字通り人間ロケットになって飛んできたのだ。
以前にチャムエルが背後に【光噴射】を放って突撃していたが、あれの基数を増やして強化したようなものか。
自身の強化と付与魔法を得手とする妖術師ならではの猛突撃。
そんな奥の手すら避けられたレディ・アレクサンドラは、
「くっ……! これでも当たらぬか! 何故だ!?」
銀色のマスクから覗く口元を歪めて歯噛みする。
舞奈は笑う。
だが熟練の超能力者は悔恨に時間を割かない。
レディ・アレクサンドラはすぐさま膝をつき、両の掌を舞奈に向かって突きつける。
何か別の超能力を使うつもりか?
舞奈が再び身構えた瞬間、
「おおっと!」
今度は左右の手首から何かが放たれた。
小さなプラズマの弾丸だ。
機械的に発射される何か(空気の弾丸?)に【紫電の拳】を付与したのだろう。
こちらは明日香の【衝弾】と似た使い方か。
放電する弾丸のひとつが、横に跳んだ舞奈の小さなツインテールの端をかすめる。
ピリッとして顔をしかめる舞奈の背後のコンテナを焦がす。
もうひとつは避けた舞奈を大きく逸れて、
「Oops!」
イワンの土手っ腹に当たって消えた。
どうやら超能力の弾丸は、狙いはそこまでよくはないらしい。
加えて魔術師のそれに比べて威力も高くはないようだ。
それでも【不屈の鎧】に守られていたはずのイワンは痺れて動けない。
ぽっちゃり顔を引きつらせたまま固まっている。
防護すらない舞奈が食らえば一巻の終わりだ。
なるほど蹴りも拳も猛スピードの突撃をも避ける相手に対し、飛び道具で動きを止めようとするのは賢明な判断ではある。
ただ舞奈の反射神経と身体能力、踏んできた場数は彼女の予想を超えていた。
そんな舞奈を見やってレディ・アレクサンドラは口元を驚愕に歪め、
「避けただと!?」
「まあ、そのくらいはな」
驚く騎士に苦笑しながら舞奈は体勢を立て直す。
稲妻を避ける訓練なら普段から嫌というほどやっている。
雷術を得手とする明日香が、舞奈が避けること前提でプラズマの砲弾を撃つからだ。
加えてアレクサンドラの稲妻は弾体の限界なのか、飛来するスピードは拳銃以下――弓矢より遅い――ちょっと速い投石程度。
舞奈なら見てから十分に避けられる。
その上さらに、腕が向いた方向にしか飛ばないから射線も予測できる。
そんな舞奈の余裕の笑みに、それでも銀色の騎士は不敵な笑みを返し、
「ならば! これならどうだ!」
「……!」
叫ぶと同時に左右の手首から無数の魔弾を撃ちまくる。
先程と同じ放電する電気の弾丸に加え、【氷河の拳】をこめたのだろう氷の塊がシャワーのように舞奈の周囲に降り注ぐ。
いわば魔弾の機関砲だ。
精度の低下を手数で補うことにしたか。
「無茶苦茶しやがる! 映画じゃねぇんだ!」
舞奈は踊るように魔弾を避けつつ、手近にあった小さなコンテナの陰に転がりこむ。
稲妻の一発がコンテナに当たって音を立てる。
身をかがめた舞奈の頭上で、雷光と氷塊が星のようにまたたく。
かつて公安の猫島朱音が使ったのと同じ、一発でも当たれば拘束される魔弾の掃射。
そんな魔弾の雨は、だが呪術師のそれに比べれば弾速も密度も低い。
それは遠距離への施術が不得手な妖術師の限界でもある。
だから舞奈なら特に対策なしでの回避も可能だ。
目標を捉え損ねた小さな電撃は、氷の魔弾はしゃがみこんだ白人男たちの頭上をかすめ、奥に積んであったコンテナを焦がし、倒れたイワンの尻に当たって凍らせる。
麗華の足元にも1発の氷弾が当たって凍らせる。
麗華は驚いて尻餅をつく。
「おいおい、麗華様に当てんでくれよ」
苦笑しつつ舞奈はコンテナを跳び出し、飛んできた紫電を転がって避け、
「ハハッ! もう少しで当たる! 撃ち続ければいつかな!」
「だと良いがね!」
勢いのままレディ・アレクサンドラに肉薄する。
機械の身体になっても長身な彼女が、低い位置を狙いにくいのは瞭然。
加えて撃っている様子を見やるに上下射角をとるのは苦手らしい。
それが真っすぐな彼女の射撃の癖なのか、機械化の超能力【機械の体】で再現した発射装置の限界なのかはわからないが。
「な……!?」
「へへっ!」
驚くレディ・アレクサンドラに、笑う舞奈。
懐に転がりこんだ勢いのまま彼女と同じように膝をつく。
そして逞しい腹筋を象った腹に拳銃の銃口を突きつける。
他の部位よりは装甲の薄そうな、故に機械化の理念から逆算して付与魔法を破壊されたオーバーダメージが致命傷になりにくい場所。そこに躊躇なく、
「……!!」
撃つ。
銀色の騎士は思わず吹き飛ぶ。
低級怪異の頭を吹き飛ばす威力を持つ大口径弾。
それを至近距離から撃ちこまれ――
「――つつ。やってくれたな。流石に油断したか」
「おいおい」
レディ・アレクサンドラは口元を歪めつつも態勢を整える。
効いた様子はない。
遠距離への施術が不得手な妖術師の強みは、近距離ないし自分自身の強化。
だからイワンが使っているような【不屈の鎧】を彼女も行使したのだろう。
あるいは【鋼の衣服】……上記を【物品と機械装置の操作と魔力付与】で強化した非常に強力な、【大陰・鉄装法】【金行・硬衣】と同様の防御魔法か。
熟練の超能力は単一の能力だけでなく、複数の高度な術を使いこなす。
それは礎となる理論が超心理学でも、超精神工学であっても同じ。
「無傷かよ……」
舞奈は思わず苦笑する。その時、
「……!?」
不意に背後を何かが通り過ぎた……気がする。
まるで舞奈と同じくらいの背丈の子供が駆け抜けるように空気が揺らいだ。
なのに男たちや麗華はともかく、レディ・アレクサンドラまでもが気づいていない。
それでも確かに感じる胸騒ぎに似た妙な感覚は……認識阻害?
それも超能力の探知能力を上回る隠身技術による。
あるいは舞奈の気のせいか?
これもレディ・アレクサンドラの仕業なのだろうか?
気配を偽装するような超能力がある?
舞奈の意識が逸れた隙に、
「……!?」
レディ・アレクサンドラは不意に掌を虚空に向ける。
同時に舞奈も頭上を見やる。
2人の攻防を見やって呆気にとられる麗華の頭上。
そこから先ほどと同じように錆び落ちたダクトが迫っていた!
だが舞奈が動くより早くアレクサンドラの手首から砲火。
先程まで連射していた雷弾よりまばゆく激しい稲妻は【紫電の打撃】。
麗華が驚き見上げる前でダクトを射抜き、向かいの壁まで押し飛ばす。
壁に当たったダクトは雷鳴のような轟音をあげて砕け、錆びた破片を床に散らす。
レディ・アレクサンドラは剥き出しの口元に笑みを浮かべる。
先ほど舞奈に雇い主を救われた借りを返したということなのだろう。
舞奈も彼女に笑みを返す。
だが、すぐに口元を歪める。
彼女の付与魔法を破壊するには【鋼の衣服】を貫通させなければならない。
しかも機械化された全身に行使された。
それには攻撃魔法か、銃で無理やりにと言うなら長物が要る。
どんなに口径が大きくても拳銃では無理だ。
現に彼女は接射のダメージをゼロに抑えた。
まあ装甲に覆われていない部分もあるが、舞奈に女の顔を撃つ趣味はない。
対して舞奈は空気の流れを読んで肉体の動きを察し、卓越した身体能力で避ける。
機械の凄まじいスピードにすら対処可能。
故に身体を使った打撃が舞奈に達することはない。
肉体と繋がった超能力も同じ。
つまり舞奈の攻撃はレディ・アレクサンドラに効かない。
彼女の打撃は舞奈に当たらない。
千日手だ。
そう考えて口元を歪める。
「やはり貴様との勝負は拳でつける必要があるようだ!」
「こっちの手札じゃあんたに効かんだろう。勝負っていうのか? それ」
再び殴りかかってくるレディ・アレクサンドラから距離を取る。
そうしながら、この状況をどう切り抜けようか思案する。
だが次の瞬間、
「センセイ!! あれを!」
「jesus!」
「ちょっ!? 待って!」
大騒ぎする白人男たちの視線を追って壁を見やる。
壁際に後付けで設えたらしい、錆びて崩れかけた鉄製の階段。
あえて登りたいとは思わない危なっかしいそれが、
「おいおい」
呆然とする皆の前でゆっくりと傾き――
――――――――――!!
倒壊した。
砂煙が舞い上がり、金属が砕ける轟音が工場内に響き渡る。
舞奈は麗華の前に立ちふさがり、腕で顔を庇いながら周囲を見回す。
幸いにも階段は誰もいない方向に倒れてくれたらしい。
巻きこまれた者はいないようだ。イワンも無事だ。
これも迷惑な錆食い虫の仕業だろうか――?
――否。
舞奈は気づいた。気づいてしまった!
「階段の上の部屋には何がある!?」
「たしか放送施設があったはずだが……?」
「放送だと!? 糞ったれ!」
叫ぶような舞奈の問いに、呆然としていたレディ・アレクサンドラは思わず答える。
そうしながら態度を急変させた舞奈を訝しむ。
だが舞奈はそれどころではない!
「お前ら! 早く2階に行くんだ! 他の階段とかあるだろ?」
「えっボクたち!?」
「命令するな。奴らはわたしの雇い主だ」
「それどころじゃない! 2階にヤバイ奴が行ったんだ! 止めないと!!」
「この面々の中で一番ヤバイのは貴様だ」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
柄にもなく焦りをあらわに、辿り着く手段を失った2階の、開かれたドアを見やる。
広間に来た際に一瞥したときにはドアは閉まっていなかったか?
実は先ほど落ちてきたダクトの吹き飛びかたも少し妙だと思っていた。
具体的には雷弾と同時に、見えざる何かに突き飛ばされたような。
加えて、その前に感じた不審な気配。
舞奈は並の腕前では探知不可能な認識阻害を使える術者を知っている。
そいつが二段構えの隠形術を維持したまま斥力場の弾丸を撃つところも見た。
そして舞奈の知る彼女が放送施設でやるようなことといえば、ひとつしかない。
舞奈には彼女の思惑がわかる。
彼女がやろうとしていることなら何だってわかる。悪い意味で!
それが勘違いだったらいいのにと舞奈は思った。
あるいは施設の古い機材が使えなくなっているかもしれないと。
だが舞奈のこれまでの人生で、その手の神頼みが首尾よくいった試しはない。
だから……
「……♪」
天井の四隅に設置されたスピーカーが、無情にも何かを奏でる。
レディ・アレクサンドラが、白人男たちが訝しむ。
だが舞奈の瞳は絶望に見開かれて――
――数年前、舞奈たちが通う蔵乃巣学園の今の校歌を作ったのは校長だ。
はるか昔に地元の小中学校と高校が合併した小中高一貫校。
実は数年前まで、学校全体の校歌というものはなかったのだ。
そんな状況を憂い、生徒たちの連帯感と愛校心、何より音楽を楽しむ心を育むための新たな校歌を作曲したのが元ミュージシャンでもある現校長。
なにせ彼は伝説のロックグループ『ファイブカード』の屋台骨だった男だ。
彼が生み出した新たな歌は、今は無き小中高等学校の校歌すべての面影を残す、各々のOBすべてが不思議と懐かしさを覚える名曲だった。
それだけではない。
初等部の低学年でも歌えるほど簡素で、なのに特徴的で覚えやすいメロディライン。
それでいて高等部の生徒には歌いごたえのある技巧を凝らした個所もある。
いつまでも古びず、さりとて新しすぎず。
小中高の12年、生徒に寄り添うように優しく、楽しく、勇気づけるような歌。
そんな歌を生み出せたのは、校長が今でも歌を、そして生徒を愛しているからだ。
一方、今その歌を歌っている彼女は、麗華を救うためにやってきた。
それ以外に寂れた廃工場を訪れる目的はない。
彼女はクラスメートが誘拐された報を受け、誰より早くこの場所に辿り着いた。
海外のヒーローよりも、生徒の安全を守るべく派遣されたであろう警備員よりも。
そして異能力とも魔法とも無縁な麗華が、舞奈と超能力者たちとの戦闘を前にして恐れおののいている様を見た。
麗華は彼女を目の敵にしているが、彼女にとっては些細なことだ。
だから彼女は一計を案じた。
彼女には魔術師である以上に今の状況の打開に適した手札がある。
異能とは無縁だが、この場にいる術者も異能力者も一網打尽にできる最凶の手札が。
しかも『それ』には蔵乃巣学園初等部5年の特定クラスの生徒は耐性を持つ。
庇護対象以外のすべての者の精神に根深く致命的な効果をもたらす『それ』。
彼女は『それ』を用いるために隠身して放送施設に向かった。
その途中に麗華の上に落ちてきたダクトに気づき、斥力場の砲弾で撃ち落とした。
ほぼ同じタイミングで雷弾もダクトを射抜いたのは偶然だろうか?
その際に自身の存在に気づかれたやもと思って階段を駆け上がった。
そのせいで朽ちかけた階段が崩れた。
そして辛くも放送室に辿り着いた彼女は、歌った。
麗華を救うために。
舞奈と麗華以外の全員を無力化するために。
いわば、それも愛だった。
愛から生まれ、愛によって運用された彼女の歌が――
「――ahhhhhhh!」
「my……go……d……」
「mam……mam……mam…….help my mam……」
白人男たちの脳を破壊し、蹂躙していた。
大きな図体をした男たちが、悲鳴をあげつつ床をのたうち回っている。
本当に酷い有様だった。
「糞ったれ! 明日香の奴、いい気分で歌いやがって……」
舞奈も頭を押さえて精神的なダメージに耐える。
たしかに明日香の歌は音楽の時間に聞き続けているので耐性はある。
だが平気になった訳じゃない。
「くっ……こんな……」
レディ・アレクサンドラも、舞奈と同じように頭を押さえて苦痛にうめく。
だが舞奈と違って心構えができていないので精神へのダメージは深刻だ。
先ほどの攻防で、彼女は威力の大半を精神へと割り振った【思念の打撃】を放った。
だが今のはそれすら超えるほど暴力的で、しかも持続する精神攻撃。
いわば自身が放った渾身のフックを、アッパーを、ストレートを、威力を増して四方八方から殴られ続けているのに等しい状態だ。酷いなんてものじゃない。
音楽の時間の彼女の歌に鍛えられた舞奈たちだけが耐性を持つ、精神的な断頭台。
地獄への道は善意で舗装されているという。
舞奈の目前に広がった光景は善意に善意をかけ合わせた、正に地獄絵図だった。
そして明日香が気持ちよく歌い終わった後。
立っているのは舞奈とレディ・アレクサンドラの2人だけだった――
――否。
「こ……んな……ことが……」
銀色の騎士にして屈強な超能力者は、ガックリと膝をつく。
その口元は蒼白だ。
戦闘を続けるどころか意識を保つだけで精いっぱいの様子だ。気持ちはわかる。
そんな彼女は周囲を見渡す。
白人男たちがひとり残らず泡を吹いて倒れているのを確認し、
「貴様はこれにすら……耐えると言うのか?」
舞奈を見やって驚愕する。
「……慣れてるからな」
対して舞奈は苦笑する。
そう言う舞奈も頭が少しくらくらするものの、立っていられないほどではない。
まあ、普段から聞いているだけあって気の持ちようでダメージは軽減できる。
学校の音楽の授業が実戦で役に立った稀有な例だ。
もちろん悪い意味で。
次いで隣で上下の口から泡水を吹きながら痙攣している麗華を見やり、
「麗華様も、いつもはすぐに回復するんだが」
「いつもだと……?」
舞奈の言葉にレディ・アレクサンドラは目を見開き、
「貴様たちは……プリンセスはこのような非人道的な超能力実験を日常的に……!?」
「いやまあ、酷い歌なのは同意するが……」
あんまりな反応に思わず苦笑する。
でもまあ気持ちはわからなくもない。
それはともかく……プリンセス?
そういえば彼女らが麗華を誘拐した理由を聞いていないなと気づいた。
だが今は頭が痛いので追及は別の機会にしたいとも思った、その時、
「待たせたな!」
開け放たれた搬入口の向こうに、派手なタイツを着こんだマッチョがあらわれた。
ミスター・イアソンである。
その隣には大きなホオジロザメがたゆたっている。
こちらはシャドウ・ザ・シャークか。
さらに横では白黒セットの警備員ことクレアとベティが不敵な笑みを浮かべる。
次いでメジェド神を従えた楓と紅葉。
側には小夜子とサチもいる。
小夜子は両手に何かの頭蓋骨を手にし、アステカの壁画みたいなポーズをしている。
テックが連絡してくれた皆が到着したのだ。
だが正直なところ、今さら来てもらっても彼らの仕事はもう終わった。
明日香の歌が終わらせたのだ。
すべてを蹂躙し、ぶち壊し、敵味方全員の心をへし折って。
だから、すべてが終わった後に颯爽とあらわれたヒーローたちを、舞奈の脳は頼もしい援軍ではなく社会的ノイズに分類した。
今はもう、ひたすら頭痛が痛い。
脳が疲れた。
キャラの濃い仲間たちを相手する精神的な余裕がない。
なので舞奈は隣で疲労困憊していたレディ・アレクサンドラと仲良く並んで、
「Oh,crazy……」
「ああ、クレイジーだな……」
疲れ切った声でひとりごちた。
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