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第15章 舞奈の長い日曜日
脱走
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――夢を見ていた。
麗華がデニスとジャネットと会ったのは2年ほど前。
志門舞奈に同居を断られて凹んでいたある日に、両親が連れてきたのだ。
「はじめまして。デニスです」
ひとりは浅黒い肌をした長身の少女。
「ジャネットと言うンす」
もうひとりは、ぽっちゃりしていて背の低い金髪の少女。
2人はぎこちなく麗華に挨拶する。
「ええ……」
麗華は困惑した。
何故なら海の向こうからやってきたという2人の容姿は、自分と、それまで周囲にいたクラスメートたちとあまりに違っていた。
両親は2人を養女に迎えるつもりだと麗華に話した。
だから仲良くしてやりなさい、と。
その言葉に、麗華は不承不承ながらもうなずいた。
だがデニスは同年代とは思えぬほど長身で、浅黒かった。
そして時折、険しく、何処か悲しい目をして虚空を見やった。
逆にジャネットの白すぎる肌も、劣らず異様に見えた。
言葉に妙な訛りがあるし、他の言動もとにかく品がなかった。
何より2人とも麗華に対してよそよそしく、気を許そうとしなかった。
だから麗華も、そんな2人と姉妹になるのは嫌だった。
なので、ある夜。
この養子縁組に異を唱えようと、姉妹が寝静まってから両親の部屋を訪れた。
夜半だというのに、部屋の中から言い争う声が聞こえた。
麗華は品がないとは思いながらも、閉じられたドア越しに聞き耳を立てる。
少し聞いてみると、両親もまた2人の養子縁組について意見を異にしてるようだ。
母親は養子縁組に反対の立場だった。
理由は麗華への悪影響。
その言葉に麗華は声もなく賛同した。
対する父親が縁談を進めた理由は、麗華の身を案じてだった。
先日、麗華は誘拐された。
そして舞奈と明日香に救出された。
相手の正体も目的も不明。
だから父親は舞奈に養子縁組を持ちかけた。
舞奈が強いからだ。
加えて当時の舞奈には、今のデニスやジャネット同様に身寄りがなかった。
だが、あの生意気な志門舞奈はそれを断った。
だから代わりに、異国から来た2人を麗華のそばに付けようとしていた。
長身のデニスと品のないジャネットは故あって荒事に慣れている。
彼女らの過酷な生い立ちが、彼女ら自身にそうあることを強いたから。
だから彼女らへの人道支援は、体のいい護衛としても機能する。
それが父親の意見だった。
それでも母親は反対する。
何故なら、そんな理由そのものが母親の意にはそぐわないものだった。
平和なこの国で生まれ育った我が母には2人の過酷な生い立ちは重すぎた。
そんな2人の過去を、その後さらに言い争う両親の言葉の端々から麗華は察した。
デニスは麗華よりもっと幼い頃に、反政府組織に村と家族を焼かれたらしい。
彼女自身は慰み者になるには幼すぎ、だが機敏で果敢だった。
だから銃を持たされ、兵士として育てられた。
皮肉なことに彼女は優秀な少年兵へと成長し、理不尽な戦場を生きのびた。
それから数年後……つまり半年ほど前、政府に委託された民間警備会社により反政府組織は壊滅。デニスも他の少年兵とともに救出された。
そして社会復帰プログラムを受け、極東の平和な国の、とある家庭に引き取られた。
ジャネットも似たようなものだった。
ロサンゼルスでも特に治安の悪い貧民街の一角で、彼女は生まれた。
父親はいなかった。
彼女は酒浸りの母親にネグレクトを受けながら育った。
そんな最低の母親は、酒と薬の代金と引き換えに娘を売った。
彼女を買った人身売買組織は、だが現地の治安維持組織によって壊滅した。
そして彼女自身も他の子供たちとともに救出された。
その後はデニスと同じだ。
そんな悪夢か恐ろしい映画のような話が、小3の麗華の脳裏をぐるぐる回る。
しばらくしてその話が現実のことだと理解すると、麗華は訳もなく震えた。
恐ろしかった。
それが容姿こそ異なるものの、自分と同年代の少女の過去だと認めることが。
急性のストレスで、みぞおちのあたりが不意に痛んだ。
そして次の瞬間、嘔吐した。
その物音に気づいたのだろう。
ドアが開き、両親があらわれた。
だが麗華は両親の元から走り去った。
そのまま両親の前に居たら、あの2人が自身の前からいなくなってしまう気がした。
そうして今しがた話に聞いた、あの恐ろしい世界に戻されてしまうと。
だから麗華はえずきながらも走る。走る。
行く先はデニスとジャネットの寝室。
麗華の部屋の隣に用意された2人の部屋のドアをドンドン叩く。
「デニス! ジャネット! あけなさい! あなたたちが夜更かししているなんて、お見通しですわ!」
「どうしたんですか? 麗華様」
「もう夜中なンすよ……」
ドアが開き、不機嫌そうにあらわれた2人に、
「うわっ」
「なンすか?」
麗華はいきなりしがみついた。
あまりの勢いにデニスとジャネットは尻餅をつく。
だが麗華はそれどころじゃない。
「わたくしに忠誠をちかいなさい! わたくしの忠実なしもべになるって、お父様とお母様に証明なさい!」
麗華は叫ぶ。
「そうして3人で幸せにくらすんですの! あなたたちを何処にもやりませんわ!」
「いきなりどうしたんですか? 麗華様」
「麗華様、ゲロの臭いがするンすよ」
麗華にむちゃくちゃにしがみつかれたまま2人は困惑する。
だが2人の口元は微かな笑みを形作っていた。
何処かよそよそしかった今までの笑みより、ずっと自然でやわらかな……
デニスとジャネットを救い出した大人たちは、大人の欲望の被害者を哀れんだ。
だから心尽くしの支援をして、新しい幸せな生活をプレゼントしてくれた。
だが自分のことのように泣いたのは麗華だけだった。
今まで何不自由なく暮らしてきたのであろうお嬢様がゲロを吐いて泣きじゃくる様子を見ていると、自分たちの苦境を少し笑い飛ばせる気がした。
そんな3人を、追いついてきた両親がそっと見守っていた。
意見を違えていた父と母は顔を見合わせ、そして笑った。
そうやって3人は姉妹になった
……そんな懐かしい昔の夢から醒めた頃、
「おとなしくしているんだぞ」
「へいへい、わかってますって」
部屋に別の子供が押しこまれてきた。
一瞬、デニスかジャネットかと思った。
だが目を向けた麗華が見たのは黒くも白くもない、小さなツインテールの少女。
志門舞奈だ。
麗華と同じように両腕を縛られている。
その背後で建てつけの悪い鉄製のドアが閉まり、鍵がかかる音がする。
「……!?」
「よっ」
舞奈は何食わぬ口調で挨拶などしながら麗華の側に腰かける。
麗華は殺風景な部屋の片隅に置き去られていたパレットに座りこみ、置かれた木箱にもたれて寝ぼけていた。着衣にも乱れはない。
「何しに来ましたの?」
「いやな、秘密基地に遊びに来たら知らないおっちゃんが倒れてたのを見つけて」
はぐらかすように言いつつ、軽薄に笑う。
麗華は疑い深そうに舞奈を見やる。
舞奈はいつも大事なことをはぐらかす。
2人の付き合いは浅くて短いが、そのくらいは嫌でもわかる。
「あの2人は……デニスとジャネットは無事ですの?」
「ああ。奴らから連絡があったんだ」
何気に答える。
直後に舞奈は失言に気づいた。
麗華は彼女らが舞奈と仲良くするのはあまり楽しくないのではないか?
だが麗華は別に気にしてはいない様子だ。
2人の無事に安堵しているのだ。だが代わりに、
「……秘密基地に遊びに来たんじゃないんですの?」
「そうだったっけな」
不意に舞奈を睨んできた。
麗華の視線から逃れようと目をそらす。
何かはぐらかすネタはないかと少し考えて、何となく思いついて、
「麗華様、あたしと明日香が仲良くしてるのが気に入らないんだろ?」
「な……っ!?」
口に出す。
図星に虚を突かれた麗華の挙動が面白くて、思わず笑う。
2年前、ほんの僅かな間だけれど舞奈と麗華がお友達だったのは、まあ事実だ。
その関係を舞奈の側から断ち切ったのも。
「けど何でまた明日香よ? あたしと仲が良い奴なんて他にもいるだろうに」
世間話のように、特にこだわる様子もなく問いかけてみる。
園香にチャビー、テック、まあいちおうみゃー子もか?
クラスでも特に気心の知れた友人たちの顔を思い出しながら微笑む。
事あるごとに明日香に喧嘩をふっかけてくる麗華。
だが実は、舞奈の他の友人に手出ししたことは一度もない。
もっともみゃー子に何かしてても、余人には知る由はないが。
まあ確かに麗華と舞奈の友人関係は、いわば明日香を仮想敵とした同盟だった。
加えて明日香本人も……なんというか些細な敵を作りやすい性格ではある。
生真面目が過ぎるせいで相手が意固地になってしまうのだ。
例えば昔から面識のあるらしい鷹乃とも仲が良いとは言いがたい。
だが、それを差し引いても麗華の明日香への執着は妙だとも思っていた。
そんな麗華は、
「べ、別に……。貴女には関係ありませんわ!」
言って口元をへの字に歪める。
「ま、そうだな」
舞奈は何食わぬ調子で笑う。
そんな舞奈のこだわりのない様子を見やり、麗華は口元を尖らせてみせる。
あくまでも感情的に、麗華は自分より強い相手が嫌いだった。
何故なら自分は女王様だ。
集団の中で一番でなくてはならない。
加えて2年前、自分より弱い相手に横暴を働くことも嫌いになった。
何故なら弱者への虐待は、あの夜に両親の部屋の前で聞いたデニスの恐ろしい過去を思い出させるから。ジャネットの悲惨な生い立ちを思い出させるから。
反政府組織も無責任な母親も、人身売買組織も麗華は恐れ、憎んだ。
麗華様は地味に共感能力が高いのだ。
だから自身の目的のために弱者を虐げることは――恐れ憎んだ悪い大人たちと同じ振舞いをすることは許せなかった。
特にデニスとジャネットの目の前では。
自分より明確に強者である明日香に狂ったように牙をむくのも同じ理由だ。
麗華は明日香を、倒すべき強者だと考えていた。
先方にとっては割と理不尽な理由だと気づきつつはあるものの。
麗華は無意識に、無自覚に、2人の姉妹のヒーローになろうとしていた。
まあ方向性に致命的な間違いがあるとはいえ。だが、
「……麗華様のそういうところ、あの2人は見てるよ」
舞奈は麗華から視線をそらしたまま、開かない鉄のドアを見やる。
大きくて恐ろしい悪い大人に自分と同じように誘拐されて、なのに普段と変わらぬ様子の舞奈が頼もしくて、羨ましくて、けれど彼女とはもうお友達ではなくて、
「だから何だかだ言いながらも、麗華様の取り巻きやってるんだ」
「わかってますわ! そんなこと」
舞奈の言葉に、わざと不機嫌そうな声色で答えてみる。
それでも舞奈は気にも留めずに気遣うような笑みを返す。
(ずるいですわ……)
麗華は口をとがらせる。
(そんな風に何もかも見透かされて、肯定なんてされたら、わたくし……)
元友人の横顔を盗み見る。
そうしている姿も思惑も彼女に知られているのかしらと、ふと思い……
「……そっか。ならよかった」
「ええっ!?」
唐突に舞奈の手首を縛っていたロープがほどけた。
麗華は思わず仰天する。
何のことはない。
縛られる間に力を入れていた屈強な筋肉を緩めただけだ。
次いで舞奈は同じように縛られた麗華の手を取る。
そして逆の手でハンカチでも取り出すような気軽さで幅広のナイフを抜いて、
「ちょっと動かないでくれよ」
「あっ……」
無造作にロープを切る。
「志門さん、そんなもの普段から持ち歩いてるんですの!?」
「……身体検査もしないなんて、あいつら意外にヌケてるなあ」
麗華の視線を誤魔化しながらナイフを仕舞って立ち上がる。
まあ奴らの仕事の雑さに呆れたのは事実だ。
これなら拳銃をホルスターごと持ってきてもバレなかったのではと少し思う。
苦笑しつつも油断なく周囲に目を配らせる。
舞奈たちが閉じこめられているのは倉庫室か何かだろう。
抱えられて進んできた位置的に外壁には面していないはずだ。
なので当然ながら窓もない。
唯一の出入口は目前にある鉄製のドアだ。
無骨な雰囲気が支部のドアにちょっと似ている。
だが残念ながら施錠されている。
さっき男が出ていくときに鍵をかけていく音がした。
トタンの壁は支部のコンクリート壁ほど強度はないように思える。
だが舞奈は別に攻撃魔法や身体強化の術を使える訳じゃない。
壁をぶちやぶって外に出るとかは流石に無理だ。
まあ、どのみち奴らは麗華を何処かに移送する。
その際に誰かがドアを開けるだろう。
あるいは明日香なり誰なりが先に到着すれば、奴らを片付けた後に開けるはずだ。
そのときに奴らを殴り倒すなりして出ればいい。
今はのんびり待つ時だ。
そんな風に状況を確かめている最中、不意に麗華と目が合った。
気丈に隠そうとはしているが不安げな彼女を勇気づけるように笑いかける。
まあ麗華が怯えるのは無理もない。
彼女はクラスの女王様キャラだが、言ってしまえば少しばかり金持ちなだけの普通の平和な御家庭で育った普通の小5女子だ。
誘拐されて、閉じこめられて不安に思わないはずはないだろう。
かくいう舞奈も、実は捕らえられる状況に慣れている訳じゃない。
3年前のエンペラーの刺客も、今の敵である怪異どもも、舞奈の命を狙ってきた。
つまり舞奈が生きているということは、常に勝利してきたということだ。
創作の経験もないし、中途半端に出口のない部屋にぶちこまれる機会は少し新鮮だ。
缶詰っていうんだっけ?
そんなことを考えて、ふとポケットにキャンディがあったのを思い出して取り出す。
昼間に『シロネン』でアーガス氏に貰ったものだ。
どうせなら迷惑をかけた園香に手土産代わりに渡せばよかったとも思った。
だが今は持っていてラッキーだ。
「これでも食って気長に待とうぜ」
軽い調子で声をかけつつキャンディー缶を放り渡す。
麗華様は心身ともに脆弱だ。
脱出を前に、何か食べて落ち着いた方がいいだろう。
麗華は危なげな手つきで缶をキャッチし、描かれた可愛らしいイラストを見やる。
そんな彼女を尻目に、舞奈はドアに近づいてノブを回す。
ひょっとして奴なら……と思って確認してみたのだが、かけ損じた様子はない。
施錠ヨシ!
まあヌケてるといっても、そこまで期待するのは流石に失礼だろう。
苦笑しながらドアから手を放し……
「……冗談だろ?」
驚きのあまり目を見開いた。
何気に見やったノブにはつまみがついていた。
外側からは鍵がかかるが、内側からはつまみを回せば開く仕組みのようだ。
よくよく考えれば、工場の倉庫室は牢屋の代わりに使うことなど想定されて造られていない。むしろ不注意で閉じこめられた場合の安全策が施される。
舞奈は逆に警戒しながらつまみを回す……
……普通にカチャリと音がしてドアが開いた。
「ええ……」
絶句する。
ドアの仕組みに、大の大人が何人もいて誰ひとり気づかなかったのだろうか?
あるいは手首を縛ればノブを回せないと思ったか?
どちらにせよ彼らの前途が思いやられる。
ドアから首だけ出して見渡すと、廊下には見張りもいないし気配もない。
むしろ罠かと思えるほどの不用心さだ。
だが、まあ、ここまで露骨にフリーなのに、この場に残る理由はないのも事実だ。
舞案は苦笑しながら振り返る。すると、
「…………………………」
麗華は缶を手にしたまま固まっていた。
「どうしたよ? キャンディ嫌いだったか?」
訝しみつつ麗華に近づくと、
「――!?」
麗華の手元からボトリと何かが落ちた。
缶の底にへばりついていたらしい。
足元に落ちたのは、サソリのような尾をした1匹の虫。
錆食い虫だ
朝方に廃ビルを探検した際にポケットに入りこんだのだろうか?
本当にろくでもない虫だ。
缶を食うのに夢中だったせいか変なところで這い出てこなくてよかった。
見やるとおしゃれな缶の裏側は無残に錆びて食い破られていた。
だが、その中のキャンディは個別包装のおかげで無事だ。
過剰包装も捨てたもんじゃない。
まあ蓋を開ける手間が省けたじゃないかと思いなおし、再び錆食い虫に目を戻し……
「……ソサ」
「ソサ?」
「ソササソサソサソサササソササ……」
麗華がうわ言のようにブツブツ言っているのに気づく。
普段から少しおかしいとはいえ突然の奇行に舞奈は思わず首を傾げ……
「……ああ。安心しろ、サソリじゃない。錆食い虫っていう、まあ毒のない変な虫だ。刺されても痒くなるくらいで大事ない」
なんとなく理由を察して笑う。
まあ確かに見た目はサソリと似てるし、菓子の缶に張りついてたらビックリもする。
なので麗華を落ち着かせようと、意識して冷静な声色で説明する。
だが、我が国の美しい言葉には些細な欠点がひとつある。
否定語が名詞の後に来るということだ。
だから尖った尾を持つ虫を見て、金曜日の惨劇がフラッシュバックして処理能力が極端に下がった麗華の脳は「安心しろ、サソリ」と聞いた時点で暴走し、
「キャ――――――――――――――――――――――――ッ!」
悲鳴をあげた。
クラスのお嬢様キャラに相応しく、甲高く、良く通る、サメ映画に出てくるブロンド美女のような、それはそれは見事な悲鳴だった。
「おいおい、おとなしくしてろって言われなかったのか?」
苦笑する舞奈が見やるドアの向こう。
廊下の奥から足音が駆けてくる。
足音はたちまちドアの外に達する。
そして鍵を閉める音がして、ドアが開かない音がして、鍵を開ける音がして、
「…………」
手際の悪さに絶句する舞奈の前で、外開きのドアが軋んだ音を立てながら開いた。
「何を騒いでるんだ!」
「おとなしくしてろ!」
2人の金髪が跳びこんできて――
「「――うっ」」
舞奈にみぞおちを殴られて崩れ落ちた。
2度目にしても早くも手癖である。
それも右の拳と左の拳でひとりづつ。
仕方がない。
舞奈のちょうど目の前に、殴れと言わんばかりにみぞおちがあらわれたのだ。
そのまま2人をそれぞれの腕で抱きかかえる。
ひとりは工場の外から舞奈をかついできた金髪マッチョ。
もうひとりは出会い頭に昏倒させた太ましい彼。
「イワンさんだっけか。何度もすまんな」
苦笑しながら身をかがめ、2人をそっと床に横たえる。
大の大人をその扱いする程度のことは、舞奈の筋力があれば造作もない。
それに床は硬いし、粗忽だが怪異ではない彼らを叩きつけるのは人道に反する。
そして男たちが安らかな寝息を立て始め、内臓に妙な怪我とかもさせていないことも確信し、ついでに彼ら以外の足音が近づいてこないことを確かめてから、
「さて」
舞奈は立ち上がる。
麗華は横たわる2人の男を呆然と見ている。
男2人が瞬時に倒されたショックで、サソリのショックから回復したらしい。
舞奈はそんな麗華を見やり、
「どうやら見張りも居眠りしてるみたいだし、帰るか?」
何食わぬ調子で笑った。
麗華がデニスとジャネットと会ったのは2年ほど前。
志門舞奈に同居を断られて凹んでいたある日に、両親が連れてきたのだ。
「はじめまして。デニスです」
ひとりは浅黒い肌をした長身の少女。
「ジャネットと言うンす」
もうひとりは、ぽっちゃりしていて背の低い金髪の少女。
2人はぎこちなく麗華に挨拶する。
「ええ……」
麗華は困惑した。
何故なら海の向こうからやってきたという2人の容姿は、自分と、それまで周囲にいたクラスメートたちとあまりに違っていた。
両親は2人を養女に迎えるつもりだと麗華に話した。
だから仲良くしてやりなさい、と。
その言葉に、麗華は不承不承ながらもうなずいた。
だがデニスは同年代とは思えぬほど長身で、浅黒かった。
そして時折、険しく、何処か悲しい目をして虚空を見やった。
逆にジャネットの白すぎる肌も、劣らず異様に見えた。
言葉に妙な訛りがあるし、他の言動もとにかく品がなかった。
何より2人とも麗華に対してよそよそしく、気を許そうとしなかった。
だから麗華も、そんな2人と姉妹になるのは嫌だった。
なので、ある夜。
この養子縁組に異を唱えようと、姉妹が寝静まってから両親の部屋を訪れた。
夜半だというのに、部屋の中から言い争う声が聞こえた。
麗華は品がないとは思いながらも、閉じられたドア越しに聞き耳を立てる。
少し聞いてみると、両親もまた2人の養子縁組について意見を異にしてるようだ。
母親は養子縁組に反対の立場だった。
理由は麗華への悪影響。
その言葉に麗華は声もなく賛同した。
対する父親が縁談を進めた理由は、麗華の身を案じてだった。
先日、麗華は誘拐された。
そして舞奈と明日香に救出された。
相手の正体も目的も不明。
だから父親は舞奈に養子縁組を持ちかけた。
舞奈が強いからだ。
加えて当時の舞奈には、今のデニスやジャネット同様に身寄りがなかった。
だが、あの生意気な志門舞奈はそれを断った。
だから代わりに、異国から来た2人を麗華のそばに付けようとしていた。
長身のデニスと品のないジャネットは故あって荒事に慣れている。
彼女らの過酷な生い立ちが、彼女ら自身にそうあることを強いたから。
だから彼女らへの人道支援は、体のいい護衛としても機能する。
それが父親の意見だった。
それでも母親は反対する。
何故なら、そんな理由そのものが母親の意にはそぐわないものだった。
平和なこの国で生まれ育った我が母には2人の過酷な生い立ちは重すぎた。
そんな2人の過去を、その後さらに言い争う両親の言葉の端々から麗華は察した。
デニスは麗華よりもっと幼い頃に、反政府組織に村と家族を焼かれたらしい。
彼女自身は慰み者になるには幼すぎ、だが機敏で果敢だった。
だから銃を持たされ、兵士として育てられた。
皮肉なことに彼女は優秀な少年兵へと成長し、理不尽な戦場を生きのびた。
それから数年後……つまり半年ほど前、政府に委託された民間警備会社により反政府組織は壊滅。デニスも他の少年兵とともに救出された。
そして社会復帰プログラムを受け、極東の平和な国の、とある家庭に引き取られた。
ジャネットも似たようなものだった。
ロサンゼルスでも特に治安の悪い貧民街の一角で、彼女は生まれた。
父親はいなかった。
彼女は酒浸りの母親にネグレクトを受けながら育った。
そんな最低の母親は、酒と薬の代金と引き換えに娘を売った。
彼女を買った人身売買組織は、だが現地の治安維持組織によって壊滅した。
そして彼女自身も他の子供たちとともに救出された。
その後はデニスと同じだ。
そんな悪夢か恐ろしい映画のような話が、小3の麗華の脳裏をぐるぐる回る。
しばらくしてその話が現実のことだと理解すると、麗華は訳もなく震えた。
恐ろしかった。
それが容姿こそ異なるものの、自分と同年代の少女の過去だと認めることが。
急性のストレスで、みぞおちのあたりが不意に痛んだ。
そして次の瞬間、嘔吐した。
その物音に気づいたのだろう。
ドアが開き、両親があらわれた。
だが麗華は両親の元から走り去った。
そのまま両親の前に居たら、あの2人が自身の前からいなくなってしまう気がした。
そうして今しがた話に聞いた、あの恐ろしい世界に戻されてしまうと。
だから麗華はえずきながらも走る。走る。
行く先はデニスとジャネットの寝室。
麗華の部屋の隣に用意された2人の部屋のドアをドンドン叩く。
「デニス! ジャネット! あけなさい! あなたたちが夜更かししているなんて、お見通しですわ!」
「どうしたんですか? 麗華様」
「もう夜中なンすよ……」
ドアが開き、不機嫌そうにあらわれた2人に、
「うわっ」
「なンすか?」
麗華はいきなりしがみついた。
あまりの勢いにデニスとジャネットは尻餅をつく。
だが麗華はそれどころじゃない。
「わたくしに忠誠をちかいなさい! わたくしの忠実なしもべになるって、お父様とお母様に証明なさい!」
麗華は叫ぶ。
「そうして3人で幸せにくらすんですの! あなたたちを何処にもやりませんわ!」
「いきなりどうしたんですか? 麗華様」
「麗華様、ゲロの臭いがするンすよ」
麗華にむちゃくちゃにしがみつかれたまま2人は困惑する。
だが2人の口元は微かな笑みを形作っていた。
何処かよそよそしかった今までの笑みより、ずっと自然でやわらかな……
デニスとジャネットを救い出した大人たちは、大人の欲望の被害者を哀れんだ。
だから心尽くしの支援をして、新しい幸せな生活をプレゼントしてくれた。
だが自分のことのように泣いたのは麗華だけだった。
今まで何不自由なく暮らしてきたのであろうお嬢様がゲロを吐いて泣きじゃくる様子を見ていると、自分たちの苦境を少し笑い飛ばせる気がした。
そんな3人を、追いついてきた両親がそっと見守っていた。
意見を違えていた父と母は顔を見合わせ、そして笑った。
そうやって3人は姉妹になった
……そんな懐かしい昔の夢から醒めた頃、
「おとなしくしているんだぞ」
「へいへい、わかってますって」
部屋に別の子供が押しこまれてきた。
一瞬、デニスかジャネットかと思った。
だが目を向けた麗華が見たのは黒くも白くもない、小さなツインテールの少女。
志門舞奈だ。
麗華と同じように両腕を縛られている。
その背後で建てつけの悪い鉄製のドアが閉まり、鍵がかかる音がする。
「……!?」
「よっ」
舞奈は何食わぬ口調で挨拶などしながら麗華の側に腰かける。
麗華は殺風景な部屋の片隅に置き去られていたパレットに座りこみ、置かれた木箱にもたれて寝ぼけていた。着衣にも乱れはない。
「何しに来ましたの?」
「いやな、秘密基地に遊びに来たら知らないおっちゃんが倒れてたのを見つけて」
はぐらかすように言いつつ、軽薄に笑う。
麗華は疑い深そうに舞奈を見やる。
舞奈はいつも大事なことをはぐらかす。
2人の付き合いは浅くて短いが、そのくらいは嫌でもわかる。
「あの2人は……デニスとジャネットは無事ですの?」
「ああ。奴らから連絡があったんだ」
何気に答える。
直後に舞奈は失言に気づいた。
麗華は彼女らが舞奈と仲良くするのはあまり楽しくないのではないか?
だが麗華は別に気にしてはいない様子だ。
2人の無事に安堵しているのだ。だが代わりに、
「……秘密基地に遊びに来たんじゃないんですの?」
「そうだったっけな」
不意に舞奈を睨んできた。
麗華の視線から逃れようと目をそらす。
何かはぐらかすネタはないかと少し考えて、何となく思いついて、
「麗華様、あたしと明日香が仲良くしてるのが気に入らないんだろ?」
「な……っ!?」
口に出す。
図星に虚を突かれた麗華の挙動が面白くて、思わず笑う。
2年前、ほんの僅かな間だけれど舞奈と麗華がお友達だったのは、まあ事実だ。
その関係を舞奈の側から断ち切ったのも。
「けど何でまた明日香よ? あたしと仲が良い奴なんて他にもいるだろうに」
世間話のように、特にこだわる様子もなく問いかけてみる。
園香にチャビー、テック、まあいちおうみゃー子もか?
クラスでも特に気心の知れた友人たちの顔を思い出しながら微笑む。
事あるごとに明日香に喧嘩をふっかけてくる麗華。
だが実は、舞奈の他の友人に手出ししたことは一度もない。
もっともみゃー子に何かしてても、余人には知る由はないが。
まあ確かに麗華と舞奈の友人関係は、いわば明日香を仮想敵とした同盟だった。
加えて明日香本人も……なんというか些細な敵を作りやすい性格ではある。
生真面目が過ぎるせいで相手が意固地になってしまうのだ。
例えば昔から面識のあるらしい鷹乃とも仲が良いとは言いがたい。
だが、それを差し引いても麗華の明日香への執着は妙だとも思っていた。
そんな麗華は、
「べ、別に……。貴女には関係ありませんわ!」
言って口元をへの字に歪める。
「ま、そうだな」
舞奈は何食わぬ調子で笑う。
そんな舞奈のこだわりのない様子を見やり、麗華は口元を尖らせてみせる。
あくまでも感情的に、麗華は自分より強い相手が嫌いだった。
何故なら自分は女王様だ。
集団の中で一番でなくてはならない。
加えて2年前、自分より弱い相手に横暴を働くことも嫌いになった。
何故なら弱者への虐待は、あの夜に両親の部屋の前で聞いたデニスの恐ろしい過去を思い出させるから。ジャネットの悲惨な生い立ちを思い出させるから。
反政府組織も無責任な母親も、人身売買組織も麗華は恐れ、憎んだ。
麗華様は地味に共感能力が高いのだ。
だから自身の目的のために弱者を虐げることは――恐れ憎んだ悪い大人たちと同じ振舞いをすることは許せなかった。
特にデニスとジャネットの目の前では。
自分より明確に強者である明日香に狂ったように牙をむくのも同じ理由だ。
麗華は明日香を、倒すべき強者だと考えていた。
先方にとっては割と理不尽な理由だと気づきつつはあるものの。
麗華は無意識に、無自覚に、2人の姉妹のヒーローになろうとしていた。
まあ方向性に致命的な間違いがあるとはいえ。だが、
「……麗華様のそういうところ、あの2人は見てるよ」
舞奈は麗華から視線をそらしたまま、開かない鉄のドアを見やる。
大きくて恐ろしい悪い大人に自分と同じように誘拐されて、なのに普段と変わらぬ様子の舞奈が頼もしくて、羨ましくて、けれど彼女とはもうお友達ではなくて、
「だから何だかだ言いながらも、麗華様の取り巻きやってるんだ」
「わかってますわ! そんなこと」
舞奈の言葉に、わざと不機嫌そうな声色で答えてみる。
それでも舞奈は気にも留めずに気遣うような笑みを返す。
(ずるいですわ……)
麗華は口をとがらせる。
(そんな風に何もかも見透かされて、肯定なんてされたら、わたくし……)
元友人の横顔を盗み見る。
そうしている姿も思惑も彼女に知られているのかしらと、ふと思い……
「……そっか。ならよかった」
「ええっ!?」
唐突に舞奈の手首を縛っていたロープがほどけた。
麗華は思わず仰天する。
何のことはない。
縛られる間に力を入れていた屈強な筋肉を緩めただけだ。
次いで舞奈は同じように縛られた麗華の手を取る。
そして逆の手でハンカチでも取り出すような気軽さで幅広のナイフを抜いて、
「ちょっと動かないでくれよ」
「あっ……」
無造作にロープを切る。
「志門さん、そんなもの普段から持ち歩いてるんですの!?」
「……身体検査もしないなんて、あいつら意外にヌケてるなあ」
麗華の視線を誤魔化しながらナイフを仕舞って立ち上がる。
まあ奴らの仕事の雑さに呆れたのは事実だ。
これなら拳銃をホルスターごと持ってきてもバレなかったのではと少し思う。
苦笑しつつも油断なく周囲に目を配らせる。
舞奈たちが閉じこめられているのは倉庫室か何かだろう。
抱えられて進んできた位置的に外壁には面していないはずだ。
なので当然ながら窓もない。
唯一の出入口は目前にある鉄製のドアだ。
無骨な雰囲気が支部のドアにちょっと似ている。
だが残念ながら施錠されている。
さっき男が出ていくときに鍵をかけていく音がした。
トタンの壁は支部のコンクリート壁ほど強度はないように思える。
だが舞奈は別に攻撃魔法や身体強化の術を使える訳じゃない。
壁をぶちやぶって外に出るとかは流石に無理だ。
まあ、どのみち奴らは麗華を何処かに移送する。
その際に誰かがドアを開けるだろう。
あるいは明日香なり誰なりが先に到着すれば、奴らを片付けた後に開けるはずだ。
そのときに奴らを殴り倒すなりして出ればいい。
今はのんびり待つ時だ。
そんな風に状況を確かめている最中、不意に麗華と目が合った。
気丈に隠そうとはしているが不安げな彼女を勇気づけるように笑いかける。
まあ麗華が怯えるのは無理もない。
彼女はクラスの女王様キャラだが、言ってしまえば少しばかり金持ちなだけの普通の平和な御家庭で育った普通の小5女子だ。
誘拐されて、閉じこめられて不安に思わないはずはないだろう。
かくいう舞奈も、実は捕らえられる状況に慣れている訳じゃない。
3年前のエンペラーの刺客も、今の敵である怪異どもも、舞奈の命を狙ってきた。
つまり舞奈が生きているということは、常に勝利してきたということだ。
創作の経験もないし、中途半端に出口のない部屋にぶちこまれる機会は少し新鮮だ。
缶詰っていうんだっけ?
そんなことを考えて、ふとポケットにキャンディがあったのを思い出して取り出す。
昼間に『シロネン』でアーガス氏に貰ったものだ。
どうせなら迷惑をかけた園香に手土産代わりに渡せばよかったとも思った。
だが今は持っていてラッキーだ。
「これでも食って気長に待とうぜ」
軽い調子で声をかけつつキャンディー缶を放り渡す。
麗華様は心身ともに脆弱だ。
脱出を前に、何か食べて落ち着いた方がいいだろう。
麗華は危なげな手つきで缶をキャッチし、描かれた可愛らしいイラストを見やる。
そんな彼女を尻目に、舞奈はドアに近づいてノブを回す。
ひょっとして奴なら……と思って確認してみたのだが、かけ損じた様子はない。
施錠ヨシ!
まあヌケてるといっても、そこまで期待するのは流石に失礼だろう。
苦笑しながらドアから手を放し……
「……冗談だろ?」
驚きのあまり目を見開いた。
何気に見やったノブにはつまみがついていた。
外側からは鍵がかかるが、内側からはつまみを回せば開く仕組みのようだ。
よくよく考えれば、工場の倉庫室は牢屋の代わりに使うことなど想定されて造られていない。むしろ不注意で閉じこめられた場合の安全策が施される。
舞奈は逆に警戒しながらつまみを回す……
……普通にカチャリと音がしてドアが開いた。
「ええ……」
絶句する。
ドアの仕組みに、大の大人が何人もいて誰ひとり気づかなかったのだろうか?
あるいは手首を縛ればノブを回せないと思ったか?
どちらにせよ彼らの前途が思いやられる。
ドアから首だけ出して見渡すと、廊下には見張りもいないし気配もない。
むしろ罠かと思えるほどの不用心さだ。
だが、まあ、ここまで露骨にフリーなのに、この場に残る理由はないのも事実だ。
舞案は苦笑しながら振り返る。すると、
「…………………………」
麗華は缶を手にしたまま固まっていた。
「どうしたよ? キャンディ嫌いだったか?」
訝しみつつ麗華に近づくと、
「――!?」
麗華の手元からボトリと何かが落ちた。
缶の底にへばりついていたらしい。
足元に落ちたのは、サソリのような尾をした1匹の虫。
錆食い虫だ
朝方に廃ビルを探検した際にポケットに入りこんだのだろうか?
本当にろくでもない虫だ。
缶を食うのに夢中だったせいか変なところで這い出てこなくてよかった。
見やるとおしゃれな缶の裏側は無残に錆びて食い破られていた。
だが、その中のキャンディは個別包装のおかげで無事だ。
過剰包装も捨てたもんじゃない。
まあ蓋を開ける手間が省けたじゃないかと思いなおし、再び錆食い虫に目を戻し……
「……ソサ」
「ソサ?」
「ソササソサソサソサササソササ……」
麗華がうわ言のようにブツブツ言っているのに気づく。
普段から少しおかしいとはいえ突然の奇行に舞奈は思わず首を傾げ……
「……ああ。安心しろ、サソリじゃない。錆食い虫っていう、まあ毒のない変な虫だ。刺されても痒くなるくらいで大事ない」
なんとなく理由を察して笑う。
まあ確かに見た目はサソリと似てるし、菓子の缶に張りついてたらビックリもする。
なので麗華を落ち着かせようと、意識して冷静な声色で説明する。
だが、我が国の美しい言葉には些細な欠点がひとつある。
否定語が名詞の後に来るということだ。
だから尖った尾を持つ虫を見て、金曜日の惨劇がフラッシュバックして処理能力が極端に下がった麗華の脳は「安心しろ、サソリ」と聞いた時点で暴走し、
「キャ――――――――――――――――――――――――ッ!」
悲鳴をあげた。
クラスのお嬢様キャラに相応しく、甲高く、良く通る、サメ映画に出てくるブロンド美女のような、それはそれは見事な悲鳴だった。
「おいおい、おとなしくしてろって言われなかったのか?」
苦笑する舞奈が見やるドアの向こう。
廊下の奥から足音が駆けてくる。
足音はたちまちドアの外に達する。
そして鍵を閉める音がして、ドアが開かない音がして、鍵を開ける音がして、
「…………」
手際の悪さに絶句する舞奈の前で、外開きのドアが軋んだ音を立てながら開いた。
「何を騒いでるんだ!」
「おとなしくしてろ!」
2人の金髪が跳びこんできて――
「「――うっ」」
舞奈にみぞおちを殴られて崩れ落ちた。
2度目にしても早くも手癖である。
それも右の拳と左の拳でひとりづつ。
仕方がない。
舞奈のちょうど目の前に、殴れと言わんばかりにみぞおちがあらわれたのだ。
そのまま2人をそれぞれの腕で抱きかかえる。
ひとりは工場の外から舞奈をかついできた金髪マッチョ。
もうひとりは出会い頭に昏倒させた太ましい彼。
「イワンさんだっけか。何度もすまんな」
苦笑しながら身をかがめ、2人をそっと床に横たえる。
大の大人をその扱いする程度のことは、舞奈の筋力があれば造作もない。
それに床は硬いし、粗忽だが怪異ではない彼らを叩きつけるのは人道に反する。
そして男たちが安らかな寝息を立て始め、内臓に妙な怪我とかもさせていないことも確信し、ついでに彼ら以外の足音が近づいてこないことを確かめてから、
「さて」
舞奈は立ち上がる。
麗華は横たわる2人の男を呆然と見ている。
男2人が瞬時に倒されたショックで、サソリのショックから回復したらしい。
舞奈はそんな麗華を見やり、
「どうやら見張りも居眠りしてるみたいだし、帰るか?」
何食わぬ調子で笑った。
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