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第15章 舞奈の長い日曜日

2人の小さな大冒険

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 麗華が誘拐された。
 敵は人間になりすました泥人間。
 テックからその事実を知らされた舞奈は、学校を飛び出した。そして、

「スミス! たいへんだ!」
 灰色の街の一角にあるスミスの店へ駆けこむ。
 この頃からスミスの店は、ネオンの『ケ』の字が消えかけていた。

「あら舞奈ちゃん。学校はどうしたの?」
「それどころじゃないんだ! クラスの女子がさらわれた!」
「さらわれたって? 誘拐!?」
 今と変わらず水色のスーツを着こんだマッチョが、女みたいな口に手を当てて驚く。
 そんなオカマな仕草が一般的な男性の言動ではないと、舞奈も気づき始めていた。
 だがツッコんでいる暇はない。

「そうだ! あたしのジェリコを出してくれ。あと長物はあるか?」
「すぐには無理よ。代わりにこれ」
 スミスは慌てて店の奥に姿を消し、いくつかの得物を手にしてあらわれた。
 ひとつは舞奈の拳銃ジェリコ941
 この頃は学校ではなくスミスに銃を預けていた。
 そして、2つのパイナップル型手榴弾。

「サンキュ!」
 得物を受け取るが早いか店を飛び出す。

 そして再び走る。

 ピクシオンだった頃から鍛えてきた驚異的な脚力で、すぐさま検問にたどり着く。
 旧市街地と新開発区を隔てる門の前には、

「あっおまえ!」
「舞奈ちゃんのお友達かい?」
 いつもの2人の衛兵と、黒髪ロングの姫カット――明日香がいた。

「こちらのお嬢さんが、新開発区に入りたいって言ってるんだけど……」
 衛兵は困った顔で明日香を見やり、舞奈を見やる。
 明日香は不貞腐れたような表情で睨んでくる。

 なるほど、あの無口な彼女が麗華の危機を警察でなく友人に伝えた理由は知らない。
 だが麗華の命運を自分に託した直接の理由は、おそらく昨日のバトルを見たからだ。
 ならば舞奈と互角の勝負をした明日香にも同じ情報を伝えるのは道理だ。

 だから彼女も新開発区にやってきた。
 小癪にもタクシーでも使って先回りしたのだろう。
 思い起こせば先ほどそれらしい空車とすれ違った。

 その事実が嬉しくなかったと言えば嘘になる。
 かつての仲間と似た魔法を操る彼女が、自分と同じように考え、動いてくれた。
 さらわれた少女を救うために。

 それでも彼女ひとりでは新開発区には入れない。
 単に衛兵がいるからというだけじゃない。
 この検問の向こうに広がっているのは、泥人間や毒犬のような怪異の巣窟だ。
 人が踏みこめば死ぬ。
 例外は舞奈のような人外レベルの直感や身体能力を持った超人だ。

 だが逆に言えば、その事実を理解し直視できる程度に彼女は理をわきまえている。
 だから強行突破のような無茶をせずに舞奈を待っていた。
 加えて彼女は魔道士メイジの中でも特に魔法の深淵に近しい魔術師ウィザードらしい。
 その事実が頼もしいと思った。だから、

「なら、あたしが一緒に行くよ」
 そう言って、舞奈は不敵な笑みを浮かべてみせる。

「大丈夫かい?」
「ああ」
「彼女を守ってあげられるかい?」
「ああ、当然だ!」
 問いかける衛兵に、変わらぬ笑みのまま答える。

 舞奈がピクシオンだった頃、幼い舞奈は2人の仲間に守られていた。
 武術に秀でた一樹と、狂気の魔術によって万象を支配する美佳。
 そんな2人と並んでいれば、勘が良いだけの子供は守られるべき弱者でいられた。

 だが今はそうじゃない。

 美佳も一樹も、もういない。
 そして最幼少の保護対象だったとはいえ、舞奈もピクシオンの一員だ。
 フェアリが選んだ、当時の界隈で3番目に強い人間だ。

 与えられた魔法があろうがなかろうが、エンペラーの刺客と何度も戦って生き残ることができるのは超常的な戦闘への適性を持った特別な人間だけだ。
 それが美佳や一樹のような生粋の強者であったとしても。
 あるいはエンペラーの刺客に殺されないよう必死で抗い、鍛えられた結果にしろ。

 そう。舞奈は紛れもなく強者だ。
 背に誰かをかばい、守ることのできる人間だ。
 その事実を認め、舞奈自身も直視しなければならない。

 なぜなら強力無比な魔術を操る反面、肉体的には普通の小3女子に過ぎない明日香を守れるのは舞奈しかいない。
 2人が力を合わせなければ、たぶん麗華は二度と帰ってこない。
 ……あの時の、美佳と一樹のように。

 だから舞奈は明日香を真正面から見やり、

「本気で走るぞ! ついてこれるか?」
「ええ。わたしも『本気で走る』つもりよ」
 言うが早いか、明日香は地面に何かを並べだした。
 金属でできた小さな札……ドッグタグだ。

 訝しむ舞奈の前で明日香は手早く施術する。
 タグを並べた輪の中央に紙片を広げて真言を唱え、魔術語ガルドル

 瞬間移動でもするつもりなのかと思った。
 かつて美佳は角度を伝い、事件があった場所まで舞奈や一樹を連れて転移した。

 だが次の瞬間、光とともに目前にあらわれたのは転移の門ではなく車だった。
 召喚魔法コンジュアレーション――魔力で生物や物品を創造する高度な魔法だ。

 そんな御業によってあらわれたのは、乗用車に似た形とサイズの車。
 だが側面にはタイヤの代わりに無限軌道キャタピラがついている。
 前方にだけ1輪の車輪。
 小型半装軌車ケッテンクラートである。

 見やる舞奈の前で、明日香は慣れた調子で運転席に座ってエンジンをかける。

「車の運転なんかしていいのか?」
「いいわけないでしょ」
 小3の舞奈の問いに、同じクラスの明日香はニヤリと笑ってみせる。
 だから舞奈も笑みを返して後ろの席に跳び乗った。

 幼いながら理知的な明日香の魔術は、何処か人知を超越した美佳の魔術とは違う。
 だが小さな車の乗り物が、今の自分と彼女には似合っている気がした。
 魔法のドレスを着こんで、どこからともなく高所にあらわれるのではなく。
 小さな魔法の乗り物に乗って地を這うやりかたが。

 だから舞奈は小型半装軌車ケッテンクラートの荷台で、明日香は運転席で……

「……この車ガタガタだぞ! しりがヘンになりそうだ」
「車じゃなくて道がガタガタなの! 足で走るより早いでしょ!」
 瓦礫が転がる廃墟の道を走りながら、背中合わせに愚痴を言い合う。

 無限軌道キャタピラを装備した半装軌車ハーフトラックなら新開発区の荒れた道も走破可能と思ったのだろう。
 だが裂けて歪んで瓦礫が転がる廃墟の通りは、想像よりはるかに険しい。
 明日香もこいつで新開発区を走破するのは困難だと理解したらしい。
 だから以降は、大型で運転手つきの半装軌装甲車デマーグを用いるようになった。

 ……そうこうするうち、明日香は崩れかけた小屋の前で小型半装軌車ケッテンクラートを停める。
 舞奈が跳び下り、明日香が下りると式神は消える。
 そして2人は小屋に忍び寄る。

「……不自然な魔力を感じるわ。たぶん中に怪異がいる」
「ああ、何匹かの気配がする」
 それぞれ互いの感覚で屋内の様子を察し、頷き合う。
 加えて携帯の画面に表示されたマーカーが示しているのも小屋の中だ。

 直後、舞奈はドアを蹴破って押し入る。
 明日香も続く。

 舞奈たちの見抜いた通り、そしてテックの情報通り。
 崩れかけ埃にまみれた小屋の中には数匹の泥人間がたむろっていた。
 そのうち1匹が抱えているのは、ひとりの少女。

「麗華様だ!」
 気を失っているらしく麗華はぐったりと動かない。
 だが幸い怪我はしていないようだし、呼吸が安定しているのも気配でわかる。

 怪異どもが麗華に何をしようとしていたのかは知らない。
 だが突然の乱入者に慌てふためき、麗華を抱えて奥のドアへと消えた!

「野郎! まちやがれ!」
 舞奈は追う。

 だが、その前に1匹の泥人間が立ちふさがった。
 全身にサイケデリックなペイントが施された大柄な個体だ。

 普通の泥人間ではない。
 容貌、そして尋常ならざる気配で察した。だが、

「ひでぇ面だ! せめて隠せよ」
 舞奈は素早く拳銃ジェリコ941を両手で構え、間髪入れずに撃つ。
 躊躇はない。
 敵は明らかに人間じゃないのだから躊躇う必要はない。
 相手が何者だろうが倒さなければならないのだから、怯む理由もない。

 それでも敵は、素早く符を取り出して嘯を吹く。
 途端に符は水の塊となり、小口径弾9ミリパラベラムを受け止める。
 水行の道術がひとつ【水行・防盾シュイシン・ファンデウン】。

「糞ったれ! 魔道士メイジだ!」
 跳び退り、再び油断なく身構えながら舌打ちする。

 かつてエンペラーは魔法で操った泥人間を多用した。
 だが奴にも美意識があったのだろう、異能力を持つだけの一般的な個体には簡素な甲冑を、道術を会得した個体には装飾付きのローブを着せていた。

 だが野良の泥人間には、そんなセンスはないのだろう。
 エンペラーの手下どもとは違う。
 野良の怪異は親切に衣装で手札を教えてくれたりはしない。
 自分の感覚と判断だけが命綱だ。

 だから躊躇は一瞬。
 すぐさま再度、敵との距離を詰める。

 魔法を使う泥人間と、戦ったことは何回かある。
 一樹が変身すらせず倒すところも何度か見た。
 同じように素早く懐に潜りこみ、防御魔法アブジュレーションの隙間を縫って一撃を叩きこむ。
 そう決意した次の瞬間――

「――野郎!」
 素早く跳んで床を転がる。
 転がる瓦礫が頬を打つ。

 同時に先ほどまで舞奈がいた虚空を、数多の鋭い水の矢が散弾のように通り過ぎた。
 即ち【水行・多矢シュイシン・ドゥオジイアン】。
 避けられたのはピクシオンとして踏んできた場数と、鍛えられた直観の賜物だ。

 舞奈は一挙動で立ち上がる。
 拳銃ジェリコ941を構え、だが攻めあぐねて歯噛みする。途端、

「横に跳んで!」
「!?」
魔弾ウルズ!」
 慌てて再び床を転がる。

 そんな舞奈の残像を、今度は後ろから放電するプラズマの砲弾が射抜いた。
 静電気のビリビリする感覚。
 明日香が放った【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】だ。

 事前の警告の声というより、直後の気配に圧されて跳んだ。
 後ろから凄い力で撃たれそうになった感覚だった。

「あっぶねぇな!」
 残された放電とオゾン臭に顔をしかめつつ、一挙動で立ち上がり素早く構える。
 だが口元には笑み。

 舞奈に気を取られた泥人間が対処する暇もなく、明日香の凄まじい一撃は泥人間の盾を一撃で破壊した。
 それは後の2人のコンビネーションの源流ともいえる一撃だった。

 泥人間は再び符を取り出して水盾へと変える。
 だが倒し方はもうわかった。
 明日香の雷撃の後に、今度は自身も一撃を食らわせれば奴を倒せる。
 だから、もう一度、明日香がプラズマの砲弾を放ってくれたら――

「――うかつだったわ」
 明日香は歯噛みして、

「あとはまかせるわ!」
「!? おい!」
 唐突に背後の入り口から小屋を出た。

「なんだよ、あいつ!」
 悪態をつきつつも何処か冷静に状況を把握する。

 信じていた誰かが不意に去って行くのは初めてじゃない。
 自分のすべきことは、自分でしなければならない。
 あのとき、そう決意したはずだ。
 美佳と一樹がいなくなった、あの日に。

 そんな舞奈の目前で、泥人間が雄叫びをあげる。

 明日香はいない。
 先ほどの強力な一撃を見た後で、その力を借りられない状況は愉快ではない。

 それでも舞奈は笑う。
 左手には2発のパイナップル型手榴弾。
 スミスから借り受けたものだ。

 歯を使って慣れた動作でピンを抜き、投げる。
 破片を散らさない攻撃型手榴弾が、狙い違わず泥人間の顔面近くで爆発する。

 爆音。
 少し離れていてすら肌を焼く熱風。

 だが手ごたえはない。
 先ほど新たに創り出した盾で防いだのだ。

 だが次の瞬間、舞奈は爆炎の中に自ら跳びこむ。
 熱い煙と舞い上がる塵に視界を阻まれながらも、気配で敵の位置を察して接敵する。

 泥人間が叫ぶ。
 爆発を凌いだものの、爆炎と音とショックで目と耳をくらまされたからだ。

 だが舞奈は違う。
 幼い舞奈は武術も魔法も使えなかった。
 だから常に感覚を研ぎ澄まし、隙をついて倒す手管を磨いてきた。
 だから泥人間の背後から跳びかかり、口腔に2発目の手榴弾をねじこむ。
 もちろんピンを抜いた状態で。

「うへっ! 抱きついちまった!」
 口元を歪めつつ爆炎の中から跳び出す。
 そのまま瓦礫まみれの床に伏せる。

 その背後で手榴弾が爆発した。
 再び爆音、爆炎。

 防ぎようもない距離での爆発が泥人間の頭を消滅させ、上半身を吹き飛ばす。
 遺された首のない身体が泥と化して溶け落ちる。
 舞奈はひとりで泥人間の魔道士メイジを倒したのだ。だが、

「!?」
 振動と轟音。
 手榴弾の比ではない。

 爆発の衝撃で小屋が崩れるのかと肝を冷やす。
 だが断続的に響く爆音と地響きは、室外から聞こえてくる。

 あわてて小屋の外に飛び出る。
 周囲に散らばる錆びた得物と、地面に残る焦げ跡。
 明日香の【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】によるものか。

 だが、そんなことを気にしている暇はない。
 何故なら少し離れた廃ビルが瓦解するところだった。

 中から巨大な何かが出てこようとしている。
 船だ。
 廃ビルの中に巨大な飛行船が潜んでいたらしい。
 そいつがコンクリートを突き破って出てきたのだ。

「……まさか、あの中に麗華様が!?」
 よくよく見やると、今しがた舞奈たちがいた小屋は件のビルと造りが似ている。
 おそらく地下で繋がっていたのだろう。
 先に逃げた泥人間どもは地下道を通って麗華を隣のビルに輸送したのだ。そして、

「糞ったれ!」
 船はそのまま宙へと舞い上がる。
 原理は魔法の力だろう。
 だが、そんなことは今はどうでもいい。

 駆けだそうとして、路地にうずくまる人影を見つけた。
 明日香だ。

 目前で、その側に魔法の光と共に何かがあらわれる。
 明日香は再び召喚魔法コンジュアレーションを行使していたのだ。
 だが今度は車ではない。
 旧ドイツで使われていた、防盾付きの対空機関砲Flak38

 おそらく彼女は敵のからくりに気づいていた。
 だから小屋を跳び出し、外の泥人間を倒して隣のビルに侵入しようとした。
 だが敵の方が早かった。

 だから対空砲を召喚して撃ち落とそうとの算段だろう。
 不幸中の幸いにも空飛ぶ船の移動速度は遅く、対空砲による撃墜は可能に思える。

 だが船の中には麗華がいる!

 明日香はよろよろと立ち上がり、機関砲Flak38の砲架にしがみつく。
 舞奈はそんな明日香の肩をつかみ、

「待てよ」
「邪魔しないでよ!」
 無理やりに引きはがす。そして、

「そんな調子で撃てるのかよ。……どこにあてればいい?」
 代わりに舞奈自身が砲座に立つ。

 明日香なら中の麗華を傷つけずに、船を飛べなくする手管を知っていると思った。
 何故なら舞奈より魔法に詳しい魔術師ウィザードだから。
 そんな明日香の躊躇は一瞬。

「船の後方についてる彫像が魔力の源よ。でも完全に破壊しないで『破損』させて。でないと墜落、最悪その場で自壊するわ。できる?」
「できるさ! あと風と重力とコリオリはどうなる?」
「風速の影響は受けるけど重力は無視するわ。自転の影響は――」
「――いや、その前に墜とすさ」
 照準サイトを覗きこんで船と砲との位置関係を目算する。
 砲身の角度を手動で合わせる。
 
 そして再び照準を覗き、狙いを定める。
 引鉄トリガーを引いた瞬間、洪水みたいな勢いで超大口径ライフル弾20×138ミリB弾が吐き出される。

「撃ちつづけて!」
「わかってる!」
 引鉄を握りしめ、船の動きに合わせて射角を合わせる。
 そうしながら、何故か舞奈は笑っていた。

 あの懐かしいピクシオンだった頃の戦いと、同じ感触だ。
 誰かを守るために、仲間の力を借りて戦うのは訳もなく『楽しい』。
 ……それが美佳と一樹じゃなくても。

 そうするうちに、照準の中で不気味な像の頭部が砕けた。
 船がゆっくりと高度を下げる。
 首尾よく超大口径ライフル弾20×138ミリB弾のうち1発が動力源に当たり、破損させたらしい。

「あとはまかせろ!」
 舞奈は徐々に高度を下げる船を追って走り出す。

 瓦礫を踏み越え、走って、走って、そうするうちに空から女の子が落ちてきた。
 麗華だ。

 舞奈は人外レベルの脚力で地を蹴って跳ぶ。
 空中で麗華を捕まえる。
 そのまま瓦礫まみれの地面につっこみ、ゴロゴロ転がって衝撃を抑える。

 腕の中の麗華の重さと体温、そして呼吸を確かめる。
 無事な彼女を見やって口元に笑みを浮かべる。

 そして仰向けになって空を見上げる。
 巨大な船が、ビルの高さすれすれに飛んで行く。
 新開発区の奥へ向かっているようだ。

 そんな様を見ているうちに、よろよろと明日香がやってきた。

 麗華と舞奈を見やって思わず微笑み、思い出したように舞奈を睨む。
 いちおう舞奈と明日香は喧嘩中という体裁だ。
 けれど、そんなことはどうでもよくなったのか、側に腰かけた。

 そして、2人で空を見上げる。

「……なあ、あの船って、あの後どうなるんだ?」
「さあ? どこかで消えるんじゃないの?」
「そうなのか?」
「そりゃ魔力で形作られてるんですもの。気にするようなことじゃないわ」
「そうかい」
 なんとなく発した舞奈の問いに、明日香は興味もなさそうに答え、

「それより、どうやって創られたのかが気になるわね。材料は怪異そのものかしら?」
「大人しく消えてくれるなら、作りかたなんかどうでもいいよ」
「あっそう」
 明日香の考察を、舞奈は気のない風に聞き流す。

 性格もスキルも戦い方も、何もかもが正反対な2人。
 だが……あるいは、だからこそ立ち塞がる怪異どもを首尾よく倒し、麗華を救えた。
 その結果だけは満足だった。

 だから舞奈も、明日香も思い思いの格好のまま空を見る。
 そうやって新開発区の乾いた風を感じながら、2人ともしばらくそうしていた。

 怪異の船が飛び去った跡には、飛行機雲がのほほんとたゆたっていた……

 ……そんなこんなで翌日。
 表向きには昨日と変わらぬホームルーム前の教室。

「あなた、わたくしの友達になりませんこと?」
 先日の騒動にもめげずに元気に登校してきた麗華が、

「い、いやだよ……! だって西園寺さんは志門さんと戦わせようとするもん!」
「ああっ!? お待ちなさい!」
 ぽっちゃりした男子に逃げられていた。

 それを見ていた舞奈と目が合う。
 途端、イーッと睨んでそっぽを向いた。
 先日までとはえらい違いだ。
 そんな麗華に、舞奈は手を振りながら笑みを返してみせる。

「ペンダントはいらなくなったの?」
 だらしなく腰かけた舞奈とひとつ机をはさんで、明日香がボソリと問いかける。
 明日香と舞奈は朝から2人並んでくつろいでいた。

 先日のバトルと凄惨な結末を知っている男子は並ぶ2人に戦々恐々。
 なにせ明日香が振り下ろした机は天板が真っ二つに割れていた。
 舞奈の持っていた椅子だったものは、元が何だったのか見当もつかない状態だった。
 その上で園香が介入しなければ、自分も似たような状態になっていたかもしれない。

 その一方で、別の一角でチャビーと話していた園香は、2人を見やって微笑む。
 園香は他者の心の機微を敏感に察することができる。
 だから舞奈と明日香の関係が、先日までとは変わっているのに気づいていた。
 2人の間に、もう争う理由はないと。
 だが、そんな周囲の思惑など気づかず2人は、

「ああ、変身できるやつじゃないからな」
「そんなものあるわけないでしょ。変身できるペンダントなんてバカバカしい」
「うっせえ」
 小馬鹿にしたような明日香が言って、舞奈は口元を歪めてみせる。

 先日、麗華を無事に奪還した2人は、麗華の御両親から涙ながらに感謝された。
 誘拐犯が怪異だということは明日香が慣れた調子で誤魔化した。
 そういえばピクシオンだった頃も、エンペラーとその手下どもの存在を美佳も一樹も世間から隠したがっていたなと思い出した。

 そして舞奈は、護衛もかねて麗華の家で暮らさないかと誘われた。
 悪い条件ではないと思った。
 女王気取りの麗華様は、家も相応に裕福だ。きっと飯もお菓子も食い放題だ。
 それに余人に乞われて敵と戦う行為はピクシオンと似ている。
 その上で友人とひとつ屋根の下で暮らすのは、かつての暮らしと同じとも思った。

 だが断った。

 新開発区のアパートの一室を引き払うつもりはなかったからだ。
 あの部屋から離れたら、本当に美佳や一樹と会えなくなってしまう気がするから。

 それに麗華を奪還した先日の一件で、戦うための新たな理由を見つけた気がした。
 それはピクシオンだった頃と同じくらい心躍らせる。
 そして、きっと麗華を個人的に守るよりずっと有意義な……

「……変身のアイテムは、正しい心を持ってないと使えないんだよ」
「じゃあ、わたしには必要ないわね」
「ああそうかい」
 舞奈はむくれた様子でそっぽを向いて、

「……ねえ」
「なんだよ?」
「2人で組んで、仕事人トラブルシューターをしてみない?」
「なんだよそりゃ」
「怪異を狩ってお金をかせぐ……まあアルバイトみたいなものよ」
「ふうん」
 明日香の誘いに、気のない風に答える。

 特にデメリットがあるとは思えなかった。
 誰かのために、人知れず力を振るうという活動はピクシオンと同じだ。
 怪異と戦う機会が増えるなら、腕も鈍らずにすむ。
 その上で金まで貰えるなら、うまい飯がたらふく食えてラッキーだ。それに、

(こいつなら、美佳や一樹と違って、いなくなっても寂しくないだろうしな)
 側の姫カット――新たなパートナーを見やり、冷ややかに思った。
 そして窓の外を見やる。

 抜けるような青空の、遠くを綺麗な飛行機雲が筋を引いていた。
 まるで2人の未来を祝福するように……

 ……だが舞奈はいくつかの目論見違いをしていた。

 確かに怪異を狩れば報奨金が貰えた。
 だが怪異を狩るには弾丸がいる。
 派手に撃ちまくると弾丸を買う金で足が出る。
 かといって弾丸をケチると怪我をするし、一張羅を買いなおす羽目になる。

 だから管理人による管理を頑なに拒んだ舞奈の懐は、潤うどころか寂しくなった。
 それに……

――――――――――――――――――――

 ……楽しい夢から醒めるように。
 追憶の旅路から戻った舞奈の頭上を、先ほどと変わらぬ雲がたゆたう。
 そんな様子に、思わず口元に柔らかな笑みを浮かべる。

 手の中のジュース缶の存在を思い出す。
 すっかり冷めたカツオジュースを開けようとして……

「……何やってるのよ? こんなところで」
 鈴の音のような声。
 見やると明日香がやってくるところだった。

 生真面目な彼女が公園を通って帰るのも珍しい。
 だが彼女も昔に比べるとずいぶん丸くなった。
 普段と違う道を通って帰りたくなる日もあるのだろう。
 だから舞奈はうーんとのびをして、

「よいしょっと」
 立ち上がる。

「……ちょっと今の。諜報部の、年配の人たちに似てたわよ」
「よく見てやがるなあ」
「気になるの。身体が鈍ってる証拠よ」
「あたしの身体が鈍ってるっていうなら、平和な証拠だろ?」
 軽口を叩き合いながら、明日香と並んで歩き出す。
 別に待ち合わせていた訳でもないが、このまま公園ですることも特にない。

「さっき麗華様と会ったが」
「何か変わったところでもあった?」
 世間話に問いを返され、ふと考える。

 先ほどの麗華の様子は、普段にも増しておかしかった。
 だが舞奈が知る2年前から、程度の差こそあれ麗華はおかしかった。
 だから、まあ、今日のテンパった様子も普段と同じだと言えなくもない。
 舞奈と明日香が命がけで救った当時のままの、平和で愉快な麗華様だ。だから、

「……別に。いつも通りだ。あいつと何かあったのか?」
「別に、普段と同じよ」
「そっか」
 何食わぬ調子で答える舞奈に、明日香も同じ口調で返す。

 麗華様のテンパり具合も対する自身の対応も、彼女的には普段と同じなのだろう。
 明日香がそういう奴だなんてことは、嫌というほど知っている。
 だから舞奈も特に拘泥せずに、

「飲むか?」
「いらないわよ」
 カツオジュースのプルタブを開ける。

 別に明日香の隣で自分だけジュース飲むことに抵抗はない。
 彼女には欲しけりゃ自販機ごと買い占められる程度の財力がある。

 それに明日香がそういうことを気にしないのは知っている。
 彼女のことはよく知っている。
 少なくともクラスの他の誰よりも。
 そう自負できる程度には、彼女と組んできた時間は長い。

 それより「それ、口に入れるの?」みたいに引き気味に見やる仕草が気に障った。
 だから「他人が何を飲もうが、勝手だろ?」的に睨み返す。そして、

「そういやあさ」
「なによ?」
 ふと何食わぬ調子で問いかけ、

「なんでコンビの名前に【掃除屋】なんてつけたんだ?」
「名前考えたの貴女でしょ?」
 にべもなく切って捨てられる。

 明日香がそういう奴だということは、嫌というほど知っている。
 だから舞奈はだらだらと、明日香は姿勢良く、並んで午後の公園を歩く。

 そんな2人の頭上で、束の間の平和を満喫するように白い雲がたゆたっていた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
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お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

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