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第14章 FOREVER FRIENDS

依頼1 ~園香の警護

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 舞奈は登校途中、泥人間に襲撃された。
 委員長は父親と朝食をとった後、特に何の問題もなく登校した。

 そんな、ある意味いつも通りの平日の、ホームルーム前の教室。

「やれやれ、朝からろくでもない目にあったなあ」
 舞奈が学校机につっぷして疲れていると、

「マイちゃん、おはよう」
 横から声をかけられた。
 かすかな甘いミルクの香り。

「おっ園香じゃないか。早いなあ」
 突っ伏したまま横を向く。
 目の前をワンピースに覆われた熟れた肢体が通る様を見やり、笑みを浮かべる。
 ちょっと元気が出た。

 園香の父親は厳格で、舞奈をたいそう警戒している。
 だが幸いにも学校にまでは目は届かない。

 なので形の良い尻の感触と、可愛らしく照れる仕草を堪能する。
 そんなスキンシップを終えた後に、

「あのね、マイちゃん……」
 園香は深刻な面持ちで語りかけた。
 その只ならぬ雰囲気に、舞奈は思わず姿勢を正して話をうながす。
 すると園香は少し安心した様子で、ぽつりぽつりと事情を話しはじめる。

 要約すると、最近、登下校中に妙な視線を感じるらしい。

 またかと舞奈は顔をしかめる。

 園香には、以前にも同じようなことがあった。
 シスター・アイオスが彼女を儀式のパートナーにと誘拐したのだ。
 当時は焦った舞奈だったが、明日香や奈良坂の力を借りて辛くも奪還した。

 不本意ながらも異能がらみのトラブルに巻きこまれて胆が据わってしまった園香。
 だが、この手の事柄に慣れたりはしない。
 不安になるのは当然だ。なので、

「あたしにまかしとけ!」
 舞奈は不敵な笑みを浮かべた。

 今回こそは、あの時のようなヘマをするつもりはない。
 そう決意を固める舞奈だった。

 なので放課後。
 園香といっしょに意気揚々と真神邸へと赴いた舞奈だが……

「すまんが、君にこの家の敷居をまたがせる訳にはいかん。帰りなさい」
 園香父は首を縦には振らなかった。

 父にとっては、不審者も舞奈も同じように見えるのだろう。
 ……まあ完全に舞奈の自業自得なのだが。

 誤解じゃないのだから説得は不可能。
 もちろん押し問答でどうにかなる相手ではない。

 だから仕方なく引き下がった舞奈の耳に、

「――園香、舞奈君をボディーガード代わりに使うのはやめなさい」
 ドアの向こうから父の言葉が漏れ聞こえた。

「彼女は強くて頼りになるが、お前と同じ小学生なんだ」
「はい、パパ」
「そうだな。明日、父さんから警察に相談してみよう――」
 そんな会話に、思わず口元に笑みが浮かぶ。

 真神邸は防音もしっかりしている。
 玄関のドアを閉めれば外に声は聞こえないと思ったのだろう。
 だが感覚の鋭い舞奈は、耳の良さも一級品だ。

 舞奈は【機関】では最強を誇るSランクだ。
 だが、その事実は周囲に伏せられている。
 学校での舞奈は、少しばかり運動が得意なだけの普通の小学5年生だ。

 園香父にとって、あくまで舞奈は娘のクラスメートだ。
 どれほど強くても、大人に守られるべく存在だ。
 どれほど娘に悪戯ばかりする悪ガキでも、娘の盾にしてはいけない。
 そう考えているのだろう。

 園香父は、知りうる範囲の情報から的確な判断を下している。
 彼は頑固だが合理的で善良で、何より娘のことを考えている。
 そんな彼が、委員長の父親に少し似ている気がした。

 だから舞奈は、笑顔で真神邸を後にした。

 そして翌日の放課後。
 真神邸から程よく近い九杖邸で、

「そういう訳で、頼む。サチさんたちからも口添えを……」
 舞奈は家主に頼みこんでいた。

 ちゃぶ台を挟んだサチの隣には小夜子がいて、何故か睨んでくる。
 舞奈がまたサチに悪さをするつもりだと思っているのだ。
 ……これも舞奈の自業自得だ。

 ちゃぶ台の上には皿に盛られた桜餅。
 鼻孔をくすぐる匂いに誘惑されそうになるが、神妙な表情を取り繕う。

 庭のこけおどしがタンと鳴る。
 小枝にとまったみゃー子が風雅に鳴く。
 ……こちらも意識して反応しないようにする。

 先日の園香父の言い分はもっともだ。
 女子小学生をボディーガードにすべきじゃないという意味でも。
 舞奈が悪い虫だという意味でも。

 だが彼には話せなくとも舞奈が最強なのは事実だ。
 なのに友人が不審者の影に怯えているときに、頼りにならない警察まかせに座して待つなどとんでもない。

 信じて義父さん! あたしは悪い志門舞奈じゃないよ! という気持ちも少しある。

 なのでサチからも取りなしてもらおうと思ったのだ。
 サチは舞奈より年上で、何より園香父から信頼されている。
 もちろんサチ自身の普段の行いのお陰で。

 それか、まあ、この際、小夜子からでも構わない。
 なにせ小夜子は園香の親友であるチャビーのお隣さんだ。
 それに少なくとも舞奈よりは信頼されている。だが、

「舞奈ちゃん、園香ちゃんのお父さんは話のわかる人よ」
 サチは神妙な顔で、

「だから、ちゃんとお話すれば誤解もとけるんじゃないかな」
 噛んで含めるように言った。

 だが困ったことに、誤解ではない。
 舞奈だから、目を離したすきに娘に良からぬことをすると知っている。
 園香父にとって、舞奈が娘についた悪い虫なのは紛れもない事実だ。
 何故なら今までだってそうだったから。

 そして舞奈だから、有事の際には無茶すらしてのけることも知っている。
 自身への危険を顧みず、命すらかけると知っている。
 今までだって、そうだったから。

 それでも、あたしは園香を守りたい! ……あと、こっそりイイこともしたい!!

 だから何とぞ、と、上目づかいまでして頼みこむ舞奈だが、

「そうじゃなくて、2人とも仕事が立てこんでて忙しいの」
 今度は小夜子が仏頂面のまま、無情にもそう言った。

 なまじ不機嫌そうでにはなく、少し気の毒そうなのが本当に無常。
 隣でサチも申し訳なさそうにうなずいているので、暇がないのは本当だろう。
 つまり、この件に関して舞奈はサチや小夜子の力を借りることはできない。

 それより、

「仕事って……【機関】のか?」
 こんな時期に何の仕事があるのだろう?
 舞奈は思わず首をかしげる。
 ここのところ増えている泥人間どもと関係があるのだろうか?

「ええ。守秘義務があるから詳しいことは言えないけど」
「そっか……」
 まあ言えないと言っているのだから、言えないのだろう。
 それは仕事人トラブルシューターの舞奈が知るべきではない事柄なのだ。
 あるいは諜報部の人間以外が。

 それに舞奈も立てこんでいるのは先ほど2人に話した通り。
 つまり互いに、他の厄介事に首を突っ込んでいられないというわけだ。

 だが2人の協力を得られないとなると、園香父の説得は難しいのも事実だ。
 なので舞奈が困っていると、

「――それなら、わたしから口添えいたしましょう」
 聞き覚えのある声とともに障子が開き――

「――な!?」
 ゴリラがあらわれた。

 そう、ゴリラである。
 動物園の檻から抜け出してきたような、大きくて毛むくじゃらなゴリラ。
 そいつが器用に障子に手をかけて立っていた。

 流石の舞奈もビックリ仰天。
 いや確かにデカイ気配はしたが……!!
 向かいのサチと小夜子も目を丸くしている。

 一体、何の冗談だ?
 っていうか、何故にゴリラ!?
 対処に困る舞奈たちの目前で、

「ふふ、気づきませんか?」
 声とともに、ゴリラの全身が『歪んだ』。

 深い毛におおわれた全身が輝く。
 全身にまかれた包帯がほどけるように、その身体が解体される。
 そして、ほどけたゴリラの内側からあらわれたのは――

「わたしですよ。わ、た、し」
「いや、わかんねぇよ」
 ……楓だった。
 おしゃれ眼鏡の女子高生は、呆然とする3人に、何食わぬ様子で微笑みかける。
 次いで、

 ピンポーン!

 と呼び鈴がなって、

「紅葉ちゃんね? どうぞ入ってー」
 サチが玄関に迎えに行った。
 その背中を小夜子が無言で見送る。

「……最近、言動がみゃー子に似てきてないか? あんた」
 少しばかり冷たい声色でツッコみつつ、舞奈は楓を睨みつける。
 大事なお願いの最中なのに。
 それに先ほどのは、かなり本気で虚を突かれた。だが、

「【変身術ケペル・ジェス・ケトゥ】の魔術ね」
 小夜子は意外にも冷静に、ひとりごちるようにボソリと言った。
 口調には感嘆のニュアンスがこもっている。
 おそらく、その名が高位の魔術のひとつを示すものだから。

 舞奈も話には聞いたことがある。
 それは【治癒の言葉ル・ペケレト】の上位にあたる魔術だという。
 式神で擬似的な器官を創って治療する技術を推し進め、疑似的な身体を創造する。
 そして自身の身体を式神の身体に置き換えることにより別の生物へと変身する。

 なるほど最近の楓は言動こそこんなだが、魔術の腕前は健在――否、成長している。
 弛まず探求し、修練し、新たな魔術を習得し続けているのだ。

 なればこそ、このような秘術にも手が届く。
 そういったところだけは舞奈や明日香と変わらない。だが、

「……まさか、そいつを使って、猫にでも変身して忍びこめなんて言わないよな?」
 舞奈は楓をジト目で見やる。

 2階の窓から忍びこむ程度なら、別に変身なんてしなくても舞奈なら楽勝だ。
 だが、その後が問題なのだ。
 舞奈は園香を不審者から守りたいのであって、自分が不審者になりたい訳じゃない。

 だが楓はにこやかに「いえ」と笑う。

「わたしの技量では、この術を他者にかけることはできないんですよ」
「じゃあなんで使って見せたよ?」
「せっかく会得した魔術ですし、楽しく使って見せられたらなあと思いまして」
「……技術担当官マイスターの影響か?」
 あるいはみゃー子の。
 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

 逆に楓は優れたアーティストにして魔術師ウィザードだが、言動はこんなである。
 会得した秘術で面白おかしくふざけるくらいはするのだろう。
 そういう意味では、変態的な身体能力を無駄遣いしているみゃー子と変わらん。

「ゴ~リラ♪ ゴ~リラ♪ お~鼻が長いのね♪」
「んな生き物がいるか」
 そんなのは少なくとも動物園にはいなかった。
 面倒そうに睨む舞奈の前に、今度はみゃー子がゴリラの物まねしながら入ってきた。

「みゃー子ちゃん、足……」
 拭いて。汚れるから。
 嫌がる小夜子に構わずドラミングしながら部屋を練り歩き、

「すいません、今のところ人間型を大きく離れた生物にも変身できないんですよ。まあ頑張れば多少のアレンジくらいはできそうなのですが……」
 何故か礼儀正しく語りかける楓の前を通って、

「そ~よ♪ ワニさんも~な~がいのよ~♪」
「うわっ!? 何だ何だ!?」
 いきなりツチノコの真似をして畳の上を高速で這い始めた。
 超高速の匍匐前進だと考えれば、感嘆すべき技量と身体能力だ。
 だが、こんなところでそんなことをしても、ビックリするし迷惑なだけだ。

「服が傷むっつって、母ちゃんに怒られたりしないのか?」
 ワニのふりして畳を這うツチノコを嫌そうに見下ろしながら愚痴る舞奈に、

「ワニですか……」
 ひとりごちつつ指をわきわきさせていた楓が、

「ああそうだ、いいことを思いつきました」
 不意ににこやかな笑顔を浮かべて、ポンと手を打った。
 舞奈には嫌な予感しかしなかった。

「わたしが舞奈さんに化けて、園香さんの家にお邪魔するというのはどうでしょう?」
「なんの意味があるんだ? それに」
「いえほら、わたしでしたら忍びこむのも容易いですし……」
「それって、あんたの胸先三寸で、あたしが園香と話すのすら禁止されそうなんだが」
「気に入りませんか。困りましたねえ」
「いや、あんたは困ってないだろう……」
 どっと疲れる舞奈の前で、にこやかな笑顔のまま楓は腕組みする。

 この女、人の苦境で遊んでいやがる。
 とうとう明日香の影響まで受け始めたか……?
 疲労してうなだれる舞奈。舞奈を眺めて微笑む楓。

 そんな2人を、小夜子は興味なさそうに見ていた。

 正直なところ、園香の危機が差し迫ったものではないからだ。
 そして園香父の言動と、対する舞奈の反応に共感できないから。

 小夜子は少なくとも表向きは品行方正だ。
 だから人の親に白眼視される舞奈の気持ちなんてわからない。

 もうこの世に味方なんて、理解者なんていないのか。
 そんな風に舞奈が黄昏ていると、

「――なら、園香ちゃんのご両親に、普通に口利きするのはどうかな?」
「それは名案だわ」
 言いつつ紅葉とサチがやってきた。
 舞奈はなるほどと手を打つ。

 楓は以前に園香をモデルに絵を描いて入賞したことがある。
 そのせいか、楓は園香父に一目置かれている。
 彼女が外面だけはよく、ブルジョワだからという理由も少しはある。

 ……そもそも楓に頼むなら、それを真っ先に考えるべきだろうと今さながら思った。
 迂闊にも楓のペースに飲まれてしまった。
 そもそも楓の魔術を核にした作戦を考える必要なんてなかったのだ。
 そんなことを考えながら恨みがましい視線を向けると、

「ええ、まったく。さすがは紅葉ちゃん、良い考えですね」
 楓はニッコリ笑って言った。
 舞奈はどっと疲労した。

 視界の隅で、みゃー子がゴリゴリ踊っていた……。

 そんなこんなで、どうにか翌日。
 放課後に桂木姉妹と待ち合わせ、園香の家にやってきた。

 ちなみに楓の口利きだけでは不安とチャビーや明日香にも応援を頼んだ。
 その結果、皆でお泊り会をすることになった。

 その旨を改めて父に伝えると、

「ま、まあ、桂木さんたちがそこまで言うのなら……」
 園香父はあっさり舞奈の泊まりこみを許してくれた。
 普段は厳格で威厳ある彼も、何故か楓たちには腰が低い。

 ちなみに警察からは、事件性がないと門前払いされたらしい……。

「ふふ。どこの馬とも知れぬ不埒物如き、お嬢さんには指一本触れさせません」
 安請け合いする楓の言葉に、

「よろしくお願いします」
 父は楓に頭を下げる。
 そして何故かちらりと舞奈を見やる。不埒物……。
 明日香まで友達甲斐もなく同種の視線を向けてきた。

「有事の際にはお任せください。これでも力には自信がありますから」
「無理はしないでください。如何に娘のためとはいえ、他所のお嬢さんに怪我させる訳にもいきませんからな」
 力こぶを作ってみせる紅葉に、園香父は恐縮しながらも安堵の笑みを漏らす。
 スポーツマンの紅葉の身体は筋肉もそれなりについている。
 それに凛々しい中学生の仕草はスマートで紳士的で、とても頼りになる感じがする。

 なので負けじと、舞奈も同じポーズをしてみせた。
 日々の鍛錬を欠かさない舞奈の二の腕には、紅葉よりすごい力こぶができる。
 そんな舞奈を見やって園香もチャビーもニコニコ笑ってくれた。
 思わず舞奈も笑みを返す。

 けれど、何故か園香父は舞奈を睨んできた……。
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