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第13章 神話怪盗ウィアードテールズ

戦闘2-2 ~銃技&戦闘魔術vs外宇宙よりの魔術

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 明日香の【雷跳ブリッツ・シュプルング】による奇襲によって、ウィアードテールは吹き飛んだ。

「むぎゅっ」
 怪盗はどさりと床に落ちる。
 まとったドレスが魔力の粉になって霧散する。

 後には目を回した長髪の少女が残された。
 見慣れないブレザーの制服を着ている。
 他校の生徒だろうか。

「陽子!? 大丈夫!?」
 側にハリネズミが着地する。
 混沌魔術で創られたスードゥナチュラルなのに、言動がまともなのにはもう慣れた。

 それよりウィアードテールの正体は、陽子ちゃんと言うらしい。
 大の字になってひっくり返った姿は割と残念だ。
 それでも、まあ、容姿そのものは女児向け雑誌の誌面を飾れる程度に可愛らしい。

 そんなひとりと1匹から少し離れた場所に、カランと音を立てて何かが転がる。
 ウィアードテールが持っていたステッキだ。

「やっぱり、あいつは変身に使う魔道具アーティファクトも兼ねてたのか」
「……らしいわね」
 舞奈の言葉に、明日香がうなずく。
 魔術師ウィザードである彼女は魔道具アーティファクトにこめられた魔力を察知できる。

 傍迷惑な怪盗の変身アイテムをどうしたものか。
 舞奈が思案を巡らせた途端、

「くっそ~~!」
 酷い罵り声が聞こえた。

 思わず見やる2人の目前で、なんと少女はむっくり起き上がった。

「回復早いな!?」
付与魔法エンチャントメントを破壊されたショックから!?」
 流石の2人も、これには驚く。

「これが『バカ』っていうこと?」
「だが、残念ながらあんたの負けだ」
 焦る明日香の側で、それでも舞奈は動じず拳銃ジェリコ941を突きつける。

 もはや魔法のドレスのない彼女は、身体的には普通の女子中学生だ。
 しかもステッキは彼女たちから少し離れた場所に落ちている。
 この状態で拾って反撃はできないだろう。
 それでも、

「あんたたちみたいな小学生に! 負ける訳ないでしょ!」
 ウィアードテールはぷんすか怒る。

「あたしは中学生なのよ!!」
「それ今あんまり関係なくないか?」
「っていうか、またバカって言った!!」
「……そりゃいいが、実際、これ以上どうやってやる気だよ?」
 余裕の軽口を返しながら舞奈は苦笑する。

 突きつけられた銃口も気にならぬ所以は度胸ではなく、バカだからだろう。
 悩みがなくて羨ましいと少し思う。

 あるいは彼女自身がエイリアニストだったなら、まあ確かに対応は可能だ。
 だが、それは有り得ない。
 彼女は魔法少女であって、ステッキがなければ魔法も超機動も不可能。

 だから意識を取り戻したところで、彼女には成す術はない。そのはずだ。
 そう思った、そのとき、

「ハハハハハハハハ!」
 どこからともなく声が聞こえた。
 若い男の声だ。
 室内に反射して声元がわかりにくいが、バカっぽさはウィアードテールと似ている。

「あっちか!?」
「……!!」
 明日香とそろって頭上を見やる。

 高い天井の梁に、誰かがぶら下がっていた。
 白いタキシードを着こんでマントを羽織った青年だ。

「ハハハハハハハハ!」
「夜闇はナイト様!」
 ウィアードテールは歓声をあげる。
 そういえば『きゃお』誌に、そんな奴が特集されていたなと思いだす。

(奴も高いところが好きなのか……)
 舞奈は思わず絶句する。

 件の特集ページとイメージギャップがありすぎる。
 チャビーはこんなのに憧れていたのかと思うと、ちょっと釈然としない。
 一方、明日香は、

「あれ、天使よ」
 ナイト氏を見やって言った。
 口調だけは冷静に。
 だが人を指差しちゃダメという礼儀も忘れる程度に、氏の実態がショックな様子だ。

「なんだと?」
「男性型の天使を作って、別の魔道具アーティファクトで変身させてるのよ」
 努めて平静を装って問う舞奈に、明日香も答える。

祓魔師エクソシストの仲間がいるのか……?」
 先ほど口を滑らせた、夜空ちゃんとやらがそうなのだろうか?
 そう考えて、ふと気づき、

「男の形で、魔法少女になれるのか?」
「形をしているだけよ。天使に性差はないわ」
「なるほどな」
 適当な相槌を打ちながら頭上を見やる。
 スカしたタキシードの彼は、人間ですらなかったらしい。
 そんなナイト氏は、

「とうっ!」
 格好つけたつもりか間抜けな声とともにケースめがけて跳躍し、

「!?」
「ああっ!? 夜闇はナイト様!」
 途中で落ちた。

「何てことするのよ!」
 怒る少女に、

「いやスマン、まさか本当に落ちるとは思わなくて……」
 何食わぬ顔で舞奈は答える。
 手にした拳銃ジェリコ941の銃口からは硝煙。

 のんびりジャンプしていたから撃ったのだ。
 ちょうど弾倉マガジンにこめられていたのもゴム弾だし。

「でもラッキー! 丁度やってみたかったことがあるんだよね」
「あっ」
 銃口がそれた隙に、少女はナイト氏に駆け寄る。
 そして懐をまさぐって何かを取り出す。
 先ほど自分が落としたのと似たデザインのステッキだ。

「夜空は絶対にダメって言ったけど、2つのステッキを同時に使うとどうなるんだろうって不思議だったの!」
「いや、ダメって言われたんならするなよ」
「いけないわ! 陽子!!」
 呆れる舞奈、ハリネズミの必死の制止を気にも留めず、両手にステッキを構える。
 どさくさに紛れて自分のステッキも拾っていたらしい。
 舞奈みたいに手癖が悪い。
 そんな彼女は、

「いあ、いあ、にゃるらとほてぷ! ふんぐるい、むぐるうなふ、はすたぁ、つぁとぐぁ、ええっとこっちのステッキは……くとぅるう、くとぅぐぁ!」
 2本のステッキを天に掲げて呪文を唱えた。途端、

「ああっ!? 野郎!」
 ウィアードテールの身体を異次元の彩色が光が飲みこんだ。

「野郎! 2倍の魔力でリターンマッチと洒落こむつもりか?」
「あなたも止めなさいよ」
「うるせぇ。何回やっても同じだって、教えてやりゃあいいのさ」
 舞奈と明日香が口論し、

「そんな……」
 ハリネズミは呆然と見守る。

 その目前で、光そのものと化した身体が膨れあがる。

「ちょっと待て、あれってウィアードテールに変身してるのか?」
 舞奈は思わず困惑する。

 少女の形をしていた輝く何かは、大気を侵食するかのように広がる。

 そして不意に、はじけた。

 はじけた光は四方に散り、疑似的な戦術結界を形成する。
 それほどまでに凄まじい魔力の発露。
 宝物庫全体が異次元の彩色に覆われ、ガラスケースも極彩色のオブジェに変わる。
 混沌の魔力により空間が歪み、結界の中は無限の広さになる。

 一方、光の中からあらわれたのは巨大な肉食獣だった。

 異次元の彩色に輝く、巨大な猫科の猛獣。
 その背からウィアードテールの上半身が生えている。

「おい……」
 舞奈は唖然として、

「何てこと……」
 ハリネズミは呆然と、明日香は無言でその姿を見やる。
 そんな中、最初に我に返ったのは舞奈だった。

「ったく! どいつもこいつも、身の程わきまえずに暴走しやがって」
 舌打ちする。
 奴が仕出かしたことに、ようやく気づいたからだ。

 風神《ハスター》と水神クトゥルー火神クトグァ土神ツァトグァの魔力はそれぞれ反発する。
 たとえ魔道具アーティファクトを介していても、それらを併用できるのは熟練の術者だけだ。
 そうでない人間が無理に使おうとすれば、暴走する。

 ……つまり今の奴のように。

 神話怪盗ウィアードテール。
 彼女は2つのステッキにこめられていた狂気と混沌の魔力を、暴走させたのだ。

 敵に回しても味方にいても厄介な、『バカ』の数多い欠点のひとつ。
 常人なら考える間もなくダメだとわかることを、バカは平気でやってのける。

 それは悟が最愛の人を失って自暴自棄になって、世界を滅ぼす覚悟で強行した凶行。
 そいつを奴は、ちょっと試してみたくらいの軽い気持ちでやらかしたのだ。

 我に返ったウィアードテールは変わり果てた自身の身体を見やる。そして、

「よしっ!」
「いや良くねーだろ!」
 ツッコミをいれる舞奈めがけて、

「アハハハハハハハッ!」
 前ふりもなく巨大な身体で跳びかかった。
 魔獣の巨躯が宙を舞う。

「糞ったれ!」
 明日香を抱えて床を転がる。

 2人の残像を、巨大な前足が踏み抜く。
 まったくバカは躊躇も遠慮もない!

 その指の数が6本なことに既視感を抱きながら、舞奈は一挙動で跳ね起きる。
 油断なく身構える。

 だがウィアードテールが変じた魔獣は、結界の中をデタラメに跳びはね始めた。
 新しい大きな肉体の着地のショックが面白いらしい。

 ……やっぱり奴は『バカ』だ。

「なんなのよ!」
 側で明日香が憤慨しながら立ち上がる。

 生真面目な明日香は、不条理なことが不条理だからという理由で嫌いだ。
 なので珍しく罵り声をあげる友人を横目で見やって舞奈は苦笑する。

 そんな舞奈の肩に、小さな何かが跳び乗る気配がした。

「こんなことを言えた立場じゃないとはわかっていますが……」
「いや、みなまで言わんでいい」
 なんでこいつだけ礼儀正しいんだと苦笑しながらハリネズミを横目で見やり、

「奴は止めるさ。あのままにしとくわけにもいかんだろう」
「できるのですか?」
「あの手の奴と過去に2回戦った」
 常識的な判断から訝しむハリネズミに、何食わぬ表情で答える。
 直近ではロッカーにして悪魔術士の萩山光。
 その前は悟。

「1回は首尾よくいって、1回は駄目だった」
 続く言葉に、小動物は委縮する。だが、

「もちろん無傷で救い出すさ! あんなバカでも、あたしの友達が大ファンだからな」
 言って舞奈は不敵な笑みを浮かべてみせる。
 魔獣と化したという意味ならネコポチも数に入る。
 それなら成功率は6割だ。悪い数字じゃない。そして、

「代わりに後で聞きたいことがある」
「わかったわ、わたしにわかることなら何でも」
「そいつは重畳」
 ハリネズミの答えにニヤリと笑た途端、

「聞こえたわよ! またバカって言ったでしょ!!」
 魔獣がいきなり跳びかかってきた。

 避けた舞奈の目前に着地する。
 間髪入れず、巨大な前足で横に薙ぐ。

 可愛いが致命的な剣の如くカギ爪を、舞奈は素早く身をかがめて避ける。

「小学生のクセに!」
「おまえだって、園児みたいに楽しそうに跳びはねてたじゃないか!」
「キーッ!! なんですって!」
 挑発して大振りを誘って隙を作りつつ、

「奴の急所も、ステッキでいいのか?」
 舞奈は虚空に問いかける。
 脳裏をよぎるのは、三剣悟や萩山光との戦い。

「ええ! そのはずよ!」
 明日香の答えは少し離れた場所から聞こえた。
 先ほどから見かけないと思ったら、何処かのオブジェの陰に隠れたらしい。
 流石は明日香。的確な判断だ。

「アハハハハハハハッ!」
 一方、巨大な魔獣はいきなり明後日の方向に走りだした。
 そのまま広い結界内を縦横無尽に駆け回る。

 舞奈をちまちま攻撃するのに飽きたのだろうか?
 避ける小さな相手を捉える地道な作業は、陽キャが最も嫌うところだ。

 だが敵が隙を見せた今がチャンス。
 バカ特有の面白おかしい欠点を、今は利用させてもらう。
 そう思った途端、

「おおっと!」
 魔獣はいきなりジャンプして、避けた舞奈の目前を塞ぐ。
 そして猫パンチのラッシュを繰り出してきた。

「何をするにもいきなりだな!」
 軽口を叩きつつ、舞奈はラッシュをすべて避ける。

 巨体を生かして全方位から迫る巨大な前足。
 6本の指から生えた巨大で鋭利なカギ爪。
 それを舞奈は驚くべき反射神経と身体能力で回避する。

 舞奈には、剣も拳もカギ爪も通じない。
 なぜなら舞奈は空気の流れを感じて敵の肉体がどう動くかを読める。
 だから人間や動物の身体から繋がった攻撃は無力。

 魔獣の巨体による近接戦ならなおのこと。
 巨躯が揺るがす空気が風となり、舞奈をつきとばして守ってくれるようなものだ。

 それでもなお、

「あひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
「……野郎!」
 舌打ちする。

 奴の動きが微妙に避けづらいのだ。
 かすっただけでも即死は免れない勢いと大きさなのに。

 なまじ攻撃の意思が希薄だからだ。
 必ずしも舞奈を狙う訳じゃなく、本人にしか(あるいは本人ですら)わからない思惑がランダムに入るので地味に動きが読みづらい。

 かといって意思のない落石や雹とも違い、物理法則とは違った挙動をする。

 これほど厄介な相手もなかなかいない。
 そう思ったその時、

「――きゃっ!?」
 明後日の方向から放たれた雷弾が、魔獣の上のウィアードテールをかすめた。
 明日香の【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】だ。

 攻撃魔法エヴォケーションに限らずほとんどの魔術は、術者の手元か周囲に発生する。
 術者から離れた場所に魔法をかけようとすると、難易度が飛躍的に高まるからだ。
 精度も強度も格段に落ちる。
 だから長距離射撃も手元に創りだして投射する。

 それを術者の位置とは関係ない場所から無理やりに撃ったのは、本人の位置を敵に知られないためだろう。
 明日香の腕前も、必要とあらば離れ業をこなせる程度には上がっている。
 今回は巨大な魔獣に対して正確な狙いが必要ないという理由もあるが。

 なるほど魔獣は、オブジェの後に隠れた明日香には気づいてもいない様子だ。
 気配を探る素振りもみせない。
 目についたものにしか反応しない雑さは『バカ』を相手取る際の数少ない利点だ。

 そして轟音、爆発。
 2か所から。

 まったく別のオブジェの陰から、白煙を引くグレネードパンツァー・ファウストが放たれたのだ。

 こちらは明日香の式神だ。
 あらかじめ用意しておく予定はなかったから、取り急ぎ召喚したのだろう。

 次いで別の2か所から銃撃。
 こちらはスナイパーライフルKar98Kか。
 魔獣から離れた4か所に、射程の長い式神を設置したのだ。
 銃種が別なのは情報量を増やしてバカを混乱させる狙いか。

 さらに別の場所からラッパが鳴った。

「もー怒った! ブッ潰す!」
 叫びながら、魔獣は舞奈に尻を向けて、オブジェのひとつに跳びかかる。

 魔獣の前足に潰されたオブジェは破片になって飛び散る。
 だが他にはなにもない。
 式神は影にまぎれて逃げたか。

 手ごたえのなさに困惑する魔獣めがけて、砲弾と銃弾と雷の魔術が浴びせられる。
 それらは魔獣の身体にダメージを与えられていない。
 だが意図はわかる。
 舞奈がステッキを奴から引き離すべく隙を作っているのだ。

「もー! もー!! どうなってるのよ! コノヤロー!!」
 ウィアードテールはブチ切れて叫ぶ。

 ……こういった底意地の悪い戦い方に、明日香は割と適性がある。
 もちろん今はとにかく頼りになるのだが。だから、

「品がないぜ、中学生!」
「貴女も似たようなものでしょ! 小学生!」
「うるせぇ」
 挑発しようと軽口を叩きあいつつ、

「……!」
 舞奈はふと気づいた。
 魔獣の動きが、いつか戦ったマンティコアに似ていることに。

 母親とひとつになろうとして、魔獣になった子猫に。

 奴だって頭がおかしいだけで、サイコロを振ってランダムに動いてる訳じゃない。
 何も考えていないだけだ。

 ひょっとして、図体だけが急に大きくなった子供が小さな生き物を相手しようとすると、同じような動きになるのだろうか?
 しかも、どちらもネコ科の巨体だ。

 ――否。それだけじゃない。

「……そういうことか」
 あの魔獣と直接、戦った舞奈だからわかる。
 ウィアードテールが変じた魔獣は大能力こそ使わないものの、行動パターンはあの魔獣と驚くほどよく似ている。

「なあ、あんた」
 目の前いっぱいに迫った巨獣の前足を避けながら、肩のハリネズミに問いかける。

 目前で宙を切った巨大な前足の、カギ爪の生えた指は何度見ても6本だ。
 かつてマンティコアだった……今はネコポチと呼ばれている子猫と同じように。

「知り合いに6本足の子猫はいるか?」
 その途端、ハリネズミはピクリと震えた。
 その挙動で確信した。

 舞奈はニヤリと笑う。
 そして魔獣の攻撃をのらりくらりと避けながら、オブジェのひとつの側に立つ。

「奴の魔獣の部分をぶち壊して、その間にステッキを奪う」
 オブジェ越しに、陰に隠れた明日香に声をかける。

「今のあなたは魔法少女じゃないし、プラズマライフルはないのよ?」
 明日香は怪訝そうに言葉を返す。だが、
「どうやって倒すつもりよ?」
「鼻先にでかいのをぶちかましてやればいい。同じ威力があるはずだ」
 ニヤリと笑う舞奈の返答で気づいたようだ、

「それと、さっきみたいに奴を挑発してくれ」
「挑発って何よ?」
「ほら、さっきの変な幻影だよ」
「……ウィアードテールの幻影ね」
「ああ、それだそれ」
 苦笑した舞奈に、ドッグタグを提げたベルトが2本、手渡される。
 両方に一斉に点火することで最大の瞬間火力を出すつもりだ。
 だからチャンスは一度きり。

 明日香はふたたび咒を唱え、魔術語ガルドルで締める。
 途端、あたり一面に落書きみたいな人影が出現した。
 明日香曰くウィアードテールの幻影だ。
 先ほどより施術が速いのはコツをつかんだからか。
 新たな敵と対峙するたびに、嫌がらせのレパートリーが増える増える。

 自身を下手くそに象った無数の幻影を、またしても見やったウィアードテールは、

「ムキ――!!」
 怒り狂って魔獣の巨躯で跳びかかった。

 巨大魔獣にのしかかられ、前足で薙ぎ払われて幻は消える。

 だが別の幻影が、みゃー子の動きを真似た妙な挙動で挑発する。
 魔獣はそれをブッ潰す。
 そうやってウィアードテールの元から乏しい思考能力を無にしたところで、

 その目前に舞奈が跳び出した。

「バーカバーカ! ベロベロバーッ!」
 見え透いた……というか子供だましすぎて言ってる方が恥ずかしくなる挑発に、

「キー!!」
 魔獣の背のウィアードテールは本気でキレた。
 キレてキレてキレまくった!

 そんな魔獣の足元めがけて舞奈は走る。

「いったい何を!?」
 耳の横で慌てるハリネズミの声を、気にせず走る。
 目前に迫る巨大な獣の双眸を見上げて笑う。
 そして巨大なカギ爪をステップで避けつつ、魔獣の足元に潜りこむ。

 異次元の彩色に輝く毛の生えた巨大な腹を撃つ。
 至近距離とはいえ、拳銃で撃てるゴム弾に魔獣を傷つけるほどの威力はない。だが、

「イタタタタ! もー! もー! もー!! あったまきた!!」
 叫んで魔獣は跳躍する。

 勢いをつけて舞奈をプレスするつもりだ。
 怒りに我を忘れると、大技を繰り出したくなるのが人情である。
 バカは考えずに思ったままに動くから、そうとわかれば操ることも容易い。

「かぁーくごしろぉー!!」
 魔獣の背から生えたウィアードテールのバカ笑い。

 同時に舞奈の周囲に巨大な影が落ちる。
 重力に引かれた、全質量が乗った魔獣の巨躯。
 それが巨大で鋭い牙とカギ爪をむき出しにして頭上に迫る。

 だが大小にかかわらず、舞奈に近接攻撃は無力。
 だから笑みすら浮かべたまま、魔法少女に迫る脚力で落下地点から逃れる。

 そのどさくさに紛れて撃つ。

「イタアッ!」
 カギ爪の隙間を撃たれた魔獣は思わず前足を引っこめる。
 そしてバランスを崩し、

「ぐえっ!?」
 頭から床に激突して結界を揺るがした。
 背中から生えているウィアードテールの本体は幸いにも無傷だ。

 予想通りさ加減に苦笑しつつ、舞奈は魔獣の鼻先に2本のベルトを引っかける。
 そして素早く距離を取りつつ、

「今だ明日香!」
 合図する。

 その直後、周囲を凄まじい圧が揺るがした。
 退避したはずの舞奈の身体が、嵐に舞う落ち葉のように吹き飛ばされる。

 まずはベルト1本分のドッグタグを一斉に点火した【砲嵐カノーネン・シュツルム】。
 1発が砲撃に匹敵する斥力場の斬撃。
 それをタグの数だけ無数に、至近距離で食らった魔獣の損害は如何ほどか。

 さらに明日香は呪文を真言を紡ぎ、魔術語ガルドルで締める。
 今度は周囲を圧倒的な光と轟音、オゾンの臭いが満たした。
 こちらは【雷嵐ブリッツ・シュトルム】。
 プラズマの砲弾を、タグの数だけぶつける術だ。

 視界が光の色に塗りつぶされる中、舞奈は目をかばったまま体勢を整えて着地する。

「ったく、加減しろよ!」
 背後に向かって怒鳴る。

 だが加減したのはわかっていた。
 最初の斥力場で舞奈を吹き飛ばし、プラズマの爆発から遠ざけたのだ。
 肩にはちゃんと、小動物の気配もある。

 だから回復しかける視界の中、気配を辿ってウィアードテールの位置を探る。

 魔獣の気配はない。
 どうやら巨大な獣の身体は今ので粉砕、消滅したらしい。
 だから暴走した魔力が再び凝固し、新たな魔獣となる前に――

「――あそこか!」
 拳銃ジェリコ941を片手で構え、撃つ。2発。

 ウィアードテールが両手に持ったステッキを、2発のゴム弾が狙い違わず弾く。
 2本のステッキは鋭く回転しながら床を転がる。

「今度こそ終わりだ! 動くなよ!」
 舞奈は油断なくウィアードテールに近づき、銃口を向ける。
 側に並んだ明日香も小型拳銃モーゼル HScを構える。
 だが完全に復活した視界の中で、

「きゅう……」
 ウィアードテールの正体である長髪の少女は目を回していた。
 側のハリネズミ曰く、たしか陽子ちゃんと言ったか。

 念のため、今度は耳を澄ませて呼吸の音を確かめる。
 完全に意識を失っているようだ。
 流石に今度こそ、起き上がってくることはないだろう。

 見やると周囲の結界化も解除されている。
 今度こそ、ウィアードテールとの戦闘は終わったのだ。

「やれやれ、手間ばっかりかけさせやがって」
 舞奈はやれやれと苦笑する。
 それにしても……

「……やーい、ぺったんこー……むにゃ」
「ったく、最後までムカつく奴だなあ」
 ひとりごちて口をとがらせる。
 側に立った明日香も苦笑し、肩のハリネズミは恐縮している。

 舞奈たちを散々引っ掻き回した中学生。
 彼女は遊び疲れたような、楽しそうな、心の底から満ち足りた表情で寝ていた。
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