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第13章 神話怪盗ウィアードテールズ
ばか。
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「委員長の部屋って、こっちで良かったんだよな」
「ええ」
舞奈と明日香は梨崎邸の廊下を走る。
公安の術者たちを退け、結界で封じ込めた後。
舞奈と明日香は屋敷に乗りこんだ。
庭が信じられないくらい広かった梨崎邸は、屋内の通路も広くて長い。
事前に見取り図を頭に叩きこんでおかなければ迷っていただろう。
カーペットが敷かれた廊下は、新開発区の荒れ地とは違った感じに走りにくい。
周囲の豪華な装飾に、ややもすると目を奪われそうになる。
――それよりも。
「……?」
舞奈は走りながら訝しむ。
屋敷の中に人の気配がなさすぎる。
まあ確かに委員長から、使用人は今日の業務を控える予定だと聞いている。
こちらの都合で仕事の邪魔をしてしまって申し訳ないと少し思う。
だが、代わりに警官隊が警備にあたるとも聞いている。
ひょっとしてウィアードテールを捕まえるべく全員で庭に行ったのだろうか?
――否。
「他にもお客さんが来たみたいね」
「らしいな」
曲がり角で、2人は揃って立ち止まる。
廊下の隅に、人が倒れていた。
一見すると屋敷の使用人のようだ。
「それも厄介な相手ね。非武装の使用人にまで容赦なく――」
「――いや」
明日香の台詞を遮りながら、ブーツの爪先で男を小突く。
上着がめくれ、手にした何かがあらわになる。
警官が使うリボルバー拳銃だ。
「まあ、厄介には違いないがな」
舞奈も、そして明日香も苦笑する。
だが目は笑っていない。
どうやら新たな侵入者は、武装した私服警官を抜く前に無力化できるらしい。
それに、よくよく見やると曲がり角ごとに人が倒れている。
気配を探っても同じだ。
侵入者は、曲がり角毎に配置された警官すべてをノックアウトして行ったようだ。
幸いにも全員に息はある。
だが厄介なことには変わりない。
むしろそれは、銃を持った警官相手に力加減ができる敵の力量を証明する。
それでも。
――否、だから。
「相手は宝物庫に向かったみたいね」
「あの馬鹿でかい部屋はそんなのだったのか。流石はブルジョワだ」
軽口を叩きながら走り出す。
行き先は予定していた委員長の部屋ではない。
宝物庫とやらだ。
理由は言わずもなが。
その何者かに対処するためだ。
偽ウィアードテールを捕らえるべく配置された警官隊。
そいつらを無力化した謎の侵入者が、今日この時にたまたまこの屋敷にあらわれたと考えるほど舞奈の頭はお花畑じゃない。
だから、その何者かをどうにかしなければならない。
公安の術者すら倒した、最強の舞奈たちが。
そんな舞奈たちは、その後、何事もなく宝物庫に辿り着いた。
無論、等間隔で私服警官が倒れてはいたが。
通路の突き当りには、広くて大きな観音開きのドアがそびえ立っている。
明日香は警備員用のIDでドアのロックを解除すべく作業を始める。
その間に、舞奈は素早く拳銃と改造拳銃の弾倉を交換する。
だが明日香は苦笑しながら顔を上げた。
「解除できないのか?」
「……必要がなかったわ」
「そりゃ親切なお客さんだ」
肩をすくめる。
ドアのロックは破られていたらしい。
十中八九、中で待ち受けている何者かに。
「気をつけて。不正な――たぶん何らかの術が使われている」
「了解」
観音開きのドアを明日香と2人で蹴り開ける。
間髪入れず、銃を抜いて跳びこむ。
舞奈は拳銃を、明日香は小型拳銃を構えて部屋を見渡す。
中はひたすらに広い大広間だった。
学校の体育館ほどはあろうか。
見取り図では気にならなかったが、天井も高い。
そんな部屋の中央には硬質ガラスのケースが鎮座している。
中に何やら入っているが、そちらを確かめている余裕はない。
なぜならケースの上で――
「おっそーい! 待ちくたびれちゃったじゃない!」
少女が仁王立ちになっていた。
年の頃は中学生ほど。
可愛らしいリボンで結ったポニーテール。
黒とピンクを基調としたフリルつきのミニドレス。胸はない。
肩ではハリネズミに似た極彩色の使い魔が踊る。
手には可愛らしく装飾された小さなステッキ。
少女向け雑誌で何度も見たことがある。
そして今は舞奈たちも似たような格好をしている。
侵入者の正体は、ウィアードテールだった。
「……5号?」
「本物よ! 本物!! あたしが本物のウィアードテール!!」
なるほど魔法に慣れた裏の世界の人間がまとう、その立ち振る舞い。
術者やその知人に共通する、どこか浮世離れた気配。
彼女が本物なのは間違いないだろう。だが、
「予告状の宛先を間違えるって! どういうことよ!」
見た目だけは可愛らしいウィアードテールは、ケースの上で地団太を踏んで怒る。
キンキン声が耳に厳しい。
そんな生のアイドル怪盗を見やり、舞奈と明日香は顔を見合わせる。
本物なのは確かなのだが、写真で見たより……なんというかバカっぽい。
怒る気持ちはもっともだと思うにしてもだ。
「夜空はそんなミスしないもん!! あたしはたまにするけど!」
「するんですか……」
苦情に明日香はやれやれと答える。
「夜空ちゃんってのは協力者か? その格好で口に出してやるなよ」
舞奈も一緒にジト目で見やる。
彼女のメンタリティは、桜と近いのだろうか?
「それに予告状の名前も間違ってるじゃない! あたしはウィアードテー『ル』!!」
「間違いじゃねぇよ! あたしらは4人だから『s』でいいんだよ! 英語の複数形は『s』がつくって、知ってるだろ?」
舞奈の叩いた軽口に、中学生はしばし考えこんでから、
「知ってたわよ! ……知ってたわよ!!」
本気で怒る。
この女、本当に中学生なんだよな……?
舞奈はちょっと心配になった。
隣の明日香も思ったことは同じなようだ。
女児向け雑誌で人気のアイドル怪盗。
だが本物の彼女は仕草がいちいちオーバーで、イメージとの剥離が半端ない。
例えるなら、『きゃお』誌の可愛らしいページにまぎれた雑な絵柄の漫画みたいだ。
「だいたい、ここの人は何も悪いことをしてないでしょ!?」
雑な女は漫画みたいに拳を振り上げて激怒する。
「それに、よりによって『ファイブカードの幻の曲の楽譜』を狙うなんて!! ……でもセンスいいわね」
脈絡なく変わった話題と声のトーンに明日香が困惑するのを感じながら、
「知ってるのか?」
何食わぬ表情を作りつつ舞奈は問う。
すると、
「えっ、知らないのー!?」
ウィアードテールは小バカにするように笑った。
少しイラつく。
「知らずに盗もうとしてたの!? バ――ッカじゃないの!?」
「うるせえ! いちいち癇に障る奴だな」
小学生みたいに煽ってきたウィアードテールの態度に思わずキレる。
どうも彼女と話していると調子が狂う。
だがウィアードテールは舞奈の都合などお構いなしに、
「あのちょー有名なロックバンド『ファイブカード』のジョーカーが、リーダーのエースに贈ったラブソングよ!」
気持ちよく語った挙句に、
「きゃーロマンチック! あたしも見てみたいかも」
オーバーアクション気味に拳を握りながら目を輝かせる。
先ほどの怒りが嘘のようだ。
感情の起伏の激しさも、ある意味で桜やチャビーと似ている。
だが舞奈はそうじゃないのでウィアードテールの言葉を吟味する。
「……歌にかこつけた恋文てことか?」
考えをまとめつつウィアードテールを見上げ、
「んなもん見ようとするなよ、無粋だぞ」
真顔で言った。その途端、
「もー! 子供のクセに頭かたいなー」
ウィアードテールは、つまらなそうにそう言った。
子供みたいに頬を膨らませる怪盗に、
「いや、おめぇの頭がハッピーセットなだけだろ!」
柄にもなく舞奈はキレ気味に挑発する。
すると売り言葉に買い言葉だ。
「なにをっ! ……こうなったら実力で勝負よ!」
「おもしれぇ! 望むところだ!」
挑発に応じるように叫んだ途端、ウィアードテールは宙を舞った。
次の瞬間――
「……!?」
怪盗の姿は忽然と消えた。
舞奈は明日香をかばうように身構え。周囲を見回しながら気配を探る。
次の瞬間、舞奈の目前に幾人もの人影があらわれた。
すべてウィアードテールだ。
13体いる。
「盾を頼む!」
「オーケー」
明日香の返事を背で聞きつつ、地を転がりながら拳銃を乱射する。
――否、10発の大口径弾はウィアードテールの足を、肩口をかすめる。
舞奈は転がりながら弾倉を交換し、さらに撃つ。
次の瞬間、 撃たれたウィアードテールの姿ははじけて輝く色彩の槍と化す。
光の槍は舞奈めがけて一斉に放たれる。
予想通り。
反撃する幻影の魔法だ。
その目前に4枚の氷の盾が飛来し、輝く槍を受け止める。
明日香の【氷盾《アイゼス・シュルツェン》】だ。
氷盾は光の猛撃を受け、欠片になって飛散する。
だが残る光槍は、転がる舞奈の残像を射抜いて床を削るだけに終わる。
「今のを見破った!?」
ケースの側に滲み出るようにウィアードテールがあらわれた。
幻影と入れ替わりに透明化していたのだ。
だが、姿をあらわした彼女は、わかりやすく目を丸くしてビックリしている。
舞奈は笑う。
卓越した感覚を誇る舞奈は空気の流れを読める。
だからウィアードテール本体がケースの上から跳び下りただけなのに気づいていた。
それに、
「……そいつは昔の仲間の十八番だったんだ」
言って口元に笑みを浮かべる。
反撃する幻影の魔法について舞奈は良く知っている。
かつて仲間だった美佳が、他の術と同様に使いこなしていたから。
そんな舞奈に、奴が透明化したまま襲いかかってこなかったのは警戒したか?
……否。ただ単に、そこまで頭が回らなかっただけだろう。
思慮が足らないのではない。
そもそも考えることをしないのだ。
舞奈はそう判断した。
そんなウィアードテールは指を鳴らす。
途端、その姿がゆらぎ、ケースと地面の隙間に吸いこまれるように消えた。
そしてケースの上にあらわれる。
跳び下りて、上に戻る行為にもちろん戦術的な意味などない。つまり、
「……ったく、なんとは高いところが好きだなあ」
「何ですって!」
舞奈の軽口に、ウィアードテールはムキになって目を吊り上げる。だが、
「エイリアニスト!?」
側の明日香は、驚愕に目を見開く。
特徴的な幻影の魔術、そして角度を利用した転移の術で気づいたのだろう。
明日香がエイリアニストと戦うのは2度目。
1度目は、美佳の魔力を暴走させて怪物と化した悟と戦った時だ。
正直なところ、エイリアニストは地球上では存在自体がイレギュラーだ。
10年そこそこの人生で2度も相対する羽目になるとは普通は考えない。
だが舞奈にとって、エイリアニストは身近な存在だ。
大切な仲間だった美佳が、そうだったから。
「(気をつけてウィアードテール。強敵よ)」
怪盗の肩に乗ったハリネズミがささやく。
――否。
「そのハリネズミ、スードゥナチュラルか」
「……すーど? 何それ?」
「お前の肩にいる、そいつだよ! そいつ!」
舞奈はウィアードテールの肩を指さす。
「そいつが! スードゥナチュラルって種類の魔法生物なんだよ!」
「ええっ!?」
「何でおまえが知らねぇんだよ!」
「……よく気がつきましたね」
ハリネズミ――に酷似した『何か』は、人の言葉でしゃべった。
意外にも理知的な女性の声だ。
なんというか……ウィアードテール本人よりもまともそうだ。
だからヒートアップしかけた舞奈も冷静さを取り戻し、
「……ああ、その魔法も昔……見たことがある」
口元に乾いた笑みを浮かべる。
「けど混沌の魔術をどうやって!?」
明日香は驚く。
そうするのは当然だろう。
むしろ相対して平然としていてはいけない類の相手だ。
エイリアニストが用いる、混沌魔術。
それは、外宇宙からもたらされた異形の魔術。
精神の歪みによる狂気のイメージによって魔力を作りだす、異常な魔術。
強大な威力と引き換えに暴走の危険をはらむ、破滅と隣り合わせの禁断の魔術。
得手とするのは、魔力を水や空気に転化する【汚染されたエレメントの生成】。
魔力で空間と因果律を歪めることによる【混沌変化】。
魔力を強化し、魔力と源を同じくする精神を操る【狂気による精神支配】。
この狂気の元凶たる混沌の魔術を繰り返し用いた者は精神を侵され、やがて人間とはまったく異質の何かへと変化してしまう。
術者であっても、術の心得のない魔法少女であっても同様だ。
だが、その悪影響を抑える手段を、舞奈は知っている。
賢明で勤勉な美佳は、意思の力で悪影響を無効にし続けることができた。そして、
「――昔、聞いたことがある」
舞奈は油断なく拳銃を構えながら、ボソリと語る。
舞奈は美佳から、もうひとつの手段を聞いたことがある。それは――
「間違いない。奴は『バカ』だ」
「ちょっと、中学生に向かってバカとはなによ!」
漫画みたいに地団駄をふむウィアードテール。
「……そういうこと」
明日香は小型拳銃を構えたまま、ひとりごちる。
こちらは舞奈の言葉の意味に気づいたようだ。
混沌魔術は恐怖や狂気を魔力の源とする。
そして恐怖も狂気も、術者の主観や常識と、術者が感じる感覚のズレから発生するのだと聞いたことがある。
例えば人は『人とは命があり泣き笑うもの』だと知っている。
だから人の形に似ているが感情を持たずさまよう泥人間やゾンビは怖い。
だが、術者が何も考えていなければ、狂気による悪影響はない。
たとえばゾンビを見て『へんな顔の人』としか思わなければ、恐怖も狂気もない。
まるで虫か何かのように脊髄反射で反応するだけの、考えない人間。
それが『バカ』だ。
陽キャともいう。
当時、美佳は笑い話のつもりで言ったのだろう。
舞奈もそのつもりで聞いていた。
だが、今、そんな冗談みたいな女子中学生が目前にいる。
狂気すら通用しない筋金入りのバカ。
バカ・オブ・バカである。
無論、そんな奴にはそもそも魔術――及びあらゆる種類の魔法は使えない。
だが魔法少女ならば別だ。
魔法少女は、あらゆる施術を魔道具に頼る。
そう。
舞奈は悟った。
神話怪盗ウィアードテールの正体。
それは何者かが創造した魔道具を用いて魔法少女に変身した『バカ』だ。
おそらく、あのステッキが変身後の武器を兼ねた魔道具だろう。
だから本人の施術能力は関係ない。
少女であればいいのだ。
魔道具が少女に与える魔法のドレスは、少女に強大な身体能力と防御力、そして魔法能力を貸し与える。
……たとえ、中身は虫と同じレベルのバカだったとしても。
「ええ」
舞奈と明日香は梨崎邸の廊下を走る。
公安の術者たちを退け、結界で封じ込めた後。
舞奈と明日香は屋敷に乗りこんだ。
庭が信じられないくらい広かった梨崎邸は、屋内の通路も広くて長い。
事前に見取り図を頭に叩きこんでおかなければ迷っていただろう。
カーペットが敷かれた廊下は、新開発区の荒れ地とは違った感じに走りにくい。
周囲の豪華な装飾に、ややもすると目を奪われそうになる。
――それよりも。
「……?」
舞奈は走りながら訝しむ。
屋敷の中に人の気配がなさすぎる。
まあ確かに委員長から、使用人は今日の業務を控える予定だと聞いている。
こちらの都合で仕事の邪魔をしてしまって申し訳ないと少し思う。
だが、代わりに警官隊が警備にあたるとも聞いている。
ひょっとしてウィアードテールを捕まえるべく全員で庭に行ったのだろうか?
――否。
「他にもお客さんが来たみたいね」
「らしいな」
曲がり角で、2人は揃って立ち止まる。
廊下の隅に、人が倒れていた。
一見すると屋敷の使用人のようだ。
「それも厄介な相手ね。非武装の使用人にまで容赦なく――」
「――いや」
明日香の台詞を遮りながら、ブーツの爪先で男を小突く。
上着がめくれ、手にした何かがあらわになる。
警官が使うリボルバー拳銃だ。
「まあ、厄介には違いないがな」
舞奈も、そして明日香も苦笑する。
だが目は笑っていない。
どうやら新たな侵入者は、武装した私服警官を抜く前に無力化できるらしい。
それに、よくよく見やると曲がり角ごとに人が倒れている。
気配を探っても同じだ。
侵入者は、曲がり角毎に配置された警官すべてをノックアウトして行ったようだ。
幸いにも全員に息はある。
だが厄介なことには変わりない。
むしろそれは、銃を持った警官相手に力加減ができる敵の力量を証明する。
それでも。
――否、だから。
「相手は宝物庫に向かったみたいね」
「あの馬鹿でかい部屋はそんなのだったのか。流石はブルジョワだ」
軽口を叩きながら走り出す。
行き先は予定していた委員長の部屋ではない。
宝物庫とやらだ。
理由は言わずもなが。
その何者かに対処するためだ。
偽ウィアードテールを捕らえるべく配置された警官隊。
そいつらを無力化した謎の侵入者が、今日この時にたまたまこの屋敷にあらわれたと考えるほど舞奈の頭はお花畑じゃない。
だから、その何者かをどうにかしなければならない。
公安の術者すら倒した、最強の舞奈たちが。
そんな舞奈たちは、その後、何事もなく宝物庫に辿り着いた。
無論、等間隔で私服警官が倒れてはいたが。
通路の突き当りには、広くて大きな観音開きのドアがそびえ立っている。
明日香は警備員用のIDでドアのロックを解除すべく作業を始める。
その間に、舞奈は素早く拳銃と改造拳銃の弾倉を交換する。
だが明日香は苦笑しながら顔を上げた。
「解除できないのか?」
「……必要がなかったわ」
「そりゃ親切なお客さんだ」
肩をすくめる。
ドアのロックは破られていたらしい。
十中八九、中で待ち受けている何者かに。
「気をつけて。不正な――たぶん何らかの術が使われている」
「了解」
観音開きのドアを明日香と2人で蹴り開ける。
間髪入れず、銃を抜いて跳びこむ。
舞奈は拳銃を、明日香は小型拳銃を構えて部屋を見渡す。
中はひたすらに広い大広間だった。
学校の体育館ほどはあろうか。
見取り図では気にならなかったが、天井も高い。
そんな部屋の中央には硬質ガラスのケースが鎮座している。
中に何やら入っているが、そちらを確かめている余裕はない。
なぜならケースの上で――
「おっそーい! 待ちくたびれちゃったじゃない!」
少女が仁王立ちになっていた。
年の頃は中学生ほど。
可愛らしいリボンで結ったポニーテール。
黒とピンクを基調としたフリルつきのミニドレス。胸はない。
肩ではハリネズミに似た極彩色の使い魔が踊る。
手には可愛らしく装飾された小さなステッキ。
少女向け雑誌で何度も見たことがある。
そして今は舞奈たちも似たような格好をしている。
侵入者の正体は、ウィアードテールだった。
「……5号?」
「本物よ! 本物!! あたしが本物のウィアードテール!!」
なるほど魔法に慣れた裏の世界の人間がまとう、その立ち振る舞い。
術者やその知人に共通する、どこか浮世離れた気配。
彼女が本物なのは間違いないだろう。だが、
「予告状の宛先を間違えるって! どういうことよ!」
見た目だけは可愛らしいウィアードテールは、ケースの上で地団太を踏んで怒る。
キンキン声が耳に厳しい。
そんな生のアイドル怪盗を見やり、舞奈と明日香は顔を見合わせる。
本物なのは確かなのだが、写真で見たより……なんというかバカっぽい。
怒る気持ちはもっともだと思うにしてもだ。
「夜空はそんなミスしないもん!! あたしはたまにするけど!」
「するんですか……」
苦情に明日香はやれやれと答える。
「夜空ちゃんってのは協力者か? その格好で口に出してやるなよ」
舞奈も一緒にジト目で見やる。
彼女のメンタリティは、桜と近いのだろうか?
「それに予告状の名前も間違ってるじゃない! あたしはウィアードテー『ル』!!」
「間違いじゃねぇよ! あたしらは4人だから『s』でいいんだよ! 英語の複数形は『s』がつくって、知ってるだろ?」
舞奈の叩いた軽口に、中学生はしばし考えこんでから、
「知ってたわよ! ……知ってたわよ!!」
本気で怒る。
この女、本当に中学生なんだよな……?
舞奈はちょっと心配になった。
隣の明日香も思ったことは同じなようだ。
女児向け雑誌で人気のアイドル怪盗。
だが本物の彼女は仕草がいちいちオーバーで、イメージとの剥離が半端ない。
例えるなら、『きゃお』誌の可愛らしいページにまぎれた雑な絵柄の漫画みたいだ。
「だいたい、ここの人は何も悪いことをしてないでしょ!?」
雑な女は漫画みたいに拳を振り上げて激怒する。
「それに、よりによって『ファイブカードの幻の曲の楽譜』を狙うなんて!! ……でもセンスいいわね」
脈絡なく変わった話題と声のトーンに明日香が困惑するのを感じながら、
「知ってるのか?」
何食わぬ表情を作りつつ舞奈は問う。
すると、
「えっ、知らないのー!?」
ウィアードテールは小バカにするように笑った。
少しイラつく。
「知らずに盗もうとしてたの!? バ――ッカじゃないの!?」
「うるせえ! いちいち癇に障る奴だな」
小学生みたいに煽ってきたウィアードテールの態度に思わずキレる。
どうも彼女と話していると調子が狂う。
だがウィアードテールは舞奈の都合などお構いなしに、
「あのちょー有名なロックバンド『ファイブカード』のジョーカーが、リーダーのエースに贈ったラブソングよ!」
気持ちよく語った挙句に、
「きゃーロマンチック! あたしも見てみたいかも」
オーバーアクション気味に拳を握りながら目を輝かせる。
先ほどの怒りが嘘のようだ。
感情の起伏の激しさも、ある意味で桜やチャビーと似ている。
だが舞奈はそうじゃないのでウィアードテールの言葉を吟味する。
「……歌にかこつけた恋文てことか?」
考えをまとめつつウィアードテールを見上げ、
「んなもん見ようとするなよ、無粋だぞ」
真顔で言った。その途端、
「もー! 子供のクセに頭かたいなー」
ウィアードテールは、つまらなそうにそう言った。
子供みたいに頬を膨らませる怪盗に、
「いや、おめぇの頭がハッピーセットなだけだろ!」
柄にもなく舞奈はキレ気味に挑発する。
すると売り言葉に買い言葉だ。
「なにをっ! ……こうなったら実力で勝負よ!」
「おもしれぇ! 望むところだ!」
挑発に応じるように叫んだ途端、ウィアードテールは宙を舞った。
次の瞬間――
「……!?」
怪盗の姿は忽然と消えた。
舞奈は明日香をかばうように身構え。周囲を見回しながら気配を探る。
次の瞬間、舞奈の目前に幾人もの人影があらわれた。
すべてウィアードテールだ。
13体いる。
「盾を頼む!」
「オーケー」
明日香の返事を背で聞きつつ、地を転がりながら拳銃を乱射する。
――否、10発の大口径弾はウィアードテールの足を、肩口をかすめる。
舞奈は転がりながら弾倉を交換し、さらに撃つ。
次の瞬間、 撃たれたウィアードテールの姿ははじけて輝く色彩の槍と化す。
光の槍は舞奈めがけて一斉に放たれる。
予想通り。
反撃する幻影の魔法だ。
その目前に4枚の氷の盾が飛来し、輝く槍を受け止める。
明日香の【氷盾《アイゼス・シュルツェン》】だ。
氷盾は光の猛撃を受け、欠片になって飛散する。
だが残る光槍は、転がる舞奈の残像を射抜いて床を削るだけに終わる。
「今のを見破った!?」
ケースの側に滲み出るようにウィアードテールがあらわれた。
幻影と入れ替わりに透明化していたのだ。
だが、姿をあらわした彼女は、わかりやすく目を丸くしてビックリしている。
舞奈は笑う。
卓越した感覚を誇る舞奈は空気の流れを読める。
だからウィアードテール本体がケースの上から跳び下りただけなのに気づいていた。
それに、
「……そいつは昔の仲間の十八番だったんだ」
言って口元に笑みを浮かべる。
反撃する幻影の魔法について舞奈は良く知っている。
かつて仲間だった美佳が、他の術と同様に使いこなしていたから。
そんな舞奈に、奴が透明化したまま襲いかかってこなかったのは警戒したか?
……否。ただ単に、そこまで頭が回らなかっただけだろう。
思慮が足らないのではない。
そもそも考えることをしないのだ。
舞奈はそう判断した。
そんなウィアードテールは指を鳴らす。
途端、その姿がゆらぎ、ケースと地面の隙間に吸いこまれるように消えた。
そしてケースの上にあらわれる。
跳び下りて、上に戻る行為にもちろん戦術的な意味などない。つまり、
「……ったく、なんとは高いところが好きだなあ」
「何ですって!」
舞奈の軽口に、ウィアードテールはムキになって目を吊り上げる。だが、
「エイリアニスト!?」
側の明日香は、驚愕に目を見開く。
特徴的な幻影の魔術、そして角度を利用した転移の術で気づいたのだろう。
明日香がエイリアニストと戦うのは2度目。
1度目は、美佳の魔力を暴走させて怪物と化した悟と戦った時だ。
正直なところ、エイリアニストは地球上では存在自体がイレギュラーだ。
10年そこそこの人生で2度も相対する羽目になるとは普通は考えない。
だが舞奈にとって、エイリアニストは身近な存在だ。
大切な仲間だった美佳が、そうだったから。
「(気をつけてウィアードテール。強敵よ)」
怪盗の肩に乗ったハリネズミがささやく。
――否。
「そのハリネズミ、スードゥナチュラルか」
「……すーど? 何それ?」
「お前の肩にいる、そいつだよ! そいつ!」
舞奈はウィアードテールの肩を指さす。
「そいつが! スードゥナチュラルって種類の魔法生物なんだよ!」
「ええっ!?」
「何でおまえが知らねぇんだよ!」
「……よく気がつきましたね」
ハリネズミ――に酷似した『何か』は、人の言葉でしゃべった。
意外にも理知的な女性の声だ。
なんというか……ウィアードテール本人よりもまともそうだ。
だからヒートアップしかけた舞奈も冷静さを取り戻し、
「……ああ、その魔法も昔……見たことがある」
口元に乾いた笑みを浮かべる。
「けど混沌の魔術をどうやって!?」
明日香は驚く。
そうするのは当然だろう。
むしろ相対して平然としていてはいけない類の相手だ。
エイリアニストが用いる、混沌魔術。
それは、外宇宙からもたらされた異形の魔術。
精神の歪みによる狂気のイメージによって魔力を作りだす、異常な魔術。
強大な威力と引き換えに暴走の危険をはらむ、破滅と隣り合わせの禁断の魔術。
得手とするのは、魔力を水や空気に転化する【汚染されたエレメントの生成】。
魔力で空間と因果律を歪めることによる【混沌変化】。
魔力を強化し、魔力と源を同じくする精神を操る【狂気による精神支配】。
この狂気の元凶たる混沌の魔術を繰り返し用いた者は精神を侵され、やがて人間とはまったく異質の何かへと変化してしまう。
術者であっても、術の心得のない魔法少女であっても同様だ。
だが、その悪影響を抑える手段を、舞奈は知っている。
賢明で勤勉な美佳は、意思の力で悪影響を無効にし続けることができた。そして、
「――昔、聞いたことがある」
舞奈は油断なく拳銃を構えながら、ボソリと語る。
舞奈は美佳から、もうひとつの手段を聞いたことがある。それは――
「間違いない。奴は『バカ』だ」
「ちょっと、中学生に向かってバカとはなによ!」
漫画みたいに地団駄をふむウィアードテール。
「……そういうこと」
明日香は小型拳銃を構えたまま、ひとりごちる。
こちらは舞奈の言葉の意味に気づいたようだ。
混沌魔術は恐怖や狂気を魔力の源とする。
そして恐怖も狂気も、術者の主観や常識と、術者が感じる感覚のズレから発生するのだと聞いたことがある。
例えば人は『人とは命があり泣き笑うもの』だと知っている。
だから人の形に似ているが感情を持たずさまよう泥人間やゾンビは怖い。
だが、術者が何も考えていなければ、狂気による悪影響はない。
たとえばゾンビを見て『へんな顔の人』としか思わなければ、恐怖も狂気もない。
まるで虫か何かのように脊髄反射で反応するだけの、考えない人間。
それが『バカ』だ。
陽キャともいう。
当時、美佳は笑い話のつもりで言ったのだろう。
舞奈もそのつもりで聞いていた。
だが、今、そんな冗談みたいな女子中学生が目前にいる。
狂気すら通用しない筋金入りのバカ。
バカ・オブ・バカである。
無論、そんな奴にはそもそも魔術――及びあらゆる種類の魔法は使えない。
だが魔法少女ならば別だ。
魔法少女は、あらゆる施術を魔道具に頼る。
そう。
舞奈は悟った。
神話怪盗ウィアードテールの正体。
それは何者かが創造した魔道具を用いて魔法少女に変身した『バカ』だ。
おそらく、あのステッキが変身後の武器を兼ねた魔道具だろう。
だから本人の施術能力は関係ない。
少女であればいいのだ。
魔道具が少女に与える魔法のドレスは、少女に強大な身体能力と防御力、そして魔法能力を貸し与える。
……たとえ、中身は虫と同じレベルのバカだったとしても。
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