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第13章 神話怪盗ウィアードテールズ
依頼 ~委員長の奪取
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舞奈と園香が休日のデートを楽しみ、委員長と桜が教会で歌った日の翌日。
ホームルーム前の教室で、
「――そもそも、紳士服っていう言葉そのものがおかしいんだよ」
「どこがよ?」
椅子の背もたれに頬杖をついた舞奈に、明日香が白い視線を向ける。
最近は異能がらみの事件も依頼もない。
だから舞奈も明日香もだらだらと馬鹿話に興ずる余裕がある。
「紳士が服なんか着たら、そいつは紳士って言わんだろ」
「……紳士を何だと思ってるのよ」
「じゃあ何だっていうんだよ?」
冷ややかに見やる明日香に舞奈が軽口を返し、
「ニャーニャーコッコ♪ ニャーコッコ♪」
「あートリニャンコって奴か? ……後でな」
じゃれついてきたみゃー子を適当にあしらっていると、
「志門さん、ちょっといいですか?」
逆方向から委員長に声をかけられた。
「いやまて委員長、あたしは別に……」
思わず舞奈は狼狽する。
普段から、舞奈はよく彼女に「そんなことしたらダメです!」と怒られている。
やましい言動ばかりしているからだ。
問題になりそうな発言が多すぎて、どれが問題なのかわからない。
まあ彼女とは、教会で一緒に音楽を楽しんだ仲だ。
だが、そういう私情に流されないのも委員長が委員長たる所以だ。
そんな不審な舞奈には構わず、
「そういう意味ではないのです」
委員長は真正面から舞奈を見やる。
少しばかり深刻そうな表情だったので、思わず無言で先をうながす。すると、
「実は折り入って相談が……」
委員長はそう切り出して語りだした。
要約すると、来週末に控えた『Joker』でのライブの件だ。
院長は親御さんに音楽活動を反対されているらしい。
なのでコンサートの場繋ぎに歌うと知られて、案の定、反対されたと言う。だが、
「いや、そんなことを……」
舞奈は困る。
「わたしたちに言われても……」
先ほどまでみゃー子を見ていた明日香も、口をそろえて困惑する。
たしかに娘の無害な趣味を頭ごなしに否定するのが、良いこととは思えない。
それに委員長の音楽の才能が否定されるのは世界の損失だと思う。
それに仕事人という職業柄、舞奈は大人を相手に普通に交渉も折衝もする。
クラスメート相手の観察眼の鋭い委員長は、そうした雰囲気を察しているのだろう。
相談を持ちかけようと思った気持ちはわからなくもない。
dからといって、親御さんの説得を期待されても、正直、困る。
なにせ園香の親父さんからの白眼視すら未だに払拭できていないのだ。
見知らぬ委員長の親に何かを言って、納得させられるとは思えない。
側の明日香も同様だ。
彼女は学園の警備員を擁する民間警備会社【安倍総合警備保障】の社長令嬢だ。
だが親が権力者だということは、人心を思うままにできることと一致しない。
まあクラスメートに頼られるのは悪い気はしない。
だが、これはいくらなんでも無茶ぶりだ。
どう断ったものかと側の明日香をちらりと見やると、
「ミーンミンミンミー、ニャー!」
……明日香はみゃー子の奇行を見ていた。
舞奈がやれやれと苦笑すると、
「そこで桜は考えたの!」
桜が会話にねじ入ってきた。
どうやら委員長と一緒に登校して、タイミングを見計らっていたらしい。
満面の笑みを浮かべた桜を見やり、
「却下だ、却下」
舞奈はしっしと追い払う。
彼女は委員長と仲がいい。
学校までの道すがらに同じ相談を受けて、何か考えていたのだろう。
だが桜の考えなんて、どうせろくでもないことに決まってる。
聞くだけ無駄だ。
それでも桜は嫌そうな舞奈に構わず、
「ウィアードテールに変装して、委員長をさらいに行くの! きゃー」
咲き誇るようなドヤ顔のまま、そう言った。
流石は桜。厚顔無恥もここに極まる。
言い出す挙動も、内容も。
「お、おう……」
舞奈も思わず絶句する。
「ええ……」
明日香も我に返って戸惑う。
「セミ、セミ、ニャンコー♪ セミニャンコー♪」
みゃー子が得体のしれない動作をしながら視界を通り抜けて行った。
予想通りにツッコミどころだらけの妄言だった。
何が悲しくて無償で友人の家に忍びこまなきゃならんのか。
しかもアイドル怪盗の仮装までして。
だいたい委員長の背丈もスタイルも、小5の女子としては平均的だ。
それを札束や宝石みたいに持って逃げるには無理がある。
ならば抱えるのか?
そんな人さらいみたいな様子が格好いいとも思わない。
なにより犯罪者のふりをする系のパフォーマンスは以前にやった。
高等部の教室から保護者を追い出すためにテロリストの変装をしたのだ。
その結果、ベティと大立回りをする羽目になったりと散々な目にあった。
だからもう二度としたくない。
狂人のふりをして往来を練り歩く奴は狂人だ。
そんなことをするのはダメだと、思うのは別に委員長だけじゃない。
なので興が乗ったか歌いだした桜を礼儀正しく無視する。
どうせ歌い終わる頃には先ほど自分が何言ったかなんて忘れてるだろう。桜だし。
だから、この話はもうおしまい。
そんな風に考えながら、あくびまじりに窓の外を眺めると、
「桜ちゃんはウィアードテールをやるの? わたしもやる!」
背後から元気なチャビーの声がした。
「……!?」
不意を突かれて舞奈は驚く。
「おはよう。マイちゃん、みんな」
振り返るとチャビーと園香が登校してきたところだった。
「お、おう、おはようさん」
「おはようなのです」
「2人ともおはよう」
「やっぱりチャビーちゃんは話がわかるわ!」
おざなりに挨拶を返した後、
「いやチャビー、もうちょっと考えて喋れよ……」
まったく、余計なとこだけ聞きつけやがって。
舞奈はげんなりした声でチャビーを見やる。
だが、お子様チャビーは目をキラキラさせて舞奈を見やる。
舞奈はやれやれと苦笑する。
女児向け雑誌で大々的に特集されてる怪盗を、チャビーが大好きなのは知っている。
チャビーが善良で、友人の笑顔と幸福を自然に願える人物なのも知っている。
そのために自分ができることがあるなら何でもするだろうとも。
そんな彼女がウィアードテールになって友人を救える機会があるというのなら、そりゃあ飛びつきもするだろう。
だが、もう少し常識的に考えてくれても……
……否。
これまでも舞奈たちは、チャビーの願いを常識外の手段で叶えてきた。
たとえば誘拐された園香を救出したり。
行方不明の子猫を探したり。
おばけ騒ぎを調べるために夜の学校を訪れたり。
だから、たいていの無茶は舞奈と明日香に頼めばなんとかなると思われているのだ。
まあ実際そうなんだけど。
それに先日のサバイバルゲームで、チャビーも桜も少しばかり活躍した。
だから2人とも気が大きくなってるのだ。
それでも!
委員長はただ、『Joker』でライブしたいだけなのだ。
それを親御さんに許してもらいたいだけなのだ。
そのために、取り得る穏便な手段は他にいくらでもあるはずだ。
同じ結果になるのなら、派手じゃなくてもいい、堅実な手段を使いたい。
そのほうが面倒くさくないから。
舞奈は報奨目当てに厄介事を解決するに仕事人だ。
だが一銭の収入にもならない仕事は御免被る。
しかも自分が厄介事になっては本末転倒だ。
そこら辺を踏まえた、もっともらしい苦言を期待して明日香を見やる。
「安倍さんも言ってあげてよー」
言いつつチャビーは明日香の腕にしがみつく。
親におねだりするみたいな挙動で、明日香を味方につける算段らしい。
おう、言ってやれ言ってやれ。
明日香の堅物さを知ってる舞奈は不敵に笑い、
「まあ、悪くはないんじゃないかしら」
「おい明日香、正気か?」
明日香の反応に目を丸くした。
「ほら、そういうことなら日比野さんの部屋で作戦をたてる必要があるし」
そんな手段と目的が入れ替わったようなことを、明日香は言った。
まったく、こんな時に限って……。
明日香はそこまでチャビーの子猫と遊びたいのだろうか。
ずいぶん安い女になり下がったものだと思わず舞奈は無表情になる。
そりゃまあ以前に比べれば、友人と打ち解けている様は歓迎すべきものだろう。
だが、それにも限度というものが……。
「委員長も、何か言ってやってくれ」
今度は逆に、舞奈が委員長をすがるように見やる。だが、
「お父さんはとっても頑固で、音楽が嫌いなのです」
「……。」
委員長まで、そんなことを言い出した。
「ちゃんと話しても絶対に許してくれないのです」
そう言って少しだけ考えた末、
「それならいっそ、桜さんたちにさらってもらって、『Joker』に連れて行ってもらったほうが良いのです」
「お、おう……」
舞奈はもうツッコむ気力すらなかった。
「キュイー、キュイー、キュイー、ニャー!」
みゃー子が視界の端を通る。
「ハリハリニャンコー♪ ハリニャンコー♪」
その楽しそうな……というか悩みのなさそうな挙動に、舞奈は思わず脱力する。
そして、
「ふふっ、それじゃあ衣装は私が作るね」
「しょうがねぇなあ……」
ニッコリ笑う園香に、観念した表情で答えた。
そんな訳で来週の日曜日。
舞奈たちは怪盗の変装をして委員長を誘拐する羽目になった。
「うぃあーどてーる! でびゅー!」
「あっ! ウィアードテールだ! まてまてー!」
「しょーたーいむ!」
「桜が捕まえちゃうなのー!」
机の合間を走り回り始めたみゃー子を、チャビーと桜は無邪気に追いかけていた。
そんな様子を見やり、
「おまえらは、どっちの役をやりたいんだ……?」
舞奈はやれやれと肩をすくめた。
その夜半。
夜闇をバックにビルが立ち並ぶ首都圏某所。
その中でもひときわ高い高層ビルを警官たちが取り囲み、警戒していた。
闇夜を切り裂くサーチライトが、周囲を威嚇するように揺れ動く。
それらを遠巻きに見やっているのは携帯やカメラを構えた野次馬たち。
そんな彼らの目前。
サーチライトが通り過ぎた後の暗がりで不意に光がはじけ、
「ウィアードテール! デビュー!」
まるで魔法のように、小柄な人影がらわれた。
ドレス姿でポーズを決めた、可憐な少女だ。
ビビットな黒とピンクのドレスを飾るフリルが、夜風に揺れる。
リボンで結ったポニーテールがなびく。
手には可愛らしく装飾された小さなステッキ。
肩ではハリネズミに似た極彩色の使い魔が踊る。
「あらわれたぞ!!」
「ウィアードテールだ!」
四方八方から浴びされたサーチライトが、怪盗の姿をシルエットに変える。
その隙に警官たちは一斉に跳びかかる。だが、
「イッツ、ショータァイム!」
声とともに、ライトよりなお眩しい七色の光が周囲を満たした。
「うわっ!」
「なに!?」
警官たちも野次馬も、いっしょになって目を覆う。
その隙を逃さず警官たちの合間を走り抜け、ウィアードテールはビルに潜入する。
その後ろから、どこからあらわれたものやら撮影用のドローンが続く。
ウィアードテールはエントランスを駆け抜け、階段を駆け上がる。
「上に何人かいるわ。気をつけて」
「わかってるって!」
肩のハリネズミが人の言葉で警告を発する。
その言葉通り、階段を上った先では新手が待ち受けていた。
背広を着こんだ怪しい男たちだ。
男たちは一斉に密造拳銃を抜く。
いくつもの銃身が剣呑な鉄の色に光る。
だがウィアードテールは笑う。
ビルの中に待ち受けていた者が、表にいた『普通の』警官たちとは違うことなどお見通し。だから、
「えい!」
ウィアードテールはステッキを振るう。
すると通路のいたるところに、何人ものウィアードテールがあらわれた。
男たちは躊躇なく、それぞれ手近なウィアードテールめがけて発砲する。
だが撃たれたウィアードテールの姿ははじけ、輝く色彩の槍と化した。
光の槍は一斉にはなたれ、逆に男たちを射抜く。
反撃する幻影の魔法だ。
射貫かれた男たちは汚泥と化して溶け落ちる。
警察すら入りこませないビルの内部を守る彼らは、人に成りすました泥人間だった。
無人になった通路を、ウィアードテールは気にせず走る。
そして通路の奥に位置する観音開きのドアを蹴破り、大広間へとたどり着く。
不自然に静まり返った大広間には警備員のひとりもいない。
代わりに部屋の中央に鎮座するのは、巨大な台座に設置されたケース。
分厚い透明素材のケースの中に保管されているのは、光輝く大ぶりな宝石。
ウィアードテールは笑う。
だが、その前に薄汚い背広の男が立ち塞がった。
男は符を取り出して投げる。口訣。
符は金属の刃になってウィアードテールに襲い掛かる。
妖術だ。
ギロチンのような巨大な刃がウィアードテールを両断する。
だが、それは幻だった。
先ほどと同様に、幻ははじけて色彩の槍と化す。
そして背広めがけて放たれる。
背広は新たな符を金属の盾に変えて槍を防ぐ。
その頭上にウィアードテールが『出現』した。
気づいた背広は頭上を見やる。
だが妖術の盾を構えるより早く、怪盗は数枚のカードを放る。
カードは投げられたとは思えない不自然な軌跡を描きながら背広めがけて飛ぶ。
そして掲げられた盾を避け、術者である背広の顔面に突き刺さった。
背広は怒りと苦痛に叫び、その顔面が溶け落ちる。
背広もまた人間に成りすました泥人間の道士だったのだ。
泥人間が怯む隙を、ウィアードテールは逃さない。
床に降り立つが早いかステッキをかざし、色彩の槍を放つ。
槍は背広の胴を穿ち、最後の泥人間は汚泥と化して溶け落ちた。
ウィアードテールは無人になった大広間の中央に鎮座する台座に走り寄る。
ステッキをひとふり。
すると妖術で封印されたケースの上側が、ひとりでに開く。
ウィアードテールはケースに触れないように中の宝石をつまみだす。
そしてステッキの先でふたを小突いてふたを閉める。そのとき、
「今度こそ逃がしませんよ! ウィアードテール!」
「あっ、親父さん!」
背後のドアから、恰幅のいい中年警部が警官隊を伴って追いかけてきた。
だがウィアードテールズいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「ちょっと遅かったかな~。えい!」
ステッキをひとふりすると、窓がひとりでに開く。
そして追いすがる警官たちを華麗なジャンプでかわし、ウィアードテールは宝石を手にしたまま夜の街へと身を躍らせた。
もちろん、一連の戦闘はドローンによって記録されていた。
後にそこから怪異や魔法が具体的に映った箇所が切り取られ、ウィアードテールの活躍として地元発信のネットニュースや女児向け雑誌の誌面を飾ることになる。
そして華々しいウィアードテールの記事の下には、小さな事件のトピック。
件の宝石の所有者は、会社ぐるみで不正に手を染めていたのだ。
それをウィアードテールを追ってビルの突入した老警部が『偶然に』発見した。
泥人間が化けた人間の顔は、倒されても別の泥人間が引き継ぐ。
だが、社会的に抹殺された彼の顔はもはや使えない。
こうして怪異が人の世に仇成すための手札が、ひとつづつ減っていくのだ。
ホームルーム前の教室で、
「――そもそも、紳士服っていう言葉そのものがおかしいんだよ」
「どこがよ?」
椅子の背もたれに頬杖をついた舞奈に、明日香が白い視線を向ける。
最近は異能がらみの事件も依頼もない。
だから舞奈も明日香もだらだらと馬鹿話に興ずる余裕がある。
「紳士が服なんか着たら、そいつは紳士って言わんだろ」
「……紳士を何だと思ってるのよ」
「じゃあ何だっていうんだよ?」
冷ややかに見やる明日香に舞奈が軽口を返し、
「ニャーニャーコッコ♪ ニャーコッコ♪」
「あートリニャンコって奴か? ……後でな」
じゃれついてきたみゃー子を適当にあしらっていると、
「志門さん、ちょっといいですか?」
逆方向から委員長に声をかけられた。
「いやまて委員長、あたしは別に……」
思わず舞奈は狼狽する。
普段から、舞奈はよく彼女に「そんなことしたらダメです!」と怒られている。
やましい言動ばかりしているからだ。
問題になりそうな発言が多すぎて、どれが問題なのかわからない。
まあ彼女とは、教会で一緒に音楽を楽しんだ仲だ。
だが、そういう私情に流されないのも委員長が委員長たる所以だ。
そんな不審な舞奈には構わず、
「そういう意味ではないのです」
委員長は真正面から舞奈を見やる。
少しばかり深刻そうな表情だったので、思わず無言で先をうながす。すると、
「実は折り入って相談が……」
委員長はそう切り出して語りだした。
要約すると、来週末に控えた『Joker』でのライブの件だ。
院長は親御さんに音楽活動を反対されているらしい。
なのでコンサートの場繋ぎに歌うと知られて、案の定、反対されたと言う。だが、
「いや、そんなことを……」
舞奈は困る。
「わたしたちに言われても……」
先ほどまでみゃー子を見ていた明日香も、口をそろえて困惑する。
たしかに娘の無害な趣味を頭ごなしに否定するのが、良いこととは思えない。
それに委員長の音楽の才能が否定されるのは世界の損失だと思う。
それに仕事人という職業柄、舞奈は大人を相手に普通に交渉も折衝もする。
クラスメート相手の観察眼の鋭い委員長は、そうした雰囲気を察しているのだろう。
相談を持ちかけようと思った気持ちはわからなくもない。
dからといって、親御さんの説得を期待されても、正直、困る。
なにせ園香の親父さんからの白眼視すら未だに払拭できていないのだ。
見知らぬ委員長の親に何かを言って、納得させられるとは思えない。
側の明日香も同様だ。
彼女は学園の警備員を擁する民間警備会社【安倍総合警備保障】の社長令嬢だ。
だが親が権力者だということは、人心を思うままにできることと一致しない。
まあクラスメートに頼られるのは悪い気はしない。
だが、これはいくらなんでも無茶ぶりだ。
どう断ったものかと側の明日香をちらりと見やると、
「ミーンミンミンミー、ニャー!」
……明日香はみゃー子の奇行を見ていた。
舞奈がやれやれと苦笑すると、
「そこで桜は考えたの!」
桜が会話にねじ入ってきた。
どうやら委員長と一緒に登校して、タイミングを見計らっていたらしい。
満面の笑みを浮かべた桜を見やり、
「却下だ、却下」
舞奈はしっしと追い払う。
彼女は委員長と仲がいい。
学校までの道すがらに同じ相談を受けて、何か考えていたのだろう。
だが桜の考えなんて、どうせろくでもないことに決まってる。
聞くだけ無駄だ。
それでも桜は嫌そうな舞奈に構わず、
「ウィアードテールに変装して、委員長をさらいに行くの! きゃー」
咲き誇るようなドヤ顔のまま、そう言った。
流石は桜。厚顔無恥もここに極まる。
言い出す挙動も、内容も。
「お、おう……」
舞奈も思わず絶句する。
「ええ……」
明日香も我に返って戸惑う。
「セミ、セミ、ニャンコー♪ セミニャンコー♪」
みゃー子が得体のしれない動作をしながら視界を通り抜けて行った。
予想通りにツッコミどころだらけの妄言だった。
何が悲しくて無償で友人の家に忍びこまなきゃならんのか。
しかもアイドル怪盗の仮装までして。
だいたい委員長の背丈もスタイルも、小5の女子としては平均的だ。
それを札束や宝石みたいに持って逃げるには無理がある。
ならば抱えるのか?
そんな人さらいみたいな様子が格好いいとも思わない。
なにより犯罪者のふりをする系のパフォーマンスは以前にやった。
高等部の教室から保護者を追い出すためにテロリストの変装をしたのだ。
その結果、ベティと大立回りをする羽目になったりと散々な目にあった。
だからもう二度としたくない。
狂人のふりをして往来を練り歩く奴は狂人だ。
そんなことをするのはダメだと、思うのは別に委員長だけじゃない。
なので興が乗ったか歌いだした桜を礼儀正しく無視する。
どうせ歌い終わる頃には先ほど自分が何言ったかなんて忘れてるだろう。桜だし。
だから、この話はもうおしまい。
そんな風に考えながら、あくびまじりに窓の外を眺めると、
「桜ちゃんはウィアードテールをやるの? わたしもやる!」
背後から元気なチャビーの声がした。
「……!?」
不意を突かれて舞奈は驚く。
「おはよう。マイちゃん、みんな」
振り返るとチャビーと園香が登校してきたところだった。
「お、おう、おはようさん」
「おはようなのです」
「2人ともおはよう」
「やっぱりチャビーちゃんは話がわかるわ!」
おざなりに挨拶を返した後、
「いやチャビー、もうちょっと考えて喋れよ……」
まったく、余計なとこだけ聞きつけやがって。
舞奈はげんなりした声でチャビーを見やる。
だが、お子様チャビーは目をキラキラさせて舞奈を見やる。
舞奈はやれやれと苦笑する。
女児向け雑誌で大々的に特集されてる怪盗を、チャビーが大好きなのは知っている。
チャビーが善良で、友人の笑顔と幸福を自然に願える人物なのも知っている。
そのために自分ができることがあるなら何でもするだろうとも。
そんな彼女がウィアードテールになって友人を救える機会があるというのなら、そりゃあ飛びつきもするだろう。
だが、もう少し常識的に考えてくれても……
……否。
これまでも舞奈たちは、チャビーの願いを常識外の手段で叶えてきた。
たとえば誘拐された園香を救出したり。
行方不明の子猫を探したり。
おばけ騒ぎを調べるために夜の学校を訪れたり。
だから、たいていの無茶は舞奈と明日香に頼めばなんとかなると思われているのだ。
まあ実際そうなんだけど。
それに先日のサバイバルゲームで、チャビーも桜も少しばかり活躍した。
だから2人とも気が大きくなってるのだ。
それでも!
委員長はただ、『Joker』でライブしたいだけなのだ。
それを親御さんに許してもらいたいだけなのだ。
そのために、取り得る穏便な手段は他にいくらでもあるはずだ。
同じ結果になるのなら、派手じゃなくてもいい、堅実な手段を使いたい。
そのほうが面倒くさくないから。
舞奈は報奨目当てに厄介事を解決するに仕事人だ。
だが一銭の収入にもならない仕事は御免被る。
しかも自分が厄介事になっては本末転倒だ。
そこら辺を踏まえた、もっともらしい苦言を期待して明日香を見やる。
「安倍さんも言ってあげてよー」
言いつつチャビーは明日香の腕にしがみつく。
親におねだりするみたいな挙動で、明日香を味方につける算段らしい。
おう、言ってやれ言ってやれ。
明日香の堅物さを知ってる舞奈は不敵に笑い、
「まあ、悪くはないんじゃないかしら」
「おい明日香、正気か?」
明日香の反応に目を丸くした。
「ほら、そういうことなら日比野さんの部屋で作戦をたてる必要があるし」
そんな手段と目的が入れ替わったようなことを、明日香は言った。
まったく、こんな時に限って……。
明日香はそこまでチャビーの子猫と遊びたいのだろうか。
ずいぶん安い女になり下がったものだと思わず舞奈は無表情になる。
そりゃまあ以前に比べれば、友人と打ち解けている様は歓迎すべきものだろう。
だが、それにも限度というものが……。
「委員長も、何か言ってやってくれ」
今度は逆に、舞奈が委員長をすがるように見やる。だが、
「お父さんはとっても頑固で、音楽が嫌いなのです」
「……。」
委員長まで、そんなことを言い出した。
「ちゃんと話しても絶対に許してくれないのです」
そう言って少しだけ考えた末、
「それならいっそ、桜さんたちにさらってもらって、『Joker』に連れて行ってもらったほうが良いのです」
「お、おう……」
舞奈はもうツッコむ気力すらなかった。
「キュイー、キュイー、キュイー、ニャー!」
みゃー子が視界の端を通る。
「ハリハリニャンコー♪ ハリニャンコー♪」
その楽しそうな……というか悩みのなさそうな挙動に、舞奈は思わず脱力する。
そして、
「ふふっ、それじゃあ衣装は私が作るね」
「しょうがねぇなあ……」
ニッコリ笑う園香に、観念した表情で答えた。
そんな訳で来週の日曜日。
舞奈たちは怪盗の変装をして委員長を誘拐する羽目になった。
「うぃあーどてーる! でびゅー!」
「あっ! ウィアードテールだ! まてまてー!」
「しょーたーいむ!」
「桜が捕まえちゃうなのー!」
机の合間を走り回り始めたみゃー子を、チャビーと桜は無邪気に追いかけていた。
そんな様子を見やり、
「おまえらは、どっちの役をやりたいんだ……?」
舞奈はやれやれと肩をすくめた。
その夜半。
夜闇をバックにビルが立ち並ぶ首都圏某所。
その中でもひときわ高い高層ビルを警官たちが取り囲み、警戒していた。
闇夜を切り裂くサーチライトが、周囲を威嚇するように揺れ動く。
それらを遠巻きに見やっているのは携帯やカメラを構えた野次馬たち。
そんな彼らの目前。
サーチライトが通り過ぎた後の暗がりで不意に光がはじけ、
「ウィアードテール! デビュー!」
まるで魔法のように、小柄な人影がらわれた。
ドレス姿でポーズを決めた、可憐な少女だ。
ビビットな黒とピンクのドレスを飾るフリルが、夜風に揺れる。
リボンで結ったポニーテールがなびく。
手には可愛らしく装飾された小さなステッキ。
肩ではハリネズミに似た極彩色の使い魔が踊る。
「あらわれたぞ!!」
「ウィアードテールだ!」
四方八方から浴びされたサーチライトが、怪盗の姿をシルエットに変える。
その隙に警官たちは一斉に跳びかかる。だが、
「イッツ、ショータァイム!」
声とともに、ライトよりなお眩しい七色の光が周囲を満たした。
「うわっ!」
「なに!?」
警官たちも野次馬も、いっしょになって目を覆う。
その隙を逃さず警官たちの合間を走り抜け、ウィアードテールはビルに潜入する。
その後ろから、どこからあらわれたものやら撮影用のドローンが続く。
ウィアードテールはエントランスを駆け抜け、階段を駆け上がる。
「上に何人かいるわ。気をつけて」
「わかってるって!」
肩のハリネズミが人の言葉で警告を発する。
その言葉通り、階段を上った先では新手が待ち受けていた。
背広を着こんだ怪しい男たちだ。
男たちは一斉に密造拳銃を抜く。
いくつもの銃身が剣呑な鉄の色に光る。
だがウィアードテールは笑う。
ビルの中に待ち受けていた者が、表にいた『普通の』警官たちとは違うことなどお見通し。だから、
「えい!」
ウィアードテールはステッキを振るう。
すると通路のいたるところに、何人ものウィアードテールがあらわれた。
男たちは躊躇なく、それぞれ手近なウィアードテールめがけて発砲する。
だが撃たれたウィアードテールの姿ははじけ、輝く色彩の槍と化した。
光の槍は一斉にはなたれ、逆に男たちを射抜く。
反撃する幻影の魔法だ。
射貫かれた男たちは汚泥と化して溶け落ちる。
警察すら入りこませないビルの内部を守る彼らは、人に成りすました泥人間だった。
無人になった通路を、ウィアードテールは気にせず走る。
そして通路の奥に位置する観音開きのドアを蹴破り、大広間へとたどり着く。
不自然に静まり返った大広間には警備員のひとりもいない。
代わりに部屋の中央に鎮座するのは、巨大な台座に設置されたケース。
分厚い透明素材のケースの中に保管されているのは、光輝く大ぶりな宝石。
ウィアードテールは笑う。
だが、その前に薄汚い背広の男が立ち塞がった。
男は符を取り出して投げる。口訣。
符は金属の刃になってウィアードテールに襲い掛かる。
妖術だ。
ギロチンのような巨大な刃がウィアードテールを両断する。
だが、それは幻だった。
先ほどと同様に、幻ははじけて色彩の槍と化す。
そして背広めがけて放たれる。
背広は新たな符を金属の盾に変えて槍を防ぐ。
その頭上にウィアードテールが『出現』した。
気づいた背広は頭上を見やる。
だが妖術の盾を構えるより早く、怪盗は数枚のカードを放る。
カードは投げられたとは思えない不自然な軌跡を描きながら背広めがけて飛ぶ。
そして掲げられた盾を避け、術者である背広の顔面に突き刺さった。
背広は怒りと苦痛に叫び、その顔面が溶け落ちる。
背広もまた人間に成りすました泥人間の道士だったのだ。
泥人間が怯む隙を、ウィアードテールは逃さない。
床に降り立つが早いかステッキをかざし、色彩の槍を放つ。
槍は背広の胴を穿ち、最後の泥人間は汚泥と化して溶け落ちた。
ウィアードテールは無人になった大広間の中央に鎮座する台座に走り寄る。
ステッキをひとふり。
すると妖術で封印されたケースの上側が、ひとりでに開く。
ウィアードテールはケースに触れないように中の宝石をつまみだす。
そしてステッキの先でふたを小突いてふたを閉める。そのとき、
「今度こそ逃がしませんよ! ウィアードテール!」
「あっ、親父さん!」
背後のドアから、恰幅のいい中年警部が警官隊を伴って追いかけてきた。
だがウィアードテールズいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「ちょっと遅かったかな~。えい!」
ステッキをひとふりすると、窓がひとりでに開く。
そして追いすがる警官たちを華麗なジャンプでかわし、ウィアードテールは宝石を手にしたまま夜の街へと身を躍らせた。
もちろん、一連の戦闘はドローンによって記録されていた。
後にそこから怪異や魔法が具体的に映った箇所が切り取られ、ウィアードテールの活躍として地元発信のネットニュースや女児向け雑誌の誌面を飾ることになる。
そして華々しいウィアードテールの記事の下には、小さな事件のトピック。
件の宝石の所有者は、会社ぐるみで不正に手を染めていたのだ。
それをウィアードテールを追ってビルの突入した老警部が『偶然に』発見した。
泥人間が化けた人間の顔は、倒されても別の泥人間が引き継ぐ。
だが、社会的に抹殺された彼の顔はもはや使えない。
こうして怪異が人の世に仇成すための手札が、ひとつづつ減っていくのだ。
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