銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第13章 神話怪盗ウィアードテールズ

日常2

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 そして放課後。
 通学路の近くの商店街で、

「マイー! 早く早くー!」
 立ち並ぶ店の軒先で、チャビーが手を振って皆を呼ぶ。
 幼女みたいな容姿のチャビーは、元気の良さもちっちゃな子供並だ。
 昼間はあれだけフィールドを走ったのに、放課後にはニコニコはしゃいでいる。

「へいへい。んなに急かさなくても、コンビニは逃げんだろ」
 対する舞奈はあくび混じりに返事して、変わらぬペースでのろのろ歩く。
 隣に園香も明日香もいるのに名指しなのは、舞奈が特にだらけてるからだ。

 萩山光の一件の後、平和なのは良いが飯のタネになるような厄介事も襲撃もない。
 なので退屈だしひもじいしで省エネモードになっていた。
 そもそも舞奈はチャビーと違い、緊急時以外に本気を出したくない。だから、

「……やれやれ、チャビーがあんなに読書家とは知らなかったよ」
 苦笑しながらひとりごちる。

 普段は学校にお金なんて持ってこないチャビー。
 なのに今日は、買いたい本があるからと親御さんに特別に許可をもらったらしい。

「ふふ、今日は『きゃお』の発売日だからじゃないかな」
 舞奈の疑問に答えつつ、にこやかに園香は微笑む。
 しとやかな仕草と声色に舞奈は相好を崩しつつ、
「きゃおって誰だ?」
 首を傾げて問いかける。

「人の名前じゃなくて、本の名前。小中学生向けの少女漫画雑誌よ」
 今度は反対側から冷ややかに浴びせられたうんちくに、
「そうかい」
 ぶっきらぼうに答える。

 そうしながら、3人もチャビーに続いてコンビニに入る。
 暇そうな店員が「らっしゃいませー」と声かけする。

 チャビーは皆が追いつくが早いか、雑誌売り場に飛んでいく。
 3人ものんびりと続く。

 そしてピンク色の囲いの成人向けコーナーの近さに舞奈が渋面を浮かべていると、

「わーい『きゃお』だ!」
 純粋で無邪気なチャビーは目当ての雑誌を見つけたらしい。
 大喜びで読み始めた。

「買ってから読めよ」
 苦笑しつつ舞奈も『きゃお』とやらを見やってみる。

 なるほど表紙に漫画チックな女の子が描かれた女児向け雑誌だ。
 分厚さだけなら辞書ほどあるが、中身は軽いパルプ紙らしい。
 そんな雑誌の漫画のページをパラパラめくって紙面半ばのカラーページを探し当て、

「やった! ウィアードテールのこともいっぱい書いてある!」
 チャビーはかぶりつきで読み始める。
 そんな様子を見やって舞奈は、

「そのウィアードテールズってのは、何の雑誌なんだ?」
「雑誌じゃなくて人よ、人。あとウィアードテー『ル』」
「へいへい」
 ふってきたうんちくに適当な相槌を打つ。
 だがチャビーが夢中になってるそれが気にならないと言えば嘘になる。だから、

「アニメか何かか?」
 軽い調子で尋ねてみた。

「ううん、本当にいる人のことなんだって」
「アイドルなのか?」
「怪盗よ。首都圏を中心に活躍してる」
「……泥棒ってことなのか? んなもん見て何が楽しいんだ」
 2人の言葉に首を傾げつつチャビーの手元を覗きこむ。

 女児向け雑誌の紙面には、数枚の写真が並んでいた。
 ひらがなの多い説明書きも添えられているが、そちらはひとまずどうでもいい。

 それより写真に写っているのは、どれもミニドレス姿の少女だ。
 年の頃は中学生ほどか。

 リボンで結ったポニーテールが活発な印象を醸し出す。
 舞奈は少し一樹を思い出した。
 黒とピンクを基調としたフリルつきのドレスは確かに可愛らしく、チャビーが夢中になるのもまあ納得できる。

 肩には何やらマスコットらしき小動物を乗せている。
 小さな写真では種類まではわからないが、舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべる。

 実はピクシオンにも小動物のマスコットがいた。
 ピクシオンとエンペラー幹部の苛烈な抗争に巻きこまれ、すぐいなくなったが。
 それはさておき、

「特撮にしても、ずいぶん凝ってるなあ」
 思わず舞奈はひとりごちる。

 立ち並ぶ高層ビルをバックにした数々の写真。
 そのどれもが、子供向けアイドル写真らしからぬ臨場感のある構図で写されている。
 なんというか、セットや適当な空き地で撮ったような作り物感がない。
 派手なアクションが持ち味なのだろうか。
 というより……

「(彼女、本物よ。実際の魔法戦を撮影して、逆に特撮っぽく加工してるわ)」
「(なんだと?)」
「(神話怪盗ウィアードテール。しばらく前から首都圏で活動している魔道士メイジよ)」
「(……なるほどな)」
 囁くようなうんちくに、特にウザがりも驚きもせずに納得する。

 それが予想通りの言葉だったからだ。
 写真に写った彼女の立ち回りは臨場感を通り越し、魔法戦の理に適いすぎていた。

 流石に流派まではわからない。
 だが身のこなしから、戦闘スタイルは一樹や紅葉に似た攻撃魔法エヴォケーションと体術の合わせ技。
 あるいは彼女は魔法少女で、本人には魔法の心得はないのかもしれない。
 魔法少女とは、超強力な付与魔法エンチャントメントで変身した少女のことだ。
 その軽快すぎる立ち回りから、おそらく守るもののない単独行動。
 今回はビル内の泥人間だか屍虫だかを、機動力にまかせて殲滅中といったところか。

 無論、そんな本物の元魔法少女が納得できるような、その筋に詳しくなければわからないようなリアリティは子供向けのアイドル特撮には必要ない。

 だが、そうすると新たな疑問がひとつ。

「(術者がこんな派手な真似してたら、一発で怪人認定だろうに)」
 雑誌にまで載って。
 問うように、隣の明日香を一瞥する。

 術者や異能力者が人を害せば怪人として【機関】から追われる。
 舞奈たち【掃除屋】も、そうした輩を【機関】の依頼で何人も狩った。

「(それに【組合C∴S∴C∴】だって黙ってないはずだ)」
 言って苦笑を浮かべてみせる。

 園香は丁度よくかがみこんでちゃお誌を覗きこみながら、チャビーと楽しそうに話してくれている。
 なので舞奈と明日香も安心して内緒話ができる。

「(彼女が活動している秋葉原近辺は【協会S∴O∴M∴S∴】の管轄なのよ)」
「(ヤバさは変わらんだろう)」
「(そうでもないのよ)」
 苦笑する舞奈に、舞奈は囁くように答える。

「(彼女、地域周辺のカリスマ的存在らしいの。【協会S∴O∴M∴S∴】は、彼女の活躍が周辺住民の精神を高揚させ、正の魔力を発生させていると見なしているわ)」
「(高揚ねえ……)」
 大好きなうんちく語りの割に表情が微妙なのは、それが生真面目な明日香には歓迎しがたい事実だからだろう。

 魔力の源は強い感情だ。
 そんな魔力を操る魔術結社のひとつ【協会S∴O∴M∴S∴】の理念は、アートにより多くの人々の正の感情を賦活することだ。だから彼らはアーティストを支援する。
 先日も、殺害予告を受けたアイドルを守るために魔道士メイジを派遣した。
 つい最近も悪魔術師のロッカーを保護し、仲間として受け入れた。
 それらと同じように……

「ウィアードテールって、かっこよくて、可愛くて、ステキ!」
「うんうん、ちょっとマイちゃんに似てるね」
 ……彼らはウィアードテールの活動を容認している。
 ニコニコ笑顔のチャビーと園香を見やり、そう確信した。
 何故なら怪盗ウィアードテールは秋葉原のアイドルで、たぶん子供たちの人気者だから。そんなことを思った途端、

「やっほー! 桜だよ」
 自称アイドルの声がした。
 見やると桜と、隣には三つ編みオデコの委員長。
 今日は妹の世話ではなく2人で買い物らしい。

「桜ちゃんだ!」
「委員長も、さっきぶり」
 チャビーと園香も2人に気づいたらしく、顔をあげて挨拶する。

「本屋さんで会うなんて、皆さん真面目なのです」
「……この本がまじめに見えるんならな」
 委員長の台詞に、チャビーが手にした漫画雑誌を一瞥して苦笑する。
 すると呼んでもいない桜が委員長を押しのけ、

「チャビーちゃんは『きゃお』派なのね! けど大人な桜は、これなのー!」
「いや、同じだろうそれも」
 似たような表紙の漫画雑誌を取り出した。

「わー! 『つなよし』だー! 後で取り換えっこして読もう!」
「はーいなのー」
「そりゃいいが、買うの忘れるなよ、その本」
「はーい!」
 元気に返事するチャビーを見やって笑いつつレジカウンターの方向を見やり、

「……なんだ、おまえも何か買ったのか?」
 明日香が手にしたビニール袋を一瞥する。
 そういえばいないと思ったら、いつのまにか自分の買い物をしていたらしい。

「安倍さんも買ったの? 見せて見せて!」
 チャビーは目を輝かせて明日香を見やる。
 回し読みできる漫画雑誌が増えたと思ったのかもしれない。だが、

「いいけど、別に日比野さんが読んで面白い本じゃあ……」
 ビニール袋から取り出されたそれを見やり、

「……」
 チャビーは無言になった。
 何故なら取り出されたのは、表紙に戦車や兵士が描かれた情報誌だったからだ。

 背表紙もついてて厚めだが、『きゃお』や『つなよし』よりひとまわり小さい。
 見出しの文句も落ち着いていて、マニア向けのミリタリー雑誌とも趣が違う。
 チャビーが楽しめる要素のなさは教科書に匹敵する雰囲気だ。

「あっ、ちょっと!」
 舞奈は明日香の手から本をパクってパラパラめくる。

 中身は予想通り、軍事関係のニュースや時事。
 どうやら、その手のキナ臭い業界向けの情報誌のようだ。

「……お前は家の手伝いとかして真面目だなあ」
 言いつつ本を袋に戻す。

 別に舞奈は直接戦闘で最強なだけで、軍事関係の最新情報にさほど興味はない。
 もちろん女子小学生の集団に、他にこれを回し読みしたい奴なんかいないだろう。

 明日香は(何よ文句でもあるの?)みたいな目で睨んでくる。
 だが舞奈は別に文句を言うつもりはない。

 一方、チャビーは気を取り直したようだ。
 今度は委員長がレジカウンターの方向からやってきたからだ。
 チャビーは目ざとく委員長が手にしたビニール袋を見つけ、

「委員長もお買い物したんだ!」
「ええ、パパのお使いなのです」
「そっかあ、おまえは本当の意味で真面目なんだな」
 言いつつ舞奈は苦笑する。
 明日香は舞奈を睨みつける。
 舞奈は気にせず、委員長が手にしたビニール袋を見やる。
 心なしか袋の中身の大きさが……

「なに買ったの? 見せてー」
「いいですよ」
 どんな漫画雑誌が出てくるのかチャビーはワクワク、舞奈は何となく後の展開が読めて無言で見守る中、

「……」
 取り出されたのは、先ほどと同じ情報誌だった。
 正直なところ舞奈としては、天丼としてちょっと面白かったのだが、

「わたしも本当は買いたくない本なのです。でも、お使いだから仕方ないのです」
 めずらしく面白くもなさそうに委員長は愚痴る。
 そういえば昼間のサバイバルゲームでも、そんな素振りを見せていた。

 同じ本を買った明日香は地味にショックを受けた様子だ。
 そんな明日香を尻目に、

「わわっ、チャビーちゃん、これからわたしの家に来る? みんなもどうかな?」
 無表情になったチャビーを、あわてて園香がフォローする。

「桜たちもいいの? おじゃましまーす!」
「それじゃあ、ネコポチも連れて行っていい?」
「もちろんよ!」
「……いや、おまえん家じゃないだろ」
 そんな楽しげな会話などしながら、チャビーと桜の会計を済ませて店を出る。

 そんな中、ふと舞奈は訝しむ。

 委員長は父親の使いで買ったと言った。
 明日香と同じ軍事関係の情報誌を。
 先ほど斜め読みした感じでは、趣味で読む雑誌ではないように思える。

 そういえば、委員長は家も明日香と同じ統零とうれ町にあるという。
 親は流通関係の会社を経営していると聞いた。

 そんな委員長の家庭の事情が気にならないと言えば嘘になる。

 だが、他人のプライベートを詮索するのは趣味じゃない。

 だから舞奈は何食わぬ顔で、あくび混じりに皆の後に続いた。

 ふと視界の端で、全裸ストッキングがオカルト雑誌を片手に手を振るのが見えた。
 なので思わず(ピンクの囲いの中に戻れ)と睨みつけた。
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