226 / 537
第12章 GOOD BY FRIENDS
戦闘1 ~銃技&戦闘魔術vs悪魔術
しおりを挟む
讃原町と統零町の境にある人気のない倉庫街。
その一角にある無人の倉庫が、今回の萩山光の儀式場だ。
埃まみれの床の上に、チョークで描かれた魔方陣。
その中央に縛りあげられた脂虫。
年の頃は萩山と同じか、もう少し年上の新社会人ほどか。
どちらにせよ彼とは特に面識はない。
駅前で喫煙していたところを拉致してきたのだ。
さるぐつわもかませていないくわえ煙草だが、上手に喉をつぶしたので声は出ない。
煙草をヤニで癒着させた唇をパクパクさせてもがきながら萩山を見上げる。
萩山のパンクな格好よりも目を引く鮮やかな金髪を見やる。
もうすぐ自分が、その髪になることも知らずに。
そんな脂虫を儀式の手順にのっとって解体すべく、萩山はメスを構える。
鋭い医療器具がギラリと光る。
脂虫のヤニで濁った双眸が、驚愕と恐怖に見開かれる。
このメスは大気のデーモンを宿らせる【魔風拳《キリング・フィスト》】によって強化されている。
だから服の上からでもスパスパ切れる。
そんな刃を前に、脂虫の表情が絶望に歪み――
――銃声。
「ッ!?」
萩山が手にしたメスが砕け、ショックで手放した柄がコンクリートの床を転がる。
再び銃声。
今度は脂虫を縛めていた縄がほどける。
脂虫はこれ幸いに逃げようとする。
だが、その身体はいきなり宙に浮かび上がり、四肢がへし折れた。
次いで空気からにじみ出るように、学ランを着こんだ中高生の集団が姿をあらわす。
執行人の異能力者たちだ。
そのうちのひとり、大柄な中学生が脂虫を折りたたんでいた。
そして彼らを従えるように、2人の女子小学生があらわれる。
舞奈と明日香だ。
ジャケットをはためかせる舞奈が片手で構えた拳銃の銃口からは硝煙。
明日香を除く全員の懐から、焼け焦げたドッグタグがこぼれ落ちる。
魔力を可視光線と化し、周囲の風景を投影して不可視となる【迷彩】の魔術。
萩山の【蜃気楼】と異なり維持に歌は不要だが、本来の対象は単体だ。
明日香はそれを、執行人たち全員に媒体を持たせて無理やりに行使していた。
「何しに来やがった?」
萩山は問いつつ、背負ったギターを素早く構えて立ち上がる。
そんな仕草ひとつで、輝くような長い金髪が幻想のようになびく。
だが、その髪は偽物だ。
脂虫を贄にした儀式によって【閃雷の力】の呪術を応用して作られた。
その事実を、ここにいる面々は皆、知っている。だから、
「……歌を聞きに来たのさ」
答えつつ舞奈は笑う。
その反応は予想外だったのだろう、萩山は思わず面食らう。
「この前の双葉あずさのコンサートのとき、場繋ぎのロッカーの曲を聞きそびれちまったのさ。ずいぶん評判が良かったから、改めて聞きに来たんだ」
「……!?」
萩山は驚いたように、はにかむように笑った。
あるいはサンタクロースに思いがけないプレゼントをもらった子供のような表情で。
その仕草で舞奈は理解した。
歌を聞きたいと、言われたことが嬉しかったのだろう。
彼は自分自身の本物の髪を失う前からロッカーだった。
あるいはロックのおかげで、彼は人の道を外れずに済んだのかもしれない。
彼の歌を、戦闘ではない場所でちゃんと聞いてみたいと思ったのは嘘じゃない。
「あの日、あずさは暴徒に襲われた。あんたは暴徒を撃ってあずさを守った」
「!?」
無言で驚く彼を見やり、舞奈は笑う。
「まだあるぜ。あんたがあたしたちを襲った直前、生贄の脂虫を捕まえるついでに小学生の集団をたすけたろ? そいつはあたしの友人だ。皆あんたに感謝してた」
言葉とは裏腹に、舞奈は油断なく拳銃を構える。
萩山もギターを構える。
以前に会った印象と変わらず、鋲付きの黒いコートを着こんだ彼のひょろしとした長身は、何かのはずみで折れそうなくらい頼りない。
それでも彼は、サングラス越しにすらわかるほど鋭い眼光を舞奈に向ける。
何故なら言葉で納得するくらいなら、初めから彼はこんなことはしてない。
「だから、」
舞奈は静かに語りかける。
「こんなこと、もうやめろよ」
「……い……嫌だ」
そう言った彼の言葉に、舞奈は笑顔で頷いた。
それ以上の言葉は無駄だ。
なぜなら信じていた世界に裏切られた彼は、人の言葉を捨てた。
信じることを止めた。
あらゆる説得の言葉は、彼にとって精神攻撃や詐欺に等しい。
彼の心を動かせるのは、唯一彼を裏切らなかったものと同じ種類のものだけだ。
それ即ち歌。
そこらか生みだされる魔法。攻撃魔法。だから――
――Welcome to Purgatory.
萩山はギターをかき鳴らす。
「お前らは下がれ! 早く!」
「了解しました~!!」
「退避でござる! 撤収でござるぅぅぅ!!」
執行人はクモの子を散らすように部屋から逃げ出す。
事前に打ち合わせておいた通りだ。
――I aaaaaaam!! Demon Load.
「あらわれやがれ! ベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」
歌う術者と同時に聞こえる、萩山本人と同じ叫び声。
音源は周囲の空間全体。
空気を口の代わりにして音や声を再現する【風歌】。
前回の襲撃で、遠距離に歌を届けた水の呪術【猿真似】とは違う。
歌いながら喋るために使うのは、空気を振動させるこちらの術だ。
そんな魔法の叫びに答えて周囲が輝き、地を切り裂き、小さな何かがあらわれる。
前回の襲撃に使われたのと同じ、少女の形をしたデーモンの群だ。
悪魔術は造物魔王から魔力を引き出せなかった祓魔師が、同じ技術を使って他の媒体から魔力を引き出そうと足掻いた結果に産まれた流派だ。
そんな悪魔術師が得手とする呪術は3種類。
雑多な魔力を媒介して魔力の源である6種の元素を操る【エレメントの変成】。
自他の精神を高揚させることにより周囲の魔力を操る【魔力と精神の支配】。
精神高揚による魔力操作を応用した【供犠による事象の改変】。
彼らは祓魔術と同等の術を、森羅万象から掻き集めた雑多な魔力で行使する。
つまり【供犠による事象の改変】は【聖別と祓魔】の代用。
そして【エレメントの変成】は【光のエレメントの変成】+【天使の力の変成】。
施術に用いるイメージも、造物魔王ではなく元素に対応した悪魔だ。
だから祓魔術の【天使の召喚】に対応する召喚魔法も6種類。
虚空から燃えさかる炎のドレスと髪をゆらめかせたデーモンが、あるいは輝く金髪と金衣をパチパチと放電させたデーモンが出現する。
それらは火力に特化した【灼熱の悪魔の召喚】【閃雷の悪魔の召喚】。
熱を奪われた空間からは白霜の衣装と髪をなびかせたデーモンが、足元のコンクリートを砕いて岩石の鎧で身を固めたデーモンがあらわれる。
硬い身体を誇る【冷気の悪魔の召喚】【岩裂の悪魔の召喚】。
氷と石の元素を白霜の髪と岩石の鎧のルキフグスと成す呪術。
倉庫の隅の水たまりからは、流水のローブと長髪をなびかせたデーモン。
液体を悪魔リリスを象ったデーモンへと変える【沸水の悪魔の召喚】。
事前に水をぶちまけてあったらしい。
そして白いワンピースと草木めいた緑色の髪をはためかせたデーモン。
空気を固めてアドラメレクと化す【風の悪魔の召喚】。
――切り立った崖の頂きに立つ!
――神さえ恐れる異形の王!
「ちょっと待て。今、雷のデーモン何処から出しやがった?」
「エレキギターの配線をいじって、意図的に放電させてるみたい」
「……火傷するぞ、この野郎」
苦笑する舞奈の周囲で風が変わる。
ギターの音色によって戦術結界を形成したのだ。
おそらく襲撃を警戒し、事前に準備をしてあったのだろう。
周囲は一見して先ほどと同じ倉庫だが、既にここは結界の内部だ。
術者を倒すまで、抜け出すことはできない。
だが逆に、結界を破らない程度になら無茶ができる。
――DEMON LOAD!! DARK STAR EMPEREOR!!
「仕留めろ!」
大気の声に応じて6種の群が各々の軌道を描いて2人に迫り、一斉に魔弾を放つ。
炎の髪のデーモンは火弾【灼熱】。
金髪のデーモンは雷弾【閃雷】。
白霜の髪のデーモンは氷の矢【冷気】。
岩石のデーモンは石弾【岩裂弾】。
流水の髪のデーモンは水の矢【沸水弾《バブル・バブル》】。
緑色の髪のデーモンは見えざる大気の矢【魔弾】。
全周囲から降り注ぐ魔弾の雨。
2人を囲むように無数の爆発、爆煙、破片。
だが、それらが止んだ後、建っていたのは巨大な円筒形の氷の壁だ。
即ち【氷壁・弐式】。
氷の盾より分厚く強固な氷の壁を建てる魔術。
それを今回、明日香は自分の周囲を囲むように円形に行使したのだ
もちろん氷盾のように瞬時に行使できる術ではない。
だが、相手の手札を知っていればどうとでもなる。
「何だと!?」
萩山は驚愕する。
前回と同じ数多のデーモンによる斉射で、今度は仕留められると思ったのだろう。
デーモンが放つ魔弾は、実はデーモン自身を構成する元素を削って投射する術だ。
多用はできない。
だから初撃で行動不能にさせるべく一斉砲火は理に適った戦術だ。
それに対し、明日香は前回以上に強固な防御魔法で対応した。
全周囲をくまなく囲む氷の壁は、如何なる角度から撃っても流れ弾が抜けることはなく、生半可な集中砲火で砕けることもない。
戦闘はロックンロールとは違う。
自身のパフォーマンスを最大限に発揮して会心の打撃を繰り出すより、相手に見せていない手札を使って意図を挫くほうが有効なときもある。さらに、
――瞳に地獄の炎を宿し!
――頭上には嵐を呼ぶ男!
「!?」
氷の壁の外側に、銃を構えた3つの影が出現した。
突入前に召喚して影の中に潜伏させておいた式神である。
こちらも前回の襲撃の際、あえて温存した手札のひとつだ。
――DEMON LOAD!! BLACK ARTS MASTER!!
影法師のうち2体が短機関銃を掃射し、デーモンの群を薙ぎ払う。
「おまえもデーモンを使えるってのか!?」
萩山は再び恐れおののく。
「……正確には式神よ。魔術によって創造される高位の被造物」
「なんだと!? まさか……真なる悪魔を……!?」
「真なる……そういう言い方になりますか」
明日香は答えて苦笑する。
その流派が確立し広まっていく最中、デーモンは悪魔と呼ばれていた。
悪魔術という名称もその名残だ。
だが後にその被造物の名が改められたのは、所詮は材料が違うだけの天使が、魔術によって創造される式神や魔神と混同されるのを防ぐためだ。
それが証拠にデーモンは再び、今度は式神めがけて斉射する。
炎の、稲妻の元素で形作られた魔弾が影法師の式神を貫く。
だが次の瞬間、式神は何ら欠損することのない元の姿を取り戻す。
デーモンのように修復されたのではない。
傷ついたという事実そのものが消えたのだ。
元より式神が、因果律を捻じ曲げることで創造された上位の被造物だからだ。
無論、そういった再生にも魔力を消費する。
だが式神は魔力を循環・増幅させることにより半永久的に存在することができる。
銃弾を生みだしたのと同じ理屈だ。
真なる悪魔という呼称も、意味合いからすればまったくの間違いではない。
――千億の悪魔の群を連れて!
――冥府の底からやってきた!
「けど相手はたかだか3体だ! ルキフグス! 守れ!」
叫びに応じてルキフグス――防御性能に優れた石と氷のデーモンが前に出る。
前回の戦闘と同様に、石の鎧が小口径弾を防ぐ。
即ち【堅岩甲】の呪術。
本来は岩石を操って防御する術だが、石のデーモンが使えば自身の身体が硬化する。
霜のデーモンも同様に、【氷霜衣】で硬い氷と化して銃弾を防ぐ。
銃弾が石と氷の鎧に刻んだ僅かな亀裂すら、次の瞬間に癒える。
正確にはアドラメレク――風のデーモンが行使した【癒し】。
ギターの音色に秘められた魔法は強く引っ張られた髪の傷みをやわらげることもできるが、もっとも効果的な用法は同じ魔力で創られたデーモンの修復だ。
――繋がれた愚かな人間どもを!
――悪魔の力に染めるため!
歌いながら萩山は笑う。
何体か倒されてなお数多いデーモンの群の、数割を占めるルキフグスの防護をかいくぐるには2体の式神では少ない。
だが次の瞬間、石の天使の1体が跡形もなく砕け散った。
「……!?」
萩山は驚愕する。
式神のうち残る1体が、主の身長より長い対物ライフルで撃ったのだ。
かつて魔術を併用して完全体を一撃で粉砕した超大口径ライフル弾。
そんなものを、まともにくらったデーモンが耐えられるわけがない。
普段より数こそ減らしたものの、複数の式神を同時に操れるのも明日香の成長だ。
圧倒的な質の差の前に、数は意味をなさなかった。
敵には傷つける手段のない式神が、短機関銃でデーモンの数を減らす。
守りの要であるルキフグスも、超大口径ライフル弾が1体ずつ着実に仕留める。
――王も貴族もデタラメばかり!
――自分の嘘に縛られて!
――真実なんて語れやしない!!
もちろん舞奈も式神がデーモンを倒すのをのんびり見ている訳じゃない。
鍛え抜かれた脚力からの驚異的な跳躍で、氷の壁の凸凹を足掛かりに跳び越える。
そして数を減らしたデーモンを短機関銃の乱射で薙ぎ払いつつ、走る。
目標は結界の奥でロックンロールを奏でる萩山。
悪魔術師は6種の元素を無理やりに変換して身体を強化する。
数多の流派の中でも珍しい【エレメントの変成】による付与魔法。
命とは全く異質のものだから、ホルモンバランスの影響を受けない。
だが反面、火水風地のエレメントは人の身体と接続するのに向いてない。
なぜなら元素の力は天使と違って生命じゃない。
ナワリやヴードゥー女神官が用いるトーテムと違って生命との親和性もない。
道士や仏術師が使う気功のような術者との親和性もない。
いわば食料の代わりにガソリンを食らうに等しい。
だから効果のわりに制御は格段に難しく、暴走しやすい。
だから彼らの接近戦能力は一般的な魔術師と同程度。
故に彼らは接近戦に、同じ技術で生みだしたデーモンを多用する。だから、
「行け! アークデーモン!」
舞奈の前に、チャムエルに似た人間サイズのデーモンが立ち塞がった。
自身のボディーガード兼奥の手として控えさせていたのだろう。
明日香と同じくらい用意周到でなければ、彼らは戦闘で生き残れない。
「そいつを止めるんだ!」
萩山の叫びに答え、アークデーモンが襲いかかる。
アークデーモン。
大悪魔。
実のところ、そう言う名前の存在を召喚する術というものはない。
これは【屍操り】で操った脂虫を核に複数のデーモンを合成したハイブリッド。
接近戦闘を不得手とする彼らが、限られた手札を組み合わせ、自身を守護すべくより強力な存在を生みだそうとした試行錯誤の結果だ。
そんなハイブリッドを操るイメージの中核は【屍操り】の礎となる悪魔バール。
――騎士も勇者も身勝手な奴さ!
――力と名誉に酔いしれて!
――他人の痛みなど知りやしない!!
大地が裂け、ひとふりの石の剣があらわれる。
アークデーモンはそれを手に取る。
岩石を武器と化す【堅岩杖】の呪術だ。
そして逆の手には【魔風拳】により、見えざる大気の剣が展開される。
両手に剣を手にした大悪魔は、重力を無視した動きで襲いかかる。
前回と同じ巨大な石剣の大振りを、舞奈も同様に苦も無く回避する。
次いで放たれた突きをも避ける。
彼は戦闘のプロじゃない。当然ながら戦術に多くのレパートリーは無い。
のらりくらりと避けながら、舞奈は短機関銃を仕舞って再び拳銃を抜く。
そんな舞奈めがけてアークデーモンは滑るように地を駆けながら斬りかかる。
斬る、斬る、突く、斬る。
対する舞奈は最小限の動きで回避し、跳んで避け、ワイヤーショットで受け止める。
切り結ぶうちに敵の剣さばきが雑になり、無暗に斬りかかるのも前回と同じだ。
だから舞奈は悪魔の背後をとり、その背に片手で銃口を向ける。
女の白い背に、顔をしかめながら撃つ。全弾。
さすがに数発目から左手を添えて反動に備える。
10発の大口径弾がアークデーモンの背の一点を正確無比に穿つ。
その先にある心臓と同じ位置に、コアとなった脂虫が埋まっている。だが、
――神も坊主もボンクラ揃い!
――象牙の塔に引きこもり!
――下々のことなど見もしない!!
アークデーモンは無傷。
正確には、その背は固い石と化していた。
先ほど石のルキフグスが行使したのと同じ【堅岩甲】。
思わず舞奈は舌打ちする。
同時に熱。
すかさず舞奈は接敵し、足元を転がり抜けて向こう側に回る。
その残像を、振り向きざまに敵が放った無数の火弾が穿つ。
即ち【爆熱の雨】。
大量の【灼熱】を斉射する術だ。
それを前回同様、舞奈は温度の変化を察して避けたのだ。
だが彼は、その仕組みを解き明かしてはいなかった。
舞奈は一挙動で立ち上がる。
それでも敵は前回の轍を踏むまいと警戒したか、続けざまに新たな得物を構える。
右手には熱と炎が凝固した燃えさかる剣【灼熱掌】。
左の手には、熱を吸われてできた寒気を利用した【氷の武具】による氷の剣。
実のところ空気が伝える熱と冷気のせいで、普通の打撃より避けやすい。
だが彼が、そんなことに気づくはずもない。
だからアークデーモンを操り、2本の剣で嵐のように斬りかかる。
舞奈はそれを、危なげもなく回避する。だが、
「……!?」
不意にアークデーモンの動きが止まった。
動揺の気配。
ふと舞奈は背後を見やる。
――DEMON LOAD!! AWAKEN FORCES HERO!!
そこではちょうど、数を減らしたデーモンの群めがけて雷の雨が降るところだった。
即ち【雷嵐】。
明日香の魔術によって、まばゆく輝く稲妻の砲弾が雨のように降り注ぐ。
身体を石に、氷塊へと変えて防御するルキフグスを砕く。
プラズマの塊になって受け流そうとするベルフェゴールを引き裂く。
防ぎようもない圧倒的なエネルギーの猛撃が、残り少ないデーモンたちを焼き払う。
「な……!?」
萩山はアークデーモンのコントロールも忘れて目を見張る。
その凄まじい光景を、圧倒的な破壊を、引き起こせる術者は銃弾と攻撃魔法が交錯する魔法戦の場においてすら希少だ。
だからアーティストである彼が、見とれるのも無理もない。
放電とオゾンの匂いをまとわせた爆風が、広い結界の中で離れた場所にいるはずの舞奈の小さなツインテールとリボンを激しく揺らす。
爆風はさらに離れた萩山にも吹きつけ、光り輝く長い金髪をはためかせる。
思わず必死に髪を押さえる萩山の顔から、風に吹かれてサングラスが落ちる。
悪魔術師のロッカーの素顔は、奥手で優しげな瞳をした青年だった。
――神も王も勇者もみんな叩きのめして!
――我が足元にひれ伏させてやる!
結界が【風歌】で歌を引き継ぐ。
だが、その致命的な隙を舞奈が見逃すはずもない。
素早く弾倉を交換しつつ、術者が反応する間もなく真正面から大悪魔を撃つ。
今度のは普通の大口径弾ではない。
特殊炸裂弾。
本来は、魔法以外の攻撃の効果が薄い式神に対抗するための特殊弾だ。
弾頭に魔法効果を持つ特殊な炸薬と信管が仕込まれている。
それが着弾と同時に擬似的な攻撃魔法を発動させるのだ。
アークデーモンは急所を硬い氷塊と化して防ぐ。
氷のルキフグスが使ったのと同じ【氷霜衣】。
おそらく被弾に対して自動的に発動したのだろう。
それでも術者が集中を欠いた状態で、特殊弾を防ぎきることはできなかった。
――本当のことを言ってやる!
――貴様らに痛みを教えてやる!
――俺様が世界を変えてやる!!
堅牢なはずの呪術の氷がひび割れ、砕ける。
大人の女の姿を象ったアークデーモンは一瞬だけ激しく痙攣する。
そして、うつぶせに倒れた。
背に空いた大穴から、コアになった脂虫が顔を覗かせる。
ヤニで濁った目は見開かれ、口からは汚い色の泡を吹いている。
完全に事切れていた。
「なんだ……と……!?」
萩山は驚愕する。
無理もない。
群成すデーモンを蹴散らされ、強力なアークデーモンすら倒されたのだ。
一度ならず、万全の準備をしたはずの今回も。
対して舞奈と明日香は不敵に笑う。
正直なところ、萩山の術者としての腕前は相当なものだ。
戦術結界を維持しながら多種のデーモンを操り、【掃除屋】の2人を相手に、たったひとりで善戦したのだ。天晴と言う他ない。
だが、そこまでだ。
彼はデーモンの大半を失い、自身にはろくな戦闘能力はない。
相対するは、無傷のまま数多のデーモンを殲滅した2人の少女。
それでも舞奈は油断なく身構える。
なぜならギターを手にした萩山の瞳に、不屈の闘志が宿っていたから。
その一角にある無人の倉庫が、今回の萩山光の儀式場だ。
埃まみれの床の上に、チョークで描かれた魔方陣。
その中央に縛りあげられた脂虫。
年の頃は萩山と同じか、もう少し年上の新社会人ほどか。
どちらにせよ彼とは特に面識はない。
駅前で喫煙していたところを拉致してきたのだ。
さるぐつわもかませていないくわえ煙草だが、上手に喉をつぶしたので声は出ない。
煙草をヤニで癒着させた唇をパクパクさせてもがきながら萩山を見上げる。
萩山のパンクな格好よりも目を引く鮮やかな金髪を見やる。
もうすぐ自分が、その髪になることも知らずに。
そんな脂虫を儀式の手順にのっとって解体すべく、萩山はメスを構える。
鋭い医療器具がギラリと光る。
脂虫のヤニで濁った双眸が、驚愕と恐怖に見開かれる。
このメスは大気のデーモンを宿らせる【魔風拳《キリング・フィスト》】によって強化されている。
だから服の上からでもスパスパ切れる。
そんな刃を前に、脂虫の表情が絶望に歪み――
――銃声。
「ッ!?」
萩山が手にしたメスが砕け、ショックで手放した柄がコンクリートの床を転がる。
再び銃声。
今度は脂虫を縛めていた縄がほどける。
脂虫はこれ幸いに逃げようとする。
だが、その身体はいきなり宙に浮かび上がり、四肢がへし折れた。
次いで空気からにじみ出るように、学ランを着こんだ中高生の集団が姿をあらわす。
執行人の異能力者たちだ。
そのうちのひとり、大柄な中学生が脂虫を折りたたんでいた。
そして彼らを従えるように、2人の女子小学生があらわれる。
舞奈と明日香だ。
ジャケットをはためかせる舞奈が片手で構えた拳銃の銃口からは硝煙。
明日香を除く全員の懐から、焼け焦げたドッグタグがこぼれ落ちる。
魔力を可視光線と化し、周囲の風景を投影して不可視となる【迷彩】の魔術。
萩山の【蜃気楼】と異なり維持に歌は不要だが、本来の対象は単体だ。
明日香はそれを、執行人たち全員に媒体を持たせて無理やりに行使していた。
「何しに来やがった?」
萩山は問いつつ、背負ったギターを素早く構えて立ち上がる。
そんな仕草ひとつで、輝くような長い金髪が幻想のようになびく。
だが、その髪は偽物だ。
脂虫を贄にした儀式によって【閃雷の力】の呪術を応用して作られた。
その事実を、ここにいる面々は皆、知っている。だから、
「……歌を聞きに来たのさ」
答えつつ舞奈は笑う。
その反応は予想外だったのだろう、萩山は思わず面食らう。
「この前の双葉あずさのコンサートのとき、場繋ぎのロッカーの曲を聞きそびれちまったのさ。ずいぶん評判が良かったから、改めて聞きに来たんだ」
「……!?」
萩山は驚いたように、はにかむように笑った。
あるいはサンタクロースに思いがけないプレゼントをもらった子供のような表情で。
その仕草で舞奈は理解した。
歌を聞きたいと、言われたことが嬉しかったのだろう。
彼は自分自身の本物の髪を失う前からロッカーだった。
あるいはロックのおかげで、彼は人の道を外れずに済んだのかもしれない。
彼の歌を、戦闘ではない場所でちゃんと聞いてみたいと思ったのは嘘じゃない。
「あの日、あずさは暴徒に襲われた。あんたは暴徒を撃ってあずさを守った」
「!?」
無言で驚く彼を見やり、舞奈は笑う。
「まだあるぜ。あんたがあたしたちを襲った直前、生贄の脂虫を捕まえるついでに小学生の集団をたすけたろ? そいつはあたしの友人だ。皆あんたに感謝してた」
言葉とは裏腹に、舞奈は油断なく拳銃を構える。
萩山もギターを構える。
以前に会った印象と変わらず、鋲付きの黒いコートを着こんだ彼のひょろしとした長身は、何かのはずみで折れそうなくらい頼りない。
それでも彼は、サングラス越しにすらわかるほど鋭い眼光を舞奈に向ける。
何故なら言葉で納得するくらいなら、初めから彼はこんなことはしてない。
「だから、」
舞奈は静かに語りかける。
「こんなこと、もうやめろよ」
「……い……嫌だ」
そう言った彼の言葉に、舞奈は笑顔で頷いた。
それ以上の言葉は無駄だ。
なぜなら信じていた世界に裏切られた彼は、人の言葉を捨てた。
信じることを止めた。
あらゆる説得の言葉は、彼にとって精神攻撃や詐欺に等しい。
彼の心を動かせるのは、唯一彼を裏切らなかったものと同じ種類のものだけだ。
それ即ち歌。
そこらか生みだされる魔法。攻撃魔法。だから――
――Welcome to Purgatory.
萩山はギターをかき鳴らす。
「お前らは下がれ! 早く!」
「了解しました~!!」
「退避でござる! 撤収でござるぅぅぅ!!」
執行人はクモの子を散らすように部屋から逃げ出す。
事前に打ち合わせておいた通りだ。
――I aaaaaaam!! Demon Load.
「あらわれやがれ! ベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」
歌う術者と同時に聞こえる、萩山本人と同じ叫び声。
音源は周囲の空間全体。
空気を口の代わりにして音や声を再現する【風歌】。
前回の襲撃で、遠距離に歌を届けた水の呪術【猿真似】とは違う。
歌いながら喋るために使うのは、空気を振動させるこちらの術だ。
そんな魔法の叫びに答えて周囲が輝き、地を切り裂き、小さな何かがあらわれる。
前回の襲撃に使われたのと同じ、少女の形をしたデーモンの群だ。
悪魔術は造物魔王から魔力を引き出せなかった祓魔師が、同じ技術を使って他の媒体から魔力を引き出そうと足掻いた結果に産まれた流派だ。
そんな悪魔術師が得手とする呪術は3種類。
雑多な魔力を媒介して魔力の源である6種の元素を操る【エレメントの変成】。
自他の精神を高揚させることにより周囲の魔力を操る【魔力と精神の支配】。
精神高揚による魔力操作を応用した【供犠による事象の改変】。
彼らは祓魔術と同等の術を、森羅万象から掻き集めた雑多な魔力で行使する。
つまり【供犠による事象の改変】は【聖別と祓魔】の代用。
そして【エレメントの変成】は【光のエレメントの変成】+【天使の力の変成】。
施術に用いるイメージも、造物魔王ではなく元素に対応した悪魔だ。
だから祓魔術の【天使の召喚】に対応する召喚魔法も6種類。
虚空から燃えさかる炎のドレスと髪をゆらめかせたデーモンが、あるいは輝く金髪と金衣をパチパチと放電させたデーモンが出現する。
それらは火力に特化した【灼熱の悪魔の召喚】【閃雷の悪魔の召喚】。
熱を奪われた空間からは白霜の衣装と髪をなびかせたデーモンが、足元のコンクリートを砕いて岩石の鎧で身を固めたデーモンがあらわれる。
硬い身体を誇る【冷気の悪魔の召喚】【岩裂の悪魔の召喚】。
氷と石の元素を白霜の髪と岩石の鎧のルキフグスと成す呪術。
倉庫の隅の水たまりからは、流水のローブと長髪をなびかせたデーモン。
液体を悪魔リリスを象ったデーモンへと変える【沸水の悪魔の召喚】。
事前に水をぶちまけてあったらしい。
そして白いワンピースと草木めいた緑色の髪をはためかせたデーモン。
空気を固めてアドラメレクと化す【風の悪魔の召喚】。
――切り立った崖の頂きに立つ!
――神さえ恐れる異形の王!
「ちょっと待て。今、雷のデーモン何処から出しやがった?」
「エレキギターの配線をいじって、意図的に放電させてるみたい」
「……火傷するぞ、この野郎」
苦笑する舞奈の周囲で風が変わる。
ギターの音色によって戦術結界を形成したのだ。
おそらく襲撃を警戒し、事前に準備をしてあったのだろう。
周囲は一見して先ほどと同じ倉庫だが、既にここは結界の内部だ。
術者を倒すまで、抜け出すことはできない。
だが逆に、結界を破らない程度になら無茶ができる。
――DEMON LOAD!! DARK STAR EMPEREOR!!
「仕留めろ!」
大気の声に応じて6種の群が各々の軌道を描いて2人に迫り、一斉に魔弾を放つ。
炎の髪のデーモンは火弾【灼熱】。
金髪のデーモンは雷弾【閃雷】。
白霜の髪のデーモンは氷の矢【冷気】。
岩石のデーモンは石弾【岩裂弾】。
流水の髪のデーモンは水の矢【沸水弾《バブル・バブル》】。
緑色の髪のデーモンは見えざる大気の矢【魔弾】。
全周囲から降り注ぐ魔弾の雨。
2人を囲むように無数の爆発、爆煙、破片。
だが、それらが止んだ後、建っていたのは巨大な円筒形の氷の壁だ。
即ち【氷壁・弐式】。
氷の盾より分厚く強固な氷の壁を建てる魔術。
それを今回、明日香は自分の周囲を囲むように円形に行使したのだ
もちろん氷盾のように瞬時に行使できる術ではない。
だが、相手の手札を知っていればどうとでもなる。
「何だと!?」
萩山は驚愕する。
前回と同じ数多のデーモンによる斉射で、今度は仕留められると思ったのだろう。
デーモンが放つ魔弾は、実はデーモン自身を構成する元素を削って投射する術だ。
多用はできない。
だから初撃で行動不能にさせるべく一斉砲火は理に適った戦術だ。
それに対し、明日香は前回以上に強固な防御魔法で対応した。
全周囲をくまなく囲む氷の壁は、如何なる角度から撃っても流れ弾が抜けることはなく、生半可な集中砲火で砕けることもない。
戦闘はロックンロールとは違う。
自身のパフォーマンスを最大限に発揮して会心の打撃を繰り出すより、相手に見せていない手札を使って意図を挫くほうが有効なときもある。さらに、
――瞳に地獄の炎を宿し!
――頭上には嵐を呼ぶ男!
「!?」
氷の壁の外側に、銃を構えた3つの影が出現した。
突入前に召喚して影の中に潜伏させておいた式神である。
こちらも前回の襲撃の際、あえて温存した手札のひとつだ。
――DEMON LOAD!! BLACK ARTS MASTER!!
影法師のうち2体が短機関銃を掃射し、デーモンの群を薙ぎ払う。
「おまえもデーモンを使えるってのか!?」
萩山は再び恐れおののく。
「……正確には式神よ。魔術によって創造される高位の被造物」
「なんだと!? まさか……真なる悪魔を……!?」
「真なる……そういう言い方になりますか」
明日香は答えて苦笑する。
その流派が確立し広まっていく最中、デーモンは悪魔と呼ばれていた。
悪魔術という名称もその名残だ。
だが後にその被造物の名が改められたのは、所詮は材料が違うだけの天使が、魔術によって創造される式神や魔神と混同されるのを防ぐためだ。
それが証拠にデーモンは再び、今度は式神めがけて斉射する。
炎の、稲妻の元素で形作られた魔弾が影法師の式神を貫く。
だが次の瞬間、式神は何ら欠損することのない元の姿を取り戻す。
デーモンのように修復されたのではない。
傷ついたという事実そのものが消えたのだ。
元より式神が、因果律を捻じ曲げることで創造された上位の被造物だからだ。
無論、そういった再生にも魔力を消費する。
だが式神は魔力を循環・増幅させることにより半永久的に存在することができる。
銃弾を生みだしたのと同じ理屈だ。
真なる悪魔という呼称も、意味合いからすればまったくの間違いではない。
――千億の悪魔の群を連れて!
――冥府の底からやってきた!
「けど相手はたかだか3体だ! ルキフグス! 守れ!」
叫びに応じてルキフグス――防御性能に優れた石と氷のデーモンが前に出る。
前回の戦闘と同様に、石の鎧が小口径弾を防ぐ。
即ち【堅岩甲】の呪術。
本来は岩石を操って防御する術だが、石のデーモンが使えば自身の身体が硬化する。
霜のデーモンも同様に、【氷霜衣】で硬い氷と化して銃弾を防ぐ。
銃弾が石と氷の鎧に刻んだ僅かな亀裂すら、次の瞬間に癒える。
正確にはアドラメレク――風のデーモンが行使した【癒し】。
ギターの音色に秘められた魔法は強く引っ張られた髪の傷みをやわらげることもできるが、もっとも効果的な用法は同じ魔力で創られたデーモンの修復だ。
――繋がれた愚かな人間どもを!
――悪魔の力に染めるため!
歌いながら萩山は笑う。
何体か倒されてなお数多いデーモンの群の、数割を占めるルキフグスの防護をかいくぐるには2体の式神では少ない。
だが次の瞬間、石の天使の1体が跡形もなく砕け散った。
「……!?」
萩山は驚愕する。
式神のうち残る1体が、主の身長より長い対物ライフルで撃ったのだ。
かつて魔術を併用して完全体を一撃で粉砕した超大口径ライフル弾。
そんなものを、まともにくらったデーモンが耐えられるわけがない。
普段より数こそ減らしたものの、複数の式神を同時に操れるのも明日香の成長だ。
圧倒的な質の差の前に、数は意味をなさなかった。
敵には傷つける手段のない式神が、短機関銃でデーモンの数を減らす。
守りの要であるルキフグスも、超大口径ライフル弾が1体ずつ着実に仕留める。
――王も貴族もデタラメばかり!
――自分の嘘に縛られて!
――真実なんて語れやしない!!
もちろん舞奈も式神がデーモンを倒すのをのんびり見ている訳じゃない。
鍛え抜かれた脚力からの驚異的な跳躍で、氷の壁の凸凹を足掛かりに跳び越える。
そして数を減らしたデーモンを短機関銃の乱射で薙ぎ払いつつ、走る。
目標は結界の奥でロックンロールを奏でる萩山。
悪魔術師は6種の元素を無理やりに変換して身体を強化する。
数多の流派の中でも珍しい【エレメントの変成】による付与魔法。
命とは全く異質のものだから、ホルモンバランスの影響を受けない。
だが反面、火水風地のエレメントは人の身体と接続するのに向いてない。
なぜなら元素の力は天使と違って生命じゃない。
ナワリやヴードゥー女神官が用いるトーテムと違って生命との親和性もない。
道士や仏術師が使う気功のような術者との親和性もない。
いわば食料の代わりにガソリンを食らうに等しい。
だから効果のわりに制御は格段に難しく、暴走しやすい。
だから彼らの接近戦能力は一般的な魔術師と同程度。
故に彼らは接近戦に、同じ技術で生みだしたデーモンを多用する。だから、
「行け! アークデーモン!」
舞奈の前に、チャムエルに似た人間サイズのデーモンが立ち塞がった。
自身のボディーガード兼奥の手として控えさせていたのだろう。
明日香と同じくらい用意周到でなければ、彼らは戦闘で生き残れない。
「そいつを止めるんだ!」
萩山の叫びに答え、アークデーモンが襲いかかる。
アークデーモン。
大悪魔。
実のところ、そう言う名前の存在を召喚する術というものはない。
これは【屍操り】で操った脂虫を核に複数のデーモンを合成したハイブリッド。
接近戦闘を不得手とする彼らが、限られた手札を組み合わせ、自身を守護すべくより強力な存在を生みだそうとした試行錯誤の結果だ。
そんなハイブリッドを操るイメージの中核は【屍操り】の礎となる悪魔バール。
――騎士も勇者も身勝手な奴さ!
――力と名誉に酔いしれて!
――他人の痛みなど知りやしない!!
大地が裂け、ひとふりの石の剣があらわれる。
アークデーモンはそれを手に取る。
岩石を武器と化す【堅岩杖】の呪術だ。
そして逆の手には【魔風拳】により、見えざる大気の剣が展開される。
両手に剣を手にした大悪魔は、重力を無視した動きで襲いかかる。
前回と同じ巨大な石剣の大振りを、舞奈も同様に苦も無く回避する。
次いで放たれた突きをも避ける。
彼は戦闘のプロじゃない。当然ながら戦術に多くのレパートリーは無い。
のらりくらりと避けながら、舞奈は短機関銃を仕舞って再び拳銃を抜く。
そんな舞奈めがけてアークデーモンは滑るように地を駆けながら斬りかかる。
斬る、斬る、突く、斬る。
対する舞奈は最小限の動きで回避し、跳んで避け、ワイヤーショットで受け止める。
切り結ぶうちに敵の剣さばきが雑になり、無暗に斬りかかるのも前回と同じだ。
だから舞奈は悪魔の背後をとり、その背に片手で銃口を向ける。
女の白い背に、顔をしかめながら撃つ。全弾。
さすがに数発目から左手を添えて反動に備える。
10発の大口径弾がアークデーモンの背の一点を正確無比に穿つ。
その先にある心臓と同じ位置に、コアとなった脂虫が埋まっている。だが、
――神も坊主もボンクラ揃い!
――象牙の塔に引きこもり!
――下々のことなど見もしない!!
アークデーモンは無傷。
正確には、その背は固い石と化していた。
先ほど石のルキフグスが行使したのと同じ【堅岩甲】。
思わず舞奈は舌打ちする。
同時に熱。
すかさず舞奈は接敵し、足元を転がり抜けて向こう側に回る。
その残像を、振り向きざまに敵が放った無数の火弾が穿つ。
即ち【爆熱の雨】。
大量の【灼熱】を斉射する術だ。
それを前回同様、舞奈は温度の変化を察して避けたのだ。
だが彼は、その仕組みを解き明かしてはいなかった。
舞奈は一挙動で立ち上がる。
それでも敵は前回の轍を踏むまいと警戒したか、続けざまに新たな得物を構える。
右手には熱と炎が凝固した燃えさかる剣【灼熱掌】。
左の手には、熱を吸われてできた寒気を利用した【氷の武具】による氷の剣。
実のところ空気が伝える熱と冷気のせいで、普通の打撃より避けやすい。
だが彼が、そんなことに気づくはずもない。
だからアークデーモンを操り、2本の剣で嵐のように斬りかかる。
舞奈はそれを、危なげもなく回避する。だが、
「……!?」
不意にアークデーモンの動きが止まった。
動揺の気配。
ふと舞奈は背後を見やる。
――DEMON LOAD!! AWAKEN FORCES HERO!!
そこではちょうど、数を減らしたデーモンの群めがけて雷の雨が降るところだった。
即ち【雷嵐】。
明日香の魔術によって、まばゆく輝く稲妻の砲弾が雨のように降り注ぐ。
身体を石に、氷塊へと変えて防御するルキフグスを砕く。
プラズマの塊になって受け流そうとするベルフェゴールを引き裂く。
防ぎようもない圧倒的なエネルギーの猛撃が、残り少ないデーモンたちを焼き払う。
「な……!?」
萩山はアークデーモンのコントロールも忘れて目を見張る。
その凄まじい光景を、圧倒的な破壊を、引き起こせる術者は銃弾と攻撃魔法が交錯する魔法戦の場においてすら希少だ。
だからアーティストである彼が、見とれるのも無理もない。
放電とオゾンの匂いをまとわせた爆風が、広い結界の中で離れた場所にいるはずの舞奈の小さなツインテールとリボンを激しく揺らす。
爆風はさらに離れた萩山にも吹きつけ、光り輝く長い金髪をはためかせる。
思わず必死に髪を押さえる萩山の顔から、風に吹かれてサングラスが落ちる。
悪魔術師のロッカーの素顔は、奥手で優しげな瞳をした青年だった。
――神も王も勇者もみんな叩きのめして!
――我が足元にひれ伏させてやる!
結界が【風歌】で歌を引き継ぐ。
だが、その致命的な隙を舞奈が見逃すはずもない。
素早く弾倉を交換しつつ、術者が反応する間もなく真正面から大悪魔を撃つ。
今度のは普通の大口径弾ではない。
特殊炸裂弾。
本来は、魔法以外の攻撃の効果が薄い式神に対抗するための特殊弾だ。
弾頭に魔法効果を持つ特殊な炸薬と信管が仕込まれている。
それが着弾と同時に擬似的な攻撃魔法を発動させるのだ。
アークデーモンは急所を硬い氷塊と化して防ぐ。
氷のルキフグスが使ったのと同じ【氷霜衣】。
おそらく被弾に対して自動的に発動したのだろう。
それでも術者が集中を欠いた状態で、特殊弾を防ぎきることはできなかった。
――本当のことを言ってやる!
――貴様らに痛みを教えてやる!
――俺様が世界を変えてやる!!
堅牢なはずの呪術の氷がひび割れ、砕ける。
大人の女の姿を象ったアークデーモンは一瞬だけ激しく痙攣する。
そして、うつぶせに倒れた。
背に空いた大穴から、コアになった脂虫が顔を覗かせる。
ヤニで濁った目は見開かれ、口からは汚い色の泡を吹いている。
完全に事切れていた。
「なんだ……と……!?」
萩山は驚愕する。
無理もない。
群成すデーモンを蹴散らされ、強力なアークデーモンすら倒されたのだ。
一度ならず、万全の準備をしたはずの今回も。
対して舞奈と明日香は不敵に笑う。
正直なところ、萩山の術者としての腕前は相当なものだ。
戦術結界を維持しながら多種のデーモンを操り、【掃除屋】の2人を相手に、たったひとりで善戦したのだ。天晴と言う他ない。
だが、そこまでだ。
彼はデーモンの大半を失い、自身にはろくな戦闘能力はない。
相対するは、無傷のまま数多のデーモンを殲滅した2人の少女。
それでも舞奈は油断なく身構える。
なぜならギターを手にした萩山の瞳に、不屈の闘志が宿っていたから。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
魔法少女になれたなら【完結済み】
M・A・J・O
ファンタジー
【第5回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】
【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】
【第9回ネット小説大賞、一次選考突破!】
とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。
そこから少女の生活は一変する。
なんとその本は魔法のステッキで?
魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。
異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。
これは人間の願いの物語。
愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに――
謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。
・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる