銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第12章 GOOD BY FRIENDS

天使とツチノコとロック

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 時は少し遡り、舞奈と明日香がシスターと話しこんでいた頃。
 寂れた教会の近くに位置する、これまた手入れされていない林の中。

 委員長と桜と2人の妹、チャビー、園香にリコにえり子の8人は獣道を進んでいた。
 そこにツチノコがいそうだと、桜が強固に主張したからだ。

「わたしが道を作るのです! 皆さんは足元に気をつけてついてくるのです」
 委員長は一行の先頭を歩きながら、棒きれで枝をかきわけて道を作る。
 手にした棒は、林の近くで拾ってきた木の枝だ。
 クラス委員長としてリーダーシップをとりたいからか、アクティブな委員長である。

 曲がりくねった木々がまばらに生える林は、昼間ならば十分に明るい。
 けれど手入れされていない木からは低い位置にも乱雑に枝が生えている。

「しっかり藪を払わないと、桜のお洋服が汚れちゃうなのー」
「……本当にこんなところにいればいいけど」
 桜とえり子も、委員長の両隣を歩きながら枝を払ってかきわける。
 桜は元気いっぱいに、地味に修羅場慣れしたえり子は的確に道を広げる。

「リコだって、しもんみたいにてつだうぞ!」
「それならマミも、てつだうぞ!」
「マコもてつだうぞ!」
 リコと桜の2人の妹も、見よう見まねで手にした棒を振りまわす。
 こっちは正直あまり役に立ってないが、特に誰も気にしてはいない。

「わっ、みんなすごい。すごく頼りになる」
「うんうん! なんだかマイみたい」
 その後ろに園香とチャビーが続く。
 2人はリコや桜の野菜の袋を預かって両手に提げている。

 足元には太くて曲がりくねった根が這いまわっていて、苔やら落ち葉やらが散乱していて、気をつけないと足をとられそうだ。
 正直なところ、山の手暮らしの彼女らは転ばないように歩くだけで手いっぱいだ。

「そんな、褒めすぎなのですよ」
「桜の有能さをそんなに持ち上げられれると、照れちゃうなのー!」
 2人の言葉に委員長ははにかむ。
 桜は棒を振りながら器用にポーズをとってみせる。

「リコはしもんみたいか!」
「ふふ、リコちゃんはマイちゃんのこと大好きなんだね」
 棒を振りまわしながらはしゃぐリコを見やって園香が微笑む。

「あ! あそこで何か動いた! ツチノコかな?」
「きにとまったちゃいろいヤツなら、トリだったぞ」
「えー残念」
 言ったチャビーにリコがツッコみ、

「リコちゃんもすごい。目がいいんだね」
「えへへ、リコはめがいいんだ!」
 園香に褒められ、またまた笑顔で棒を振りまわす。

 先ほど教会で初会ったばかりの2人とリコも、すっかり打ち解けて仲良しだ。
 チャビーは無邪気で園香は上品で、リコは素直で目端が利くからだ。
 実はその様は、2人と舞奈の馴れ初めと少し似ていた。

「チャビーちゃんってば、ツチノコはヘビなの。ヘビは空を飛ばないなのー」
 そんなやり取りに桜がツッコみ、
「ツチノコは10メートルくらいジャンプするのです。鳥を間違えても仕方ないです」
 委員長がツッコミを返す。

「委員長が物知りだ。すごい、明日香ちゃんみたい」
「エヘヘ、照れるのですよ」
 委員長は思わず笑みを浮かべる。

 正直なところ、明日香なら一笑に付す類の知識である。
 だが一行は普通の小学生と未就学児だ。
 だから、かしましく話をしながらツチノコ探しを続ける。

「ねえ、ねえ、向こうに誰かいるみたい」
「チャビーちゃんってば、また鳥を見つけたの?」
 チャビーの言葉を桜が茶化す。
 それでも皆で目を凝らし、

「……あるくおとがする。たぶん……おとなのおとこがふたりいる」
 緊張した面持ちでリコが言った。

「すごい、リコちゃんは耳もいいんだね」
 先ほどと同じように園香が褒めて、
「大人の人が探してるってことは、ここには本当にツチノコがいるのね!」
 桜が喜ぶ。だが、

「こっちにきた……」
 今度はリコは笑わない。
 それどころかえり子も身体をこわばらせて目を細め、音がする方を警戒する。
 そこから乱暴に木の枝をかきわけ、

「おい!? こんなところにガキがいるなんて聞いてねぇぞ!」
「なんだと見られたんじゃねぇだろうな!?」
 くわえ煙草の男が2人、あらわれた。

 薄汚れた野球のユニフォームを着こんだ団塊男だ。
 どちらの顔もヤニで歪んでいる。
 そして黄ばんだ血走った目で、小学生たちをぬめつけていた。

 新開発区のすぐ近くで、舞奈と親しく暮らすリコは目や耳だけでなく鼻もいい。
 そしてえり子も煙草を吸う人間(と似た存在)のことをよく知っている。

 園香と桜は顔を青ざめさせながら、それぞれリコと妹たちを抱きかかえて後ずさる。
 2人とも、過去にそうした輩に誘拐された経験を持つからだ。
 園香はアイオスに操られた背広の脂虫に。
 桜は後に【メメント・モリ】に制裁を受けることになる、薬物中毒の転売屋に。

 チャビーも無意識に怯える。
 滓田妖一の一味に拉致された彼女の記憶はあいまいだ。
 貧血で倒れていたのだと言われた言葉を信じこんでいるくらいだ。
 だが同じ悪臭を漂わせた男と相対すれば恐怖もぶり返す。

「貴方たちは誰なのですか?」
 そんな一行を背にかばい、果敢にも男たちの前に立ちふさがったのは委員長だ。
 彼女は園香やチャビーのように、喫煙者による心の傷を負っていない。
 加えてクラス委員長として、皆を守る責務があると感じている。

「ここは貴方たちの林なのですか? ならわたしたちは出て行くのです。だから……」
 殊勝にも、委員長は男に事情を説明しようと試みる。だが、

「――面倒だ、捕まえて埋めちまえ」
「しょうがねぇなあ」
 奥にいた男は女子小学生の話を聞くこともなく、手にした煙草を投げ捨てた。

 そんなところに捨てたら火事になるのです。
 委員長が思わず非難する前に、

「……え?」
 手前の男はくわえ煙草のまま、委員長を捕まえようとヤニ色をした汚い手をのばす。
 委員長がなすすべもなく目を見開いていると、

「そいつはテキだ!」
 リコが叫んだ。
 同時に何かが風を切り、

「……くっ」
 奥の男が顔を押さえてうずくまる。

 抜く手も見せずリコが放った指弾。
 廃墟暮らしのリコが、いつか舞奈に披露しようとこっそり練習し続けた隠し玉だ。
 舞奈の投げナイフほど威力はないが、狙いは上々。
 目つぶし程度の役には立つ。

 男の手から何かが滑り落ち、落ち葉の上を転がる。
 それを見やった一行の顔が青ざめる。

 ナイフだ。

 手前の男も背後を見やり、薄汚い仲間の様子に一瞬だけ怯んだものの、

「このガキ!? 調子に乗りやがって!」
 本気で委員長を捕まえようと襲いかかる。

「みんな逃げて! 早く!」
 えり子は叫びつつ、リコを真似て足元の石を砂ごとつかんで投げつける。

「ええい! クソ!」
 男が怯んだ隙に、我に返った委員長は薄汚い魔の手を逃れて走る。

「そのかもにげるぞ! マミとマコもにげろ!」
 リコも硬直した園香の腕から抜け出す。
 そして自分より大きな小5の手を引いて走り出す。舞奈ならそうしたように。
 そんなリコの叫びに答えるように、

「ねえちゃん! にげるぞ!」
「チャビーねえちゃんもにげるぞ!」
 桜の2人の妹も動き出す。
 妹の片方は桜の、もう片方は手近にいたチャビーの手を引いて走る。

 だが、えり子の動きだけが一瞬、遅れた。
 おそらくえり子だけに、逃げる以外に状況を打開する手段があったから。

 祓魔術エクソシズムのひとつ【屍鬼の処刑エグゼキュシオン・デ・モール・ヴィヴァン】。
 脂虫を媒体にして反応爆発を引き起こす術だ。
 爆発の威力を最小限まで抑えれば周囲に被害はないが、対象の身体は破壊される。

 えり子のその術の、最初の標的は父親だった。
 彼女はそれを、薄汚い下種男に殺されようとしていた母親を救うために使った。
 えり子はその後も執行人エージェントとしての活動の中で、何匹もの脂虫を屠ってきた。

 脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者は、人の形をしているが怪異だ。
 かつて人間だった何者かが、自身の邪悪さの報いで変化したバケモノだ。
 殺されて当然の害蓄だ。
 だから爆死させること自体は問題ない。

 あるいは脂虫を操る【屍鬼の支配ドミナシオン・デ・モール・ヴィヴァン】をかけて自害させても良い。

 だが彼らの容姿は人間に酷似していて、表向きは人間としての身分がある。
 それを害するところを、友人に見られたくなかった。

 だからえり子は躊躇した。
 そんなえり子の手を、

「えり子ちゃんも逃げるのです」
 委員長が握りしめる。
 いつか悪魔の家の前で、声をかけてくれたように。だが、

「――痛っ!」
 くわえ煙草の男の手が、委員長のおさげをつかんだ。
 たまたま委員長がえり子より長身で、おさげがのびていたからだ。

「「委員長!?」」
 一行は思わず振り返る。

「痛いです! 離してください! 髪が抜けてしまうのです!」
 委員長はおさげの根元を押さえて暴れる。
 薄汚い喫煙者は、おさげを力任せに引き寄せる。

「けっ! そんなもんを気にしてる場合か!?」
 奥の男は煙草の箱とライターを取り出す。
 空になった箱を捨て、耳障りな音を立てて新しい煙草に火をつける。
 そして煙草をくわえたまま、落ちたナイフを拾い上げる。
 喫煙者どもの黄ばんだ瞳に映る表情は……殺意。

 もう猶予はない。
 彼らにも。
 自分にも。

 えり子は術を行使しようと集中し――

「――んなもん、だと?」
 別の方向から声が聞こえた。
 今度は若い男の声。

 リコが新手の居場所を探る前に、

「あんた、今、そんなもんって言ったな!?」
 新たな叫び。

 同時に音。
 委員長にはそれがギターをつま弾く音色に聞こえた。

「取り消せよ!! でもって、その薄汚い手を離せよヤニカス野郎!」
 次なる叫びと同時に、脂虫の手に何かが命中した。
 薄汚れた喫煙者は手を押さえてのたうち回る。

 リコにはそれが投石に見えた。
 だが先ほど自身が放った指弾とは比べ物にならないスピードと威力。
 いうなれば石の弾丸だ。
 ヤニで歪んだ薄汚い手の甲が、砕ける音もリコには聞こえた。

 そしてえり子はそれがただの投石ではないと、別の手段で気づいた。
 だが、それより、

「大丈夫!?」
 解放されて這うように逃げる委員長を抱き留める。

 そんな一行に背を向け、長身のコートが立ちふさがった。

 長身にまとった黒皮のコートとブーツ。
 どちらにも鉄色に輝くリベットが埋めこまれている。
 ロッカー風のパンクなスタイルだ。
 細い音色はチェーンがこすれ合う音だろうか。

 何より目を引くのは、光輝くように風になびく長い金髪。

「てめぇ!? ふざけた真似しやがって!」
 奥の脂虫は叫びながら、逆の手でナイフを拾いなおす。
 手前の脂虫もナイフを抜く。

 一行は固唾を飲んで見守る。

 細身のコートの男の手にはギター。
 薄汚い野球のユニフォームを着た、それなりに体格のいい脂虫の手にはナイフ。
 しかも相手は2匹。

 だがコートの男は動じない。

――!!

 手にしたギターを激しくかき鳴らす。
 途端、2匹の身体は雷に打たれたように激しく痙攣した。

 そのとき一行は、ギターの手元から放たれた光を見たような気がした。
 だが後になって何かの見間違えだと思いなおした。

 だが、えり子だけはその行為の正体に気づいていた。

 どちらにせよ、小学生たちを襲おうとした2人の喫煙者は痙攣の後に意識を失った。

 コートの男はゆっくりと一行に向き直る。
 印象通りにほっそりとした、大学生くらいの男だ。
 サングラスで目元を隠した男の口元には、やわらかな笑みが浮かぶ。

 それでも何より目を引くのは、やはり星の光を束ねたように長く美しく輝く金髪だ。

「……大丈夫だったかい?」
 立ち上がる委員長を、心配そうに見やって言った。
 手を貸そうかどうか迷ってまごついている彼に、

「わたしはだいじょうぶなのです。あの……ありがとうございましたなのです」
 委員長は礼儀正しく一礼する。

「なら、よかった」
 男ははにかむような笑みを返す。
 そして、おさげの根元を気にする委員長を気づかわしげに見つめたまま、

――♪

 ギターをつま弾いた。
 先ほどとは真逆の、慰めるような優しい音色。

 委員長の周囲を爽やかな風が吹き抜ける。
 同時に、引っ張られたおさげの根元のじくじくする痛みが和らいだ……気がした。

 魔法のようなその現象に、委員長は訝しみながらも微笑む。
 つま弾く音色の美しさに、一行もうっとりと微笑む。
 そんな少女たちを見やって男ははにかみ、

「こんなところで、子供だけで何やってたんだ?」
 問いかける。

「皆でツチノコを探してたのです」
「そうなの! 桜たちはツチノコを見つけて、お金持ちになるのー」
「ツチノコ……」
 答えにしばし男は沈黙した後、

「止めちまえよ、そんなもん探すの」
 言いつつギターをかき鳴らす。
 何か弾きながらでないと会話が困難な人なのだろうか?
 だが委員長は、その確かな技術に裏打ちされた美しい音色に聞き惚れた。

「あんたたち、もう持ってるだろ?」
 男は少女たちを見やり、

「そんなのよりもっと……もっと大事なものをさ」
 言いつつ一行の顔を……その少し上側を順繰りに見やり、笑った。
 そんな彼の笑みが何故か少し寂しそうだったと、園香は後になって思った。

「オレはこいつらを……なんだ……その、警察に連れていく」
 倒れ伏して動かない臭い団塊男どもを見下ろして、

「あんたたちは家に帰って、ゆっくり風呂にでも入って今日のことなんか忘れて寝るんだ。キューティクルの手入れも忘れずにな」
 冗談めかしてそう言って、男はギターをつま弾いた。

「わかったのです。みんな、帰るのです」
「しょうがないなあ。桜の身を案ずるファンの気持ちには答えないとね」
 そんな一部ツッコミどころのある台詞を残しながらも、一行は男に背を向ける。
 そして歩き出す。

 恐ろしい、危険な目に会ったのは本当だ。
 だから早くこの場所を離れて帰りたいと思っていた。だが、

「おじさんの髪も、すっごくきれいだよ!」
 ふと振り返ってチャビーが言った。
 だから皆も一斉に振り返り、

「そうなのです! まるで天使みたいなのです!」
「てんしだ!」
「てんしのキューティクル!」
 委員長の言葉を皮切りに、桜の妹たちも口々に続ける。

「天使……か……」
 男はいきなりのことに驚きながら、それでも笑みを返しつつ、

「Thank you!」
 ギターをかき鳴らした。

 園香にはやはりそれが、何かを無くした者が浮かべる悲しい笑みのように見えた。
 舞奈がたまに、見せるような。

 どちらにせよ、今度こそ一行は林を後にした。

 そして一旦、教会に戻ってきた。
 誰か信頼できる大人に保護を求めるべきだと思ったからだ。

 シスターは皆を母屋に招き入れた。
 そして安心させるように抱きしめてくれた。
 その後、暖かいミルクをご馳走して、保護者に連絡してくれた。

「――というわけなのです」
「そっか。おまえらもとんだ災難だったな」
「何にせよ無事でよかったわ」
 ベンチに腰掛けた委員長の話を聞き終え、舞奈と明日香は安堵する。

 ここは教会の礼拝堂。
 テックから連絡を受けた舞奈は、ひとまず教会に戻ってきた。
 そこで委員長たちと鉢合わせ、期せずに無事を確認することができた。

「みんな無事でよかったですよ」
 少し離れた場所には奈良坂がいる。その側で、

「桜もマミもマコも、危ないことしたらダメって言ってるじゃないの」
「ううっ、ごめんなさいお姉ちゃん」
「ごめんね、ねえちゃん」
「ごめんなさい」
 スレンダーな少女が桜と妹たちを抱きしめていた。
 勝気な表情と、低い位置でまとめたツインテールが印象的な少女だ。
 以前のモンスターペアレント騒動の際に、高等部の教室で見かけた。

 奈良坂の友人らしい彼女は、シスターからの連絡を受けて駆けつけたらしい。
 子だくさんの桜の家で、彼女が親代わりをしているのだろう。

「――でもね、かっこいいコートの人がたすけてくれたんだよ」
「そうか、その人にお礼を言わないといけないな」
「ええ、ええ、このうえ貴女にまで何かあったら、もう……」
 さらに離れたベンチには、チャビーとご両親。
 父親は頭頂がやや寂しくなった、線の細い感じの紳士。
 母親はチャビーと似た面影の可愛らしい女性だ。

 夫妻はかつて息子を――チャビーの兄を失っている。
 だからか連絡を受けるや否や、仕事を放り出して駆けつけたらしい。

「あいつらをやっつけられなかった。リコはまだまだだ」
「んなところで無茶せんでいい。みんなで無事に帰ってきてくれただけで御の字だ」
 側で強がりを言うリコに、舞奈は軽くツッコむ。
 一体、誰に似たのやら。

「……」
「全員が無事に帰ってこられたのだから、貴女の行動は最良だったわ」
 何か言いたげにうつむくえり子に、珍しく明日香が微笑みかける。

「……それでも自分の判断基準に疑問があるなら、後日に相談に乗るわ。今は休みなさい。それから……誰かに甘えなさい」
 事務的な口調を作って言った明日香に、えり子はさり気なく身体を寄せる。
 そんな様子を眺めていたら、気づいた明日香が睨んできた。

 シスターは、リコのことを近くにいるはずの舞奈に連絡しようとしていた。
 えり子のことも、家には確実にいない母親ではなく明日香に任せようとした。

 その矢先に当の舞奈たちが跳びこんできた。
 テックから連絡を受けた2人は、教会へとんぼ返りしたのだ。

 何故ならテックは桜たちの危機を、みゃー子から聞いたらしい。
 みゃー子がそんなことを知り得た理由は不明だ。
 だがテックはチャビーの携帯のGPSの位置を調べてくれた。
 その位置は意味不明な林の中。
 なので慌てて舞奈に連絡をよこしたのだ。

 不幸中の幸いか、林は教会からそれほど離れていない。
 だから舞奈たちは、ひとまずシスターに応援を頼もうと教会に戻ってきた。
 そうしたら一足先に、桜たちも戻ってきていた。

 皆の無事を確認して、肩透かしを食らいながらもほっとした。
 一瞬だけ人騒がせなみゃー子に何か言ってやりたくなった。

 だが一行がトラブルに巻きこまれたのは本当らしい。
 なので比較的落ち着いていた委員長とリコ、えり子から話を聞いていたのだ。

 委員長の家にも連絡はしたらしいのだが、まだ誰も迎えに来てはいない。
 明日香の話では、彼女の親は仕事中に抜けられないような職種ではない気がする。
 だが他人の仕事のやり方に文句をつける筋合いはない。
 それでも、委員長が家の離れた桜と仲良くする理由が少しだけわかった気がした。

 そして、

「パパ、ママ、心配かけてごめんなさい」
「そんなことは良いんだ。それより、おまえが無事でよかった」
「これからは危なそうな場所には近づかないようにするのよ」
「うん、ママ」
 舞奈たちの側のベンチには園香とご両親。
 頭頂は寂しいが恰幅も良く威厳のある父親と、園香に似た美しい母親。

 園香の両親も、近くにいた舞奈たちとさほど違わぬ時分に教会に跳びこんできた。

「その……ごめんなさい。園香のこと、あたしが守れなくて」
 苦手な園香の父親に、舞奈は詫びる。
 正直なところ、今回の件に関して自分は皆を守る役には立たなかった。
 これでは普段の奈良坂を笑えない。そう思った。だが、

「そう言う理由で謝ったりするんじゃない」
 園香父は舞奈を見やり、いつもと同じ厳格な口調で言った。

「君は以前にも園香を守ってくれた。だがそれは君の義務ではないんだ」
 そう言って、悔しげに口元を歪ませる。

 その表情を見て舞奈は気づいた。
 先ほどの舞奈の台詞を、本当は彼自身が言いたかったのだ。
 そうしたら、その言葉を否定したのは舞奈だっただろう。

「舞奈ちゃんはリコちゃんについていてあげて。彼女も怖い思いをしたんですもの」
 園香と同じくらい優しく利発な園香母が、そう告げた。

「しもんー」
 園香母の言葉に反応したわけでもないのだろうが、リコが抱きついてきた。

「どうしたよ? 怖かったのか?」
 舞奈はリコを抱き上げる。

 だが訝しむ。
 今までリコが、こういう反応を示したことはない。
 あるいは今回の件が、それほど堪えたということだろうか? だが、

「(コートのおとこがいったんだ)」
 耳元で、声を潜めてリコは言った。
 舞奈は声に集中する。

「(きこえないくらい、ちいさなこえでいったんだ)」
「(何をだよ?)」
「(『ちょうどいいかたほうはあーくでーもんのばいたいにするか』って)」
 言葉とともに、リコが得意げに笑う気配。

「(片方は……アークデーモンの……媒体?)」
 再び訝しみ、そして理解した。

 その言葉を、リコは他の面子には話してはいけないものだと認識した。
 委員長や園香たちは怪異や魔法には縁のない一般人だ。
 そして明日香はほぼ初対面。
 だからそれを、舞奈にだけ伝えようとした。
 そもそも聞こえないくらい小さな独り言の内容を、知り得たのは唇を読んだからだ。

 そして、その剣呑な台詞は何かのヒントになる気がした。

 自分たちを襲った天使、大天使。
 戦場に鳴り響いたロックの定番曲『DEMON∵LOAD』
 そして『アークデーモン』。

 それらが何かの糸で、繋がる気がした。

 今回の仕事のことを、リコに話した覚えはないはずだが。
 そう思いながら、腕の中の幼女の重さを意識する。

 一体、誰に似たのやら。
 舞奈もリコを抱き上げたまま、ニヤリと笑った。
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