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第10章 亡霊
襲撃 ~銃技&陰陽術vs屍虫
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1年前とは異なり、雨の夜は何事もなく過ぎた。
なので舞奈はチャビーとともに、普通に登校した。
そして普段通りに授業を受け、放課後。
「あれ? チャビーの奴は帰ったのか?」
舞奈はテックに問いかける。
「すぐに出てったわ。誰かと待ち合わせしてるんですって。舞奈じゃないの?」
「いや、あたしと待ち合わせるならここでいいだろう」
返事に思わず首をかしげる。
そういえば、帰る途中で誰かと会っていると楽しそうに話していたことを思いだす。
だが今はそれより、
「ま、好都合っちゃあ好都合か」
ひとりごちる。
帰りに【機関】支部に寄ろうと思っていたのだ。
頼んでおいた占術の結果を催促しに行くためだ。
新開発区の酸性雨の止んだ今なら、占術に引っかかるようなイベントもない。
中川ソォナムが滓田妖一についての情報を得ていても不思議ではない。
なので舞奈も荷物をまとめて下校した。
そして、ひとり統零町のキナ臭い通りを歩く。
ちなみに明日香は鷹乃のところだ。
張は結果が出たら連絡をくれる手筈になっている。
携帯を見てもそれらしいメールは届いてないから、まだなのだろう。
幸いなのは、仮に滓田妖一が蘇ったとしても、前回のような儀式を執り行うのは不可能だということだ。
明日香が言うには、儀式に必要な脂虫を確保できないらしい。
なるほど1年前と比べ、この界隈の脂虫は減っている。
執行人たちがヤニ狩りを頑張ってくれているおかげだ。
彼らは街を平和に清潔にしていただけでなく、起こり得る災厄の芽をも摘んでいた。
なので舞奈も口元に笑みを浮かべ……
次の瞬間、むせこむ。
薄汚い背広を着こんだくわえ煙草とすれ違ったからだ。
「……」
舞奈は舌打ちする。
脂虫が睨んできたが、放っておく。
別に舞奈はヤニ狩りでボーナスが出たりはしないからだ。
それより携帯に着信があったので見てみると、明日香からメールだった。
鷹乃は学校を休んでいたそうだ。
6年のクラスメートへの言伝から、どうやら占術に専念しているらしい。
何も学校を休んでまでとは思ったが、その気持ちはありがたい。
そんな鷹乃の家は、この界隈にあるらしい。
なので明日香もこちらに来るという。
……家も近いんだったら連絡くらい取り合えよとも思った。
そのとき、ふと背後が騒がしくなった。
不吉な予感に、振り返る。
……先ほどの背広が、近くの施設のガードマンと戦っていた。
「なんだ、なんだ?」
戸惑う舞奈の目前で、背広は3人いるガードマンのうちひとりに跳びかかる。
その両手からのびているのは鋭いカギ爪。
「屍虫だと!?」
舞奈は鞄とバッグを落としながら走る。
拳銃を抜いて撃つ。
相応の距離があるにも関わらず、大口径弾は屍虫の足首を正確に穿つ。
頭を撃ち抜かなかったのは反対側に人がいるからだ。
それでも脂虫はバランスを崩し、カギ爪はアスファルトの地面を斬り裂く。
屍虫とは、脂虫が妖術によって変化した怪異だ。
泥人間と違って異能力こそ使わないが、身体能力が非常に高い。
脂虫は撃たれた足をかばってうずくまる。
3人のガードマンは脂虫を囲み、手にした短機関銃を斉射する。
無数の小口径弾が、薄汚い色の背広をズタズタに引き裂く。
だが中身へのダメージは軽微。
魔法的に強化された屍虫の身体は硬い。
小口径弾程度では傷もつかない。
先ほど足を穿った大口径弾すら距離で威力が減衰したか、致命的なダメージを与えられた様子はない。
それでも身体が完全に魔法に置き換わった大屍虫とは違う。
十分に接近すれば、撃ち抜くことは可能だ。
「退いてろ! そいつはあたしが片づける!」
銃撃を続けるガードマンたちに叫びながら、走る。
「……!?」
だが声に気づいたガードマンのうち射撃を止めたのは2人。
ひとりは単にフルオートで撃ってて弾切れしたらしい。
だが、もうひとりは手にした得物を舞奈に向ける。
西洋風の彫りの深い顔立ちをした男だ。
その瞳に映るは恐怖――
――舞奈は地面を転がりながら背後に撃つ。
どてっ腹を撃ち抜かれた屍虫が吹き飛ぶ。
もう1匹が振り降ろしたカギ爪が、舞奈の残像を切り裂きながら地面を穿つ。
2匹の屍虫が背後から襲いかかっていた。
先ほどのガードマンはそのどちらかを狙ったのだ。
「さんきゅ! 命拾いした!」
一挙動で跳ね起きながら、ガードマンに笑みを向ける。
「……ったく、おまえらどこから生えて来やがった」
屍虫とは脂虫が妖術によって変化した怪異だ。
つまり近くに術者がいて、先ほどの脂虫に術をかけたのだ。
1年前、陽介とともに襲われた時と似たような状況だ。
確か当時は、陽介のクラスメートだったとい泥人間の道士が術者だった。
口元を歪める舞奈の前で、屍虫は地面からカギ爪を引き抜く。
討ち逃した舞奈に追撃するべく身構える。
その顔面に、舞奈は銃口を突きつける。撃つ。
ヤニで歪んだ頭が砕ける。
同時に、先ほど吹き飛ばした1匹が斬りかかってくる。
だが腹からヤニ色の体液を流しながら放たれる攻めは先ほどより鈍い。
続けざまに放たれる斬撃を跳び退って避ける。
大振りを横に跳んでかわす。
屍虫がバランスを崩した隙に、みぞおちに渾身の力でハイキック。
鍛え抜かれた舞奈の蹴りに、強靭な屍虫すらくの字に折れ曲がる。
悶絶しながら手の届く場所まで降りてきた頭を銃口で小突く。撃つ。
瞬時に2匹の襲撃者を屠った舞奈は、最初の1匹に向き直る。
ガードマン3人に予備の小型拳銃で蜂の巣にされ、ボロボロの背広にくるまった脂虫は体液を流しながらのたうち回る。
小口径弾とはいえ、流石にあれだけぶちこまれたら無傷とはいかない。
舞奈も加勢しようと走り寄り――
「――あんたたち! 下がれ!」
気づいて叫ぶ。
同時に屍虫の身体が膨れあがった。
「糞ったれ! 進行しやがった……!!」
……全身を魔法で置き換えた大屍虫に。
近くに術者が潜んでいるのは確実だが、気配はない。
そして術者を探す余裕もない。
「ひいっ!?」
ガードマンたちは狼狽える。
そのうちひとりにめがけ、大屍虫は鋭いカギ爪を振り上げる。
屍虫を凌駕する怪力で振り下ろされた斬撃を、まともに喰らえば命はない。
舞奈は咄嗟に跳躍し、振り上げられた丸太のような腕にしがみつく。
大屍虫は怒りの咆哮をあげ、舞奈を地面に叩きつけようと腕を地面に振り下ろす。
だが地面に激突する前に舞奈は跳び退く。
そして素早く残弾を叩きこむ。
大口径弾が容赦なく脳天を穿つ。
だが傷は軽微。
それどころか雄叫びとともに傷はかき消える。
「一旦引け! こいつを殺るには長物が要る。でもって、できれば狙撃してくれ」
「だが君は!?」
「持ちこたえるくらいするさ!」
女子小学生のその言葉にガードマンたちは逡巡する。
だが彼らもプロだ。
屍虫に倍する大屍虫の猛攻を、のらりくらいと避ける舞奈の言葉は虚勢ではないと瞬時に悟った。
「すまない、君!」
「Thank you Girl! Good luck!」
口々に言いつつ近くの建物に向かって走り出す。
ひとりは無線機に向かって喚く。
こうした施設の警護に携わるのは雇われ者だ。撤退と再武装には許可がいる。
英会話なんてわからない舞奈だが、ふと『Pixion』という単語が耳に入った。
だが詮索している暇はない。
舞奈は大屍虫に向き直り、身構える。
下がった彼らには申し訳ないが、過度な期待はしていない。
舞奈は彼らの素性も装備も練度も知らないからだ。
帰って来るかもわからないし、有効な武器を持ってこれるかもわからないし、最悪の場合は味方の狙撃を避ける羽目になる。
なので自力で片づけようとするのはいいが、それなら相応の火力が必要になる。
もちろん、普段なら無理な相談だ。
大屍虫を討つのに必要な通常火力はライフル以上。
だが今日は、先ほど落としたバッグに着替えと一緒に手榴弾が入っている。
日中チャビーの家に放置するわけにもいかないので持ってきたのが幸いした。
入り口で落としたバッグまでの距離を目算する、その時――
「――な!?」
舞奈は驚愕した。
背後の上空から、何かが落ちてきたからだ。
正確には航空機のようだ。
それが大屍虫めがけて落下してきている。
あるいは急降下か?
機体の上方にレドームを設えたそれは、航空自衛隊の早期警戒機によく似ていた。
だが違和感。
それは航空機ではなく人間サイズの偽物だ。
ドローンだろうか?
どちらにせよ、それはすでに間近に迫ってきていた。
実機と同じ形でサイズ違いなために距離を測り損ねたのだ。
しかも突然にあらわれたそれは、舞奈の目前で『変形』した。
機体の下側が剥がれて腕になる。
後方が左右に割れて折れ曲がり、脚になる。
手足を生やした飛行機という体になったそれは飛来したスピードのまま大屍虫の後方に着地する。
そのまま地面を滑るように移動しつつつ、手にした短機関銃を撃ちまくる。
「……っぶねぇな」
跳び退って射線を逃れた舞奈は乱入者を睨む。
その目前で、それはさらに形を変える。
翼がたたまれ、機首が引っこみ上下に延びて、人の胴に形になる。
レドームを押し上げて人の頭部が出現する。
それは長身の女性に変わった。
鋼鉄でできた女は虚空から布を取り出し身体に巻く。
するとそれは如何な魔法によってか着流しとなった。
ここまで僅か数秒。
舞奈も弾倉の交換を終えていた。
「加勢ニ来タゾ」
「あんた……鷹乃ちゃんか!?」
自宅で占術に専念しているはずの彼女は、戦闘では自身とリンクした式神を使う。
以前にミノタウロス戦で手伝ってくれた際も、似たような機械人間の姿だった。
変形するギミックは初見だが。
「貴様マデ、ソノヨウナ名デ!」
「はは、すまんすまん」
安堵を誤魔化すように軽口を叩く。
手榴弾より魔術師の攻撃魔法のほうが強力で弾数も多く、何より信頼できる。
そんな思わぬ援軍と並び、舞奈は油断なく拳銃を構える。
その目前で、大屍虫の全身に刻まれた弾痕が消える。
「ムム、ヤハリ大屍虫カ」
言って鷹乃は、舌打ちするように機械音で唸る。
奴はいわば、鷹乃と同じ式神の身体を持っている。
短機関銃の小口径弾で致命傷は与えられない。
傷を癒した大屍虫が、雄叫びをあげながら跳びかかってきた。
「ま、そういうこった」
「ナルホド、コレデ合点ガイッタワ!」
2人は跳ぶ。舞奈は左へ、鷹乃は右へ。
大屍虫は斬撃を避けられてたたらを踏む。
有効打を与える手段がなくて困ってたんだ。大技を頼む。
みなまで言う前に鷹乃は舞奈を一瞥し、手にした符を投げる。
口訣を諳んじ、印を切る。
すると符は膨れあがり、無数の尖った石片へと変化する。
岩石の矢はシャワーのように大屍虫めがけて降り注ぐ。
大屍虫は両腕をクロスさせて頭を庇う。
だが、そんなものはお構いなしとばかりズタズタに斬り刻む。
即ち【勾陣・石雨法】。
だが次の瞬間、大屍虫の全身に刻まれた傷は消し去るように癒える。
突き刺さっていた数本の石屋が傷口から弾きだされて地に落ちる。
「だから小技は効かないって――」
言いかけた舞奈に構わず、再び口訣。
すると無数に散らばる石矢が一斉に光る。
そして、そのすべてが鋭利なギロチン刃へと変化する。
先の戦でミノタウロスの結界を破壊した【大陰・白虎・刃嵐法】。
大屍虫を囲むように生成されたギロチン刃の群。
それが一斉に中央の犠牲者めがけて襲いかかった!
陰陽師が得手とする【エレメントの創造と変換】は符から五行のエレメントを生み出すだけでなく、五行相生の理に従って変換する。
即ち金から水を、水から木を、木から火を、火から土を、そして土から金を。
それによって魔力の消費を最小限に抑え、効率的な魔法攻撃を実現する。
そんな東洋の秘術による無数の刃は、たった1匹の大屍虫めがけて殺到する。
重く鋭いギロチン刃が風を切る音。
コンクリートを穿つ爆音。
金属と金属がぶつかりあう甲高く恐ろしい音。
そして、
「おい……」
舞奈はジト目で鷹乃を見やる。
……大屍虫の周囲に金属のやぐらが組みあがっていた。
最初のひとつが大屍虫の真横に突き刺さり、続く刃は外れた刃に引っかかり、それが延々と積み上がったのだ。
中から唸り声がするので、肝心の大屍虫は無傷だろう。
巨大な結界やミノタウロス相手ならともかく、人間サイズの相手には悪手だ。
まったく、これだから刀剣は。
「ムゥ、不覚……」
「……あたしが隙を作るから、今度こそ頼む」
苦笑しながら踊りかかる。
鷹乃の口訣と同時に、金属のやぐらは光の粉になって霧散する。
そして閉じこめられていた大屍虫が跳び出してくる。
雄叫びをあげながら襲いかかる大屍虫の斬撃を、舞奈は右に左にかわす。
鷹乃は次なる口訣を紡ぐ。
1つだけ残っていた刃の表面に水滴が湧く。
そして数多の水の鎖と化して大屍虫に襲いかかり、足を地面に縫い止める。
即ち【玄武・水鎖法】。
「退イテオレ! 今度コソ止メヲ刺シテクレル!」
次なる口訣により次元の狭間からひとふりの錫杖を取り出し、銃を持つとは逆の手でつかむ。明日香が両手で構えるサイズの杖を片手で構えるのは式神の筋力故か。
そんな彼女は、これまた人間離れした滑るような動きで大屍虫の前に躍り出る。
機械音が高速かつ滑らかに不動明王の咒を紡ぐ。
陰陽術は道術、仏術、神術の集大成だ。
だから陰陽師は真言によってエレメントを創造し、強化することもできる。
突き出した杖の先から炎が噴き出し、大屍虫を炙る。
即ち【不動・炎熱地獄法】。
だが明日香が使う同様の術に比べて炎の勢いは弱い。
おそらく大屍虫を縛めている【玄武・水鎖法】が原因だ。
陰陽師が得手とする【エレメントの創造と変換】、道士の【エレメントの変換】は五行相生による無駄のない変換が可能な反面、五行相克の理によって打ち消し合う。
土は水を剋し、木は土を剋し、金は木を剋し、火は金を剋し、そして水は火を剋す。
その理に従い、皮肉にも氷の枷が猛炎を弱めているのだ。
炎が真言によって強化されているからいけると思ったか。
……なんというか、確かに彼女の魔術は明日香と同等かそれ以上だ。
だが戦闘における立ち回りには不慣れが目立つ。
そんなことを考えるうちに、先ほどのガードマンたちがショットガンを持って帰ってきた。意外にも良い判断だ。
ガードマンたちは鷹乃に驚きつつも、大屍虫が動かないのを確認すると炎の射線を避けて接敵し、放射状に並んでショットガンを撃つ。
魔術に散弾銃を並べて撃ちまくると、大屍虫はあっけなく塵になって消えた。
舞奈はやれやれと一息つく。
「ありがとう。君の勇気と戦闘能力を称えさせてくれ」
ガードマンのひとりが手を差し出してきたので、握手する。
他のガードマンたちも、にこやかに舞奈と鷹乃を囲む。
「プライマリースクールの子供じゃないか!?」
ガードマンのひとりが、舞奈を見やって驚愕した。
「こんな小さな子供があれを!? Amazing! まるでPixionだ!!」
「……さっきも言ってたが、そいつはなんだ?」
何故その名を知っている? という疑問を隠して問いかける。
「いや、すまん。我々の業界に伝わる伝説なのだよ」
ガードマンは笑顔で答える。
舞奈は無言で先をうながす。
「何年か前に、この界隈にZombieが大量発生する事件が起きた。それを君みたいな勇敢な少女が、たった3人で解決したんだ。それがPixionさ」
ガードマンは子供のように目を輝かせて語る。
現実の世界でおきた映画のような出来事の中心人物を、彼らはどうやら英雄視しているらしい。細部が若干おかしいのは【機関】が情報操作でもしているのか。
「事件はこの国の政府によって隠匿されたが、我々は彼女らの勇気を忘れない。まあ私も前任者から聞いただけなのだがね」
「噂によると、Pixionは政府の特殊機関が養成した超人らしい」
「転属になった仲間から聞いた話では、1年前にもZombieがあらわれたらしい」
「もちろんPixionもだ!」
「ああ、『New Pixion』はティーンズの少年たちで、空を飛び、雷を操り、炎の拳でZombieを討ち、信じられないくらい肥えた彼は空を飛んだらしい」
興奮した口調で口々にわめく。
舞奈はやれやれと苦笑する。
……空飛ぶデブはそんなにAmazingだったか?
ピクシオン本人を目の前に、外人どもは好き勝手言いまくっていた。
だが彼ら全員が笑顔だった。
彼らが言う『New Pixion』とは【機関】の異能力者たちのことだろう。
異能力とも魔法とも縁のない、【機関】の基準では一般市民とみなされる彼らは、異能力者も魔道士もいっしょくたにしてピクシオンと呼んでいる。
もし彼らに倣って執行人たち全員をピクシオンと呼んでいいのなら、【機関】はとんでもなく頼もしい組織だ。
それに彼女たち全員が美佳と一樹の後継者だったらと思うと、それも楽しそうだ。
Zombieというのは屍虫のことだろうか?
1年前という期間は、滓田妖一に関わる一連の事件のそれと一致する。
炎の拳というのは、まさか陽介のことではあるまいか?
武器ではなく拳に炎を宿らせる【火霊武器】を、舞奈は彼しか知らない。
あのお人好しは、こんなところで一体何をしていたのやら。
彼らが英雄として憧れるピクシオンは、実のところもういない。
美佳と一樹は舞奈を残して光の中に消えた。
陽介たちは舞奈が油断しているうちに、帰らぬ人となった。
けど、今、舞奈の前で笑っている彼らが、その事実を知る必要はない。
英雄というのは――ヒーローというのは、たぶんそういうものだと思う。
一方、別のガードマンたちは鷹乃を囲んで盛りあがっていた。
真鍮の仮面を被った着流しなんて、外人から見れば珍しくてしかたないのだろう(まあ舞奈から見ても珍しい格好だとは思うが)。
鷹乃は上着を脱いだひとりのシャツに、促されるまま『愛』とか書いていた。
その様を見やって、周りのガードマンたちが歓声をあげる。
長身な鷹乃の中身は、舞奈と同じプライマリースクールの生徒だ。
誰にでも当りが強い彼女だが、押しはすこぶる弱い。
機械の顔は表情こそ変わらないものの、仕草の端々から狼狽えているのがわかる。
そんな風にガードマンたちと慣れ合っているうちに、半装軌装甲車がやってきた。
荷台には明日香が乗っている。移動用の式神だ。
ガードマンたちはPixionの仲間が来たぞと盛りあがる。
明日香は荷台の上で困惑する。
民間警備会社【安倍総合警備保障】の社長令嬢として彼女を知っている者がいたのだろう、『Abe Pixion!』とか新しい言葉を作られてた。
それでも明日香は鷹乃と違って毅然と荷台から降り、式神が消える様を見やって驚くガードマンたちを尻目に舞奈のところにやってきた。
「遅いぞ。鷹乃ちゃんと一緒に片づけちまったよ」
「あら、そう。よかったわね」
ニヤニヤと笑う舞奈に、明日香は面白くもなさそうに言った。
「占いの結果はどうだったよ?」
「その占術で、貴女が脅威に相対してるって結果が出たのよ」
「いや、あたしじゃなくて奴を占ってたんじゃないのか……?」
明日香と鷹乃を交互にジト目で見やりつつ、舞奈は腑に落ちないと思った。
滓田妖一に対する占術が、こうも逸らされるのが気持ち悪い。
そう思った次の瞬間、携帯が鳴った。
『舞奈。大変よ』
「テックか。どうした?」
『チャビーの携帯のGPSが変な方向に高速で動いてて、近くの防犯カメラを調べたら見たこともない車と一緒に反応が動いてて……』
「わかる言葉で話してくれ」
そう言ってみたが、続くテックの台詞は何となくわかった。
不吉な予感がしたからだ。
『チャビーが……たぶん誘拐された……』
なので舞奈はチャビーとともに、普通に登校した。
そして普段通りに授業を受け、放課後。
「あれ? チャビーの奴は帰ったのか?」
舞奈はテックに問いかける。
「すぐに出てったわ。誰かと待ち合わせしてるんですって。舞奈じゃないの?」
「いや、あたしと待ち合わせるならここでいいだろう」
返事に思わず首をかしげる。
そういえば、帰る途中で誰かと会っていると楽しそうに話していたことを思いだす。
だが今はそれより、
「ま、好都合っちゃあ好都合か」
ひとりごちる。
帰りに【機関】支部に寄ろうと思っていたのだ。
頼んでおいた占術の結果を催促しに行くためだ。
新開発区の酸性雨の止んだ今なら、占術に引っかかるようなイベントもない。
中川ソォナムが滓田妖一についての情報を得ていても不思議ではない。
なので舞奈も荷物をまとめて下校した。
そして、ひとり統零町のキナ臭い通りを歩く。
ちなみに明日香は鷹乃のところだ。
張は結果が出たら連絡をくれる手筈になっている。
携帯を見てもそれらしいメールは届いてないから、まだなのだろう。
幸いなのは、仮に滓田妖一が蘇ったとしても、前回のような儀式を執り行うのは不可能だということだ。
明日香が言うには、儀式に必要な脂虫を確保できないらしい。
なるほど1年前と比べ、この界隈の脂虫は減っている。
執行人たちがヤニ狩りを頑張ってくれているおかげだ。
彼らは街を平和に清潔にしていただけでなく、起こり得る災厄の芽をも摘んでいた。
なので舞奈も口元に笑みを浮かべ……
次の瞬間、むせこむ。
薄汚い背広を着こんだくわえ煙草とすれ違ったからだ。
「……」
舞奈は舌打ちする。
脂虫が睨んできたが、放っておく。
別に舞奈はヤニ狩りでボーナスが出たりはしないからだ。
それより携帯に着信があったので見てみると、明日香からメールだった。
鷹乃は学校を休んでいたそうだ。
6年のクラスメートへの言伝から、どうやら占術に専念しているらしい。
何も学校を休んでまでとは思ったが、その気持ちはありがたい。
そんな鷹乃の家は、この界隈にあるらしい。
なので明日香もこちらに来るという。
……家も近いんだったら連絡くらい取り合えよとも思った。
そのとき、ふと背後が騒がしくなった。
不吉な予感に、振り返る。
……先ほどの背広が、近くの施設のガードマンと戦っていた。
「なんだ、なんだ?」
戸惑う舞奈の目前で、背広は3人いるガードマンのうちひとりに跳びかかる。
その両手からのびているのは鋭いカギ爪。
「屍虫だと!?」
舞奈は鞄とバッグを落としながら走る。
拳銃を抜いて撃つ。
相応の距離があるにも関わらず、大口径弾は屍虫の足首を正確に穿つ。
頭を撃ち抜かなかったのは反対側に人がいるからだ。
それでも脂虫はバランスを崩し、カギ爪はアスファルトの地面を斬り裂く。
屍虫とは、脂虫が妖術によって変化した怪異だ。
泥人間と違って異能力こそ使わないが、身体能力が非常に高い。
脂虫は撃たれた足をかばってうずくまる。
3人のガードマンは脂虫を囲み、手にした短機関銃を斉射する。
無数の小口径弾が、薄汚い色の背広をズタズタに引き裂く。
だが中身へのダメージは軽微。
魔法的に強化された屍虫の身体は硬い。
小口径弾程度では傷もつかない。
先ほど足を穿った大口径弾すら距離で威力が減衰したか、致命的なダメージを与えられた様子はない。
それでも身体が完全に魔法に置き換わった大屍虫とは違う。
十分に接近すれば、撃ち抜くことは可能だ。
「退いてろ! そいつはあたしが片づける!」
銃撃を続けるガードマンたちに叫びながら、走る。
「……!?」
だが声に気づいたガードマンのうち射撃を止めたのは2人。
ひとりは単にフルオートで撃ってて弾切れしたらしい。
だが、もうひとりは手にした得物を舞奈に向ける。
西洋風の彫りの深い顔立ちをした男だ。
その瞳に映るは恐怖――
――舞奈は地面を転がりながら背後に撃つ。
どてっ腹を撃ち抜かれた屍虫が吹き飛ぶ。
もう1匹が振り降ろしたカギ爪が、舞奈の残像を切り裂きながら地面を穿つ。
2匹の屍虫が背後から襲いかかっていた。
先ほどのガードマンはそのどちらかを狙ったのだ。
「さんきゅ! 命拾いした!」
一挙動で跳ね起きながら、ガードマンに笑みを向ける。
「……ったく、おまえらどこから生えて来やがった」
屍虫とは脂虫が妖術によって変化した怪異だ。
つまり近くに術者がいて、先ほどの脂虫に術をかけたのだ。
1年前、陽介とともに襲われた時と似たような状況だ。
確か当時は、陽介のクラスメートだったとい泥人間の道士が術者だった。
口元を歪める舞奈の前で、屍虫は地面からカギ爪を引き抜く。
討ち逃した舞奈に追撃するべく身構える。
その顔面に、舞奈は銃口を突きつける。撃つ。
ヤニで歪んだ頭が砕ける。
同時に、先ほど吹き飛ばした1匹が斬りかかってくる。
だが腹からヤニ色の体液を流しながら放たれる攻めは先ほどより鈍い。
続けざまに放たれる斬撃を跳び退って避ける。
大振りを横に跳んでかわす。
屍虫がバランスを崩した隙に、みぞおちに渾身の力でハイキック。
鍛え抜かれた舞奈の蹴りに、強靭な屍虫すらくの字に折れ曲がる。
悶絶しながら手の届く場所まで降りてきた頭を銃口で小突く。撃つ。
瞬時に2匹の襲撃者を屠った舞奈は、最初の1匹に向き直る。
ガードマン3人に予備の小型拳銃で蜂の巣にされ、ボロボロの背広にくるまった脂虫は体液を流しながらのたうち回る。
小口径弾とはいえ、流石にあれだけぶちこまれたら無傷とはいかない。
舞奈も加勢しようと走り寄り――
「――あんたたち! 下がれ!」
気づいて叫ぶ。
同時に屍虫の身体が膨れあがった。
「糞ったれ! 進行しやがった……!!」
……全身を魔法で置き換えた大屍虫に。
近くに術者が潜んでいるのは確実だが、気配はない。
そして術者を探す余裕もない。
「ひいっ!?」
ガードマンたちは狼狽える。
そのうちひとりにめがけ、大屍虫は鋭いカギ爪を振り上げる。
屍虫を凌駕する怪力で振り下ろされた斬撃を、まともに喰らえば命はない。
舞奈は咄嗟に跳躍し、振り上げられた丸太のような腕にしがみつく。
大屍虫は怒りの咆哮をあげ、舞奈を地面に叩きつけようと腕を地面に振り下ろす。
だが地面に激突する前に舞奈は跳び退く。
そして素早く残弾を叩きこむ。
大口径弾が容赦なく脳天を穿つ。
だが傷は軽微。
それどころか雄叫びとともに傷はかき消える。
「一旦引け! こいつを殺るには長物が要る。でもって、できれば狙撃してくれ」
「だが君は!?」
「持ちこたえるくらいするさ!」
女子小学生のその言葉にガードマンたちは逡巡する。
だが彼らもプロだ。
屍虫に倍する大屍虫の猛攻を、のらりくらいと避ける舞奈の言葉は虚勢ではないと瞬時に悟った。
「すまない、君!」
「Thank you Girl! Good luck!」
口々に言いつつ近くの建物に向かって走り出す。
ひとりは無線機に向かって喚く。
こうした施設の警護に携わるのは雇われ者だ。撤退と再武装には許可がいる。
英会話なんてわからない舞奈だが、ふと『Pixion』という単語が耳に入った。
だが詮索している暇はない。
舞奈は大屍虫に向き直り、身構える。
下がった彼らには申し訳ないが、過度な期待はしていない。
舞奈は彼らの素性も装備も練度も知らないからだ。
帰って来るかもわからないし、有効な武器を持ってこれるかもわからないし、最悪の場合は味方の狙撃を避ける羽目になる。
なので自力で片づけようとするのはいいが、それなら相応の火力が必要になる。
もちろん、普段なら無理な相談だ。
大屍虫を討つのに必要な通常火力はライフル以上。
だが今日は、先ほど落としたバッグに着替えと一緒に手榴弾が入っている。
日中チャビーの家に放置するわけにもいかないので持ってきたのが幸いした。
入り口で落としたバッグまでの距離を目算する、その時――
「――な!?」
舞奈は驚愕した。
背後の上空から、何かが落ちてきたからだ。
正確には航空機のようだ。
それが大屍虫めがけて落下してきている。
あるいは急降下か?
機体の上方にレドームを設えたそれは、航空自衛隊の早期警戒機によく似ていた。
だが違和感。
それは航空機ではなく人間サイズの偽物だ。
ドローンだろうか?
どちらにせよ、それはすでに間近に迫ってきていた。
実機と同じ形でサイズ違いなために距離を測り損ねたのだ。
しかも突然にあらわれたそれは、舞奈の目前で『変形』した。
機体の下側が剥がれて腕になる。
後方が左右に割れて折れ曲がり、脚になる。
手足を生やした飛行機という体になったそれは飛来したスピードのまま大屍虫の後方に着地する。
そのまま地面を滑るように移動しつつつ、手にした短機関銃を撃ちまくる。
「……っぶねぇな」
跳び退って射線を逃れた舞奈は乱入者を睨む。
その目前で、それはさらに形を変える。
翼がたたまれ、機首が引っこみ上下に延びて、人の胴に形になる。
レドームを押し上げて人の頭部が出現する。
それは長身の女性に変わった。
鋼鉄でできた女は虚空から布を取り出し身体に巻く。
するとそれは如何な魔法によってか着流しとなった。
ここまで僅か数秒。
舞奈も弾倉の交換を終えていた。
「加勢ニ来タゾ」
「あんた……鷹乃ちゃんか!?」
自宅で占術に専念しているはずの彼女は、戦闘では自身とリンクした式神を使う。
以前にミノタウロス戦で手伝ってくれた際も、似たような機械人間の姿だった。
変形するギミックは初見だが。
「貴様マデ、ソノヨウナ名デ!」
「はは、すまんすまん」
安堵を誤魔化すように軽口を叩く。
手榴弾より魔術師の攻撃魔法のほうが強力で弾数も多く、何より信頼できる。
そんな思わぬ援軍と並び、舞奈は油断なく拳銃を構える。
その目前で、大屍虫の全身に刻まれた弾痕が消える。
「ムム、ヤハリ大屍虫カ」
言って鷹乃は、舌打ちするように機械音で唸る。
奴はいわば、鷹乃と同じ式神の身体を持っている。
短機関銃の小口径弾で致命傷は与えられない。
傷を癒した大屍虫が、雄叫びをあげながら跳びかかってきた。
「ま、そういうこった」
「ナルホド、コレデ合点ガイッタワ!」
2人は跳ぶ。舞奈は左へ、鷹乃は右へ。
大屍虫は斬撃を避けられてたたらを踏む。
有効打を与える手段がなくて困ってたんだ。大技を頼む。
みなまで言う前に鷹乃は舞奈を一瞥し、手にした符を投げる。
口訣を諳んじ、印を切る。
すると符は膨れあがり、無数の尖った石片へと変化する。
岩石の矢はシャワーのように大屍虫めがけて降り注ぐ。
大屍虫は両腕をクロスさせて頭を庇う。
だが、そんなものはお構いなしとばかりズタズタに斬り刻む。
即ち【勾陣・石雨法】。
だが次の瞬間、大屍虫の全身に刻まれた傷は消し去るように癒える。
突き刺さっていた数本の石屋が傷口から弾きだされて地に落ちる。
「だから小技は効かないって――」
言いかけた舞奈に構わず、再び口訣。
すると無数に散らばる石矢が一斉に光る。
そして、そのすべてが鋭利なギロチン刃へと変化する。
先の戦でミノタウロスの結界を破壊した【大陰・白虎・刃嵐法】。
大屍虫を囲むように生成されたギロチン刃の群。
それが一斉に中央の犠牲者めがけて襲いかかった!
陰陽師が得手とする【エレメントの創造と変換】は符から五行のエレメントを生み出すだけでなく、五行相生の理に従って変換する。
即ち金から水を、水から木を、木から火を、火から土を、そして土から金を。
それによって魔力の消費を最小限に抑え、効率的な魔法攻撃を実現する。
そんな東洋の秘術による無数の刃は、たった1匹の大屍虫めがけて殺到する。
重く鋭いギロチン刃が風を切る音。
コンクリートを穿つ爆音。
金属と金属がぶつかりあう甲高く恐ろしい音。
そして、
「おい……」
舞奈はジト目で鷹乃を見やる。
……大屍虫の周囲に金属のやぐらが組みあがっていた。
最初のひとつが大屍虫の真横に突き刺さり、続く刃は外れた刃に引っかかり、それが延々と積み上がったのだ。
中から唸り声がするので、肝心の大屍虫は無傷だろう。
巨大な結界やミノタウロス相手ならともかく、人間サイズの相手には悪手だ。
まったく、これだから刀剣は。
「ムゥ、不覚……」
「……あたしが隙を作るから、今度こそ頼む」
苦笑しながら踊りかかる。
鷹乃の口訣と同時に、金属のやぐらは光の粉になって霧散する。
そして閉じこめられていた大屍虫が跳び出してくる。
雄叫びをあげながら襲いかかる大屍虫の斬撃を、舞奈は右に左にかわす。
鷹乃は次なる口訣を紡ぐ。
1つだけ残っていた刃の表面に水滴が湧く。
そして数多の水の鎖と化して大屍虫に襲いかかり、足を地面に縫い止める。
即ち【玄武・水鎖法】。
「退イテオレ! 今度コソ止メヲ刺シテクレル!」
次なる口訣により次元の狭間からひとふりの錫杖を取り出し、銃を持つとは逆の手でつかむ。明日香が両手で構えるサイズの杖を片手で構えるのは式神の筋力故か。
そんな彼女は、これまた人間離れした滑るような動きで大屍虫の前に躍り出る。
機械音が高速かつ滑らかに不動明王の咒を紡ぐ。
陰陽術は道術、仏術、神術の集大成だ。
だから陰陽師は真言によってエレメントを創造し、強化することもできる。
突き出した杖の先から炎が噴き出し、大屍虫を炙る。
即ち【不動・炎熱地獄法】。
だが明日香が使う同様の術に比べて炎の勢いは弱い。
おそらく大屍虫を縛めている【玄武・水鎖法】が原因だ。
陰陽師が得手とする【エレメントの創造と変換】、道士の【エレメントの変換】は五行相生による無駄のない変換が可能な反面、五行相克の理によって打ち消し合う。
土は水を剋し、木は土を剋し、金は木を剋し、火は金を剋し、そして水は火を剋す。
その理に従い、皮肉にも氷の枷が猛炎を弱めているのだ。
炎が真言によって強化されているからいけると思ったか。
……なんというか、確かに彼女の魔術は明日香と同等かそれ以上だ。
だが戦闘における立ち回りには不慣れが目立つ。
そんなことを考えるうちに、先ほどのガードマンたちがショットガンを持って帰ってきた。意外にも良い判断だ。
ガードマンたちは鷹乃に驚きつつも、大屍虫が動かないのを確認すると炎の射線を避けて接敵し、放射状に並んでショットガンを撃つ。
魔術に散弾銃を並べて撃ちまくると、大屍虫はあっけなく塵になって消えた。
舞奈はやれやれと一息つく。
「ありがとう。君の勇気と戦闘能力を称えさせてくれ」
ガードマンのひとりが手を差し出してきたので、握手する。
他のガードマンたちも、にこやかに舞奈と鷹乃を囲む。
「プライマリースクールの子供じゃないか!?」
ガードマンのひとりが、舞奈を見やって驚愕した。
「こんな小さな子供があれを!? Amazing! まるでPixionだ!!」
「……さっきも言ってたが、そいつはなんだ?」
何故その名を知っている? という疑問を隠して問いかける。
「いや、すまん。我々の業界に伝わる伝説なのだよ」
ガードマンは笑顔で答える。
舞奈は無言で先をうながす。
「何年か前に、この界隈にZombieが大量発生する事件が起きた。それを君みたいな勇敢な少女が、たった3人で解決したんだ。それがPixionさ」
ガードマンは子供のように目を輝かせて語る。
現実の世界でおきた映画のような出来事の中心人物を、彼らはどうやら英雄視しているらしい。細部が若干おかしいのは【機関】が情報操作でもしているのか。
「事件はこの国の政府によって隠匿されたが、我々は彼女らの勇気を忘れない。まあ私も前任者から聞いただけなのだがね」
「噂によると、Pixionは政府の特殊機関が養成した超人らしい」
「転属になった仲間から聞いた話では、1年前にもZombieがあらわれたらしい」
「もちろんPixionもだ!」
「ああ、『New Pixion』はティーンズの少年たちで、空を飛び、雷を操り、炎の拳でZombieを討ち、信じられないくらい肥えた彼は空を飛んだらしい」
興奮した口調で口々にわめく。
舞奈はやれやれと苦笑する。
……空飛ぶデブはそんなにAmazingだったか?
ピクシオン本人を目の前に、外人どもは好き勝手言いまくっていた。
だが彼ら全員が笑顔だった。
彼らが言う『New Pixion』とは【機関】の異能力者たちのことだろう。
異能力とも魔法とも縁のない、【機関】の基準では一般市民とみなされる彼らは、異能力者も魔道士もいっしょくたにしてピクシオンと呼んでいる。
もし彼らに倣って執行人たち全員をピクシオンと呼んでいいのなら、【機関】はとんでもなく頼もしい組織だ。
それに彼女たち全員が美佳と一樹の後継者だったらと思うと、それも楽しそうだ。
Zombieというのは屍虫のことだろうか?
1年前という期間は、滓田妖一に関わる一連の事件のそれと一致する。
炎の拳というのは、まさか陽介のことではあるまいか?
武器ではなく拳に炎を宿らせる【火霊武器】を、舞奈は彼しか知らない。
あのお人好しは、こんなところで一体何をしていたのやら。
彼らが英雄として憧れるピクシオンは、実のところもういない。
美佳と一樹は舞奈を残して光の中に消えた。
陽介たちは舞奈が油断しているうちに、帰らぬ人となった。
けど、今、舞奈の前で笑っている彼らが、その事実を知る必要はない。
英雄というのは――ヒーローというのは、たぶんそういうものだと思う。
一方、別のガードマンたちは鷹乃を囲んで盛りあがっていた。
真鍮の仮面を被った着流しなんて、外人から見れば珍しくてしかたないのだろう(まあ舞奈から見ても珍しい格好だとは思うが)。
鷹乃は上着を脱いだひとりのシャツに、促されるまま『愛』とか書いていた。
その様を見やって、周りのガードマンたちが歓声をあげる。
長身な鷹乃の中身は、舞奈と同じプライマリースクールの生徒だ。
誰にでも当りが強い彼女だが、押しはすこぶる弱い。
機械の顔は表情こそ変わらないものの、仕草の端々から狼狽えているのがわかる。
そんな風にガードマンたちと慣れ合っているうちに、半装軌装甲車がやってきた。
荷台には明日香が乗っている。移動用の式神だ。
ガードマンたちはPixionの仲間が来たぞと盛りあがる。
明日香は荷台の上で困惑する。
民間警備会社【安倍総合警備保障】の社長令嬢として彼女を知っている者がいたのだろう、『Abe Pixion!』とか新しい言葉を作られてた。
それでも明日香は鷹乃と違って毅然と荷台から降り、式神が消える様を見やって驚くガードマンたちを尻目に舞奈のところにやってきた。
「遅いぞ。鷹乃ちゃんと一緒に片づけちまったよ」
「あら、そう。よかったわね」
ニヤニヤと笑う舞奈に、明日香は面白くもなさそうに言った。
「占いの結果はどうだったよ?」
「その占術で、貴女が脅威に相対してるって結果が出たのよ」
「いや、あたしじゃなくて奴を占ってたんじゃないのか……?」
明日香と鷹乃を交互にジト目で見やりつつ、舞奈は腑に落ちないと思った。
滓田妖一に対する占術が、こうも逸らされるのが気持ち悪い。
そう思った次の瞬間、携帯が鳴った。
『舞奈。大変よ』
「テックか。どうした?」
『チャビーの携帯のGPSが変な方向に高速で動いてて、近くの防犯カメラを調べたら見たこともない車と一緒に反応が動いてて……』
「わかる言葉で話してくれ」
そう言ってみたが、続くテックの台詞は何となくわかった。
不吉な予感がしたからだ。
『チャビーが……たぶん誘拐された……』
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