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第9章 そこに『奴』がいた頃
戦闘4-2 ~銃技&戦闘魔術vs変異体
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市街地の、商業地区に近い路地。
背広姿の脂虫が、突然に屍虫に転じて母娘を襲った。
ヤニにまみれた怪異のカギ爪が、娘をかばった母親の肩口をえぐる。
鮮血。悲鳴。
血まみれの母親と、恐怖で動けない娘。
そんな2人めがけて、屍虫はカギ爪を振り上げる。
次の瞬間、その顔面が爆ぜた。
幼い少女――執行人エリコが【屍鬼の処刑】で攻撃したのだ。
異能力でいう【断罪発破】に相当するこの術は、だが進行した屍虫には効かない。
屍虫はエリコに向き直る。
だが今度は、屍虫の背後に袈裟を着こんだ大女が立った。
そびえるように巨大な女は屍虫の頭をつかんで握りつぶす。
エリコと同じく執行人、【尊師ゴーガン】小泉可憐である。
少し離れたコンビニの前では、脂虫が進行して店員を襲おうとしていた。
その背後に半裸のロシア美女が出現し、脂虫をチェーンソーで両断する。
同じく執行人の【人体工作】紅林ソーニャである。
大通りでは黒づくめの双剣使いが脂虫の首をはね、屍虫の胴を貫く。
こちらは【懲戒担当官】郷田狼犬。
そんな彼の背後から軽四輪がつっこんできた。
運転しているのは進行しかけて理性を無くした、くわえ煙草の脂虫だ。
狼犬は驚き、振り返る。
その目前で、薄汚い暴走車は四散した。
ロケットランチャーによる迎撃である。
射手は少し離れたアパートの屋上にいる2人の仏術士。
ひとりは固く結んだおさげ髪を左右に伸ばし、額に控えめなペイントを施したチベット人の少女。諜報部の【心眼】中川ソォナムである。
「命中しました! 次弾をお願いします」
「はっ、はひっ!」
探知魔法による観測手を務めるソォナムに、側の少女が緊張感を削ぐ返事を返す。
野暮ったいセミロングの髪にフレームレスの眼鏡。
当時から相変わらずの【鹿】こと奈良坂である。
奈良坂はスカートの内側から符を取り出して咒を唱える。
すると符は新たなロケットランチャーへと姿を変える。
優れた探知能力を持つソォナムと、妄想逞しく地味に召喚魔法に適正のある奈良坂のコンビは、車両を使う脂虫/屍虫への対処を受け持っている。
フィクサーの命により、ビル周辺には魔道士を中核とした遊撃隊が配置されていた。
彼らは周辺の喫煙者を監視し、儀式の影響で屍虫と化したら迅速かつ秘密裏に排除することで一般市民への被害を抑えるよう厳命を受けていた。
まるで、ひとりのヒーローの代役を100人の兵士で担うように。
そんな作戦に、ソォナム同様に諜報部の巫女が参加していた。
ふんわりボブカットの、おっとりした雰囲気の少女。
こちらも今と変わらぬ【思兼】九杖サチである。
「何もフィクサー自らが前線に立つ必要はないんじゃいかしら。危険だわ」
サチの任務は、陣頭指揮をとるフィクサーの護衛だった。
「動員できる執行人に対して敵の数が多すぎる。わたしでも賑やかしくらいにはなる」
フィクサーは自嘲気味に答える。
「それに危険を部下だけに押しつけるリーダーが、如何に愚かかを知ったばかりだ」
「自身の危険を顧みないリーダーも同じなんじゃないかしら」
「……そうかもな」
答えた次の瞬間、
「大屍虫!?」
サチはフィクサーを突き飛ばして地を転がる。
その顔面めがけて、背広姿の大屍虫がカギ爪を振り下ろす。
サチはとっさに祝詞を紡ぎ、不可視の障壁を創りだしてカギ爪を受け止める。
奇襲を受けた。
そう気づいた瞬間、もう1匹の大屍虫がフィクサーめがけて襲いかかっていた。
フィクサーは異能力すら持たないただの人間だ。
怪異に――それも大屍虫に対処する力はない。
サチは驚愕に目を見開き――
だが次の瞬間、大屍虫の身体が引き裂かれた。
その背後に立ち尽くす、ひとりの少女。
戦闘《タクティカル》セーラー服を身にまとい、セミロングの頭から猫耳を生やし、手には輝くカギ爪を生やしている。
それは【死体作成人】如月小夜子だった。
小夜子はカギ爪でもう1匹の首をかき切ってサチを救う。
屠られた2匹の怪異は塵と化して消える。
支部最強の一角を担う小夜子にとって、この程度は容易い。
「あの……ありがとう」
サチは小夜子を見つめる。
小夜子もサチを見返す。
決戦前夜に明日香が執り行った儀式。
それは、かつて彼女が使ったのと同様の応援要請であった。
この魔法的な呼びかけにより小夜子は奮起し、銃弾と攻撃魔法が飛び交う戦場に舞い戻った。だから、
「……フィクサー。わたし、戦います」
ひとりごちるように、言った。
「そうしないと、陽介君、寂しいままだから。ちゃんと、お別れ、しなきゃ……」
心を決めたような、あるいは思いつめたような、そんな脆くて強い笑みを浮かべる。
「そうか……」
フィクサーの躊躇は一瞬。
「執行人デスメーカーに命ずる」
氷の女の表情で、ナワリ呪術師を真正面から見やる。
「先行中の仕事人と共に滓田妖一を排除せよ。その際に全兵装の使用を許可する」
その言葉に、小夜子はこくりとうなずいた。
そんな2人を、サチは不安げに見ていた。
サチは小夜子のことをよく知らない。
話したことなどないし、まともに顔を合わせたのも今日が初めてだ。
人見知りな小夜子が【機関】の他の魔道士とあまり話さなかったからだ。
けど純真で穢れなき神術士の瞳には、小夜子の表情はあまりに張りつめていて、まるで此処ではない何処かを渇望しているように見えた。だから、
――あの強く儚い少女を、どうか御守りください。
自身の力の源である森羅万象に、祈った。
同じ頃、滓田妖一が儀式を行うオフィスビルの中層階。
「やっぱり出やがったか」
舞奈と明日香の目の前に、3人の男が待ち受けていた。
筋肉質な上半身を露出させた巨漢。
抜身の日本刀を携えた着流し。
槍を手にした中世風の甲冑。
舞奈たちが陽介を失ったあの夜、儀式場を守っていた3人だ。
「あんたら全員、滓田妖一の息子なんだってな。4人兄弟のひとりだけハバにしてやるなよ、可哀想だろ?」
舞奈は改造ライフルをだらしなく手にしたまま、語りかける。
口元に、感情を悟らせない笑みを浮かべる。
儀式によって殺された異能力者は5人。
即ち【雷霊武器】【装甲硬化】【虎爪気功】【偏光隠蔽】。
そして【火霊武器】。
そのうち前者3人の異能力は目前の男たちが持っている。
舞奈たちが倉庫ビルの最上階に辿り着いたとき、彼らはすでに異能力者たちを生贄にして儀式を執り行い、異能力を奪っていたのだ。
それが、あのとき巨漢が浮かべた含みのある笑みの理由だ。
身体と技では勝てなかったから、代りに舞奈が守りたかった彼を殺して力を奪った。
その事実が舞奈への仕返しになると考えたのだろう。
だが舞奈は歯噛みする代わりに、
「……なあ、あんたたち」
笑みを浮かべる。
「ここにいないあんたらの兄弟が内臓えぐられて死んでたら、どんな気分がするよ?」
「さあな。それがしは調理された豚の気持ちを考えながら飯を食うでゴザルか?」
笑みを浮かべて答えたのは着流しの男だった。
手にした日本刀を舐めると、反り返った鋭利な刃が放電する。
彼が異能力者から奪った【雷霊武器】の異能だ。
「そりゃそうだわな」
それでも舞奈は笑う。
口元に浮かべた軽薄な笑みが……歪む。
コートの裏から取り出した手榴弾を、ピンを歯で抜いて投げる。
巨漢と甲冑は両腕で頭をかばう。
着流しは跳び退る。
彼の異能が武器に紫電を宿らせる【雷霊武器】だからだ。
身体を強化する【虎爪気功】や防具を無敵にする【装甲硬化】と異なり、武器を強化する異能を防御に使うことはできない。
直後に爆発。
破片を伴わない爆発に3人は怯む。
その隙を逃さず舞奈は撃つ。
狙いは着流し。
あくまで武器を強化する【雷霊武器】に、身体能力を上昇させる効果はない。
弾丸より速く動けたり、弾丸を切り払えたりはしない。
そんなのは絵本の中のヒーローがすることだ。
だから3発の大口径ライフル弾は着流しの腹と胸に大穴を開け、頭を吹き飛ばした。
男の身体はヤニ色の飛沫をぶちまけながら宙を舞う。
そして2人の兄弟が呆然と、2人の少女が冷徹に見やる前で床に叩きつけられる。
塵になって消えないところを見ると、大屍虫に進行したわけではないらしい。
彼らは儀式によって大屍虫の力を得ていたに過ぎない。
彼らは何物にもならずに、ただ異能力者の異能力と大屍虫の力を利用していた。
そんな男の手を離れた日本刀は宙を舞い、舞奈の足元に落ちた。
舞奈は歪んだ笑顔のまま、その腹にスニーカーを履いた足を乗せる。
そのまま体重をかけて踏み折る。
「貴様!? よくも……!!」
「気に障ったんなら謝るよ。踏み潰された虫の気持ちなんてわからないんだ」
その言葉に巨漢は激昂する。
勝手なものだとせせら笑いながら、舞奈は撃つ。
だが異能力で強化された肉体は、着流しを瞬殺した大口径ライフル弾すら防ぐ。
それでも弾痕からヤニ色の体液が流れる。
無傷とはいかないようだ。
一方、明日香の式神たちは機関銃の斉射を甲冑に集中させる。
だが、これだけの火力をもってしても甲冑は無傷。
なぜなら【装甲硬化】が身に着けた防具を無敵にする異能力だからだ。
無敵と言っても限界はあるが、その限界は機関銃の斉射より上だ。
それでも甲冑は、銃弾の嵐に圧されて動けない。
その隙に明日香はクロークの裏から大頭を取り出す。
そして真言を唱え、一語で締める。
大頭の双眸が輝き、そこから放たれた光線が甲冑に突き刺さった。
甲冑の身体が凍りつく。
彼の【装甲硬化】は身に着けた防具を強化する異能だ。
装甲の隙間から浸透する冷気を防ぐことはできない。
だから大頭が生み出す大量の魔力を用いた秘術によって、甲冑の内側の体組織は完全に凍結した。
そして凍った甲冑はゆっくりと倒れる。
防具を無敵にする【装甲硬化】に守られていた甲冑は傷ひとつつつかぬまま、中身だけがバラバラになって廊下を転がった。
甲冑の隙間からこぼれた氷片が、溶けてヤニ色の肉片に変わっていく。
そういえば素顔がどんななのか結局わからずじまいだったが、どうでもいい。
だが残された巨漢の顔が怒りに歪む。
激情に我を忘れ、明日香に飛びかかる。
大屍虫の運動能力を取りこみ、【虎爪気功】で強化された必殺の一撃。
主人をかばった2体の式神が消える。
「明日香!?」
舞奈は改造ライフルを乱射しながら巨漢に肉薄する。
だが巨漢は振り返りざまに殴りつける。
直撃こそ避けたものの、返す手の甲で強打されて廊下の壁に叩きつけられる。
打撃を受け止めた改造ライフルが舞奈の手を離れ、肩紐を引き千切って床を転がる。
「舞奈!」
明日香が叫ぶ。
巨漢は笑う。
舞奈も笑う。
一挙動で立ち上がりつつサイドアームの短機関銃を抜こうと構える。
奴の肉体は大口径ライフル弾を防ぐが、眼鼻や口で接射を防げるとは限らない。
相手が得物を失ったと油断している今ならば試すのも容易い。
だが、その機会はなかった。なぜなら――
「――!?」
銃声。
2人のものではない。
巨漢の胸には、深く穿たれた弾痕。
「……狙撃か?」
警戒しつつ、射線を追って向かいのビルの屋上を見やる。
そこに小柄な誰かがいた。
セミロングの髪型の少女のシルエットを、舞奈はよく知っている気がした。
そして再び巨漢を見やる。
異能力で強化されて大口径ライフル弾すら防いだ肉体を、撃ち抜いた弾丸。
おそらくは対物ライフルに用いる超大口径ライフル弾だ。
巨漢は自身の胸を穿った弾丸を呆然と見つめながら、後ろ向きにドウと倒れる。
その弾痕が黒曜石の破片によって侵食される。
巨漢は絶叫する。
自身の体を蝕む異常に恐怖し、激痛に錯乱し、すがるように少女たちを見やる。
2人に向かって、助けを乞うように手をのばす。
「対象を生きたまま解体するナワリ呪術師の魔法よ」
だが明日香は彼を見下ろしたまま、冷徹に語る。
明日香が魔術によって奮起させた彼女は、伏兵となって共通の敵を討った。
2人の目前で、黒い破片は巨漢の肉体をゆっくりと解体していく。
やがて巨漢の身体は完全に消え去り、心臓だけが残された。
こうして5人の異能力者から異能を奪った男たちのうち、3人が逝った。
「いたわね、ヒーロー」
明日香が笑う。
「いや、こういうのじゃなくてさ」
舞奈は心臓を踏みつぶす。
心臓はナワリ呪術師が大魔法を行使するために使用する部位だ。
だが魔法を使えない舞奈はもとより、明日香も生贄を用いる術など使えない。
それでも舞奈の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
背広姿の脂虫が、突然に屍虫に転じて母娘を襲った。
ヤニにまみれた怪異のカギ爪が、娘をかばった母親の肩口をえぐる。
鮮血。悲鳴。
血まみれの母親と、恐怖で動けない娘。
そんな2人めがけて、屍虫はカギ爪を振り上げる。
次の瞬間、その顔面が爆ぜた。
幼い少女――執行人エリコが【屍鬼の処刑】で攻撃したのだ。
異能力でいう【断罪発破】に相当するこの術は、だが進行した屍虫には効かない。
屍虫はエリコに向き直る。
だが今度は、屍虫の背後に袈裟を着こんだ大女が立った。
そびえるように巨大な女は屍虫の頭をつかんで握りつぶす。
エリコと同じく執行人、【尊師ゴーガン】小泉可憐である。
少し離れたコンビニの前では、脂虫が進行して店員を襲おうとしていた。
その背後に半裸のロシア美女が出現し、脂虫をチェーンソーで両断する。
同じく執行人の【人体工作】紅林ソーニャである。
大通りでは黒づくめの双剣使いが脂虫の首をはね、屍虫の胴を貫く。
こちらは【懲戒担当官】郷田狼犬。
そんな彼の背後から軽四輪がつっこんできた。
運転しているのは進行しかけて理性を無くした、くわえ煙草の脂虫だ。
狼犬は驚き、振り返る。
その目前で、薄汚い暴走車は四散した。
ロケットランチャーによる迎撃である。
射手は少し離れたアパートの屋上にいる2人の仏術士。
ひとりは固く結んだおさげ髪を左右に伸ばし、額に控えめなペイントを施したチベット人の少女。諜報部の【心眼】中川ソォナムである。
「命中しました! 次弾をお願いします」
「はっ、はひっ!」
探知魔法による観測手を務めるソォナムに、側の少女が緊張感を削ぐ返事を返す。
野暮ったいセミロングの髪にフレームレスの眼鏡。
当時から相変わらずの【鹿】こと奈良坂である。
奈良坂はスカートの内側から符を取り出して咒を唱える。
すると符は新たなロケットランチャーへと姿を変える。
優れた探知能力を持つソォナムと、妄想逞しく地味に召喚魔法に適正のある奈良坂のコンビは、車両を使う脂虫/屍虫への対処を受け持っている。
フィクサーの命により、ビル周辺には魔道士を中核とした遊撃隊が配置されていた。
彼らは周辺の喫煙者を監視し、儀式の影響で屍虫と化したら迅速かつ秘密裏に排除することで一般市民への被害を抑えるよう厳命を受けていた。
まるで、ひとりのヒーローの代役を100人の兵士で担うように。
そんな作戦に、ソォナム同様に諜報部の巫女が参加していた。
ふんわりボブカットの、おっとりした雰囲気の少女。
こちらも今と変わらぬ【思兼】九杖サチである。
「何もフィクサー自らが前線に立つ必要はないんじゃいかしら。危険だわ」
サチの任務は、陣頭指揮をとるフィクサーの護衛だった。
「動員できる執行人に対して敵の数が多すぎる。わたしでも賑やかしくらいにはなる」
フィクサーは自嘲気味に答える。
「それに危険を部下だけに押しつけるリーダーが、如何に愚かかを知ったばかりだ」
「自身の危険を顧みないリーダーも同じなんじゃないかしら」
「……そうかもな」
答えた次の瞬間、
「大屍虫!?」
サチはフィクサーを突き飛ばして地を転がる。
その顔面めがけて、背広姿の大屍虫がカギ爪を振り下ろす。
サチはとっさに祝詞を紡ぎ、不可視の障壁を創りだしてカギ爪を受け止める。
奇襲を受けた。
そう気づいた瞬間、もう1匹の大屍虫がフィクサーめがけて襲いかかっていた。
フィクサーは異能力すら持たないただの人間だ。
怪異に――それも大屍虫に対処する力はない。
サチは驚愕に目を見開き――
だが次の瞬間、大屍虫の身体が引き裂かれた。
その背後に立ち尽くす、ひとりの少女。
戦闘《タクティカル》セーラー服を身にまとい、セミロングの頭から猫耳を生やし、手には輝くカギ爪を生やしている。
それは【死体作成人】如月小夜子だった。
小夜子はカギ爪でもう1匹の首をかき切ってサチを救う。
屠られた2匹の怪異は塵と化して消える。
支部最強の一角を担う小夜子にとって、この程度は容易い。
「あの……ありがとう」
サチは小夜子を見つめる。
小夜子もサチを見返す。
決戦前夜に明日香が執り行った儀式。
それは、かつて彼女が使ったのと同様の応援要請であった。
この魔法的な呼びかけにより小夜子は奮起し、銃弾と攻撃魔法が飛び交う戦場に舞い戻った。だから、
「……フィクサー。わたし、戦います」
ひとりごちるように、言った。
「そうしないと、陽介君、寂しいままだから。ちゃんと、お別れ、しなきゃ……」
心を決めたような、あるいは思いつめたような、そんな脆くて強い笑みを浮かべる。
「そうか……」
フィクサーの躊躇は一瞬。
「執行人デスメーカーに命ずる」
氷の女の表情で、ナワリ呪術師を真正面から見やる。
「先行中の仕事人と共に滓田妖一を排除せよ。その際に全兵装の使用を許可する」
その言葉に、小夜子はこくりとうなずいた。
そんな2人を、サチは不安げに見ていた。
サチは小夜子のことをよく知らない。
話したことなどないし、まともに顔を合わせたのも今日が初めてだ。
人見知りな小夜子が【機関】の他の魔道士とあまり話さなかったからだ。
けど純真で穢れなき神術士の瞳には、小夜子の表情はあまりに張りつめていて、まるで此処ではない何処かを渇望しているように見えた。だから、
――あの強く儚い少女を、どうか御守りください。
自身の力の源である森羅万象に、祈った。
同じ頃、滓田妖一が儀式を行うオフィスビルの中層階。
「やっぱり出やがったか」
舞奈と明日香の目の前に、3人の男が待ち受けていた。
筋肉質な上半身を露出させた巨漢。
抜身の日本刀を携えた着流し。
槍を手にした中世風の甲冑。
舞奈たちが陽介を失ったあの夜、儀式場を守っていた3人だ。
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口元に、感情を悟らせない笑みを浮かべる。
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即ち【雷霊武器】【装甲硬化】【虎爪気功】【偏光隠蔽】。
そして【火霊武器】。
そのうち前者3人の異能力は目前の男たちが持っている。
舞奈たちが倉庫ビルの最上階に辿り着いたとき、彼らはすでに異能力者たちを生贄にして儀式を執り行い、異能力を奪っていたのだ。
それが、あのとき巨漢が浮かべた含みのある笑みの理由だ。
身体と技では勝てなかったから、代りに舞奈が守りたかった彼を殺して力を奪った。
その事実が舞奈への仕返しになると考えたのだろう。
だが舞奈は歯噛みする代わりに、
「……なあ、あんたたち」
笑みを浮かべる。
「ここにいないあんたらの兄弟が内臓えぐられて死んでたら、どんな気分がするよ?」
「さあな。それがしは調理された豚の気持ちを考えながら飯を食うでゴザルか?」
笑みを浮かべて答えたのは着流しの男だった。
手にした日本刀を舐めると、反り返った鋭利な刃が放電する。
彼が異能力者から奪った【雷霊武器】の異能だ。
「そりゃそうだわな」
それでも舞奈は笑う。
口元に浮かべた軽薄な笑みが……歪む。
コートの裏から取り出した手榴弾を、ピンを歯で抜いて投げる。
巨漢と甲冑は両腕で頭をかばう。
着流しは跳び退る。
彼の異能が武器に紫電を宿らせる【雷霊武器】だからだ。
身体を強化する【虎爪気功】や防具を無敵にする【装甲硬化】と異なり、武器を強化する異能を防御に使うことはできない。
直後に爆発。
破片を伴わない爆発に3人は怯む。
その隙を逃さず舞奈は撃つ。
狙いは着流し。
あくまで武器を強化する【雷霊武器】に、身体能力を上昇させる効果はない。
弾丸より速く動けたり、弾丸を切り払えたりはしない。
そんなのは絵本の中のヒーローがすることだ。
だから3発の大口径ライフル弾は着流しの腹と胸に大穴を開け、頭を吹き飛ばした。
男の身体はヤニ色の飛沫をぶちまけながら宙を舞う。
そして2人の兄弟が呆然と、2人の少女が冷徹に見やる前で床に叩きつけられる。
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彼らは何物にもならずに、ただ異能力者の異能力と大屍虫の力を利用していた。
そんな男の手を離れた日本刀は宙を舞い、舞奈の足元に落ちた。
舞奈は歪んだ笑顔のまま、その腹にスニーカーを履いた足を乗せる。
そのまま体重をかけて踏み折る。
「貴様!? よくも……!!」
「気に障ったんなら謝るよ。踏み潰された虫の気持ちなんてわからないんだ」
その言葉に巨漢は激昂する。
勝手なものだとせせら笑いながら、舞奈は撃つ。
だが異能力で強化された肉体は、着流しを瞬殺した大口径ライフル弾すら防ぐ。
それでも弾痕からヤニ色の体液が流れる。
無傷とはいかないようだ。
一方、明日香の式神たちは機関銃の斉射を甲冑に集中させる。
だが、これだけの火力をもってしても甲冑は無傷。
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無敵と言っても限界はあるが、その限界は機関銃の斉射より上だ。
それでも甲冑は、銃弾の嵐に圧されて動けない。
その隙に明日香はクロークの裏から大頭を取り出す。
そして真言を唱え、一語で締める。
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「明日香!?」
舞奈は改造ライフルを乱射しながら巨漢に肉薄する。
だが巨漢は振り返りざまに殴りつける。
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「舞奈!」
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巨漢は笑う。
舞奈も笑う。
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「――!?」
銃声。
2人のものではない。
巨漢の胸には、深く穿たれた弾痕。
「……狙撃か?」
警戒しつつ、射線を追って向かいのビルの屋上を見やる。
そこに小柄な誰かがいた。
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そして再び巨漢を見やる。
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巨漢は自身の胸を穿った弾丸を呆然と見つめながら、後ろ向きにドウと倒れる。
その弾痕が黒曜石の破片によって侵食される。
巨漢は絶叫する。
自身の体を蝕む異常に恐怖し、激痛に錯乱し、すがるように少女たちを見やる。
2人に向かって、助けを乞うように手をのばす。
「対象を生きたまま解体するナワリ呪術師の魔法よ」
だが明日香は彼を見下ろしたまま、冷徹に語る。
明日香が魔術によって奮起させた彼女は、伏兵となって共通の敵を討った。
2人の目前で、黒い破片は巨漢の肉体をゆっくりと解体していく。
やがて巨漢の身体は完全に消え去り、心臓だけが残された。
こうして5人の異能力者から異能を奪った男たちのうち、3人が逝った。
「いたわね、ヒーロー」
明日香が笑う。
「いや、こういうのじゃなくてさ」
舞奈は心臓を踏みつぶす。
心臓はナワリ呪術師が大魔法を行使するために使用する部位だ。
だが魔法を使えない舞奈はもとより、明日香も生贄を用いる術など使えない。
それでも舞奈の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
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