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第9章 そこに『奴』がいた頃
戦闘4-1 ~銃技&戦闘魔術vs脂虫
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滓田妖一が開催するセミナー会場は、オフィス街の片隅にある賃貸ビルだ。
セミナー以外のイベントもなく、関係者以外の人間もいない。
参加者を利用した邪悪な儀式を見咎められる可能性を無くすためだ。
だからエントランスにも警備はいない。
代わりに受付のカウンターでは、薄汚い団塊男が煙草を吹かしていた。
耳からずれたイヤホンから顔に似合わぬポップスを音漏れさせながら、黄ばんだガラス越しに道行く人々をぬめつける。
ヤニ臭いセミナーに相応しい、下品で無礼な受付役だ。
そんな団塊男が、ふと入り口を睨んだ。
エントランスの入り口から2人の少女があらわれたからだ。
男は不躾な視線を少女たちに向ける。
2人の背格好は小学生ほど。
セミナーの参加者ではありえない。
「へえ、ここがセミナーとやらの会場か。焦げた糞みたいな臭いがしやがる」
ツインテールの肩には肩紐で提げられた改造ライフル。
黒髪の少女の肩には髑髏の留め金がついた漆黒のクローク。
舞奈と明日香だ。
あまりに露骨な重武装。
だが、女子小学生が並んでそうしていると、むしろ無邪気なコスプレに見える。
少なくとも今この時は、ビルの外には平和な世界が広がっている。
「そんなにスパスパ吸ってると早死にするぞ、ヤニカス野郎」
受付で煙草を吹かす団塊男を見やり、舞奈は顔をしかめる。
だが男は無反応。
イヤホンの音漏れが返事の代わりだ。
舞奈は気にせず通り過ぎる。すると、
「おいテメェ、ちょっと待て!」
中年男はあわてて喚きながら立ちあがる。
カウンターを迂回して2人の前に立ちはだかる。
たるんでいるが大柄な男の背丈は、小学生からすれば壁のように大きい。
「ここはテメェらみたいなガキの来るところじゃねぇ!」
ヤニで黄ばんだ双眸を見開き、醜い顔をさらに歪めて怒鳴りつける。
「このセミナーに参加するには招待状が必要だ。確かめさせてもらうぞ!」
脅かすように手をのばす。
自分より小さな子供には威圧的に振舞う。
それは彼が人の心を投げ捨てた脂虫だからだ。
だが舞奈は気にせず笑う。
「招待状ならあるさ」
言いつつコートの内側に手を入れる。
「なんだとぉ!? テメェみたいなガキが――」
男が激昂して叫ぼうとした瞬間、
「こいつだよ」
銃声。
男の頭が弾けた。
舞奈は笑みを浮かべたまま。
手には硝煙を立ちのぼらせる拳銃。
中口径弾は脂虫の頭に風穴を開けたが、大口径弾はまるごと吹き飛ばす。
首から上がなくなった身体がドウと倒れ、床にヤニ色の染みを作る。
千切れた耳をこびりつかせたまま、イヤホンがべちゃりと床に落ちる。
そこから軽快なポップスが溢れ出す。
「余命、約30秒ってところかしら」
「いちいち数えてたのかよ。……っていうか、もう屍虫だったのか」
男の指先からのびていたカギ爪を見やり、苦笑する。
「ええ、……どうやら滓田が儀式を始めたみたいね」
「らしいな」
魔術師である明日香は、舞奈には気づきようのない魔力の高まりに感づいた。
すなわち泥人間の道士が滓田妖一に力を与えるための儀式を始めたのだ。
彼も、その余波で進行したのだ。
以降はセミナー参加者たちが次々に屍虫と化し、襲いかかって来るだろう。
だが逆に、滓田ももう逃げられない。
儀式が始まった今、儀式場を離れれば望む力を手に入れられないからだ。
だから屍虫どもを蹴散らして奴の元に辿り着けば、確実に排除できる。
舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
明日香は口元を引き締める。
同時に階段から大勢が駆ける足音。
強襲に気づいた屍虫どもだ。
「気をつけて。奴らはの大半は大屍虫よ」
「へいへい、了解」
答えると同時に、先行していた2匹が跳びかかってくる。
振りかざしたカギ爪がギラリと光る。
舞奈は残りの弾丸を全部ぶちこむ。
だが9発の大口径弾は背広の腹に、ヤニで歪んだ額に埋まるのみ。
「野郎、大屍虫だ」
「そう言ったでしょ」
すました顔で言った明日香の背後に4つの影があらわれる。
短機関銃を手にした影法師。
明日香が召喚し、自身の影に潜ませておいた式神だ。
4丁の短機関銃の斉射が大屍虫を怯ませる。
その隙に明日香は帝釈天の咒を唱え、「魔弾」と締める。
即ち【雷弾・弐式】。
明日香が修めた戦闘魔術の、最も初歩的な攻撃魔法。
そして明日香が陽介の前で初めて使った魔術だ。
かざした掌から放たれた紫電は、あの時と同じように屍虫の1匹を飲みこみ、あの時と同じように壁を焦がす。
1匹は辛くも逃れ、舞奈めがけて飛びかかる。
だが舞奈は口元に笑みを浮かべたまま。
討ち尽くした拳銃をコートの裏に仕舞い、肩にかけた改造ライフルを構える。
銃声。三点射撃。
背広の胴に2発の穴が開き、頭が消し飛ぶ。
大口径ライフル弾に砕かれた大屍虫は、傷跡を癒す暇すらなく塵と化して消える。
大屍虫とは、脂虫の肉体に浸透して屍虫にするのと同じ魔力で全身を作り変えた、いわば一種の式神である。
式神の天敵は強力な魔法だ。
だが一撃で粉砕するほど強力な打撃ならば代用できる。
例えば遠距離への狙撃に使う大口径ライフル弾を至近距離からぶちこめば、非魔法の銃弾でも大屍虫を狩ることが可能だ。
舞奈はスミスがしつらえてくれた新たな力を見やってニヤリと笑う。
そして明日香を見やる。
「4体いっぺんに使えるようになったんだな」
「そのために開発したクロークよ」
不敵に笑う明日香の胸元で、クロークの留め金代わりの金属製の骸骨が輝く。
明日香も、この日のために新たな力を準備していた。
たぶん舞奈と同じ理由で。
次いで無数の足音。
そして次なる襲撃者たちがあらわれる。
面子は同じだ。
明日香は先ほどと同じ帝釈天の咒を唱え、今度は「情報」と締める。
突きつけた掌から放たれた稲妻は手近な大屍虫を穿つ。
ここまでは先ほどの電撃と同じだ。
だが稲妻は軌道を変え、別の大屍虫めがけて突き進む。
そうやって6体あまりの大屍虫に飛び火して蹴散らす。
「ヒュー! そいつも新しい術か?」
「ええ。【鎖雷】よ。電撃のエネルギーがなくなるまで追尾して攻撃し続けるから、壁に当たって焦がすこともないわ」
「そりゃスゴイ。最高だ」
軽口を叩きながら、軽薄な笑みを浮かべる。
2人の新たな力が何かに間に合ったら、あの時のように陽介を救えただろうか?
それとも、やっぱり無駄だっただろうか?
舞奈は改造ライフルを構え、稲妻の洗礼を逃れた数匹を始末する。
荒れ狂う銃声とともに大口径ライフル弾が踊る。
屍虫はヤニ色の飛沫になって飛び散る。
大屍虫は塵と化して消える。
こうして怪異どもの第一波は一掃された。
「そろそろ建物の外にも影響が出るころね」
明日香は窓を見やって舌打ちする。
「そっちは大丈夫だろ」
舞奈も仕方ないなと外を見やる。
明日香は常に用心深くて冷静だ。
激情に囚われた舞奈を現実に引き戻してくれる。だから、
「なんせ、その手のプロに任せたんだ」
そう言って舞奈は笑う。
外にあらわれた屍虫への対応は、執行人たちに一任してある。
舞奈と明日香の仕事は事件の元凶を仕留めることだ。
だから2人は上階へと続く階段を駆け上がる。
そうして2人はビルの半ばまで快進撃を続けた。
だが、まったくの無傷ではなかった。
ビルの廊下を駆ける舞奈のコートの端には、いくつもの斬撃の痕。
明日香に併走していた4体の式神はすでにいない。
「ここらで一休みと行くか」
通路の奥の階段から跳びだした大屍虫を蜂の巣にして、エレベーターの前で止まる。
上層階から2台同時に降りてきている。
挟み撃ちにするつもりだろう。
明日香は銃痕と飛沫で汚れたコンクリートの床にドッグタグを並べる。
そして中央に紙片を置き、真言を唱え始める。
新たな式神を召喚するためだ。
舞奈も素早く改造ライフルの弾倉を交換する。
次いでコートの裏から拳銃を取り出し、打ち尽くした弾倉を落とす。
そして交換用の弾倉を取り出す。
弾倉の底に描かれた炎のペイントを一瞬だけ見やり、乾いた笑みを浮かべる。
「なあ明日香」
弾倉を愛銃にセットしながら、ひとりごちるように語りかける。
「もし、空から理想のお兄ちゃんが落ちてきたら、何してもらいたい?」
「別に何にも。……したいことがあったら自分でするわ」
「そいつは殊勝な心がけだ」
苦笑する。
明日香は気にせず次なる真言を唱える。
召喚魔法を確実なものとすべく、舞奈は拳銃を仕舞い、改造ライフルを構えて警戒する。
「あたしはあいつの背中に、昔の仲間の影を見てた」
油断なく階段を見やりながら、ひとりごちるように語る。
2人にとって、銃弾と攻撃魔法が飛び交う戦場は、憧れの非日常ではない。
逃げ出したい現実でもない。
ただの日常だ。
だから舞奈は日々の勤めの合間を縫って、口元に懐かしむような笑みを浮かべる。
「あいつといると、無邪気にヒーローに憧れてた昔の自分に戻れた気がしたんだ。夢の中にいるみたいにさ」
舞奈は語る。
明日香は構わず真言を終え、一語の呪句で締める。
その周囲に、先に呼び出したのと同じ4体の影法師が陽炎のようにあらわれた。
その手には機関銃が携えられている。
明日香の指示で2体はエレベーターを、2体は舞奈と同じ階段に向き直る。
「けど彼はいなくなって、夢から醒めた。それが気に入らないっていうの?」
指示を出し終えた明日香は、何食わぬ顔で舞奈を見やる。
だが舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべる。
「……わかんないよ」
その刹那、階段から幾つもの影が飛び出した。
電気ノコギリに似た異音が響く。2丁の機関銃が斉射される音だ。
式神が放った弾丸の奔流が大屍虫を切断する。
舞奈の改造ライフルが生き残りを肉片に変える。
そんな混乱の最中に、エレベーターの到着を伝える電子音が鳴った。
階段からの襲撃に合せたエレベーターの到着。
やはり挟み撃ちにするつもりだったらしいが、場馴れした2人にはお見通しだ。
2体の影法師が2つのドアに銃口を向ける。
明日香は冷気の顕現たる大自在天《シヴァ》の咒を唱え終える。
ドアが開いて屍虫の雄叫びと悪臭が溢れ出す寸前、
「拘束」
明日香の両手から冷凍光線がほとばしり、ドアを開きかけで固定する。
舞奈は銃撃の合間にコートの内側からパイナップル型手榴弾を取り出す。
慣れた調子で安全ピンを口で引き抜き、ひょいと隙間に放りこむ。
明日香も隣のドアに柄付手榴弾をねじこむ。
そして2人はドアから離れる。
次の瞬間、ドアの隙間から轟音と爆風、ヤニ色の飛沫が吹き出した。
ドアは爆風でボコボコに歪む。二度と開くことはないだろう。
そして中は静かになった。
「今いるここが夢なのか、それとも夢から醒めたのか、夢見てる本人にわかるかよ」
軽口のように答えながら、口元に笑みを浮かべる。
何事もなかったかのように改造ライフルを構え、階段からの敵への対処に戻る。
「けど、今でも、どっかにヒーローがいるって信じたいのかもな」
機関銃の爆音に苦笑しつつ、斉射を逃れた1匹の頭を吹き飛ばす。
「やり残した仕事をそのままにしとくと、甘ちゃんで几帳面なヒーローが落ち着かないんじゃないかってさ」
「ヒーローなんて、いるわけないじゃないの」
明日香は肩をすくめる。
「自分の望みを叶えられるのは自分自身だけよ。他の誰かじゃない。だいたいヒーローのために戦ってたら逆でしょ?」
言った直後に帝釈天の咒を唱える。
そして掌を突き出して「情報」と締める。
「わかってるよ、そんなこと」
口元を歪めた舞奈の目の前で、放たれた稲妻が大屍虫を穿つ。
そこからさらに別の獲物めがけて突き進む。
雷光はそうやって残った屍虫を引き裂き、そのすべてを消し炭に変えた。
「お前はご立派な生き方ができて羨ましいよ、まったく」
舞奈は口元に軽薄な笑みを浮かべる。
襲撃者の気配がひとまず消えたのを確かめ、階段を駆け上がる。そして、
「やっぱり出やがったか」
2人の目の前に、3人の男が待ち受けていた。
セミナー以外のイベントもなく、関係者以外の人間もいない。
参加者を利用した邪悪な儀式を見咎められる可能性を無くすためだ。
だからエントランスにも警備はいない。
代わりに受付のカウンターでは、薄汚い団塊男が煙草を吹かしていた。
耳からずれたイヤホンから顔に似合わぬポップスを音漏れさせながら、黄ばんだガラス越しに道行く人々をぬめつける。
ヤニ臭いセミナーに相応しい、下品で無礼な受付役だ。
そんな団塊男が、ふと入り口を睨んだ。
エントランスの入り口から2人の少女があらわれたからだ。
男は不躾な視線を少女たちに向ける。
2人の背格好は小学生ほど。
セミナーの参加者ではありえない。
「へえ、ここがセミナーとやらの会場か。焦げた糞みたいな臭いがしやがる」
ツインテールの肩には肩紐で提げられた改造ライフル。
黒髪の少女の肩には髑髏の留め金がついた漆黒のクローク。
舞奈と明日香だ。
あまりに露骨な重武装。
だが、女子小学生が並んでそうしていると、むしろ無邪気なコスプレに見える。
少なくとも今この時は、ビルの外には平和な世界が広がっている。
「そんなにスパスパ吸ってると早死にするぞ、ヤニカス野郎」
受付で煙草を吹かす団塊男を見やり、舞奈は顔をしかめる。
だが男は無反応。
イヤホンの音漏れが返事の代わりだ。
舞奈は気にせず通り過ぎる。すると、
「おいテメェ、ちょっと待て!」
中年男はあわてて喚きながら立ちあがる。
カウンターを迂回して2人の前に立ちはだかる。
たるんでいるが大柄な男の背丈は、小学生からすれば壁のように大きい。
「ここはテメェらみたいなガキの来るところじゃねぇ!」
ヤニで黄ばんだ双眸を見開き、醜い顔をさらに歪めて怒鳴りつける。
「このセミナーに参加するには招待状が必要だ。確かめさせてもらうぞ!」
脅かすように手をのばす。
自分より小さな子供には威圧的に振舞う。
それは彼が人の心を投げ捨てた脂虫だからだ。
だが舞奈は気にせず笑う。
「招待状ならあるさ」
言いつつコートの内側に手を入れる。
「なんだとぉ!? テメェみたいなガキが――」
男が激昂して叫ぼうとした瞬間、
「こいつだよ」
銃声。
男の頭が弾けた。
舞奈は笑みを浮かべたまま。
手には硝煙を立ちのぼらせる拳銃。
中口径弾は脂虫の頭に風穴を開けたが、大口径弾はまるごと吹き飛ばす。
首から上がなくなった身体がドウと倒れ、床にヤニ色の染みを作る。
千切れた耳をこびりつかせたまま、イヤホンがべちゃりと床に落ちる。
そこから軽快なポップスが溢れ出す。
「余命、約30秒ってところかしら」
「いちいち数えてたのかよ。……っていうか、もう屍虫だったのか」
男の指先からのびていたカギ爪を見やり、苦笑する。
「ええ、……どうやら滓田が儀式を始めたみたいね」
「らしいな」
魔術師である明日香は、舞奈には気づきようのない魔力の高まりに感づいた。
すなわち泥人間の道士が滓田妖一に力を与えるための儀式を始めたのだ。
彼も、その余波で進行したのだ。
以降はセミナー参加者たちが次々に屍虫と化し、襲いかかって来るだろう。
だが逆に、滓田ももう逃げられない。
儀式が始まった今、儀式場を離れれば望む力を手に入れられないからだ。
だから屍虫どもを蹴散らして奴の元に辿り着けば、確実に排除できる。
舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
明日香は口元を引き締める。
同時に階段から大勢が駆ける足音。
強襲に気づいた屍虫どもだ。
「気をつけて。奴らはの大半は大屍虫よ」
「へいへい、了解」
答えると同時に、先行していた2匹が跳びかかってくる。
振りかざしたカギ爪がギラリと光る。
舞奈は残りの弾丸を全部ぶちこむ。
だが9発の大口径弾は背広の腹に、ヤニで歪んだ額に埋まるのみ。
「野郎、大屍虫だ」
「そう言ったでしょ」
すました顔で言った明日香の背後に4つの影があらわれる。
短機関銃を手にした影法師。
明日香が召喚し、自身の影に潜ませておいた式神だ。
4丁の短機関銃の斉射が大屍虫を怯ませる。
その隙に明日香は帝釈天の咒を唱え、「魔弾」と締める。
即ち【雷弾・弐式】。
明日香が修めた戦闘魔術の、最も初歩的な攻撃魔法。
そして明日香が陽介の前で初めて使った魔術だ。
かざした掌から放たれた紫電は、あの時と同じように屍虫の1匹を飲みこみ、あの時と同じように壁を焦がす。
1匹は辛くも逃れ、舞奈めがけて飛びかかる。
だが舞奈は口元に笑みを浮かべたまま。
討ち尽くした拳銃をコートの裏に仕舞い、肩にかけた改造ライフルを構える。
銃声。三点射撃。
背広の胴に2発の穴が開き、頭が消し飛ぶ。
大口径ライフル弾に砕かれた大屍虫は、傷跡を癒す暇すらなく塵と化して消える。
大屍虫とは、脂虫の肉体に浸透して屍虫にするのと同じ魔力で全身を作り変えた、いわば一種の式神である。
式神の天敵は強力な魔法だ。
だが一撃で粉砕するほど強力な打撃ならば代用できる。
例えば遠距離への狙撃に使う大口径ライフル弾を至近距離からぶちこめば、非魔法の銃弾でも大屍虫を狩ることが可能だ。
舞奈はスミスがしつらえてくれた新たな力を見やってニヤリと笑う。
そして明日香を見やる。
「4体いっぺんに使えるようになったんだな」
「そのために開発したクロークよ」
不敵に笑う明日香の胸元で、クロークの留め金代わりの金属製の骸骨が輝く。
明日香も、この日のために新たな力を準備していた。
たぶん舞奈と同じ理由で。
次いで無数の足音。
そして次なる襲撃者たちがあらわれる。
面子は同じだ。
明日香は先ほどと同じ帝釈天の咒を唱え、今度は「情報」と締める。
突きつけた掌から放たれた稲妻は手近な大屍虫を穿つ。
ここまでは先ほどの電撃と同じだ。
だが稲妻は軌道を変え、別の大屍虫めがけて突き進む。
そうやって6体あまりの大屍虫に飛び火して蹴散らす。
「ヒュー! そいつも新しい術か?」
「ええ。【鎖雷】よ。電撃のエネルギーがなくなるまで追尾して攻撃し続けるから、壁に当たって焦がすこともないわ」
「そりゃスゴイ。最高だ」
軽口を叩きながら、軽薄な笑みを浮かべる。
2人の新たな力が何かに間に合ったら、あの時のように陽介を救えただろうか?
それとも、やっぱり無駄だっただろうか?
舞奈は改造ライフルを構え、稲妻の洗礼を逃れた数匹を始末する。
荒れ狂う銃声とともに大口径ライフル弾が踊る。
屍虫はヤニ色の飛沫になって飛び散る。
大屍虫は塵と化して消える。
こうして怪異どもの第一波は一掃された。
「そろそろ建物の外にも影響が出るころね」
明日香は窓を見やって舌打ちする。
「そっちは大丈夫だろ」
舞奈も仕方ないなと外を見やる。
明日香は常に用心深くて冷静だ。
激情に囚われた舞奈を現実に引き戻してくれる。だから、
「なんせ、その手のプロに任せたんだ」
そう言って舞奈は笑う。
外にあらわれた屍虫への対応は、執行人たちに一任してある。
舞奈と明日香の仕事は事件の元凶を仕留めることだ。
だから2人は上階へと続く階段を駆け上がる。
そうして2人はビルの半ばまで快進撃を続けた。
だが、まったくの無傷ではなかった。
ビルの廊下を駆ける舞奈のコートの端には、いくつもの斬撃の痕。
明日香に併走していた4体の式神はすでにいない。
「ここらで一休みと行くか」
通路の奥の階段から跳びだした大屍虫を蜂の巣にして、エレベーターの前で止まる。
上層階から2台同時に降りてきている。
挟み撃ちにするつもりだろう。
明日香は銃痕と飛沫で汚れたコンクリートの床にドッグタグを並べる。
そして中央に紙片を置き、真言を唱え始める。
新たな式神を召喚するためだ。
舞奈も素早く改造ライフルの弾倉を交換する。
次いでコートの裏から拳銃を取り出し、打ち尽くした弾倉を落とす。
そして交換用の弾倉を取り出す。
弾倉の底に描かれた炎のペイントを一瞬だけ見やり、乾いた笑みを浮かべる。
「なあ明日香」
弾倉を愛銃にセットしながら、ひとりごちるように語りかける。
「もし、空から理想のお兄ちゃんが落ちてきたら、何してもらいたい?」
「別に何にも。……したいことがあったら自分でするわ」
「そいつは殊勝な心がけだ」
苦笑する。
明日香は気にせず次なる真言を唱える。
召喚魔法を確実なものとすべく、舞奈は拳銃を仕舞い、改造ライフルを構えて警戒する。
「あたしはあいつの背中に、昔の仲間の影を見てた」
油断なく階段を見やりながら、ひとりごちるように語る。
2人にとって、銃弾と攻撃魔法が飛び交う戦場は、憧れの非日常ではない。
逃げ出したい現実でもない。
ただの日常だ。
だから舞奈は日々の勤めの合間を縫って、口元に懐かしむような笑みを浮かべる。
「あいつといると、無邪気にヒーローに憧れてた昔の自分に戻れた気がしたんだ。夢の中にいるみたいにさ」
舞奈は語る。
明日香は構わず真言を終え、一語の呪句で締める。
その周囲に、先に呼び出したのと同じ4体の影法師が陽炎のようにあらわれた。
その手には機関銃が携えられている。
明日香の指示で2体はエレベーターを、2体は舞奈と同じ階段に向き直る。
「けど彼はいなくなって、夢から醒めた。それが気に入らないっていうの?」
指示を出し終えた明日香は、何食わぬ顔で舞奈を見やる。
だが舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべる。
「……わかんないよ」
その刹那、階段から幾つもの影が飛び出した。
電気ノコギリに似た異音が響く。2丁の機関銃が斉射される音だ。
式神が放った弾丸の奔流が大屍虫を切断する。
舞奈の改造ライフルが生き残りを肉片に変える。
そんな混乱の最中に、エレベーターの到着を伝える電子音が鳴った。
階段からの襲撃に合せたエレベーターの到着。
やはり挟み撃ちにするつもりだったらしいが、場馴れした2人にはお見通しだ。
2体の影法師が2つのドアに銃口を向ける。
明日香は冷気の顕現たる大自在天《シヴァ》の咒を唱え終える。
ドアが開いて屍虫の雄叫びと悪臭が溢れ出す寸前、
「拘束」
明日香の両手から冷凍光線がほとばしり、ドアを開きかけで固定する。
舞奈は銃撃の合間にコートの内側からパイナップル型手榴弾を取り出す。
慣れた調子で安全ピンを口で引き抜き、ひょいと隙間に放りこむ。
明日香も隣のドアに柄付手榴弾をねじこむ。
そして2人はドアから離れる。
次の瞬間、ドアの隙間から轟音と爆風、ヤニ色の飛沫が吹き出した。
ドアは爆風でボコボコに歪む。二度と開くことはないだろう。
そして中は静かになった。
「今いるここが夢なのか、それとも夢から醒めたのか、夢見てる本人にわかるかよ」
軽口のように答えながら、口元に笑みを浮かべる。
何事もなかったかのように改造ライフルを構え、階段からの敵への対処に戻る。
「けど、今でも、どっかにヒーローがいるって信じたいのかもな」
機関銃の爆音に苦笑しつつ、斉射を逃れた1匹の頭を吹き飛ばす。
「やり残した仕事をそのままにしとくと、甘ちゃんで几帳面なヒーローが落ち着かないんじゃないかってさ」
「ヒーローなんて、いるわけないじゃないの」
明日香は肩をすくめる。
「自分の望みを叶えられるのは自分自身だけよ。他の誰かじゃない。だいたいヒーローのために戦ってたら逆でしょ?」
言った直後に帝釈天の咒を唱える。
そして掌を突き出して「情報」と締める。
「わかってるよ、そんなこと」
口元を歪めた舞奈の目の前で、放たれた稲妻が大屍虫を穿つ。
そこからさらに別の獲物めがけて突き進む。
雷光はそうやって残った屍虫を引き裂き、そのすべてを消し炭に変えた。
「お前はご立派な生き方ができて羨ましいよ、まったく」
舞奈は口元に軽薄な笑みを浮かべる。
襲撃者の気配がひとまず消えたのを確かめ、階段を駆け上がる。そして、
「やっぱり出やがったか」
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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