銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第8章 魔獣襲来

戦闘3-1 ~ナワリ呪術&古神術vs火霊術士

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 旧市街地の一角の、線路沿いの静かな小道を薄汚い身なりの男が歩く。
 男は胸ポケットからライターと煙草を取り出し、耳障りな音をたてて火をつける。

 少し離れた空き地で丸くなった猫が、風に混じった悪臭の元凶を迷惑そうに見やる。
 男は気にせず煙草を吹かす。
 脂虫はすべからく邪悪で身勝手だから、他者への被害を顧みることはない。
 猫は不快げにひと鳴きする。

「なんだ文句があるのか?」
 男は猫を見やって怒鳴る。
 他者の痛みには鈍感なのに自身への侮辱には敏感な脂虫特有の反応だ。

「生意気なクソ猫め!」
 男は火のついた煙草を猫に向かって投げる。
 幸い狙いを外した煙草は地に落ちるが、猫は怯えて身を縮こまらせる。そのとき、

「おっ、丁度いいや」
 声がした。

 次の瞬間、衝撃。

 男はたまらず道路を転がる。
 頭上から重い何かが振り下ろされたのだ。

「あれ、気絶しないぞ?」
 男の背後に、にじみ出るように大柄な少年があらわれた。
 諜報部の執行人エージェント偏光隠蔽ニンジャステルス】である。
 少年は金属バットを振り下ろした格好で、怪訝そうに男を見ている。

「な、なんだ、おまえは……!?」
 頭から汚い体液を流しながら、男はうわずった声で問いかける。
 だが少年は、邪悪な怪異の言葉になど答えない。代わりに、

「おいおい、しっかりしてくれよ」
 物陰からも数人の少年が出てきた。
 彼らは大柄な少年と一緒に男を取り囲む。

 うちひとりが手にしたゴルフクラブで男の足を打ち据える。
 するとヤニのせいで少し歪んだ男の足が、凍りついた。
 武器を冷気で覆う【氷霊武器アイスサムライ】の応用だ。

 男は恐怖に凍りつく。
 少年は容赦なく得物を振るう。
 男の右腕も凍り、その次で左腕も凍る。

「お、上手いぞ」
「あとは手足を砕いて袋に詰めるだけだ。やっぱりこっちのやり方のが早いな」
 少年たちは笑う。
 怪異が他者の痛みを感じないように、人は怪異の痛みに動じない。

「お……おまえら! 俺にこんなことをして、どうなるかわかって……ぐはぁっ!」
「ああ、わかってるよ」
 叫ぶ男を少年のひとりが打ち据える。

「よく喋る虫だなあ」
「最初にちゃんと気絶させないからだぞ」
「ごめん……」
「まあ、ミスを責めても仕方がないさ。みんなで蹴れば脳震盪をおこすはずだ。身体構造が人間からすごく変化してる訳じゃないからな」
「お、なんかインテリだな」
「閣下の受け売りなんだけどね」
 そして少年たちは皆で男を蹴り始めた。

 悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者を【機関】は脂虫と呼称し、人に仇成す怪異だと規定している。彼らは人に似て人ではなく、死んでも【機関】が後始末する。
 もっとも今回の少年たちの目的は、脂虫を殺すことではなく捕獲することだ。

 猫は少年たちを労うように「ナァー」と鳴く。
 大柄な少年が相好を崩した。

 異能力者は怪異との戦闘では役に立たない。
 彼らが使う近接武器や格闘技による戦闘が、格上の相手には無力だからだ。
 だから異能力者たちに相応しい敵は、邪悪で人ではないが人に似て、多くは人並みの戦闘能力しか持たない脂虫だ。

 裏を返せば、人知を超える恐るべき戦闘能力を持つ怪異や魔獣との戦闘は、銃と魔法を操る魔道士メイジたちの役目だ。

 だから同じ頃、新開発区で、

「こちら【デスメーカー】。目標を視認」
「こちら【思兼】。同じく目標を見つけたわ」
『【デスメーカー】【思兼】目標地点への到着を確認。しばらく待機してください』
「了解」
 支部でオペレートを担当する中川ソォナムの指示に、小夜子は返事を返す。

 そんな小夜子の格好は、高い防刃/防弾性能を持つ新素材で形成された戦闘タクティカルセーラー服。セミロングの髪には猫耳カチューシャ。
 肩に肩紐スリングで吊られているのはアサルトライフルFX05シウコアトル

 その側には巫女装束に身を包んだサチ。
 巫女姿には少しばかり不似合いなショルダーホルスターに収められているのは、マンティコア戦のときと同じ小型のリボルバー拳銃M360J サクラ
 そして2人の手首に結ばれているのは防御魔法アブジュレーションの媒体となる注連縄。

 2人は廃ビルの陰から油断なく目標地点を見やる。

 目前には繭状の結界。
 燃え盛る炎を思わせるそれは、息を飲むほど大きい。
 結界は建物が残っている待機地点からは相当の距離がある。
 そこから見てすら、炎の結界は巨大だ。

 その中央にうっすら見えるのは、牛の頭部をした巨人。
 炎を操るミノタウロス【火炎術士フレイムマスター】。

 そして結界の周囲には、群れなす泥人間【火霊武器ファイヤーサムライ】。
 手にしているのは新開発区の廃材で作られた粗末な弓矢。
 背には同じ作りの矢筒が背負われている。
 氷の異能と違って異能力で防御できない【火霊武器ファイヤーサムライ】が、遠距離から攻撃しようと試みるのは合理的だと小夜子は思う。そんなことを考えていると、

『全部隊の到着を確認。作戦を開始してください』
 胸元の通信機越しに、ソォナムが作戦開始を告げた。

「【デスメーカー】、了解!」
 小夜子は廃ビルの陰から跳び出し、結界めがけて走る。

「我が身に宿れ! 老いたコヨーテウェウェコヨトル!」
 叫ぶとともに小夜子の動きが素早く、鋭く変わる。
 術者を強化する【コヨーテの戦士コヨメー】の呪術。
 前回の戦闘で使った【ジャガーの戦士オセロメー】と比べ、敏捷性に特化しているだけに直接的な打撃力や耐久力は劣る。
 だがアサルトライフルFX05シウコアトルを持つ今なら、素早いこちらの方が有利だ。

 一方、泥人間たちは一斉に弓を引き絞り、角度をつけて撃ち放つ。
 燃え盛る数多の矢が、中空に弧を描いて飛ぶ。

 だが小夜子は距離を目算して立ち止まる。
 火矢は小夜子のはるか目前に落ちる。
 小夜子はアサルトライフルFX05シウコアトルを斉射すると、数匹の泥人間が倒れる。

 弓矢の射程はせいぜいが100メートル。
 対するアサルトライフルFX05シウコアトルの有効射程は200メートルを超える。
 弓と銃が撃ち合っても、勝負にはならない。
 群れなす射手を葬ろうと、小夜子はFX05を構えなおす。
 だが次の瞬間、

『――主ヨ。鉄ノ獣ヲ警戒セヨ!』
 警告。
 同時に耳障りな爆音。

 射手の合間を縫って、改造を施された数台のオートバイが走り来る。
 行方不明になったという脂虫の珍走団だ。
 その証拠に彼らの口元には、あるいは片手運転の逆の手には煙草。
 見開かれた瞳が宿す、恐怖の色。

 ミノタウロスの大能力【火炎術士フレイムマスター】から派生した異能力によって操られているのだ。
 その目的は【断罪発破ボンバーマン】による爆破。
 珍走団グループをまとめて爆発させることによる連続発破によって、小夜子たちを葬るつもりであろう。

 小夜子は手慣れた動作で弾倉マガジンを交換する。

 オートバイどもは瓦礫を使ってジャンプしながら襲いかかる。
 声など聞こえぬ爆音の中で、片手運転の口元が何かを伝える。

 ――た、す、け、て!

 小夜子はFX05を掃射する。
 黒曜石の弾頭が脂虫の腹を射抜き、腕をかすめ、下品な鉄クズを蜂の巣にする。

 珍走団どもはたまらず地面を転がる。
 そして黒曜石の結晶と化し、心臓を残して砕け散る。
 対象を生きたまま解体する【生贄を屠る刃イツテリママカ】の呪術だ。

 自らの意思で怪異と化した脂虫にとって、死は報いであると同時に救いである。
 有害な彼らが世界に対して、自分に対してできる唯一の善行は死ぬことだ。

 走る勢いのまま宙を舞った心臓が、小夜子の側にボトリと落ちる。
 だが小夜子は、薄汚れたヤニ色の肉片を気にも留めない。

 高く跳んだ1台が小夜子の頭上から迫っていたからだ。

 小夜子は撃つ。
 銃弾はタイヤを破裂させる。
 だがエンジンが盾になって乗り手にも車体にも当たらない。

 それでも小夜子は笑う。
 側に転がる心臓を、ローファーのかかとで踏みつぶす。

「斬り刻め! 羽毛ある蛇ケツァルコアトル!」
 疾風を統べる神の名とともに、小夜子の周囲で風が吹く。
 そしてエンジンもろともオートバイを両断する。
 もちろん乗っていた脂虫も真っ二つだ。

 大気の刃で対象を切断する【切断する風エエカトルテキ】。
 それを贄によって強化したのだ。
 オートバイのエンジンごとき、バターのように容易く斬り裂くことができる。

 倒した脂虫を贄にして、その薄汚い友人をも屠る。
 小夜子が【デスメーカー】と呼ばれる所以だ。

 だが小夜子が珍走団に対処する隙に、泥人間たちは距離を詰めていた。
 今度は弓矢の射程圏内。

 泥人間の群は再び矢を構え、矢先に炎を灯して一斉に放つ。
 火矢が周囲に降り注ぐ。

 だが小夜子の周囲だけは、半円形の見えざるドームに守られる。
 腕に巻かれた注連縄が揺れる。
 サチの手による絶対守護の防御魔法アブジュレーション護身神法ごしんしんぽう】だ。

 小夜子はアサルトライフルFX05シウコアトルの空になった弾倉を落し、新たな弾倉をセットする。
 そして斉射する。
 小口径ライフル弾5.56×45ミリ弾が、泥人間の群をまとめて引き裂く。
 そして射手は次の矢をつがえる間もなく全滅した。

「こちら【デスメーカー】、結界周辺をクリア」
『了解です。結界攻略についてもご健闘を!』
「……了解」
 小夜子は慣れた調子で連絡する。

 そして、目前にそびえ立つ炎の結界を睨む。
 遠くから見ても大きかった結界を、間近で見ると恐怖すら覚えるほど巨大だ。
 まるで大きな焚火の近くにいるように、炎と熱が肌を炙る。

「サチ、結界を頼むわ」
「了解、小夜子ちゃん!」
 小夜子の後から走ってきたサチが、そのまま結界の手前まで近づく。

 その隙に、小夜子は【蠢く風エエカトルオリニ】を使って脂虫の心臓をかき集める。
 生ぬるい風に乗って飛来するヤニ色の臓器たちを、小夜子は冷たく見やる。

 一方、サチは祝詞を唱える。
 すると炎の結界に穴が開く。
 穴の大きさは四肢をもがれた脂虫くらい。

「サチ、下がってて」
「……うん」
 サチが臓物を気味悪げに見やりながらも十分に距離を取ったのを確認する。
 小夜子はさらに【蠢く風エエカトルオリニ】を行使し、早くも塞がりかけた穴の中に心臓を放りこむ。そして叫ぶ。

「焼き払え! 喰らい尽くせ! トルコ石の蛇シウコアトル!」
 途端、爆音。
 珍走団のエンジン音が玩具に思えるほどの、耳をつんざく凄まじい破壊の音色。
 結界の中を爆炎が満たし、塞がりかけた穴から業火が漏れ出す。
 爆発の衝撃が、結界はおろか地面までも揺るがす。

 即ち【虐殺する火トレトルミクティア】。
 大気を爆発させる【捕食する火トレトルクゥア】を贄によって強化した大魔法インヴォケーションだ。
 その破壊力は重爆撃に匹敵する。
 それを贄の数を増すことで強化し、さらに結界という閉ざされた空間で用いたのだ。
 中で引き起こされるのは【火炎術士フレイムマスター】すら焼き尽くす暴虐の嵐。

 大能力【火炎術士フレイムマスター】は炎や熱に対抗するいくつかの異能力を内包する。
 だが、空気が爆発することによる力学的なダメージを無にすることはできない。

 そんな爆発に耐えきれぬように、結界が内側から破れて消滅する。
 その中から巨大なミノタウロスがあらわれる。
 その全身は、見るも無残に焼けただれていた。
 小夜子の無慈悲な先制攻撃によって、魔獣は戦う前から瀕死の重傷を負っていた。

 ミノタウロスは咆哮する。
 すると爆撃の跡はかき消すように癒える。
 だが相当量の魔力を消費したのは明確にもかかわらず、全快には程遠い。
 これ以上の治療を無理に行えば魔力が先に尽きるのだろう。

 その代わりに、焼けただれた地面から大量の人影があらわれた。

「えっ、なに!?」
 動揺するサチを、小夜子は背に庇う。
 だが2人は泥人間に完全に囲まれてしまった。

(地面に伏兵を仕込んでいた?)
 小夜子は舌打ちする。

 ミーティングでの情報では、ミノタウロスは魔力を使って泥人間を創ったという。
 同じ魔力を、泥人間の形になる直前の形態で地面に浸透させておいたのだろう。
 そういうことが可能かどうかは不明だが、現に泥人間は目前にいる。

 だから【デスメーカー】は怯まない。
 敵がいる限り、殺す。
 それが小夜子の役割であり、生きる意味だから。

 小夜子の後でサチはリボルバー拳銃M360J サクラを抜き、【護身剣法ごしんけんのほう】を発動させる。
 銃に焼きつけられた魔法を用いて近づく敵を確実に狙い、小口径弾38Spcを2、3発ほど撃ちこんで息の根を止める。

 一方、小夜子も撃ち尽くしたアサルトライフルFX05シウコアトルを背に戻す。
 そして叫ぶ。

「我が身に宿れ! 山の心臓テペヨロトル!」
 同時に小夜子の身体が軋む。
 身体強化の呪術【ジャガーの戦士オセロメー】。
 先程までの【コヨーテの戦士コヨメー】と異なり、筋力と打撃力に特化した補助魔法オルターレーションだ。

 あふれ出す魔力が具象化した【霊の鉤爪パパロイツティトル】を伸ばし、泥人間の胸を抉る。
 そして次なる神に祈祷する。

天と地の所有者イルイカワ・トラルティクパケよ!」
 叫びながら、苦しみもがく泥人間の傷口に深く拳を押し入れる。
 そして引き抜く。
 傷口を扉と化して贄の身体から物品を取り出す【供物の蔵ネヨコリクィミリ】の呪術。

 汚泥にまみれた小夜子の手には、先ほどまではなかった1丁の拳銃が握られていた。
 拳銃オブレゴン・ピストルではない。
 武骨なフォルムの大型拳銃デザートイーグルだ。
 銃身の下側にはウェイトを兼ねたチタン製のカギ爪。
 可動式の5本の刃が【霊の鉤爪パパロイツティトル】の燐光に包まれて蠢く。
 小夜子が接近戦で敵を屠るための改造拳銃グリムイーグルである。

 舞奈と同じ45口径の拳銃オブレゴン・ピストルも、小夜子にとっては施術用のサイドアームだ。
 戦闘では拳銃としては最強の50口径を用いる。

 泥人間の群めがけ、【ジャガーの戦士オセロメー】の強化にまかせて至近距離から乱射する。
 放たれるのは手持ちの砲弾と揶揄される超大口径弾50AE
 それが1匹の頭を木端微塵に粉砕する。
 別の1匹をかすめただけで胴をえぐり、余波で腕を吹き飛ばす。

 小夜子はかつて、戦うことを躊躇った。
 傷つくことを、傷つけることを、他の誰かに肩代わりさせた。
 そのせいで、小夜子の大事なものは永遠に失われた。
 だから小夜子は戦おうと決めた。

 なのに呪術師ウォーロックの小夜子は魔術師ウィザードのように強大な魔力を生み出すことはできない。
 民間警備会社PMSCではなく【機関】に属する小夜子が使える火力は限定的だ。
 それに舞奈のような技量も持たない。
 幼少の頃から闇との戦いに身を投じていた舞奈と違い、小夜子が執行人エージェントとして怪異と戦い始めたのは中学の頃だ。

 だから舞奈に、他の面子に、一芸では絶対に敵わない。
 そのことを小夜子自身が一番よく知っている。

 それでも敵を退けるために、もう2度と愛するものを失わないために、小夜子は贄によって魔力を高め、辛うじて調達できる超大口径の火力で敵を屠る。
 使えるものはすべて使って、殺す。
 魔力も、火力も。
 技量すら押しつぶす圧倒的な暴力を、己が身で体現する。

 そんな致死の砲撃をかいくぐって、何匹かが小夜子に迫る。
 だが一太刀が振り下ろされる前に、小夜子は改造拳銃グリムイーグルを振るう。
 輝くカギ爪が泥人間を、燃える得物ごと斬り刻む。

 だが泥人間の数は多い。
 だから小夜子の善戦にもかかわらず、乱戦になっていた。
 いつの間にか側のサチがいない。
 乱戦の中で引き離されてしまったのだろう。
 小夜子は焦る。

 その最中、小夜子の背後にドサリと何かが落ちた。
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