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第8章 魔獣襲来
戦闘1 ~ヴードゥー呪術&銃技vs雷霊術士
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「こちら【ATS】。目標を確認。いつでも行けますよ」
倒壊したビルの陰で、金髪美女のクレアが胸元の通信機に報告する。
今回の作戦ではマンティコア攻略に先立ち、周囲を守る3体のミノタウロスを3つのチームで各個撃破する。
その中のひとつ、クレア、ベティ、鷹乃からなるチームのコードネームは、彼女らが属する【安倍総合警備保障】の略称だ。
そんなクレアが普段と同じネイビーブルーの制服の上に着こんでいるのは、普段より少し武骨なプレート入りボディーアーマー。
背には超特大のリボルバー弾倉を持つグレネードランチャー。
手にはイギリスの国民武器であるアサルトライフル。
新開発区では人目を気にせず重装備が可能だ。クレアの本領発揮である。
『【ATS】目標地点への到着を確認。指示あるまで待機してください』
「了解」
通信を終え、遮蔽代わりのビル壁を這う錆喰い虫を見やって睨む。
錆喰い虫とは新開発区特有の虫型の怪異だ。
こんな名だが、別に金属を瞬時に溶かすような能力はない。
だが錆喰い虫がサソリのような長い尻尾で鉄を溶かして喰うのは事実だし、重火器の使い手としては見ていて気持ちのいいものではない。
顔をしかめるクレアの前に1匹の野良猫があらわれ、虫を捕らえて喰らう。
猫はクレアを見やって「ナァー」と鳴くと、廃墟の奥に走り去る。
クレアは猫を笑顔で見送る。
そして振り返りつつ双眼鏡を取り出し、ビル壁の陰から目標地点を見やる。
開けた荒れ地のど真ん中に、繭状の結界。
大能力により創られた結界は、まばゆい放電を繰り返している。
その周囲には、巨大な狼の姿をした毒犬たちがたむろしている。
新開発区でよく見かける【偏光隠蔽】と違い、姿が見える。
代りに、牙の生えた口元から放電している。【雷霊武器】だ。
そして結界の中央にうっすら見えるのは、牛の頭部を持つ屈強な巨人。
鉄色の表皮に包まれた上半身は、肥大した筋肉で膨れ上がっている。
手にしているのは、紫電をまとわりつかせた巨大な戦斧。
マンティコアを守る3体のミノタウロスのひとつ、【雷霊術士】である。
「あれがミノタウロスって奴っすかー。魔獣にしては小さいっすね。拍子抜けっす」
長身で浅黒い肌のベティがが、ささみスティックを食べながら言った。
肩紐でてきとうに背負われているのは、内臓じみた流線型のアサルトライフル。
ヴードゥー女神官の彼女も、敵に合わせてそれなりに装備は整えている。
こちらは肉眼だが、良好な視力に遠視の呪術を組み合わせて見ている。
「如何ニモ。アノ程度ノ魔力デ魔獣ヲ名乗ルトハ、笑止」
側に立つ和装の女性が、機械合成のような声で言った。
ベティと同じくらい背が高く、2人と並ぶと屈強なクレアが小さく見える。
そんな彼女の顔全体が、真鍮の仮面ですっぽり覆われている。
声色と合わせ、ベティに鳩時計などと呼ばれる理由だ。
土御門鷹乃。
ベティやクレアと同じ【安倍総合警備保障】に属する陰陽師だ。
普段は魔道具の作成や整備、魔法関連の事象の解析といった裏方を担っている。
だが今回は必要に駆られて前線に出ていた。
2人ではミノタウロスが張り巡らせている結界に対処できないからだ。
クレアは魔道具で結界に穴を開けられるが、それだけが頼りなのは心ともない。
「そうっすか。けど美味そうっすね」
「犬ガカ?」
「……いや牛が」
軽口に、ベティは嫌そうに鷹乃を見やる。
「泥人間じゃないんすから」
愚痴るベティと無視する鷹乃を見やり、クレアはやれやれと苦笑する。
「今回の作戦はミノタウロスの排除です。周囲の怪異を殲滅後、結界を破壊してミノタウロスに総攻撃を仕掛けます」
「作戦っていうか、ただぶちのめすだけっすね」
「ベティに言われるとは思いませんでしたよ」
肩をすくめた次の瞬間、
『全部隊の到着を確認。作戦を開始してください』
胸元の通信機が作戦開始を告げた。
3人は表情を引き締める。
「相手は腐っても魔獣です。油断は禁物ですよ」
「了解シタ」
「わかってますって」
言いつつベティはビル壁を飛び越えて走る。
襲撃を察知した毒犬たちも、ベティめがけて一斉に駆けだす。
「鉄火のオグンよ、雷嵐のシャンゴよ、力をお貸しくださいませよ!」
食べかけのささみスティックを掲げて叫ぶ。
すると供物は魔力のもやと化し、ベティの巨躯に浸透する。
身体を強化する【豹の術】、そして雷撃から身を守る【抗雷の術】。
さらに供物を捧げることによって術の強度を高めている。
同時に3発の砲弾がベティの頭上を飛び越え、群の真っただ中に着弾する。
クレアのグレネードランチャーによる援護だ。
計ったような等間隔から湧き出す紅蓮の炎が、毒犬たちをまとめて焼き払う。
数多の獣が雷霊の牙を振るう間もなく塵と化し、消える。
ベティも負けじとアサルトライフルを構え、身体強化にまかせて片手で乱射する。
グレネードの爆発を凌いだ毒犬たちを、小口径ライフル弾が容赦なく引き裂く。
結界を守る雷獣の群は、火砲と銃の猛撃によって瞬時に半減した。
それでも残った数匹を、ライフルの銃床で打ち据える。
身体強化の余剰魔力が武器を覆う【鉄の術】によって、大型の狼に似た怪異の身体が引き裂かれる。
その隙に別の数匹がベティの側をすり抜け、後方のクレアたちに襲いかかる。
「まったく、相変わらず雑な戦いですね」
クレアは素早くアサルトライフルを構え、銃剣で突き刺し銃弾を叩きこむ。
彼女は重火器の扱いに精通しているだけではなく、ディフェンドゥーの流れを汲む近接銃技で接近戦もこなす。至近距離からの銃撃もお手の物だ。
「妾ニ挑ムトハ愚カナリ。【護身剣法】ハ無敵デアル」
鷹乃は滑るように後退しつつ、両手の短機関銃を操って毒犬どもを蜂の巣にする。
双銃の銃身に刻まれた北斗七星が鈍く光る。
そうやって、3人は苦も無くミノタウロスの取り巻きを全滅させた。
「鳩時計! 結界を頼むっす!」
「誰ガ鳩時計ダ!」
鷹乃は憤りつつも宙に手をかざし、次元の狭間から符の束を取り出す。
それを周囲にまき散らす。
口訣を諳んじ、印を切る。
すると数多の符はギラリと光るギロチン刃へと変化する。
無数の刃は廃墟の空気を切り裂きながら、結界めがけて一斉に飛ぶ。
高等魔術の【力場の斬刃】に匹敵する金属の巨刃を【尖弾の雨】並に連続投射する大規模魔法。魔術による物理的な蹂躙。
即ち【大陰・白虎・刃嵐法】。
無数の刃が結界を引き裂き、光の繭は火花を散らせて消えた。
「まーこれでも結界は破れるっすけど。鳩も意外に脳筋っすね」
ベティが大げさに肩をすくめる。
鷹乃はミノタウロスの結界に対処するために今回の作戦に参加した。
結界とは空間を周囲から隔離する強力な術であり、出入りするには結界に穴を開けるか、力まかせに破壊するか、術者を倒すしかない。
その中で最もスマートかつ一般的な手段は、高度な術によって穴を開けるやり方だ。
にも拘らず力まかせの大規模魔法で結界を引き裂いた鷹乃は、機械音で笑う。
「五行相剋。金気ハ木気ヲ剋スル。木気ノ顕現タル雷ノ結界ナド、チマチマト穴ヲ開ケルヨリ破壊スル方ガ合理的ダ。アト鳩ト呼ブナ」
「ハハ! まあ、そういう考え方は嫌いじゃないっすよ」
「おしゃべりは後です。来ますよ」
クレアが警告する先で、結界の中心にうずくまっていた魔獣が立ち上がった。
雷の大能力を持つミノタウロス、【雷霊術士】。
「近くで見るとやっぱりデカイっすね」
ミノタウロスの身の丈は、長身のベティの3倍以上。
筋肉で歪なまでに盛りあがった屈強な肉体は鉄色の表皮で包まれ、自身の大能力を誇示するようにバチバチと放電している。
太い首の上に鎮座しているのは、双眸を燃えたぎらせた牛の頭。
鉄鉱石のように厳つい放電する手に握られているのは、戦斧。
柄は電柱のように太くて長い。
刃は鋭く、先ほど鷹乃が放った巨刃の数倍ほど大きい。
鏡のようになめらかな刃の側面に、ベティの全身が映せそうなほどだ。
それが本体以上に激しく放電している。
先ほどの毒犬とは格が違いすぎる。
マンティコアに比べて劣るとは言うものの、やはり魔獣は魔獣である。
巨大な斧が身体をかすめただけでも致命傷。
それどころか全身にまとう高圧電流のせいで、近づくことすら危険だ。
そんな正真正銘の怪物が、轟くような咆哮をあげる。
それでもベティは笑う。
かつて自分を倒した小学生、最強のSランクがそうしていたように。
「ヘヘっ! このくらいの相手じゃないと戦った気にならないっす!」
アサルトライフルを片手で構えて、走る。
「疾風のオーヤよ! 力をお貸しくださいませ!」
新たなささみスティックを捧げつつ叫ぶ。
するとミノタウロスの巨躯をかまいたちが襲う。
大気を操り刃と化す【刃の術】。
それを供物によって強化したのだ。
見えざる呪術の刃によって巨大な胸板に斬撃が刻まれ、巨体がのけぞる。
だが、それだけ。
ミノタウロスが吠えると、斬撃の痕はかき消すように消える。
それは魔獣の巨躯が式神でできている証拠だ。
身体を維持する魔力を削り尽さない限り、どれだけ傷つけても再生する。
ミノタウロスは仕返しとばかりに斧を振り上げる。
そして自身から見れば子供のように小さなベティの脳天めがけて振り下ろす。
「流石に、それには当たってやれないっすね」
軽口をたたくベティの目前で、巨大な刃は虚しくアスファルトの地面をえぐる。
その動きは筋肉で膨れあがった見た目通りに鈍重だ。
避けるだけなら造作もない。
だが刃がまとった雷の魔力は地面を伝わり、放電の波となって周囲に広がる。
激しく輝く電撃の波が、避ける間もなくベティを飲みこむ。
巨大な怪異の双眸が、勝利の予感に輝く。
だが電撃の洗礼が止んだ後に、あらわれたベティは無傷。
消えゆく放電をまとわせながら、笑う。
あらかじめ行使していた【抗雷の術】が雷撃を防いだのだ。
『ベティ! 離れてください!』
声に反応して飛び退る。
同時に3発の砲弾。
毒犬たちを吹き飛ばしたグレネードランチャーの猛撃がミノタウロスを捉える。
2発がミノタウロスの銅を、1発が脚に着弾し、爆発する。
それでもミノタウロスの動きは変わらない。
効いていないのではないかと思えるほどだ。
『一旦、退いてください! プランBに移行します!』
「へいへい、承知しましたよっと!」
胸元の通信機に答える。
小賢しい獲物をつかもうと身をかがめる牛鬼めがけてアサルトライフルを撃つ。
顔面に小口径ライフル弾の掃射を喰い、ミノタウロスは怯む。
その隙に、ベティは背を向けて走る。
「鉄火のオグンよ、力をお貸しくださいっす!」
筋力強化は程々だが脚力を飛躍的に増強する【猟犬の術】を行使して、走る。
荒れ地が続く元結界付近から遠ざかるように走る。
作戦前に一行が隠れていたコンクリート壁の横を通り過ぎる。
目指すは廃ビルが密集する廃墟の一角。
クレアたちもそこまで退避し、準備を整えている。
ミノタウロスはベティを追って走る。
小回りはともかく、直線距離での速さは術で強化したベティと互角。
そんな人型魔獣が立ち止まり、雄叫びとともに戦斧を投げる。
横回転する巨大な戦斧が、稲妻を放ちながら飛来する。
ベティの背中めがけて襲いかかる。
だがベティは跳んで避ける。
「うおっ、危ないっすねー」
戦斧はベティの足元を通り過ぎる。
「けど大味っす。きっと食っても大味っすね」
軽口をたたいて笑う。
ここまで大きな質量が飛んでくるなら、舞奈じゃなくても避けられる。
電撃は防護されたベティには効かない。
放電する巨大な戦斧はコンクリート壁を砕きながら飛ぶ。
ブーメランのように弧を描いて再び飛来し、身をかがめたベリーショートのアフロをかすめてミノタウロスの手元に戻る。
「あの斧は天使みたいっすね」
天使とは魔力を凝固させて生み出した擬似物質のことだ。
魔獣の身体を構成する式神に比べて作りは雑で永続性もないが、それだけに大量の魔力があれば急造することもできる。
魔獣が使う大能力も、怪異が使う異能力も、妖術と同様に身体に宿った魔力に形を与える技術だ。
だから遠距離に放つには、魔力を維持する依代が必要となる。
ミノタウロスの場合、己が魔力で生み出した天使の戦斧だ。
『ベティ、来ましたね。目の前の背の高いビルがわかりますか?』
胸元の通信機がクレアの声で話す。
「あれっすね。1本だけ高いやつ」
『ええ、その大通り側におびき寄せてください』
「了解!」
言いつつベティは背後を見やる。
呪文を唱えて再びかまいたちの斬撃をくらわし、目標のビルめがけて走る。
元は4車線ほどの道路だったのであろう荒れ果てた路地のいたるところに爆薬が仕掛けられ、ビルの陰へと起爆装置へと続くコードが延びている。
「雑な仕事っすね……」
『綺麗に設置する時間がなかったんですよ。どうせミノタウロスは気にしないし、貴女は見やすいでしょう』
「それもそうっすね」
答えつつ、爆薬の合間を縫うように走る。
ミノタウロスは再び斧を投擲しようと身構える。
「こりゃヤバイくないっすか?」
斧を避けるのは簡単だ。
だが放電によって爆薬が誘爆したら、ベティの周囲は大爆発だ。
ベティはあわてて駆け抜けようと速度を上げる。
「うわっ、ちょっと待っ――」
走るベティの背中めがけて、ミノタウロスは激しく輝く斧を投げる。
だが次の瞬間、斧は塵になって消えた。
『引キ離シスギダ』
通信機から機械音。
「いやー感謝っす」
非難などどこ吹く風でベティは笑う。
今しがた斧を消したのは鷹乃の【式返し】。
天使や式神を強制的に分解し、魔力へと戻す術だ。
流石にミノタウロス本体を消すことはできないが、分離した斧だけなら余裕だ。
そんな魔術で得物を失った魔獣は、素手でベティを叩きのめそうと追ってくる。
ベティは路地を走りぬける。
代わりにミノタウロスが爆薬の設置地点を通る。
「今っす!」
『了解です』
合図とともに、轟音。
そして爆風。
振り返ると、ミノタウロスの足元が火を吹いていた。
クレアが仕掛けた爆薬を爆破したのだ。
それが周囲の爆薬を巻きこんで誘爆し、炎の海と化してミノタウロスを飲みこむ。
巨大な怪異が驚愕に叫ぶ。
だが、それは足止めに過ぎない。
「クレア! 次っす!」
『了解。ベティは退避してください』
再び爆発。
今度は側のビルの根元に亀裂が入る。
朽果てた廃ビルが、バランスを崩して揺れる。
そしてミノタウロスめがけて倒れた。
国内の建築基準を遵守した建物は、この程度の爆発で倒壊したりしない。
だが生まれずして滅びた廃墟の街の建物は別だ。
錆喰い虫が鉄骨を喰らい、建造物の耐久度を著しく落とすからだ。
「へへっ、流石にこいつには耐えられないっすよね」
いくら相手が巨大でも、それを上回る高層ビルの倒壊に巻きこめば勝機はある。
ベティは笑う。
だが次の瞬間、
「なっ!?」
爆炎の中から輝く戦斧が飛んで来た。
風圧で途切れた煙の隙間から、ミノタウロスの巨大な牛頭が覗く。
魔獣は瓦礫に下半身を埋められながら、何かを投擲した姿勢で笑っていた。
ミノタウロスの斧は魔力で創りだした天使だ。
失っても、新たに魔力を消費してまた創ることができる。
その事実を失念していたベティは、完全に不意を突かれて避けられない。
『ベティ!?』
クレアが叫ぶ。
避ける余裕のないベティめがけて致死の戦斧が飛来する。そのとき、
『――油断シタナ!』
ベティの身体を、鷹乃が突き飛ばした。
代わりに和装の身体を、巨大な斧が両断する。
「鳩!?」
ベティは驚く。
だが鷹乃の身体からは一滴の血すら流れない。
代わりに2つの身体は無数の符へと変わる。
『下等ナ牛鬼ノ分際……デ!!』
姿を失った陰陽師の、怨霊のような叫びが響く。
同時に符のそれぞれが鉄の刃と化し、ミノタウロスへと襲いかかる。
結界を破壊した【大陰・白虎・刃嵐法】と同様の攻撃だ。
さしものの魔獣も結界を一撃で破壊した鉄刃の奔流を受けて無事では済まない。
もはや全身の傷を回復させる余裕も、新たな斧を生みだす余力もない。
「最後の仕上げにしますよ!」
ビルの合間から装甲車が顔を出す。
制服と同じネイビーブルーで塗装された車体の横には、桔梗印(五芒星)をあしらった【安倍総合警備保障】の社章が描かれている。
車上のハッチにはクレアがいて、動けぬ魔獣めがけて重機関銃をぶっ放す。
車体前面にマウントされた機関銃も同時に火を吹く。
撃っているのは装甲車の運転手だ。
集中砲火を浴びたミノタウロスは雄叫びをあげる。
「ベティ! 貴女も手伝ってください。鷹乃がいないので人手が足りないんです」
「こっちは攻撃魔法を叩きつけたほうがよかぁないすか?」
「貴女の術より重火器のほうが威力があります」
「傷つくなぁ」
軽口を叩きつつ、重機関銃の射手をクレアと替わる。
クレアは代わりに無反動砲を担ぎ、ベティの側に膝をついて撃つ。
ビルが密集した廃墟におびき出し、爆薬で足止めし、ビルの倒壊で生き埋めにする。
そして重火器の集中砲火で削り倒す。
これが民間警備会社を後ろ盾に持つ【ATS】チームがミノタウロスを倒すために選んだ作戦、プランB。
ベティが攻撃魔法を叩きつけるプランAは力不足だったが、こちらは成功だ。
砲撃と機関銃の斉射を喰らい続け、ミノタウロスの身体が徐々に崩れていく。
魔獣を構成する式神には再生能力があるが、それも無限ではない。
だからクレアが撃った何発目かの砲撃を喰らって動きを止める。
そして一瞬だけ光ってからバラバラに砕け、塵になって消えた。
ベティと運転手も射撃を止める。
すると廃墟の街は静かになった。
先ほどまで魔獣が雄叫びをあげて暴れていたとは思えないほど音もなく、乾いた風が吹き抜ける。
『状況はどうだ!? 牛鬼は倒せたのであろうな?』
ベティの胸元の通信機が、少女の声で問いかけた。
「もちろんっすよ。そうそう、さっきはおかげで命拾いしたっす。ありがとう、鳩」
『だから、鳩と言うな~~!!』
陰陽師である鷹乃は前線に出ることはない。
代わりに自身とリンクした式神を操り、遠隔地に力を及ぼす。
強大な力量を持つ彼女が傍観気味だったのも、施術の前に次元の狭間から符を取り出していたのも、このためだ。
ふと側を見やると、車上を錆喰い虫が這っていた。
顔をしかめるクレアの前で、ベティが虫を踏みつぶす。
「これ潰すの好きなんすよね。足元でプチッと消えるのが気持ちよくて」
「野良猫と同レベルですね」
ベティの言葉に、クレアも笑う。
そして、そうそうと思い出して、胸元の通信機を見やる。
「こちら【ATS】。目標を排除」
『ミノタウロス【雷霊術士】の排除を確認。【掃除屋】と合流してください』
倒壊したビルの陰で、金髪美女のクレアが胸元の通信機に報告する。
今回の作戦ではマンティコア攻略に先立ち、周囲を守る3体のミノタウロスを3つのチームで各個撃破する。
その中のひとつ、クレア、ベティ、鷹乃からなるチームのコードネームは、彼女らが属する【安倍総合警備保障】の略称だ。
そんなクレアが普段と同じネイビーブルーの制服の上に着こんでいるのは、普段より少し武骨なプレート入りボディーアーマー。
背には超特大のリボルバー弾倉を持つグレネードランチャー。
手にはイギリスの国民武器であるアサルトライフル。
新開発区では人目を気にせず重装備が可能だ。クレアの本領発揮である。
『【ATS】目標地点への到着を確認。指示あるまで待機してください』
「了解」
通信を終え、遮蔽代わりのビル壁を這う錆喰い虫を見やって睨む。
錆喰い虫とは新開発区特有の虫型の怪異だ。
こんな名だが、別に金属を瞬時に溶かすような能力はない。
だが錆喰い虫がサソリのような長い尻尾で鉄を溶かして喰うのは事実だし、重火器の使い手としては見ていて気持ちのいいものではない。
顔をしかめるクレアの前に1匹の野良猫があらわれ、虫を捕らえて喰らう。
猫はクレアを見やって「ナァー」と鳴くと、廃墟の奥に走り去る。
クレアは猫を笑顔で見送る。
そして振り返りつつ双眼鏡を取り出し、ビル壁の陰から目標地点を見やる。
開けた荒れ地のど真ん中に、繭状の結界。
大能力により創られた結界は、まばゆい放電を繰り返している。
その周囲には、巨大な狼の姿をした毒犬たちがたむろしている。
新開発区でよく見かける【偏光隠蔽】と違い、姿が見える。
代りに、牙の生えた口元から放電している。【雷霊武器】だ。
そして結界の中央にうっすら見えるのは、牛の頭部を持つ屈強な巨人。
鉄色の表皮に包まれた上半身は、肥大した筋肉で膨れ上がっている。
手にしているのは、紫電をまとわりつかせた巨大な戦斧。
マンティコアを守る3体のミノタウロスのひとつ、【雷霊術士】である。
「あれがミノタウロスって奴っすかー。魔獣にしては小さいっすね。拍子抜けっす」
長身で浅黒い肌のベティがが、ささみスティックを食べながら言った。
肩紐でてきとうに背負われているのは、内臓じみた流線型のアサルトライフル。
ヴードゥー女神官の彼女も、敵に合わせてそれなりに装備は整えている。
こちらは肉眼だが、良好な視力に遠視の呪術を組み合わせて見ている。
「如何ニモ。アノ程度ノ魔力デ魔獣ヲ名乗ルトハ、笑止」
側に立つ和装の女性が、機械合成のような声で言った。
ベティと同じくらい背が高く、2人と並ぶと屈強なクレアが小さく見える。
そんな彼女の顔全体が、真鍮の仮面ですっぽり覆われている。
声色と合わせ、ベティに鳩時計などと呼ばれる理由だ。
土御門鷹乃。
ベティやクレアと同じ【安倍総合警備保障】に属する陰陽師だ。
普段は魔道具の作成や整備、魔法関連の事象の解析といった裏方を担っている。
だが今回は必要に駆られて前線に出ていた。
2人ではミノタウロスが張り巡らせている結界に対処できないからだ。
クレアは魔道具で結界に穴を開けられるが、それだけが頼りなのは心ともない。
「そうっすか。けど美味そうっすね」
「犬ガカ?」
「……いや牛が」
軽口に、ベティは嫌そうに鷹乃を見やる。
「泥人間じゃないんすから」
愚痴るベティと無視する鷹乃を見やり、クレアはやれやれと苦笑する。
「今回の作戦はミノタウロスの排除です。周囲の怪異を殲滅後、結界を破壊してミノタウロスに総攻撃を仕掛けます」
「作戦っていうか、ただぶちのめすだけっすね」
「ベティに言われるとは思いませんでしたよ」
肩をすくめた次の瞬間、
『全部隊の到着を確認。作戦を開始してください』
胸元の通信機が作戦開始を告げた。
3人は表情を引き締める。
「相手は腐っても魔獣です。油断は禁物ですよ」
「了解シタ」
「わかってますって」
言いつつベティはビル壁を飛び越えて走る。
襲撃を察知した毒犬たちも、ベティめがけて一斉に駆けだす。
「鉄火のオグンよ、雷嵐のシャンゴよ、力をお貸しくださいませよ!」
食べかけのささみスティックを掲げて叫ぶ。
すると供物は魔力のもやと化し、ベティの巨躯に浸透する。
身体を強化する【豹の術】、そして雷撃から身を守る【抗雷の術】。
さらに供物を捧げることによって術の強度を高めている。
同時に3発の砲弾がベティの頭上を飛び越え、群の真っただ中に着弾する。
クレアのグレネードランチャーによる援護だ。
計ったような等間隔から湧き出す紅蓮の炎が、毒犬たちをまとめて焼き払う。
数多の獣が雷霊の牙を振るう間もなく塵と化し、消える。
ベティも負けじとアサルトライフルを構え、身体強化にまかせて片手で乱射する。
グレネードの爆発を凌いだ毒犬たちを、小口径ライフル弾が容赦なく引き裂く。
結界を守る雷獣の群は、火砲と銃の猛撃によって瞬時に半減した。
それでも残った数匹を、ライフルの銃床で打ち据える。
身体強化の余剰魔力が武器を覆う【鉄の術】によって、大型の狼に似た怪異の身体が引き裂かれる。
その隙に別の数匹がベティの側をすり抜け、後方のクレアたちに襲いかかる。
「まったく、相変わらず雑な戦いですね」
クレアは素早くアサルトライフルを構え、銃剣で突き刺し銃弾を叩きこむ。
彼女は重火器の扱いに精通しているだけではなく、ディフェンドゥーの流れを汲む近接銃技で接近戦もこなす。至近距離からの銃撃もお手の物だ。
「妾ニ挑ムトハ愚カナリ。【護身剣法】ハ無敵デアル」
鷹乃は滑るように後退しつつ、両手の短機関銃を操って毒犬どもを蜂の巣にする。
双銃の銃身に刻まれた北斗七星が鈍く光る。
そうやって、3人は苦も無くミノタウロスの取り巻きを全滅させた。
「鳩時計! 結界を頼むっす!」
「誰ガ鳩時計ダ!」
鷹乃は憤りつつも宙に手をかざし、次元の狭間から符の束を取り出す。
それを周囲にまき散らす。
口訣を諳んじ、印を切る。
すると数多の符はギラリと光るギロチン刃へと変化する。
無数の刃は廃墟の空気を切り裂きながら、結界めがけて一斉に飛ぶ。
高等魔術の【力場の斬刃】に匹敵する金属の巨刃を【尖弾の雨】並に連続投射する大規模魔法。魔術による物理的な蹂躙。
即ち【大陰・白虎・刃嵐法】。
無数の刃が結界を引き裂き、光の繭は火花を散らせて消えた。
「まーこれでも結界は破れるっすけど。鳩も意外に脳筋っすね」
ベティが大げさに肩をすくめる。
鷹乃はミノタウロスの結界に対処するために今回の作戦に参加した。
結界とは空間を周囲から隔離する強力な術であり、出入りするには結界に穴を開けるか、力まかせに破壊するか、術者を倒すしかない。
その中で最もスマートかつ一般的な手段は、高度な術によって穴を開けるやり方だ。
にも拘らず力まかせの大規模魔法で結界を引き裂いた鷹乃は、機械音で笑う。
「五行相剋。金気ハ木気ヲ剋スル。木気ノ顕現タル雷ノ結界ナド、チマチマト穴ヲ開ケルヨリ破壊スル方ガ合理的ダ。アト鳩ト呼ブナ」
「ハハ! まあ、そういう考え方は嫌いじゃないっすよ」
「おしゃべりは後です。来ますよ」
クレアが警告する先で、結界の中心にうずくまっていた魔獣が立ち上がった。
雷の大能力を持つミノタウロス、【雷霊術士】。
「近くで見るとやっぱりデカイっすね」
ミノタウロスの身の丈は、長身のベティの3倍以上。
筋肉で歪なまでに盛りあがった屈強な肉体は鉄色の表皮で包まれ、自身の大能力を誇示するようにバチバチと放電している。
太い首の上に鎮座しているのは、双眸を燃えたぎらせた牛の頭。
鉄鉱石のように厳つい放電する手に握られているのは、戦斧。
柄は電柱のように太くて長い。
刃は鋭く、先ほど鷹乃が放った巨刃の数倍ほど大きい。
鏡のようになめらかな刃の側面に、ベティの全身が映せそうなほどだ。
それが本体以上に激しく放電している。
先ほどの毒犬とは格が違いすぎる。
マンティコアに比べて劣るとは言うものの、やはり魔獣は魔獣である。
巨大な斧が身体をかすめただけでも致命傷。
それどころか全身にまとう高圧電流のせいで、近づくことすら危険だ。
そんな正真正銘の怪物が、轟くような咆哮をあげる。
それでもベティは笑う。
かつて自分を倒した小学生、最強のSランクがそうしていたように。
「ヘヘっ! このくらいの相手じゃないと戦った気にならないっす!」
アサルトライフルを片手で構えて、走る。
「疾風のオーヤよ! 力をお貸しくださいませ!」
新たなささみスティックを捧げつつ叫ぶ。
するとミノタウロスの巨躯をかまいたちが襲う。
大気を操り刃と化す【刃の術】。
それを供物によって強化したのだ。
見えざる呪術の刃によって巨大な胸板に斬撃が刻まれ、巨体がのけぞる。
だが、それだけ。
ミノタウロスが吠えると、斬撃の痕はかき消すように消える。
それは魔獣の巨躯が式神でできている証拠だ。
身体を維持する魔力を削り尽さない限り、どれだけ傷つけても再生する。
ミノタウロスは仕返しとばかりに斧を振り上げる。
そして自身から見れば子供のように小さなベティの脳天めがけて振り下ろす。
「流石に、それには当たってやれないっすね」
軽口をたたくベティの目前で、巨大な刃は虚しくアスファルトの地面をえぐる。
その動きは筋肉で膨れあがった見た目通りに鈍重だ。
避けるだけなら造作もない。
だが刃がまとった雷の魔力は地面を伝わり、放電の波となって周囲に広がる。
激しく輝く電撃の波が、避ける間もなくベティを飲みこむ。
巨大な怪異の双眸が、勝利の予感に輝く。
だが電撃の洗礼が止んだ後に、あらわれたベティは無傷。
消えゆく放電をまとわせながら、笑う。
あらかじめ行使していた【抗雷の術】が雷撃を防いだのだ。
『ベティ! 離れてください!』
声に反応して飛び退る。
同時に3発の砲弾。
毒犬たちを吹き飛ばしたグレネードランチャーの猛撃がミノタウロスを捉える。
2発がミノタウロスの銅を、1発が脚に着弾し、爆発する。
それでもミノタウロスの動きは変わらない。
効いていないのではないかと思えるほどだ。
『一旦、退いてください! プランBに移行します!』
「へいへい、承知しましたよっと!」
胸元の通信機に答える。
小賢しい獲物をつかもうと身をかがめる牛鬼めがけてアサルトライフルを撃つ。
顔面に小口径ライフル弾の掃射を喰い、ミノタウロスは怯む。
その隙に、ベティは背を向けて走る。
「鉄火のオグンよ、力をお貸しくださいっす!」
筋力強化は程々だが脚力を飛躍的に増強する【猟犬の術】を行使して、走る。
荒れ地が続く元結界付近から遠ざかるように走る。
作戦前に一行が隠れていたコンクリート壁の横を通り過ぎる。
目指すは廃ビルが密集する廃墟の一角。
クレアたちもそこまで退避し、準備を整えている。
ミノタウロスはベティを追って走る。
小回りはともかく、直線距離での速さは術で強化したベティと互角。
そんな人型魔獣が立ち止まり、雄叫びとともに戦斧を投げる。
横回転する巨大な戦斧が、稲妻を放ちながら飛来する。
ベティの背中めがけて襲いかかる。
だがベティは跳んで避ける。
「うおっ、危ないっすねー」
戦斧はベティの足元を通り過ぎる。
「けど大味っす。きっと食っても大味っすね」
軽口をたたいて笑う。
ここまで大きな質量が飛んでくるなら、舞奈じゃなくても避けられる。
電撃は防護されたベティには効かない。
放電する巨大な戦斧はコンクリート壁を砕きながら飛ぶ。
ブーメランのように弧を描いて再び飛来し、身をかがめたベリーショートのアフロをかすめてミノタウロスの手元に戻る。
「あの斧は天使みたいっすね」
天使とは魔力を凝固させて生み出した擬似物質のことだ。
魔獣の身体を構成する式神に比べて作りは雑で永続性もないが、それだけに大量の魔力があれば急造することもできる。
魔獣が使う大能力も、怪異が使う異能力も、妖術と同様に身体に宿った魔力に形を与える技術だ。
だから遠距離に放つには、魔力を維持する依代が必要となる。
ミノタウロスの場合、己が魔力で生み出した天使の戦斧だ。
『ベティ、来ましたね。目の前の背の高いビルがわかりますか?』
胸元の通信機がクレアの声で話す。
「あれっすね。1本だけ高いやつ」
『ええ、その大通り側におびき寄せてください』
「了解!」
言いつつベティは背後を見やる。
呪文を唱えて再びかまいたちの斬撃をくらわし、目標のビルめがけて走る。
元は4車線ほどの道路だったのであろう荒れ果てた路地のいたるところに爆薬が仕掛けられ、ビルの陰へと起爆装置へと続くコードが延びている。
「雑な仕事っすね……」
『綺麗に設置する時間がなかったんですよ。どうせミノタウロスは気にしないし、貴女は見やすいでしょう』
「それもそうっすね」
答えつつ、爆薬の合間を縫うように走る。
ミノタウロスは再び斧を投擲しようと身構える。
「こりゃヤバイくないっすか?」
斧を避けるのは簡単だ。
だが放電によって爆薬が誘爆したら、ベティの周囲は大爆発だ。
ベティはあわてて駆け抜けようと速度を上げる。
「うわっ、ちょっと待っ――」
走るベティの背中めがけて、ミノタウロスは激しく輝く斧を投げる。
だが次の瞬間、斧は塵になって消えた。
『引キ離シスギダ』
通信機から機械音。
「いやー感謝っす」
非難などどこ吹く風でベティは笑う。
今しがた斧を消したのは鷹乃の【式返し】。
天使や式神を強制的に分解し、魔力へと戻す術だ。
流石にミノタウロス本体を消すことはできないが、分離した斧だけなら余裕だ。
そんな魔術で得物を失った魔獣は、素手でベティを叩きのめそうと追ってくる。
ベティは路地を走りぬける。
代わりにミノタウロスが爆薬の設置地点を通る。
「今っす!」
『了解です』
合図とともに、轟音。
そして爆風。
振り返ると、ミノタウロスの足元が火を吹いていた。
クレアが仕掛けた爆薬を爆破したのだ。
それが周囲の爆薬を巻きこんで誘爆し、炎の海と化してミノタウロスを飲みこむ。
巨大な怪異が驚愕に叫ぶ。
だが、それは足止めに過ぎない。
「クレア! 次っす!」
『了解。ベティは退避してください』
再び爆発。
今度は側のビルの根元に亀裂が入る。
朽果てた廃ビルが、バランスを崩して揺れる。
そしてミノタウロスめがけて倒れた。
国内の建築基準を遵守した建物は、この程度の爆発で倒壊したりしない。
だが生まれずして滅びた廃墟の街の建物は別だ。
錆喰い虫が鉄骨を喰らい、建造物の耐久度を著しく落とすからだ。
「へへっ、流石にこいつには耐えられないっすよね」
いくら相手が巨大でも、それを上回る高層ビルの倒壊に巻きこめば勝機はある。
ベティは笑う。
だが次の瞬間、
「なっ!?」
爆炎の中から輝く戦斧が飛んで来た。
風圧で途切れた煙の隙間から、ミノタウロスの巨大な牛頭が覗く。
魔獣は瓦礫に下半身を埋められながら、何かを投擲した姿勢で笑っていた。
ミノタウロスの斧は魔力で創りだした天使だ。
失っても、新たに魔力を消費してまた創ることができる。
その事実を失念していたベティは、完全に不意を突かれて避けられない。
『ベティ!?』
クレアが叫ぶ。
避ける余裕のないベティめがけて致死の戦斧が飛来する。そのとき、
『――油断シタナ!』
ベティの身体を、鷹乃が突き飛ばした。
代わりに和装の身体を、巨大な斧が両断する。
「鳩!?」
ベティは驚く。
だが鷹乃の身体からは一滴の血すら流れない。
代わりに2つの身体は無数の符へと変わる。
『下等ナ牛鬼ノ分際……デ!!』
姿を失った陰陽師の、怨霊のような叫びが響く。
同時に符のそれぞれが鉄の刃と化し、ミノタウロスへと襲いかかる。
結界を破壊した【大陰・白虎・刃嵐法】と同様の攻撃だ。
さしものの魔獣も結界を一撃で破壊した鉄刃の奔流を受けて無事では済まない。
もはや全身の傷を回復させる余裕も、新たな斧を生みだす余力もない。
「最後の仕上げにしますよ!」
ビルの合間から装甲車が顔を出す。
制服と同じネイビーブルーで塗装された車体の横には、桔梗印(五芒星)をあしらった【安倍総合警備保障】の社章が描かれている。
車上のハッチにはクレアがいて、動けぬ魔獣めがけて重機関銃をぶっ放す。
車体前面にマウントされた機関銃も同時に火を吹く。
撃っているのは装甲車の運転手だ。
集中砲火を浴びたミノタウロスは雄叫びをあげる。
「ベティ! 貴女も手伝ってください。鷹乃がいないので人手が足りないんです」
「こっちは攻撃魔法を叩きつけたほうがよかぁないすか?」
「貴女の術より重火器のほうが威力があります」
「傷つくなぁ」
軽口を叩きつつ、重機関銃の射手をクレアと替わる。
クレアは代わりに無反動砲を担ぎ、ベティの側に膝をついて撃つ。
ビルが密集した廃墟におびき出し、爆薬で足止めし、ビルの倒壊で生き埋めにする。
そして重火器の集中砲火で削り倒す。
これが民間警備会社を後ろ盾に持つ【ATS】チームがミノタウロスを倒すために選んだ作戦、プランB。
ベティが攻撃魔法を叩きつけるプランAは力不足だったが、こちらは成功だ。
砲撃と機関銃の斉射を喰らい続け、ミノタウロスの身体が徐々に崩れていく。
魔獣を構成する式神には再生能力があるが、それも無限ではない。
だからクレアが撃った何発目かの砲撃を喰らって動きを止める。
そして一瞬だけ光ってからバラバラに砕け、塵になって消えた。
ベティと運転手も射撃を止める。
すると廃墟の街は静かになった。
先ほどまで魔獣が雄叫びをあげて暴れていたとは思えないほど音もなく、乾いた風が吹き抜ける。
『状況はどうだ!? 牛鬼は倒せたのであろうな?』
ベティの胸元の通信機が、少女の声で問いかけた。
「もちろんっすよ。そうそう、さっきはおかげで命拾いしたっす。ありがとう、鳩」
『だから、鳩と言うな~~!!』
陰陽師である鷹乃は前線に出ることはない。
代わりに自身とリンクした式神を操り、遠隔地に力を及ぼす。
強大な力量を持つ彼女が傍観気味だったのも、施術の前に次元の狭間から符を取り出していたのも、このためだ。
ふと側を見やると、車上を錆喰い虫が這っていた。
顔をしかめるクレアの前で、ベティが虫を踏みつぶす。
「これ潰すの好きなんすよね。足元でプチッと消えるのが気持ちよくて」
「野良猫と同レベルですね」
ベティの言葉に、クレアも笑う。
そして、そうそうと思い出して、胸元の通信機を見やる。
「こちら【ATS】。目標を排除」
『ミノタウロス【雷霊術士】の排除を確認。【掃除屋】と合流してください』
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