銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第7章 メメント・モリ

調査2

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「あら、お嬢ちゃんもお墓参りに来たの?」
 婦人が気づいて声をかけてきた。
 舞奈は返事を返そうとして、言葉に困る。
 自分と彼女の関係がなんなのか、よくわからなかったからだ。

 彼女とは、高等部の教室で一度会った。
 教室を占拠した彼女たちを追い出すべくテロリストの扮装をして脅かしたのだ。
 あのときのテロリストは実は自分だと、告白しても気まずいだけだろう。

 かといって、彼女の息子である【雷徒人愚】の面々と親しかったわけでもない。
 そもそも何人いたのかすら正式に把握していない。

 舞奈は女の子に絡んでいた彼らをぶちのめして、目をつけられた。
 幾度もウザ絡みされて、戦果を横取りされたりもした。
 舞奈から掠め取った功績で、彼らはAランクに昇格した。
 その結果、身の丈に合わない任務に駆りだされた彼らは揃って殉職した。
 よく考えれば自業自得である。
 だが舞奈に、実の母親の前で死者を貶める趣味はない。

 逆に、舞奈が譲った剣によって、舞奈の知人である悟はあの事件を起こした。
 婦人の息子を手にかけたアイオスは悟の愛人だ。
 それにアイオスとは共闘したこともある。
 その事実を話して詫びたとして、舞奈に八つ当たりして溜飲を下げるよりむしろ困るだろう。息子の仇の愛人の知人などと言われても、それはほぼ他人だ。
 そもそも【機関】の業務には守秘義務がある。

 迷う舞奈を人見知りだと思ったのか、婦人はぽつりと語りはじめた。

「ここにいるのはね、おばさんの息子なの」
 寂しそうに笑う。
「小さい頃からやんちゃで手間ばかりかけて、高校生になってもちっとも落ち着かなくて、母さんに内緒でアルバイトをしてて、事故にあってね……」
 婦人の頬を涙がつたう。
 以前に教室で見た時より、薄化粧な気がした。

(【機関】からそう説明されたのか)
 超法規機関である【機関】の作戦における殉職者は、法務部および諜報部の手によって事故や行方不明として処理される。
 脂虫と扱いが同じである。
 ひとつだけ異なるのは、悪臭をまき散らす人間型の怪異が周囲から疎まれ死を望まれるのと異なり、彼女の息子は母親に愛されていたということだ。

 あんな奴らとつるんでいるのだから煙草くらい吸いそうなものだが、彼は(彼らは?)人間と怪異を隔てる一線を超えることがなかった。
 いっそ彼が脂虫だったなら、臭い害畜がいなくなって彼女は喜んだだろうか。
 だが、そう思うことも、そう思わないことも、何だかしっくりこない。だから、

「おばさんはトマト貰ったのか。トマトマンのトマトだな」
 話題をそらすように、婦人が提げたビニール袋を見やる。
 高校生の母親が児童向け番組など見ないだろうと、言った後で気づいた。

「あの子ね、トマト嫌いだったの。サラダに入れたら残すし、スープにしても嫌がるし、大変だったのよ」
 だが、婦人はただ寂しそうに笑う。
「お墓の前にお供えしたら、食べてくれるかしら」
 真新しい仏花が供えられた墓を、じっと見やる。

 彼女は息子がいた幸せな時間に戻りたいのだろう。
 それを責める権利は舞奈にはない。
 舞奈もまた、美佳と一樹がいた暖かい場所に帰ろうとしていたから。

「この高枝切りバサミもね、ボクシングをしたいからって急に言われて、ホームセンターで買ったのよ。それが、あの子の形見になるなんてね」
 ふと舞奈は、ハサミの柄が半ばでへし折れて修復されていることに気づいた。
 それは明日香がアイオスの呪術を消去しようとして、へし折られた得物だ。

 舞奈はやっと、彼女の息子と自分との接点を見つけた。
 それは少しばかり無理のある解釈かもしれないが、彼は舞奈の命の恩人だ。
 そう思うと、ようやく夫人の顔を真正面から見れた。
 隠しきれないしわに齢と苦労を忍ばせるが、意外にも整った顔立ちの美人だ。

「お嬢ちゃんは、死んだ人はどこに行くのだと思う?」
「……虹の向うかな」
 婦人に問われ、そう言って空を見上げる。
 ずっと昔に、美佳からそう聞いた。
「あら、シスターさんも同じことを言ったのよ。雲の上には神様の国があって、みんなそこで楽しく暮らしてるって。そして、わたしたちを見守っているってね」
 婦人も空を見上げる。

「初めて聞いたときは半信半疑だったけど、貴女も言うんだからきっと本当ね」
 彼女はただ、そう信じたいのだろう。
 舞奈も同じだ。
 あの空の向うに、美佳や一樹がいたらどんなに素晴らしいだろうと思った。
 仕事人トラブルシューターを続けるうちに、そこに何人か加わった。
 そして先日には悟や刀也、何人かの執行人エージェント

 だから、そうやってしばらく2人で空を見上げていた。

「それじゃ、おばさんはもう行くわ」
 そう言って、婦人は少し笑った。
「貴女だって頑張ってるのに、おばさんだけが沈んてちゃダメだものね」
 何でそんなことを言うのかと思った。
 そして少しばかり長く空を見すぎたと思った。虹などかかっていないのに。
 だが婦人の表情は、最初に会った時より少し柔らかくなっていた。

「ああ、そうだ。トマトはチーズといっしょにピザにすると美味しいよ」
「あらあら、ピザは試したことなかったわね」
 そう言って笑い合ってから、婦人は霊園を後にした。

「おーい! しもん!」
 入れ替わりにリコがやって来た。
 ウサギのリュックサックは来た時より膨らんでいる。

「いっぱい貰って来たか?」
「おー! いっぱいもらったぞ! ……でもトマトはもうないって」
「んなもん、来年もらえばいいだろ」
 拗ねたリコに言い放つ。
 だが、その口元には笑みが浮かぶ。
 リコにはそれができるのだから。

「そうだな。来年はランドセルいっぱいにトマトを入れて帰るぞ!」
「いやランドセルには教科書やノートを入れろよ」
 リコは来年からは小学生だ。
「それに、蔵乃巣くらのすの初等部に来るんならランドセルじゃなくて通学鞄だぞ」
「なんだって!? ランドセルはないのか!?」
 驚愕するリコに、舞奈は苦笑しながら背を向ける。

「ちょっくらシスターと話してくるから、大人しく待ってろよ」
「おー! まかせろ!」
 リコの元気な返事に見送られて、教会のドアをくぐる。

「あら舞奈さん、いらっしゃい」
 古びた椅子が立ち並ぶ質素な教会で、清楚で巨乳なシスターが出迎えた。
「ようシスター、おひさしぶり」
 舞奈も挨拶を返す。
 以前に彼女に会ったのは、新開発区の霊園予定地を調査する依頼を受けた時だ。

「明日香さんと、一緒にいた彼はお変わりありませんか?」
「……ああ、明日香の奴は相変わらずだよ。今日は当りもしない占いをするっつって、いっしょに聞きこみする約束をほっぽり出して家にこもってやがる」
 刀也のことを誤魔化すように、軽薄に笑う。

 だが、そんな舞奈を彼女はそっと抱きしめた。
 修道服に包まれた豊満な胸が、舞奈の頬を包みこむ。

「……なんだよ急に」
 言いつつも、その感触に抗えずに身をまかせる。
「舞奈さん、この世で命を全うした魂は、どこに行くのだと思いますか?」
「……知ってるよ。雲の上の天国だろ?」
「ふふ、何処かでお話ししたのでしたか」
 シスターの心地よい笑声を聞きながら、刀也のことを気づかれたのだと悟った。
 彼女にはかなわないなと舞奈は思った。

 舞奈の知人に魔力を操る魔道士《メイジ》は多い。
 だが魔力の源たる精神の力――人の心を癒す術を持つ者は数少ない。

 おそらく先程の婦人も、息子を失った悲しみを彼女に癒されたのだろう。

「けど、もう大丈夫だよ」
 舞奈が不敵な笑顔で言うと、シスターは自然に手をはなす。
 彼女には何もかもがお見通しだ。

「今日は聞きたいことがあってきた」
「はい、何でしょう」
讃原さんばらの派手な事件は【偏光隠蔽ニンジャステルス】の仕業だ。何か心当たりはないか?」
 いつもの調子を取り戻した舞奈は、情報収集という本来の目的を思い出す。
「この件に関しちゃ、たぶんあたしの知ってる誰よりも、近所の人たちと親しいあんたに聞くのが正解だと思った」
「見えない殺人犯の噂ですか……」
 シスターはしばし考え、そして何か思い当たったように舞奈を見やる。

「舞奈さんが知りたい情報なのかはわかりませんが」
「聞かせてくれ」
「はい。被害にあわれたオートバイの方々は……」
 シスターは言い淀む。
 舞奈は無言で先をうながす。

「近所の方に、その、疎まれていたようなんです。年配の方なのですが、言動も荒く、歩き煙草をされたり、排気音も気に障られる方が多いようで……」
 シスターの声が沈みがちなのは、死者を悪しきざまに言うのが嫌だからだ。
 それに恐らく、善良な住人たちが隣人の死をせせら笑うのも嫌なのだろう。
 たとえ脂虫の正体を知らずとも、普通の人間は脂虫を嫌い死を望む。
 だが善良なシスターにとってはそれすらも悲しい。

「さんきゅ。参考にするよ」
「こんなことしかお話しできずに恐縮です。舞奈さんもご無理をなさらないよう」
「心配するなって!」
 そう言い残し、入るときには浮かんでいなかった笑みを浮かべて教会を出る。
 おそらく先程の婦人と同じように。

「ようリコ、大人しくしてたか――って、何の騒ぎだ?」
 舞奈が少し話しているうちに、ずいぶん人が増えていた。
 何故か桜がミカン箱の上で踊っている。
 ミカン箱の前にはリコがいて、桜の妹の幼女2人と、奈良坂と、何故か先ほど別れたはずの婦人がいる。
 みんな桜の歌を笑顔で聞いていた。

 アイドルを目指しているという桜の歌は、割と残念な部類に入る。
 それでも舞奈の口元には笑みが浮かぶ。
 救えなかった少年の母親と、救うことができた少女と、そもそも裏の世界に関わりのない少女たちが一緒に笑う。
 そんなちぐはぐな様が、天国でも地獄でもないこの世界の縮図のように思えた。

「あ、しもんだ! はなしはおわったのか?」
 リコの手には、先ほどまではなかったビニール袋。
 見やると婦人の手に袋はない。
 婦人はそれを、墓前に供えるより、ピザにするより、物欲しげな子供にあげることを選んだのだろう。

「ちゃんと礼、言ったか?」
「うん! リコはれいぎただしいにんげんなんだ」
 リコは笑う。
 婦人も笑う。

「マイちゃんってば、桜の歌を聞きにこんな所まで来てくれたのね!」
「どういう解釈をしたらそう思えるんだ?」
 ミカン箱の上から投げキスをよこす桜の妄言に苦笑する。
「奈良坂さんは、今度は桜の護衛か?」
「あ、いえ、桜ちゃんは友達の妹さんなんです」
 奈良坂はにへらと笑う。
「そっかー、桜と奈良坂さんは知り合いだったのか」
「えへへ、そうなんですよ。桜ちゃん、真面目で良い子ですよね」
「奈良坂さんからはそう見えるか……」
 桜の本性に気づいていない奈良坂の素直さに、思わず舞奈は目をそらす。

 そしてふと、霊園に新しい参拝者が訪れていることに気づいた。

 ウェーブがかかったロングヘアの女子高生と、ポニーテールの女子中学生。
 舞奈の知らない顔だ。だが何となく気になった。
 どちらも蔵乃巣学園指定のセーラー服を着ている。姉妹だろうか?

 2人がいるのは、婦人がいた場所の近くにある小さな墓の前だ。
 高校生の方が花を供え、2人の少女はは寄り添うように祈る。
 少女たちの足元に野良猫が寄り添い、中学生の方がしゃがみこんで猫を撫でる。
 ポニーテールが揺れる。

 その様に、舞奈は彼女たちが気になった理由を悟った。
 なんとなく昔の仲間を思い出すのだ。
 美佳と一樹があんなことになっていなかったら、今頃はあの2人と同じくらいの年頃になっていたはずだ。
 それが意味のない感傷だと知りながら、舞奈は見ず知らずの2人を見ていた。

「ねぇねぇ、マイ、これから家に遊びに来ない?」
 桜の声に、現実に引き戻される。
 遊んでる暇はないと断ろうかと考えたが、よく考えれば聞きこむあてもない。
 それなら桜の家で話を聞いた方がマシかもしれない。
 それに、もうすぐ昼時だ。ついでに昼飯をご馳走になれるかもとの算段もある。

 なので、リコと奈良坂と一緒に桜の家に行くことにした。

 そして舞奈たち6人は、平屋の古家が並ぶ大通りをかしましく歩く。

 桜の家のある伊或いある町は、昭和の香り漂う旧市街地でもひときわ古い下町だ。
 寂れた小さな八百屋や電器屋、何の店だからよくわからない店舗や、店だか倉庫だかも不明なトタン壁の建物等々、山の手とは真逆の意味で見ていて飽きない。
 そんな中、

「舞奈ちゃん、あの店だよ。いっつも桜のこと見てくるキモイ店」
 桜は立ち並ぶ店舗のひとつを指さす。
 何の店だか知らないが、他の店舗と比べても胡散臭く、確かに曰くありげだ。
 店の前には、社用車とおぼしき白い軽四輪が道路にはみ出すように止めてある。

 その陰で、男が煙草をふかせていた。
 通りの反対側まで漂う異臭に、6人は顔をしかめて不平をこぼす。

 舞奈も嫌な顔をしつつ、男を見やる。
 がっしりした体格の、豚に似た男だ。
 豚男は脂虫に特有な濁った眼で、確かに桜を見ていた。
 舞奈の陰に隠れる桜を目で追う。

 舞奈が睨みつけると、逆切れするように「なんだテメェ」と大声を上げる。
 だが凄みを利かせると怯んで目をそらす。
 横柄だが臆病な、典型的な脂虫だ。

 悪臭と犯罪をまき散らす脂虫を【機関】は人ではなく怪異と定めている。
 だから必要ならば射殺しても問題はない。
 だが、流石に桜の目の前で片づけるわけにもいかないだろう。
 代わりにテックからもらったオークの絵を取り出して、

「これと似てるな。お前を誘拐した奴とは違うのか?」
「違う人だよ。桜をさらったのは、もっと豚みたいなおじさんだったのー」
「いや、あいつも十分に豚だろ」
 冗談めかして舞奈が言うと、桜は笑う。
 つられるように桜の妹たちも、リコも笑う。

「あ、そういえば、舞奈さんって携帯持ってますか?」
 やぶからぼうに奈良坂が言った。
「呼び出しの指示があったんですけど、繋がらないから見かけたら伝言するようにって言われてたんです」
「……何故、今、それを言う」
 舞奈は睨む。
 桜の家の昼飯は豪華ではないが、量だけはひたすら多い。

「それは……その、ひらめいたんですよ。今」
 奈良坂は恐縮する。
 忘れていたらしい。
 彼女の執行人エージェントとしての将来に、若干の不安を覚える。
 だが今さら何か言っても仕方がないだろう。
 それに舞奈も人のことは言えない。新開発区ではどうせ電波が届かないから、バッテリーを節約するため携帯の電源を切ってあったのだ。

「なので、至急、支部まで来てほしいとのことです」
「至急って、何があったんだ?」
 舞奈の問いに、奈良坂はのほほんと答えた。

「はい。誘拐事件の犯人が見つかったそうです」
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