銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第6章 Macho Witches with Guns

今を生きる2

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 明日香は飽きるまでウンチクを語って、帰っていった。
 そうすると、夕日に照らされた病室は急に静かになった。

 手持ち無沙汰になった舞奈は、枕元に並べられた見舞いの品を眺める。
 寝ている間にクラスのみんなが来てくれたらしい。

 花瓶の後には映画のパンフレットが立てかけられていた。
 園香と観る約束をしていた映画だ。

 舞奈は一方的に約束を反故にした。
 それでも園香はパンフレットだけでもと持ってきてくれたらしい。
 可愛い娘だ。

 せっかくなので、手にとってパラパラとめくってみる。
 主人公の探偵が2丁拳銃を駆ってギャングをぶちのめす内容のようだ。
 探偵ってそういう職業だっけ? と疑問に思わなくもない。

 ヒロインの金髪グラマー美女とのロマンスもあったらしい。
 最後のページにはクライマックスのものらしきキスシーンが載っていた。
 園香はこれをひとりで観たのだろうか?
 気の毒なことをしたなとちょっぴり思った。

 その時、ページの隙間から紙切れが落ちた。
 拾い上げて見やると、商店街の花屋でもらえるメッセージカードだった。

『大人になったら、マイちゃんがもっと好きな映画を見に行こうね』
 可愛らしい丸文字で、そう書かれていた。

「大人になったら、か」
 口元に笑みを浮かべて、ひとりごちる。

 美佳と一樹の思い出だけを見ていた今までは、そんなこと考えたこともなかった。
 その必要がなかったからだ。
 だが、現実を見据えて生きていくのなら話は別だ。
 現に、かつてリコとさほど変わらぬ幼女だった舞奈も、今や一樹と同じ高学年だ。
 そうやって月日を経るにつれ、美佳に追いつき、奈良坂のような高校生となり、アイオスと同じ大人になるのだろう。

 アイオスと同じ……。

 愛に生き、愛に散ったシスター。
 だが、なんというか、自分はもうちょっと世間様に顔向けできるような恥ずかしくない格好ができるように頑張りたいと思った。
 パンフレットとメッセージカードを花瓶の後に戻す。

 その時、ふと、花瓶の横に丸っこい石が置いてあるのを見つけた。
 何だこれは? と手に取ると、マジックで何やら書かれていた。

『レもん 1ナ”んき1ニなれ』
 園児のような酷い字だ。
 たぶん『しもん』と書きたかったのだろう。
 そう言えば、以前にリコが河原で綺麗な石を拾ったと自慢していた。
 舞奈は口元に笑みを浮かべてしばらく石を眺めてから、元の場所に戻す。

 その横に、何やら白いものがこんもり積もっていた。
 何だこれは? とつまんで見やると、それは毛だった。
 ウサギの抜け毛だ。

「みゃー子のやつ、何考えてるんだ……?」
 他にこんなものを病室に持ってくる知人に心当たりはない。
 どうやら、意味不明なフリフリドレスの友人も見舞いに来ていたらしい。
 ウサギの毛を山に戻す。
 別に急いで片づける必要もないだろうと思ったからだ。

 ふと気づくと、携帯にメールが届いていた。
 テックからだ。
 件名は『舞奈へ 今はこれで辛抱してて』とある。

 中身を見ると、裸の女と裸の女が絡み合っている画像が大量に添付されていた。
 舞奈はたまげた。彼女は何をトチ狂ったのだろう?
 本文を読んでみる。

『ゾマや明日香から、舞奈のこといろいろ聞きました。入院中はいろいろ溜まるかと思いますが、これ見てガマンしててください。P.S.くれぐれも、無闇に看護婦さんを触らないように!! 注射や点滴の最中だと命にかかわります』
 彼女曰く、トチ狂っているのは舞奈の方らしい。
 園香や明日香と話をした結果、彼女は舞奈を、無闇に抱きついたり触ったりする性癖を持つ奇人と認識してしまったようだ。

 退院したら、まっ先に彼女の誤解を解く必要があるだろう。
 いや、まったくの誤解とも言い切れないので、無理かもしれない……。
 やれやれと肩を落としつつ、携帯をサイドテーブルに載せる。

 余談だが、明日香の話によると異能力者の中にひとりだけ生き残りがいたらしい。
 太っちょの【鷲翼気功ビーストウィング】である。

 アイオスに撃墜されたと思われていたが、異能力の影響下にあった脂肪が熱で気化してビームを拡散させて彼の命を守ったらしい。
 そして墜落したショックで気絶して、戦闘が終わるまで寝ていたのだ。
 実質的には軽い火傷を負っただけだったそうな。

 舞奈としては彼に面識もないし、命拾いしてなによりとしか思わない。
 だが相手からすれば舞奈は命の恩人だ。
 だから舞奈のベッドの横には段ボール箱が鎮座していた。

 『たっぷりラードの揚げポテチ バターマヨネーズ味』
 その横には『一口で一週間分のカロリー』とかイカれた謳い文句が書かれている。
 彼はこれであの体型を維持しているのだろう。
 だが舞奈にこんなものをよこして、どうしろと言うのだろうか?
 舞奈は苦笑する。

 だが、その笑みが皮肉に歪む。
 三剣悟のことを、明日香はなにも話していなかった。

 ――否、話す必要などなかった。
 塵と化して消えていく彼を、あの時、確かに2人で見取ったのだから。
 だから、せめて彼が夢の向こうで美佳と再会できたと信じることにした。
 そして刀也を、救えなかった少年たちを、静かに悼んだ。

 そしてふと見やると、サイドテーブルの片隅にあやしい品々が鎮座していた。
 ベティの見舞い品らしいヴードゥー人形。
 クレアが懇意の魔術師ウィザードから買ったらしき有角のケルヌンノス像。
 小夜子のアステカ人形に、サチからのハニワ。

 各々の流派で舞奈の回復を祈願してくれているのだから、嬉しい限りだ。
 だが、その一角だけ雰囲気が異様で、なんだか祟られそうだ。

 そんな不気味なプレゼントの側に、絵馬が立てかけられていた。

『舞奈さんの怪我がはやく治りますように』
 絵馬には、そんなメッセージが書かれている。
 その横には可愛らしくデフォルメされた仏のイラストが添えられている。
 奈良坂のものだ。
 気弱で勉強も戦闘も苦手な彼女にも、得意なものがひとつはあるらしい。

 舞奈は苦笑する。
 心遣いは嬉しいのだが、怪我人の枕元に仏の絵を飾るのは如何なものだろう?
 だが、あの気弱そうな少女が絵馬を立てかけていく様を思いうかべ、口元の笑みが和らぐ。

 悟を止めようとして全滅した攻撃部隊の、もうひとりの生き残り。
 舞奈はすんでのところで彼女を救えたらしい。
 とどめの一撃を免れた彼女は必死に付与魔法エンチャントメントを維持し、自身の命を繋いでいた。

 そして悟が逝った後、【組合C∴S∴C∴】の使いが彼女を回収し、傷を癒した。
 【組合C∴S∴C∴】の老人たちは魔術による高度な治療技術を有している。
 なのに、それを魔道士メイジ以外の人間には絶対に使わない。
 【組合C∴S∴C∴】が魔道士メイジのためだけの組織だからだ。

 けれど、その事実を素直に嬉しいと思った。
 それによって、ひとりの少女が悲劇から守られたからだ。

 対象と形代の因果を入れ替える神術による治療と異なり、【組合C∴S∴C∴】の老人が使うウアブ魔術による治療は身体の欠損部分を式神で代用する。
 だが、そのままでは術が解けると傷が開いてしまう。
 だから新陳代謝を利用して代用部分を正常な肉体へ置き換える。
 その結果、治療期間中はトイレで力んでも何も出ない(出た瞬間に消える)らしい。

 奈良坂はトイレでどんな顔をするのだろうか?
 そんな風に柄にもなく小学生らしいことを考えて笑っていると、ノックがした。
 舞奈がどうぞと答えると、入ってきたのは担任だった。

「志門、具合はどうだ?」
「あ、先生」
 舞奈は小太りな担任教師のサングラスを見上げる。

「心配かけてすんません。ちょっと仕事でヘマしちゃいました」
「君のその……副業について、私は詳しくは聞かされていない」
 担任は静かに言った。

 【機関】は超法規的な組織だ。
 だから、執行人エージェントが活動中に殉職しても、その事実が公表されることはない。
 転校や留学、事故といった偽の理由とともに、表の世界からひっそり姿を消す。
 もしあの時に明日香が間に合わなかったら、舞奈もそうなるはずだった。

「だが元気そうで安心した。それと……」
 言い淀むように言葉を切って、
「早く戻って来い。おまえがいるとクラスが面白くなる」
 口元に笑みを浮かべた。

 舞奈は気づいた。

 かつての舞奈は、美佳と一樹と絆を深めた。
 同じように、今の舞奈はたくさんの人々と絆を深めている。
 明日香だけではない、見舞いに来てくれたクラスメートたちも、奈良坂も。
 そしてスミスや、支部の受付のお姉ちゃんや、新開発区の守衛。
 学園の警備員や、フィクサーや九杖サチ。
 他にもたくさんの人々。
 それに家賃のツケが溜まっている管理人も、飲食代のツケが溜まっている張も、舞奈が勝手にいなくなると困るだろう。

 そんな当たり前のことに、担任の言葉で気づいた。だから、

「ああ、わかってる!」
 舞奈は満面の笑顔で笑みを返す。
 そして、ベッドの上で見事なバク転を決めてみせた。

「いや、今すぐ戻れと言っているわけじゃ……」
 担任のサングラスとヅラが、ずり落ちた。

 担任はしばらく舞奈と話してから、帰った。
 窓の外は、もう夕方だ。

 そして舞奈はふと、テーブルの隅に置かれたブレスレットに気づいた。
 ひび割れたそれは、ピンク色のピクシオン・ブレスだった。
 悟との戦闘で壊れ、そのまま置き去りになっていたはずだ。
 それをお節介な誰かが回収して、舞奈の元に届けたのだろう。

(ああ、そっか……)
 舞奈はふと思った。
 これは、あるべくしてここにあるのだと。
 これは、知らないうちになくしてしまってはいけないものなのだ。

 割れたブレスを手にしたままベッドから立ち上がり、窓を開ける。
 涼やかな風を感じて頬を緩ませる。
 ウサギの毛が部屋中に吹き散らばる。

 舞奈は空を見やる。
 空一面に広がる夕暮れは、くすんだ赤色にも、色あせたオレンジ色にも見える。
 普段なら辛気臭いと気にも止めない空が、今はたまらなく美しいものに思えた。

 舞奈は手にしたピクシオン・ブレスを一度だけ見やる。

 そして、空に向かって躊躇なく投げた。

 ブレスは光の粉を振りまきながら、きれいな放物線を描いて飛んでいく。
 そして、赤ともオレンジともつかない色の空の中で、ピンク色の光になってはじけて消えた。

「これで、ピクシオンはいつでも3人いっしょだな」
 寂しげな、それでいて清々しい笑みを浮かべ、ひとりごちる。
 頬を撫でる夕風が心地よい。

 今ごろ帰路の途中であろう担任も、この風を感じているのだろか?
 明日香や園香、テックは、奈良坂は、これまで出会った少女たちは、この夕日を眺めているだろうか?

 そう思うと、美佳がいないこの世界にも少しだけ温もりが感じられる。
 だから、今宵の月の輝きは、たぶんそれほど悲しくはないだろう。

 こうして舞奈は、ようやくピクシオンではなくなった。
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