銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第6章 Macho Witches with Guns

舞奈と悟

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 舞奈の目前で、銃弾をめりこませたアイオスが倒れる。

 アサルトライフルガリルARMの一撃をまともにくらったアイオスだが、命の危険はない。

 彼女は付与魔法エンチャントメントで身を守っていた。
 それに小口径ライフル弾5.56×45ミリ弾攻撃魔法エヴォケーションほどの威力はない。
 それが証拠に、彼女の身体から血は流れていない。
 それでも付与魔法エンチャントメントを破壊された衝撃で、しばらくは動けないはずだ。

 だから舞奈はドームの中を見回し、尋常ならざる数多の骸を見やる。

「こりゃひどい」
 口元に乾いた笑みを浮かべる。

「サト兄、答えてくれよ」
 いつものように感情を覆い隠すあいまいな笑みを浮かべ、悟を見やる。

「ピクシオンとその仲間ってのは、こういうことのために集まったのか? それとも、ミカがこんなことをしてくれって言ったのか?」
 対して悟は、涼やかな笑みを浮かべながら、
「美佳に会いたいんだ。3年間、待ちつづけたんだ。もう十分だろ?」
 右手に握った草薙剣をかざす。

 すると、かつて異能力者だった炭や骸から光の柱が立ち昇る。
 数多の光条は宙に弧を描いて悟の剣に集う。

「破壊と再生を思うがままに操る三種の神器に、必要なだけの魔力が集まった。今こそ僕の手で、美佳を蘇らせるんだ」
 恍惚とした悟の首には、かつて再会したファイゼルが提げていた八坂の勾玉。
 左手には八咫鏡。
 撃ち抜かれて割れたはずの鏡は、アイオスの言葉どおり修復されていた。

「……そいつに、そんな力はないよ」
 舞奈は皮肉げな笑みを浮かべ、静かな声で、語る。

「人は死んだら終わりだ。あんたが言ったんだ。だからあたしは、3年間ずっとミカなしでやってきた」
 そして、抑えられなくなった感情が爆発する。

「今更それがウソっぱちだったなんて言われて、納得できるわけないだろ!?」
「それに」
 激昂しかけた舞奈を明日香が制し、
「貴方が手にした魔力は、人間には扱いきれない破滅の力です」
 静かに悟を見やる。
「その力は容易く人の心を侵し、暴走し、別のものへと作り変えてしまう。その結果は貴方も見たはずですよ」
 台座の上に横たわる刀也を見やる。

 彼は剣の力によって美佳のピクシオン・ブレスに宿る魔力を吸収した。
 その結果、暴走した魔力から解き放たれた今となっても、うわ言をつぶやきながら虚空を見つめるだけの生きる屍であった。

「けど、彼はまだましな方。途中で止めることができたんだから」
 明日香は冷ややかな瞳で悟を見やる。

「暴走した外宇宙の魔力が人間を依り代にして完全に顕現したら、その災いを止められるものは誰もいない。三剣さん、巻きこまないでとお願いしたはずですよ?」
 だが悟は、笑った。

「美佳のいない世界に何の意味がある?」
 狂気すら滲ませた涼やかな笑みで、

「彼女を取り戻せる希望がほんの少しでもあるのなら、いやそんなもの本当はなかったとしても、僕は悪魔との賭けに世界を差し出してやる――」
 悟の言葉が終わらぬうちに、明日香の掌から【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】が放たれる。
 これ以上の話し合いは無意味と判断したか。

 だがプラズマの砲弾の前に、両手を広げた何者かが立ちふさがった。
 アイオスだ。

 青年を炭化させるはずの雷撃は、アイオスの胸で受け止められる。
 妖艶なシスターは、四肢を流れる電流に全身をビクンと痙攣させる。
 付与魔法エンチャントメントの残滓を無理やりにかき集めたのだろう。
 それは彼女の技量と、そして執念が成せる業だった。

「あなた、どうして……!?」
 明日香が問う。
 彼女はまだ、ショックから回復していないはずだ。

「……愛ゆえに、ってとこかしらン」
 シスターは煙をあげる身体をくねらせながら、悟を守るように踏み出す。

「悟様の望みは、わたしの望みン。その望みをかなえるためなら、お姉さん、何だってしちゃうわよン」
「彼が何をしようとしているかを知った今でも?」
「お嬢ちゃンにはまだ分からないわよねン。愛は理性じゃ止められないのよン」
「……そうだね」
 悟の同意を受け、アイオスはうっとりとした恍惚の笑み浮かべる。

 次の瞬間、その眼が大きく見開かれる。

「悟……さま……?」
 アイオスの腹を、くすんだ橙色の長剣が刺し貫いていた。

 悟は無造作に剣を引き抜く。
 アイオスは自身が作った血だまりの上に崩れ落ちる。

「……何……やってるんだよ、サト兄」
 女の身体が倒れる様に表情を強張らせながら、舞奈は静かに悟を睨む。
 怒りが強すぎて、叫ぶことすらできなかった。

 なのに悟は笑う。
 その瞳に浮かぶのは、狂気。

「彼女に貸したミカの魔力を返してもらったんだよ」
「……利用してたのか?」
 激情を堪えようとして、堪えきれなくて叫ぶ。

「けど、こんなのないだろ!? この女はあんたのことを――」
「舞奈ちゃん」
 悟は夢見るように笑う。
「彼女は美佳じゃないんだよ?」
 その言葉に宿る狂気に、舞奈と明日香は息を飲む。

「そして、これで終わりさ。美佳の魔力を身体いっぱいに蓄えた――」
 目前の台座に横たわる刀也めがけて、手にした長剣を振りあげる。

「サト兄! やめろ!!」
 舞奈の制止を振り切るように、悟は弟の腹に草薙剣を突き立てる。

 刀也は避けることも悲鳴をあげることもせぬまま串刺しになった。
 その身体が、ビクリと痙攣する。
 剣先の3分の1を飲みこんだ傷痕からは1滴の血すら流れなかった。
 その身体を異次元の色に輝くゼリーが覆い始める。

 ――否、少年の身体そのものが肉とは異質の何かへと変貌していった。
 やがて全身がゼリー状の粘液となり、突き立てられた剣へ吸収される。
 後には刀也が着ていた服と、粘液の残りカスだけが残された。
 呆然と見つめる舞奈たちの前で、悟の身体が異界の彩色に輝き始める。

「僕の中に美佳が流れこんでくる!! 何て……何て暖かいんだ……」
 恍惚とした悟の表情すら光が飲みこみ、光そのものと化した身体が膨れあがる。
 悟だった輝く何かは大気を侵食するかのように広がる。

 そして不意に、光は濁って、消えた。

 そこにあらわれた、かつて悟だったものは、蠢く灰色の塊だった。
 魔力の余波で大気が淀み、床は脈打つ色のない臓物へと変容する。

「なんなの……これ……!?」
 それを目の当たりにした明日香が目を見開く。

 それは灰色の女体で築いた小山に見えた。
 何本もの細い腕が、幾つもの豊かな胸が、なだらかな丘陵が無秩序に組み合わさった悪趣味な肉隗であった。

 その頂上に、胴体半ばを塊に埋もれさせた悟の姿。
 その手には剣と鏡、首には勾玉。

「違うだろサト兄……。ミカじゃないよ……こんなの……」
 舞奈はひとりごちる。
 灰色に絡まりあう腕を、胸を、そして蝋人形のように虚ろな笑みを張りつかせた顔を見つめながら。恋焦がれるように想い続けた少女と同じ顔を。

「……明日香、すまない」
 口元に無理やり笑みの形に歪め、

「サト兄を止める。力を貸してくれ」
「寄寓ね。わたしも同じことを考えてたところよ」
 次の瞬間、舞奈は灰色の山を見据えて走り出した。
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