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第5章 過去からの呼び声

戦闘2 ~銃技vs外宇宙よりの魔術

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「ファ、ファイゼルさん!」
 男が消える様を目の当たりにして、刀也は悲鳴をあげる。

「もう分かったろ。あいつはニセモノだ。あいつの言ったことはデタラメなんだ」
 舞奈は語りかける。

「み、三剣くん、お願い! 舞奈さんの言葉は本当よ……!!」
「うるせぇ! うるせぇ!! だれがおまえらの言うことなんか聞くかよ!」
 だが刀也は駄々をこねる子供のように喚き、両手で剣を構える。

 少年の叫びに答えるが如く、剣が輝く。
 それに呼応するように、ひび割れたブレスレットも輝きはじめた。

「もうやめろ! おまえは他人の言葉に、他人の力に踊らされてるだけだ!」
「これはオレ様の力だ! オレ様の剣だ!」
「おまえのじゃない! ミカのだ!」
「オレ様が手に入れた力は、オレ様の力だ! てめぇはガキのクセに頭固いんだよ!!」
 舞奈と刀也は互いに言葉をぶつけ合う。

 剣の輝きに呼応するかのように、ブレスが激しく光輝く。
 そして、光は刀也の身体に吸いこまれるように消えた。
 剣の光も消える。

 漆黒だった長剣は、ブレスと同じ橙色に染まっていた。

「ハハハ! 力がみなぎってくる! これが、おまえが欲しがってた力か?」
 刀也は笑う。
「ざまあみろ! オレ様が手に入れたぞ!」
 ひび割れたブレスは色を失い、次の瞬間、塵と化して崩れ去った。

「オレ様だけの力だ!」
 刀也は叫ぶ。
「ガキなんか、女なんかとは比べ物にならないオレ様だけが最強なんだ! オレ様がオレ様がオレサマガオレサマガァ!!」
 狂ったように叫ぶ。

「トウ坊!?」
「刀也くん!」
「三剣くん!? ……ま、まさか、魔力が暴走している!?」
 驚き身構える舞奈とアイオス、奈良坂。

 その目前で、刀也の身体が波打つ灰色の粘液に覆われはじめた。
 粘液の表面で、細かな無数の触手がうごめく。

「ヒ……ハハ……最……オレ様……強……」
 虚ろな瞳を虚空へと向けながら、少年は言葉にすらならない何かを叫び続ける。

 剣を構える刀也の二の腕に拳銃ジェリコ941を向け、引き金を引く。
 だが少年の身体を覆う粘液の鎧が、特別製の大口径弾45ACPを受け止める。
 炸薬は弾けない。
 脈打つ鎧が弾丸の衝撃を無にしたらしい。

 素早く弾倉マガジンを交換し、さらに3発。
 だが銃弾は灰色の粘液に埋まるのみ。

 次いで奈良坂の炎の矢が逆の腕に、アイオスの粒子ビームが脚に命中する。
 それでも灰色の鎧を焦がすことすらかなわない。

「あれは、まさか、エイリアニストの……!?」
 奈良坂の気弱げな顔が、青ざめる。
 舞奈も舌打ちする。
 それが舞奈のよく知っている魔術だったからだ。

「ミカの魔術……!? 糞ったれ! 本当にミカの魔力を吸い取ったってのか!?」
 それは紛れもなく、萌木美佳が修めていた魔術であった。

 それは、外宇宙からもたらされた異形の魔術。
 精神の歪みによる狂気のイメージによって魔力を作りだす、異常な魔術。
 いつか友人の魔術師ウィザードに聞いた言葉が確かなら、強大な威力と引き換えに暴走の危険をはらむ、破滅と隣り合わせの禁断の魔術。
 得手とするのは、魔力を水や空気に転化する【汚染されたエレメントの生成】。
 魔力で空間と因果律を歪めることによる【混沌変化】。
 魔力を強化し、魔力と源を同じくする精神を操る【狂気による精神支配】。

 賢明で勤勉な美佳は魔術の悪影響を無効にし続けることができた。
 そして、その力だけを手足のように操ることができた。

 だが刀也には無理だった。

 暴走した魔法の余波によって大気が淀む。
 床は腐敗した魚のような異臭を放ち、灰色の海へと変容する。

 奈良坂はうずくまって動かなくなる。
 外宇宙よりの恐怖が気弱な少女の心を砕いたのだ。

 逆に恐慌に駆られたアイオスは、両手のリボルバー拳銃アナコンダを乱射する。
 だが、うごめく鎧はマグナム弾すらもつかみ取る。
 シスターは弾切れにも気づかぬまま引き金をカチカチと引き続ける。

 刀也は空を見上げてニタニタと笑いながら、人外の声色で何かを呟いた。
 おぞましい死の海から無数の触手が吐き出される。
 それは【汚染されたエレメントの生成】のひとつ。
 濁った海を象徴する水神クトゥルーの御名と御姿を借りた殺戮の魔術。

 鋭い触手の群がアイオスに襲いかかる。
 避ける余裕すら与えず、貫き、はじき飛ばす。
 硬い鉄骨に何かが叩きつけられる、ドスリという嫌な音。

「アイオス!? 糞ったれ!」
 舞奈は再び拳銃ジェリコ941を構える。
 狙いは剣そのもの。

 特殊炸裂弾マギ・エクスプローダーの弾頭には特別製の炸薬が仕込まれている。
 それによって、魔力で形作られた式神や魔法の武具を撃ち砕くことができる。

 そして魔剣は【重力武器ダークサムライ】で銃弾を防いでいない。
 美佳の魔力を吸収する代わりに以前の異能力を失ったのだろう。
 土神ツァトグァの魔術による粘液の鎧に守られていない剣を砕けば、刀也も止まるはず。

 構えられた剣の根元に銃口を向ける。

 だが、その時、粘液に覆われた刀也の胸に何かが浮かびあがった。
 それはレリーフのような何者かの胸像だった。
 優しげに微笑む、編んだ髪をなびかせた少女。

 舞奈の瞳が見開かれる。

「ミ……カ……?」
 かすれた声で、ひとりごちる。

 こいつはニセモノだ。
 理性と本能が同時に警鐘を発する。だが、

「舞奈ちゃん……」
 灰色の少女が、花弁のような唇で少女の名を呼ぶ。

 ずっと聞きたかった声。
 ずっと求めていた、ずっと探していた。
 忘れようとして、誤魔化そうとして、どちらもできず想いを持て余していた。
 そんな想い出の中の少女の声で。

 それは幼かった舞奈の世界から奪い去られた、ぬくもりだった。

「マイナ……チャン……」
 その不自然で、不気味で、それすらもあたたかく心地よい美佳の響き。

 舞奈の手から拳銃ジェリコ941がすべり落ちる。
 脚の力が失せたかのように座りこむ。

 胸像は、細くたおやかな2本の腕を伸ばし、剣の柄に手を添える。
 胸に美佳を宿した刀也は、4本の腕で剣を振り上げる。

 舞奈の視界の端に、うずくまった奈良坂が映る。
 倒れ伏したまま動かないアイオスが映る。
 だが、もはや、そんなものはどうでもいい。
 舞奈は笑う。

「連れて行って……くれるのか……?」
 美佳と一樹がいる、あたたかい場所へ。

 振り上げた橙色の刀身に、見上げる小さなツインテールの童顔が映りこむ。
 彼女は夢見るように笑っていた。

 その視界の隅で何かがきらめく。

 4本の腕が、少女の脳天めがけて剣を振り下ろす。

 次の瞬間、凄まじい衝撃とともに刀也の身体が吹き飛ばされた。

 手にした剣は床を転がる。
 そこはすでに灰色の海ではなく、元の鉄板床だ。

(あたしは今……何をしようとしていた!?)
 我に返った舞奈は、床に捨て置かれた橙色の剣を見やって肝を冷やす。

 ふと、黒髪の友人の泣き顔が脳裏をよぎった。
 生きていられて良かったと思った。

 視界の端にきらめきを捉え、舞奈は向かいのビルを見やる。
 その瞳が、屋上から立ち去る人影を捉えた。
 妖精に似た白い人影は、ライフルを思わせる黒い何かを構えていた。

(だれかが刀也を狙撃した……?)
 だが当座の危険はなさそうなので、そのまま床の上に寝転んで天井を見上げた。

 日中はほとんど寝ていたはずなのに、なぜだかとても疲れていた。
 だが悪い気分ではなかった。
 まるで悪い夢が祓われた後のように。

 舞奈は鉄板張りの天井をぼんやりと見やり、口元に微笑を浮かべる。
 明日、学校で明日香に会ったら何食わぬ顔で挨拶しようと思った。

 だが、しばらくすると視界に白いドレスの裾が飛びこんできた。

「まったく。なんで、ちょっと目を離しただけで死にかけてるのよ?」
 鈴の音のような涼やかな声。
 声を辿って視線をめぐらせる。

 純白のドレスに身を包んだ明日香がライフルKar98K片手に睨みつけていた。
 刀也を狙撃したのは彼女だったらしい。

 月の光を浴びて、スナイパーライフルKar98Kの側面に彫られたルーン文字が光る。
 小型拳銃モーゼル HScで泥人間を爆散させる斥力場の弾丸を長物で撃つと、先ほどのようなデタラメな威力になる。

 明日香の端正な顔には、やつれたような深い疲労がにじむ。
 銃弾を強化する魔術は大量の魔力を必要とする。
 そして不足分を術者の体力で無理やりに補う諸刃の術だ。

 黒髪の友人は疲労の色を誤魔化すように、不機嫌そうに口元を歪める。
 舞奈も口元に笑みを浮かべる。

 挨拶は明日ではなく今日になってしまった。
 だが、彼女を見上げてやっと自分が生き延びられたのだと実感できた。
 そんな気がした。

 明日香がなぜ都合よくここにいるのか、舞奈にはわからない。
 だが、心の奥底で、彼女なら来てくれると信じていたようにも思える。
 だから舞奈はいつものように笑う。

「そのドレス、綺麗だな。妖精みたいだ。これからパーティーか?」
「終わりかけてたけどね」
 明日香は肩をすくめて、
「これは【皮かぶりベルセルク】――英霊の姿を模して力を借りる呪術よ」
「……シモ・ヘイヘか」
 舞奈は【白い死神】と恐れられた伝説の狙撃手の名を思い出す。
 たったひとりで500を越える敵を葬ったとされる英雄の名をひとりごちる。

 明日香は改造中の上着の代わりに、呪術師ウォーロックの真似事に手を出したらしい。
 いくら魔術師ウィザードが魔力の扱いに精通しているとはいえ、方向性が違うはずの呪術をそんなに簡単に使えるとも思えない。おそらく相当の無理をしてくれたのだろう。
 ひょっとして、あるいは、友人の危機に駆けつけるために。
 だから舞奈は感情を悟られぬよう、軽薄に笑う。

「そいつが着てたの、ドレスじゃなくて特殊迷彩服ギリースーツじゃなかったか? それに、おまえはフィンランドの英雄にドイツの鉄砲撃たせたのか?」
「霊はそんなの気にしないわ。まったく、ヘンなところで頭固いんだから」
 軽口に対する、鈴の音のような涼やかな文句を耳に刻みこむ。
 口をへの字に曲げて見下ろす端正な顔を目に焼きつける。

 彼女がいる、この世界こそが本当だと確かめるように。そして、

「……悪いかよ?」
 ニヤリと笑い、答えた。
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