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第4章 守る力・守り抜く覚悟
警戒
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「君を救った祓魔師というのは、本当にアイオスだったのかね?」
「本当にと言われると、ちょっと自信が……」
奈良坂は襲撃事件のことを報告していた。
小夜子と園香が相次いで襲撃を受けた後。
気絶した園香を小夜子に任せ、舞奈たちはサチを連れて支部にやって来た。
残ったのが小夜子なのは、敵が護衛の異能力者や妖術師を目印にしてサチを探して襲撃している可能性が高いからだ。小夜子は呪術師だから安全だ。
それに舞奈は、園香にスキンシップをし過ぎて父親からの心証がよくない。
そんなわけで、打ちっ放しコンクリートの会議室。
セミロングの髪を気弱げにゆらせる奈良坂の左右には、舞奈と明日香。
会議机を挟んだ反対側にはフィクサーとニュット。
襲われた当事者が奈良坂しかいないから、話の中心は奈良坂のはずだった。
「おいおい、しっかりしたまえ」
曖昧な報告をする奈良坂に、フィクサーは口をへの字に曲げる。
「うう、すいません……」
奈良坂は凹む。
「金髪だったですし、修道服を着ていたのも間違いないんですよ……」
「祓魔師はたいてい金髪で、修道服を着ているのだよ」
ニュットも糸目を歪めて苦笑する。
「そっか、奈良坂さんはアイオスの顔を直接は見ていないんだっけか」
しばらく前に、舞奈たちは誘拐された園香を救うためにアイオスと相対した。
その際、アイオスと会ったのは舞奈と明日香(と刀也)だけで、奈良坂は廃ビルから逃げだすアイオスを遠目に見ただけだ。
「やれやれ。アイオス以外の祓魔師《エクソシスト》がうろついてなかったか確認してみるのだよ」
「すまない、頼む」
結局、泥人間と敵対しているらしき祓魔師が本当にアイオスだったのかどうかの判定は、ニュットの調査待ちということになってしまった。
舞奈たちが護衛してたのは占術士だから、魔法で調べれば良さそうなものだ。
だが占術士には本来の仕事がある。
自分たちに関係することばかりを調べるわけにもいかないのだろう。
そんなことを考えて、舞奈が何となく窓の外を見やった。その時、
「ああ、そういえば」
奈良坂が思い出したように言った。
「アイオス(仮)さんが、泥人間の目的は【八坂の勾玉】だと言っていました!」
そう言って、得意げに笑う。
先ほどの汚名返上をしたつもりなのだろう。だが、
「……そういう情報は先に言いたまえ」
フィクサーは口をへの字に曲げる。
「うう、すいません……」
奈良坂は凹む。
「まあ、敵の目的が八坂の勾玉なのは間違いないと思われます」
明日香が言った。
奈良坂の顔がパァっと明るくなった。
怒られると凹んで、フォローされると喜ぶ。
そういうところで奈良坂は割と単純で、そこはちょっとうらやましいと思った。
それはともかく、舞奈も明日香の意見に基本的には賛成だ。
別にアイオス(仮)の言葉を鵜呑みにするわけじゃない。
だが小夜子もそう分析していたし、以前に悟も同じことを言っていた。
そのうえで、ひとつだけ腑に落ちないことがある。
「それにしちゃ、敵さんの動きが適当すぎやしないか?」
舞奈の言葉に皆も頷く。
敵の目的は、八坂の勾玉の奪取。
そして、その所有者がサチであることも知っている。
だが襲撃者は、肝心なサチの顔を知らない。
小学生の舞奈からしても、これはあまりにも間抜けな襲撃計画に思える。
「それはたぶん、首謀者が別にいるのだよ」
「ほへ?」
間抜けな返事に、フィクサーは苦笑する。
ニュットは(仕方ないな)みたいな顔で説明を始める。
「つまりな【鹿】よ。まず、勾玉を欲しがっている何者かがいるのだ。そいつは勾玉の所有者をよく知っているのだ。」
「はい」
「でも、そいつは何らかの理由で表立って行動できない」
「だから泥人間が徒党を組んで、勾玉を奪うよう仕向けたってわけか」
「なるほど……」
割りこんできた舞奈の言葉に、奈良坂はうなずく。
舞奈はふと、思い出した。
以前にも泥人間に魔道具を奪われた事件があった。
あれは鏡だったか。
取り戻そうとして失敗して、依頼料を貰い損ねた不愉快な記憶が脳裏をよぎる。
だが、明日香は別のことに気づいたようだ。
「……そうすると、少しばかり厄介なことになりそうよ」
「厄介なこと?」
オウム返しの舞奈の疑問に、明日香は生真面目に答える。
「九杖サチをよく知る誰かが、彼女の顔を知らない手下を使って彼女の魔道具を奪おうとしている」
「ああ、そうだな」
「学校に脅迫状を出して、護衛についた異能力者を目印にして襲わせる、なんて回りくどくい方法を使ってまで姿を見せずに襲おうとした。でも失敗した」
「つまり次はもっと手っ取り早い方法で襲ってくるってわけか」
「ええ、学校内に直接戦力を展開する、とか」
苦々しい表情で明日香が言った。
「でも、ま、まさか、学校でなんて……」
「あちしも、そうであって欲しくはないと思うのだがね」
奈良坂が戸惑い、ニュットが悩む。その時、
「もしもし、わたしだ。すまんが今は大事な会議の――」
フィクサーはおもむろに電話をとった。
会議を中断して皆で見守る中、その表情はみるみる険しくなり、
「――そうか。こちらで対処しよう」
そう言って電話を切って、舞奈たちに向き直る。
「どうやら、明日香君の予測が正しかったようだ」
「どういうことだ?」
舞奈の疑問に、フィクサーは重々しく答えた。
「先程、【心眼】中川ソォナムが学園内での襲撃を予言した」
「……糞ったれ」
舞奈は悪態をついた。
会議室を、重苦しい沈黙が支配する。だが、
「ふむふむ、それならば」
ニュットがいつもと変わらぬ声をあげた。
「校内で余人に被害を出さぬための秘策を思いついたのだ」
「秘策だと? どんなだよ?」
「今は秘密なのだ。ちょうど今日は金曜日だから、土日で準備をするのだ。週明けに渡すから、取りに来るのだよ」
そう言って、ニュットは楽しそうに笑った。
そして月曜日の朝。
「……秘策ってのは、これのことか?」
ジャケットを広げて見やった舞奈は、ジト目でニュットにそう言った。
舞奈が普段着ているそれとほぼ同サイズ。
少し生地が厚い気がする。
だがなにより目を引くのは、背中に意匠された朝日旗である。
否、意匠されているというより、背中一面が朝日旗だ。
まあ、祭りかなにかで皆で着たら盛りあがりそうではある。
だが学校でひとりで着たいとは思わない。
登校前に支部に寄り、待ち構えていたニュットに差し出されたのがこれだ。
「泥人間は国歌と朝日旗が大嫌いなのだ」
「まあ、そりゃそうなんだが」
あまりに嫌いすぎて、日の丸を見せるだけで人化が解ける個体もいる。
「だから、舞奈ちんがこれを着ていれば、敵の狙いを一手に引き受けられるのだ」
「いや、それはいいんだが。これを一日中着てるのか……?」
「安心するのだ。イギリス人はユニオンジャック柄のパーカーを好んで着ていると深夜アニメで言っていたのだ」
胡散臭いニュットの言葉に、舞奈はやれやれと肩をすくめる。
「じゃ、明日香のこいつにはどういう意味があるんだ?」
明日香の手にも、舞奈と同じジャケット。
ただし背中にでかでかと描かれているのは鉄十字だ。
「明日香ちんが狙われたら本末転倒だからな」
「じゃ、何もなしでいいじゃないか……」
「そこは、ほら、舞奈ちんひとりでその恰好は寂しいだろうという親心なのだよ」
「とんだ親心の無駄遣いだな」
いけしゃあしゃあと言うニュットに、舞奈は深々とため息をつく。
ニュットは校長と気が合うんじゃないかと思った。
明日香は無表情だった。
「さ、とにかく着てみるのだよ……おお、似合うのだよ!」
「……適当なこと言いやがって」
舞奈はぶつぶつ文句を言う。
だが、何を言っても状況は変わらないだろう。
それに泥人間がある種の文様を嫌うのは事実だ。
それが敵の狙いを舞奈に集中させ、本来の目標からそらすというなら本望だ。
それに学校には、傷ついてほしくない人たちが、たくさんいるから。
なので舞奈は、朝から疲れ果てた様子の明日香といっしょに、おそろいのジャケットを羽織って学校へと向かった。
「本当にと言われると、ちょっと自信が……」
奈良坂は襲撃事件のことを報告していた。
小夜子と園香が相次いで襲撃を受けた後。
気絶した園香を小夜子に任せ、舞奈たちはサチを連れて支部にやって来た。
残ったのが小夜子なのは、敵が護衛の異能力者や妖術師を目印にしてサチを探して襲撃している可能性が高いからだ。小夜子は呪術師だから安全だ。
それに舞奈は、園香にスキンシップをし過ぎて父親からの心証がよくない。
そんなわけで、打ちっ放しコンクリートの会議室。
セミロングの髪を気弱げにゆらせる奈良坂の左右には、舞奈と明日香。
会議机を挟んだ反対側にはフィクサーとニュット。
襲われた当事者が奈良坂しかいないから、話の中心は奈良坂のはずだった。
「おいおい、しっかりしたまえ」
曖昧な報告をする奈良坂に、フィクサーは口をへの字に曲げる。
「うう、すいません……」
奈良坂は凹む。
「金髪だったですし、修道服を着ていたのも間違いないんですよ……」
「祓魔師はたいてい金髪で、修道服を着ているのだよ」
ニュットも糸目を歪めて苦笑する。
「そっか、奈良坂さんはアイオスの顔を直接は見ていないんだっけか」
しばらく前に、舞奈たちは誘拐された園香を救うためにアイオスと相対した。
その際、アイオスと会ったのは舞奈と明日香(と刀也)だけで、奈良坂は廃ビルから逃げだすアイオスを遠目に見ただけだ。
「やれやれ。アイオス以外の祓魔師《エクソシスト》がうろついてなかったか確認してみるのだよ」
「すまない、頼む」
結局、泥人間と敵対しているらしき祓魔師が本当にアイオスだったのかどうかの判定は、ニュットの調査待ちということになってしまった。
舞奈たちが護衛してたのは占術士だから、魔法で調べれば良さそうなものだ。
だが占術士には本来の仕事がある。
自分たちに関係することばかりを調べるわけにもいかないのだろう。
そんなことを考えて、舞奈が何となく窓の外を見やった。その時、
「ああ、そういえば」
奈良坂が思い出したように言った。
「アイオス(仮)さんが、泥人間の目的は【八坂の勾玉】だと言っていました!」
そう言って、得意げに笑う。
先ほどの汚名返上をしたつもりなのだろう。だが、
「……そういう情報は先に言いたまえ」
フィクサーは口をへの字に曲げる。
「うう、すいません……」
奈良坂は凹む。
「まあ、敵の目的が八坂の勾玉なのは間違いないと思われます」
明日香が言った。
奈良坂の顔がパァっと明るくなった。
怒られると凹んで、フォローされると喜ぶ。
そういうところで奈良坂は割と単純で、そこはちょっとうらやましいと思った。
それはともかく、舞奈も明日香の意見に基本的には賛成だ。
別にアイオス(仮)の言葉を鵜呑みにするわけじゃない。
だが小夜子もそう分析していたし、以前に悟も同じことを言っていた。
そのうえで、ひとつだけ腑に落ちないことがある。
「それにしちゃ、敵さんの動きが適当すぎやしないか?」
舞奈の言葉に皆も頷く。
敵の目的は、八坂の勾玉の奪取。
そして、その所有者がサチであることも知っている。
だが襲撃者は、肝心なサチの顔を知らない。
小学生の舞奈からしても、これはあまりにも間抜けな襲撃計画に思える。
「それはたぶん、首謀者が別にいるのだよ」
「ほへ?」
間抜けな返事に、フィクサーは苦笑する。
ニュットは(仕方ないな)みたいな顔で説明を始める。
「つまりな【鹿】よ。まず、勾玉を欲しがっている何者かがいるのだ。そいつは勾玉の所有者をよく知っているのだ。」
「はい」
「でも、そいつは何らかの理由で表立って行動できない」
「だから泥人間が徒党を組んで、勾玉を奪うよう仕向けたってわけか」
「なるほど……」
割りこんできた舞奈の言葉に、奈良坂はうなずく。
舞奈はふと、思い出した。
以前にも泥人間に魔道具を奪われた事件があった。
あれは鏡だったか。
取り戻そうとして失敗して、依頼料を貰い損ねた不愉快な記憶が脳裏をよぎる。
だが、明日香は別のことに気づいたようだ。
「……そうすると、少しばかり厄介なことになりそうよ」
「厄介なこと?」
オウム返しの舞奈の疑問に、明日香は生真面目に答える。
「九杖サチをよく知る誰かが、彼女の顔を知らない手下を使って彼女の魔道具を奪おうとしている」
「ああ、そうだな」
「学校に脅迫状を出して、護衛についた異能力者を目印にして襲わせる、なんて回りくどくい方法を使ってまで姿を見せずに襲おうとした。でも失敗した」
「つまり次はもっと手っ取り早い方法で襲ってくるってわけか」
「ええ、学校内に直接戦力を展開する、とか」
苦々しい表情で明日香が言った。
「でも、ま、まさか、学校でなんて……」
「あちしも、そうであって欲しくはないと思うのだがね」
奈良坂が戸惑い、ニュットが悩む。その時、
「もしもし、わたしだ。すまんが今は大事な会議の――」
フィクサーはおもむろに電話をとった。
会議を中断して皆で見守る中、その表情はみるみる険しくなり、
「――そうか。こちらで対処しよう」
そう言って電話を切って、舞奈たちに向き直る。
「どうやら、明日香君の予測が正しかったようだ」
「どういうことだ?」
舞奈の疑問に、フィクサーは重々しく答えた。
「先程、【心眼】中川ソォナムが学園内での襲撃を予言した」
「……糞ったれ」
舞奈は悪態をついた。
会議室を、重苦しい沈黙が支配する。だが、
「ふむふむ、それならば」
ニュットがいつもと変わらぬ声をあげた。
「校内で余人に被害を出さぬための秘策を思いついたのだ」
「秘策だと? どんなだよ?」
「今は秘密なのだ。ちょうど今日は金曜日だから、土日で準備をするのだ。週明けに渡すから、取りに来るのだよ」
そう言って、ニュットは楽しそうに笑った。
そして月曜日の朝。
「……秘策ってのは、これのことか?」
ジャケットを広げて見やった舞奈は、ジト目でニュットにそう言った。
舞奈が普段着ているそれとほぼ同サイズ。
少し生地が厚い気がする。
だがなにより目を引くのは、背中に意匠された朝日旗である。
否、意匠されているというより、背中一面が朝日旗だ。
まあ、祭りかなにかで皆で着たら盛りあがりそうではある。
だが学校でひとりで着たいとは思わない。
登校前に支部に寄り、待ち構えていたニュットに差し出されたのがこれだ。
「泥人間は国歌と朝日旗が大嫌いなのだ」
「まあ、そりゃそうなんだが」
あまりに嫌いすぎて、日の丸を見せるだけで人化が解ける個体もいる。
「だから、舞奈ちんがこれを着ていれば、敵の狙いを一手に引き受けられるのだ」
「いや、それはいいんだが。これを一日中着てるのか……?」
「安心するのだ。イギリス人はユニオンジャック柄のパーカーを好んで着ていると深夜アニメで言っていたのだ」
胡散臭いニュットの言葉に、舞奈はやれやれと肩をすくめる。
「じゃ、明日香のこいつにはどういう意味があるんだ?」
明日香の手にも、舞奈と同じジャケット。
ただし背中にでかでかと描かれているのは鉄十字だ。
「明日香ちんが狙われたら本末転倒だからな」
「じゃ、何もなしでいいじゃないか……」
「そこは、ほら、舞奈ちんひとりでその恰好は寂しいだろうという親心なのだよ」
「とんだ親心の無駄遣いだな」
いけしゃあしゃあと言うニュットに、舞奈は深々とため息をつく。
ニュットは校長と気が合うんじゃないかと思った。
明日香は無表情だった。
「さ、とにかく着てみるのだよ……おお、似合うのだよ!」
「……適当なこと言いやがって」
舞奈はぶつぶつ文句を言う。
だが、何を言っても状況は変わらないだろう。
それに泥人間がある種の文様を嫌うのは事実だ。
それが敵の狙いを舞奈に集中させ、本来の目標からそらすというなら本望だ。
それに学校には、傷ついてほしくない人たちが、たくさんいるから。
なので舞奈は、朝から疲れ果てた様子の明日香といっしょに、おそろいのジャケットを羽織って学校へと向かった。
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