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第4章 守る力・守り抜く覚悟
放課後
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そして次の日の放課後。
「うーやっと終わったー」
机でチャビーがつぶれていた。
「なんで5時間目に算数の授業なんてするのー? お腹いっぱいでねむたい時間に数字の計算なんてされても、ついていけないよー」
そんなチャビーを見やって、舞奈は笑う。
「午前中の算数は、ついていけるみたいな言い方だな」
「もー! マイのいじわる!」
チャビーはむくれる。
「で、でも、チャビーちゃんがんばってたよ。ねむたいのにえらいね」
園香がやさしくフォローする。
「エヘヘ、ありがとうゾマ!」
するとチャビーはニッコリ笑顔になる。
そんな2人を見やって、舞奈は笑う。
そんな舞奈に、園香は控えめな笑みを向けた。
「マイちゃん、今日ってヒマかな?」
心なしか頬を赤らめ、そう問いかける。
園香は以前より少しだけ、舞奈に対して大胆になった気がする。
舞奈も思わず笑みを返す。だが、
「すまん、放課後はちょっと用事があってな」
言った途端、園香の笑顔が曇った。
「アルバイトなの?」
「ま、そんなところだ」
「そっか、それならしかたがないよね。マイちゃん、がんばってね」
園香は落胆を押し殺して、無理矢理に笑顔を作る。
舞奈も申し訳ないとは思うが、バイトなのは本当だ。
当分の間、登下校時には九杖サチを護衛しなければいけない。
それが舞奈たち【掃除屋】と、【機関】の間に交わされた契約だからだ。
そんな微妙な空気を破ったのは、能天気なチャビーの声だ。
「それじゃあさ! ゾマ! わたしが遊びに行ってもいい?」
「もちろんだよ。チャビーちゃん、いっしょにクッキー作ろうか?」
「わーい! 鳥さんのクッキーをいっぱい作ろうっと!」
「それじゃあ、またね。マイちゃん」
「マイまたねー!」
チャビーは楽しそうに手を振って、2人は手を繋いで教室を出ていく。
その背中を、舞奈は名残惜しげに見やる。
「なあ、クッキーだってさ」
そう言って、側で荷物をまとめていた明日香を見やる。
だが明日香は何食わぬ顔で舞奈を見返す。
「それより帰る支度をしなさいよ。待ち合わせの時間に遅れたら、クッキーじゃなくて大目玉を喰らわされるわよ」
「へいへい。っていうか、高等部が終わるのって1時間後じゃなかったか?」
そんな適当な言い合いをしながら舞奈も荷物をまとめる。
そして2人も教室を後にして、待ち合わせ場所に向かった。
九杖サチとの待ち合わせ場所は、ウサギ小屋の前だった。
高等部のサチが、初等部の舞奈たちに気を利かせたのだろうか?
蔵乃巣学園初等部の校舎裏にあるウサギ小屋は、四畳半くらいの広さがある金網で囲まれた空間だ。
小屋というより屋敷と呼ぶほうが適切に思える。
屋敷の奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置され、中央には誰が寄贈したやらつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。
そんな小屋の手前には、清潔な餌入れがすえ付けられている。
そこでは、白毛とグレーの3匹のウサギが仲良く葉っぱを食んでいた。
「ったく、おまえらときたら、揃いも揃って美味そうに太りやがって」
口調とは裏腹に、優しげな笑みを浮かべてウサギを見やる。
ウサギ小屋の掃除や餌の補充は当番制だ。
当番は舞奈たち5年生全員に回ってきて、舞奈もこの前したばかりだ。
「取って食べたりしないでよ?」
ジト目で言った明日香を睨み、
「食うかよ! ……キツネや狼じゃないんだ」
舞奈は口をとがらせる。
「キツネはともかく、狼なのは間違ってないじゃない」
「ひでぇ言われようだ」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
そうやって、2人はだらだらと馬鹿話をして時間を潰した。
そうするうちに、視界の端でセーラー服が手を振った。
ウサギ小屋は初等部の敷地にあるので、高校生は普通は来ない。
舞奈は見やる。明日香も見やる。
そこには少女がいた。
ふんわりボブカットの、おっとりした雰囲気の少女だ。
写真で見たよりずっと可愛い。
「あなたたちが【掃除屋】ね? わたしが九杖サチよ。よろしくお願いするわ」
小学生に向かってペコリとおじぎする。
その素直な仕草が、花のように可憐だと思った。
「志門舞奈だ。よろしく」
「安倍明日香です。こちらこそ、よろしくお願いします」
2人もそろって会釈を返す。
「写真で見るよりべっぴんさんだな。こいつは護衛のし甲斐があるってもんだ」
「えっ? そんなこと、面と向かて言われたの初めてだわ……」
サチはほんのり赤面する。
それを見やって舞奈は相好を崩す。
「ほら、狼じゃない」
明日香は肩をすくめた。
そして舞奈は校門で拳銃を受け取り、3人はサチのアパートに向かった。
行き先が支部じゃないのは、今日のサチは非番だからだ。
「……でね、いきなりボンッ! って爆発したのよ。術で身を守ってなければ死ぬところだったわ。機械って怖いわね」
ただ3人で歩くのも暇なので、舞奈と明日香はサチの悩みを聞いていた。
サチは機械が苦手らしい。
「卵が破裂しても死なないし、そもそもそれ電子レンジのせいじゃないだろう?」
「レンジに卵入れたらダメですよ」
「えーなんでよ? あの箱はものを温める箱でしょ? わたしは卵を温めてゆで卵を作りたかっただけなのに」
そう言って、サチは眉間にしわを寄せる。
舞奈と明日香は肩をすくめ、思わず顔を見合わせる。
清楚で艶のある高校生の先輩なのに、機械の話をすると途端に馬鹿っぽくなる。
「あと、生き物も絶対に入れたらダメっすよ。それは死ぬから」
「死!? や、やっぱりあれは悪魔の箱だったのね!」
「悪魔って……」
これにはさすがの明日香も苦笑い。
「護身用の銃を持たせなかったのは【機関】の英断ね」
ため息のような一言に、舞奈は思わず同意する。
「そりゃそうよ。だって、あなたたちがわたしを守ってくれるんでしょ?」
「まあな」
サチの言葉に、得意げに答える。
酷い機械オンチを除けば、サチは素直で可憐で礼儀正しく、巫女服がさぞ似合うであろう年上の美少女だ。
舞奈は【機関】からの依頼とは関係なく、サチを守りたかった。
こんな無垢な少女が脅迫を受け、命を脅かされるのが許せなかった。
それに年上の彼女は、舞奈のかつての仲間である美佳にどことなく似ていた。
「そういえば、こっちの道を通って帰るのって初めてね。なんか新鮮だわ」
「ま、街中より守りやすいからな」
そう言って、舞奈はニヤリと笑う。
彼女に美佳の面影を重ねていたことを誤魔化すように。
あえて人気のない路地を歩くのは、舞奈たちが術や異能を知っているからだ。
人にまぎれて脂虫が徘徊する街中を避けることで、【屍鬼の処刑】のような脂虫を爆発させる術を使ったテロを防ぐ算段だ。
……などと安心している正面から、よろよろと自転車がやって来た。
乗っているのは、薄汚い背広を着こんだ生気のないゾンビのような男だ。
片手運転。逆手には火のついた煙草。
舞奈はあわててサチを歩道の内側に押しやる。
明日香は術による発破を防ぐべく術者を警戒する。
ゾンビ男は自分が嫌がられてるのがわかるのか、舞奈たちを睨みつけるとふらふらと走り去った。
その後に漂う、死体が焦げたような臭い。
「……糞ったれ、泥人間に食われちまえ」
舞奈の悪態に、明日香は無言で、サチも控えめにうなずく。
明日香はヤニの臭いがすこぶる嫌いだ。
それに悪臭と犯罪をまき散らす脂虫を【機関】は人ではなく怪異と定めている。
だから爆破テロの危険があるのなら射殺しても問題なかった。
幸い、人気のない路地には人目もない。
だがそうしなかったのは後の手続きが面倒なのと、サチの前で殺生をするのになんとなく気が引けたからだ。
そんなサチは衣服に臭いがついていないかを気にしている。
古神術士は穢れや汚れを嫌う。
悟もそうだから、美佳も気を使って穢れを避けていた。
だから舞奈も脂虫は嫌いだ。
明日香ほど露骨に態度に出しているつもりはないが。
「ここらの脂虫は1年くらい前に一掃したはずなんだが、際限なく湧きやがる」
悪臭が晴れた後も、舞奈はぷりぷりと怒る。
明日香は肩をすくめる。
サチは優しく微笑みかける。
「執行部の人たちが総出で脂虫を狩ったのよね。あの時は後始末が大変だったわ」
「そっか、サチさんはあの時から【機関】にいたんだ」
「ええ。2年前……そろそろ3年になるわね」
サチは遠い目をして言った。
言葉の端々に年季を自慢したいオーラが漂っている。
先程の機械オンチの失態を挽回したいのだろう。
だが、そんな彼女の言動も可愛かったから、舞奈は無言で先を促す。
「巣黒支部が大規模な人員拡張をして、そのときに転任してきたのよ。あの頃は都会って初めてだったから、新鮮だったわ」
「別に巣黒はそんなに都会じゃ……」
「今でもいろいろ難儀してるみたいだけどな」
「もうっ! 明日香ちゃんも舞奈ちゃんも、いじわる言わないでよ!」
「いや、すまん、すまん」
思い出話は馬鹿話になって、そうやって3人は笑う。
「3年前、か……」
ふと舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かんだ。
3年前、舞奈は2人の仲間とピクシオンをしていた。
舞奈と美佳、一樹は3人でエンペラーとの決戦に挑んだ。
そして、帰ってきたのは舞奈ひとりだった。
その戦いに【機関】が手を出さなかったのは、エンペラーが強すぎたからだ。
エンペラーとその幹部に対抗できるのはピクシオンしかいなかった。
だから【機関】は戦力の増強に努めたのだろうか?
あの時に美佳と一樹を守れなかった舞奈が、目に映る少女すべてを愛し、そして守ろうと苦悩するように。
「そう言えばね……」
黙りこくった舞奈を気づかうように、サチがにこやかに話題を変える。
その微笑みも、気遣いも、どこか美佳に似ているように思えた。
口元の笑みが寂しげに歪んだ。
そんな舞奈を見やり、明日香はやれやれと肩をすくめた。
「うーやっと終わったー」
机でチャビーがつぶれていた。
「なんで5時間目に算数の授業なんてするのー? お腹いっぱいでねむたい時間に数字の計算なんてされても、ついていけないよー」
そんなチャビーを見やって、舞奈は笑う。
「午前中の算数は、ついていけるみたいな言い方だな」
「もー! マイのいじわる!」
チャビーはむくれる。
「で、でも、チャビーちゃんがんばってたよ。ねむたいのにえらいね」
園香がやさしくフォローする。
「エヘヘ、ありがとうゾマ!」
するとチャビーはニッコリ笑顔になる。
そんな2人を見やって、舞奈は笑う。
そんな舞奈に、園香は控えめな笑みを向けた。
「マイちゃん、今日ってヒマかな?」
心なしか頬を赤らめ、そう問いかける。
園香は以前より少しだけ、舞奈に対して大胆になった気がする。
舞奈も思わず笑みを返す。だが、
「すまん、放課後はちょっと用事があってな」
言った途端、園香の笑顔が曇った。
「アルバイトなの?」
「ま、そんなところだ」
「そっか、それならしかたがないよね。マイちゃん、がんばってね」
園香は落胆を押し殺して、無理矢理に笑顔を作る。
舞奈も申し訳ないとは思うが、バイトなのは本当だ。
当分の間、登下校時には九杖サチを護衛しなければいけない。
それが舞奈たち【掃除屋】と、【機関】の間に交わされた契約だからだ。
そんな微妙な空気を破ったのは、能天気なチャビーの声だ。
「それじゃあさ! ゾマ! わたしが遊びに行ってもいい?」
「もちろんだよ。チャビーちゃん、いっしょにクッキー作ろうか?」
「わーい! 鳥さんのクッキーをいっぱい作ろうっと!」
「それじゃあ、またね。マイちゃん」
「マイまたねー!」
チャビーは楽しそうに手を振って、2人は手を繋いで教室を出ていく。
その背中を、舞奈は名残惜しげに見やる。
「なあ、クッキーだってさ」
そう言って、側で荷物をまとめていた明日香を見やる。
だが明日香は何食わぬ顔で舞奈を見返す。
「それより帰る支度をしなさいよ。待ち合わせの時間に遅れたら、クッキーじゃなくて大目玉を喰らわされるわよ」
「へいへい。っていうか、高等部が終わるのって1時間後じゃなかったか?」
そんな適当な言い合いをしながら舞奈も荷物をまとめる。
そして2人も教室を後にして、待ち合わせ場所に向かった。
九杖サチとの待ち合わせ場所は、ウサギ小屋の前だった。
高等部のサチが、初等部の舞奈たちに気を利かせたのだろうか?
蔵乃巣学園初等部の校舎裏にあるウサギ小屋は、四畳半くらいの広さがある金網で囲まれた空間だ。
小屋というより屋敷と呼ぶほうが適切に思える。
屋敷の奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置され、中央には誰が寄贈したやらつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。
そんな小屋の手前には、清潔な餌入れがすえ付けられている。
そこでは、白毛とグレーの3匹のウサギが仲良く葉っぱを食んでいた。
「ったく、おまえらときたら、揃いも揃って美味そうに太りやがって」
口調とは裏腹に、優しげな笑みを浮かべてウサギを見やる。
ウサギ小屋の掃除や餌の補充は当番制だ。
当番は舞奈たち5年生全員に回ってきて、舞奈もこの前したばかりだ。
「取って食べたりしないでよ?」
ジト目で言った明日香を睨み、
「食うかよ! ……キツネや狼じゃないんだ」
舞奈は口をとがらせる。
「キツネはともかく、狼なのは間違ってないじゃない」
「ひでぇ言われようだ」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
そうやって、2人はだらだらと馬鹿話をして時間を潰した。
そうするうちに、視界の端でセーラー服が手を振った。
ウサギ小屋は初等部の敷地にあるので、高校生は普通は来ない。
舞奈は見やる。明日香も見やる。
そこには少女がいた。
ふんわりボブカットの、おっとりした雰囲気の少女だ。
写真で見たよりずっと可愛い。
「あなたたちが【掃除屋】ね? わたしが九杖サチよ。よろしくお願いするわ」
小学生に向かってペコリとおじぎする。
その素直な仕草が、花のように可憐だと思った。
「志門舞奈だ。よろしく」
「安倍明日香です。こちらこそ、よろしくお願いします」
2人もそろって会釈を返す。
「写真で見るよりべっぴんさんだな。こいつは護衛のし甲斐があるってもんだ」
「えっ? そんなこと、面と向かて言われたの初めてだわ……」
サチはほんのり赤面する。
それを見やって舞奈は相好を崩す。
「ほら、狼じゃない」
明日香は肩をすくめた。
そして舞奈は校門で拳銃を受け取り、3人はサチのアパートに向かった。
行き先が支部じゃないのは、今日のサチは非番だからだ。
「……でね、いきなりボンッ! って爆発したのよ。術で身を守ってなければ死ぬところだったわ。機械って怖いわね」
ただ3人で歩くのも暇なので、舞奈と明日香はサチの悩みを聞いていた。
サチは機械が苦手らしい。
「卵が破裂しても死なないし、そもそもそれ電子レンジのせいじゃないだろう?」
「レンジに卵入れたらダメですよ」
「えーなんでよ? あの箱はものを温める箱でしょ? わたしは卵を温めてゆで卵を作りたかっただけなのに」
そう言って、サチは眉間にしわを寄せる。
舞奈と明日香は肩をすくめ、思わず顔を見合わせる。
清楚で艶のある高校生の先輩なのに、機械の話をすると途端に馬鹿っぽくなる。
「あと、生き物も絶対に入れたらダメっすよ。それは死ぬから」
「死!? や、やっぱりあれは悪魔の箱だったのね!」
「悪魔って……」
これにはさすがの明日香も苦笑い。
「護身用の銃を持たせなかったのは【機関】の英断ね」
ため息のような一言に、舞奈は思わず同意する。
「そりゃそうよ。だって、あなたたちがわたしを守ってくれるんでしょ?」
「まあな」
サチの言葉に、得意げに答える。
酷い機械オンチを除けば、サチは素直で可憐で礼儀正しく、巫女服がさぞ似合うであろう年上の美少女だ。
舞奈は【機関】からの依頼とは関係なく、サチを守りたかった。
こんな無垢な少女が脅迫を受け、命を脅かされるのが許せなかった。
それに年上の彼女は、舞奈のかつての仲間である美佳にどことなく似ていた。
「そういえば、こっちの道を通って帰るのって初めてね。なんか新鮮だわ」
「ま、街中より守りやすいからな」
そう言って、舞奈はニヤリと笑う。
彼女に美佳の面影を重ねていたことを誤魔化すように。
あえて人気のない路地を歩くのは、舞奈たちが術や異能を知っているからだ。
人にまぎれて脂虫が徘徊する街中を避けることで、【屍鬼の処刑】のような脂虫を爆発させる術を使ったテロを防ぐ算段だ。
……などと安心している正面から、よろよろと自転車がやって来た。
乗っているのは、薄汚い背広を着こんだ生気のないゾンビのような男だ。
片手運転。逆手には火のついた煙草。
舞奈はあわててサチを歩道の内側に押しやる。
明日香は術による発破を防ぐべく術者を警戒する。
ゾンビ男は自分が嫌がられてるのがわかるのか、舞奈たちを睨みつけるとふらふらと走り去った。
その後に漂う、死体が焦げたような臭い。
「……糞ったれ、泥人間に食われちまえ」
舞奈の悪態に、明日香は無言で、サチも控えめにうなずく。
明日香はヤニの臭いがすこぶる嫌いだ。
それに悪臭と犯罪をまき散らす脂虫を【機関】は人ではなく怪異と定めている。
だから爆破テロの危険があるのなら射殺しても問題なかった。
幸い、人気のない路地には人目もない。
だがそうしなかったのは後の手続きが面倒なのと、サチの前で殺生をするのになんとなく気が引けたからだ。
そんなサチは衣服に臭いがついていないかを気にしている。
古神術士は穢れや汚れを嫌う。
悟もそうだから、美佳も気を使って穢れを避けていた。
だから舞奈も脂虫は嫌いだ。
明日香ほど露骨に態度に出しているつもりはないが。
「ここらの脂虫は1年くらい前に一掃したはずなんだが、際限なく湧きやがる」
悪臭が晴れた後も、舞奈はぷりぷりと怒る。
明日香は肩をすくめる。
サチは優しく微笑みかける。
「執行部の人たちが総出で脂虫を狩ったのよね。あの時は後始末が大変だったわ」
「そっか、サチさんはあの時から【機関】にいたんだ」
「ええ。2年前……そろそろ3年になるわね」
サチは遠い目をして言った。
言葉の端々に年季を自慢したいオーラが漂っている。
先程の機械オンチの失態を挽回したいのだろう。
だが、そんな彼女の言動も可愛かったから、舞奈は無言で先を促す。
「巣黒支部が大規模な人員拡張をして、そのときに転任してきたのよ。あの頃は都会って初めてだったから、新鮮だったわ」
「別に巣黒はそんなに都会じゃ……」
「今でもいろいろ難儀してるみたいだけどな」
「もうっ! 明日香ちゃんも舞奈ちゃんも、いじわる言わないでよ!」
「いや、すまん、すまん」
思い出話は馬鹿話になって、そうやって3人は笑う。
「3年前、か……」
ふと舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かんだ。
3年前、舞奈は2人の仲間とピクシオンをしていた。
舞奈と美佳、一樹は3人でエンペラーとの決戦に挑んだ。
そして、帰ってきたのは舞奈ひとりだった。
その戦いに【機関】が手を出さなかったのは、エンペラーが強すぎたからだ。
エンペラーとその幹部に対抗できるのはピクシオンしかいなかった。
だから【機関】は戦力の増強に努めたのだろうか?
あの時に美佳と一樹を守れなかった舞奈が、目に映る少女すべてを愛し、そして守ろうと苦悩するように。
「そう言えばね……」
黙りこくった舞奈を気づかうように、サチがにこやかに話題を変える。
その微笑みも、気遣いも、どこか美佳に似ているように思えた。
口元の笑みが寂しげに歪んだ。
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