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第1章 廃墟の街の【掃除屋】
魔術師
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泥人間の所在を突き止めた舞奈と明日香は、新開発区へやってきた。
今は目的地である公園予定地に向かっている最中だ。
……否。
「行けども行けども廃墟ばっかだ。方向は、本当にこっちであってるのか?」
廃墟の街の大通りを歩きながら、舞奈は愚痴る。
いつもと同じジャケットの下には、愛銃を収めたホルスター。
「そのはずよ。っていうか、地の利があるのはそっちでしょ?」
隣を歩く明日香は、目を上げて舞奈を一瞥する。
頭上には、魔女のような黒いつば付き三角帽子。
いつものワンピースの上には、かっちりした黒いケープをまとっている。
ケープの胸元で、留め金代わりにつけられた金属製の髑髏が光る。
戦闘クローク。彼女の仕事着だ。
明日香は再び携帯電話に目を落とす。
テックが地図アプリの目標地点にマーカーをつけてくれた。
なので、それを目安に目的地に向かう算段だった。
だが歩けど歩けど、目的の円形の建物とやらの姿は見えない。
「なんで家がこっちの方ってだけで、新開発区の専門家みたいに言われなきゃならないんだよ。酷い風評被害だ」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
「いつも視力の良さを自慢してるじゃない。建物くらい見つけてみなさいよ」
「視点はおまえと同じなんだ、航空写真で見つけた場所を、目がいいからって見つけられるわけないだろ。そういうのはそっちの十八番じゃないのか?」
愚痴る舞奈はふと気づき、前方を見やる。
「どうしたの?」
「……方向はあってるみたいだ。臭う」
「ほら、そっちが先に見つけたんじゃない」
明日香は笑う。
舞奈もニヤリと笑い、前方に研ぎ澄まされた視線を向ける。すると、
「た、助けてくれぇぇ!!」
複数の少年が走ってきた。
上半身をはだけた大柄な少年と、取り巻きとおぼしき高枝切りバサミの学ラン。
焦ってけつまづいたか、ひとりが転ぶ。
手にしたハサミの切っ先が、前のひとりの尻に刺さる。
「……楽しそうだな」
苦笑する舞奈の前にも、リーダーらしき大柄な少年が倒れこむ。
そこらじゅうに瓦礫が転がっている新開発区の道は、慣れないと転びやすい。
「この前の兄ちゃんたちじゃないか」
以前に支部で女の子に絡んでいた、チンピラまがいの執行人だった。
「知り合い?」
「ああ、この前ちょっとな。……討伐任務を受けたってのは、あんたらか」
「おまえ、あの時のガキか!? いや、それどころじゃねぇ! 泥人間が!!」
「そりゃ泥人間を退治しに来たんだから、泥人間がいるだろうよ」
「そうじゃねえ! そうじゃねえんだよ!」
舞奈は軽くいなすが、少年は廃墟の奥を指さして怯える。軽いパニック状態だ。
「奴らが……奴らが大量に……来た!?」
叫びと同時に、追っ手があらわれた。
泥人間が5匹。
燃え盛る鉄パイプを構え、薄汚れた着流しをだらしなく着こなしている。
「2匹より多いもんな……」
舞奈はやれやれと苦笑する。
「ま、命があって良かったじゃないか」
言うが早いか、ジャケットをひるがえして拳銃を抜く。
片手で構えて乱射。
――否。そのすべてが、如何な妙技によるものか怪異どもの頭を吹き飛ばす。
次の瞬間、5匹の泥人間は汚泥と化して消えた。
「泥人間5匹を……一瞬で!?」
その圧倒的な力量に、少年たちは震えあがる。
だが舞奈は、とりたてて何事もない様子で笑う。
硝煙香る拳銃の無骨な銃口が、夕日を浴びてギラリと輝く。
ベビーイーグルの二つ名を持つイスラエル製の自動拳銃である。
舞奈の愛銃は、持ち主に似て堅牢さと整備の簡素さを誇る。
専用の銃身に交換した拳銃が放つのは、怪異の頭を一撃で砕く大口径弾。
ベビーの名とは裏腹な必殺の弾丸だ。
明日香もケープの内側から三角形の小型拳銃を取り出す。
こちらは旧ドイツの将校が用いた護身用の拳銃だ。
自身に似て緻密で繊細なドイツ製を構え、黒髪の少女も不敵に笑う。
「あ、兄貴、こいつら子供のクセに銃を……!!」
少年たちは驚きおののく。
明日香は面倒くさそうに彼らを見やり、
「わたしたちは【機関】から正式に発行された銃器携帯/発砲許可証に基づいて武装しておりますので、誤解無きよう」
懐から取り出したカードを提示する。
この時代、別に銃刀法が失効しているわけではない。
だから【機関】は法規を捻じ曲げ、異能力を持たぬ少女たちに戦う力を貸し与える。
銃器携帯/発砲許可証は、現行法と抵触する銃器の携帯を【機関】の権威によって無理やりに許可するものだ。
だから取得には厳しい制限がある。
Aランク以上の位階、1年以上の実戦経験、その他諸々の資質だ。
そして証明書と一体になった銃器携帯/発砲許可証を手にしているということは、舞奈と明日香がその条件を満たし、銃技によって怪異を狩るに相応しいと【機関】に認められたことを示す。
「あ、あんた、Aランクなのか……」
少年たちは、明日香を驚いたように見やる。
次いで視線を向けられて、舞奈も面倒そうにポケットをまさぐる。
「ほら、あたしも持ってるぞ」
「……そのうち落とすわよ」
取り出された許可書を見やり、明日香はやれやれと肩をすくめる。
だが少年たちはそれどころではない。
「な……Sランク……だと……?」
青ざめた顔でひとりごちた。
Aランクは【機関】において、極めて優秀な仕事人ないし執行人と規定される。
実質的に最高位の位階である。
そんなAランクに手が届きそうになった少年たちが増長するのは、実のところある程度は仕方のないことなのだ。
だがSランクは、個人で戦略的目標を達成可能な生ける伝説とされる。
現在、巣黒支部に在籍するSランク執行人は1人。
噂では個人で核攻撃が可能とも、不死であると言われている。
舞奈は【機関】に、そんな人外と双璧を成すと認められた真の強者であった。
「そ、それならさ! なあ、手伝ってくれよ!」
リーダーは先日とは真逆の愛想笑いを浮かべながら、舞奈の足にしがみつく。
「奥にも山ほど泥人間がいるんだけどよ、俺たちだけじゃ倒しきれないんだ! あいつらを根絶やしにして帰らねぇと、ランクが上がらねぇんだ!」
だが舞奈は口をへの字に曲げる。
「いやだよ。なんであんたらのランク上げに協力しなきゃならないんだ?」
「いいじゃねぇかよ! なあ、あんたたち強いんだろ!?」
「この前の口ぶりじゃ、あんたらも腕に覚えがあるみたいだったがな」
「そりゃ、あの時は……その……Sランクだなんて知らなかったから……」
ごにょごにょと言い訳するリーダーを、舞奈は嫌そうに見下ろす。
拳銃から弾倉を抜き、ジャケットの裏から取り出した新たな弾倉と交換する。
その時。廃墟に少女の悲鳴がこだました。
「この声、この前の――奈良坂さん!?」
廃ビルの陰からセーラー服の少女があらわれて、そのまま倒れこむ。
そんな彼女に、半ダースほどの泥人間が追いすがる。
泥人間たちは燃え盛る鉄パイプを構えている。
「連れてきたのか……っていうか、置いてきたのか!?」
視界の隅で、肥えた【鷲翼気功】が廃屋の屋根に降り立ち、ボウガンを撃つ。
だが太矢程度では牽制にもならない。
それどころか屋根を踏み抜いた射手が屋根瓦に埋まる。
「だ、だってよ……仕方ねぇだろ!」
リーダーはうろたえる。
「10匹以上いたんだ! どうしようもねぇだろ!?」
「馬鹿野郎!」
しがみつくリーダーを銃底で殴り飛ばして引きはがし、拳銃を構える。
だがそれより早く、明日香が動いていた。
拳銃を構える代りに左手で印を組み、真言を唱える。
その左手がパチパチと放電し、周囲にオゾンの匂いが立ちこめる。
最後に放電する掌を突き出して、「情報」と唱える。
すると、掌から尾を引く稲妻がはなたれた。
まばゆい稲妻の砲弾は泥人間めがけて飛来し、その胴体を飲みこむ。
1匹目を灰にした稲妻は消えることなく貫通する。
そして軌道を変えて別の1匹めがけて突き進み、穿つ。
そうやって、10匹以上いた泥人間たちは明日香の一撃で全滅した。
少年たちは目を見開いて驚愕する。
「奈良坂さん、無事か!?」
舞奈と明日香は奈良坂に駆け寄る。
だが眼鏡の奥の瞳を驚愕に見開いた奈良坂は、
「まさか……魔術師!?」
目を見開いて、舞奈の背後を見つめていた。
「あたしじゃなくて明日香かよ」
そう言って肩をすくめ、
「……ま、その通りだがな」
後ろを見やって笑う。
舞奈も明日香も、異能力なんて使えない。
大半の人間は異能力を使えない。
それは怪異や、あるいはその身に魔力を宿した少年たちの特権だからだ。
だが彼女と同じく異能力を持たなかった古代の賢人たちは、その知性と探求心によって異能力の源である魔力を生み出す術を編み出した。
あるいは宇宙の何処かに住まうスピリチュアルマスターとの接触に成功し、神秘の技を伝授されたとも言われている。
どちらにせよ、魔力の正体は意思や感情といった精神的なパワーである。
それを印や呪文、訓練によって培われた特別なイメージにより極限まで凝固することによって、人工的に魔力を作りだすことが可能だ。
その技術を、賢人たちは魔術と呼んだ。
そして、その技術を受け継いだ技術者は魔術師と呼ばれるようになった。
異能力者とは逆に、魔術師の多くはうら若き少女か、齢を重ねた老人である。
宿した魔力を異能力として顕現させる若い男の精力が、魔力を生み出し操る神秘的な技術を習得する妨げとなるからだ。
また魔力を宿す幸運ではなく並ならぬ学習や修練を要する魔術師の数は、選ばれただけの少年である異能力者と比べて極端に少ない。
例えば、巣黒支部には数百人の異能力者がいる。
だが術を操る執行人は10人にも満たない。
そんな希少な少女たちは、異能力とは桁外れに高出力な魔力を生みだし操る。
その術の数々は強力で、そして多彩だ。
少年たちが振りかざす【火霊武器】等の異能を剣や拳に例えるならば、魔術師たちが用いる攻撃魔法はグレネードや砲撃である。
威力も射程も桁違いで、特に一体多数の戦闘に強い。
希少なせいで実力が周知されず、まじない程度と侮られがちな魔術師。
だが、その御業を目の当たりにした者は、異能力のバケモノ版として認識する。
それが、舞奈のパートナーである明日香の実力だ。
銃技を極めたSランクの舞奈。
異能を超えた魔術を操る明日香。
そんな2人を前にして、少年たちは震えあがる。
「この向うに奴らの本隊がいたんだな?」
舞奈が問うと、リーダーたちは後ずさる。
「あたしたちで片づけるから、あんたらはもう帰っていいぞ」
言った瞬間、彼らの頭上に服が降ってきた。
再生した異装迷彩だ。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
破り捨てた自分の服を、頭からかぶったリーダーは恐怖に叫ぶ。
パニックに陥って、一目散に逃げ出した。
太っちょも「ぶひぃ」と後を追う。
「相変わらず見惚れるような逃げ足だ。ま、おかげで邪魔者がいなくなったがな」
舞奈は肩をすくめると、廃墟の先を見やる。
「とっとと奴らの本隊を片づけて、鏡を探すぞ」
そう言って不敵に笑った。
今は目的地である公園予定地に向かっている最中だ。
……否。
「行けども行けども廃墟ばっかだ。方向は、本当にこっちであってるのか?」
廃墟の街の大通りを歩きながら、舞奈は愚痴る。
いつもと同じジャケットの下には、愛銃を収めたホルスター。
「そのはずよ。っていうか、地の利があるのはそっちでしょ?」
隣を歩く明日香は、目を上げて舞奈を一瞥する。
頭上には、魔女のような黒いつば付き三角帽子。
いつものワンピースの上には、かっちりした黒いケープをまとっている。
ケープの胸元で、留め金代わりにつけられた金属製の髑髏が光る。
戦闘クローク。彼女の仕事着だ。
明日香は再び携帯電話に目を落とす。
テックが地図アプリの目標地点にマーカーをつけてくれた。
なので、それを目安に目的地に向かう算段だった。
だが歩けど歩けど、目的の円形の建物とやらの姿は見えない。
「なんで家がこっちの方ってだけで、新開発区の専門家みたいに言われなきゃならないんだよ。酷い風評被害だ」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
「いつも視力の良さを自慢してるじゃない。建物くらい見つけてみなさいよ」
「視点はおまえと同じなんだ、航空写真で見つけた場所を、目がいいからって見つけられるわけないだろ。そういうのはそっちの十八番じゃないのか?」
愚痴る舞奈はふと気づき、前方を見やる。
「どうしたの?」
「……方向はあってるみたいだ。臭う」
「ほら、そっちが先に見つけたんじゃない」
明日香は笑う。
舞奈もニヤリと笑い、前方に研ぎ澄まされた視線を向ける。すると、
「た、助けてくれぇぇ!!」
複数の少年が走ってきた。
上半身をはだけた大柄な少年と、取り巻きとおぼしき高枝切りバサミの学ラン。
焦ってけつまづいたか、ひとりが転ぶ。
手にしたハサミの切っ先が、前のひとりの尻に刺さる。
「……楽しそうだな」
苦笑する舞奈の前にも、リーダーらしき大柄な少年が倒れこむ。
そこらじゅうに瓦礫が転がっている新開発区の道は、慣れないと転びやすい。
「この前の兄ちゃんたちじゃないか」
以前に支部で女の子に絡んでいた、チンピラまがいの執行人だった。
「知り合い?」
「ああ、この前ちょっとな。……討伐任務を受けたってのは、あんたらか」
「おまえ、あの時のガキか!? いや、それどころじゃねぇ! 泥人間が!!」
「そりゃ泥人間を退治しに来たんだから、泥人間がいるだろうよ」
「そうじゃねえ! そうじゃねえんだよ!」
舞奈は軽くいなすが、少年は廃墟の奥を指さして怯える。軽いパニック状態だ。
「奴らが……奴らが大量に……来た!?」
叫びと同時に、追っ手があらわれた。
泥人間が5匹。
燃え盛る鉄パイプを構え、薄汚れた着流しをだらしなく着こなしている。
「2匹より多いもんな……」
舞奈はやれやれと苦笑する。
「ま、命があって良かったじゃないか」
言うが早いか、ジャケットをひるがえして拳銃を抜く。
片手で構えて乱射。
――否。そのすべてが、如何な妙技によるものか怪異どもの頭を吹き飛ばす。
次の瞬間、5匹の泥人間は汚泥と化して消えた。
「泥人間5匹を……一瞬で!?」
その圧倒的な力量に、少年たちは震えあがる。
だが舞奈は、とりたてて何事もない様子で笑う。
硝煙香る拳銃の無骨な銃口が、夕日を浴びてギラリと輝く。
ベビーイーグルの二つ名を持つイスラエル製の自動拳銃である。
舞奈の愛銃は、持ち主に似て堅牢さと整備の簡素さを誇る。
専用の銃身に交換した拳銃が放つのは、怪異の頭を一撃で砕く大口径弾。
ベビーの名とは裏腹な必殺の弾丸だ。
明日香もケープの内側から三角形の小型拳銃を取り出す。
こちらは旧ドイツの将校が用いた護身用の拳銃だ。
自身に似て緻密で繊細なドイツ製を構え、黒髪の少女も不敵に笑う。
「あ、兄貴、こいつら子供のクセに銃を……!!」
少年たちは驚きおののく。
明日香は面倒くさそうに彼らを見やり、
「わたしたちは【機関】から正式に発行された銃器携帯/発砲許可証に基づいて武装しておりますので、誤解無きよう」
懐から取り出したカードを提示する。
この時代、別に銃刀法が失効しているわけではない。
だから【機関】は法規を捻じ曲げ、異能力を持たぬ少女たちに戦う力を貸し与える。
銃器携帯/発砲許可証は、現行法と抵触する銃器の携帯を【機関】の権威によって無理やりに許可するものだ。
だから取得には厳しい制限がある。
Aランク以上の位階、1年以上の実戦経験、その他諸々の資質だ。
そして証明書と一体になった銃器携帯/発砲許可証を手にしているということは、舞奈と明日香がその条件を満たし、銃技によって怪異を狩るに相応しいと【機関】に認められたことを示す。
「あ、あんた、Aランクなのか……」
少年たちは、明日香を驚いたように見やる。
次いで視線を向けられて、舞奈も面倒そうにポケットをまさぐる。
「ほら、あたしも持ってるぞ」
「……そのうち落とすわよ」
取り出された許可書を見やり、明日香はやれやれと肩をすくめる。
だが少年たちはそれどころではない。
「な……Sランク……だと……?」
青ざめた顔でひとりごちた。
Aランクは【機関】において、極めて優秀な仕事人ないし執行人と規定される。
実質的に最高位の位階である。
そんなAランクに手が届きそうになった少年たちが増長するのは、実のところある程度は仕方のないことなのだ。
だがSランクは、個人で戦略的目標を達成可能な生ける伝説とされる。
現在、巣黒支部に在籍するSランク執行人は1人。
噂では個人で核攻撃が可能とも、不死であると言われている。
舞奈は【機関】に、そんな人外と双璧を成すと認められた真の強者であった。
「そ、それならさ! なあ、手伝ってくれよ!」
リーダーは先日とは真逆の愛想笑いを浮かべながら、舞奈の足にしがみつく。
「奥にも山ほど泥人間がいるんだけどよ、俺たちだけじゃ倒しきれないんだ! あいつらを根絶やしにして帰らねぇと、ランクが上がらねぇんだ!」
だが舞奈は口をへの字に曲げる。
「いやだよ。なんであんたらのランク上げに協力しなきゃならないんだ?」
「いいじゃねぇかよ! なあ、あんたたち強いんだろ!?」
「この前の口ぶりじゃ、あんたらも腕に覚えがあるみたいだったがな」
「そりゃ、あの時は……その……Sランクだなんて知らなかったから……」
ごにょごにょと言い訳するリーダーを、舞奈は嫌そうに見下ろす。
拳銃から弾倉を抜き、ジャケットの裏から取り出した新たな弾倉と交換する。
その時。廃墟に少女の悲鳴がこだました。
「この声、この前の――奈良坂さん!?」
廃ビルの陰からセーラー服の少女があらわれて、そのまま倒れこむ。
そんな彼女に、半ダースほどの泥人間が追いすがる。
泥人間たちは燃え盛る鉄パイプを構えている。
「連れてきたのか……っていうか、置いてきたのか!?」
視界の隅で、肥えた【鷲翼気功】が廃屋の屋根に降り立ち、ボウガンを撃つ。
だが太矢程度では牽制にもならない。
それどころか屋根を踏み抜いた射手が屋根瓦に埋まる。
「だ、だってよ……仕方ねぇだろ!」
リーダーはうろたえる。
「10匹以上いたんだ! どうしようもねぇだろ!?」
「馬鹿野郎!」
しがみつくリーダーを銃底で殴り飛ばして引きはがし、拳銃を構える。
だがそれより早く、明日香が動いていた。
拳銃を構える代りに左手で印を組み、真言を唱える。
その左手がパチパチと放電し、周囲にオゾンの匂いが立ちこめる。
最後に放電する掌を突き出して、「情報」と唱える。
すると、掌から尾を引く稲妻がはなたれた。
まばゆい稲妻の砲弾は泥人間めがけて飛来し、その胴体を飲みこむ。
1匹目を灰にした稲妻は消えることなく貫通する。
そして軌道を変えて別の1匹めがけて突き進み、穿つ。
そうやって、10匹以上いた泥人間たちは明日香の一撃で全滅した。
少年たちは目を見開いて驚愕する。
「奈良坂さん、無事か!?」
舞奈と明日香は奈良坂に駆け寄る。
だが眼鏡の奥の瞳を驚愕に見開いた奈良坂は、
「まさか……魔術師!?」
目を見開いて、舞奈の背後を見つめていた。
「あたしじゃなくて明日香かよ」
そう言って肩をすくめ、
「……ま、その通りだがな」
後ろを見やって笑う。
舞奈も明日香も、異能力なんて使えない。
大半の人間は異能力を使えない。
それは怪異や、あるいはその身に魔力を宿した少年たちの特権だからだ。
だが彼女と同じく異能力を持たなかった古代の賢人たちは、その知性と探求心によって異能力の源である魔力を生み出す術を編み出した。
あるいは宇宙の何処かに住まうスピリチュアルマスターとの接触に成功し、神秘の技を伝授されたとも言われている。
どちらにせよ、魔力の正体は意思や感情といった精神的なパワーである。
それを印や呪文、訓練によって培われた特別なイメージにより極限まで凝固することによって、人工的に魔力を作りだすことが可能だ。
その技術を、賢人たちは魔術と呼んだ。
そして、その技術を受け継いだ技術者は魔術師と呼ばれるようになった。
異能力者とは逆に、魔術師の多くはうら若き少女か、齢を重ねた老人である。
宿した魔力を異能力として顕現させる若い男の精力が、魔力を生み出し操る神秘的な技術を習得する妨げとなるからだ。
また魔力を宿す幸運ではなく並ならぬ学習や修練を要する魔術師の数は、選ばれただけの少年である異能力者と比べて極端に少ない。
例えば、巣黒支部には数百人の異能力者がいる。
だが術を操る執行人は10人にも満たない。
そんな希少な少女たちは、異能力とは桁外れに高出力な魔力を生みだし操る。
その術の数々は強力で、そして多彩だ。
少年たちが振りかざす【火霊武器】等の異能を剣や拳に例えるならば、魔術師たちが用いる攻撃魔法はグレネードや砲撃である。
威力も射程も桁違いで、特に一体多数の戦闘に強い。
希少なせいで実力が周知されず、まじない程度と侮られがちな魔術師。
だが、その御業を目の当たりにした者は、異能力のバケモノ版として認識する。
それが、舞奈のパートナーである明日香の実力だ。
銃技を極めたSランクの舞奈。
異能を超えた魔術を操る明日香。
そんな2人を前にして、少年たちは震えあがる。
「この向うに奴らの本隊がいたんだな?」
舞奈が問うと、リーダーたちは後ずさる。
「あたしたちで片づけるから、あんたらはもう帰っていいぞ」
言った瞬間、彼らの頭上に服が降ってきた。
再生した異装迷彩だ。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
破り捨てた自分の服を、頭からかぶったリーダーは恐怖に叫ぶ。
パニックに陥って、一目散に逃げ出した。
太っちょも「ぶひぃ」と後を追う。
「相変わらず見惚れるような逃げ足だ。ま、おかげで邪魔者がいなくなったがな」
舞奈は肩をすくめると、廃墟の先を見やる。
「とっとと奴らの本隊を片づけて、鏡を探すぞ」
そう言って不敵に笑った。
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