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第1章 廃墟の街の【掃除屋】
調査
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そして翌日。
端末の載った机がずらりと並んだ情報処理室に、キーボードを叩く音が響く。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園は、近年でも珍しい公立の小中高一貫校だ。
情報処理室は高等部の校舎に入っている。
だが学園の生徒であれば自由に出入りすることができる。
そして今の時間は、舞奈たちは放課後だが高等部は授業中だ。
部屋には舞奈と友人たちの他には誰もいない。
「何か分かったか? テック」
舞奈は明日香といっしょに端末の画面を覗きこむ。
端末に向かっているのは、血色の悪い、シャープなボブカットの少女だ。
工藤照。通称テック。
スミレ色のサロペットをクールに着こなした彼女は、舞奈のクラスメートだ。
メカの天才で、腕の良いハッカーでもある。
彼女は必要とあらば国家機密であろうが企業の裏帳簿であろうが探り出し、厳重なセキュリティで完璧に守られているはずのそれを画面に表示させてみせる。
今回は、泥人間の潜伏場所を特定するべく彼女の手を借りたのだ。だが、
「それらしい情報は見つからないわ」
テックは普段通りに無表情に、無常な調査結果を告げた。
廃墟同然の新開発区には生きている監視カメラなど数えるほどしかない。
加えて住人がいないから、目撃証言がネットに流れることもない。
「新開発区のどこかにいるのは間違いないんだが」
舞奈は腕組みしながらひとりごちる。
現に舞奈は先日、泥人間と戦ったのだ。
そして倒した怪異の残骸の中に鏡などなかった。
どこか別の場所に本隊がいるはずだ。
「いっそ【機関】の通信記録を調べて、討伐指示を確かめたほうが早い気がする」
顔を上げて、お手上げな顔をしたテックが言った。だが、
「執行人のハイエナするのは嫌だなあ」
舞奈は顔をしかる。
「それに、奴らと組んで泥人間を片づけたって、取得品とか言って鏡を持ってかれるのがオチだ。それじゃ意味ないだろ?」
「じゃ、どうするの?」
「どうするって言われても……って、だいだい、今そんな話してないだろ?」
やはり、しらみつぶししかないのか……。
早くも挫折しそうになった舞奈は、ふと思い出し、
「なぁ、テック。『3つの円環の集いし場所』ってのに心当たりがあるか?」
老婆の戯言を口走ってみた。
「なによそれ?」
明日香が口をはさんでくる。
「昨日、ちょっと占ってもらってな」
「その占術はあてになるの?」
「なんだよ、他人の占いは信用できないか?」
「あなたが知ってる占術士とやらの探知魔法が、信頼できるかって話よ。占うだけなら誰にでもできるけど、当たる占いができる人なんて一握りよ」
「じゃ、どうするんだよ?」
舞奈は面倒くさそうに明日香を睨む。
「だいたい、おまえが昨日一日がかりでやってた占術の結果はどうだったんだ?」
「今、そんな話はしてないでしょ?」
「いや、しろよ」
「……それ」
2人が言い合っていると、ふとテックが反応した。
「知ってるのか!?」
「オリンピック?」
「いや、ありゃ環が7つだ」
「い、つ、つ、よ」
明日香は肩をすくめる。
調査はいきなり行き詰まった。
というより最初から進展せずにだれた。その時、
「どーろにーんげんのー、どーろぼーさーん♪」
背後で聞こえた素っ頓狂な歌声に、思わず振り向く。
フリルひらひらのエプロンドレスで着飾った少女がこちらを見ていた。
「どーこにいますか、どろぼーさーん♪ どーろぼーさーんかーら三種の神器をとーりもーどせー♪」
「……なんだみゃー子か。おどかすなよ」
舞奈はやれやれと苦笑する。
小室美亜。通称、みゃー子。
彼女もいちおうクラスメートで、テックに劣らぬスーパーハッカーだ。
だが意思の疎通が困難なので、こういった状況で彼女に頼ることはない。
「つーるぎーに、かーがみに、まーがだーまにー♪ テーレビーに、くーるまーに、せーんたっきー♪」
「剣なんかいらないよ。ほしいのは鏡だ」
ふしぎ少女のペースに巻きこまれ、舞奈は無意味に疲労する。
「あとヘンなもの混ぜんな。6つになっただろ」
面倒くさそうに目をそらし、再び画面を覗きこむ。だが、
「きーけん、きーたなーい、こーうしゅーうにゅー!!」
みゃー子は歌いながら走り寄り、テックの背中に跳びかかった。
「みゃー子、何を――」
バランスを崩したテックが手をついたのはキーボードの上だ。
デタラメにキーを押された端末の画面が、ものすごい勢いで情報窓を表示する。
「あ、バカ! 邪魔すんな」
みゃー子を部屋から放り出そうと、首根っこをひっつかむ。だが、
「ちょっと待って」
明日香の制止に振り返る。
視線を追って再び画面を見やる。
無秩序に表示された情報窓のいちばん上に、3つの円が映し出されていた。
「……これ、航空写真」
テックがひとりごちるように言いつつ、キーボードを叩いて情報窓を広げる。
そこに映っていたのは、3つ並んだ円形の建物が崩れ去った跡のようだ。
「場所は分かるか?」
「出巣黒須市、下辺那町。出巣黒須市立下辺那公園予定地」
素早く告げられたテックの答えを聞いて、ニヤリと口元に笑みをうかべる。
どんな仕事でも、目的が明確になると俄然やる気が出るものだ。
危険だが高収入な仕事ならなおのこと。だが、
「急いだ方がいいわよ。執行人に泥人間の討伐任務がくだったみたい」
別の窓にあらわれたアラートを見やりながら、テックが告げた。
端末の載った机がずらりと並んだ情報処理室に、キーボードを叩く音が響く。
舞奈たちが通う蔵乃巣学園は、近年でも珍しい公立の小中高一貫校だ。
情報処理室は高等部の校舎に入っている。
だが学園の生徒であれば自由に出入りすることができる。
そして今の時間は、舞奈たちは放課後だが高等部は授業中だ。
部屋には舞奈と友人たちの他には誰もいない。
「何か分かったか? テック」
舞奈は明日香といっしょに端末の画面を覗きこむ。
端末に向かっているのは、血色の悪い、シャープなボブカットの少女だ。
工藤照。通称テック。
スミレ色のサロペットをクールに着こなした彼女は、舞奈のクラスメートだ。
メカの天才で、腕の良いハッカーでもある。
彼女は必要とあらば国家機密であろうが企業の裏帳簿であろうが探り出し、厳重なセキュリティで完璧に守られているはずのそれを画面に表示させてみせる。
今回は、泥人間の潜伏場所を特定するべく彼女の手を借りたのだ。だが、
「それらしい情報は見つからないわ」
テックは普段通りに無表情に、無常な調査結果を告げた。
廃墟同然の新開発区には生きている監視カメラなど数えるほどしかない。
加えて住人がいないから、目撃証言がネットに流れることもない。
「新開発区のどこかにいるのは間違いないんだが」
舞奈は腕組みしながらひとりごちる。
現に舞奈は先日、泥人間と戦ったのだ。
そして倒した怪異の残骸の中に鏡などなかった。
どこか別の場所に本隊がいるはずだ。
「いっそ【機関】の通信記録を調べて、討伐指示を確かめたほうが早い気がする」
顔を上げて、お手上げな顔をしたテックが言った。だが、
「執行人のハイエナするのは嫌だなあ」
舞奈は顔をしかる。
「それに、奴らと組んで泥人間を片づけたって、取得品とか言って鏡を持ってかれるのがオチだ。それじゃ意味ないだろ?」
「じゃ、どうするの?」
「どうするって言われても……って、だいだい、今そんな話してないだろ?」
やはり、しらみつぶししかないのか……。
早くも挫折しそうになった舞奈は、ふと思い出し、
「なぁ、テック。『3つの円環の集いし場所』ってのに心当たりがあるか?」
老婆の戯言を口走ってみた。
「なによそれ?」
明日香が口をはさんでくる。
「昨日、ちょっと占ってもらってな」
「その占術はあてになるの?」
「なんだよ、他人の占いは信用できないか?」
「あなたが知ってる占術士とやらの探知魔法が、信頼できるかって話よ。占うだけなら誰にでもできるけど、当たる占いができる人なんて一握りよ」
「じゃ、どうするんだよ?」
舞奈は面倒くさそうに明日香を睨む。
「だいたい、おまえが昨日一日がかりでやってた占術の結果はどうだったんだ?」
「今、そんな話はしてないでしょ?」
「いや、しろよ」
「……それ」
2人が言い合っていると、ふとテックが反応した。
「知ってるのか!?」
「オリンピック?」
「いや、ありゃ環が7つだ」
「い、つ、つ、よ」
明日香は肩をすくめる。
調査はいきなり行き詰まった。
というより最初から進展せずにだれた。その時、
「どーろにーんげんのー、どーろぼーさーん♪」
背後で聞こえた素っ頓狂な歌声に、思わず振り向く。
フリルひらひらのエプロンドレスで着飾った少女がこちらを見ていた。
「どーこにいますか、どろぼーさーん♪ どーろぼーさーんかーら三種の神器をとーりもーどせー♪」
「……なんだみゃー子か。おどかすなよ」
舞奈はやれやれと苦笑する。
小室美亜。通称、みゃー子。
彼女もいちおうクラスメートで、テックに劣らぬスーパーハッカーだ。
だが意思の疎通が困難なので、こういった状況で彼女に頼ることはない。
「つーるぎーに、かーがみに、まーがだーまにー♪ テーレビーに、くーるまーに、せーんたっきー♪」
「剣なんかいらないよ。ほしいのは鏡だ」
ふしぎ少女のペースに巻きこまれ、舞奈は無意味に疲労する。
「あとヘンなもの混ぜんな。6つになっただろ」
面倒くさそうに目をそらし、再び画面を覗きこむ。だが、
「きーけん、きーたなーい、こーうしゅーうにゅー!!」
みゃー子は歌いながら走り寄り、テックの背中に跳びかかった。
「みゃー子、何を――」
バランスを崩したテックが手をついたのはキーボードの上だ。
デタラメにキーを押された端末の画面が、ものすごい勢いで情報窓を表示する。
「あ、バカ! 邪魔すんな」
みゃー子を部屋から放り出そうと、首根っこをひっつかむ。だが、
「ちょっと待って」
明日香の制止に振り返る。
視線を追って再び画面を見やる。
無秩序に表示された情報窓のいちばん上に、3つの円が映し出されていた。
「……これ、航空写真」
テックがひとりごちるように言いつつ、キーボードを叩いて情報窓を広げる。
そこに映っていたのは、3つ並んだ円形の建物が崩れ去った跡のようだ。
「場所は分かるか?」
「出巣黒須市、下辺那町。出巣黒須市立下辺那公園予定地」
素早く告げられたテックの答えを聞いて、ニヤリと口元に笑みをうかべる。
どんな仕事でも、目的が明確になると俄然やる気が出るものだ。
危険だが高収入な仕事ならなおのこと。だが、
「急いだ方がいいわよ。執行人に泥人間の討伐任務がくだったみたい」
別の窓にあらわれたアラートを見やりながら、テックが告げた。
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