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第1章 廃墟の街の【掃除屋】
兵站
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「舞奈ちゃん、買い物かい?」
「ああ、スミスの店にちょっとな」
舞奈はアパートに帰った後、鞄を置いて検問のところまで戻ってきた。
だが登下校に使う大通りではなく、廃ビルの角を曲がって裏路地に足を向ける。
旧市街地は、事情を伏せられたまま形ばかりの検問をする守衛と、執行人が張り巡らせた封印結界によって怪異の侵入から守られている。
いちおう旧市街地に属するものの、新開発区に隣した統零町の、その中でも検問のあるこの界隈は、空き家と廃ビルが連なった寂れた通りだ。
まるで廃墟が人の街に侵食してきたかのようだ。
銃を持った守衛がいるからか、それとも街中にはキナ臭い軍関係者がうろついているからか、付近には不良や浮浪者すらいない。
乾いた風に咳きこみながら、新開発区と大差ない廃ビルの通りを進む。
そしてネオン看板の前で足を止めた。
派手なネオンが、廃ビルの隙間で無駄に自己主張している。
看板の『画廊・ケリー』のネオン文字は、『ケ』の字の横線が消えかけている。
馴染みの古物商だ。
表向きには美術品を扱っている。
だが残念ながら店じまいの時間らしい。
筋骨逞しいハゲマッチョの店主がシャッターを下ろしている。
その足元で幼女が手伝っている。……否、まとわりついて邪魔になっている。
「よっ、スミス」
「あ~ら、志門ちゃんじゃない」
マッチョは振り向く。
野太い声に相応しく、中東系の彫りの深い顔立ちの男だ。
岩のようなアゴ一面には剃り残しが広がっている。
ムースでかっちり固められたカイゼル髭が、乾いた風に揺れる。
だが内股で手を振りながらの女言葉でいろいろ台無しだ。
服装は、まったく似合っていない水色のスーツに、ピンク色のネクタイ。
「看板直せよ。ノリーになるぞ」
閉まりかけのシャッターもどこ吹く風で、舞奈は店に押し入る。
「しもんだ!」
「ようリコ、ちゃんと手伝いしてるか?」
幼女が飛び跳ねながら、今度は舞奈にまとわりつく。
頭の両横で短く結ったバードテールの髪が、せわしない動きに合わせてひょこひょこ動く。リコはいつもこの店にいるが、スミスとの間柄は舞奈も知らない。
舞奈は商談用の丸テーブルの椅子に我が物顔で座る。
その正面にリコが座る。
2人そろって、床に足が届かずにブラブラする。
そうするうちに、目の前に皿と鍋が置かれた。
持ってきたのは閉店作業を諦めたスミスだ。
似合わぬエプロン姿のハゲマッチョは、甲斐甲斐しく鍋の中身をよそう。
ビーフストロガノフだ。
濃厚なデミグラスソースの香りが舞奈の鼻孔を刺激する。
耐え切れなくなった舞奈はスプーンをひったくり、口にスープをかきこむ。
テーブルマナーなどお構いなしだ。
リコも真似る。舞奈はあまり教育に良い訪問者ではない。
だが、そんなことは今の2人にはどうでもいい。
それより飯だ。
「美味い飯を存分に食えるってのは、幸せなことなんだなあ」
「しあわせだー」
じっくり煮こんだ肉と野菜のうまみがソースに溶け合い、アンサンブルを奏でながら五臓六腑に染み渡る。
「なあ、聞いてくれよスミス」
程よく腹も膨れかけて気分もよくなってきた舞奈は、アツアツのビーフストロガノフを貪りながらスミスに愚痴る。
「一昨日は泥人間を11匹も狩ったのに、報奨金が出ないって言われちゃった。おかげで晩飯は水だったんだ。酷い話だろ?」
「ひどいなー」
リコは事情もわからず舞奈を真似る。
スミスも笑う。
「旧市街地に戻ってきたんなら、うちで食べていけばよかったのに」
スミスの言葉ももっともだ。
舞奈はこの店に来るたびに何がしか御馳走になっている。
ならば毎晩ここで夕食を食えば、飯抜きになることはない。だが、
「あんたは飯屋じゃないんだ。用もないのに飯だけタカりに来れるか」
舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべて、答えた。
「まあ、志門ちゃんったら。妙なところで律儀なんだから」
おかわりをよそいつつ、スミスは苦笑する。
舞奈は誤魔化すように、一心不乱に料理を喰らう。
そんな舞奈に優しく微笑みかけ、スミスは再び店の奥に姿を消した。
そして皿も鍋も空になった。
舞奈もリコも腹いっぱいになった。
加えてリコは遊び疲れていたか、机に突っ伏して寝てしまった。そして、
「はい、新しい弾丸よ」
いつの間にか戻ってきていたスミスが、舞奈の側にケースを置いた。
「いつも世話になるな」
「特殊弾は足りてるの?」
「今はいいよ。今度の相手は泥人間だけなんだけど、ひたすら数が多いんだ。とにかく通常弾をたくさんくれ」
表向きは美術品を商うスミスだが、実際は銃器弾薬を扱う武器商人である。
【機関】から武器弾薬を支給される執行人と異なり、仕事人は弾丸も自腹だ。
だから舞奈は、ジャケットのポケットから紙幣の束を取り出す。
そして慣れた調子でテーブルに放り置く。
スミスはそれを懐に入れる。確認はしない。
「お金がないなら、弾丸よりご飯を買いなさいな。こっちのお金は後でいいから」
「こいつに命がかかってるんだ。命をツケで買えるかよ」
「ふふ。舞奈ちゃんったら」
スミスは微笑む。
「美佳ちゃんや一樹ちゃんと同じこと言っちゃって」
「あいつら、そんなこと言ってたのか」
美佳と一樹とは、舞奈の昔の仲間の名だ。
舞奈が明日香と出会って【掃除屋】を始めるずっと前、仕事人ではなくピクシオンと呼ばれていた頃、幼い舞奈は仲間と3人でこの店を訪れていた。
店の奥から大きなテーブルを出してきて、リコと4人でスミスの料理を食べた。
けれど、今、この店を訪れるのは舞奈ひとりだ。
だから舞奈は顔を上げて、遠くを見やる。
まるで、過ぎ去った過去を懐かしむように。そして、
「けど、忘れちまったよ、そんな昔の事」
うそぶいて、口元に乾いた笑みを浮かべた。
「ああ、スミスの店にちょっとな」
舞奈はアパートに帰った後、鞄を置いて検問のところまで戻ってきた。
だが登下校に使う大通りではなく、廃ビルの角を曲がって裏路地に足を向ける。
旧市街地は、事情を伏せられたまま形ばかりの検問をする守衛と、執行人が張り巡らせた封印結界によって怪異の侵入から守られている。
いちおう旧市街地に属するものの、新開発区に隣した統零町の、その中でも検問のあるこの界隈は、空き家と廃ビルが連なった寂れた通りだ。
まるで廃墟が人の街に侵食してきたかのようだ。
銃を持った守衛がいるからか、それとも街中にはキナ臭い軍関係者がうろついているからか、付近には不良や浮浪者すらいない。
乾いた風に咳きこみながら、新開発区と大差ない廃ビルの通りを進む。
そしてネオン看板の前で足を止めた。
派手なネオンが、廃ビルの隙間で無駄に自己主張している。
看板の『画廊・ケリー』のネオン文字は、『ケ』の字の横線が消えかけている。
馴染みの古物商だ。
表向きには美術品を扱っている。
だが残念ながら店じまいの時間らしい。
筋骨逞しいハゲマッチョの店主がシャッターを下ろしている。
その足元で幼女が手伝っている。……否、まとわりついて邪魔になっている。
「よっ、スミス」
「あ~ら、志門ちゃんじゃない」
マッチョは振り向く。
野太い声に相応しく、中東系の彫りの深い顔立ちの男だ。
岩のようなアゴ一面には剃り残しが広がっている。
ムースでかっちり固められたカイゼル髭が、乾いた風に揺れる。
だが内股で手を振りながらの女言葉でいろいろ台無しだ。
服装は、まったく似合っていない水色のスーツに、ピンク色のネクタイ。
「看板直せよ。ノリーになるぞ」
閉まりかけのシャッターもどこ吹く風で、舞奈は店に押し入る。
「しもんだ!」
「ようリコ、ちゃんと手伝いしてるか?」
幼女が飛び跳ねながら、今度は舞奈にまとわりつく。
頭の両横で短く結ったバードテールの髪が、せわしない動きに合わせてひょこひょこ動く。リコはいつもこの店にいるが、スミスとの間柄は舞奈も知らない。
舞奈は商談用の丸テーブルの椅子に我が物顔で座る。
その正面にリコが座る。
2人そろって、床に足が届かずにブラブラする。
そうするうちに、目の前に皿と鍋が置かれた。
持ってきたのは閉店作業を諦めたスミスだ。
似合わぬエプロン姿のハゲマッチョは、甲斐甲斐しく鍋の中身をよそう。
ビーフストロガノフだ。
濃厚なデミグラスソースの香りが舞奈の鼻孔を刺激する。
耐え切れなくなった舞奈はスプーンをひったくり、口にスープをかきこむ。
テーブルマナーなどお構いなしだ。
リコも真似る。舞奈はあまり教育に良い訪問者ではない。
だが、そんなことは今の2人にはどうでもいい。
それより飯だ。
「美味い飯を存分に食えるってのは、幸せなことなんだなあ」
「しあわせだー」
じっくり煮こんだ肉と野菜のうまみがソースに溶け合い、アンサンブルを奏でながら五臓六腑に染み渡る。
「なあ、聞いてくれよスミス」
程よく腹も膨れかけて気分もよくなってきた舞奈は、アツアツのビーフストロガノフを貪りながらスミスに愚痴る。
「一昨日は泥人間を11匹も狩ったのに、報奨金が出ないって言われちゃった。おかげで晩飯は水だったんだ。酷い話だろ?」
「ひどいなー」
リコは事情もわからず舞奈を真似る。
スミスも笑う。
「旧市街地に戻ってきたんなら、うちで食べていけばよかったのに」
スミスの言葉ももっともだ。
舞奈はこの店に来るたびに何がしか御馳走になっている。
ならば毎晩ここで夕食を食えば、飯抜きになることはない。だが、
「あんたは飯屋じゃないんだ。用もないのに飯だけタカりに来れるか」
舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべて、答えた。
「まあ、志門ちゃんったら。妙なところで律儀なんだから」
おかわりをよそいつつ、スミスは苦笑する。
舞奈は誤魔化すように、一心不乱に料理を喰らう。
そんな舞奈に優しく微笑みかけ、スミスは再び店の奥に姿を消した。
そして皿も鍋も空になった。
舞奈もリコも腹いっぱいになった。
加えてリコは遊び疲れていたか、机に突っ伏して寝てしまった。そして、
「はい、新しい弾丸よ」
いつの間にか戻ってきていたスミスが、舞奈の側にケースを置いた。
「いつも世話になるな」
「特殊弾は足りてるの?」
「今はいいよ。今度の相手は泥人間だけなんだけど、ひたすら数が多いんだ。とにかく通常弾をたくさんくれ」
表向きは美術品を商うスミスだが、実際は銃器弾薬を扱う武器商人である。
【機関】から武器弾薬を支給される執行人と異なり、仕事人は弾丸も自腹だ。
だから舞奈は、ジャケットのポケットから紙幣の束を取り出す。
そして慣れた調子でテーブルに放り置く。
スミスはそれを懐に入れる。確認はしない。
「お金がないなら、弾丸よりご飯を買いなさいな。こっちのお金は後でいいから」
「こいつに命がかかってるんだ。命をツケで買えるかよ」
「ふふ。舞奈ちゃんったら」
スミスは微笑む。
「美佳ちゃんや一樹ちゃんと同じこと言っちゃって」
「あいつら、そんなこと言ってたのか」
美佳と一樹とは、舞奈の昔の仲間の名だ。
舞奈が明日香と出会って【掃除屋】を始めるずっと前、仕事人ではなくピクシオンと呼ばれていた頃、幼い舞奈は仲間と3人でこの店を訪れていた。
店の奥から大きなテーブルを出してきて、リコと4人でスミスの料理を食べた。
けれど、今、この店を訪れるのは舞奈ひとりだ。
だから舞奈は顔を上げて、遠くを見やる。
まるで、過ぎ去った過去を懐かしむように。そして、
「けど、忘れちまったよ、そんな昔の事」
うそぶいて、口元に乾いた笑みを浮かべた。
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